『スプリングタウン』から幾つも山を越えた先。
そこには不思議な光が漂う、フェアリータイプのポケモン達が住む森があった。そんな森の奥に建つ、甘い香りを放つ不思議な家からは今日も声が響いてくる。
「一つ!クリーム作りは妥協しない!」
「クリーム作りは妥協しなーい!」
壇上に立つマホイップの号令に続けて沢山のマホミル達が声を上げる。
「二つ!クリームを世界の人気食材に!」
「クリームを世界の人気食材にー!」
「……」
私……マホミルは他のマホミル達に合わせず黙っていた。
「三つ!クリームにはたっぷり愛を籠めよ!」
「クリームにはたっぷり愛を籠めよー!」
「よーし!それじゃあ今日も幸せのクリーム修行だー!」
「おーっ!」
マホイップの指示で、マホミル達は山積みにされたきのみへ群がっていく。
「……」
私もユラユラと宙を漂いながらきのみの山へと向かった。
「こらーっ、元気がないぞ?」
そんな私を見て声を掛けてくるマホイップ。ミルキィレモンの甘酸っぱい香りを漂わせる彼女はオレンのみを手渡してくる。
「そんな暗い顔してたらおいしいクリームを作れないぞっ?」
「……笑顔だけでクリームが美味しくなるなら苦労しませんわ」
不躾に私の頬を突っついてくるレモンマホイップに私はため息をつきながら答えた。
「顔にぎこちない笑みを張りつけろって意味じゃないよ、幸せと美味しさは切っても切れない関係って意味」
「よく分かりませんわ」
マホミル達が集まるこの『マホ・スウィート』にやって来たのは良いが、数ヶ月経っても一向に私のクリームがおいしくなる気配はなかった。色々尋ねても愛だの幸せだのよく分からない事ばかり答えられるばかり。
「それに『歪みの穴』というものが世界のあちこちにダンジョンを生み出し、ポケモン達がどんどん凶暴化しているこの世界で幸せがどうこう言っている場合ではないのでは……?」
「分かってないなー、だからこそだよ」
先月辺りから世間を騒がせている『歪みの穴』現象。風の噂では救助隊連盟なるものが大きな都市で発足しポケモン達を救う活動に乗り出したと聞いている。そんな時に意味も無くクリームを作り続けるなんて無駄にしか思えない。
「……私、やっぱり進化したいですわ」
「ダメダメ、今はアメざいくが手に入る所もダンジョン化しちゃったし……何より今のあなたじゃ手に入っても進化出来ないと思うよ」
「私、ここにいるマホミル達の中で一番強いのですよ! どうして進化出来ないって分かりますの!?」
否定して来るレモンマホイップに対し私は声を荒げた。
「まだ幸せについて分かってないからだぞっ!」
しかし相手は笑顔のまま言い放ち、手から発射したクリームを私の口に入れてくる。
「むぐっ…」
心地の良い甘酸っぱさ。私には生み出せない味。どうやって生み出すか、全く分からない。
(……どうしてですの? 進化が出来ないから? 実力不足だから?)
心の中に悔しさと焦燥感と湧き上がって来る。
(ずるいですわ、『歪みの穴』現象が起きる前に進化できたからって偉そうにアレコレ……)
「さっ、他のマホミル達と一緒にクリーム作り行っておいで!」
言われるがまま、私は楽しそうにしているマホミル達の元へ向かう事に。
「クラボのみ、カゴのみ、チーゴのみ!」
「えーっ、どんなクリーム作るの!?」
「わあ、もしかしたら凄くおいしいかも?」
笑顔、笑顔、笑顔。
「……っ」
夕暮れの森を私は一匹で進む。
(あんなこと言われても……諦めませんわ。絶対にアメざいくを手に入れて進化しますの!)
私達マホミルはアメざいくを手に入れる事でマホイップへ進化が出来る。マホイップになれば手からおいしいクリームを出せるようになる……つまり幸せだの愛だのに囚われる必要が無くなるのだ。
かつては修行の区切りのタイミングでアメざいくを採りに行く試練があったが、今はダンジョン『トロトロ丘』になっており試練も出来なくなっている。
(……ダンジョン化さえ起きなければ私はとっくに進化できていた筈ですの……ダンジョン化さえなければこんな不幸せな気分にもなってない筈ですの……!)
心の中の苛立ちを感じながら私は岩壁の脇を通り……。
ピンッ。
「……?」
何か糸のようなものに引っ掛かった。アリアドスの糸かと思ったがすぐに切れてしまったので、既に放棄された巣なのかもしれない。
バシャアッ!
「きゃあ!?」
その直後、頭上から勢いよく降りかかる大量の水。突然の事にパニックになった私は宙に浮かぶことも忘れ地面に撒かれた水の上をのたうち回る。一体何事かと思っている内に、岩壁に空いた穴から何者かが姿を現した。
(あっ……今のは罠……)
狡猾なポケモンが用意した獲物を捕らえる為のワナに引っ掛かってしまったのだ。苛々していたせいでそれに気付けなかったことに後悔するがもはや遅い。青色をしたポケモンがゆっくりと歩み寄って来る光景をずぶ濡れのまま見上げる事しか出来ない私。
(だけど……諦める訳には……!)
「悪者共めぇ!」
背後から聞こえてくる、怒りに満ちた声。目の前にいる青色のポケモンの視線を追うと、そこにはドロドロとした身体をもつ紫色のポケモン……ベトベターがいた。
まさか挟み撃ちにされるなんてと私は自らの危機を感じ取る。
「『みずのはどう』!」
「ぐわっ!」
「えっ……」
しかし目の前にいた青色のポケモンは私には目もくれず、掌に生成した水の玉をベトベターへぶつけた。
(彼らは仲間ではないですの……?)
「侵入者のくせに! 『はたく』!」
「くっ……」
怒りを増幅させたベトベターは青色のポケモンへ接近するとヘドロに塗れた手で反撃!
もしやこのベトベターは罠に引っ掛かった私を助けに来た救助隊なのではないだろうか。そう考え私は彼の背後へと移動する。流石の私も救助隊には戦闘力で劣るだろうがせめてサポートぐらいなら……。
「挟み撃ちか!? 『ヘドロこうげき』!」
「あ…あれっ?」
すぐさま振り返ったベトベターから大量の毒を全身に浴びせられ、私は意識を遠のかせながら地面へと落ちていく。
痛い……。
不幸せ……。
「……ううん」
目を覚ますとまず岩壁が視界に映った。周囲や天井もまた土と岩ばかりでありどうやら洞窟の中にいるようだ。意識を失ったのは森の中だった筈なので、気を失っている間に捕まりここまで運び込まれてしまったらしい。
「起きたかい?」
「……え?」
声を掛けられ振り向くと、そこには私を罠に掛けた青色のポケモンが本を手に座っている。どうやら私をこんな所に連れ込んだのは彼らしい。身代金目当てだろうかと、私は外への通路を確認するや否や急いで浮き上がり……。
「きゃあっ!」
すぐに墜落してしまった。体力が回復していないようで、宙に浮かぶ力すら残っていない。
「大丈夫?ほら」
「……何が目的でして?」
青色のポケモンは私を心配するかのような表情でオレンのみを差し出してくる。しかし私は警戒を解かずそのポケモンを睨みつけた。
「ごめん、罠に引っ掛けて」
「……?」
しかし彼は気怠そうな顔のまま謝罪をして来る。
「あの罠、凶暴化ポケモンを追い払うためのモノなんだ。ここは僕の住処」
「凶暴化ポケモン……」
もしやあのベトベターは私を助けに来た救助隊ではなく、私とこの青いポケモンを襲いに来た凶暴化ポケモンだったというのだろうか。
「それで回復したら早く帰った方が良いよ、ここは結構ダンジョンに近いからさっきみたいに凶暴化ポケモンが来る事もあるし」
青いポケモンはそう言うと再び座り込んで本を読み始める。
「……あなたは、何者ですの?」
オレンのみを手に持ったまま、私は尋ねた。
「……ジメレオン。キミはマホミルかい?」
「そうですわ。それより、どうして私を助けましたの?」
「僕の罠のせいで酷い目に遭わせてしまったからね。お詫びさ」
本から目を離さないまま彼は淡々と答える。
「どうしてこんな所に住んでいますの?」
「……一匹が好きだからさ」
続けての質問に対しては不自然な沈黙を挟んでから返してきた。本から目を離そうとしない愛想の悪さであるが、私に対して敵意が無い事だけは確かだろう。
「モグモグ……では失礼しますわ」
オレンのみを食べて体力を回復させた私は特に礼も言わずに洞窟を後にしようとする。
「うん。帰るんだね?」
「帰りませんわ。ダンジョンに行きますの」
問いに対してそう答えると、ジメレオンは本から顔を上げて来た。
「……どうして? 危険であることは身をもって味わったでしょ」
「進化するためにアメざいくを探しに行くのですわ」
「……心配だな」
「なっ!」
私の宣言に不躾に言ってくる彼に対し私は怒りのボルテージが上がって来る。
「馬鹿にしてますの!? さっきは不意を突かれたからの失敗であって、私は進化するに相応しい実力を備えてますわ! もういいですわ、失礼します!」
「あっ……」
ジメレオンが呼び止めようとするのを無視し、私は洞窟から飛び出した。
マホイップ達と言い、ジメレオンと言い、私の実力を認めない者達ばかりだ。こうなったら絶対に進化を遂げて見返してやるしかあるまい。
とろりとろりと樹木から垂れるのは甘い蜜? いいえ、それは毒の木から滴り落ちる毒液。
獲物が倒れ大地の養分となり、毒の樹木はどんどん丘に根を伸ばしてゆく。
他の木々や花々を破滅に追いやり、毒が覇権を握った地、『トロトロ丘』。
「『てんしのキッス』!」
「はうわっ?」
私は口からキスの光線を放ちベトベターを混乱させる。そのまま相手の周囲を飛び回りながら何度も『たいあたり』で追撃。
「ぐえっ……」
目を回して倒れるベトベターを尻目に、私は『ピーピーエイダ―』をゴクゴク飲んだ。このダンジョンはどくタイプばかりで相性が悪く、どうしてもわざのパワーを浪費してしまう。
(……すっかり夜になってしまいましたわ、こんな暗さで見つかるかしら)
一旦出直すべきかと一瞬考えたがすぐに思い直した。曖昧な事ばかり言うマホイップ達を見返すために飛び出してきたのに何の成果も無く逃げ帰ったら笑い者だろう。
私は心の中で絶対にアメざいくを見つける事を誓い、まるで迷路のように入り組んだダンジョン内を探索していく。
「あれはハートアメざいく……じゃない、モモンのみですわ」
しかしアメざいく探しは難航。
「邪魔しないで下さいまし! 『ドレインキッス』!」
凶暴化ポケモン達は何が苛立つのか私の妨害をして来る。
「はぁ、はぁ……もっと奥かしら……?」
ただ一つの目的を心の内にして、ひたすら先へ。
進化して美味しいクリームを作れるようになれば、認めて貰える……。
幸せになれる。
「うう……もう『ピーピーエイダ―』も残ってませんわ……。『たいあたり』も『てんしのキッス』も『ドレインキッス』も出来ない……早く見つかって……」
まともな戦闘も出来なくなり、弱音すら隠せなくなった私は必死に樹木や岩の陰に隠れながらダンジョンを進む。天に祈るしかなくなるぐらいに心が折れかけたその時。
視界に映る赤い小さなもの。
クラボのみではない……そして色以外はチーゴのみに似ている……。
「あ……やりましたわっ!」
私は笑顔になり一心不乱にその道具へ飛び付き、遂に入手する。
いちごアメざいく。
これがあれば進化が出来る。美味しいクリームを作れるようになって、幸せを手に入れられる。
「……何者だぁぁぁ!?」
「っ!」
毒性の樹液溜まりの中から現れるヘドロ状のポケモン。またベトベターか……と思ったが違う。
ベトベターの進化系、ベトベトン!
強力などくタイプポケモンの出現に私は怯みかけるものの、手に持っているアメざいくに視線を落として気持ちを落ち着かせる。大丈夫だ、私にはこれがあるのだから。
私は手に持ったいちごアメざいくを星空に掲げて叫んだ。
「……進化!!」
「……?」
怪訝な表情を向けてくるベトベトン。
「……え」
私もまた表情を凍らせていた。
進化が出来ていない……私はマホミルのままであった。
「なっ……なんで!? どうしてですの!?」
パニックになる私の脳裏では、レモンマホイップから言われた言葉が反響する。
『何より今のあなたじゃ手に入っても進化出来ないと思うよ』
私を認めないためのただの方便だと思っていたが、違った。アメざいくがあっても進化出来ないのは事実だったのだ。
「『ヘドロばくだん』だぁぁぁぁ!!」
「!!!」
ヘドロの塊を叩きつけられ、私は成す術なく地面へ落ちる。その衝撃で持っていたいちごアメざいくが転がりベトベトンの前へ。
「なんだぁぁぁぁ?」
「か、かえ……して」
それを拾い上げるベトベトンに対し、私は掠れる声で懇願した。
だが。
「ばくっ、ボリボリ……」
食べられた。
「あっ……あ、あ……」
必死になって探して、ようやく見つけたアメざいくは呆気なく凶暴化ポケモンが食してしまった。
「微妙だぁぁぁ、やっぱり毒の樹液の方が好きだぁぁぁ」
そう言いながらベトベトンは腕を伸ばし、ヘドロに塗れ動けない私へと振り下ろしてくる。
「う……ううっ……!」
駄目だった。
幸せになんか、なれなかった。
「『みずのはどう』!!」
「っ!!」
水の玉がベトベトンの腕に命中。腕の振り下ろされる先がずれて、私は下敷きにならずに済む。
「……っ」
視線を向けるとそこには月の光に照らされるジメレオンの姿があった。ダンジョンは危険だと分かっているのに私を追って来たのだろうか。
「こっちだ……!」
「お前もこの丘を荒らす奴かぁぁぁぁ?」
ベトベトンは標的を変え、ジメレオンに向かって行く。
「『マッドショット』だぁぁぁ!」
「っ!」
洞窟での気怠そうな姿はどこへやら、彼は放たれた大量の泥を回避。
「せいっ!」
「ぐおぉぉぉっ!」
そのまま距離を取りながらジメレオンは再度『みずのはどう』をベトベトンへ命中させる。動きの遅いベトベトンに対し、ジメレオンは決して接近戦を仕掛けず遠距離から延々と攻撃を続けていた。
しかし。
「ちょこまか動く奴は嫌いだぁぁぁぁ! 『どくどく』!!」
「っ!?」
ベトベトンが叫ぶと、ジメレオンの足元から大量の毒が染み出し彼に猛毒を与える! 途端に辛そうな表情になったジメレオンはその動きも明らかに鈍くしていた。
「『ヘドロばくだん』だぁぁぁ!!」
「ぐああっ!?」
そんな彼にヘドロの塊が炸裂。膝を突いてしまう彼へとゆっくり進んでいくベトベトン。
(彼は二度も助けてくれたのに……わ、私は……っ)
全身の痛みを我慢しながら私は再び宙に浮かぶ。
(誰かを幸せに出来ないまま……幸せになんか、なれる訳がありませんわ!)
「ええええいっっ!!」
叫びと共にジメレオン目掛けて道具を全力で投げた。私の声で振り向いて来たベトベトンの横で、モモンのみがジメレオンへと向かって行く。
「!!」
彼はそれをキャッチすると素早く自らの口の中へ放り込んだ。
「うあああっ!! 『アロマミスト』! 『アロマミスト』! 『アロマミスト』ぉぉっ!!」
私は今まで全く使って来なかった技を連発する。
「……?」
それはベトベトンに対しては全くの効力を与えず再び怪訝な顔を向けてくる。
「はあああっ!」
「っ! 『ヘドロばくだん』!!」
そしてジメレオンが『みずのはどう』の構えに入ったことに気付いたベトベトンはすぐさまヘドロの塊を発射した。
彼に襲い掛かる大量のヘドロ。
だが、『アロマミスト』で守られた彼の動きは止まらない!
「『みずのはどう』!!」
「どわぁぁぁぁ!?」
水に押し流されるベトベトンを荒く息をしながらジメレオンが見つめる。
「……逃げますわよ!」
私は彼の元へ向かうとそう提案する。自分達では強力な凶暴化ポケモンであるベトベトンを撃破することは不可能だ。今なら大量の水に呑まれて追って来れないだろう。
「……ああ、分かった!」
彼は頷くと私と共に撤退を開始するのであった。
「はぁ、はぁ……」
ダンジョン『トロトロ丘』から脱出した私は宙に浮かぶ体力も無くなり落ちていく。
「おっと……」
そんな私をジメレオンが受け止めて支えた。それにより彼の顔が至近距離になり、私は気まずさで視線を逸らす。
「……その」
お礼を言わなければならないがどう伝えればよいだろうか。私は彼に酷い事を言って勝手に出て行った身なのだ。
「ありがとうマホミル、助けてくれて」
「え?」
ジメレオンは笑顔になり私に対して言ってくる。まさかモモンのみとアロマミストの件だろうか。
「それはあなたがベトベトンにやられたら私も後が無いからですわ……それに元々は私があなたの制止を無視してダンジョンに行ったから……!」
「いや、僕のせいだ。ゴメンマホミル。僕が見縊っていたせいでキミを怒らせたから……」
私はそう伝えるが、彼は首を横に振って続ける。
「相性の悪いどくタイプばかりのダンジョンをあんな奥までたった一匹で進めるなんて、キミは本当に強いよ。だからゴメン、何も知らず上から目線で心配だなんて言って」
私は逸らしていた目線を動かし、再び彼と見つめ合う。
「私の事……認めて下さりますの? 進化できなくても?」
「進化したかどうかじゃないさ、キミが持つ強さはキミ自身の強さだ」
「……」
心が温かい。
もしかして、これが……。
幸せ?
「……ありがとうございますわ、ジメレオンさん」
私は笑顔になり、お礼を言う。
「……」
すると、彼は一瞬だけ誰かを思い浮かべるような顔になる。
「……うん、無事で良かったよマホミル」
しかしすぐにそれが幻影だったかのように笑顔を返してきた。
「そういえばアメざいくは見つかったの?」
「……見つかったけれど、食べられてしまいましたわ」
必死に探して見つけ出したけれど、あのいちごアメざいくはベトベトンに食べられてしまった。今頃消化されてしまっているだろう。
「……マホミルを追う途中で一つだけ見つけたけれど……必要かい?」
「えっ!?」
驚く私の前にジメレオンは黄色い星形の道具……スターアメざいくを出した。
「もちろん無理に受け取れとは言わない、キミが要らないなら……」
「……頂けませんか?」
目を逸らして言う彼に対し、私はまっすぐと要求を出す。
「先輩たちの言っていたことが今なら分かる気がしますわ。この時を逃したくありませんの、お願いしますわ!」
『トロトロ丘』で進化しようとしていた時は、幸せのことなど全く分からないどころか軽んじていた。ただ自分を認めない存在を見返したい、とにかく強くなって美味しいクリームを作れるようになって判断が間違っていたと思い知らせたいとばかり思っていた。
「……分かった、どうぞ」
「感謝致しますわ……私の一度きりの晴れ舞台。どうか見届けて頂けませんこと?」
「……僕でいいなら、喜んで」
彼からスターアメざいくを受け取ると私は微笑む。
マホミルという種族の本能からか、不思議とどうすれば良いのかは分かった。
私と彼だけがいる星空の下のステージ。
優しくクリームをかき混ぜるかの如く、私はクルリクルリと回転する。
視界に映る木々が、空が、ジメレオンが左から右へ流れていく。
幸せを心の中に何度も何度も、クルリクルリと舞い続ける。
私の身体が光に包まれ始め、周囲の光景も見えなくなっていく。
さようなら、マホミルだった頃の私。
ありがとう、マホミルだった頃の私。
マホミル達が集まるこの『マホ・スウィート』では今日もクリーム作りが行われ甘い香りがいっぱいに広がっていた。
「三つ! クリームにはたっぷり愛を籠めよ!」
ミルキィレモンのマホイップが笑顔で言い、マホミル達にアドバイスをしながら建物内を歩き回る。
「先輩」
「お、今日もいい顔だぞっ?」
私に呼びかけられた彼女は目を合わせてから頷いた。
「わざわざ挨拶に来てくれたんだ? 嬉しいなぁ」
「うふふ。一年近くもお世話になりましたもの、当然ですわ」
そう言って私は彼女に青白いミントクリームでデコレーションしたリンゴを差し出す。
「お礼の品です、如何でしょうか?」
「ありがとね……もぐもぐ……うん、爽やかな甘さ、心休まる滑らかさ、優しい口どけ……幸せがいっぱい詰まってることがよく分かるぞっ」
「うふふ、マホイップ冥利に尽きますわ。町でもクリームのおいしさを広めてみせます」
幸せそうに食べるレモンマホイップの姿を見て、私も思わず笑顔になった。
「うん、応援してるぞっ。たまには帰って来てねー」
「ありがとうございました先輩、行ってきますわ」
『マホ・スウィート』から出て、フェアリーポケモン達の森も後にし、私は一匹山の中を進む。
思い出すのは私が進化した夜、ジメレオンが小さく呟いた言葉。
『もしかしたらポケモンと向き合うのも悪くないかもしれない』。
あの日以来、洞窟から荷物と一緒に姿を消してしまったジメレオン。彼が漏らした言葉を信じるならば、彼は一匹で暮らすのを止めてポケモン達のいる場所へ向かったのだろう。それならば一番可能性が高いのはこの一帯でポケモン達が多く集まる町『スプリングタウン』。
私の目的地も勿論そこだ。
新しい技の特訓やおいしいクリームの追究などで時間はかかってしまったがようやく彼の後を追える時が来た。
この世界は依然として『歪みの穴』現象に悩まされていて、以前の私のように自分は不幸だと思い込んで自身を追い込んでしまっているポケモンが沢山いるだろう。
それなら、このおいしいクリームで少しでも幸せを届けたい。私がジメレオンに幸せを貰ったように、沢山のポケモンに幸せを配りたい。
(……先輩は、世間ではクリームへの理解はまだまだ足りてないって仰ってましたわね)
クリームだけで幸せを広めるのはおそらく難しいだろう。ならば、別の手段も並行して行えばもっと幸せを広められるのではないだろうか。
別の手段とは……救助隊だ。
そのために『マジカルシャイン』など技の特訓も行った。
(救助隊を組むならどんなチーム名がいいでしょうか……)
そんな事を呟きながら、私は自分の青白い身体を見下ろし、そして頭のスターアメざいくに触れる。夜の中、天に浮かぶ星々。私がいて、ジメレオンがいて、先輩や沢山のポケモンがいて。みんな幸せな笑顔で仲良く寄り添って。
「夜の星……『ナイトスター』」