※この作品はR-18です。

【完結】ヒロイン全員子持ち人妻の小説が完成した!   作:hige2902

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前話の挿絵については修正しました。
よかったら見てみてください。長乳です。


第十二話 招来

 鯨宮が彼の腕を抱いて山道を下りる。やわらかな胸でしっかりと挟み込み、肩に頭を預けながら上機嫌で。

 

「お外でスるのもいいわねー。最初は緊張したけど、凄く感じちゃった」

「開放感あって、ハマりそうです」

「ね? いい考えだったでしょ? はあ~、それにしてもコンウェニって便利ねー。もっと早く知ってればよかった」

 

 大自然の中でひとしきり性欲と食欲を満たし、木漏れ日の中を歩くといかにも平穏を感じる。

 ただ、客観的に考えると先ほどまで熊に怯えていたのに山に入るのは危険な気もするが、シレリアが大丈夫だと言うし、彼は何の心配もしていなかった。

 ふと少し道から逸れた茂みに目が止まる。

 

「そういえば色葉も来たがってたけど……あら、どうかした?」

 

 なんとなく違和感を覚えた彼が覗き込むと、明らかに人為的に用意された餌が食い散らかされた跡があった。

 遅れて鯨宮もひょいと確認する。

 

「これって……」

「……少し、んー、問題ですね」

 

 

 

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「う~~ん」

 

 事情を全員に伝えると、犬衣が腕を組んで静かに唸った。

 シレリアが疑問を口にする。

 

「それってこの間の人たちの仕業かしら?」

「地上げにしては強引過ぎるし大がかりだけど、それだけ急を要する事情があるってことかなあ~。それだけの価値がこの土地にあるとは思えないけど」

「本当にこの土地にはなんにも無いの?」

 

 おずおずとシレリアが切り出す。事態がここまで急転するならば、何かしらの潜在的な価値があっての事だろうということは想像に容易いが、彼は首をかしげるばかりだ。

 

「無い、と思うんですけどねー」

「温泉が湧くとか?」

 

 犬衣が口を挟む。

「そういうのは地質調査とかで結構大がかりなコストが掛かるから、ならず者みたいな連中が事前に調べて確証を得るなんて事はしない、はずよ、たぶん、現実的じゃない」

 

「けど切羽詰まってるのは事実なんでしょうね。実際、熊がアパート付近をうろうろしてたら住めないし、最悪の場合はこっちがアレですもんね」

 

 下手をすれば命が危なかった。アパートの近くにも飼料が撒かれていた事からして相手は本気なのだろう。

 今回はシレリアのおかげでなんとかなったが、次の手を防ぐ手段も無い。

 

「そういえば前に店長がなんか言ってたな。どっかで熊が捕獲されて愛護団体に引き取られたって。同一個体なら、そこから第三者の手に渡って、そいつが裏山に放ったのかな」

「ありえる可能性としては一番高いかしら。さっきパッと調べたけど、ツキノワグマってこの地方には本来いないみたいだし。とりあえず、和狸さんはしばらくここに来ない方がいいかもしれないわ。相手はわたしらがどうなろうが関係無いって感じだし」

 

 熊を山に放った証拠が無いので警察に相談しても根本的な解決にはならないだろうし、相手は無法者だ、何をされるかわからない。

 最悪、直接的な暴力に訴えられるかもしれない。冒険者のシレリアはそういった荒事の経験があるだろうが、アパートの住人を守りながらでは不安は残る。少なくとも相手は組織的に動いており、人数も未知数。

 当面は引き取ったという愛護団体に確認の電話を入れるくらいといったところ。

 

 犬衣もひとまずの住所を移すことも考慮すべきだった。

 とは言え、粗雑で性急な手段を取ったという事は時間が無い事の裏返しとも考えられる。一定の期間を耐えれば再びの日常が戻ってくる可能性は低くない。

 ひとまずは議論が袋小路になったのでお開きとなった。

 別れ際に、犬衣は不意に彼に抱きついた。ぎゅっと強く腕を回す。彼が柔らかく背と腰を抱き、しばらくの無言の後、離れた。

 

「まさかこんなことになるなんて思ってなかったわ……気を付けてね、何かあったらすぐ警察呼ぶのよ」

「……わかりました。進展があったら連絡します。犬衣さんも気を付けて」

 

 しかし彼は問題を抱えていた。正確にはシレリアの。

 彼女の立場上、警察と関わる事は可能な限り避けたいのだ。

 そしてその事は本人も理解していた。

 

(やっぱり、わたしの身の上では国の組織に頼りづらいわよね……)

 

 

 

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 国の経済主体と呼ばれるほどの鷹峯グループを知らぬ者はいないので詳しい説明はしないが、とにかくそういう団体が存在する。

 鷹峯一族を中心とする独立企業の集合体である同グループは多種多様な業界に通じており、鶴技術株式会社もその内の一つだ。

 

 先進技術分野におけるリーディングカンパニーである同社の事業領域は、電子機器の開発、情報通信技術、AI、IoTなど多岐にわたる。

 なかでも半導体と製造装置の市場は十年以内に激化すると予測され、事業戦略として大規模な工場の確保が急務とされていた。

 

 鷹峯家の一人娘、鏡花にその大役が任されたのは、今後のキャリアを占う試金石でもあった。ここで結果を出せないようでは一族の者と言えど鷹峯グループの中心に近づくことはできない。

 無論、彼女には若くして事業開発本部長という肩書に見合うだけの能力があった。日本中の適地を探した結果、書木県 羽目丘陵が第一候補地となる。

 

 ほどよく市街地から距離があり、内地側の羽目丘陵は隣県と接しているので導線を整備すれば陸路も使える。また、川が流れているのも冷却水供給や排水処理に都合が良かった。

 莫大な金が動く。

 

 半導体に伴う輸入出を見据えた埠頭の再編改良事業や雇用拡大による売店や公衆衛生を含む周辺のインフラ、港のターミナル運営等の出資案、おおよそすべてが円滑に進められていたがしかし、一つだけ、どうしようもない問題と激突する。

 

 羽目丘陵の地主が急逝し、まとまりかけていた契約も立ち消えた。

 売買契約が結ばれる前の死亡により条件や取引の進行は中止され、振出しに戻る。

 身寄りのない夫婦と聞いていたので相続人がおらず土地は国庫に帰属されるものと思ったが、その手続きで行政が戸籍謄本をあたると子供がいたらしく、相続するそうだ。

 

 複合的に動いている半導体製造工場計画を考えればすぐに売買契約を迫るべきだがしかし、鷹峯は部下にそれを禁じた。

 忌中だからである。

 地主の中では居ない事とされていた子であっても、たとえその子が親の事などなんとも思っていなくとも、忌明けまで待つのが正道。

 

 だが、この間に好意的だった県側の態度は急速に濁りだす。

 

 鷹峯の元に届いた県からの書類を要約すれば、以下の物であった。

 環境影響評価について疑念が残る。また水資源についても廃水等に使用する事があるならもう一度、水利権届け出の必要もある。

 要するに前もって提出した届け出の書類に対して、土壇場で法的要件について県から回答や改善を求められたのだ。今更な文句に対応するのに手間取った。

 

 揚げ足取りのような問題に対処している間に、港の着工が迫る。水辺の工事は陸地と比べて大がかりになるので先行させる必要があった。資金面の観点から今さら工期を引き延ばす事も出来ないし、港や湾港事業に出される金は必ず国や県が絡むので柔軟に対応できない。

 

 本来であれば土地と港の両方の諸問題をクリアしてからモノに手を付けるべきだが、大規模な企画において順風満帆な遂行はなかなか難しい。組織の長が右を向けてと言っても、関わる全員が従うとは限らないのだ。

 もちろんそういった躓きを見越しての立案計画だったが、まさか県から大本のちゃぶ台返しをくらうのは想定外すぎる。

 

 とうに忌明けを過ぎているが、県からの承認をクリアしなければ、今の地主との交渉し土地を得たとしても足を絡め取られるだけ。

 なにより県との関係性が悪化しかねない。

 

 鶴技としては、なにも喧嘩がしたいわけではない。今後世界一の半導体工場として長く使うためには、地元とは穏便に済ませたいのだ。

 

 書木県にある支店の執務室で、部下が口惜しそうに言った。

 

「羽目丘陵が準都市計画区域に組み込まれるという噂もあります」

「ただの脅しでしょう。県知事が都市計画委員会に提言しただけで、審議にも及ばないはずです」

 

 動揺も無く、事実で返答した。

 鷹見はそっと、烏の濡れ羽色の髪をかき上げる。次いで肩に纏めて下げた髪の一房を指で弄ぶ。凍てつくような鋭い瞳でデスクの上の書類に眺めた。

 

 準、また都市計画区域は高速道路や市街地等の建設のため前もって設定されるのであって、後から追加される例はほぼ無い。ようするに錯乱、時間稼ぎ、嫌がらせ。

 いい加減うんざりだ。

 

 対処に追われ、他の仕事のスケジュールも圧迫されるようになった。

 

 だから頭によぎりもする。

 果たして忌中であっても被相続人に話を勧めるべきだったのだろうか? 

 このような事態を回避できるなら、他者に対して自らの無遠慮さを押し付けるべきだったのか? 親からいないものとされた子に? 

 

 鷹峯は目を閉じ、自答する。

 

 いえ──

 それは鷹峯家として恥ずべき行為。高潔を胸に優雅さと力強さを兼ね備え、誠実であれという一族の理念と反する。相反した理念で鷹峯の名の下に結果を出す事に、何の意義がある? 

 いくら金を産んだとて、それが今後何十年も残る不名誉な標であるならば、打ち立てる意味は無いというのに。

 

 目を開け、ファイリングされた資料を再確認する。

 予算の面からしても時間的にも、これ以上の引き延ばしは難しい。今の地主が即座に了承すればなんとかなるが、そんなうまい話は無い。交渉に入ってから売買契約締結、引き渡しまでの期間を考えると、正直なところ危険な状況に片足を突っ込んでいる。

 

 あと数日が限度。これ以上は、いよいよを持って覚悟を決めなければならない。

 緩衝もこれまで。たとえ県との関係がこじれたとしても断行するしか。

 

 鷹峯は不安そうな部下に言った。

 

「どう転んだとしても責はわたしが負います」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

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 その夕方、鷹峯はビジネスバッグを片手にホテルを出る。

 代々女系家族である名家鷹峯の中でも若くして抜きんでた才覚を表し、表情を変える事無く冷徹に目標を達し続け、その精神構造的強固さをして鋼とまで評された彼女も流石に疲れを滲ませていた。

 ぼんやりと老いを覚える。

 

(経年劣化には耐えられないのは、ヒトも金属も同じか)

 

 だとしたら言い得て妙なあだ名だ。

 空港に向かい、飛行機の中で機密性の無い書類に目を通そうとして、到着の案内で目が覚める。

 己の剛性が以前のように発揮しなくなったのを痛感して、自嘲気味に笑う。以前ならばこのくらいなんともなかったが、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 

 握った跡が僅かに残る紙面を正すが、一度劣化した物は完璧には戻らない。僅かに皺が寄ったまま、なんとかこれ以上損耗しないように扱うしか。

 

 夜になる頃、ようやく家に帰ってこれた。都心から少し離れた場所にある、広い日本屋敷の門をくぐる。ほころびかけた椿の花が、屋奥から漏れる明かりに照らされていた。ちゃぽりと池の鯉が水面を揺らす。

 

 ずいぶんと空けてしまったが、鷹峯として恥じないよう庭木には手入れが行き届いていた。夫である静人(しずと)がよくやってくれているのだろう。

 敷居をまたぐと若い女性の靴が二足あった。それを見て、僅かに顔をほころばせる。

 

「ただいまかえりました」

 

 そう言うと、奥からどたどたと騒がしい足音と共に二人の年頃の娘が出迎える。

 長女の灯菜(ひな)と次女の玲奈(れな)だ。どちらも母に似ているが、灯奈のほうはおおらかそうな顔つきをしている。

 二人の顔を見ると身体の疲れも吹き飛ぶ。だから鷹峯は忙殺されそうなスケジュールを何とか空けて帰ってきたのだ。

 

 静人も玄関にやって来て出迎える。その後は家族で食卓を囲み、静人と共に高校生活を送る娘たちの近況に耳を傾けた。

 

「お母さん、最近いそがしそうだね」

 

 灯奈の言葉に、一瞬だけ咀嚼が止まった。もちろんそれを察せられないよう、硬い表情を纏っている。

 

「いつもどおりよ」

「そういえば、書木で新たに湾港工事が開始されたそうですね」

 

 玲菜がそれとなく鷹峯に視線を向ける。

 今となっては別に隠すような話でもない。鶴技の動向やニュースを追っていれば誰でもたどり着く。

 

「ええ、何も問題無いわ」

 

 言って内心で毒づいた。玲菜は計画の首尾を聞いてなどいないのに、じぶんから「問題無い」などと言ってしまっては、まるで支障はあるが解決した、あるいはする予定と吐露しているようではないか。

 その予感は的中しており、機敏な玲菜は先ほどの一言で何かを察した。

 

「そうですか。そう言えば姉さん、お母さまに報告しなくてもいいの?」

「あ、そうそう。こないだテニスの選抜大会があったんだけど、シングルで優勝したよ。後でトロフィーみせるね」

 

 だから深入りせずに話題を変える。

 少なくとも表面上はつつがなく夕食を終え、皿洗いは娘に任せて、鷹峯は湯浴みで火照った身体のまま寝室に向かう。

 久しぶりの布団と畳の香りに懐かしさを覚え、ゆっくりとまどろみに身を任せる。隣では、後からやって来た静人が密やかな寝息をたてている。ようやく人心地ついた気がした。

 これはしかし、安らぎなのだろうか。我が家でさえ、鷹峯という立場を崩せないのは。

 

 陽炎のように頭によぎった。いつからだろうと、ぼんやり考えてみる。

 鷹峯家を継ぐ者として誰にも、娘にはもとより夫にさえ弱い部分を見せるのを躊躇うようになったのは。たぶん、ずっとそうだ。物心ついてからずっと。

 それが当然だと考えていたので苦しくは無かったが。

 

(こころも弱くなってしまったようね)

 

 吐き出せるものなら吐き出してしまいたかった。

 県の急な掌返しで計画が前後し、それによる妨害と混乱は膨張し続けている事。多忙を極めている事、疲れた事、もー仕事したくない事、脂っこくて味の濃いものをたらふく食べたい事、のんびりしたい事、もっと娘たちの話を聞きたい事。

 けれど彼女はそんな弱音を吐ける場所にはいない。鷹峯という立場がそうさせる。

 

 もぞりと身体を動かして横に向ける。

 鷹峯家のしきたりとして、物心ついた頃に複数人とお見合いをし、気に入った者を許嫁として婿養子に迎え入れる。

 そうして一緒になった視線の先で眠る静人は、まったく寡黙な男だった。

 それは鷹峯にとって好感の持てる点でもある。多くを語らず、不用意不躾な質問もしない。

 だが、たまには聞いてほしい。大丈夫か? とか、無理してないか、とか。

 

(聞かれてたところで、弱音を吐けるわけ無いのだけど)

 

 小さく嘆息して、密やかに声をかけた。

 

「ねえ」

 

 返事は無い。久しぶりに誘ってみようと思ったが、完全に入眠してしまったようだ。

 意味も無く唐突に湧き出た情欲を持て余しながら、鷹峯はそれを忘れるべく目を閉じた。

 

(疲れていても性欲は覚えるものね、年甲斐もなく。いえ、ストレスかしら)

 

 まだ女である事を自覚しながらも、ゆっくりとまどろみに任せて明日までの休息に身を任せた。

 落ちるように眠りにつく。

 

 

 

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 個室居酒屋の一室でいかにもなガラの悪い男たちが飲み食いしながら駄弁っていた。

 

「効果無かったんかな、熊。おまえ、ちょっと見て来いよ、エサ食ってるかだけでいいからさ」

「え~? フツーに嫌だけど。死ぬかもしんないじゃん」

「なんかスプレーとか持ってけば大丈夫だって」

「それで大丈夫なら立ち退くわけ無いだろ、熊を持ってった意味無くね」

「まあーそれもそうか。そのうち食われるよな。もっかい餌だけアパートの近くに撒いてみるか」

 

 羽目丘陵の元地主が死んだのはまったくの偶然で、鷹峯が忌中ゆえに相続人にこの件を伝えなかったのは、ある者たちにとっては幸運だった。

 立ち消えた契約を横からかっさらえば、鶴技に高額で土地を転がせる。

 

 県知事がふとこの妙案を思いつき、知り合いの不動産業者に相談すると()()()()を紹介された。身ぎれいな人の好さそうな男で、阿漕なやり口にニコニコと笑みを続けて話を聞く。つまりは関わるべきでない相手。

 

 とんとん拍子で相談は纏まる。知事の方で港は進めさせ、後に引けなくして丘陵の話を遅滞させる。その間に相続人と話を纏めれば莫大な利益を得られる簡単な話だったし、実際に上手くいくはずだった。

 二束三文で買い叩くはずの契約はしかし、彼が土壇場で蹴った。

 

 可能なら穏便に済ませたかったが、金を積んでも首を縦に振らないのならしかたがない。

 専門業者を名乗っていたチンピラたちは、本来のヤクザな手口で動く。

 ちょうど熊の引き取り手を探していた愛護団体に適当な企業名で接触し、熊がやっかいだったのか実に簡単に手に入れることが出来たそいつを山に放ったのは骨が折れたものの、即効性のある悪くない案だった。

 

 法に触れないギリギリの線で地上げ行為を続ければ追い出す事は可能だが、警察に相談されたりでいろいろと時間掛かったり、こちらを探られるのも面倒だ。

 そもそもこれは鶴技が県の妨害に耐えかねるまでの、タイムリミットのある案件。なるべく手を汚さず、急がなければならない。

 

 だが熊の効果が未だ無いのは謎だ。

 

「ていうかさ」

 一人が唐揚げを摘まむ箸を止め、思いついたように言った。

「もし地主が熊に食われたらヤバくない? 交渉できないじゃん」

 

「あー」

 

 と複数人がなんとなく納得する。県知事が聞いたら頭を抱えていた。

 

「じゃあやっぱトラックするか。明日の夜にでも」

 

 不動産業者が県知事から伝え聞くに、鶴技が県との関係性をこじれさせてでも話を付ける判断を下したらしい。

 熊だなんだと言ってられない。いよいよをもって急を要する。

 住む家を壊せばあのガキもビビッて諦めるだろうと、実力行使に出る時が来たのだ。

 

 産業廃棄物を不法投棄するのに使わせている10tコンテナ車と後詰めに数台のバンで出た。

 このご時世に派手な手段だったが、後ろから突っ込むなら事故で済ませられる。なにより手に入るであろう額が額だ。デカい工場を建てる為の計画も動いている中、鶴技は言い値で羽目丘陵を買うしかない。

 ならリスクは承知で行く。

 

 それに県知事との密約の証拠もしっかり残してあるので、事が済んだ後に強請りでもう一稼ぎ出来るのも魅力的だ。

 

 チンピラたちはそう考えていた。

 楽ではないが、とんでもない額が手に入る大仕事。

 相手は酒を飲めるようになった程度のガキと中年の女が一人。調べはついている。

 ただその中年の女が、語り草となっている冥界と天界を巻き込んだグラギアナム大戦に関わるほどの冒険者である事は、誰も知らなかった。

 

 

 

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 シレリアは風呂掃除の前に、ふと洗面台の鏡の前で立ち止まった。そこに映る、ふわりと柔らかい唇を見つめる。

 犬衣たちはそれを躊躇いなく彼と重ね、卑猥な音を立てて激しく貪るように舌を絡ませる。

 そっと指でなぞった。同じようにしたい。幾度となくそう思ったがやはり踏ん切りがつかないままだ。それが欲情なのか愛情なのか、どちらにせよ最後の自戒だけが、シレリアにとっては夫との唯一の繋がりだから。

 

(やっぱりキスは……)

 

 目を閉じ、小さく頭を振って浴室に入った。ワンピースの裾を上げてスポンジを手に取る。すると──

 

『あーあー、聞こえる? いま安全? もしもーし、シレちゃーん』

 

 馴染みある声が突然にシレリアの頭でふわりと広がった。

 この気だるげな声には聞き覚えがある。仲間の一人、魔法使いのパフィオだった。

 思わず口を開く。

 

「え、ええ。わたしは大丈夫、無事よ」

『よかった、やっと繋がった……時間が無いからサクッと言うわ。驚かないで欲しいんだけど、単刀直入に言うとシレちゃんは今、異世界にいる!』

「それは……知ってるけど」

『もうちょっと驚いてよ……っていうかなんで知ってんの……まあいいわ、今の状況を説明したげるからよく聞いて──』

 

 パフィオがかいつまんで説明する。

 どうやらシレリアがエルフの遺跡で触れた小さな輪のような物は天界から遺失したマジックアイテムで、対象を異世界に飛ばす追放機だったらしい。もともとは世界を滅ぼしかねない強大な敵に対処する為の兵器との事。攻撃や封印といった手段が通じない場合に使われ、世界を維持する為の最終手段。

 

 転移先は基本的にランダムで、人間が生存不可能な土地に飛ばされることも考えるとシレリアは幸運と言えるだろう。

 今は天界の助けを借り追放機の解読を進めている段階だそうだ。

 

「それで娘は、あの子は無事なの!?」

『わたしたちで面倒見てる。まあまだ一晩も経ってないし、そんな混乱してないみたい』

「一晩経ってないですって!!」

『あーやっぱ時間の流れが違うんだ、そっちは結構長い?』

 

「何か月も経ってる訳じゃないけど……」

 ともかく娘が無事で安心した。向こうでは自分がいなくなって半日も経過していないというのも。

 安堵からか、脳裏に望郷の念が広がっていく。紙に色絵の具を溶いた水を落としたように、元の世界の景色や香りさえも懐かしく。

 しかし本当に時間の流れが違うのだろうかという疑問もわいてくる。

 

「あら? 時間の流れが違うならどうしてこうやって会話できているの?」

 

 パフィオの世界の時間経過に比べて今いる世界の時間経過が大きいのであれば、互いの発する声を聞き取る事は困難に思える。どちらかが異様に早口で、もう片方が異様に遅いといった具合に。

 

『いい質問じゃん。追放機を使って、こっちとそっちの界域を合わせたから。こうして普通に話せてるのが、実経過時間を同期できてる証拠でもあるってわけ』

 

 追放機はただ単に対象を転移させるだけではない。被追放対象の異なる世界の隔たりを調律する機能も備わっている。前述の界域を整理して時間のラグを操る事もその一つだ。

 他にも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()の検知機能を使って、追放した対象を見つける事も出来る。パフィオがシレリアのいる世界を見つけられたのは、そういう訳だった。

 なので当然、追放した対象を招来する事だって可能だ。

 

 ぽたりと雨粒が木々の葉を打った。加速度的に地面を濡らしていく。

 

『明朝くらいにはこっちに呼び戻せると思うから』

「えっ……」

 

 予期せぬ答えに動揺した。望外の言葉であるはずなのに、飲み込み難さを覚えてしまう。

 

『今すぐ帰りたいだろうけど、まだ機能の解読と調整に時間がかかんのよ。あっ、そっちの珍しい物とかあったら持って帰ってきて。いったん戻ったらもうシレちゃんっていう座標を失って行けないんだからさあ。黄金とかがその辺に転がってるような世界だったりしない? あるいはこっちの体系に無いマジックアイテムとかー』

 

 唐突過ぎる事実を受け止めるので手いっぱいで、後半の与太話は耳に入らなかった。いったん通信が切られ、次の連絡は呼び戻す前の夜明け辺りとの事。

 

(帰りたい)

 

 それは嘘偽りない気持ちだ。

 

(娘が心配だしそれに、それに夫を探す旅も途中……)

 

 シレリアは静かに目を伏せた。どうしても脳裏に彼が浮かんでくる。

 

(また、離れ離れになってしまうなんて)

 

 一度目は突然行方をくらませた夫。そして二度目の喪失に悲哀のため息をつく。

 この胸の苦しさはつまり、彼を夫と等しいほど想っている証左である事を自覚し、それを受け止めている事にほかならなかった。

 

 

 

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 ひとけの無い山で一日中降りしきる強い雨は、夜にあっては幾頭もの黒馬が駆けているかのようだった。

 家事や仕事を終わらせたシレリアは、彼が帰るまで部屋の中を歩き回ったりソファに座っては立ち上がってみたり、ベッドに倒れ込んで彼との残り香を胸に入れては倒錯と諦観の暗い所にいた。

 やがて思い出したように台所に立ち、鍋を火に掛ける。

 特訓の甲斐あってコンロの扱いは彼の了承を得ており、こちらの世界の具材に関する調理法も理解してきた。

 

 せっかく腕を振るえるようになったというのに、明日の朝にはここを去る。去らなければならない。

 それを言わなければならない。

 一緒にいられないと。

 

 元の世界に帰れるのは嬉しい。その嬉しさを彼は共感してくれるだろう。そして喪失についてもおそらくそうだ。これは自分だけの思い上がりではないと、シレリアは信じていた。

 やがて彼の気配がしたので軽く両頬を叩き、陰鬱な気を消し去って「よし!」と呟いた。タオルを持って、いつもの笑顔で玄関に向かう。

 雨合羽に身を包んだ、いつもと違う彼の表情にシレリアは心身をこわばらせる。

 着替えると早々にシレリアをソファに座らせ、彼も隣に腰を下ろす。真剣な面持ちで言った。

 

「いろいろ考えたんですけど、危ない連中がうろつく事も十分ありえるんで、シレリアさんはしばらくここから避難した方がいいと思うんです。犬衣さんが仮住まいに一緒にどうかって。今日からでも──」

「離れるのは、嫌」

 

 絞り出すように声を出して、彼の手を取る。

 

「わたしは大丈夫だから……だからお願い、一緒にいさせて。今日だけでいいから」

 

 それは最初に夫が家を発ち、次に子供と離ればなれになった彼女の本心だった。

 

「おれも同じ気持ちではあるんですけど──」

 

 その言葉で、シレリアの胸は少女の時のように高鳴った。

 

「──けどやっぱりシレリアさんの身に何かあったらと思うと一日でも早く避難した方が」

「わたしだって、あなたの事が心配なの。それに、それにわたしは、わたしはここの──」

 

 それ以上の言葉が出なかった。明日にはこの世界にいないのに、そう言い張るのはおこがましいような気がして。

 もっと適した人が、犬衣などがじぶんより相応しい気がして。

 

 台所のタイマーが鳴った。

 ひと時の沈黙の後、シレリアは断りを入れて鍋の様子を見に行く。

 どうせすぐに答えの出る問題ではない。可及的速やかにシレリアを避難させなければならないのは理解しているのでそれは矛盾だが、だからだ。

 二人とも離れたくないから問題を先送りにした。

 

 それにどう転ぼうとせめて夕食は共にしたい。

 

 ほどなくしてテーブルに料理と皿が並ぶ。

 彼には馴染みの無い肉と野菜の煮込み料理で、和洋中のどれでもない独特の香りと風味だった。何かに例える必要は無く、これはシレリアの生まれ育った土地の料理で、彼女の味なのだ。

 素朴だが飽きを感じる気がしない。パンとの相性が良く、いくらでも食べられそうだった。

 

「どうかしら、気に入ってくれるといいんだけど」

「めちゃくちゃ美味しいです! ……けど残念だな。毎日食べたいくらいだけど、しばらくは無理そうですもんね」

 

 それでも二人は意識的に先ほどのまでの重い空気を忘れようとした。食事の間くらいはいつもどおりでいたい。

 

 他愛のない会話の裏で、シレリアは逡巡する。

 彼は、事が収束すればまたしばらく二人と暮らせると思っている。いったんシレリアを避難させ、それから警察などに相談する算段。それなら異世界人の彼女を巻き込みにくい。

 だが今日で最後なのだ。

 

 暖かい食事も終わり、先延ばしの猶予も終わってしまった。再び重く暗い雰囲気が満ちかけた時、シレリアが柔らかな唇を開く。

 

「わたし、明日の朝には帰らなきゃいけないの。ごめんなさい突然こんな……今朝、仲間の一人から連絡が来て」

「えっ!? あっ、それは、おめでとうございますというか、良かったですね!」

 

 シレリアの予想通り、彼は喜んでくれた。

 

「ていうかお子さんは大丈夫でした?」

「ええ、問題無いみたい」

 

 それに、娘の事までちゃんと案じてくれている。

 もうずっと、胸の高鳴りが収まらないでいた。

 濡れた瞳で、シレリアが口を開く。

 

「迷惑はかけないから、だから──」

 

 不意にドアの方を見やった。いや正確にはその向こうを意識した。

 

「どうかしました?」

「……ちょっと見てくるわね。ここにいてちょうだい、危ないかもしれないから」

 

 それだけ言うと、すたすたと部屋から出て行く。

 

「え、いやあの」

 

 どういう意味だ? 

 ぽつんと部屋に一人残された彼はしばし呆然とした。危ないからと言われても、だったら尚のこと彼女が心配になる。

 もしなにかあったらと思うと自然と体は動いていた。後を追って玄関を出る。(ひさし)の下で、シレリアは不感無覚に佇んでいる。深い雨と土の香りに排ガスが混ざっていた。耳を澄ますとじりじりと砂をゆっくり踏みしめる音が聞こえる。

 

 目を凝らしてみれば、どうも大きなコンテナ車がバックでこちらに向かってきているようだった。奇妙なのはテールランプの類いが遮光性の高い何かで塞がれているのか、まったく見えない。

 ガラの悪いチンピラが一人、雨に濡れながら助手席から出てきて近づいてくる。ちらりとシレリアの胸に目をやった後、隠し切れない横柄な態度で彼に口を開いた。

 

「おー、すんませんね、起こしましたか?」

「まあ、はい。寝てる時間でもないですけど」

「あっ、あー……ちょっと道に迷っちゃって、すいませーん」

「はあ」

 

「大丈夫なんで、気にしないで」

「そうですか」

「家、戻ってもらって大丈夫だから」

 

 彼はチンピラが何を言いたいのかまったくわからなかった。どうもこちらをこの場から立ち去らせたい思惑があるのでは? と察し、怪訝な表情を向けると相手は怒声を発した。

 

「家に戻らんかいボケぇ! コラァッ!!」

 

 いきなり感情を剥き出しにして怒りをぶつけられると人は怯む。空白になった思考に自分の命令を叩き込む。チンピラには慣れた手口。

 彼一人だったなら、飲まれて言う事を聞いていたかもしれない。しかし今は隣にシレリアがいる。彼女の手前カッコ悪い所を見せたくないし、なにより自分だけ家に戻るわけにはいかない。

 

 シレリアを庇うように一歩前に出て、どうすべきか逡巡する。

 二人の安全を考えるなら、すぐに家に戻り鍵を閉めて警察に連絡する事だ。が、異世界人であるシレリアを公権力に近づけたくはない。

 いっそ山に逃げ込むというのも手だ。

 

「はよ行けや!」

 

 チンピラが業を煮やし、彼に掴みかかる。反射的に前腕で顔を覆うが、いつまで経っても衝撃は訪れない。

 シレリアがチンピラの腕を掴んでいた。

 

「んなっ、てめ、離せババアッ!」

 

 その一言で彼も頭に血がのぼる。

 

「失礼な事言ってんじゃねえ!」

「うるせーんだよ、てめっなんだこの力」

 

 チンピラは必死に腕を振りほどこうとするがビクともしない。空いた手で引き剥がそうにもまるで歯が立たず、蹴ろうと足を引いたところでパッと離されて、バランスを崩し尻もちをついた。すでに雨に濡れた体だったが、一気に尻が泥水で濡れる。

 鈍い痛みに涙を堪える。腕にも違和感があった。熱をもって波のように痛む。おそらく腫れており、薄っすらと吐き気がする。骨折した時と似た症状に、バカなと頭を振る。

 

「いってえな、くそ、なんなんだマジで」

 

 ただ掴まれただけで、つまり握力で骨折するなんてありえない。ありえないが、先ほどの蹴るタイミングで姿勢を崩されたのも偶然にしては出来過ぎてる。ぬかるんだ地面に滑っただけ? ただの乳のデカいババアにしてはどうも妙だ。言いようのない不安に後ずさった。

 そしていつもとは違う雰囲気を察したのは彼も同じだ。

 

「し、シレリアさん……?」

 

 顔を窺うも、見た事の無い表情をしていた。怒るでもなく悲しむでもなく、不感無覚に事態を傍観しているような。いや、その冷酷な佇まいの下の彼女は確かに激怒していた。

 問題には感情を伏せて対処にあたる。それは幾度もの死線を潜り抜けてきた冒険者の振る舞いに他ならないのだ。

 

「くっそ、何なんだマジで」

 

 チンピラは毒づきながらスマホで連絡を取ると、万一の為に下で待機していたリーダーと仲間を呼び寄せた。数台の車がアパートの前で雑に止まり、ぞろぞろと覆面をしたチンピラが降りてくる。中にはバットや鉄パイプを持った輩もいた。

 口々にヤジを飛ばしながら威嚇してくる。

 そのうちのリーダー格の一人が言った。

 

「もう家に戻んなくていいから、そこでジッとしとけ……てかマジでデカいな」

 複数のバンのフロントライトに照らされたシレリアを眺めて続ける。

「一緒に車に乗るんなら考えてもいいけど」

 

 もちろん嘘だ。

 部下たちが下品なせせら笑いを浮かべる。いや、もうそうする気だった。人気の無い山奥で事に及ぶ事になんの抵抗もないどころか、ラッキー程度にしか思っていない。期待に股間を膨らませた。

 このままだとシレリアが慰み者にされる。この場にいる全員の相手をさせられるだろう。先ほどはチンピラを転ばせはしたが、さすがにこの人数では多勢に無勢。

 彼はそう考えると、諦めも付いた。彼女の無事に比べれば、こんな土地にこだわる事もない。譲ってやればいい。とにかくシレリアの安全が第一。観念したように溜息をついて口を開こうとした時、シレリアがぎゅっと彼の手を握る。小声で、しかし凛として言った。

 

「大丈夫、わたしにまかせて」

 

 それで彼は、何も言わず口をつぐんだ。心配や不安もあったが、彼女のその言葉だけで飲み込むには十分だった。

 

「おー、ようやく言う事聞く気になったか」

 

 リーダー格がニヤつきながら近寄り、豊満な胸に手を伸ばす。「あ、そいつは……」と先ほど転倒したチンピラがごにょごにょと口をまごつかせる。ついさっき手も足も出ませんでしたとは言えない。

 

「まーなにも怪我させようってつもりじゃないんだよ、こっちも。ちょっと家が壊れるくらいだからさあー。おとなしくしてりゃ痛くしねぇから……」

「そう? わたしは大怪我させようってつもりだけど」

「はぁ?」

 

 眉を顰めて凄んだリーダー格の頭部にシレリアの拳がブチ込まれる。出来の悪い紙ヒコーキのように錐もみしながら吹き飛んだ。どちゃりと地面に軟着陸して、痙攣している。

 

「ちょっと体が壊れるし、おとなしくしてても痛くするけど」

 

 時が止まったかのような静寂に、緩いエンジンの駆動音と木々のざわめきがやけにうるさく感じた。

 到底信じられる光景ではない。大の男が一撃でぶっ飛ばされたのだ。しかもただ胸がデカすぎる妙齢の女性に。

 

「て……てめぇコノヤロウ!!」

 

 金属バットを持った何人かがまとめてシレリアに襲い掛かるも、僅かな体捌きだけで得物を躱され、カウンターで鳩尾に拳をくらうと白目向いて泡吹いてぶっ倒れた。

 五秒にも満たない、赤子の手をひねるかのような喧嘩以下の出来事。

 

「お、おい! もういいっ、構うな、やれ! 行けッ突っ込め!」

 

 残った誰かがそう叫ぶとトラックのエンジンが唸りを上げた。

 タイヤが泥水を巻き上げ、雨に濡れた地面に飛沫を上げた。10トンの鉄塊が急発進する。その進路上にシレリアは飛びだした。

 

「ちょっ! 待ってシレリアさん!!」

 

 さすがに彼も引き留めようとしたがもう間に合わない。

 チンピラたちもまさか自分から轢かれに行くとは思っておらず、目を疑う。

 

 誰もが虚を突かれ、その行動と結果に目を点にした。

 シレリアはトラックのアクセルベタ踏み後進を受け止めていたのだ。そしてそのまま──

 

「いいかげんに、しなさいっ!」

 

 ──の一言で横転させる。

 鉄塊が地響きと共に横たわり、タイヤが虚しく回転する。

 

「ウソだろ……」

 半グレの誰かが呆けたように呟いた。

「なんだ、あのババア……バケモンじゃねえか」

 

「だから失礼なこと言うな」

 彼が半グレを殴り飛ばすと、別の誰かがハッとしてバットを振りかぶる。だがピクリとも動かなかった。おそるおそる振り返ると、いつの間にかシレリアがバットを掴んでいる。

 

「なっ、なんなんだお前マジでっ!!」

 

 動揺し、狼狽えるチンピラにシレリアはほんの少し躊躇いながら口を開く。

 

「わたしは、わたしはここの……」

 

 明日にはこの世界にいなくても、そう言い張るのはおこがましいような気がしても。

 もっと適した人が、犬衣などがじぶんより相応しい気がしても。

 

 確信に満ちて言い放つ。

 

「わたしはここの管理人ですッ! こんな乱暴は許しません!」

 

 そのまま金属でできているはずのバットをスポンジのように折り曲げる。

 

「ひっ、ひぃいい」

「にっ、逃げっ」

 

 そのまま怯え竦むチンピラたちを文字通りボコボコの再起不能にする。

 何人かはバンに乗って逃げようとするも、巨体に弾き飛ばされた。

 

「な、なんなんだ今度は……」

 

 暗い夜、横転したトラックのフロントライトに映し出されたのは、およそ野生において人間が勝てるはずのない獣。

 かふっかふっ、と息を荒くし、涎を垂らす大熊がのしのしと近づく。

 

「う、うわ、わぁ」

 

 腰が抜けたチンピラの腹に、大きな前足を乗せる。鋭い爪が腹筋にめり込み、じんわりと血が滲む。ほんの少し体重をかければ内臓は押しつぶされ、苦しみもがいて死ぬだろう。

 その恐怖に失禁し、気を失った。

 

「あら、手伝ってくれるの?」

 

 一人、また一人と逃げるチンピラの首根っこを掴んでゴツゴツと殴りながらシレリアが尋ねると、熊は従順を示すように鳴いて次の獲物に飛び掛かる。

 野生に生きるこの獣は本能で理解していたのだ。逆らうべきでない者、誰がこの山のボスかを。

 そうして事態はあっという間に終わりを見せた。

 辺りには何人もの呻き声と苦し気な呼吸がエンジン音に混ざって地獄めいていた。朝が来れば地面に染み込んだ血も一際だろう。

 

「ちょっとやり過ぎじゃないですかね、あの……死んだりってのは」

 

 庇の下で髪に染み込んだ雨水を絞るシレリアに、彼は探るように言う。

 

「大丈夫、ちゃんと手加減したから。それに結構大目に見てあげた方よ」

「大目に……」

 

 すごい方向に曲がっている四肢を眺めて彼は呟く。

 照れくさそうに頬を掻きながらシレリアが言った。

 

「ホントはこういったならず者には躊躇したらダメなんだけどね。徹底的に叩いとかないと後々の因縁になったりするし、舐められたらずっと付け込まれるだけだから。それに、近くの村や町の人たちからは感謝されるからしっかり殺っといた方が良いのだけど」

「そっ………………かー……そっか、んー」

 

 シレリアがこっちの世界に馴染んできたのもあってすっかり忘れていたが、彼女は魔物がいる地の冒険者なのだった。道を外れた者に対する対処は、それはシビアだろう。

 それにしてもまさかこれほどまでに武闘派だとは思わなかったが。いや、でもやっぱあのドスケベメイド服で前衛ってちょっと納得がいかない。

 後であの服装について言及すると、顔を赤くしてもじもじと「可愛いから」と返ってきた。

 ならしょうがないか。

 

 それにもう一つ納得のいった事もある。何度挿入してもキツキツの処女マンコは、彼女の肉体に秘められた膂力を鑑みればなるほどだった。

 

「まあ、問題は解決したからいっか。ありがとうございます、シレリアさん」

 

 この後、まだ大ごとになるだろうが助けられたのは確かなのだ。頭を下げると、シレリアはあわあわしだす。

 

「い、いいのよそんな! だってわたしはその、管理人なんだし、ね? 顔を上げてちょうだい」

 

 改めて二人は見つめ合った。闘争を終えた体はまだ火照っている。暴力の後の説明できない性欲が首をもたげかけた。ワンピースは雨に濡れて、ぴったりと豊満過ぎる身体の輪郭を映し出す。

 

「ぐすっ許してくれぇ」

「う、ううぅ~病院、頼む」

「すみま、すみませんでした、ごめんなさいごめんなさい」

「いでえ、いでえよお……これ元に戻んのかなぁ」

 

 気をそぐような哀願に、二人は顔を向ける。死人はいないだけの死屍累々だった。

 

「とりあえず、先にこいつらの処遇を考えますか」

「そ、そうね」

 

 リーダー格に話を聞く(熊にのしかかられた状態で、至近距離から涎を顔に垂らさせる)と、震えながら全てを明かした。県知事との密談の証拠もあるそうなので立証は可能だろう。

 

 シレリアが冒険者流の荒事の片付け方で話を進めると、最初こそはまだギリギリ抵抗の意思を見せていたチンピラも文句は言わなくなった。

 この国には無い倫理観に顔を青くして警察の御用になる事を受け入れ、二度と近づかないことをカクチス神(向こうの世界の契約を司る神らしい。反故にすると口に入るものが全て鋭利な刃物に変わるそう)に誓わされていた。

 

 また、シレリアが公権力に晒される問題については、やった事があまりにも規格外過ぎて逆に信憑性が無さそうだった。

 たとえチンピラの一人が彼女のやった事を警察の取り調べで喋ったとして、誰がその存在を信じるのだろう。突進するトラックを受け止めるばかりか横転させ、武装した何人もの男をあっという間にぶっ飛ばし、熊すら畏怖する乳のデカすぎる妙齢の女性。

 

 こんな事を大真面目に言うと、覚醒剤取締法の線でも疑われる。

 

 

 

 xxxxxx

 

 

 

 シレリアとは明朝でお別れ。

 その事と事態の収束を犬衣たちに連絡すると、忙しいなか全員が見送りに来たいと言った。

 短い間の付き合いだったが惜別の念はある。それに彼が大真面目でシレリアは異世界から来たというので、どうやって帰るのかめちゃくちゃ気になった。見、見てみたい。

 警察への通報はそれからという事にして、チンピラたちは熊に監視してもらい、すべての事の発端、山の裏手の羽目丘陵に集まった。屍山血河よりはマシのアパート前は犬衣たちに見せられない。

 

 キャンプ場に適していると犬衣が言ったその場所は、背の低い新緑がなだらかな丘陵にどこまでも平がっていた。

 昨夜の暗雲はきれいさっぱり晴れ、空は高く透き通っている。豪雨の残りが草葉の露となり朝日をきらめかせ、澄んだ大気が大地の香りを運ぶ。

 

 

『それじゃあ招来措置を始めるから周囲の物体に注意して』

 

 シレリアはどこからともなくパフィオの声を感じ取った。いつもの気だるげな声色ではなく、さすがに緊張を滲ませている。

 

「ええ、わかった……みんなわたしから離れていてね、触れる程度に近づくと巻き込まれちゃうから」

 

 そう言うシレリアは真剣な表情で、見送る面々は寂しい気持ちだったがどうも気になる。彼女の服装が。

 ねえ、と犬衣が彼に耳打ちする。

 

「ホントにあの服装だったの? 路上で出会った時。コスプレセックスする用のじゃなくて」

 

 すでに彼女が異世界人である事を説明しており全員がそれを理解しているが、それよりもあの装いに驚愕の感情を持っていかれて諸々をどう飲み込んだらいいかわからない。

 

「あの姿で冒険してたらしいですよ」

 

「にしてもエッチねえ……やっぱり興奮した? いつもより出たんじゃない?」

 と頬に手をやった和狸が露出の高すぎるメイド服から視線を逸らさず尋ねる。

 

「なんでそれを」

 

「わかるわよ、あなたの考える事なんて」

 鯨宮がそっと身をすり寄せる。

「今度わたしたちもああいうの着てあげる」

 

「え、やった。じゃない、今はそういうのは」

「そうね、そうだった」

 

 改めて今生の別れに向き合う。

 彼はもちろん、犬衣たちも寂しさを覚えている。せっかく仲良くなったのに、異世界から来たのならもっと色んなものを紹介したり、経験したかった。キャンプだってまだできていないし、向こうの世界の話も聞きたかった、一緒にヤりたいプレイもまだまだあった。

 けれども別れは避けられない。出来る事といえば気持ちよく送り出す事だけ、しんみりとした挨拶は済ませている。

 

「それじゃあみんな、今まで本当にありがとう。たくさん親切にしてくれて、嬉しかったわ」

 

 涙ぐむシレリアが光に包まれた。

 

「さようなら」

 

 輪郭を捉えられなくなるほど輝いて、誰かが「あっ!」と声を漏らし、次の瞬間にはまばゆさごとこの世界から消え去った。

 




ちょっと言い訳っぽいんですけど、たぶん読んでて、なんか詰まってると言うか急に畳みにかかってるなあって思ったかもですけど
そもそも17000字だからそう感じるだけ? だといいんだけど

元々は不穏なシーンをもう少し散らして興味の持続にしてたんですけど、そういう不穏さって更新日に読んでる人たちからしたら官能小説としての実用性が損なわるんじゃないかなって考えてちょっとコメディタッチにして11、12話に集約しました

実用性とお話のバランスはギリギリ許容範囲内だとは思ってます、だいぶ後ろでっかちな印象ですけど。文字数多いから?

完結後に元気があったらその辺は編集して元々の感じになると思います
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