月も星も見えない夜。
天候は大きく崩れ、暴風と豪雨が襲い掛かってくる。前方の海は普段の美しさが嘘のように大荒れしており、真っ黒な雲の間を雷が駆け巡っていた。
「ヒバニー、平気?」
「おうよ。あの道具もあるしな」
『ゆけゆけズ』のチコリータとヒバニーが頷き合った。
「そろそろインテレオンさんの言っていた時刻ですわね」
「……警戒」
『ナイトスター』のマホイップとアノホラグサが水平線を睨みつける。
「無理をしないようにね、チルタリス」
「ありがとう、でもこの町を守るためにやるよ」
ドラミドロとチルタリスも嵐に怯まず持ち場についていた。
「……」
しかし、私の傍にインテレオンはいない……後方のキュワワー達医療班の下で休んでいるのだ。『海底の地割れ』から返って来た時にやたらと疲れていた様子だったのは殆ど眠らずに諜報を続けていたためであり、今は疲労回復にあたっている。
『サマーリゾート』前の海岸……この防衛線には他にも『ロイヤルズ』や『エキサイト』、『ダマシチャウ』や『ダンシング』、『げんきズ』といった救助隊の姿もある。
それだけではなくラプラスやネッコアラ、スターミーにハハコモリを始めとする町のポケモン、更には町の危機を聞いて駆け付けた『椰子の木ビーチ』のバタフリー達まで。
「……来たね」
カプ・コケコが呟く。
彼の視線の先……波打つ水平線に黒い島影のようなものが現れていた。
(いや…違う、島影じゃない……)
島のように見えるがそれはどんどん近づいて来ている。
それでは船なのか?
否、あれは。
「……でけぇ、ホエルオーか!」
下手な船を上回る巨体を誇るうきくじらポケモン。
そしてその背には妖しく光を放つ小柄なポケモンが座っていた。
「あれがマナフィね……海に生きる幻のポケモン!」
カプ・コケコの話によるとマナフィは『幻のポケモン』とも呼ばれるポケモンの一つで滅多に姿を見る事は無いのだという。
「周りにも続々出て来ましたわね……!」
ホエルオーの周りにも『海底の地割れ』からやってきた凶暴化ポケモン達が次々と姿を現してくる。ダンジョン内でも出会ったジーランス、ハンテール、サクラビス……!
更にウデッポウやプルリルなども大量に現れている……とてつもない数だ。
インテレオンが語っていた『サマーリゾート』への襲撃。
『海底の地割れ』に住む全ポケモンが軍団となり、ダンジョンの外へ出てこの町を襲うという尋常ではない事態。彼の得た情報ではそれを立案したのはマナフィ自身であり、周りのポケモンも当然の如く同調しているとのことだ。
相手のトップは当然、蒼海の王子マナフィ。
更に四海と呼ばれるポケモン達……古海のジーランス、猛海のハンテール、麗海のサクラビス、巨海のホエルオーが小隊を率いる隊長であるようだ。そして他のポケモン達も含め総戦力は五百近くに上るらしい。
『サマーリゾート』の防衛線に立っているのは五十に届かないぐらい……実に戦力差は十倍だ。
けれど。
「はああああああああっっっ!!」
ギルド長カプ・コケコが稲妻の如き速度で『海底の地割れ』軍団の中へと突っ込んでいく!
「っ! 散開しろ!」
ハンテールが咄嗟に叫ぶが、カプ・コケコは既に敵軍の真っ只中だ。それと同時に特性『エレキメイカー』により海に電気が駆け巡り始めた。
「町を滅茶苦茶にするのは許さないぞーっ!『ほうでん』!!」
そしてカプ・コケコはその身体から激しい電撃を周囲に放つ!
「ぐわあっ!」
「ぎゃあっ!」
次々と凶暴化ポケモン達が放電に巻き込まれていくが、それを見かねたホエルオーが大きく口を開いた。
「『ハイドロポンプ』だよぉぉぉぉ!!!」
「っ!!」
まるで滝のような勢いの水流に吹き飛ばされるカプ・コケコ。すぐに空中で体勢を立て直すものの『ほうでん』が中断されてしまっていた。
「あまり密集するな!少しずつ分かれて町へ向かえ!」
ハンテールが改めて指示を出し、凶暴化ポケモン達は次々とこの防衛線へ向かってくる!
先程の電撃で結構な数のポケモンが撃破されたが、それでもまた何倍もの戦力差は残ったままだ。
「行くわよ、『ヘドロばくだん』!」
「分かったよ、『りゅうのはどう』!」
続いて『海底の地割れ』軍団目掛けてドラミドロ達が技を発射し始めた。
しかし向こうからも『みずのはどう』や『バブルこうせん』が飛んで来ており、撃ち合いの様相を醸し出している。
「『ひかりのかべ』っ♪」
そこへ『ダマシチャウ』のバリヤードが味方を守る壁を生成! 迫って来ていた水の技が次々と壁にぶつかっていく……相手にしていた時は厄介だったがそれは味方だと頼もしいということだ。
「『いしのつぶて』もどんどん投げろーっ!」
こちらの勢力は更に道具も扱って迎撃するのに対し、向こうからは道具は飛んでこない。これはインテレオンが諜報の合間に道具の奪取を行っていてくれたお陰だ。枝やふしぎだまも使われる心配がないのはかなりありがたい。
「ちっ……面倒な壁貼りやがって!」
だが真っ先に上陸して来た猛海のハンテールがバリヤードに襲い掛かる!
「『はっぱカッター』!」
「こっち見ろ! あんたの相手は俺達だ!」
その妨害を行うのは『ゆけゆけズ』だ。
「へっ、チビ共が……だったらまずお前達を海に呑み込んでやるよ!」
葉の刃を尻尾で弾き飛ばしたハンテールはズラリと並ぶ牙を剥いて彼女らに向かった!
「『タネマシンガン』……あれ?」
アノホラグサは凶暴化ポケモン達目掛けて種を乱射していたが、その種が空中で制止しそのまま海へポトリポトリと落下して行ってしまう。
「……止めたのはあなたですわね?」
マホイップが睨みつける先……そこには『ねんりき』を発動した麗海のサクラビスが宙を泳いでいた。その手前にはリリーラ達が護衛の如く立ち塞がっている。
「そうでしたらどうしますか? 降参ですか?」
「うふふ、まさか」
サクラビスの問いに対してマホイップ達は戦闘態勢に入った。
「爺さん、帰った方がええで。ダンジョン内で『エキサイト』に叩きのめされた聞いとるわ。まだ回復しとらんとちゃうか?」
「邪魔をするな、若造共が」
古海のジーランスおよび護衛のアノプス達の前に立ち塞がるのは『ロイヤルズ』のエンペルトとキングラーだ。
「この町を襲う理由が何であれ、その悪行を許す訳にはいかない」
エンペルトから鉄のように冷たい眼光を向けられるがジーランスは突進の体勢に入る。
「ふん、愚かな若造よ。わしが直々にその根性を叩き直してくれようぞ!」
「行くぞっ、『めざめるダンス』!」
「邪魔しないで、『げんしのちから』!」
「おら『ひのこ』っ!」
「効かん! 『からではさむ』!」
他の救助隊ポケモン達も次々と上陸して来た『海底の地割れ』軍団と戦闘を開始。辺りでは激しいバトルが繰り広げられていた。
そして肝心のマナフィはまだ海の上におり、ホエルオーと共にカプ・コケコに対峙している。
「……」
『海底の地割れ』のポケモン達は何故かリライブしても私達への敵意が収まらない。そのため今回の戦いでは私は足手纏いになる為、夕方のギルドでの作戦会議の時は下がった方が良いのかと考えていた。
しかし、そこでカプ・コケコが一つの予測を挙げたのだ。
(……通常のポケモンとは異なる幻のポケモン、マナフィ……もしかすると彼が凶暴化していることで周りのポケモンにも影響を与えているのではないか。そしてマナフィをリライブできればその影響を止められるのではないか……)
あくまでも予測ではあるが、『海底の地割れ』が他のダンジョンと異なる点は幻のポケモンの存在の有無。失敗してしまうのではと思ったが、周りのポケモン達が『その時はその時、また別の手段を考えればいい』と言ってくれた。
それなら……私は『海底の地割れ』のポケモン達を元に戻すため、挑戦するだけだ。
「ラプラスさんっ、お願いね!」
「無理だと思ったら言ってよ。『あなぬけのたま』で緊急退避するから」
「任せて下さい」
オオタチ、ランクルスと共に私はラプラスの背中に乗る。
「ゆくぞっ!」
そして掛け声を上げたイルカマンと共にラプラスが高速で泳ぎ始めた! そのスピードと嵐の強さに振り落とされそうになるが私は必死に耐える。
向かう先にいるのは巨海のホエルオーと蒼海の王子マナフィだ。
「お前達、王子の下へ……ぎゃっ!」
途中、シェルダー達が妨害しようとしてくるがラプラスの『10まんボルト』で撃破されていく。そしてあっという間にホエルオーの巨体が目の前まで接近。
「ジェットパンチ!」
「おおおおおおおおっっっ!?」
そして不意打ち気味にイルカマンが水泡で出来たグローブをロケットパンチの如く発射し、ホエルオーを怯ませた!
「わっ!?」
彼の背に乗っていたマナフィも落とされ、慌てた様子で体勢を立て直し宙に浮く。
「よくもぉぉぉぉ!! 『ハイドロポンプ』!!」
「ぬうううっ! 強烈!」
怒りの咆哮を上げたホエルオーの攻撃を正面から浴び、流石のイルカマンも体勢を崩した。
「やっと邪魔が入らなくなったねっ? さあ、蒼海の王子とやらの実力、見せて貰おうかなあっ!?」
「守り神だか何だか知らないけど……僕の王宮に何度も刺客を差し向けた事、その身をもって償わせてやる!」
そしてカプ・コケコの『ほうでん』とマナフィの『ウェザーボール』がぶつかり合う。伝説と幻の戦いの余波で波が大きく揺れ、ラプラスの背から落ちてしまいそうだ。
「『このゆびとまれ』っ!」
「なんだぁぁぁぁっ?」
私の前に座るオオタチは大波にも耐えながらホエルオーの注意を引きつけた!
「『インファイト』!!」
そしてその隙に懐へ飛び込んだイルカマンが超高速連打を繰り出す!
「……ッ、『とびはねる』ぅぅぅぅぅ!!」
大きく仰け反りながらもホエルオーはその巨体を海面から大きく跳び上がらせた。
「まずい、離れます!」
ラプラスは咄嗟に危険を察知し、相手の落下地点から距離を取り始める。
そしてホエルオーが勢いよく着水すると同時に激しい波紋が海に広がった!
「あっ……!」
その勢いに耐えられず私はラプラスから落ちてしまう……っ!
「大丈夫!?」
「あ、ありがとう……!」
しかしランクルスがゲル状の腕を伸ばして私をキャッチしてくれた。あのままでは海に真っ逆さまだっただろう。
「……あれっ!?」
再びラプラスの背中に戻り、落ち着いて辺りを見渡した所で私は目を丸くする。
イルカマンはどこへ?
「……あ!ラプラスさん、あそこ!」
オオタチの指さす先を見ると水面に浮かぶ一匹のポケモンがいた。
(え? ナミイルカ?)
志願したポケモン以外は避難をしている筈なのにどうしてこんな所にいるのだろうか。友達であるイワンコ達のために助けに来たのか?
「うぉぉぉぉっ!」
そんな仮定ナミイルカに対し、ホエルオーが『のしかかり』を仕掛けようとしている……! ここからではラプラスが急いで向かっても間に合わない……!
「投げてっ! ランクルス!」
「行ってらっしゃい!」
その時、ランクルスがオオタチを掴んで勢いよくホエルオー目掛けて投げ飛ばす! オオタチはホエルオーの背中に乗ると『みだれひっかき』を繰り出し彼の攻撃を妨害し始めた。
「えいえいっ!」
「やめるんだぁぁぁ!」
「よし、間に合いました!」
その隙に私達はナミイルカらしきポケモンのすぐ近くまで到達。
「どうしよう、逃がした方が良いのか一緒に戦って貰う方が良いのか……」
「……」
悩む私の隣でランクルスは『プチふっかつのタネ』を海に浮かぶポケモンに乗せた。
種から放たれる光に包まれナミイルカらしきポケモンは目を覚ますものの、私達を見ると気まずそうな表情を浮かべる。確かに友達を助けようとしたのに簡単に倒されてしまったというのは辛いものがあるだろう。
「大事なのはハートだ! ……でしょ、ヒーロー」
するとランクルスが満面の笑みで決めポーズを取り彼を励ます。
その言葉はイルカマンがよく言っていたものだ。
「……っ、うん!」
言われたポケモンは精悍な表情で頷くと、その胸元にあるハートを力強く光らせながら海中の底へ。海上からでも分かるその光はオオタチを振り落とそうとするホエルオーの下へ移動し……。
「ネバァァァ! ギブアァァァッッップ!!!」
胸部のハートを輝かせるイルカマンがホエルオーへとアッパーカットを見舞った!
(……え、もしかして私がずっとナミイルカだと思ってたポケモンって……?)
「よいしょっと」
「ありがとっ、ランクルス!」
そして落下して来たオオタチもランクルスがしっかりキャッチ。
闘志を滾らせ、イルカマンは町を守る為勇猛果敢にホエルオーへ連撃を放つ!
そして。
「はああっ! 『ジェットパンチ』!!」
イルカマンの一撃がホエルオーにクリーンヒット!
「くおぉぉぉぉぉん……ッ!!」
巨体を持つホエルオーは咆哮を上げながら遂に撃沈するのであった。
これで敵の幹部を一体撃破出来た……と思った刹那。
「うああああっ……!!」
タイプ相性もありカプ・コケコに押されていたマナフィが頭を押さえ、ブルブルと身を震わせ出していた。その表情はまるで何かに苛まされているようなものでありとても苦しそうだ。
「あ、あ……アァァァァァ!!!!!」
そしてマナフィが絶叫を上げると同時に、その目が紫一色に輝き始めた!
「お、王子……!?」
その変貌ぶりに周囲にいたシェルダー達が目を丸くするが、マナフィは恐ろしい形相で技の体勢に入る。
「『ウズシオ』ォォォォ!!!」
彼が叫ぶと同時に渦が起こる!
「なっ……!?」
しかしその規模は『海底の地割れ』で見た時よりも遥かに巨大になっており、私達はおろか防衛線近くにいたポケモン達まで巻き込み始める!
「王子ぃ!? 僕達まで巻き込まれてぇ!?」
マナフィは仲間である筈のシェルダーやウデッポウ達まで渦に巻き込み、どんどん回転を激しくしていた。
「い、いけません……これでは……!」
そしてラプラスも必死に渦の外へ向かおうとしているが、渦の流れが激しくどんどん中心へ引き込まれている。
「どうしよう、『あなぬけのたま』を使う……!?」
「でもイルカマンや他の皆も!」
想定外の事態にランクルス達が必死に対策を考える中、流されていくオドリドリやアノプスの姿が私の視界に入る。
(マナフィを止めないと……! でもどうやって……!?)
「やめろーっ!!」
その時、嵐の中でも褪せない橙色をしたカプ・コケコがマナフィの下に向かっていく。
「『ブレイブバード』ッ!」
「『ウェザーボール』ゥゥウゥゥ!!!」
しかしマナフィは先程までより明らかに巨大な雨の弾丸を撃ち込み、カプ・コケコを渦の中に叩き落としてしまった。
「『ウェザーボール』がホエルオー並みに大きいなんて……! マナフィ、間違いなく暴走してる!」
オオタチはマナフィを心配するような表情で見上げる。このままでは私達が危険なのもそうだが、マナフィ自身も破滅してしまうだろう。
「……あっ!」
何かに気付いたランクルスが突然ゲル状の腕を海面へ伸ばす。一体何をするつもりなのかと思っていると、渦に流されてきたポケモン達が彼女の腕に止められた!
「げ、ゲホッ! ゲホッ!」
「ら、ランクルス……!?」
それはヒバニー……そしてチルタリスであった。
「ヒバニー! チコリータは!?」
「あいつも渦に……畜生、どうすりゃ」
「ドラミドロ達もだよ。早く渦を止めさせないと!」
ラプラスの上へ引き上げられた彼らもまた悔しそうに上空を見る。
雷が走る黒雲、荒れ狂う大渦に挟まれたマナフィはもう限界であるのに、狂ってしまったかのように技を継続していた。
……限界。
そうか。
「……マナフィ、休ませてあげよう」
私の呟きを受け、この場にいるポケモン達が視線を向けてくる。
そして私はマナフィを止めるための手段を提案。成功するかどうかは分からないし、失敗したら非常に危険である作戦だ。
「……うんっ、分かったよルーアちゃん!」
「やろうぜ! このままじゃ俺達だって海の底だもんな」
「力を合わせてマナフィを止めよう!」
しかしポケモン達は凛々しい表情で私の提案に乗った。
「皆……ありがとう」
そんな彼らに私自身も……とても勇気づけられる。
「それじゃ……ランクルス! また投げてっ!」
「……ごめん、よろしくオオタチ!!」
申し訳なさそうにしつつも、ランクルスは自らのチームメンバーを力強く投げ飛ばした!
渦の範囲から脱出するには飛距離が足りない……このままでは彼女は渦に真っ逆さまであろう。しかしランクルスが仲間を投げ飛ばしたのはそれが目的ではない。
「はーいマナフィ見て見て!! 『このゆびとまれ』っ!!」
「ッ!」
そんな状況下であるにも拘らずオオタチは笑顔で指を振り、マナフィの気を引いた!
「『ひでりだま』!」
「お願いします、『ふきとばしのえだ』!」
ヒバニーから託されたふしぎだまを私が使うと同時に、ラプラスも枝を振るう!
「うおおおおおおっ!!」
枝の光弾を受けたヒバニーは勢いよく眩い光の中を突き進む! 『ひでりだま』の効果で生まれた疑似太陽により雨は蒸発し、熱い日差しが広がっているのだ。
「……!!」
オオタチ目掛けて『ウェザーボール』を撃ち込もうとしていたマナフィだが、突然の天候変化で技の性質が大きく変化し驚き戸惑っていた。
逆にヒバニーの身体からは火花が散り出し、最終的には炎に包まれマナフィの下へ一直線に向かっていく!
「『ニトロチャージ』っ!!」
『ひのこ』を無理に使った後遺症により足先への炎収束が使えなくなった彼だが、それで諦めずに体全体に炎を纏う手段……新しい道を切り開いたのだ!
「ガアアッ!?」
光の中ヒバニーがマナフィへ激突し、大きく仰け反らせた。しかし暴走しているマナフィは弱りつつも倒れず、逆にヒバニーは推進力を失って海へと落ちていく。
だが、これで万全だ。
「……!」
マナフィが気配を感じ振り返った先ではチルタリスが飛翔していた。
「ああ気高き海の王子、民を率いる勇敢な王子」
チルタリスは敵ではなく幼いポケモンをあやすかのように歌い始める。
「けれどあなたは幼き子、眠り休む時間です」
マナフィの紫に輝く目が瞼で覆われてゆく。
「暖かき太陽の下、海のゆりかごで眠りましょう、心安らかに眠りましょう」
チルタリスの『うたう』を受け、マナフィが完全に瞼を閉じる。
「行って来て、ルーア!」
「うん!」
小さな身体を落下させていくマナフィ目掛けてランクルスが私を投げ飛ばした!
まっすぐマナフィのもとへ向かう私……だが。
「王子に何をする気だぁぁ!!」
渦巻く水面から飛び上がって来たのはハンテール……牙が生え揃った大口を向けて迫ってくる。
(……あ)
折角みんながチャンスを作ってくれたのに、私は……。
「はあっ!!」
「があっ!?」
ハンテールが蹴飛ばされ、再び渦の中に落ちていく。
「ルーア! 頼んだよ!!」
そう叫びながら同じく渦の中に落ちていくのはインテレオンだった。彼もまた『うずしお』に巻き込まれたようだが『とんぼがえり』で私のフォローをしてくれたのだ。
「……ありがとう、インテレオン」
もう、妨害する者はいない……遂に私の身体がマナフィのすぐそこまで近づいた。
凶暴化により身に覚えのない意思を受け付けられ、制御すら出来ずに苦しんでいただろう蒼海の王子。必死に『海底の地割れ』を、そしてそこに住むポケモン達を町から守ろうと無理ばかりして頑張っていたのだろう。
もう使命感に囚われなくてもいい、休んでいいんだ。
マナフィの身体を青い光が包み込んだ。
海に落ちる寸前で私の身体が宙に留まる。それどころかチコリータやオドリドリなど……救助隊や町のポケモン達の身体が次々と海の中から浮かび上がりだした。
「……ごめん、『サマーリゾート』のみんな」
謝罪の言葉を述べるのはマナフィだった。彼が力を使って私達を浮かせているようだ。
「そしてありがとう……僕を凶暴化から解放してくれて」
マナフィが語る下……渦が消えた海から一匹のポケモンが現れる。
「きゃっ!?」
「こいつら! いい加減に……!」
またもやハンテールが勢いよく飛び上がって宙に浮くチコリータに噛みつこうと牙を剥いた!
「やめんか馬鹿もん!」
だがそれを『とっしん』で妨害するジーランス。他にもチョンチーやウデッポウ、アノプスなどが他の『海底の地割れ』軍団のポケモンを止めようと戦い始めていた。
「な、何が起こってんだ?」
「……詳しい事は後でちゃんと説明しよう。今は『海底の地割れ』に住む皆を凶暴化から解くために手を貸してくれないだろうか」
「でもリライブしても……」
「いや、今はもう戻せる。それについても後で話すよ」
困惑するヒバニーや私に対し、マナフィは先程まで暴走していたのが嘘のように落ち着いていた。
「ならば水中戦か! 『ダイビング』!」
「しゅばっ! 私も『ダイビング』!」
イルカマンとスターミーが水中活動の為の技を放ち、救助隊や町のポケモンへ加護を与える。
「それであれば、もうひと仕事ですわね」
「サクラビス達は倒したけど、他にもたくさん」
『ナイトスター』達を始めとするポケモン達が海へ潜っていく中、カプ・コケコがマナフィを睨みつけた。
「勝手に町に攻め入って来た上に手を貸せなんて……虫が良すぎるんじゃないかな?」
「何も言い返せないよ、罰なら僕がいくらでも受けるさ。だけど猛海たちは被害者なんだ……このまま放っていたら『海底の地割れ』にも戻れず町に襲い掛かってしまいかねない」
「……罰を受ける。その言葉忘れないでよ」
カプ・コケコは目を細め電撃を身に纏うと、海へ飛び込む。
(……私も!)
凶暴化が原因とはいえ、『海底の地割れ』のポケモン達が『サマーリゾート』へ侵攻したのは大事件だ。これにより溝が生まれてしまうのは避けられないだろうが、少しでも深くしないためにもハンテールやサクラビス達の凶暴化を解かなくてはならない。
私もポケモン達の後を追って海へと入り。
その隣には護衛のように付き添ってくれるインテレオンもいた。
軍団の数は五百近くと気が遠くなりそうではあったが、結果としては思っていたよりも早く全てをリライブすることが出来た。マナフィが海のポケモンと心を通わせる力を使い、凶暴化による敵意を押さえてくれたことで救助隊ポケモン達も動きやすかったようだ。
『海底の地割れ』軍団による『サマーリゾート』襲撃という未曽有の事態は、こうして無事に止める事が出来たのだった。
翌朝には嵐も過ぎ去り、『サマーリゾート』ではサンサンと太陽が輝いていた。
「お、会談済んだのか?」
ヒバニーの視線の先にはインテレオン、そして『ナイトスター』達の姿が。
「お疲れ様ドラミドロ」
私や『ゆけゆけズ』達と共に鬼かき氷を食べながら待っていたチルタリスも笑顔で出迎える。
「それでどんな話があったのかしら」
「はい、ではまずマナフィ達の処遇についてですわ」
チコリータに尋ねられたマホイップは席につきながら口を開いた。
「マナフィ以外のポケモン達に関しては、ダンジョン『海底の地割れ』の調査と報告書提出をして貰うことになりましたの。ダンジョンに住む全てのポケモンがリライブされた初の事例ですので、腰を落ち着けてダンジョンの調査を行うようですわ。時折『エキサイト』も顔を出して監督と追加調査を行いますの、これがルーア以外でもリライブできる手段発見の第一歩になるといいですわね」
「そっか」
幸い『海底の地割れ』側の謝罪に対し『サマーリゾート』側も理解を示していたしこの協力で双方の仲が良くなると嬉しい。
「そしてマナフィ自身は暫くこの『サマーリゾート』に滞在して研究に協力することになったわ」
「研究って?」
チルタリスからオウム返しに尋ねられ、ドラミドロは頷く。
「『海底の地割れ』の凶暴化ポケモン達がリライブされても襲って来ていた原因。それはマナフィが『黒装モンスター』に襲われてしまった事にあるの」
「えっ、黒装モンスター!?」
「突然現れあたくし達や『エキサイト』を襲ってきた黒き存在がマナフィの前にも出現したらしいのよ。あたくし達の時とは違って黒装モンスターはマナフィを倒すと彼に針のようなモノを刺して大量のダンジョンエネルギーを注ぎ込んだようだわ」
ランクルスが語っていた、凶暴化ポケモンの体内に悪いダンジョンエネルギーが入り込んでいたという話。まさかマナフィに関しては黒装モンスターにより無理矢理注入されていたなんて……。
「凶暴化ポケモンに共通する『住処を守らなければ』という思い。マナフィの場合は大量にエネルギーを入れられたせいでそれが暴走し『住処を荒らすものを倒さなくては』となったようだわ。あまりにエネルギー量が多いせいで『海底の地割れ』のポケモン達にも影響を与え、『サマーリゾート』を襲うという作戦が実行されるに至ってしまったのよ」
「ルーアのリライブを受けて凶暴化が解けた筈のジーランス達の敵意が収まらなかったのも大量のエネルギーを溢れさせていたマナフィの影響を受けていたからということだね」
「カプ・コケコに追い詰められて完全に暴走、あの『うずしお』、過剰なエネルギーによるもの」
予想通り、やはりマナフィは身に流し込まれた力を抑えきれず苦しんでいたのだ。
「ルーアお手柄。リライブ諦めたら、取り返しつかなくなってた」
「……うん、良かったよ」
アノホラグサに賞賛され私は口端を緩めて頷く。ヒバニー達と協力してマナフィを救う事が出来たのだ。
「そう言う訳で黒装モンスターにエネルギーを無理矢理注入された影響が残ってないか、もしくは何かしら情報が得られないか調査と研究に協力するという話になりましたの」
「なるほどね……どうして黒装モンスターはそんな酷い事をするのかしら……」
「不明……感情一切読み取れない」
今回は無事に済んだが、また別の場所でマナフィのように黒装モンスターによりダンジョンエネルギーを流し込まれる事態が起きたら大変だ。
「と、まあ。今回の会談でめぼしい情報は以上となりますわ」
「『海底の地割れ』の問題も収束に向かいそうだな……んじゃ次は灰色のニンゲン探しだな」
「そうね。アシマリとアマージョを救い出さないと」
ヒバニーとチコリータが顔を合わせて頷き合う。
「……」
『蒼海晶洞穴』で出会ったあの灰色肌の少女は今どこで何をしているのだろうか。
どうにかして彼女とまた出会い……止めてあげたい。
やっぱり……ポケモン達を敵と断定して孤独に生きるなんて悲しすぎるから。