「……」
肌に感じる日光のぬくもり。
風が運ぶ草花の香りが鼻をくすぐる。耳に届くのは葉擦れと小川の流れる音。頭が上手く働かないまま、ゆっくりと目を開く私。
森……目的地の公園とは明らかに雰囲気が違う。
(知らない、場所)
日光が出ているという事はもう夜は終わってしまったらしい。両親や町中に私が裸で外を出歩いていた事はきっと伝わっている。そう考えた途端、思考力が戻って来て私は理解する。
私の人生が終わったことを。
「……ううっ」
私は横倒しの体勢のまま、ボロボロと涙を零す。
ちゃんと警鐘を鳴らしていた理性に従って、自縛野外露出なんて辞めればよかった。
貴重なお小遣いで首輪やバイブ、手錠なんか買わなければよかった。
拘束したまま外でバイブオナニーすれば最高に気持ちいいかもなんて思いつかなければよかった。
「ぐすっ……えぐっ……」
孤独を紛らわせるために自慰なんて手段を取らなければよかった。
人間でも…ポケモンでも…友達を作っていればよかった。
(…小さい頃に『あんな事』をしなければ…!!)
「あああっ…うわあああっ…!!」
どんどん押し寄せる後悔に圧し潰され、私は幼子のように泣き喚く。両腕の手錠のせいで涙を拭うことも出来ない。ただ身体を小さく丸め、ガタガタ身体を震わせながら泣き続けるだけだった。
「うるさいっ!うるさいぞおっ!!」
そんな時、どこかから声が響いてくる。
涙を流したまま視線を動かすと、木々の間から何かが近づいてきているのに気付く。うるさいと言ってきたという事は人間…だがこの格好ではすぐには起き上がれない。
今度こそレイプされてしまうのかと、絶望が心を塗り潰していく。
そんな私の前に現れたのは予想と異なりポケモン…マンキーであった。
「さっき耳障りな泣き声を上げてたのはお前だなあっ!キィー!!」
とても短気な性質通り、そう言って怒鳴り散らしてくるマンキー。
どうしよう、謝って許して貰えるだろうか。だけど逃げても…。
「……へ?」
おかしい。
「なんだその間抜けな顔はあーっ!余計にイライラするぞおっ!」
どうして。
ポケモンが喋ってるの?
「どうして何も答えないんだあーっ!?オイラを馬鹿にしているなあーっ!?」
訳が分からず困惑している私に対し、ますます怒りを募らせるマンキー。
どうして鳴き声を上げるぐらいのポケモンがこんなに流暢に喋っているのだろう、と疑問に感じるが今はそれよりも優先しなければならないことがある。
「あーっ!ムカつくぞおーっ!!オイラの『ひっかく』を喰らえーっ!」
「うわあっ!?」
嫌な予感は的中し、唐突に繰り出されたマンキーの攻撃。私は地面を蹴ると転がってそれをギリギリで回避した。
「や、やめてよっ!謝るから!」
「謝っても許さーんっ!一度痛い目を見ろーっ!」
急いで立ち上がり宥めようとするが、マンキーは怒りを鎮める様子を見せない。
「キィー!『きあいだめ』ェ!」
それどころか更に興奮し始め、頭から蒸気が上がるほどだ。
(このままじゃ本当にまずい…!)
「ご、ごめん!ごめんってばぁ!」
「逃げるなーっ!」
私は謝りながらその場から逃げ出すが、案の定マンキーは追いかけてくる。しかし私は依然手錠を後ろ手にかけた上に走り辛いロングブーツを履いていて、逆に今回追って来ているのは人間のトレーナーではなく身軽なマンキー。
結果は火を見るよりも明らかだった。
「でやーっ!『ひっかく』ーっ!!」
「痛いっ!?」
背中を思い切り攻撃されて私は転倒してしまう。
(痛い痛い痛い……!どうしよう、血が出てるかも!このままじゃ死んじゃう……!!)
「キィー!まだ怒り足りないぞーっ!!もう一発だーっ!!」
怒りに任せ再び攻撃の体勢に入るマンキー。
「やだあっ!!お願いやめてぇぇ!!」
転倒した体勢のまま、起き上がる事も出来ず絶叫する私。
もう終わりなのかと絶望したその時。
「『はっぱカッター』!!」
「キィィ!?」
「!?」
高速で飛来して来た葉の刃に吹き飛ばされるマンキー。一体何が起きたのかと、私は攻撃が放たれた方向へ顔を向ける。
「間一髪だな、チコリータ!」
「油断しないで、あいつはまだ戦えそうよ!」
そこにいたのは二匹のポケモン。
身体は私よりも小さいが、どちらも恐れを知らなそうな勇敢な表情をしている。
「ほら、そこの……えーと。とにかく離れて!」
「わわっ、うんっ…」
チコリータに指示され、私は慌ててマンキーから距離を取る。
「キィー! 何なんだお前らーっ!」
「自己紹介してやるぜ、俺は救助隊『ゆけゆけズ』のヒバニーだ!」
(きゅ、救助隊……? トレーナーもいないみたいだし、野生ポケモンの文化…?)
「訳分からんがお前もぶっ飛ばしてやるーっ!『ひっかく』ーっ!!」
「おっとあぶねえ!」
マンキーは標的をヒバニーに変更し攻撃するが、彼は軽快にジャンプして回避。
「お返しだ、『ひのこ』!」
空中にいる状態でヒバニーは足に炎を収束させると、それをマンキーに向けて蹴り飛ばした!
「キィー!?」
背後からひのこが命中し、マンキーは甲高い悲鳴を上げる。
「決まりぃ…いでっ!」
「相変わらず着地はヘタっぴね」
チコリータは背中から地面に激突する相方の姿にため息をついた。
私は激しい攻撃の応酬に呆然としていたが、我に返るとマンキーの方を見る。攻撃を受けて限界を迎えたらしく彼は目を回していた。どうやら更に攻撃を受ける危険はないことに安心するとともに申し訳ない気持ちも。
「それであなたは…この辺りじゃ見かけないポケモンだけど、旅をしているの?」
「わわっ……えっと? ポケモンじゃなくて私人間だけど……」
そんな時チコリータに問いかけられ、私は慌てて回答。
「……ニンゲン!?」
しかし、そこで素っ頓狂な声を上げたのはヒバニー。
「……え?」
見るとチコリータも驚いたような表情をしていた。
「あっははは、ニンゲンっておとぎ話や創作の存在だろ! 流石に俺でも知ってるぞ!」
「そうね…ちょっと、真面目に答えてくれると嬉しいのだけど」
続けて『ゆけゆけズ』の二匹は私の回答を否定してくる。
人間がおとぎ話?創作?そんな筈は…。
「そんなこと言われても…。そもそもここってどこ? どうしてポケモンが喋れるの?」
訳が分からず、私は逆に質問を返す。
「……」
「……」
しかし二匹はお互いに顔を見合わせて沈黙。
「ヒバニー。こういう時はどうすればいいかしら」
「俺に聞くなよ!お前に分からなかったら俺だって分かんねえもん!」
そんな事を言い合う二匹を見るに、どうやら嘘をつかれている訳ではなさそうだ。
でも私は間違いなく人間…。今となっては人間以下の変態だけど…。
変態。
思わず脳裏をよぎった単語で、私は今一度自分の姿を見る。
裸…乳首もお尻も股間も丸見え…サイハイソックスとロングブーツだけ履いて…
首輪と手錠を掛けて…バイブは今も膣内で微弱な振動を…。
そんな姿を目の前のポケモン達にじろじろ見られて…。
「は……んうっ♡」
「えっ!?」
「なんだ!どこか痛むか!?」
羞恥心が湧き上がって来た私は慌てて身を隠そうとするが両腕が使えない状態では局部を一切隠すことが出来ない。
(恥ずかしい…恥ずかしいよお…!隠せない、何も隠せないぃ!)
「私達が駆け付ける前に攻撃受けてたのかも…」
「えーっと、傷はどこにも無いな。多分」
そんな事を言いながらチコリータ達が私の身体をあちこちから眺めてくる。
(やめて、見ないで!そんなに見ないでっ!)
「今まで見た事ない奴だからなぁ、どんな状態が健常か分かんねえよ」
「そうよねぇ…ニンゲンって言ってたのも気になるし…。『スプリングタウン』に戻ったらヤレユータンに聞いてみない?」
どうしてもほぼ全裸の身体を隠すことが出来ず泣きそうになる私の前で二匹のポケモンはコソコソ相談していた。
(た、タウン?町?私を連れて行くの…?)
「賛成!そうと決まりゃ早速『あなぬけのたま』で…」
「ちょ、ちょっと!本来の目的はマイナンの救助でしょ!」
二匹の視線が外れ、私は羞恥心から少しだけ解放される。あのまま眺められてたらと思うとどうなっていたか、考えるだけでも恐ろしい。
「いけね、忘れてた。じゃあこの…ええと名前何だっけ?」
「えっ、る…ルーア」
しかし再び視線を向けられ私は咄嗟に回答。
「ルーアね。それじゃ悪いのだけどこのダンジョンの冒険、もう少し付き合ってくれる?一人で帰るのは難しそうだし、私達の用事が終わったら一緒に町まで行きましょ」
「ダン、ジョン? 冒険って……?」
ダンジョンと言われればゲームでよくある冒険の舞台だ。確かに自縛野外露出を始める直前までやっていたゲームにもあったが、それは創作の話で…。
「そういやさっきもここはどこかって聞いて来てたな」
「ここは『清流森林』。つい数日前に『歪みの穴』で発生したダンジョン…ええと、危険な土地なの」
質問する度に分からない単語が出てくる。これじゃキリが……。
「なあ、そろそろ行かねえか? 別の凶暴化ポケモンが来るかも」
「そうね、マンキーもそろそろ目を覚ましそうだし…」
そう言われて私は思い出す。
(そうだ、マンキーは……)
依然として目を回したままのマンキーに私は恐る恐る近寄る。
「おっ、おい、何やってんだよ! 起きたらまた襲われるぞ!」
「そうよ! 寝てる内に早く先に進みましょ!」
「だ、だけどマンキーが怒ってたのは私が騒いだせいで……」
ヒバニーたちが助けてくれたことには本当に感謝しているが、マンキーだって理由なく私を攻撃したわけではないのだ……。
「その…うるさくしてごめん、ね」
マンキーの傍で腰を下ろし、私は小声で謝罪。
その時。
「わっ!?」
マンキーの身体を青い光が包み込んだ。
すぐにその光は消えていくが、代わりに……。
「んう…?」
先程まで気絶していた筈のマンキーが目を覚ましていたのだ。
「あーあーっ! 起きちゃったじゃねえか!」
「何やってんのよルーア! 戻りなさい!」
「わっうわっ!」
二匹に叱られ私は涙目で引き返すが、その間に起き上がったマンキーは私達をジッと見てくる。
「……あれ、お前ら何やったんだ?」
しかしマンキーは襲ってくる様子を一切見せず頭を掻き始めた。
「は?」
当然チコリータ達は怪訝な表情を浮かべる。
しかし視線の先にいるマンキーは逆にニッコリ笑った。
「凄いぞおっ! なんか気分が悪いのが全部飛んでっちまったーっ! ハハハ、身体も心なしか軽いーっ!」
そんな事を言いながら機嫌よく小躍りするマンキー。
一体どういうことだろう、先程まで怒り狂っていたのにどういう心変わりなのか。
それに、さっきの青い光は・・・。
「おーっ、お前もいきなり攻撃して悪かったなあーっ! これやるから許してくれーっ!」
「ぐぶっ!?」
笑顔のマンキーはそう言いながらいきなり私の口にリンゴを突っ込んでくる!
「じゃあなーっ! 今日からぐっすり眠れるぜえーっ!」
そう言って嵐の如く木々の間を走り抜け消えていくのであった。
「……ルーア、あなた何をやったの?」
「げほっげほっ! し、知らないよ! 私何もやってない!」
怪訝な表情のまま睨んでくるチコリータに対し、私は首を振って弁明。
「うーん、とりあえず歩きながら話そうぜ」
先頭にヒバニーが立ち、殿はチコリータ。私は二匹に守られる隊列で森の中を歩き始める。手錠を掛けたまま前後をポケモンに挟まれて歩くなんて連行されているみたいで嫌だったが守って貰っている立場故にあまり我儘も言えない。
「それでルーア。もしかしてあなた、凶暴化ポケモンのことも知らないの?」
「うん…何なのそれ?」
チコリータに問われ、私は足元に注意しながら肯定。全く整備されていない森故か、あちこちに木の根が張っていて危ない。
「いつも凄く怒ってて俺達を攻撃してくるポケモンだ!」
「……補足するわね」
『ゆけゆけズ』の二匹が説明するには、先程のマンキーを始めとしたこの近辺に住むポケモン達は元々、常に怒っているような性質ではなかったらしい。
『スプリングタウン』に住むポケモン達とも交流があったのだが、『歪みの穴』によりこの一帯がダンジョン『清流森林』に変貌してしまったと同時にここに住んでいたポケモン達が唐突に怒り始め、違う土地からやってきた者に攻撃するようになったというのだ。
「ねぇ、その『歪みの穴』ってなんなの?」
何故だか嫌な胸騒ぎがするその単語に対し、さらに深く聞いてみる。
「ダンジョンが発生する前兆なんだ。何の前触れもなく空間に不気味な穴が開いて、それから少し経つと周囲一帯をダンジョンに変えちまう」
「どうして『歪みの穴』が発生するかは今になっても分かっていないわ。凶暴化を免れてるポケモンも、次は自分達かもって怯える日々」
「おまけに食い物とかの資源を集めるのもずっと難しくなったんだよなぁ。この『清流森林』だって数日前まではリンゴとかを採るため沢山のポケモンが訪れてた土地だったのに…」
「そんな土地のダンジョン化は数年前から世界のあちこちで発生してるの。今となってはダンジョンの数も確認されてるだけでも百を超えるぐらい」
表情を曇らせて言う二匹に、私は何も答えることが出来ない。
そんな恐ろしいことが発生し、多くのポケモン達が苦しんでいる。
その事にも胸を痛めるが、私にとっては更に気になることが。
ダンジョンは"この世界で数年前から"発生し続けている。
そんな話、ニュースなどでも今まで一度も聞いたことが無い。確かにこれまで、ある地方のラジオ塔が占拠されたとか、超古代ポケモンが目覚めたとか不穏なニュースが流れる事はあったがいずれも数日も経たない内に解決している。
しかし『歪みの穴』による影響が現実であることは先程の怒り狂ったマンキーで嫌という程味わった。チコリータ達の言う『この世界』がどの範囲を示すかは不明であるものの、百以上の事例となれば普通に考えれば人間にだって少なからず影響を与える筈。
それなのに私はこの事態を初耳…。
そもそもここのポケモン達は人間を空想上の存在と認識している……。
そして何より、普通に喋るポケモン達……。
まさかとは思うが……。
私が今いるここは……違う世界?
「……まぁ、そんな苦しむポケモン達を助けるのが俺達救助隊だけどな!」
先程も聞いた『救助隊』という単語がまた出てくる。
だが、顔を青ざめさせた私はその言葉について尋ねる余裕を失っていた。
世界が違うって…それじゃあ、人間が空想上の存在ってのは本当のこと?
つまり、この世界には私以外の人間が一人もいない?
それに元々住んでた町もこの世界には無いし、家族もいない?
え、それじゃあ私、どうすれば?
「…ねぇルーア。すごい汗びっしょりだけど大丈夫?」
「んげ!?顔色も悪くなってねえか!?」
「う…あ…っ」
二匹が心配して来るが、私はそれに応える事も出来ず全身をガタガタ震わせる。
どうしよう。この世界はポケモンだけ。人間は私だけ。
どうしよう。帰る場所はない。知っている人もいない。
どうしよう。私両腕動かせない。何の役にも立てない。
「や…やだぁ…」
泣き声でそれだけ言い、私はその場にしゃがみ込んでしまう。
どうしてこんな事に。何で私が違う世界に。
自縛野外露出を他人に見られて、逃げたいって願ってしまったから…?
そんな、そんな、そんな!
確かに逃げたいって願ったけど、こんな目に遭いたいなんて言ってないよ…!
そう私の理性が泣き叫ぶ。
しかし、私の本能は逆に楽しそうに囁く。
自縛野外露出なんてする時点で私は真正のマゾだよ。
違う世界に飛ばされて一人ぼっちになるなんて、これほど嬉しいものは無いよね。それに手錠と首輪の鍵も、バイブのリモコンも元の世界に置いたまま……。つまり私はこの世界でずーっと自縛野外露出をして、微弱なバイブの振動に喘ぎ続ける運命。
ポケモンだけの世界だから、今身に纏ってるサイハイソックスとロングブーツ以外、服なんて手に入らない。ずーっとポケモン達に胸もお尻も股間も晒し続ける。
そして情けない発情顔も隠せない。
そう、これからの私……変態マゾのルーアを待ってるのは最低で最高の日々……!
「はうぅっ♡ んああっ♡ ちがっ、私ぃっ! そんなっ! ああっ♡」
「あわわ、やばい状態だぞ!俺達の知らない時に毒でも受けたのか!?」
「困ったわね、一旦町へ帰るべきにも思えるけど、まだマイナンが…」
理性と本能が滅茶苦茶になり泣き叫ぶ私を見て狼狽するヒバニーたち。
身体が熱い。心の奥底が冷たい。膣が大喜びしてる。脳内が絶望で真っ白になっていく。
私、本当に、壊れ…。
「声がすると思えば…新手の侵入者ですか」
「!」
喘ぐ私を守るように警戒状態に入ったヒバニーとチコリータ。そんな彼らの正面……茂みからゆっくりと姿を現したのは美しい毛並みをしたポケモン、エネコロロだ。
「先程のポケモンに続いて、今日は野蛮な連中が多いですね」
「それって…まさかマイナンじゃ!」
ヒバニーが声を上げるが、エネコロロは鬱陶しそうに彼を睨むだけで答えない。
「縄張りを荒らす不届きものには鉄槌を下さねばなりませんね!」
そして彼女は怒りを露わにすると私達に向けて戦闘態勢に入る!
「うぐっ…ううっ…!」
私は荒れ狂う本能を抑えながら必死に立ち上がる。
(せめてヒバニーたちの足手纏いには…!)
「『ねこだまし』!!」
「っ!?」
突如飛び出したエネコロロは私の眼前で思い切り前足で音を鳴らした。それにより私は大いに驚き、折角立ち上がったのに腰を抜かしてしまう。
「くっ、『たいあたり』!」
「おや、今のが攻撃のつもりですか」
次にヒバニーが反撃を仕掛けるがエネコロロは大したダメージを受けた様子もなく再びこちらから距離を取った。
「『はっぱカッター』!」
「『チャームボイス』!」
ぶつかり合うチコリータの葉とエネコロロの音波。しかし力負けしてしまったのはチコリータの側。音波が葉の刃を吹き散らしながら迫ってくる!
「きゃああっ!」
「うわあっ!」
「チコリータ、ヒバニーっ……!」
音波を浴びて悲鳴を上げる二匹に呼びかけるしか出来ない私。必死に立ち上がろうとするが腰が持ち上がらない……!
「ほら、『たいあたり』とはこうやってやるものですよ!!」
「ぐああっ!」
音波で弱ったヒバニーに対し、エネコロロが追撃を仕掛ける。吹っ飛ばされた拍子にヒバニーが肩から下げていたポーチからバラバラと木の実や石ころ、ボールのようなものが散らばった。
「よくもヒバニーを…『はっぱカッター』!」
死角から再びチコリータが攻撃を放つ。
「鬱陶しいですね…」
多少仰け反るものの、エネコロロは怒りを増幅させて次の標的へ向き直る。
続けてチコリータがはっぱカッターを連発するもエネコロロはジグザグに飛び跳ねながら一気に接近。
「『たいあたり』!」
「あああっ!」
マンキーに圧勝していた彼女らがこんなにも一方的にやられるなんて。私はようやく立ち上がるものの、二匹でも太刀打ちできない相手にどうすればよいのだろうか。
「さて、残る侵入者はあなたですね」
「ま、待って!あなたは凶暴化……っていう状態になってるんでしょ!? 正気に戻って!」
「何を訳の分からないことを…」
私はエネコロロに呼びかけるが、彼女はそう言って余計に苛立ち始める。
「『チャームボイス』!」
「うぐうっ!」
呼びかけに応じず放たれた音波攻撃に私はたまらず身体をよろけさせる。
頭が痛い……! 視界がグラグラする…!
「『たいあたり』!」
「い…たっ…!」
続けざまの攻撃を浴び、私はあえなく仰向けに倒れてしまった。
「…ふぅ、手間をかけさせますね」
侵入者を全員倒したエネコロロはそう言うと、プイとこちらに背を向け歩き出す。
ヒバニーもチコリータも目を回して起き上がる気配がない。確かに彼らは体力が尽きて倒された。
だけど……。
「…?」
怪訝そうに振り返って来たエネコロロは困惑で目を見開く。
「幾度も技をぶつけたのに…まだ立ち上がるのですか」
「……っ」
私はただ転倒しただけ。体力は尽きてないから立ち上がれる……! 確かに身体のあちこちが凄く痛いけれど、助けてくれたヒバニーとチコリータのためにもやらないと……!
そして、本当は凶暴化で苦しんでいるエネコロロも救わないと……!
「しぶといですね!『たいあたり』ぃ!」
「…くうっ!」
牙を見せて怒り叫ぶエネコロロの攻撃を何とか避ける。
立ち上がったは良いものの、私はポケモンのように技なんて使えない。しかしこのまま避けたり逃げたりするだけでは防戦一方。どうにか対処する方法は……と私はヒバニーの傍に散らばっている道具に気付く。
「『チャームボイス』!」
「ぐぐっ…!」
頭の痛みに耐えながら必死に目的地点まで移動。
そして足元にある石ころを思い切り蹴飛ばした!
「うあっ!?」
たいあたりのため接近していたエネコロロの額に石がクリーンヒットする。
「くあああっ! 『いしのつぶて』ですか……小癪なあっ……!」
額を抑えのたうち回るエネコロロ。凄く痛そうで攻撃したこちらが申し訳なくなってくる。
「ご、ごめん……! だけどお願い、攻撃を止めてよ!」
私はエネコロロに謝罪しながらも、戦闘を中止するよう言った。
それと同時に、僅かに青い光に包まれるエネコロロ。
これは……マンキーの時と同じ……!
「ぐ…私は…どうしてこんなに怒って…。いいえ、違う、目の前の奴らは縄張りを荒らす不届きもの…ッ!」
しかしエネコロロは動きこそ鈍くするものの、戦いを止めようとはしない。
「た……『たいあたり』っ!」
「うわっ!」
再び身体をぶつけられ、私はまたも地面に叩きつけられる。
痛い、痛いぃ……!
涙を浮かべる私の視界に映るのはエネコロロの怒り顔。
「ひっ!」
「さっきはよくも…覚悟は出来ていますね…!!」
恐怖に顔を歪める私に、エネコロロは前足の爪を見せつける。
「『みだれひっかき』!!」
「うぎゃああっ!! 痛い痛いやめてぇ!!」
何度も何度も体中を引っ掛かれ、私は悲鳴を上げた。エネコロロは私の身体に乗っかっているため起き上がることも逃げる事も出来ない!
(痛い痛い痛い痛い!痛すぎて頭がおかしくなる!)
叶うことなら気絶してしまいたいが、むしろ攻撃を受ける度に意識と神経が鮮烈になる。
「ぜぇ、ぜぇ……まだ、まだ倒れないのですか!」
「痛いよぉ! もうやめて! やだやだぁっ!!」
みだれひっかきのし過ぎで息が絶え絶えになりながらもエネコロロは怒りを抑えられない様子。
私は顔を涙でグシャグシャにして叫ぶが、一切聞き入れて貰えない。
再び振り上げられる爪。
(ああ、また、痛いのが来る…)
「『はっぱカッター』!!」
「『ひのこ』!!」
「ああああっ!!?」
背後から向かって来た葉と炎に対応できず、エネコロロが吹っ飛んだ。
「……っ」
私は荒く息をしながら視線を向ける。
「わりぃな、ルーア…立ち上がるのが遅れて」
「でもよかった、あなたも無事みたいで」
今にも倒れてしまいそうなボロボロの状態で言ってくるヒバニーとチコリータ。彼らが技を放って、また私を助けてくれたのだ。
あんなに引っ掻かれて無事な訳が無いと思い私は自らの身体を見下ろすが、なんと身体のどこにも傷一つ生まれておらずついでに衣類も新品同然だ。
(どうして? あんなに痛かったのに……? 沢山攻撃されたのに……?)
私は疑問に思いながら起き上がると、すぐ傍で目を回すエネコロロを見る。
正直、あそこまで執拗に攻撃してきた事への恐怖は抑えられない。だけどそれはエネコロロ自身の意思ではなく『歪みの穴』による影響なのだ。そんな複雑な心境で彼女を見つめていたその時。
再び青い光が放たれた。
私が驚くのも束の間、パチリと目を覚ましたエネコロロは何度も瞬きをする。そして彼女と目が合った私は思わず後退り。もしも凶暴化が解けてなかったら…。
「ご、ごめんなさい!私、あなた達の事あんなに酷い目に遭わせて…!」
しかしエネコロロは顔を青ざめさせると必死に謝罪を始めた。マンキーの時と同じく、先程までの攻撃性はすっかり消え去っていたことに私は安堵する。
「……」
チコリータはそんな私を怪訝な表情で見つめてきていた。
「お詫びならなんでもします……ポケでしょうか、それとも貴重な道具でしょうか……!」
「あーっと……それならマイナンがいる場所まで案内してくれないか? 俺達、そいつを救助しに来たんだよ」
本来は凶暴とは無縁な性格であろうエネコロロは対価を払おうとしてくるが、ヒバニーが少しやり辛そうにしながら応対する。
「は、はい!それならこちらです」
少し安心した表情になったエネコロロは早速森の奥へと進んでいく。『ゆけゆけズ』の二匹と私はそんな彼女の後を追い、茂みを掻き分け更に奥へ奥へと。
「……ねぇエネコロロ、質問いいかしら」
「はい、私にわかる事でしたらなんでも」
「あなた、凶暴化してた時の記憶は残っているのよね。どうして私達を攻撃するまで怒りが湧いたのかも覚えてる?」
先頭を歩くエネコロロに対し、チコリータが質問を投げかける。
「……すみません、うまく説明は出来ないのですが。ここにダンジョンが発生したと同時に、頭の中に『この地を守らなければ』という意思みたいなのが生まれて凄く気分が悪くなって……」
「気分の悪さに苛々しながら、余所者の俺達を攻撃するのに夢中になったってことか?」
「うう、本当に申し訳ありません。余所者は悪者という意思を盾にストレス発散と言いますか……」
この地…ダンジョンを守るという意思なのだろうか?
ダンジョンを発生させるのは『歪みの穴』であるし、どうにも無関係には思えない。
「おっと、到着しました。あそこの小川の近くに…」
エネコロロが前足で指し示す先を見ると、確かに黄色と青のポケモン…マイナンが倒れていた。
「案内ありがとな!おーい助けに来たぞー!」
そう言って足早に駆けていくヒバニー。
「それでは私も旅に戻ろうと思います」
「え? あなたここに住んでるんじゃないの?」
「いえ、旅の途中でここに訪れていた時に偶然ダンジョンが発生し、そのまま凶暴化してしまったのです…」
「はぁ、それは相当な災難だったわね」
「それでもこうして元に戻れて皆さんには本当に感謝しています……! 凶暴化は一度起きたら二度と治らないと聞いていたので…!」
「……そうね」
その場に残ったエネコロロとチコリータの会話を聞きながら、私は辺りを見渡す。
ダンジョン発生による凶暴化は、そこに住むポケモンだけではなくその場所に居合わせたポケモンにまで及ぶらしい。エネコロロのように一ヶ所に定住しないポケモンであっても影響を受ける…。
『歪みの穴』は思っていた以上に恐ろしい事態のようだ。しかも凶暴化は治す手段がない…。
それではあのマンキーやエネコロロを元に戻した不思議な青い光はなんだったのだろう…?
彼女らの口振りからすると、本来は凶暴化したポケモンを倒したからと言って凶暴化が解け元に戻るわけではないのが共通認識らしい。思い出してみるとマンキーが倒れていた時、ヒバニーたちは彼が目を覚ます前にその場を去ろうとしていた。
(それじゃあどうしてあの青い光は発生して、マンキーたちを凶暴化から解放させて……?)
「おーい、救出完了だ。俺もうクタクタだし帰ろうぜ!」
「ええ。それじゃあエネコロロ、気を付けて旅をするのよ」
「はい。皆さん本当にありがとうございました」
マイナンを背負ったヒバニーの下へ向かうチコリータと、身軽な足取りで森の外へ走っていくエネコロロ。
「……あなたはこっちよ、ルーア。一緒に『スプリングタウン』へ行くわよ」
「あっ、うん」
そう呼びかけられ、私は慌てて彼女らの下へ向かう。ポケモンが多くいるであろう町へ行くのは恥ずかしいが、この森に一人置いてきぼりはもっと困る。
「よーし、それじゃ使うぞ!『あなぬけのたま』!!」
ボールのようなものをヒバニーが掲げると、私達を眩い光が包み込んだ!
続けて全身に浮遊感が訪れる。光で辺りが見えず落ちているのか飛んでいるのかも分からず本当に大丈夫なのかと心配になってしまう。
暫くするとようやく、足に地面の感触が戻って来た。そのまま光も収まっていくが、見ると周囲の光景が様変わりしている。
先程まで森の中にいた筈であるが、今私達は見晴らしのいい丘に立っていたのだ。
今のはまさか瞬間移動だろうか。元の世界でもケーシィなどエスパータイプの一部ポケモンがテレポートを使える事は知っていたが、それをほのおタイプのヒバニーが…?
周囲を見ると緑色の山脈、巨大な川や滝、風が吹く草原といった大自然が広がっていた。元の世界で住んでいた地方では見られない光景に私は息を呑むが、更に驚くものが。
「おっ、そうそう! 今ルーアが見てるのが『スプリングタウン』! 俺達が救助活動の拠点にしてる町なんだ!」
ピンク色の山……否、下手なビルよりよっぽど巨大な桜の木。
その周囲に寄り添い合うように不思議な形の建築物が集っていた。
あれが……この世界……ポケモン達の世界の町。