『鬼火草原』ではぐれた『ナイトスター』。落とし穴に落ちた彼女らと合流するために階段を探しに行ったインテレオン達。
そしてそれを待っていた私と『ゆけゆけズ』であったが、通路の先から青紫色の炎が近づいて来ていた。
「!?」
「どうしたのルーア……っ!?」
足をすくませる私の視線を追ったチコリータ達も同様に驚愕の表情を浮かべた。
炎を灯しているのは白色の小さな体を持つポケモン、ヒトモシだ。私達は身構え凶暴化ポケモンと思われる相手の出方を窺う。
しかし、それは失敗だった。
「……『あやしいひかり』」
青紫色の炎がゆらりゆらり。青くなったり、紫になったり、二つになって、三つになって。周りの草原も不思議に光ってゆらりゆらり。足元もグラグラ揺れて頭もフラフラ揺れて。
「ほえ~」
「あれ~」
ヒバニーもチコリータも増えたり減ったり大きくなったり小さくなったり。
ああ、目が回る。
前に進んで左を向いて一歩下がって…。
カチリ。
ゆらりゆらりと浮遊感。空を飛んでいるのかな。
「あいたぁ!?」
尻もちをつき、痛みで私は悲鳴を上げる。
「ぐえっ!?」
「きゃあっ!?」
同じように落下して来るヒバニー達。
一体何が起きたのかと私達は目を白黒させながら周囲を見渡した。足元に広がる草地、迷路のように入り組んだ岩壁や岩々…その点は『鬼火草原』と変わらないが先程までと構造が異なっている。
上を向くと青空は天井で覆われ見えなくなっており、そして私達の丁度真上には大きな穴がぽっかりと空いていた。
「……『落とし穴』」
顔を強張らせながらチコリータが呟く。先程のヒトモシの技を受けて混乱してしまった私達は滅茶苦茶に歩き回りワナを踏んでしまったようだ。
「そんなっ!? おーいおーい! インテレオーン!!」
『ナイトスター』を探すどころか自分達まで地下に落ちてしまったことに焦り、私は地上に向けて大声を上げる。
「ちょっとルーア! そんな大声出したら……」
「……っ!」
注意され慌てて口を閉じるが手遅れだった。磁器がぶつかり合うような音を立てながらティーカップがゆらゆら揺れながら接近して来ていた。
「悪い奴ミーッケ……!」
そしてカップの中に紫色の本体を持つポケモン、ヤバチャが姿を見せこちらを威嚇して来る。
「凶暴化ポケモンか……!」
「やるしかないわね!」
まずは先制攻撃とばかりにチコリータが『はっぱカッター』を発射!
「『からにこもる』ぅ……!」
ヤバチャは素早くカップの中へ身を潜めると、カップで葉の刃を弾いた。カップが一部砕け飛び散るが相手は意に介していない様子だ。
「バァーッ! 『おどろかす』!」
「っ!?」
そしてヤバチャは勢いよくカップの中から私の眼前へ飛び出す! 特性『くだけるよろい』によりスピードが向上しており、反応できなかった私は腰を抜かしてしまった。
「『ひのこ』喰らえ!」
「ギャーッ!?」
だが攻撃後の隙を突いてヒバニーが炎をヤバチャへぶつけた。カップから出て来た本体を攻撃された相手は怯んで大きな隙を晒す。
「よしっ……『でんこうせっか』だぁ!」
「え、それは……っ」
着地に失敗しつつも、素早く地面を蹴って突撃するヒバニーの姿に私は目を丸くした。
「うげっ!?」
ノーマルタイプの技をゴーストタイプであるヤバチャに透かされ、彼は岩壁に激突する。
「もうっ……『はっぱカッター』!」
「ヒィーッ!?」
相方に呆れつつチコリータが追撃を仕掛け、吹き飛ばされたヤバチャもまた岩壁に激突した。
慌てて立ち上がった私はヤバチャの様子を窺う。限界を迎え目を回していることを確認していると青い光……『リライブ』が発動しヤバチャも凶暴化から解放されることに。
「全く、ゴーストタイプには『たいあたり』も『でんこうせっか』も効かないって何度言ったら……!」
「悪かったって……」
チコリータがヒバニーを叱りつけているのを見ているとヤバチャが目を覚ます。
「ン、ン!? お前達何やった!? 何か心が晴れやか!」
「えっと、凶暴化を解いたんだけど……」
「凶暴化……! つまりこの草原、ダンジョンになってた!?」
ヤバチャは忙しなく周囲を見渡しながら困惑し始めた。
「それじゃあアイツラも悪者じゃなくて、ただの旅ポケモン!? 困った!」
「あいつらって……もしかしてマホイップ達じゃ?」
「きっとそうね。ねぇ、もしよかったら案内してくれない?」
「マカセロ! これぐらいのお詫びはしよう!」
私達の要求にヤバチャは朗らかに答えるとユラリユラリと浮遊しながら進み出す。
「インテレオン達に伝えなくていいのかな……」
「彼らが階段を探しているのは分かっているんだから、『ナイトスター』と合流する方が大事だと思うわ」
「なんなら俺が伝言係として落とし穴の下で待とうか?」
「あなたじゃ無理! またタイプ相性適当な攻撃してやられるのがオチじゃないの」
「そ、そこまで言うこと無いだろ……」
提案したヒバニーだが、チコリータにきつく言われガックリと項垂れる。インテレオンに心配させることになるのは申し訳ないが戦力を分散させると危険であるため、このままマホイップ達の元へ向かうのが最善だろう。
「オーイオーイ」
「ン?」
私達の案内をしていたヤバチャが手を振り前方のポケモン達に呼びかける。
「……ちょっ!?」
私は驚愕するが気付くのが遅かった。
「……新しい侵入者ミーッケ!」
「連れて来たんだな、ヨクヤッタ!」
案内された先には、まだ凶暴化しているヤバチャ達がおり私達を見つけるなり敵意を露にする。
「コイツラもソイツラも悪者じゃないぞーっ……アレ?」
「バァーッ、『おどろかす』!」
「『メガドレイン』!」
「ふぎゃあっ!?」
説得しようとする仲間の脇を通り抜け、凶暴化したヤバチャ達が私へ一斉攻撃を仕掛けて来た。
「れ、連戦!? 『レンケイ』で一気に決めるわよ!」
「おうよ!」
悲鳴を上げる私を救出するためまずヒバニーが跳び上がる。
「ウワーッ! 頼む、仲間達も凶暴化から解いてくれ!」
「えっ……あっ!」
暴れる仲間を止めて欲しいヤバチャがチコリータの眼前へ飛び出し、彼女は気を取られて『はっぱカッター』の軌道を誤ってしまった。
「お、おい……うわあああっ!?」
葉の刃はヒバニーの足元ではなく胴体へ向かい、クリーンヒットしてしまう。
「『メガドレイン』だっ!」
「あうううっ!」
彼女らがそんな事をやっている間にも私はヤバチャ達の攻撃を受け続けていた。このままではまずいと私はランドセルを揺すり道具を……。
「あれ?」
取り出せない。慌てて何度も身体を揺するが道具が出てくる気配すら感じなかった。昨晩は暗くて気付かなかったが、よく見てみるとランドセルも色褪せてしまっている。
(もうエネルギー切れ!?)
出発前に沢山エネルギーを蓄えたと思っていたのに、全く足りなかったなんて。
「ええいっ!」
「ウヒィッ!?」
冷や汗を垂らす私の傍へ飛来してくる『はっぱカッター』がヤバチャに命中し吹っ飛ばす。
「ヤメローッ、『おどろかす』!」
「ヒエエッ!? 何でこっちを攻撃するんだ!?」
私達を案内したヤバチャも凶暴化する仲間へ攻撃し、どうにか私は集中攻撃から逃れられた。
「いててて……気を付けろよな!」
「だ、だって……っ」
お腹を押さえながらヒバニーが怒鳴ると、チコリータは狼狽し首を振る。
「ちょ……ちょっと! 喧嘩ストップ!」
「……っ、そう、だな」
「……今はそんな時じゃないわね」
慌てて仲裁に入ると、二匹とも冷静さを取り戻したらしく言い合いを止めてくれた。しかし戦闘中だというのにチームワークが乱れている二匹が心配で仕方ない。私も道具が使えない状態なのにこのまま戦って本当に勝てるだろうかと危惧したその時だった。
「『みずでっぽう』!」
ヤバチャ達の後ろへ迫る青色のバルーン。咄嗟に振り向いたヤバチャ達だがそれと同時にバルーンが破裂し大量の水を勢いよく撒き散らす!
「ギャーッ!」
水に吹き飛ばされるヤバチャ達……そして水飛沫のカーテンの奥から現れる一匹のポケモン。
「あなた達、ありがとねっ! お陰で助かったよ!」
青色をしたポケモンはウインクすると二発目の『みずでっぽう』を発射する。地面や壁を跳ねながら移動する水のバルーンは独特な軌道を描きながらヤバチャ達へ迫った。
「こんなノロノロ攻撃…」
「『ひのこ』っ!」
「グエェ!?」
そのバルーンに気を取られたヤバチャは背後から炎を浴び、地面へと力無く落ちていく。
「『はっぱカッター』!」
「くっ! よくもやったな!」
残りの一匹となったヤバチャは『はっぱカッター』を避け、距離を取り始めた。
「よいしょーっ!」
だが青色のポケモンはまだ跳ね続けているバルーンの後ろに回ると鰭脚で思い切り弾き飛ばす!
「ナニーッ!?」
急にまっすぐ飛んできたバルーンに対処が間に合わなかったヤバチャは水飛沫に巻き込まれるのであった。
「助かったぜ。お前、もしかして救助隊なのか?」
「そうだよ! 私はアシマリ、スーパーアイドルを目指す救助隊!」
凶暴化から解放されたヤバチャ達が去って行った後、青いポケモンがポーズを取りながら自己紹介する。
「救助に来たら地下に落ちちゃうし、ヤバチャ達の群れに襲われちゃうしでピンチだったんだよー。チャンスが来るまで『プチふっかつのタネ』温存してて良かった!」
「なるほど、ヤバチャが言ってたのは『ナイトスター』じゃなくてあなただったのね」
「あれ、でも『あいつら』って言ってた気がするような……」
「おっ、そうそう。地下に落ちたのは不幸中の幸い! 救助対象もここにいたんだ!」
アシマリはニコニコしながら言い、広間の隅で怯えているポケモンの元へ近づく。一見卵のような姿をしている植物のポケモン、タマタマだ。しかし記憶が正しければタマタマは六匹が纏まって行動する筈であるが五匹しかいない。
「お、お願い! 僕達の仲間も探して……落とし穴に落ちた時にはぐれたんだ……!」
プルプル震えながらタマタマはアシマリに対し頼み込む。
「アシマリちゃんに任せといて! きっと見つけ出してあげるね! ……で、なんだけど」
明るく胸を張って言うアシマリは再びこちらへ向き直った。
「あなた達、もし良かったら私と一緒に行動してくれない? 地上に比べて凶暴化ポケモンが強くて大変なんだー」
「いいのか!? 俺達も仲間を探して地上へ脱出しないといけないから助かるぜ! 俺はヒバニー、よろしくなアシマリ!」
「ヒバニーくんだね、よろしくっ!」
「あ、あたしはチコリータ!」
笑顔で向かい合うヒバニーとアシマリの間にチコリータが割り込み大声で名乗る。私も続けて自己紹介を行い、アシマリも笑顔で応答。
「それじゃ早速移動始めよっか」
「仲間は地上にいるみたいだけど、僕達とはぐれた後パニック状態で転がっていたらどこにいるか分からなくなってしまったようなんだ……」
「分かるのか?」
「僕達タマタマ同士でだけ伝わるテレパシーでやり取りしているんだよ」
「なるほどなるほどー、じゃあ地上を目指すのがいいのかなっ!」
「俺達も一旦階段へ向かってんだ。『ナイトスター』探すにもまずは地上への出口を確保しないとな」
ヤバチャ達が去り際に階段のある方向を教えてくれたため、私達はそれに従い進んでいく。
「だけどビックリしたよ、凶暴化ポケモンが元に戻るなんて」
「ああ。ルーアのリ……何とか」
「『リライブ』。会談で決まった名称なんだから早く覚えて」
「あなた達三匹でチーム組んでるの?」
「ううん……私は救助隊じゃなくて……ヒバニー達は二匹で組んでる『ゆけゆけズ』」
「あれ? そういえばアシマリは一匹なのか?」
「う、ちょっと耳が痛いかなぁ……メンバーいなくてソロなんだー」
図星を突かれたとばかりにアシマリは苦笑交じりに零す。
「スーパーアイドルもソロだけど、今はメンバー大募集中! いつかは沢山メンバー集めて大規模にしてみせるんだー!」
しかし彼女は落ち込むことなくポーズを取りながらそう宣言するのだった。
「……あっ!」
階段目指して暫く歩いているとタマタマがパッと明るい顔になった。今度はどうしたのだろうか。
「地上にいる仲間が『ロイヤルズ』のキングラーさんに助けて貰ったみたいなんだ……!」
「あれ? 『スプリングタウン』に行ってるって話じゃなかったっけ」
「俺達丁度『ロイヤルズ』と一緒に『サマーリゾート』目指してる途中なんだ」
「えーっ! もしかしてヒバニーくん達『スプリングタウン』から来たの!? しかも『サマーリゾート』に来るの!? どうしてどうしてっ?」
ヒバニーが説明をするとアシマリは目を輝かせて更に質問攻めして来る。
「もっと上を目指す学習のためよ。救助隊としてあたし達まだまだだもの」
「そっかー、頑張り屋さんだね」
再び割り込んだチコリータの説明にアシマリは感心した様子で頷いた。
「アシマリは『カプ・コケコのギルド』に所属してるのか?」
「そうだよ! まだまだ新米だけどね」
「……新米ねぇ」
そんな話をしながら更に通路を進むとようやく目当ての階段が見えてくる。
「おっ! ようやくたどり着いたな」
「待って、何かいるわ」
喜ぶヒバニーに注意を促しながらチコリータが階段の手前を睨みつけた。
「……」
そこにいたのは青紫色の炎を妖しく揺らめかせるヒトモシだった。私達を混乱させて落とし穴に嵌めた凶暴化ポケモン……!
「……『あやしいひかり』」
「!!」
私は咄嗟にヒトモシの炎から目を逸らした。あれを見つめたらまた正気を失う羽目になる。
「ずるい手ばっかり使いやがって! 『ひのこ』!」
「あっ、ちょっと……!」
同じく混乱を回避し反撃を放とうとするヒバニーをチコリータが呼び止めた。だがそれは間に合わず炎がまっすぐヒトモシの元へ飛んでいく。
「……ふふふ」
なんとヒトモシは『ひのこ』を無効化し、青紫色の炎が更に大きく燃え上がった!
「特性『もらいび』よ! 何やってんのよ!」
「し、知るかよ! だったら『でんこうせっか』だっ!」
再びチコリータに叱られ、ヒバニーは自棄気味になって次の攻撃に入る!
「うげっ!?」
しかしヤバチャの時と同様に攻撃が透かされ階段にぶつかってしまうヒバニー。
「だ、か、ら!! ゴーストにノーマルは効かないの!!」
「ち、畜生……!」
明かに苛立った様子のチコリータが怒鳴り、相性が悪すぎる相手を前にヒバニーが歯軋りをする。
「……『ひのこ』」
「っ!!」
『もらいび』で強化された青紫の炎が激しく燃え上がりながら落ち着きを失っていたチコリータへ向かって行く。彼女はくさタイプ……まずい!
「ぐううっ!!」
「ルーアっ!?」
道具を使えない状態の私はもはや盾になるしかないとばかりに咄嗟に足が動く。そしてチコリータを庇った瞬間、焼けるような感覚が全身を包んだ。
「熱いっ! 熱いぃぃ!!」
自分は丈夫だからと軽い気持ちで庇ったが想像以上の苦しさに悲鳴が抑えられない……!
あまりの熱さに私は青紫の炎に包まれながら蹲る。
「何やってんだよチコリータ!!」
「ヒバニーが利敵行為するからでしょ!?」
(ああ……また喧嘩してる……私、選択間違えたんだ…)
肌が焼ける痛みと後悔。私は自分の不甲斐なさに一筋の涙を流しながら辛い光景を見つめた。
「このっ……『はっぱカッター』!」
しかめっ面のままチコリータはヒトモシ目掛けて攻撃を放つ。しかし相手は軽く頭の炎を振るい全ての葉を難なく焼き落とした。
『ゆけゆけズ』どちらの攻撃が通用せず、打つ手なしかと思われたその時。
「『みずでっぽう』っ!」
暫く動きを見せないと思っていたアシマリが巨大なバルーンを放つ。鼻息でバルーンを膨らませ続けて攻撃の準備をしていたのだ。しかしヒトモシはゆっくり向かって来るバルーンを警戒し距離を取り始めた……これでは当たらない!
「ヒバニーくん! 『でんこうせっか』!」
「ん……あ、そうか!」
アシマリに呼応し、階段前にいたヒバニーは自らの元へやって来るバルーンへ素早く突撃!
「え……うわっ!?」
弾力のあるバルーンは『でんこうせっか』の高スピードを受け取ると攻撃範囲から逃れたと思い込んでいたヒトモシの元へと急接近する。
即興の『レンケイ』により花火の如く水飛沫が弾けた。
「……ごめんなさい、外から来たポケモンを『落とし穴』に誘導してたのは私。侵入者を痛い目に遭わせるのが正義だって思ってた」
「しゃあないわ、悪いのは『歪みの穴』やもん」
ヒトモシが元に戻るのと時を同じくして、地上にいたキングラー達も階段を降りて来ていた。
「無事だったかいルーア?」
「私は平気だけど……その……」
心配して来るインテレオンに対し、結局火傷すらしなかった私は頷きつつもチラリと視線を動かす。
「……」
「……」
重々しい雰囲気を漂わせるヒバニーとチコリータ。双方ともに相当苛立っているのか目を合わせようとすらしていない。
「ヒバニーくん! ナイスアドリブありがとうっ!」
そこへアシマリが笑顔で話しかける。
「あー……いや、アシマリもありがとな」
「……っ」
一瞬表情を曇らせつつも笑顔を返すヒバニー、そして黙って二匹の姿を横目で見つめるチコリータ。
「ルーア達と合流できたのは良かったですが……まだ『ナイトスター』とは会えていませんね」
「青白いトロトロフワーッとしたポケモンとその仲間も落としてしもた感じやろか?」
「……?」
「具体的にはマホイップ、ドラミドロ、アノホラグサの三匹なんだけど」
「……やってない」
「えっ!?」
ヒトモシの回答を受け私は思わず声を上げる。てっきり『ナイトスター』もヒトモシにより地下へ落とされたと思っていたのだが違ったのか。
「でも地下に落ちたのは間違いない筈です。私達が通った時はまだ『落とし穴』は隠れていましたから」
「うーん……って、ああーっ!?」
アマージョと共に悩んでいたキングラーだったが、大声を上げる。
「……あっ!?」
彼の視線を追い、私もまた声を上げた。
『ナイトスター』が私達の元へやって来ていたのだ。
……しかし。
「はぁ、はぁ……よ、良かった……」
ズタボロになったドラミドロが、気を失ったマホイップとアノホラグサを抱えていた。
「な、何があったんだ!?」
すぐさま駆け寄るインテレオン。彼はポーチから『オレンのみ』や『ふっかつのタネ』を取り出す。
「……黒い表皮の何者かが現れたわ。奴は音も無く『落とし穴』を生成するとあたくし達を引きずり込んで苛烈な攻撃を仕掛けて来たのよ……!」
「なんだって!? このダンジョンは巨大化していないはずだ!」
「……ええ。正直あたくし達も何が起きたのか全く分からない。何の前触れもなく現れ、勝負がついたと分かるや否や瞬時に消え去ったわ…。ポケモンかどうかも分からない存在よ……」
憔悴した様子で語るドラミドロ。まさかゴールドランクの彼女らが完敗を喫するなんて想像にもしておらず、私も動揺を隠せない。
「ダンジョン巨大化の予兆である大きな揺れはありませんでしたね」
「経験ある『ゆけゆけズ』はん的にはどやろか?」
「……こっちも別に」
深刻な表情で確認するキングラーへチコリータは俯いたまま回答した。
「急いで『鬼火草原』を抜けましょう。ダンジョン巨大化が起こるかどうかはともかく、『ナイトスター』の襲撃者が再出現する可能性や、既に夕方ということもあります」
「夜になったら夜行性の凶暴化ポケモンが活発化する……だよね」
脅威の出現に不安を隠せないが、とにかく今の最優先事項はダンジョンを抜ける事。私達は急ぎ足を進める事にする。
「『ねらいうち』」
「っ!!」
夜が生み出す闇の中、一直線に突き進む水弾がポットデスの本体を的確に撃ち抜いた。急所を攻撃され大きく怯むポットデスに飛び掛かる『ロイヤルズ』。
「おっほっほ! 『トロピカルキック』!」
「せーいっ『シェルブレード』!」
前後から同時攻撃を浴び、ダンジョンの出口に立ち塞がっていたポットデスが遂に倒れる。
「始めて見たよ『ロイヤルズ』の戦う所! 凄いよねっ!」
「……そうだな」
「……」
『リライブ』の青い光でポットデスを包む私の後ろでは感動しているアシマリと重い表情をしたままの『ゆけゆけズ』の姿があった。
『鬼火草原』の突破は達成したものの、皆疲労しているため早々に休むことに。テントの中、インテレオンと私は並んで横になっていた。
「アシマリのお陰で明日には『サマーリゾート』に到着できそうだね」
彼女の持ってる『サマーリゾート』の座標が登録された『あなぬけのたま』。流石に現在地からはまだ距離がありすぎるがもう少し近付けば飛び立てるようだ。
「……うん」
しかし素直に喜ぶことは出来ない。いい話はそれぐらいで、悪い話が多いのだから。
「ヒバニーとチコリータ……まだ仲直りしてない」
「……ああ、そうだね」
かなり喧嘩の遺恨が残ってしまっているようで、気を遣った『ロイヤルズ』の提案で今夜はヒバニーとキングラー、チコリータとアマージョが組となって眠っている。
「厳しい言い方かもしれないけれどこれもまた彼らへの試練かもね。一緒に行動する以上ぶつかり合うこともあるさ。『リライブ』を周りに知られるリスクとかで僕とキミも散々ぶつかったしね」
「……でも完全に仲違いしちゃったら……」
「そうなる前には介入は必要だけれど……。周りが無理矢理仲直りさせても心の底では納得できないだろうからね……もう少し皆で二匹を見守ろう。ルーアも頼めるかい?」
「……分かった」
私を助けてくれた『ゆけゆけズ』が危機に陥っている。二匹のために私が出来る事ならなんだってやりたい。
私が……出来る事?
……何がやれるの?
だって今は……。
「ランドセル、また使えなくなっちゃった……どうしよう」
「沢山道具をエネルギーに変換したのにすぐ切れちゃったんだよね……『カプ・コケコのギルド』でも『エネルギー変換の壺』はあるだろうけど根本的な対策にはならないだろうな」
枕元に置いてある水色のランドセル。ダンジョンを突破した後も揺すってみたがやはり道具を取り出すことが出来なくなっていた。
「確か『追放の遺跡』で手に入れたんだよね?」
「うん……」
「ポケモンが入れない以上、僕にもお手上げだな……」
「……」
他とは違うダンジョンで手に入れた道具故に普通にエネルギーを注入するだけではダメなのだろうが、だからといってどうすれば良いのかは見当もつかない。また『追放の遺跡』に行って対処法を手探りで見つけるしかないのだろうか。
それに『追放の遺跡』に行くと言っても、私達は既に『スプリングタウン』からかなり離れた地点まで移動してきている。今から戻る訳にはいかない為、少なくとも『サマーリゾート』で活動している間は私はまともに道具が使えない状態で行動しなければならないのだ。
それだけでも不安であるのに……。
「『ナイトスター』でさえ歯が立たない黒い表皮の存在……何なんだろう」
「ああ、それに関しては本当に謎だらけだ。『サマーリゾート』に着いたらすぐに報告するつもりさ」
『つめとぎ山』にて戦ったメガスピアーと同様に黒い表皮、紫の瞳、紫のラインを持つ何者か。ポケモンですらない可能性もあるが、ドラミドロが語る所によるとニンゲンともかけ離れているようだ。
「事態がどう転がるか分からない……『サマーリゾート』への滞在も長期化するかもね……」
「……」
インテレオンとの旅行のつもりだったのに、こんな事になるとは。
そしてこれから先、どうなるのだろう……。
強い日差しが大地に照り付ける。
日が昇るにつれ気温もぐんぐん上昇し、湿度も高く真夏の如くムシムシしている。
「ううっ……暑いぃ……」
私の全身からダラダラと汗が流れるのに両手が使えず拭うことすら出来ない。元の世界では夏にはクーラーや扇風機で暑さを凌いでいた身であり非常に苦しい。裸だからマシかと思いきや肌に直射日光が当たり焼けてしまいそうだ。
「ルーア、大丈夫かい……?」
「暑いよぉ……手錠が熱い! 首輪も熱い! 靴下とブーツで蒸れるぅ!」
小声で尋ねてくるインテレオンに私も小声で助けを求めた。
「だけどこの暑さはみずタイプの僕にも厳しいな……キングラーやアシマリは平気?」
「慣れてるから大丈夫だよー。この日照りだとバルーンも出し辛いけど……」
「『スプリングタウン』はここまで暑くならんしなぁ。休み休みいこか」
キングラー達はそう言うが、やはり水分が汗で流れ出るのは辛いらしく昨日ほどの元気は見せていない。
「おほほほ、皆さんは無理をしないように。こういう天気ではくさタイプとほのおタイプはむしろ元気になりますよ。そうでしょ二匹とも」
「えっ、あ……おう!」
「そ、そうね。あたし達がしっかりしないと」
少々不安はあるものの、もし何かあればヒバニー達に頼りたい所だ。
「……ねえ、休憩欲しい…!」
その時後ろから聞こえてくるアノホラグサの声。いくらくさタイプであっても辛いのだろうかと考えながら振り返ると私はギョッとする。
「溶けますわ~」
「ひぃぃぃぃっ!?」
オロオロするアノホラグサの隣でマホイップのクリーム状の体がドロドロに崩れ始めており、私は思わず悲鳴を上げる事になった。
「はぁぁ、天国ですわ」
インテレオンの『れいとうビーム』で作った氷にくっつきながら、元の形状に戻ったマホイップがリラックスした様子で言う。
「涼しいねー」
「助かるわーインテレオンはん。エンペルトもこおり技覚えとるのにこういう事してくれへんねや」
「どういたしまして。それで……『あなぬけのたま』が届く範囲まであとどれぐらいだい?」
「おほほほ、そう遠くありません。あそこにある低山を一つ越えれば範囲に入ります」
「木々沢山、日光も多少マシっぽい」
アマージョが指さす方向を見ると、確かに緑に覆われた小さな山がある。『つめとぎ山』よりはるかに小さく、そもそもダンジョンではないのなら通過は容易いだろう。
「そうだ皆!」
そこでアシマリが元気よく声を上げ、一同の視線を集める。
「あの山には不思議な祭壇があって『サマーリゾート』周辺の観光スポットの一つなんだよ! 折角『スプリングタウン』から来たんだから見て行こうよ!」
「ちょっと、あたし達別に観光に来たわけじゃないのよ……」
「祭壇って?」
そんな提案にチコリータが首を振る隣でヒバニーがアシマリに質問した。
「うん、伝説のポケモンを祀る祭壇なんだ! その昔、災厄から守ってくれた事へ感謝するためにポケモン達が築いた……っていう言い伝えだよ」
「ファイヤーやカプ・コケコも伝説のポケモンだけど、また別なのか?」
「ファイヤー達は伝説に出てくるぐらい強力な力と希少性を持つポケモンです。個体数こそ非常に少ないものの、遠く離れた大陸には同種の仲間がいる……という噂なんですよ」
元の世界では伝説のポケモンはあくまで伝説でしかないと考えていたが、この世界ではある程度は身近な存在であるらしい。私もそこまでポケモンの生態には詳しいわけではない為、もしかしたら元の世界でも同様だったのかもしれないが……。
「祭壇で祀られてるポケモンがどんな姿でどんな力を持ってるかまでは具体的には分からないけれど……遥か昔の祭壇なんて滅多に無いし見て行って損は無いと思うよ!」
勧めてくるアシマリを前にマホイップは顎に指を添えた。
「どうします? ドラミドロ」
「なぜあたくしに……どちらでも構わないわ」
「しかしチコリータも言ってた通り僕達は遊びに来たわけじゃ……」
「ええやん、行きましょ! こっちのギルドの都合でルーアはん達を呼び寄せたようなもんやし、役目だけ果たさせてちっとも娯楽に触れさせんのはあかんわ!」
インテレオンが申し訳なさそうに言うが、キングラーは笑顔でアシマリの提案に乗る。
「キングラーの言う通りです。どうかチコリータもインテレオンもあまり気負い過ぎずリラックスしませんか? 出来れば『サマーリゾート』で楽しい思い出を作ってくれると嬉しいのです」
アマージョもそう続け、チコリータ達は顔を見合わせた。確かにアマージョ達からしてみれば自分達の町へ呼び寄せた相手がつまらなそうに過ごしていたら気になってしまうだろう。
「そこまで言うならお言葉に甘えてもいいかもしれないけど……ルーアはどうかな」
「えっ……ええっと、行ってもいいかな」
折角提案してくれたアシマリ達に悲しい顔をさせるのは心苦しいし、何よりインテレオンと共に楽しい思い出を作れるかもしれない。
「ルーアまで……ちょっとアシマリ、あなた救助対象のタマタマを町に連れ帰る途中でしょ? 救助隊としての心構えがなってないんじゃない?」
「えっ……」
溜息をついたチコリータがアシマリに詰め寄り詰問を始める。
「おいチコリータ、そんな言い方しなくてもいいだろ! それに俺達だって『清流森林』でルーアを救助してダンジョン内連れ回したじゃんか!」
しかしそれを庇ったのはヒバニーだ。
「アシマリ、是非祭壇に連れて言ってくれよ! 俺達、冒険譚とか物語とか好きなんだ! 本屋に通い詰めるぐらい!」
「ヒバニーくん……分かったよ!」
「なっ! ひ、ヒバニー……まさかそいつの味方を…」
そして彼はチコリータに背を向け、アシマリへ笑顔を向ける。
「あ、僕達なら大丈夫だよ。あの祭壇の周りは清涼な空気に満ちていてね、『スプリングタウン』から来たのなら見て行って欲しいよ」
タマタマもまた提案に同意し、チコリータは複雑な表情で引き下がった。
(本当にあの二匹、大丈夫なのかな……)
今は見守るべきだと言われたが、どうしても心配でならない。
(絆や信頼はいくら築き上げても、何かあったら一瞬で崩れ去っちゃうんだから……)
その気候ゆえに『スプリングタウン』周辺とは異なる植生をしている山の中を進み続ける事数十分。
「見えて来たよー!」
アシマリが指し示す先には森の中には似つかわしい石畳の地面が存在している。隙間からは植物が生え表面は苔が覆っており、確かに長年の歳月を歩んできた遺跡であることが見て取れた。
「すぅー……はぁー……」
私は大きく深呼吸。周囲の川によるものか心地良い涼しさの空気が肺に流れ込む。
「祭壇は……あれか」
石畳の道を進んでいると、隣を歩くインテレオンが顔を上げた。
滝壷のすぐ傍に築かれた祭壇。遥か古代の建造物故か所々朽ちてしまっているものの、厳かな雰囲気に圧倒されてしまう。
「おお……」
「すごい……」
感嘆した様子で祭壇を見上げるヒバニーとチコリータ。
「だよねだよね! ほらこっちに石碑もあるよ!」
「おっ、伝説の話か?」
「ちょっと待って、あたしも見たい!」
アシマリと共に彼らは祭壇の脇へと走っていく。ここへ来ることを渋っていた筈のチコリータだが、むしろヒバニーよりもワクワクしているように見えた。
「お宝ない?」
「もう、流石に怒られますわよ」
「はっはっは、お宝あったとしてもぜーんぶ持ってかれとるわ!」
『ナイトスター』や『ロイヤルズ』も各々思うままに祭壇の周りを散策しているようだ。
「そういえばルーア、『追放の遺跡』もこんな感じの遺跡群だったの?」
「いや、全然違うかな……。あっちは私達の世界の建物に近かったよ」
『追放の遺跡』は学校が朽ちた姿をしていたが、ここの祭壇はテレビ番組で見た遺跡のように古代の建築様式で築かれたもののように見える。
「……折角だからスマホで写真とか取りたいのに」
「仕方ないさ、しっかり目に焼き付けておこう」
インテレオンと記念撮影でもしたいのだがランドセルが閉じたままではそうもいかない。少し残念に思いながら視線を動かすとレリーフが視界に入る。長き歳月であちこちが欠けてしまっており全容は分からないが、太陽のようなものが描かれている部分が辛うじて残っていた。
「なんだろこれ?」
「うーん、これだけじゃ何とも……僕達も石碑を見てみようか」
石碑の方を向くと、ようやくヒバニー達が読み終えたらしく丁度空いている状態だ。私はインテレオンと朽ちた石碑の前に立ち内容を見てみる。
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………………の伝説
………………広がりし時、………………災厄舞い降りる。
…………司るポケモン、……………………彼の災厄退けん。
………………は役目を終え、……………………去る。
忘れるなかれ、その名は……………………。
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「……殆ど朽ちちゃってて全然分かんない」
「だね……」
忘れるなかれと言われても、名前も分からないのだから覚えようがない。
「俺は『万物を司るポケモン』だと思うぜ」
「アルセウスって言いたい訳?」
「何それ何それ?」
溜息をつく私達を尻目にヒバニー達はワイワイと考察をしているようだ。
「役目を終えて去って行った……今も『歪みの穴』現象で大変なんだから助けに来てくれたりしないかな?」
「この祭壇がいつ築かれた物かも分からないからね。その伝説のポケモンはもういなくなってしまったかもしれないし、期待は難しいかもしれないな」
私の言葉にインテレオンは肩を竦めながら返してくる。
(……それとも、既にこの世界のために手助けをした後なのかな)
『リライブ』の力を持つ私をこの世界に連れてくる、という形で。
(……考えるの、やめよう)