フィールドに散る火花。
青空に舞う黄金のボールと、一匹のポケモン。
「『かえんボール』!!」
声援の中、そのポケモン……エースバーンはオーバーヘッドキックを放った!
キーパーを務めるガチゴラスの身体は届かず、ツタで編まれたゴールへとボールが叩き込まれる。
「ゴォォォル!」
審判のポケモンが声高に叫ぶと同時にスコアボードに二点が追加されると、観客席から歓声が響き渡った。
四チーム三匹ずつで勝負を行う競技、『スマッシュゴール』。
「一位は『フレイムユナイト』だ! おめでとう!」
「うおおっ!!」
「わあああああっ!」
逆転ゴールにより勝利を収めたエースバーンが笑顔で決めポーズを取ると観客から声援が上がる。
「父ちゃん! 凄かったぞーっ!」
そして俺……ヒバニーも周りに負けず声を張り上げ手を振った。
本当にすごくてカッコいいな、父ちゃんは。
……だけど、憧れの存在には選べないな。
「ただいま、愛する息子達よっ!」
「汗臭い、離れて」
家に帰って来るなりハグをしようとする父ちゃんだが、兄ちゃん……ラビフットは嫌がって距離を取る。
「……おお、ヒバニー! 俺の試合見に来てくれたよな! お前の声援のお陰で父ちゃん勝てたぞ!」
「へへっ、おめでとう父ちゃん! それなら俺も嬉しいぜ!」
「ヒバニー、親父の悪臭が移るぞ」
兄ちゃんの言う通り少し汗臭さは否定できないが、それでも自慢の父ちゃんであり彼のハグを受け入れた。
「今日は祝勝会でごちそうにしましょう。行商さんから『あかいグミ』が買えたのよ」
その光景を見て笑顔を浮かべる母ちゃん。
「それは楽しみだな! どうだ息子達、一緒にキックボールしてお腹を空かせないか?」
「……いらない」
「はは、遠慮しとくぜ」
父ちゃんから提案されるが、少々申し訳ないと思いつつ俺は断る。
(……俺はともかく、兄ちゃんも断るのか)
兄ちゃんは一つ溜息をつくと自らの部屋へと戻って行ってしまった。
「悲しいなあ、母さんよ……」
「罪悪感湧く言い方やめろよ!? 言っただろ、俺は……」
項垂れる父ちゃんの姿に焦りつつ、俺は口を開く。
「救助隊になりたいんだ!」
数年前から発生している『歪みの穴』現象。それが発生した地はダンジョンに変貌してしまい、巻き込まれたポケモンは凶暴化し外のポケモンを襲ってしまうようになる。
ダンジョンも凶暴化ポケモンも次々と増えていく一方であり、苦しむポケモン達を救うために四大都市で『救助隊連盟』が設立されたのだ。
「勿論応援しているさ、それならより特訓するためにも俺と一緒に……」
「『スマッシュゴール』の練習と技の訓練は別物だろ!」
「私としてはヒバニーも強くなったし、町へ行っても大丈夫だと考えているわ。とっても素敵な『ひのこ』も見せて貰ったもの」
「うむ、それに関しては俺も重々分かってるさ。だけど、ほら。一緒にチーム組んでくれるポケモンはいないのか?」
食事の支度をしながら言う母ちゃんだが、父ちゃんは心配そうに尋ねてくる。
「……いや、皆『スマッシュゴール』ばっかに夢中でよ」
この平原では昔から『スマッシュゴール』の文化が根付いており、多くのポケモンが幼い頃からそれに触れあい、選手を目指したり毎日の観戦を楽しみにしている。
俺も決して嫌いなわけではなく、むしろ父ちゃんが出る試合は毎回見に行くぐらいだ。
(でも俺が一番興味があるのは救助隊で、周りの奴らは『スマッシュゴール』……)
当然と言えば当然であるが、俺と一緒に救助隊になるため『スプリングタウン』へ向かおうなどというポケモンはこの平原では見つからなかった。
「俺はヒバニーが町で孤独にならないか心配で……」
父ちゃんはそう言うと、兄ちゃんが引っ込んだ部屋の方を向く。
「……」
そう言われてしまうと何も言い返せなくなってしまう。この家を出る許可は、まだ貰えそうにない。
数日後……俺は今日も原っぱで技の特訓に勤しむ。
「……『ひのこ』っ!」
足先に意識を向け、炎を収束させる。落としてしまわないように注意しながらどんどん炎を大きくし、蹴り飛ばす!
ひのこは無事に目標の岩にぶつかり、俺はガッツポーズを取った。父ちゃんにも母ちゃんにも褒められた、俺の自慢の技……今日も上手く決まっている。
「……なあヒバニー」
そんな時、後ろから話しかけてくるのは兄ちゃんだった。
「どうしたんだ?」
練習を見に来るなんて珍しいなと思いつつ用件を尋ねると彼はため息をついてから喋り出す。
「いい加減親父の期待に応えろよ」
「……えっ」
どこか苛立っているような表情で言う兄ちゃんに俺はポカンと口を開けた。
「救助隊になるとか言う夢……親父は父として応援してるって言うしかないだろうけど……心の底ではお前に『スマッシュゴール』の選手になって欲しいって思ってんだぞ」
「な、なんだよいきなり」
兄ちゃんの言葉に俺は思わず睨みつけるが、彼は面倒くさそうに視線を逸らす。
「……親不孝者」
「っ!?」
それだけ言うと兄ちゃんは背中を向けて歩き出した。
(俺が……親不孝?)
その言葉に呆然しかけるが俺は咄嗟に首を振る。
「す、好き放題言いやがって! それなら兄ちゃんがなればいいだろ!?」
「っ!!」
怒りの感情と共に言い放つと兄ちゃんの足が止まった。
「……ちっ」
しかし兄ちゃんは舌打ちするだけで去って行ってしまう。
(ち、畜生……なんなんだよ……!)
取り残された俺は悔しい思いをしながら地団太を踏んだ。どうしていつもダラダラしていて、すかした態度ばかり取る彼に偉そうに言われなければならないのか分からず、俺は小さくなってゆく兄ちゃんの背中にアッカンベーするのだった。
……そして兄ちゃんの丸まった背中から何故か辛そうな感情が漂っていた。
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「またいたずらして親父に叱られたのか?」
「うう、兄ちゃん~」
原っぱで泣いていた俺の元へやって来る兄ちゃん。兄ちゃんは苦笑しつつ俺の頭を撫でると懐からオレンのみを出した。
「おやつ抜きにされたんだろ? 分けっこだ」
「……ありがと兄ちゃん」
そのオレンのみはどうしてかいつもより格段に美味しく感じる。
「親父の事、嫌いになったか?」
「そんな訳ねえよ。ただもっと相手して欲しくて……」
「寂しがり屋だな」
「なんだと!?」
プンプン怒る俺を見て兄ちゃんは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「親父も『スマッシュゴール』の選手として練習が忙しいんだ。本当はお前とも沢山遊びたいだろうさ」
そう言うと早食いの兄ちゃんは立ち上がり、一緒に持ってきたボールでリフティングを始める。
「……兄ちゃんも選手になりたいのか?」
「勿論さ。俺は親父を越えたい……ヒバニーはどうだ?」
「俺は……まだ分かんね」
「そっか。選手になるにせよ他の道を選ぶにせよ、好きなようにやれよ……『ずつき』!」
兄ちゃんは額でボールを高く打ち上げ、すぐさまジャンプする。
「『アクロバット』!」
軽やかな動きで蹴り飛ばされたボールは鋭い軌道で的代わりの岩に命中。だが兄ちゃんはそこで止まらず跳ね返って来たボールに再び蹴りを入れる!
「『ひのこ』っ!」
火を纏ったボールはまたも岩にぶつかり、華麗に着地した兄ちゃんの元へ。
「兄ちゃんもカッコいいなあ」
様々な技を使いこなし、再びリフティングに戻る彼を見て俺は目を輝かせた。
「親父は『かえんボール』一本で活躍してるけど、俺は俺のやり方で親父を越えたい」
一つの技を極限まで磨き上げる父ちゃんと、様々な技を使おうとする兄ちゃん……どちらも俺にとってカッコよく映る。
「だけど親父のやり方をダサいとは思わないさ。むしろ点を取られてピンチな時に燃え上がる彼の姿……あれは俺もリスペクトしたい」
「……そういえば父ちゃん、逆転勝ちすることが多いよな。気のせいか?」
「気のせいじゃないさ。親父も母さんも……そして俺もお前も持ってる特性『もうか』だ」
兄ちゃんは物凄くキラキラした顔をしながら『スマッシュゴール』のコートがある方を向く。
「もーか?」
「ピンチな時こそ炎のパワーが上がる……特別な力さ。色々な技を駆使する戦法をベースにしつつも、逆境を乗り越えるその力も存分に活かす……そんな選手になるのが俺の夢なんだ」
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「……」
朝日を浴びて目を覚ました俺はため息をついた。
(結構前……兄ちゃんもヒバニーだった頃の記憶か……)
どうして、兄ちゃんは変わっちゃったんだろう。
「ごちそうさま!」
「ちょっと待ってヒバニー」
朝食を終えた俺が外へ出ようとするが母ちゃんが呼び止めてくる。
「なんだよ、今日友達と約束があるから急いでくれよ」
「ごめんね、少しだけお話したいの」
父ちゃんは『スマッシュゴール』の早朝練習、兄ちゃんはもう食事を終えてどこかへ出かけてしまいこの場には二匹だけしかいない。
「昨日からラビフットと全然喋ってないみたいだけど……何かあったの?」
「……別に。たまたまだよ」
心配気に尋ねてくる母ちゃんだが、俺は目を逸らして嘘をついた。
「……分かった、無理には聞き出さないわ。でも何か心の中で溜め込んでて苦しい事があったら教えて頂戴。あなたが心健やかにいてくれるのが一番だから」
「……」
心健やかに。
俺は救助隊になる事を夢見て突き進んでいる時がそれだけど……。母ちゃんたちはどうなんだろう?
兄ちゃんの言ってた通り、本当は救助隊にはなって欲しくないのか?
俺のせいで母ちゃんも父ちゃんも心健やかじゃないのか?
「……ありがとな、母ちゃん。何かあったら相談するよ」
「ええ。それじゃあお弁当持っていきなさい」
葉っぱで包まれたリンゴや木の実の詰め合わせを受け取った俺は礼を言ってから家を飛び出す。
父ちゃんはカッコよくて俺の自慢だし、母ちゃんは優しくて大好きだ。
そんな二匹を悲しませてるのかな、俺……。
「度胸試し?」
「その通り」
平原で暮らす同年代のポケモン達を集めたチゴラスが胸を張る。
「お前らも知っているな? この平原から少し歩いた所にあるダンジョン『土塊の穴』!」
「まさかダンジョンに行くって事? 怒られるよ!」
ポケモン達は度胸試しの内容を察し、反対意見が勃発。
「くっくっく、怖い者は参加しなくてもいいぞ。だけどあのダンジョンが生まれた三年前から、ある年齢を迎えたポケモン達は自らの勇気を試す試練に出ているのだ。勿論親達には内緒だがな」
(三年前っていうと……丁度兄ちゃんが俺と同じ歳だった頃だな)
チゴラスが語る所によると、ダンジョンが生成する道具を手に入れる事が試練を乗り越えた証なのだという。
「そして今の俺達がその年齢。子供たちの間で脈々と受け継がれしこの行事に挑戦しようじゃないか!」
「私もお姉ちゃんから聞いたことあるよ! いつか私もって楽しみにしてたんだ」
「えーっ、ダンジョンには勝手に行くなって言われてるじゃん!」
チゴラスの言葉を受けて賛成する者、反対する者様々だ。
「さっきも言ったが強制はしない。だけどそれでいいのかな? 何もかもお父さんお母さんの言いなりでお前らはいいのかな?」
「!」
続けられる彼の言葉に俺はハッとする。
確かに父ちゃんも母ちゃんも大事だけど……俺は、俺の夢を追いかけたい!
たとえ兄ちゃんに親不孝だって馬鹿にされても、諦めたくない!
「くっくっく、いい目をし出したな。さあ、俺達は庇護される力無き子供ではないぞ! 自らの勇気を示してみようじゃないか!」
「や、やってやるぞっ」
「頑張るよっ!」
チゴラスの発破を受け、ポケモン達が奮い立つ。
そうだ、俺の勇気を……絶対に救助隊になってみせるという気概を示すんだ!
土塊。金でも銀でも水晶でもない、ただの土。石のように磨きようもない、ただの土。
自らを土塊と蔑み立ち止まる者は望み通りたちまち土に呑み込まれるであろう。
真なる土で終わるか、土を纏った輝石と化すかを試す地、『土塊の穴』。
俺達の暮らす平原から一時間も掛からない距離にある小さな洞窟。元々誰もいない土地であったからか、ここは世にも珍しい凶暴化ポケモンがいないダンジョンとなっていた。
それならば危険は何もなく安全……なんて美味しい話は当然存在しない。
他のダンジョンと同様に迷路の如く構造が変化し、罠だって待ち構えているのだ。
「ひぎゃあっ!」
『トゲトゲのワナ』を踏んでしまったポケモンの頭上から大量の棘が付いた球が落下。
「危ないわね……」
「罠如きに恐れる俺達ではないっ」
その光景を見て怯えるポケモンを尻目に、チゴラスはそう言ってずんずん先へ進もうとする。しかし彼も『どろのワナ』を踏んでしまい、たちまち泥まみれの姿と化した。
「ぐえええっ」
「だ、大丈夫ですか?」
入ったばかりだというのに、罠の洗礼を浴びてポケモン達の気力がみるみる落ちていく。
「こういう時は……おらっ!」
俺は救助隊の技術……『ワナチェック』を使い勢いよく一回転! その衝撃で周囲に隠れていた幾つかの罠が姿を見せる。
「えっ、何やったんだ?」
「知らないの? ヒバニーは救助隊になりたいって色々特訓してるのよ」
「『スマッシュゴール』は激烈超弱いけど凄いじゃん!」
「へへっ」
余計な一言があったような気もするが、俺は悪い気分ではなく頬を掻く。
「そうだチゴラス、あそこにある『ふしぎなゆか』に乗っとけよ。泥でだだ下がりの気分が改善するぜ」
「助かる……ヒバニーよ、そう言えばどうしてお前は救助隊を夢見るようになったのだ?」
感謝の意を述べるチゴラスに問われ、俺は彼らに話していなかったことに気付いた。
「半年ぐらい前に救助隊が俺達の平原に立ち寄った事覚えてるか?」
「思い出してみればそんな事もあったな」
「どんなポケモンだったっけ?」
俺は先頭に立ち『ワナチェック』をしながら話をする。
「四大都市のどこにも所属せず救助活動を行うダイヤランクの救助隊『L・G・P』さ!」
ダイヤランク……つまり最上位のランクに位置付けられているこの大陸一番の救助隊だ。救助隊に関してその時は俺もあまり知らなかったが、彼らの放つ風格から只者ではないと感じ色々と話を聞き沢山の事を教わったのだ。
そう、それから俺の憧れは最強の救助隊『L・G・P』になった。
まだ救助隊にすらなれていないけれど、いつかは彼らに追いつくぐらいになりたい。
「ヒバニーは凄いですね……僕達よりよっぽど大きな夢を持ってます」
「途方もない話にも思えるけど応援するよ」
ポケモン達は壮大な夢を笑う事も無くそう言ってくれる。しかしやはり彼らは俺と同じ夢を追いかけようとは思わないらしく、同志を得られそうにはなかった。
(……俺、一匹で大丈夫かな。父ちゃんが心配してるのもそうだけど……)
『L・G・P』はソロで救助活動するポケモンも少なくないとは語っていたが、正直俺は同志が欲しい。隣にいて、一緒に高みを目指してくれる仲間が。
(父ちゃん、見透かしてたんだな……俺が寂しがりって事……)
たとえ許可が取れなくても家出して町へ行く……そんな選択肢が取れないのは一匹で山の向こうにある『スプリングタウン』に行くのが怖いからだ……。
カチリ。
「あっ?」
考え事をしていたために『ワナチェック』が疎かになってしまっていた……!
俺の足元にある『ワープのワナ』が発動し、俺の周囲が光に包まれる!
「ヒバ……」
チゴラスの声がすぐに途切れ、俺は浮遊感の中何度も回転。
「ぐえっ!」
地面にたたきつけられた俺は咳き込みながら辺りを見渡す。傍にいた筈のチゴラス達の姿は全くない……当然だ、俺が一匹別の場所へ移動してしまったのだから。
(ダンジョンでは想定外の事も日常茶飯事、何か起きても怯えず解決策を探れ……『L・G・P』だって言ってた)
まず俺はこのダンジョンには凶暴化ポケモンがいないことを思い出す。つまり大きな声を出して居場所を知らせるという手段を取っても問題ないという事。
「おーいっ! チゴラス達! 無事かーっ!?」
俺は大きく息を吸い込んでから全力で安否確認を取る。
「ヒバニー! 大丈夫なのかっ!?」
数秒後、小さいながらもチゴラスの声が上から聞こえて来た。
「大丈夫だーっ! 俺がそっちに向かうから動かないでくれよーっ!」
「了解だ!」
チゴラス達は『ワナチェック』が使えない為、彼らが不用意に動いたらまた『ワープのワナ』や『とっぷうのワナ』が発動して更にバラバラになってしまいかねない。
「よっと」
俺は再び『ワナチェック』で安全を確認しながら上へ戻る道を探し始め……。
「……っ!?」
突然目の前に現れたポケモンに驚き足を止めた。
ここには凶暴化ポケモンがいない筈じゃなかったのかと冷や汗を垂らしつつ、慌てて戦闘態勢を取る。しかし相手の方が動きが早く、鋭い蹴りが俺の眼前に……!
「……それじゃ駄目だな」
「……なっ」
俺に命中する寸前で停止する足。
攻撃を仕掛けて来たのはラビフット……兄ちゃんだった。
「ど、どうしてここに!?」
「それは俺の台詞だ。さてはアホ臭い度胸試しとやらで来たんじゃないか?」
「……」
足を降ろす兄ちゃんに図星を突かれ俺は歯軋りする。
「それに、その程度で救助隊なんてアホだろ。『スマッシュゴール』の選手の方がよっぽどマシじゃないか」
「……っ」
容赦なく吐き捨てられるが、突然現れた彼に対処出来なかった身では何も言い返せない。
「……どうして」
「?」
俯いたまま声を震わせる俺を兄ちゃんは怪訝な表情で見下ろしてくる。
「どうしてそんな意地悪ばっかり言うんだよ!? 昔、俺に好きなようにやれって言ってくれたのは兄ちゃんだろ!?」
「……っ」
涙を浮かべて叫ぶと兄ちゃんは僅かに怯んだような様子を見せた。
「眠りを妨げるのはお前達か……?」
「えっ!?」
兄ちゃんともチゴラス達とも異なる声が周囲から突然聞こえる。俺は咄嗟に辺りを見渡すが何もいない。
「ヒバニー!」
「がっ!?」
その時、突然兄ちゃんが乱暴に俺を突き飛ばした!
そんなに俺の事が嫌いなのか、と絶望しかけた刹那……。
「『あなをほる』!!」
俺が元々立っていた地面が隆起し、何かが勢いよく飛び出し兄ちゃんを打ち上げる!
「なっ!?」
「ちっ……」
空中で体勢を立て直す兄ちゃんの前にいるのは首から下を地面に埋めた茶色のポケモン……ダグトリオ。
「安寧を脅かす愚者共め、自らの愚行を嘆くがいい」
(ま、まさか本当に凶暴化ポケモンが!? このダンジョンにはいないんじゃなかったのかよ!?)
冷や汗を垂らす中で俺は先程の『眠りを妨げる』という言葉を思い出す。
(俺が大声上げちまったから……?)
凶暴化ポケモンがいないと思われていたこの『土塊の穴』であるが、ただ遭遇する事態が起きなかっただけで地中深くには存在していたのか。
「はあっ!『ありじごく』!」
「!」
「兄ちゃん!」
ダグトリオは自らの特性『ありじごく』を発動し、周囲の土塊を引き込み始める。それに巻き込まれた兄ちゃんが俺の近くからどんどん遠ざかって行ってしまう……!
「ヒバニー!お前は逃げろ!」
「で、でも!」
兄ちゃんは俺に命令するとダグトリオに正面から相対する。
「……っ、『しっとのほのお』!」
彼は足先に炎を纏うと、蹴りの動作と共に火炎を迸らせた!
「むっ……『じならし』!」
「くっ……!」
ダグトリオは多少ダメージを受けるものの、すぐさま反撃を行う!
(や、やばい……俺のせいで兄ちゃんが……!)
俺を庇ったことで『あなをほる』がクリーンヒットした矢先に更に攻撃を受け兄ちゃんは苦しそうにしている。どちらもじめんタイプの技でほのおタイプの俺達には辛い筈だ……。
「このっ……『しっとのほのお』!」
「『あなをほる』!」
再び兄ちゃんは攻撃に入るが先程の『じならし』で初動が遅れてしまい、ダグトリオは地面に潜って炎を避けてしまった。
「危ない兄ちゃん!」
「はあっ!」
「がっ!」
『ありじごく』により上手く動けない彼は地面から飛び出すダグトリオを避けられず、高く飛ばされる。兄ちゃんは空中で体勢を立て直す体力も残っていないらしく背中から落ちていった。
俺は見てるだけでいいのか?
それとも、兄ちゃんに逃げろと言われたから逃げて助けを求めるべきなのか?
……それで本当に、俺は救助隊になれるのか?
「畜生! 『ひのこ』!」
「ぐっ!」
俺は足に炎を収束させ、兄ちゃんを襲う凶暴化ポケモンに攻撃をぶつける!
「バカ! 逃げろって……!」
「……ふんっ!」
兄ちゃんが顔を強張らせる後ろで、ダグトリオが更に『ありじごく』の範囲を拡げた。
「うわっ!」
それにより俺まで巻き込まれてしまい、どんどん兄ちゃん達の元へ引き寄せられていく。
「ちっ……どうして逃げないんだ!」
怒りの声を上げ、俺とダグトリオの間に割り込んだ兄ちゃん。
「だって……! 俺は救助隊になるんだ! 沢山のポケモンを助けたいのに、目の前の大事な家族さえ助けられなくてどうするんだ!」
「大事……!?」
俺の言葉に兄ちゃんが目を見開く。
「隙だらけだ!『じならし』!!」
「ぐあっ!?」
「つっ……!」
勢いよく地面が揺れ、俺も兄ちゃんも滑りゆく地面に叩きつけられた。
(滅茶苦茶、いてぇ……)
父ちゃんに時々疑似バトルに付き合って貰っていたが、手加減ありの攻撃とは全く異なる本気の攻撃を受け俺は胃液が逆流するような感覚に陥る。まだ一発しか技を受けていないのにもう気絶しそうであり、俺は自らの実力不足を痛感。
「く、この……っ」
「しつこい」
兄ちゃんもズタボロなのに、身体に鞭を打って再び『しっとのほのお』を放つ。
(な、なんでだ? 俺達には特性『もうか』があるんじゃないのか? どうしてピンチなのに兄ちゃんの炎のパワーが強くならないんだよ?)
『もうか』のパワーが凄い事は父ちゃんの試合を見てよく分かっている。それなのにダグトリオは兄ちゃんの炎を浴びても平然としているのだ。
それはまさか。
「……兄ちゃん、もしかして『もうか』が使えないのか?」
「っ!!」
俺が顔を青ざめさせて尋ねると、兄ちゃんも動きを止める。
ああ、そうか。
だから兄ちゃんは暫く前からやる気を失ってて、苦しそうだったのか。
「また隙だらけだぞ、じなら…」
「兄ちゃんを……虐めるなあああああっ!!!」
再び技を繰り出そうとするダグトリオに対し、俺は全力の『ひのこ』を打ち込んだ!!
「ぐうっ!!?」
先程よりも『ひのこ』は激しく燃え上がり、ダグトリオもたまらず悲鳴を上げる。
「兄ちゃんはあれだけ嬉しそうに『スマッシュゴール』の夢を語ってたんだぞ! それなのに特性が使えなくなって苦しんでるのに、どうして追い打ち掛けるんだよ!?」
「何の話だ……知るか……!」
俺の叫びにダグトリオは当然の反応を返してくる。
そうだ、これは俺自身に対する叫びだ。夢を絶たれて苦しんでいる兄ちゃんに対して選手になれなんて軽々しく口走るなんて、酷過ぎる話だ。
どうして俺は気付かなかったんだ。どうして俺は兄ちゃんの悩みに乗れなかったんだ。
「おらああっ! 『ひのこ』!! 『ひのこ』!!」
「があああっ!」
凶暴化ポケモンに反撃すら許さず俺は全力の攻撃を連発する。
ここで俺が力尽きてもいい……!
苦しんでいる兄ちゃんを救えるなら……!
救助できるなら……!!
「やめてくれヒバニー! それ以上やったらお前に影響が出る!!」
そんな俺を止めるのは兄ちゃんであった。
「に、にい……」
非常に辛そうな彼の顔を見た途端、身体の力が一気に抜けていく。
「……はぁ、はぁ……こいつら……許さんぞ!」
兄ちゃんに抱きかかえられる中、ダグトリオが激しい怒りと共に睨みつけて来ていた。
「逃げよう、ヒバニー……」
「逃がさんわ!」
凶暴化ポケモンは怒りを増幅されると共に『ありじごく』の勢いも上げていく。しかし兄ちゃんは覚悟を決めたような表情をしており、全く動じず技の体勢に入った。
「『アクロバット』!!」
兄ちゃんが軽やかに飛び、ダグトリオを蹴飛ばす。だが相手はこれでも倒れる事はなかった。
「いい加減にしろ、『じならし』!」
そして放たれたじめんタイプの技……。
「なに……!?」
「兄ちゃん、その姿は……!?」
「……悪いヒバニー。ずっと隠してて」
ダグトリオの『じならし』を無効化した兄ちゃんの身体には空色の光が宿っていた。
しかも彼の身体は浮き上がっており今なお発生している『ありじごく』の影響を露程も受けていない。
まるでひこうタイプにでもなってしまったかのように。
「なんだ、どういうことだ!? お前はほのおタイプではないのか!?」
現状を受け入れられていないダグトリオが自棄になって『あなをほる』のため地面へ潜る。
「『ずつき』!」
「があっ!?」
しかし兄ちゃんには地中からの急襲も効かず、逆に攻撃を重ねられダグトリオが悲鳴を上げた。
「……くっ」
「外へ行くぞ、ヒバニー」
「あ、ああ!」
流石にダメージが重なり過ぎたダグトリオが頭をふらつかせている間に、空色の光を宿した兄ちゃんは俺を抱えたままダンジョンの外へ向けて走り出すのだった。
道中で再会したチゴラス達に凶暴化ポケモンがいる旨を伝えダンジョンから脱出した俺達は並んで原っぱに座り込む。
「……ごめんな、兄ちゃん。俺のせいで痛い思いさせて……苦しい思いさせて」
「いや、悪いのは俺だよ」
隣に座る兄ちゃんの身体からはようやく空色の光が消えており、いつもの姿に戻っていた。
「さっきのダンジョンに入る行事さ……俺達の代から始まったんだ」
「やっぱりそうだったのか。今日兄ちゃんが待ち構えてたのもそれを止める為なのか?」
「……今年がお前の番だったから。度胸試しが上手くいったら余計にお前が救助隊を目指すようになるだろうから……どうにか止めさせたくて、先回りしてた」
「兄ちゃん……やっぱり俺には救助隊は無理だって?」
少し悔しく思いながら尋ねると、兄ちゃんは辛そうな笑顔で首を横に振る。
「……違う。お前に『スマッシュゴール』の選手になって欲しかった。そして俺の未練がましい夢を完全に打ち砕いて欲しかった」
「えっ……どういうことだよ?」
「……『ずつき』!」
俺が怪訝な表情を浮かべると、兄ちゃんは立ち上がり空に向けて技を放った!
すると彼の身体に白色の光が宿る。
「……俺さ。ほのおタイプ以外の技を使うと、この通り自分のタイプが変わっちまうんだ。そういう特性なんだよ」
「……!?」
俺は兄ちゃんの言っている意味が分からず口をパクパクさせる。だって兄ちゃんだって特性は『もうか』だと言っていた筈だ。
「『土塊の穴』での度胸試しに最初に行ったのは俺達の代。そして奥底に一番乗りしたのが俺だった。んで……宝箱があったんだよ」
「宝箱……」
ダンジョンで稀に見つかる、様々な宝が詰まった箱。それを目当てにダンジョンに向かうトレジャーハンターも存在すると聞いている。
「俺もバカなガキでさ……後先考えずに箱を開けて中に入った道具を嬉々として持ち帰ったんだ。それで同年代のポケモン達が目を輝かせる中、勢いに乗ってその道具を使った」
「……それで、兄ちゃんの特性が変わっちまったのか?」
慄きながら尋ねると兄ちゃんは肩を竦めて肯定した。
「そうさ。だから俺はもうピンチになっても炎のパワーが強くならない。親父やお前みたいに逆境を乗り越える事が出来ない」
兄ちゃんは切ない表情を浮かべ『しっとのほのお』を放つ。今はノーマルタイプに変化しているからか、ダンジョンで見た時よりもかなり火力が弱まってしまっていた。
「お前に語った夢が全部台無しになって、親父達から受け継いだ『もうか』を失って、申し訳なくなった。本当は選手になる夢を諦めきれないのに気力が抜けて行って……どうしたらいいのか分からなくなった」
まさか兄ちゃんにそんな事態が起きていたなんて……。
「父ちゃんや母ちゃんには相談しなかったのかよ?」
「心配かけたくなかった……いいや、怖かったんだ。技を使ったらタイプが変化するなんてまるで化け物じゃないか。誰にも相談できなくて必死に隠してさ……」
「でもいきなり『スマッシュゴール』への熱意が失せたように振る舞ってたから、父ちゃんたちも心配してただろ……」
「だな。だけどそれも一時だけだって考えて、ずっと怠け続けた。俺への期待が完全に失せてもまだお前がいる……お前が『スマッシュゴール』の優秀な選手になれば親父たちも安心するだろうって……俺も完全に未練を断ち切って別の道を探せるかもって……適当な他者任せの期待を抱いてた」
自嘲的な笑みを浮かべ、兄ちゃんは脱力したように再び座り込む。
「……でも俺が半年前に救助隊になる夢を持ち出して……」
「滅茶苦茶焦った。やめてくれ、俺のアホみたいな夢を壊してくれ、そんなに輝く目で夢を語らないでくれって……まるでガキみたいに願ってさ……」
兄ちゃんはそう言うと、俺とまっすぐと視線を合わせる。
「救助隊を諦めろなんて……酷いこと言って本当にゴメン。そしてさっきのお前の活躍を見て断言する、お前はいつか絶対に『L・G・P』に並ぶ救助隊になれるって」
「に、兄ちゃん」
「……俺の分までさ、夢を叶えてくれよ」
兄ちゃんのあまりにも悲しい笑顔を見て、俺は拳を震わせる。
そして……思い出す。
「……どうしたヒバニー」
いきなり懐を探り出した俺を見て兄ちゃんがキョトンとした顔になった。
俺が取り出したのは葉っぱの包み……母ちゃんから貰ったお弁当だ。そして俺は包みに入っていたオレンのみを半分に分け、片方を差し出す。
「兄ちゃん。久し振りに、分けっこしようぜ」
「!!」
兄ちゃんがハッとした表情に変わった。
「兄ちゃんもさ、好きなようにやればいいだろ。例え『もうか』が使えないまま選手を目指しても、全く新しい夢を目指しても……俺は兄ちゃんを応援するぜ。だって俺にとってたった一匹の……憧れの兄なんだから」
俺から半分のオレンのみを受け取った彼はゆっくりと……じっくり味わうように咀嚼。
「……ヒバニー、ありがとな。すげー美味い」
そして兄ちゃんの目元に涙が浮かぶ。
「俺、やっぱり『スマッシュゴール』の選手の夢……諦めたくない。新しいやり方を考えて……親父を超える選手になる……!」
「……俺も断言するぜ、兄ちゃんは絶対に父ちゃんを越えられるって!」
巨大な桜の木がシンボルの『スプリングタウン』。周囲にはたくさんの建物が寄り集まっており、俺が暮らしていた平原より遥かに賑やかな様相を呈していた。
「兄ちゃん、ここまで一緒に来てくれてありがとな! 一匹じゃ無理だったと思う」
「大丈夫か? 一応親父から数泊分のポケ貰ってるから少しならここに居られるけど」
思い出すのは笑顔で手を振る母ちゃんと大泣きする父ちゃんの姿。やはり父ちゃんは寂しがりな性格の俺が心配で仕方ないようだ。
「……いや、気持ちは嬉しいけど流石にホームシックが強まっちまうかも。俺の事は気にせず兄ちゃんのペースで疲れを癒して、兄ちゃんのタイミングで戻ってくれよ」
「そっか。だけど帰りたくなったらいつでもペリッパー便出せよ、迎えに行くから」
強がる俺に兄ちゃんはそう言ってくれる。不安が無いと言ったら嘘だけど、味方してくれる存在がいるというのはとても心強い。
「……ヒバニー、ここに来る途中では照れくさくて言えなかったことがあるんだ」
「どうしたんだ? 教えてくれよ」
「……お前には凄く感謝してるよ。お前のお陰で親父達にも特性の事打ち明けられて、数年間ずっと俺の心にあった重みが晴れたんだ。何と言うか……これもまた救助の一つかもな」
救助……そうか、俺、救助隊としての第一歩を踏み出せてるのか。
「そっか。へへっ、俺が一番最初に救助したのは兄ちゃん……って事だな」
「じゃあお前がダイヤランクになったら自慢するか。『あの伝説の救助隊が最初に救助したのは俺なんだぞ』って」
「あっはっはっ、なんだよそれ! なら俺も『スマッシュゴール最強の選手を救助したことがあるんだぞ』って自慢してやるよ!」
そんな軽口を叩き、俺達は笑顔で向かい合う。
「それじゃ、応援してるぞヒバニー!」
「おう! 俺も兄ちゃんの事応援してるからな!」
そして俺は手を振る兄ちゃんと別れ、町の中心部に向けて走り出した。
兄ちゃんや両親、チゴラス達が応援してくれている……今はまだ一匹だけど、俺はやれる!
「よーし!高みを目指してゆくぞ!」
始まるんだ、俺の救助隊としての物語が……。
「きゃっ」
「げっ?」
その途中、腕が誰かにぶつかってしまう。
平原の時とは違いポケモンが密集しているのに今までの勢いで走ったことで当たってしまったらしい。相手の周りには冒険譚や御伽話の本が散らばっており、俺がぶつかった拍子に落としたようだ。
「悪い悪い、大丈夫か?」
「もう、気を付けなさいよね……」
本を拾いつつ謝罪をすると、相手は不服そうな顔を向けて来た。
それは頭に大きな葉っぱを持つ、緑色のポケモンだった。