無自覚無防備なTS聖女は今日も誰かを狂わせる(R18版) 作:月見ハク
「――はい、これで少しは楽になると思います」
「おおぉっ、若返ったみたいに腰の痛みが引きました!」
治癒魔法を掛け終えると、目の前に座っていたおじいちゃんが勢いよく立ち上がった。
ふう。
腰痛にも効果があったみたいでよかった。
領都から離れた小さい診療所。
そこで私は、お忍びの治癒活動を行っていた。
治癒魔法は実践を詰まないと成長しない。
前は幼馴染のトマたちで練習させてもらっていたけど、
だから今は、「流れの聖女見習い」として診療所を訪問させてもらったりしている。
「あ、あの、腰痛は慢性的なものだったりするので、油断はしないでくださいね」
「わかってますとも! いやぁ、これで畑仕事にも精が出せそうですわ。じきに収穫ですからな」
本当にわかってるのかな……?
「あのだから、無理はしないでくだ――」
「しっかしフィーネ様の治癒魔法は格別ですなぁ~」
「えっ」
「あっ、じゃなかった……流れの聖女見習いさま、はははっ」
朗らかに笑うおじいちゃんを、その後ろにいる護衛騎士のエラが睨んでいる。
う……後で私、エラに怒られるんだろうな。
前エルドア領主の娘であり貴族令嬢である私が、治癒活動を行っているのを領民に知られると、けっこうな大騒ぎになってしまうらしい。
だから義兄さまにもエラにも、身元や身分は明かさぬようにときつく言われていたのだけど。
――あ、フィーネといいます……じゃなくてっ、流れの聖女見習いエー(A)です!
前回来たとき、おじいちゃんに名前を聞かれてうっかり本名を名乗ってしまったのだ。
フィーネという名前だけではバレないかな、なんて思ったんだけど、甘かった。
このおじいちゃん、領主屋敷に野菜を卸しているとかで、元から私の名前を知っていたのだ。
エラが口止めをお願いしたらしく、他の領民には今のところ知られていないという。
「流れの聖女見習いさま、そろそろ時間ですよ」
「え、まだ……あ、はい」
エラの黒い瞳がギラリと光ったので、慌てて居ずまいを正す。
フードをさらに目深に被ると、ローブの前紐を閉じて立ち上がった。
「じゃあおじいちゃん、また来ますね」
「おぉ、ではそれまで温泉にでも通ってしのぐとするかのぉ」
「お、温泉!?」
聞き捨てならないワードに、思わず声を張り上げてしまう。
温泉。
前世ではずっと病院生活だったので、フィーネに転生してからは温泉に入るのが夢のッ一つだった。
でもここエルドアは温泉が湧きづらいと聞いて、諦めていた。
それが、ある?
しかも近くに……。
「ほう、フィー……流れの聖女見習いさんは温泉に入ったことがないとな?」
「ないですっ」
「ほほほ、それならぜひ入ってみるといいですぞ。ここから岩場を目指して行くと、森のほとりにあるんですよ。地元の者でもほとんど知らない、秘湯というやつですなぁ」
「ひ、秘湯……」
ゴクリ、と喉が鳴ってしまう。
私は秘湯の場所を三度聞いてから、村外れに停めていた馬車へ乗り込んだ。
「フィーネ様、なりませんよ」
「エラ……一回だけでも、だめかな?」
馬車の中で、私は対面に座るエラと粘り強い交渉をしていた。
貴族令嬢が、平民も利用する、それも整備されていない温泉に入るなんて言語道断だ。
わかっている。
わかっているんだけど。
「どうしても温泉……入りたくて」
「なりません。ただでさえ外ではローブとフードで身を包んでやっとフィーネ様を緩和できているのです。それが無防備にも肌をさらすなんて」
いまいち何を言っているのか理解できないが、私のことをすごく心配してくれているのは分かる。
これ以上ワガママを言っても、エラを困らせるだけだ。
「……わかった。ごめんね無理言っちゃって」
申し訳なくなり、自然と涙が浮かびそうになる。
「い、いえ……私のほうこそ、フィーネ様を縛りたくはないのですが……」
お互い、しばらく無言が続く。
静かな馬車内が、気まずい。
(エラを、悲しくさせちゃった)
「あの、エラごめ――」
「一度だけ」
「え?」
「短い時間だけなら、かまいません」
「い、いいの?」
「ええ、思えばフィーネ様がわがままをおっしゃるなんて初めてですね」
ふんわりと笑うエラに、結局涙ぐんでしまった。
「こ、これが温泉……!」
道なき道を進んだ先にあったのは、まさしく森のほとりの秘湯という感じだった。
ゴツゴツした岩場の狭間にお湯が湧き、白い湯気が立ち込めている。
複雑な地形の窪みに湯が張っていて、まるで迷路みたいだ。
「では私は見回ってきます。フィーネ様はそこで待っていてください」
「うん、ありがとね……エラ」
エラが岩場をひょいひょいと歩きながら、湯気の中へ消えていく。
彼女の出した入湯条件はこうだ。
他に人がいなければ入っていい。
人がいた場合、その人が出たら入っていい。
「誰もいないといいな」
気持ちの良さそうな温泉を見ながら、私は小さくつぶやいた。
「フィーネ様、確認してきました。入ってもいいですよ」
「やった……!」
「ただし、長湯はだめです」
「うん、ちょっと浸かったら出るよ」
「……本来は私もご一緒したいのですが」
「あ、あの……できれば一人が」
女の子になったからといって、女の人と裸の付き合いをするのはすごく恥ずかしい。
「分かっていますよ。それに私は人が来ないよう見張る必要がありますので」
「あ、うん……ごめんね」
「いえ、私は……というか普通はフィーネ様ほど湯浴みにこだわりはありませんから」
「そっか」
こちらの世界には、お湯に浸かってふ~っとする文化があまりない。
私のように朝晩湯浴みをしたり体を清めたりするのは珍しいのだとか。
「じゃあ、お言葉に甘えて入るね」
「ええ、私はあの岩場の陰にいますから、何かあったら必ず呼んでください」
「うん」
エラが岩場の先に消えたのを見て、ふぅと一息つく。
フードを外し、ローブの前紐を解く。
綺麗に畳んで岩の上に置いてから、平民用のチュニックを脱ぐ。
茶色い膝丈ズボンを下ろし、いよいよ下着姿になる。
思えば外で肌をさらすなんて、初めてだ。
妙にドキドキしながらブラジャーを外す。
最後にパンツを下ろして、エラから貰った手ぬぐいに挟んでローブの上に置く。
肩に掛かる髪を紐でお団子に結べば、準備OKだ。
「う、さむっ……」
自然の中で全裸になってしまった解放感と、それに勝る恥ずかしさで体が震える。
温かい湯気に誘われるように、岩場へ腰を下ろした。
チャプンと、膝下を湯に浸けてみる。
「うん、ちょうどいいかも。……あ、チェックしなきゃ」
日課の健康チェックを忘れるところだった。
湯面を覗き込み、映った自分の上半身を眺める。
(おっぱい、こんなに膨らんでたっけ)
反射で下から見上げるように映っているので、鏡で見るときよりも大きく感じる。
そっと両手で胸を包む。
昔は、幼馴染の太っちょポンテと同じくらいかなーなんて思っていたのに、今ではすっかり女の子の体つきだ。
「えい」
膝で湯面を蹴り、波紋で自分の姿をかき消す。
そのままドボンと、私は肩まで湯に浸かった。
「ふぁぁ……気持ちいい……」
体の芯まで温まるような心地に、つい変な声が出てしまう。
岩場に面した森の木々がそよ風に揺れ、やがて湯面にさざ波を立てる。
時間差で前髪を揺らす風に、顔の火照りが冷めて気持ちがいい。
お湯に溶けそうになっていると、ふと湯気の先が気になった。
入り組んだ迷路のようになっている温泉を、くまなく見てみたい。
「他の人いないって言ってたし、いいよね」
ここに私しかいないことは、エラが確認済みだ。
うずうずとした少年心のままに、私は立ち上がった。
ジャブジャブとお湯をかき分けながら、岩場を探索する。
本当は平泳ぎで移動したかったが、さすがに貴族令嬢としてどうかと思うのでやめておく。
しばらく歩いていると、不意に人の気配がした。
「あっ……」
「おや、先客かな?」
声の主は、男の人だった。
慌ててしゃがみ、体を湯の中に隠す。
「ああすまない、恐がらせるつもりはなかったんだが」
うっすらと湯気の中に見えるのは、筋骨隆々とした五十代くらいのおじさんだった。長い白髪を後ろで縛っている。
近くの岩に剣が置いてあるので、おそらく剣士なのだろう。
「あの、えと……っ」
エラは誰もいないって言ってたのに。
私、上がったほうがいいよね。
あれ、でもこの人。
「目が、見えないんですか?」
「ほぅ、分かるかい」
「はい……なんとなく」
目の位置に、魔力が通っていない。
その代わり、おでこのあたりに集中している。
見えない瞳で見つめられている気がして、体が緊張する。
「君は、このあたりの子かい?」
「え、あの……」
「こんなところへ一人で来ているということは、男の子かな」
「あ、え……はい」
私はできるだけ声を低くして返事をした。
「ほぉ、君も剣士になりたいのか」
「なりたいというか、憧れ……です。叶わないですけど」
「諦めるのはもったいないぞ。事情があるにせよ、夢は秘めておけばおくほど、いつか何かの形で叶うものだ」
「そう、なんですか」
気づけば私は、剣士のおじさんと談笑をしていた。
目が見えないというのもあるけど、この人からは邪気のようなものを感じない。
それに男の子として接してくれるのが、妙に嬉しかったのだ。
「俺も今じゃ剣聖なんて言われちゃいるが、実家が貴族でな。ガキの頃は剣も滅多に握らせてもらえなかったんだ」
「ケンセイ? ……剣聖!?」
「ああ、巷じゃ『無欲の剣聖』なんて呼ばれてるぜ」
おじさんが得意げに口角を上げる。
その気さくな感じは、およそ剣の達人には見えない。
(でもすごいな……本当の達人ってきっとこういう人なんだ)
「おい、今俺のこと剣聖に見えないって思っただろ――」
「すごく、かっこいいです」
「え?」
「すごく、かっこいいと思います。私も、剣聖さんみたいになりたいです」
「そ、そうか……まいったな」
剣聖さんが腕を上げて頭をポリポリかいている。その上腕には無数の傷跡があった。
「ところで君はなんて名だい?」
「あ、えっと……エーです」
「エーか。見たところいい魔力を持ってるな」
「見えるんですか?」
「感じるといったほうがいいかな。人の魔力の輪郭のようなものが分かるんだよ」
「そうなんですか……すごいです」
やっぱり達人だ。
でも考えてみれば、私も魔力の流れを目で見ているというよりかは、感じているといったほうが近い気がする。
試しに目を閉じて、おじさんに意識を集中させてみる。
「剣聖さんも、すごく濃い魔力を持っていますね。なのに体中をよどみなく流れていて」
「はは、君にも分かるのか。まいったな」
「はい、ちょっとだけですけど」
「他に何が見える?」
「えっと……今はおでこに魔力を集中させてますよね。あとは、あれ……もう一カ所」
熱のこもった魔力が、剣聖さんのお腹の下にいくにつれて濃くなって――。
「エー君」
「あ、はいっ」
低い声で呼ばれ、慌てて目を開く。
剣聖さんはさっきと同じ上機嫌そうな笑みを浮かべたままだった。
「そろそろ上がったらどうだ? のぼせてしまうぞ」
「あ、そうですね。すみませんお話に付き合わせてしまって」
「いやいや、俺も楽しかったよ」
剣聖さんに微笑みを返し、立ち上がる。
背中を向けて去ろうとすると、「ああそうだ」と声を掛けられた。
「君は鍛えても筋肉は付きづらいかもしれないが、とてもしなやかな体をしている。力を受け流し、その反動を利用する戦い方を身につけるといい」
力を受け流して、それを逆に利用する……。
確かにそれなら、女の私でも会得できるかも。
「あ、ありがとうございます。今度エラに……あ、えと誰かに、教えてもらいますっ」
「ああ、いつか手合わせできるのを楽しみにしているよ」
ニコリと笑った剣聖さんが、湯に浮かんでいた小枝を拾う。
次の瞬間、小枝の先がゆっくり弧を描き――。
バシュンッ、と湯面が二つに裂かれた。
その亀裂が私の足下で止まる。
「す、すごい……」
「筋力に頼らずとも、このくらいはできる」
……こんな芸当はできないとは思うけど。
でも、なんとなく分かった。
緩やかな体の動きに、剣聖さんの魔力も静かに連動していた。これが、達人。
「本当に、ありがとうございます。私なんかに、技まで見せてくださって」
感激がこみ上げ、胸の前でぎゅっと手を握る。
「……ああ、精進するといい。じゃあな、エー君」
「はい、剣聖さんも、お元気で」
別れを告げて少し離れると、もう剣聖さんの気配は消えていた。
きっと常に気配を消しているのだろう。
あのエラですら、気づけないほどに。
「エラ、お待たせ」
体を拭いて服を着てから、岩場の陰にいたエラに声を掛ける。
「フィーネ様、温泉はいかがでした?」
「うん、すっごくいい湯だったよ」
「それはよかったですね」
エラが穏やかに微笑む。
その顔を見ていると、なんだか悪戯が成功した子どものような気分になった。
「では屋敷に帰りましょうか」
「うん」
剣聖さんとの出会いは、私だけの秘密にしておこう。
◇
あの少女が去っていくのを感覚で確認しながら、俺は大きなため息をついた。
誰か、高貴な身分の人間が入ってくるのは分かっていた。
少し前に、護衛騎士らしき女が辺りを見回っていたからだ。
俺はいつもの癖で、つい気配を消してしまっていたが。
まさかやって来たのが、あんな女の子だとは思わなかった。
俺は目が見えない代わりに、魔力の輪郭をつかむことができる。
もっと言えば、相手の匂いや声、動きを敏感に感じ取ることによって、その人間の姿形や人となりまでも分かる。
あの娘は、紛れもなく絶世の美少女だ。
それも万人を虜にしてしまう、魔性の魅力の持ち主。
――こんなところへ一人で来ているということは、男の子かな。
――あ、え……はい。
彼女の透き通った甘い声をもっと聞きたくて、花蜜を濃縮したような匂いを味わいたくて、気づけば男の子などと一芝居打たせてしまった。
――すごく、かっこいいと思います。私も、剣聖さんみたいになりたいです。
――そ、そうか……まいったな。
本心から彼女がそう思っているのが伝わってきて、年甲斐もなく心が弾んだ。
数十年ぶりに、股間を硬くしてしまうほどに。
俺は、一心不乱に剣のことだけを考えて生きてきた。
女を抱くことを捨て、ひと所に住まうことを捨て、性欲にも我欲にも惑わされぬよう自ら目を潰し、ただひたすらに剣を振った。
いつしか付けられた二つ名が、無欲の剣聖。
無欲の境地に至ったと、思っていたのだが。
――えっと……今はおでこに魔力を集中させてますよね。あとは、あれ……もう一カ所。
股間の剛直がバレそうになったときは、数年ぶりに肝を冷やした。
五十を超えた中年男が、年端も行かぬ少女に欲情しているなどと知れたら一生の恥だ。
王国では、王家の歴史上最も麗しいと言われる王女に謁見した。
女神の化身と名高い黒髪の聖女にも会った。
聖公国では、会った者はたちどころに魅了されてしまうと言われる大聖女にも面会した。
いずれも、心穏やかに接することができた。
なのに……エーと名乗ったあの少女の声が、匂いが、魔力の輪郭が頭から離れない。
――本当に、ありがとうございます。私なんかに、技まで見せてくださって。
感極まった声でそう言われたときなど、本気でどうにかなりそうだった。
このまま連れ去って弟子にしてしまおうかと、思わず行動に移しかけた。
彼女が去った今も、捨てたはずの雄の本能が彼女を手に入れろと叫んでいる。
彼女に手取り足取り剣技を教え込む光景が脳裏に浮かび、股間の
「……いかんな」
まだまだ、精進が足りないということだろう。
「師匠、のぼせちまいますぜ」
いつの間にか、背後に弟子が立っていた。
狼を二足歩行にしたような出で立ちの獣人、ジャッキーだ。
彼が近づいてくるのを察知できないほど、今の俺は煩悩に支配されているのだろう。
「ああ、俺もそろそろ上がるか……ん? どうしたんだジャッキー」
いつも前かがみな彼が、いつにも増して前傾姿勢になっていた。よく見るとその股間が大きく膨らんでいる。
「いや、俺にもわかんないんすが、残り香が……」
「残り香?」
「師匠、ここに俺と同じ獣人の雌がいなかったっすか? それもとびきりべっぴんの」
「いや、いたのは人間の……少年だよ」
ジャッキーが不思議そうに首を傾げ、鼻をヒクヒクさせている。
どうやら彼女の色香は、種族の壁をも凌駕してしまったらしい。
「ジャッキー、すまないが師弟の契りを解消させてほしい」
「えぇっ、どうしたんすか突然!?」
「どうやら俺はまだ、鍛錬が足りないようだ。帝国の冬山にでも籠もろうと思う」
唖然とするジャッキーから勃起したままの下半身を隠しつつ、俺は剣を持って立ち上がった。
◇
「おかえりフィーネ。遅かったね」
「あ、ただいま戻りました……お
いつものように出迎えると、彼女が後ろめたそうに目を逸らした。
違和感を覚え、いつものように風を操ってフィーネの匂いを鼻に運ぶ。
甘い香りに、仄かな硫黄の匂いが混じっていた。
「どこかに寄り道を?」
「あの……ごめんなさいお義兄さま、そのわがままを言って、温泉に……」
「そうか。じきに夕食の時間だ。着替えておいで」
「はい……」
にこやかな笑みを浮かべると、彼女は肩を落として二階へと上がっていった。
きっと僕に叱られると思っているのだろう。
それで彼女の心が手に入れられるなら一晩中叱ってもいいが、優しい兄として、ここは赦してやるのが得策だ。
「エラ」
「はっ」
「詳しく聞かせてくれるかい?」
「承知しました、ウォルム様」
僕はエラを連れ立って自室へと向かった。
「なるほどね。フィーネが湯浴みを好んでいるのは知っていたけど、そこまで温泉を望んでいたなんて」
「寄り道を許したのは私です。罰するならどうぞ私を」
「エラは悪くないよ。フィーネを咎めるつもりもない。もちろん今後は温泉に行くのは禁じるけどね」
「……感謝いたします」
エラが部屋から離れていくのを風魔法で確認してから、ソファーにどさりと腰を下ろす。
「あのフィーネが、わがままをね……」
僕は悦びに打ち震えていた。
フィーネは誰よりも優しい心の持ち主だ。
仲のいい幼馴染たちとの戯れを禁止したときも、屋敷からの外出を禁止したときも、彼女は一瞬悲しそうな顔をするものの、すぐに微笑んで受け入れてくれた。
自分を思っての言いつけを無下にするのは申し訳ない、とでも思ったのだろう。
自身の欲よりも、他者への気づかいを優先する。
自分の幸せよりも、皆の幸せを考える。
フィーネはそういう子だ。
でもそんな彼女が、初めてわがままを――望みを口にしてくれた。
それでフィーネの心が少しでもこちらに向くのなら、僕は全てを投げうってでも叶えよう。
「あの、お義兄さま……これは?」
「ああ、浴場の設計図だよ」
「浴場、ですか?」
自室に呼んだフィーネに設計図を見せると、彼女は予想どおり目をパチクリとさせた。
「領民の健康的な暮らしのためには衛生管理が急務だからね。体を洗う習慣を根付かせるには、まずは領主邸から実践しないと」
適当な理由を述べていると、フィーネが恐る恐るといった感じで聞いてくる。
「その、資金の余裕はあるのでしょうか……?」
「問題ないよ。エルドア領の財政運営は上手くいっているし、そもそも浴場設置は僕の私費で賄うんだ。強いて言うなら僕の道楽かな」
「あの……もしかして、私の――」
――私のわがままのせいですか?
そう言おうとするのを、手をかざして遮る。
「浴場は屋敷の侍従にも開放しようと思っているよ。もちろん僕も使うつもりだ」
「そうなんですか」
フィーネがほっとしたように微笑んだ。
あまり恩着せがましくしてはいけない。
自分のためだと知ったら、彼女はむしろ負い目に感じてしまう。フィーネはそういう子だ。
とはいえ、少しくらいは恩を感じてもらいたい。
「まあ兄としては、お風呂好きの可愛い妹への贈り物でもあるんだけどね。浴場設計で、何か希望はあるかい?」
冗談めかして言う。
すると彼女も空気を読んだのか、軽い感じで応じてきた。
「ふふ、ありがとうございますお義兄さま……それなら、浴槽はヒノキ張りがいいと思います」
「ヒノキ? エルドア産でいいのかい?」
エルドア産のヒノキなら、ほとんど手間を掛けずに調達できる。
「はい、ヒノキは血の巡りを良くすると聞きます。皆さん腰を使う仕事が多いので、少しでも解消できればと……あ、あと、私もヒノキの香り、好きで……」
ささやかな望みを、こうも遠慮がちに口にする貴族令嬢がどこにいるだろうか。
きっとフィーネは、僕が彼女のために浴場を造ることに気づいている。
でも断ったら僕が悲しむと思い、気づいていないフリをすることにしたのだろう。
本当に、フィーネは愛らしい。
設置は順調に進んだ。
屋敷の中心にある宝物庫と書庫を移動させ、壁をぶち抜いて浴場に作り変える。
ここなら
フィーネを護り、閉じ込めるための浴場だ。
彼女が肌をさらすのは僕の前か、僕の造った浴場の中だけでいい。
「フィーネは、そこで何をしているんだい?」
「あ、お義兄さまっ……あの、お風呂が出来ていく様子を見るのが、楽しくて……」
浴場の設置現場を、フィーネが柱の陰からソワソワした様子で覗いていた。
僕に見つかって気まずそうにする彼女に、つい嗜虐心が
「楽しみにするのは結構だけど、君が見ていたら職人たちも仕事にならないよ」
現に職人の大半がフィーネに気づき、見惚れて手が止まっている。これでは何年経っても浴場は完成しないだろう。
「あ……すみませんっ、見られていたら仕事に集中できないですよね」
職人達にじいっと目配せをすると、彼らは一斉に作業を再開した。
「ほら、ああやってヒノキを張っていくんだよ」
「本当だ……皆さんすごく手際がいいです」
それもフィーネに見られているからなのだが。
「さあ、そろそろ行こう。彼らの邪魔をしてはいけないよ」
「はい……」
名残惜しそうな彼女が可愛い。
だがこれ以上フィーネを男臭い彼らの視線にさらしたくはない。
「あ、そうだお義兄さま」
「なんだい?」
「浴場ができたら、お義兄さまが一番に入ってくださいね」
「いいけど、お風呂好きのフィーネが先に入ったら?」
「いえいえ、一番風呂はとっても名誉なことなんですよ」
「そうなの?」
「はい、そう聞いたことがあるんです。だからお義兄さまが、真っ先に入ってください」
一番風呂の名誉についてはよく分からないが、彼女なりのささやかなお礼のつもりなのだろう。
少し得意げな顔を浮かべているのが、たまらなく愛くるしい。
これは……今夜も抑えがきかなくなってしまいそうだ。
「あっ、ウォルム様っ……そんな、はげしっ……あぁんっ、いやぁっ」
僕の下で、侍女のマリエッタが切ない悲鳴を上げる。
腰を振ってその体を揺らすと、フィーネと同じ蜂蜜色の髪がシーツの上で乱れた。
日に日に魅力と色気を増していくフィーネに、僕はつい情欲を暴発させてしまいそうになる。
そういう夜は侍女を自室で抱き、劣情を解消するのが日課になっていた。
「ああ……君が悪いんだよ
「はぅっ、ん……ごめんなさい、
マリエッタはフィーネの専属侍女だ。
フィーネと同じ髪色で、瞳の色も同じ。
顔立ちも美しく、優しげな目元もどことなく似ている。
そして僕が求めると、彼女はフィーネを演じてくれる。
おかげで最近はマリエッタしか抱いていない。
「淫らに乳房を揺らして、いやらしい体をしているねフィーネは」
「そんな、ことっ……はぁぁんっ、あぁっ、お義兄さまっ……おねがいっ、はげしく、しないでっ……」
マリエッタがフィーネによく似た声色で懇願してくる。その声に股間がますます熱くなり、腰振りが激しくなってしまう。
抽送に合わせて上下する豊かな乳房をつかみ、しゃぶりつく。
マリエッタはフィーネより四つ年上だから、フィーネも成長したらこのくらいの大きさと弾力になるのだろうか。
そう思うと、硬くなった乳首をつい甘噛みしてしまう。
「ひぁっ、あんっ……お義兄さまっ、そこ、噛まないでっ……」
「嫌だと言うわりに、僕のをぎゅうぎゅうと締め付けてくるね。本当は感じているんだろう? 淫らで嘘付きなフィーネにはうんとお仕置きしないとね」
「あっ、まってお義兄さまっ……」
思いきり腰を突き出し、彼女の最奥をえぐる。
身勝手で無遠慮なピストンだ。
フィーネにしたくても出来ないことを、全てぶつける。
パンパンと肌と肌のぶつかる音が室内に響きわたる。
「はぁっ、あぁんっ、やめっ……あぁぁッ、お義兄さまっ、もう、とまってぇっ……」
彼女の膣がきゅうっと締まる。
乱暴な抽送で面白いように揺れ動く乳房を見ていたら、尻奥からゾクゾクと射精感がこみ上げてきた。
「フィーネ、出るっ……出すよっ、うっ……くそ、口を開けるんだ」
「はい……」
射精寸前に膣から肉棒を抜くと、彼女の顔の上にまたがる。素直に開いたその口内へ、ビュル、ビュルと精液を注ぎ込んでいく。恍惚感で頭の後ろがぼうっとする。
「フィーネ、全部飲むんだ」
「んっ……んく、ぅ……ん」
フィーネによく似た口元が閉じられ、喉がコク、コクと
それを見ながら、僕はようやく落ち着きを取り戻してきていた。
今夜はもう三度発射しているので量が少ない。
彼女の腹にはすでに放たれた白濁液が大量に付着している。
「マリエッタ、ご苦労だった……もういいよ」
「はぁ……は、い……ウォルムさま」
「汚れを落としてくるといい」
「洗面所、お借りします」
マリエッタは僕の股の下から這い出ると、ベッド横に散らばったメイド服や下着を拾って部屋にある洗面所へと向かった。
カチャリと扉が開き、全裸のマリエッタが出てきた。
メイド服や下着は綺麗に畳まれ、胸元に持っている。
服を着ずに出てくるのは、たまに精力を回復させた僕が、再びベッドへと引っ張り込んでしまうからだ。
「本日は失礼してもよろしいでしょうか?」
「ああ……いや、こちらへ来なさい。少し話したいことがある」
「はい、ウォルム様」
マリエッタはベッドの端に着替えを置くと、僕の寝ているシーツの中へ上品な所作で潜り込んできた。
いつものように寄りかかり、胸を密着させてくる。
それが僕の一番気に入る行為だと知っているからだ。
「使用人の部屋にも体を洗える洗面所が付いているのかい?」
「いいえ、私たち使用人は専用の共同風呂を使っています」
「そうか。急ぎ使用人の各部屋にも洗面所を取り付けるから、今後はそちらで体を清めるように」
「……では、共同風呂は?」
「改装して宝物庫と書庫にする」
「理由をお聞きしても?」
「フィーネは……浴場は使用人にも使ってほしいと願っている。だが僕はあの浴場を、フィーネ以外に使わせるつもりはない」
それと共同風呂を潰すことに何の関係があるのだ、という疑問がマリエッタから伝わってくる。だが彼女は口を挟もうとしない。
こういう空気の読めるところが、僕は気に入っている。
「でもそれだと、フィーネが悲しむだろう? だから使用人は浴場を使っている振りをしながら、各部屋の洗面所を使うんだ。いいね」
「かしこまりました、ウォルム様」
マリエッタなら、うまく使用人たちに伝えてくれるだろう。
「本当にウォルム様は、フィーネ様を思っているのですね」
ふふ、とマリエッタが優しく微笑んだ。彼女もフィーネに魅了され、心から慕っているのが伝わってくる。
「ああ、誰よりもね」
言いながらマリエッタの柔らかい乳房を揉む。薄い乳輪に縁取られた桃色の蕾をいじると、彼女は「んっ」と体を震わせた。
こんなふうにベッドの上でフィーネとむつみ合えるのは、いつになるのだろうか。
「そうだ、君とエラだけは浴場を使うといい」
「よいのですか?」
「君たちはフィーネと接する時間が多いからね。浴場を使っていなかったら彼女にバレてしまう。それに入り心地なんかを話してあげたら、風呂好きなフィーネも喜ぶ」
「ええ、そうですね」
――浴場ができたら、お義兄さまが一番に入ってくださいね。
ふと、フィーネの木漏れ日のような笑顔を思い出す。
「浴場ができたら、最初に入るのは僕なんだってさ」
「フィーネ様がそう言ったのですね」
まるで可愛い妹を
「ああ。まあ僕も使い勝手を確かめたいしね。……そうだ、そのときはマリエッタも一緒に入るといい」
「……かしこまりました」
「いろいろと試しておきたいこともあるしね」
指で捏ねていた乳首をピンと弾くと、マリエッタが甘い吐息を漏らした。
フィーネの一番好きな風呂で、彼女を抱く。
僕はあの浴場を、二人の愛を育む場所にしたい。
喘ぎ声がどのくらい響くのか、無理な体勢で抱いたときに床が滑らないか、湯の中で抱いてのぼせてしまわないか。
……もしフィーネを無理やり抱くことになったとき、逃げられないようにすることができるか。
それを確かめておきたい。
◇
浴場の外でソワソワしながら待っていると、義兄さまが出てきた。
「あ、お義兄さま、お湯加減はいかがでしたか?」
「フィーネ、そこでずっと待っていたのかい?」
義兄さまと、その後ろに控えたマリエッタがどちらも目を丸くしている。
「あ、はい……待ちきれなくて。あれ、マリエッタも一緒に入ったの?」
……って、そんなわけないか。
テンションが上がって変なことを口走ってしまった。
「いえ、私は脱衣所の隅に控えておりました。ウォルム様に何かあったときのために」
「そっか。のぼせたりしたら大変だもんね」
エルドアでは浴場で長湯する習慣はないから、勝手が分からず熱中症になるリスクだってあるのだ。
「あれ、でもマリエッタの髪……」
ちょっと濡れてる?
「フィーネ、いい湯加減だったよ。君も入るといい」
「あ、はいっ……では、お言葉に甘えて」
楽しみ過ぎて、つい口元がムニュムニュしてしまう。
「では私もフィーネ様の湯浴みをお手伝いいたします」
「え、いや……あのマリエッタは」
「ああ、お恥ずかしいのでしたら私は脱衣所におりますね」
「ち、ちがくて……できればその、脱衣所の、外に」
脱衣所で服を脱いだり着たりするのを見られるのも、まだ恥ずかしいです……。
「ふふ、かしこまりました、フィーネ様」
マリエッタが楽しそうに目を細める。どうやら私をからかいたいだけだったらしい。
さて、念願の浴場満喫タイムといこう。
あ、そうだ。
「お義兄さま」
「なんだい?」
「あの、もしご迷惑でなければ……湯浴みのあと、お部屋に伺ってもいいですか?」
「……理由を聞こうか」
「えっと……お風呂の感想とか、お話できたらなって」
兄妹でいい湯だったねー、そうだねーなんてお話ができたら、すごく楽しい。
あれでも、私のほうからお義兄さまの部屋にお邪魔するのって初めてかも。
しかも寝間着で。
なんかテンションが上がり過ぎて、すごく図々しいお願いをしてしまったかも。
さすがに、迷惑かな……。
「あ、ああ、もちろんいいよ。湯上がりのお茶と菓子を用意しておこう」
「本当ですか? ふふ、楽しみです」
今日は嬉しいことが重なる祝福日かな?
顔がふにゃりと
「くっ……」
見れば義兄さまも、複雑な笑みを浮かべていた。
ほんのり頬が赤いのは、湯上がりだからだろうか。
不思議と、風もないのに義兄さまの前髪がふわふわと揺れている。
「フィーネ様、お湯が無駄になってしまいますよ」
「あ、うん。じゃあ義兄さま、またあとでね」
「ぐっ……」
あ、ついお義兄さまの「お」を抜かしてしまった。
馴れ馴れしい言葉遣いを発したのが気まずくて、私は慌てて脱衣場へ逃げた。
――フィーネが淫紋を刻まれるまで、あと965日。
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