【完結】ヒロイン全員子持ち人妻の小説が完成した! 作:hige2902
無い。
金が無い。それはつまり甲斐性が無い。
もともと物欲が薄く、今では肉欲も満たされていた彼にとって、税以外にはそれほど困らない金だったがだいぶ怪しくなってきた。
犬衣に手取り足取り家計簿の付け方を習い、改めて長期的な支出を試算すると主に食費に困りそうだった。
ひと一人を養うのって大変なんだなあ、と彼はしみじみ思った。
節約はしているが、シレリアの肉体を見ればその維持に必要な食事量はおのずと推察できる。たまにお腹の虫が鳴いているのを聞く。
なんとかお腹いっぱい食べさせたいし、もっとこの世界の美味しい物も味わって欲しい。彼女が美味しそうに食べるのが好きだというのもある。
それに、今も他の部屋の掃除や山の手入れに行ってくれており、そういった労働に報いるべきだ。
しかしこれ以上バイトを増やしての労働負担は身体を壊しかねないし、セックスの機会が減る。
一番良い解決方法はシレリアに働いてもらう事だ。自宅で出来る内職なら少ない収入でも足しになるが、あれは個数をこなす関係上、材料が場所を取る。ただでさえ狭いワンルームにそれは生活に支障が出るだろう。
かと言って空き部屋を使うにしても、万一家具などに傷を付けられても困る。
彼はスマホの写真フォルダをスワスワする。許可を得てなんとなく撮ったシレリアの痴態が映っていた。
彼女がいわゆる個人撮影のAVをやれば、一瞬で彼の月収を超えるだろう。
しかしながら、いくら顔をぼかしてもそのド級の肉体から身バレしかねない。異世界人の彼女が目立つ事は避けたいし、そもそも養えないからといってAVに出てもらうのは、情けない話。
そのまま下にスクロールすると、手で顔を隠した犬衣の裸体が数枚あった。背徳にゆるんだ口元の笑みがそそる。
最近、なんでか知らないが女運が凄くいい。モテている、という事なのだろう。彼女らの柔らかな肢体を思い出し、ムスコがうずうずしだした。シレリアの写真より上にスクロールして、ハメ撮りや送られてきたエロ自撮りでシコってすっきりする。
そこで、ん? と妙案を閃いた。おれってモテるんだ、って事はひょっとして……
「へ、それ本気?」
話があると彼の部屋に呼ばれ、聞いて呆気にとられた犬衣が言葉を続けようとして、やはり何と言っていいかわからずに口を閉じる。
何の事かわかっていない隣に座るシレリアは、いつものごとくローテーブルを挟んで床に座る彼と犬衣をきょろきょろと見比べた。
犬衣の反応に、話を切り出した彼は自身が無くなってきた。
「どう、ですかね。あんま需要無い感じですかね」
「需要っていうか……それは」
犬衣は彼をあらためてまじまじと見る、その服の下の身体を想起しながら。
「あるけど。と思うけど」
「?」
といった表情のシレリアに彼が説明する。
「おれがセックスしている所を記録して、それを売ろうって話です」
要するに女性向けAVだ。
水晶に遠くの場所を映し出す魔法のある世界から来たシレリアは、なんとなーく合点をいかせる。山で拾ったエッチな雑誌の類いの商売なのだろう。
「で、犬衣さんには女優をお願いしたいなあと思いまして。お金は払います。後払いだと助かるんですけど。もちろん顔は覆面とかで出さない方向で」
「いやいやでもそれいいの? だってそんな……そもそも女優が覆面ってどうなの? あんまり詳しく知らないけど」
彼のやろうとしている個人撮影系のAVは男性向けだと男優が覆面をしがちで、その逆はあまり存在しない。と思う。
「新しくていいんじゃないですか? おれは顔出しとか気にしないですし、シレリアさんには撮影係を頼もうかなーって」
「機材とかは?」
「これでなんとかならないですかね」
テーブルの上に置かれたのは、何世代か昔のひび割れたスマホだった。
う~ん、と犬衣は眉間にしわを寄せて目頭を揉んだ。
家計事情を知っている身としては悪くない手ではある。それはわかっている。ちらりと彼に視線を戻す。少し不安そうな顔をしていた。
どうしてもシレリアを食わせてやりたいのだろう。その為ならば世に痴態を晒す事すらいとわないという覚悟が。彼にはある。
ほんの少し、シレリアが羨ましくなった。
「もちろん犬衣さんが嫌なら断ってもらって大丈夫なんで」
「……その場合はどうするの?」
「んー、シレリアさんに女優役をやってもらえればいいんですけど、いろいろとまあ身バレしやすいんで無理なんですよね。だから誰か募集する形になると思います」
それを聞いて溜息が出た。あまりにも無計画過ぎる。
「ごめんだけど、女優役は断る」
「そうですか。でも話だけでも聞いてくれて嬉しかっ」
「けどわたし個人の趣味としてならやる」
「え? どういう」
「いい男とタダでヤれるんだからいくらでも撮っていいわよ。その代わり、顔は隠すし、声も抑えるからあんまり激しくしちゃダーメ」
ウィンクで彼に微笑んだ。言葉の意味するところはつまり、自分が楽しむのだからノーギャラで構わないという事だ。
「それとスマホはわたしの使って。きみのじゃ古すぎるし、動画編集も難しいだろうから」
「ありがとうございます! めちゃくちゃ嬉しいです!」
「そんな感謝しなくってもいいってば。だいたい、見ず知らずの女ときみがヤるくらいなら、いくらでもわたしたちが相手してあげるから。ね?」
とシレリアに意味深な視線を送る。
「ええ。いくらその……わたしが被写体に適さないからといって、それはあまりにも」
むわり、と二人が並んで座るソファから色香がたゆたう。
「せっかくだし、ちょっと予行演習しとく? シレリアさん。一応さ、二人ともちゃんと女優役をやれるってところをわからせてあげたほうがいいと思うんだけど」
彼を見つめたまま、犬衣がじっとりと言った。
そうね、とシレリアが、困ったわあ、といった感じで念を押すように答える。
「そうね……ちゃんと彼が気持ちよくなっている所を撮らないといけないって事でしょう? それなのに適当に女優を募集するって事は、彼を気持ちよくするのはわたしたちが一番得意だって、わかってないのよね」
うーーーーん、なんかちょっと怒ってる?
彼は若干の恐怖を覚えつつも、ムスコは素直だった。というか、たぶん彼は基本的に下半身でしか考えていない。
二人の人妻がソファから立ち上がった。
「それにちょうどいいわね、こないだの特訓の成果を見せちゃいましょ」
「と、特訓って?」
「犬衣さんにね、いろいろエッチな事を教えてもらってたの」
ゆっくりと両側から彼にしなだれかかる。耳元で囁いた。
「シレリアさん飲み込み早いから教え甲斐があったわー。あ、飲み込みが早いってのは両方の意味でね。練習用のディルドを根元まであっという間に」
「おっぱいで挟みながら舐めるのも練習したんだけど、どっちがいい?」
xxxxxxxxxxxx
xxxxxxxxxxxx
「おーすごい、もう誰でも買える状態なんですよね」
自分のスマホを眺めながら、彼が感嘆する。同人AVを扱うサイトで、自分のサムネが載っていた。
「なにからなにまで、本当に助かりました」
「いやまあそれはいいんだけど」
犬衣は言いさして、まあいっかと飲み込む。
「売れるといいなー」
「素材がいいから、けっこうな売り上げになるかもねー」
犬衣がニヤニヤしながら、スマホで元データを再生してシレリアに見せる。
「ね? エロいでしょ? 彼が仕事でいない時は、わたしがスマホ貸してあげるからオナニーしたくなったらいつでも言ってね」
「やだもう何言ってるの犬衣さん」
笑いながら肩を小さく叩くが、目はスマホに釘付けだった。
「あ、そうだ。一段落付いたっていうか、犬衣さんには編集含めていろいろやってもらったんで打ち上げっていうほど立派なもんじゃないですけど、どうですか? 今晩飲まないですか」
「んー、じゃあお呼ばれしよっかな。なにか簡単な物でよかったら作ってこよっか?」
本音を言えば節約してほしい所であるが、過ぎれば毒だろう。それに事務処理含めて大変だったのは確かだ。
「あと、着替えもいるわよねー」
悪戯に笑って、口を開けて舌をれろれろと遊ばせる。指で輪を作ってシコるジェスチャーをすると彼の視線が心地よかった。
シレリアが頬に片手を当てて朗らかに言う。
「そうよね、犬衣さんにはいろいろと難しい所をやってもらったんですもの。労わってもらわないと」
「なに言ってるのもー。シレリアさんのカメラアングルがバッチリ決まってたからいい作品になったんだから。あの画は相当な数のスケベ女に刺さるわよ~」
やだ~、うふふ、と仲良く談笑が続くが、なんとなく蚊帳の外の彼がおずおずと口を挟む。
「お、おれも結構がんばったと思うんですけど」
「あのねー……きみはさあ、わたしの喘ぎ声が余計に入るから本気で感じさせちゃダメって言ったのに、何回もイイところ突くから色々と大変だったのよ? 演技でいいって言ったでしょ」
「すみません、なんか犬衣さんの身体を抱いてるとつい気持ちよくさせたくなって。いや犬衣さんが魅力的すぎるのも悪いんですよ!」
「こーら、人のせいにするなっ」
じゃれあいを言いつつも、やはり肉体を褒められると嬉しさが込み上げてくる。同時に、今夜の饗宴が待ち遠しい。
「ま、でも一番身体を張ったのはきみだからね。打ち上げはわたしたちでた~っぷりご奉仕してあげるから。ね?」
とシレリアに振るとヤル気に満ちた表情で頷く。
「ええ、犬衣さんにまたいろいろ教わったから楽しみにしててね!」
まるで少女が初めて泳げるようになった事を誰かに自慢するような口ぶりに、二人は小さく笑った。
彼が主演となったAV『棒飲棒食! 弱みを握って年下男子を性奴隷調教。好きな人いるらしいけど、童貞食べちゃいました。強制勃起させて突かせまくり!』は、素人が初めて撮ったというのもあって作りとしては改善の余地が残る物であった。
女優はほとんど肌の露出が無くほとんど声も発していない。女性向けAVとしてはイレギュラーな演出だったが、その無機質さが女性優位のプレイ物として輪郭を際立たせていた。
また、荒削りな中にある演技では無い確かな性欲の生々しい絡み合いと倒錯が感じられ、サムネだけでエロさを見抜くスケベ女たちが放っておく訳がなかった。
売上本数的にはコアな造りであることに加え、無名にしてはまあまあ頑張ったほど。ただ、少ないDL数に対して評判はやたら良かった。
xxxxxx
xxxxxx
「んっ、あっ
ベッドの上で、和狸の豊満な身体がきゅっとこわばる。
「あ、あぁすまん」
夫の優詩が抽挿を止めた。いったん男根を引き抜き、妻の具合を心配する。
「大丈夫? 少し強くし過ぎたか」
「……え、ええ。ちょっとびっくりしちゃったみたい……」
優詩の体格は、趣味が筋トレなだけあって筋肉質だ。そんな男の目には、和狸の体がいかに肉付きが良くともすぐに壊れてしまいそうなガラス細工のように映る。
もし自分が原因で傷つけたらと思うと、その様子を想像しただけで男性器は力を失くした。
「……わたしは平気ですから、続けて?」
「本当か? もしアレなら」
「大丈夫だから」
「そうか」
和狸は股を開くが、なかなか望むモノは入ってこない。
「……」
彼女の視線の先の優詩は、萎えた男性器からゴムをいったん外し、自分でシゴいて勃たせ、新しいコンドームを付けていた。避妊を考えるなら射精してようとしてなかろうと、一度緩んだゴムは付け替えるに越したことは無い。
再び正常位で、ヌルリと男根が挿入される。
「……あっ……あん。優詩さん」
「うっ、うぅ」
いたわるような腰使いで、二人はほどなくして達した。
夫婦仲に問題がある訳でもレスというわけではない。性生活についてはちゃんとイクことは出来ているし、満足していた。
優しい夫。常に自分を大事にしてくれている。それは理解している。
ただ、だからといってオナニーをしない理由にはならない。それとこれとは話が別だ。彼氏彼女がいても、結婚しててもそれは何者にも侵されざる聖域なのだ。
いつものように和狸は寝室のベッドの上に寝転がり、上機嫌でスマホをスワスワタプタプしていた。
家族四人分の朝食を作り、一通りの家事を済ませた後の昼下がり。夫は仕事、子供たちは学校で家に一人だけの時間。今日はアルバイトも無い。
何をしようが、たとえ全裸で過ごそうが誰に咎められる事も無い。
小さな全能感すらあった。
和狸はこれを決して大袈裟だとは思わない。
子供が手のかからない歳になり学校に通うになって、ようやく手に入れた完全なる自由なひと時。する事といえばもちろん、ライフワークとも言える自慰だ。
ショーツを脱ぎ捨ててがばりと大股を開き、スカートを捲り上げて脂の乗った太ももと秘部をさらけ出す。
慣れた手つきでゆっくりと割れ目を指でなぞりながら、今日のオカズを真剣な面持ちで選定していた。普段はもっぱら男性向けの作品だが、女性向けのもチェックを欠かさない。その途中で、衝撃と動揺が口から漏れ出る。
「……え?」
見間違いかと瞼をこする。
「えー!」
そのサムネイルの男優には見覚えがあった。というかたぶん昨日職場で会った。
「えっえっ!?」
サムネイルを拡大する。
「エッッ」
DLボタンを押す。ぐるぐるマークがいつもより長く回っている気がした。
「えぇ~?」
早く早くと太い脚を貧乏ゆすりさせ、ようやく再生が可能となった。飛ばし飛ばしで見どころを探る。のではなく、これはもちろん、ひょっとしたら他人の空似かもという疑念を解きほぐす為の確認行為だ。
それはそれとして中指の腹は既に膣壁をぐりぐり按摩している。
ぐちゅぐちゅと水音が部屋に満ちる。
心臓は信じられない程高鳴っていた。
「えっ! えっ! ええーっ!? エッッッ!!」
いやこれは間違いなく彼だ。和狸は確信する。同僚の知らない顔、見てはいけない知り合いの性行為を覗いているような非日常感と背徳感がクチュクチュを加速させる。
完全に勃起したクリトリスがジンジンと寂しさを訴えた。
スマホを持つ手がもったいなく、ベッドの上に置いて自らは膝立ちになって小さな性感帯の宝石をいたぶる。
「んっ! っくぅ♡ あ、これスゴ♡ いつもよりッ」
スマホとの距離が遠くなり画面に映る彼も小さくなったが今は些細な問題だ。
顔面騎乗されて強制クンニのシーンで音量を上げ、自らの股下にスマホを持って来る。こうするとなんか自分が舐められてるみたいで興奮するから……主婦の知恵!
目を凝らして、大きく口を開けた彼の顔に潮噴きするシーンで同じように、いやそれ以上に噴いて果てた。
罪を犯しているようなこころの高鳴りを覚え、あっという間に一段落付く。
予定外にシーツを汚してしまったがどうでもよかった。
肉壺をヒクつかせながら余韻に浸り、どさりと倒れ込んでぼうっと天井を眺めて思う。
(き、持ち良かった~~)
ひょっとしたら、今までのオカズの中で一番興奮したかもしれない。いや、そうではなく──
(じゃなくて。やっぱり、彼、よね。どう見ても、うん)
賢者のように冷静になった頭でむくりと起き上がり、どうせ洗うシーツで淫液まみれの手とスマホを拭って再び動画を精査する。ふうむと顎に手を当てた。
(セックスの時はこんな顔するのね)
ふだんの何気ない世間話で笑う彼とは違う、貪欲に性と女の肉体を求め、時に激しい快楽を与えようとする雄。あるいは女優の責めに敗北して溺れる姿。それは、既婚者である和狸が決して見る事の無い彼でもある。
(それにエッチな身体してる……)
カメラアングルも光るものがあった。彼の良い所、欲しい絵面がばっちり映っている。よほどのスケベ女が撮ったに違いないと和狸は予想を付ける。
(けども~~ちょっとモザイクがなんとかならなかったのかしら)
そこが唯一の不満点でもある。なので☆4つ! と言ったところ。
『ちょっ、それダメッ! んあっ♡』
適当に流していると、小さく女優の声が流れる。
その制止などお構いなしに、彼は激しく腰を打ち付けていた。
和狸の瞳に、そのシーンが焼き付くように残った。
xxxxxx
こうして、スケベ女には刺さると犬衣が評した彼のAVは、無事に和狸の脳と性欲にぶっ刺さった。それはたぶん、カリみたいに返しも付いてる。
しかし後日、出社すると急に彼の事が心配になった。
両親が逝去し、一人で相続したアパートや土地を管理しなければならず、お金に困っている事は口の軽い事で有名な店長づてに聞いている。
(やっぱり苦しい状況なのかしら……)
彼からそういった愚痴を聞いたことが無かったので、それほど厳しい生活とは思わなかった。AVに出演しなければならないほど追い詰められているとは。
(ひょっとしたら、借金取りとかに無理やり……ありえる、ありえるわ!)
ずもも、といった感じで和狸の中で湿度の高い妄想が湧き出て止まらない。どうしても金を工面できず、泣く泣く……そういうのに和狸は詳しい。エロ本で学んだ。
(きっと尾行した時に買っていったコンドームも撮影に使う用だったのね。わざわざ本人に買わせるなんて……ひどいわ! ちゃんと経費で落ちてるのかしら!!)
謎の怒りを覚えながら更衣室で着替えて仕事場に向かう。
途中で別部門の女性パートとすれ違いざまに少し話しかけられた。
「おつかれさま。和狸さん、最近は勤怠ミスしなくなったわね」
「え、ええ。これからも気を付けます」
居心地の悪さを覚えて職場に向かうと、すでに彼は勤務している。焼き立てのパンを業務用のオーブンから取り出していた。
「お、おつかれさまっ……です」
こないだオカズにしてしまった事が脳裏に浮かんでしまい、声が上ずる。
「おつかれさまです」
いつも通りに彼が返す。いや、心なしか上機嫌にも見える。少し沈んでいるかも、と思っていただけに意外だった。
(いえ、きっと無理して気丈にふるまっているのね!)
特にそんなわけではなく、単に3Pがたくさん出来たりAVがちょっとずつ売れたりと嬉しい事があっただけだが、和狸の目にはそう映った。
同情心のようなものが芽吹いてくる。オカズにしてしっかり潮吹きまでしたのに。
金銭面での直接的な援助は、和狸の裁量内で済む金額ならともかく大金となると家庭の事もあり難しい。それに、寄り添う歩幅を間違えれば彼の尊厳を踏みかねない。
「どうしたんですか和狸さん」
急に声を掛けられ、ハッとする。手が止まっていた。
「えとその、最近なにか困った事とか辛い事とかある? わたしでよければ相談とか乗るけど」
「え? 困ってる事ですか……んー」
彼は小首を傾げて考えてみる。なんだろ。最近は割と順調な気がする。特に女性関係は一段と。
急にそんな事を言われてもパッと出てこず、そもそもなんで突然そんな気遣いを? と不思議に思う。その様子は和狸からすればやはり、AV出演という言いにくい話題だからに違いないと勘繰った。
勇気づけるようにがっしりと彼の手を取る。
「助けが必要ならなんでも言ってね。絶対に秘密するから安心して!」
「え、あーはい。ありがとうございます……」
急にどうしたんだろうと彼は内心で訝しむ。ついでに、何か困った事ってあったかなあと探ると、一つ思い出した。
「あ、そういえば」
「えっっ! なになになになに? あっ!! でもちょっと待ってここじゃちょっと言いにくいわよね! 他の人に聞かれるとちょっとほら、ねッ!? ちょっとアレだし困るでしょ? ごめんね気付かなくて!」
和狸は急に早口になりあわあわして周囲を見渡した。
「別にそんな事無いですけど……」
公衆の面前では言えないような悩みを抱えていると思われているのだろうか。
「しいて言えば自転車を買う予定だったんですけど、いろいろあって無理になったのが辛かったと言えば辛かったですかね。ま、それほど落ち込んではないんですけど。また貯金すればいいんだし」
「あ……自転車が欲しかったの?」
ホッと胸を撫でおろすと同時に、配慮の足りなさを自覚した。こんな場所で話せる内容なわけないのに。
「乗った事無いからどんなかなーと思って。通勤も楽になりそうだし」
「あら、そうだったの」
彼の年齢で自転車に乗れないのは珍しい事だったが、施設暮らしだったことも口軽有名店長経由で知っているので驚きはしなかった。
「なんだ。だったら早く言ってくれればいいのに。うちに使わなくなったのが一台あるから、もし気に入るようだったら乗ってくれる?」
「えっ! いいんですか!?」
元々は和狸が通勤やちょっとした外出に使っていたがセカンドカーを買ってからはそっちを使うようになり、今ではカーポートの端でカバーを掛けられたままとなっている。どことなく主婦然としたデザインで、娘も息子も乗らなかったのだ。
処分するにも手間だし費用が掛かる。それに邪魔というわけでもないので放置されていたのだ。
「むしろ引き取ってくれるなら助かるわ。後でラインに画像を送っておくから見てみて。けどあまり期待しないでね、普通のママチャリって感じだから」
露骨に目を輝かせる彼に、なんだか可愛らしさを覚える。息子に初めて自転車を買い与えた時もあんな感じだった。
夕方になって仕事から帰ると、すぐに自転車カバーを外して状態を確認する。それなりに使い込んだ感じはあるが、まだまだ走るだろう。タイヤの劣化が少し気になるので新品に交換してから渡してあげようと思った。それくらいの心遣いなら問題ないはず。
車体を軽く水拭きして写真を撮り、ラインに送る。
シフト調整のメッセージばかりのトークメニューに、籐風なバスケットに淡い水色のママチャリがアップロードされた。夕日を浴びて本来の色味は無かったが、物がいいのかよく映えている。
そこから話はとんとん拍子に進み、和狸が車に乗せて持って行ってあげる運びとなった。
本来であればもらう側の彼が和狸家まで行って持って帰るのが筋のように思えるが、自転車を漕いだ事の無い人間がすぐには乗りこなせるはずもないので押して帰ることになってしまう。さすがにそれは可哀想なので妥当な判断だ。
(ふふ、少し練習に付き合ってあげようかしら)
また、初心者にただ渡しても結局は乗れるようにならないと意味が無い。独学でそれは時間がかかるだろうという事で、和狸は指導を買って出た。
彼にはいろいろと仕事を教えてもらった。こういった形で恩返しできるのはなかなかに嬉しいものがある。
日時も決まり、あとはこっそりタイヤ交換を済ませてあげて──というところでようやく気付いた。
(あれ、ひょっとしてわたし一人で彼の家に行く事になってないかしら?)
なっていた。
積み込みは前日に夫に手伝ってもらえばいいが、当日は仕事でいないし子供は学校だ。しかも彼は一人暮らし。
いまから日程を変えてもらうか? けどかなり喜んでいるようだったし、乗り方を教えなければならない都合上お互いが休みの日を合わせるとなると難しい。少なくとも、次のシフトの話になってしまう。
神妙な面持ちで鋭利な思考を巡らせ、和狸は固唾を飲む。
(これって偶然、じゃないわよね……)
偶然だった。
しかし表層は一見して自然的な無作為でも、実は人工的な作為でしかない。そういうのに和狸は詳しい。昼ドラで学んだ。隙は無かった。
これは確実にやってる。仕組まれている。
それもただの同僚では無く、自分を性的かつ女として見ている相手に狙われているのだ。飢えた狼に。
いや、あるいは傷ついた、か。
そういえば、と今日を思い返す。
反射的に彼の手を握ってしまったが友田の時に感じたような不快感は無かった。
相手から触りに来たのと自分から触りに行った違いがあるので、覚える感覚も違うのは当然だろうが、なんとなく不思議に思う。
風呂に入る前、再び鏡の前で裸のじぶんを見つめる。彼がちょくちょく視線を向ける大きな乳房がそこにはある。
この身体で、一時でも悲しみを忘れさせてあげる事が出来るのならそうすべきなのだろうか。
う~む、と腹をぽよぽよ触る。贅肉を四捨五入すれば太っているわけではないが……
(ダメよ想実! わたしには優詩さんがいるんだから)
とは言え、もし、万が一にも間違いが起きるかもしれない。念のためにこっそりとスマホと無線イヤホンを浴室に持ち込んで予習する。
彼に対して同情のようなものを覚えているのは確かだが、それはそれとして興奮するものは興奮するのだ。
(す、すごっ……イヤホンで彼の喘ぎ声を聞くと……耳元で……おっ♡ これ効くぅ♡)
「きょうお母さんお風呂長いね」
リビングで娘がなんとなく弟に振った。
「ん、そう?」
特に興味無さそうな返事がかえってくる。姉がうるさいのでテレビのボリュームを上げた。