星空の下、あるポケモン達が町に帰ってくる。彼らを待っていた町の住民たちは次々と歓喜の声を上げた。
「あれを見ろ! 『L・G・P』だ!」
「ああっ……ありがとうございます……娘をダンジョンから救い出してくれたのですね……!」
帰って来たそのポケモン達は、親にボロボロのユニランを引き渡す。
そしてユニランを救出した者達自身も、全身傷だらけであった。だが今にも倒れそうなダメージを負っているにも拘らず、彼らはフラつく等の弱みを一切見せず頼もしい笑みも崩さない。
「素晴らしい……あなた方こそヒーローだ……!」
「これが……救助隊の力なのですね……!」
「エンペルトが熱弁していた通り、やはりこの町にもギルドが必要なのか」
そんな光景を遠巻きに見つめていた僕は、ゆっくりと背を向けて立ち去る。
僕の理想は、分不相応だったのだろうか。
僕の夢は、叶えられないものだったのだろうか。
じゃあ……僕のこの心は、駄目なのだろうか。
皮膚が焼けるような陽射し、身体に纏わりつく湿気、うだるような暑さ。僕は気が滅入りそうになるのを耐えつつ、必死に荷物を運ぶ。
「うー……」
その進みは遅く、傍から見れば荷物に押し潰されたポケモンが這いずっているかのよう。
「おいおい、大丈夫か?」
そんな僕を見かねてか、とあるポケモンが声を掛けてくる。小柄だが燃え盛るような闘志を持つ紅蓮のポケモン、カルボウだ。
「俺がこっち持つから、お前はそっち頼む」
「う、うん……ありがとう」
手伝ってくれるらしいカルボウに、僕は小声でお礼を伝える。
僕は今、建材の運搬アルバイトに従事している。本来こういう仕事はかくとうタイプポケモンの得意分野であるのだが、規模が大きい建物であるため日雇いバイトの募集がかけられていたのだ。
その建物というのは……。
「おーい、『ずっしりもくざい』こっちにくれぇ」
「あれ、設計図だとこの柱もう少し離れてなかった?」
「君達は『くさのペンキ』で壁を塗っておいてよ」
この町、『サマーリゾート』のシンボルである巨大椰子の木に集うポケモン達。
彼らが絶賛建築中の建物は『カプ・コケコのギルド』の宿舎だ。
「よいしょっと……これでよし」
「あっ、カルボウ! 手伝ってるの?」
「やっぱりお前もいたかイワンコ」
ようやく荷物を運んだ僕達の下へやって来る薄茶色のポケモン。どうやらカルボウと知り合いらしい。
「君は……ナミイルカかな? 僕はイワンコだよ」
「うん」
「よろしくな、俺はカルボウだ。少し休んだら残りの建材も運んじまおうぜ」
イワンコの問いに頷く僕。彼らは笑顔で自己紹介すると身体を伸ばし始める。
「いやぁ、それにしても壮観だな」
「だねぇ。僕達もいつかここで暮らすのかな」
そしてストレッチの途中、彼らは感嘆の吐息を漏らしながら骨組み状態の宿舎を見上げた。
「ここで暮らすって……君達は……」
僕はまさかと思いながら問い、カルボウとイワンコは笑顔でこちらに向き直る。
「そう、俺達はいつか救助隊になるんだ!」
救助隊。
今、この世界の各地で発生している『歪みの穴』現象により発生したダンジョンに迷い込んだポケモンを救い出す者達だ。
ダンジョン化に巻き込まれた凶暴化ポケモンや、沢山の罠などが待ち受ける危険な土地に自ら飛び込む……まるで御伽噺に出て来るヒーローのようだ。
(凄いな……)
心の内で、ただそれだけを呟く。
凄いなと、呟くだけ。
(相次ぐダンジョン化で生活が苦しくなってるポケモンがいる事は重々承知してる。けれど……そんな誰かを助けるヒーローになるなんて……凄いポケモンだから出来ること)
だから……凄くない僕は町から出ずに漫然と、日銭を稼いで自分のためだけに暮らしている。
それが僕……ただの、ナミイルカだ。
「……」
バイトが終わった後、僕は買い物の為一匹で繁華街を進む。道行く者達の話し声や客寄せを行う者の宣伝が鳴り響く大通りは世界各地で『歪みの穴』現象が起きているのが嘘のように賑やかだ。
(ギルド宿舎建造アルバイトでお金も入ったし、今日は奮発してグミにしようかな? いや、また割のいいアルバイトが見つかるとは限らないし貯蓄に回した方が良いかも……)
そんな事を考えていると、ふと僕を手伝ってくれたカルボウの姿が脳裏に浮かぶ。彼がいなければノルマを達成できず減給されていたかもしれないことを考えると感謝の言葉しかない。
(だけど……どうして? 自分の得にもならないのに、見ず知らずの僕を助けるなんて……救助隊を目指しているから?)
救助隊……いわばヒーローを目指すようなポケモンは損得勘定など度外視して力を貸して回るのだろう。あまりにも眩し過ぎる生き方だ。
「きゃ、きゃーっ!?」
「え?」
僕は聞こえて来た悲鳴につられて見上げる。
なんと、建物の二階の窓から落ちそうになっているポケモン……クルミルがいるではないか!
「ひぃん」
彼女は窓枠にしがみついて必死に耐えようとしているが、身体はぶらついており今すぐに落ちてしまってもおかしくない。
「お、おーい! 誰かひこうタイプポケモンはいないか!?」
「それか受け止められそうなかくとうタイプポケモンは!?」
町のポケモン達はクルミルを救う為に必死に声を掛け合っていた。
しかしクルミルがついに限界を迎え、その身体がまっすぐ落ちていく……っ!
「あ、危なっ……」
「『サイコショック』!」
誰かが技を発動すると同時にクルミルの身体が緑色をしたゲル状の手に掴まれ、宙に留まる。
「ふう、間一髪」
いつの間にか僕のすぐ近くにいたポケモンが安心した様子で呟いた。小さな身体を緑色の液体で包んだポケモン……ランクルスである。彼女は液体の腕を制御してクルミルをゆっくりと地面に下ろした。
「う、うわーん!」
「わ、うわわっ」
だが落ちた恐怖はクルミルの心に根深く突き刺さってしまったのか、彼女は身体を震わせて大泣きし始める。まだ幼いクルミルをどうあやせば良いのか分からず僕は狼狽えるばかりだが、意を決して自らの尾びれに視線を向ける。
水泡のリングで何か芸を……。
「『とぐろをまく』~」
「……う?」
しかし僕が動くより先にクルミルの前に現れたのは長い胴体を持つポケモン、オオタチ。彼女は自らの長い身体をクルミルへ優しく巻き付ける。
「わ~」
滑らかな毛並みに包まれたクルミルは泣くのも忘れて幸せそうな笑みを浮かべた。そして間もなく親らしきハハコモリが現れてランクルス達に泣きながら謝礼を伝える。
(……なんだ、僕なんかいなくたって)
僕と比べて遥かに熱意も力もあるポケモンなんてこの世界には幾らでもいるのだ。それなら、彼ら彼女らに任せておけば『歪みの穴』現象だって収まる筈だろう。
熱意も力も無い僕が出しゃばったって、何にもならない……むしろ邪魔になるだけだ。
「おーい、待って待って」
「?」
立ち去ろうとした僕を呼び止めてくるオオタチ。
「さっきはどうも、私はオオタチ! あなたは……」
「……ナミイルカだよ」
「……ふうん?」
何が"どうも"なのかはよく分からないが、自己紹介をする彼女にとりあえず返答する。すると帰ろうとしていたランクルスが振り向いて来るが、すぐに背を向けて去って行った。
「クルミルちゃんを助けたお礼にリンゴを貰ったんだー。あなたも受け取ってよ」
オオタチはそう言って瑞々しい果実を差し出してくるが、僕は首を傾げた。
「僕は何もやってないよ」
「まぁまぁ。あのお母さんも三つ渡してきたんだから! おいしいよ!」
断ろうとするが彼女は無理矢理手渡してくる。
(成果を出したランクルスとオオタチで残りの一個を半分に分ければいいのに)
笑顔で立ち去っていくオオタチを眺めた後、僕は断り切れずに受け取ったリンゴに視線を落としてため息をついた。
分からない。
どうして今回も、かつても結果を出せなかった僕まで賞賛しようとする?
『サマーリゾート』の郊外である海岸。町の中心部に面した美しい砂浜とは異なり岩礁が海から突き出る区画には疎らにポケモン達の住処が築かれている。
「……」
その内の一つ、海水が流れ込む洞穴のような住処にて僕は床に就こうとしていた。明日も早朝からバイトを探さなければならず夜更かしは厳禁だ。
(いい加減に、定職につくべきなのかな)
日雇い・短期のバイトをこなす不安定な生活をいつまで続けるつもりなのかと、僕は自分自身に問いかける。
「……」
しかし僕はその問いに答えられず力無く溜息を吐いた。視線を動かすと洞穴の隅に乱雑に置かれた紙、そしてトレーニング用のみがわり人形が見える。
(……もう、諦めないと)
そして、逃げるかのように閉目。
「……う、うう」
それなのに、目頭が熱くなってなかなか寝付けない夜を過ごすのであった。
翌日、僕はバイト募集の依頼書が貼られた掲示板を眺めていた。
(……これなら僕にもできるかな)
『ポケモンコンテスト会場の清掃』の依頼書を剥がそうとしたその時、僕はふとすぐ隣にある依頼書の内容が目に入った。
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行方不明捜索依頼
海に出てから帰って来ねえシャリタツ親分を探して下せえ!
親分がいねえとあっしはどうしようもないんでさあ!
北エリアのヘイラッシャより
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(……困ってるポケモンがいる)
清掃の依頼書に伸びていた胸ヒレが止まり、僕は暫し逡巡する。
(……でも、誰かがやるよね。 僕よりも熱意も力もある誰かが)
そう心の中で呟きながら再び清掃の依頼書に視線を向けたその時、後ろから声がかかってくる。
「やあ、確か君はナミイルカだったよね!」
そこにいたのは昨日のバイトで見かけたイワンコだ。
「今日もバイトかな、頑張ってるね!」
彼は笑顔でそう言うと、掲示板を一瞥。
(救助隊を目指してるのならさっきの行方不明捜索の依頼を取るのかな)
やはり自分が出しゃばる必要はないのだと、僕はその隣でさっさと清掃の依頼書を剥がした。
「うーん、やれそうなのは無いっぽい。今日は特訓にしよっと」
「……えっ?」
僕は驚いてイワンコの方を向く。
「きゅ、救助隊になるって言ってなかった?」
「ん?」
「どうして行方不明の依頼を放って……」
キョトンとした顔になるイワンコに続けて問いかける僕。
救助隊は……自分の身を顧みず、苦しむポケモンを積極的に救いに行くヒーローではないのか。
「あはは、僕もカルボウも水は苦手だからね。流石に他のポケモンに任せた方がいいと思ってさ」
彼は少し残念そうに答える。
ヒーローは……どんな困難も、どんなに高い壁も乗り越えてゆく存在ではないのか?
自分の気持ちを捨てて、全てを救済しなければならない存在ではないのか?
何があっても諦めてはならない、逃げてもならない……。
そんな、完璧で完全無欠で……僕とは程遠い存在ではないのか?
「分からない……」
頭が痛くなり、僕は逃げるようにその場から立ち去る。
「あ、あれ? おーい!?」
僕はイワンコの呼び掛けに応える余裕も無く、重い気分でポケモンコンテスト会場へと向かうのだった。
「ナミイルカさんですね、それじゃあ控室、ステージ間の通路の清掃をお願いします」
自らを磨き上げたポケモン達が『かっこよさ』や『かわいさ』といった様々な部門で競い合う『ポケモンコンテスト』。その本選に出るポケモンが通る……未来永劫僕が通る事は無さそうな通路の清掃を開始。ステージは沢山の装飾で彩られていたが、観客の目に入らないこの場所はとても質素だ。だからと言って汚したままにしていたら本選に出るポケモンが埃塗れになってしまうだろう。
(表舞台に出るようなポケモン達を輝かせるための仕事か……)
表舞台。
「……っ」
僕は一瞬顔をしかめるが必死に首を振り、清掃に集中しようとする。
「それでは、予選突破者を発表します。5番、12番、14番、21番の四名です」
その時、とある部屋から声が聞こえてくる。どうやらコンテストの予選を行っていたようで、丁度結果発表がされたタイミングらしい。
「予選突破された方は本選の説明を行いますので部屋に残って下さい」
続けて部屋からゾロゾロと出てくるのは予選落ちしたポケモン達。悔しそうにしている者もいれば意気消沈した者もおり、僕は咄嗟に彼女らの邪魔にならない位置へ移動した。
「……」
「……?」
会場から帰るポケモン達の中に一匹、見覚えがあるポケモンの姿を見つける。あの長い胴体はオオタチだっただろうか。昨日の明るさはどこへやら、トボトボと歩く彼女は僕に気付くことも無く会場の裏口へ向かって行った。
(……それはそうだよね。 夢に向かって頑張ったのに、駄目だったんだから)
理想を原動力に突き進んでいたのに、その理想が自分の手では届かないものだと思い知らされる絶望。
(それは僕も、嫌という程……)
「……っ!」
僕は再び首を振って余計な思考を散らすのであった。
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渾身の一撃。
しかしそれは凶暴化ポケモンに回避され、僕は隙を晒してしまう。
相手からの強烈な反撃を受け、倒れ伏す僕。
救出対象は目と鼻の先……諦められない……!
しかし凶暴化ポケモンの追撃が迫り、僕は恐怖に顔を歪めた。
咄嗟に手を伸ばしたのは……『あなぬけのたま』。
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「……っ」
眠い。嫌な夢を見たせいで、夜中に目を覚ましたきり朝まで眠る事が出来なかった。重い身体を必死に動かしながら掲示板の下へ向かうが既に依頼書はほとんど持っていかれたらしくあまり残っていない。
(落とし物探し、恋愛相談、行方…不明者の…捜索!?)
ボーっとする頭で貼り紙を見ていたが、最後の依頼書を見て僕は目を見開いた。昨日貼ってあったシャリタツの捜索依頼がまだ残っているのだ。
一体何故かと考えるが、すぐにその理由に思い当たる。
シャリタツが向かったのは海。つまり泳ぎが得意ではないポケモンには軽々しく受ける事が出来ない依頼なのだ。イワンコも手を引いていたし、同じことを考えるポケモンが多かったのだろう。
「……」
しかし行方不明ということは緊急性の高い依頼という事。誰もやらないからといつまでも放置されていたらシャリタツの身も危険なのではないだろうか。救助隊が動いていないのも妙ではあるが、もしかするとダンジョン絡みでないと動かないのかもしれない。
「……っ」
昨日は"誰かがやるだろう"と言い訳して見て見ぬ振りをしたけれど……いざ誰もやらないのだと突き付けられた今、僕はどうするべきだ?
(でも、僕は……もう……!)
一瞬依頼書に胸ヒレを伸ばしかけるが、すぐに引っ込める。しかし掲示板の前から立ち去る事は出来ず、ヘイラッシャからの依頼書から目も離せなかった。
(……いや、違う。これもバイトの一つなんだ……誰でも出来る事で、大したことじゃ無いんだ)
僕は自分に必死に言い聞かせながら行方不明捜索の依頼書を剥がし、海岸に向かって駆け出すのであった。
依頼書にはシャリタツが向かったとされる海域が記されており、僕は自らの遊泳能力でまっすぐ向かう。
「……」
暫くは『サマーリゾート』近くを泳いでいたぐらいで、このように大海原を突き進む感覚は久し振りだ。
(身体、鈍ってる……)
かつてのスピードを出せていない自分に嘆息している内に目的の海域に到着……そして何もない筈の海原にポツンと浮かぶイカダを発見した!
「大丈夫!?」
「あ、アンタ……町のポケモン?」
イカダに乗っていたシャリタツは腹減りで衰弱こそしていたが幸い意識は残っていた。
「オレ、店で出す、新しい食材、探してた。けど、持ってきた食糧尽きて、動けなく……」
「ヘイラッシャが依頼出してたんだよ、もう大丈夫」
申し訳無さそうにするシャリタツに頷いて、僕はイカダを押そうとする……が。
(……いけない、今の僕じゃ…!)
町の方角へイカダを押すものの力が足りず、ゆっくりとしか前進していない。
(あの力を出せば……)
そう考えて僕は自らの胸元に視線を落とすが、すぐに目を細めて溜息をついた。
急いでここまで来たので『あなぬけのたま』なども用意しておらず、どうしたものかと悩んでいたその時である。
「な、なんだ!?」
「え?」
騒ぎ出すシャリタツの視線を追うと、正体不明の何かが海面に浮き上がって来るのが見えた。
緑色の半透明をした何かを前に僕は咄嗟に前へ出て身構えた。
(……やれるかは分からないけど……!)
シャリタツを置いて逃げるなんて、あってはならない。
ヒーローを諦めたからといって……自分の理想を裏切るような真似、二度も犯したくない!!
輝き出す光。
発光源は僕の胸元……暫くの間ずっと黒ずんでいたハート型の模様だ。
「……っ!」
僕の思いに呼応したのかハートは眩いほどに光を放ち……。
「ストップ、襲うつもりはないよ……『イルカマン』」
「!?」
海面から姿を現した存在の言葉に僕はピタリと動きを止めた。正体不明の存在だと思っていたのは、半透明をした緑色のゲルを纏うポケモン……ランクルスだったのだ。彼女はエスパータイプの筈だが、おそらく『ダイビング』の効果を受けているために水中活動を難なく行っていたのだろう。
しかしそれよりも、僕は自らの本性を見抜かれた事に焦りを隠せない。自分はナミイルカだと周りにずっと嘘をついていたのに……!
「……? 凶暴化ポケモン、違う?」
腹減りによる疲労のためか、ランクルスの言葉が届いていなかったらしいシャリタツが不安そうに尋ねてくる。
「驚かせてゴメンね、私はソロで活動してる救助隊のランクルス。今朝、ヘイラッシャからギルドにあなたの捜索依頼が来たんだ」
(なんだ……救助隊も動いてたんだ。本物のヒーローがいるなら、僕が来る意味なんてやっぱり……)
「はいリンゴ」
「……おおっ! ガツガツ! むしゃむしゃ!」
ランクルスは慣れた様子で食料を渡し、シャリタツはそれを凄い勢いで食べて復活を果たす。
「これで町に帰れそう、二匹とも、感謝! 帰ったら、お礼する!」
シャリタツは笑顔で僕達に手を振りながらイカダを漕いで去って行った。
(……無理にイカダを押そうとした僕よりも、早く食料を渡したランクルスの方が正しかった……)
「ありがとね、イルカマン。なかなか進めなかった私より一足先にシャリタツの元へ辿り着いてくれて」
「……」
しかしその相手は笑みを浮かべてそんなセリフを口にする。
それは……皮肉なのだろうか?
「それであなたに確認したいことが……」
「……先に聞かせて」
僕は口を開こうとするランクルスを遮って、逆に問いかける。
「……どうして僕がイルカマンだって、分かったの?」
「……胸のハート模様。知ってるポケモンは滅多にいないだろうけど、ナミイルカと見分ける方法はそれだよね?」
問いかけると彼女は決して当てずっぽうではないことを証明してみせた。一昨日僕がナミイルカだと言った際、妙な反応を示していたのもその事を知っていたからだろう。
「……」
「周りに言って欲しくないなら言わないよ、安心して」
押し黙る僕に対してランクルスはそう宣言する。確かに言いふらされるのは困るので助かるものの、彼女が僕にそこまでする理由はなんだ?
救助隊……ヒーローだから、そう出来るのか?
「……それでよろしく、それじゃあ」
「え、ちょっと、私の質問が……」
僕は惨めな気分になりながらその場から逃げるように泳ぎ出す。寝不足で疲れている状態で更に無駄足を踏んだために精神まで完全に疲弊してしまった。今日はもう帰って眠りたい……。
「……あっ!? そっちはダメ!!」
「え」
先程までの落ち着きを失ったランクルスが叫ぶ!
僕は何事かと訝しんだが、すぐに違和感に気付いた。
(身体が……沈んでいく!?)
海上にいる筈なのに、いきなり浮力が消滅したかのように僕は海底へと引きずり込まれるのだった。
それは聖なる者の心の如く広き海であり、苦しむ者の心の如く冷たき海。
あるいは純真なる者の心の如く澄んだ海であり、挫折した者の心の如く深き海。
如何様なる心をも描く地、『ティアマリン』。
(……っ、『ダイビング』!)
僕は咄嗟に技を発動し、自らを水中活動可能な状態へと変える。そして海底にぶつかる寸前に素早く身を捩ってどうにか激突を回避した。久し振りの感覚ではあったが身体が動きを覚えていたようで助かった。
視線を動かすと僕は今、自然に生まれたとは考えにくい岩壁で造られた広間にいることが分かる。更に幾つかの通路と繋がっており、ここはどう考えても『歪みの穴』で生まれたダンジョンだろう。
ダンジョンは内部を迷路のような形状とし、探索を困難にさせるがそれだけではなく上方から侵入を拒む力もあるのだ。例えば地上にあるダンジョンなら空を飛べるポケモンも低空飛行しか出来なくなり、この水中にあるダンジョンなら泳げるポケモンもあまり水底から離れられなくなる。僕が海中に引きずり込まれたのは誤ってダンジョンの範囲に入ってしまったからだ。
(困ったな、『あなぬけのたま』は持ってきてないし)
伝説のポケモンほどの力があれば抗って海上まで上がる事も可能なようだが、僕なんかには到底無理な話だ。僕は気が遠くなる気分になりながら光を反射して輝く海面を見上げる。
そして視界に入るのは、僕がいる場所へ沈んでくるランクルス。
「うわあっ!?」
「着地!」
驚く僕の隣に落ちて来たランクルスはゲル状の液体がクッションになり平然としている。
「……あ、良かった。あなたも無事なんだね」
「ど、どうして君まで……」
朗らかに確認してくる彼女に対し僕は目を白黒させながら問いかけた。
「まず一つはこのダンジョン『ティアマリン』に用事があるから。そしてもう一つはあなたとはぐれるのはマズいかなと考えて」
「はぐれるのがマズいって……?」
救助隊として、何の力も無い一般ポケモンがダンジョンに沈んでいくのを放っておくのは良くない、だろうか。彼女の立場上、確かに妥当な理由とも言える。
「……正直に言っていいかな」
彼女はそんな前置きを口にする。
(……何を言われるのかな。ヒーロー気取りで迷惑をかけるな? 自分の無力を自覚しろ? いつまでも理想にしがみつくな……?)
嫌な想像が心の底で膨らみ、僕は思わずランクルスから視線を逸らした。
「……あなたの事、放っておけないよ。胸元の模様の光り方……明らかに問題が生じてる」
硬い表情のランクルスが指し示す先……僕の胸元のハートは眩く輝いている。彼女は先程僕に確認しようとしたことはそれだと語った。
「……何がおかしいの? 確かについさっきまで黒ずんでたけれど……」
「黒ずんでた……それは、いつから?」
「……」
彼女に問われた僕は再び目を逸らして黙り込んだ。それは……答えたくない問いだ。
「答え辛いなら無理には聞かないよ。だけど……その状態であなたが力を発揮したら、あなた自身に何が起こるか分からない。そしてダンジョンには凶暴化ポケモンがいて、いつ戦闘になってもおかしくないんだよ」
「……」
「戦闘はなるべく私が対処する。守り切れないこともあるかもしれないけど……イルカマンはその姿のままで戦うようにして」
ランクルスに指示されるが僕は肯定も否定も返さない。
なぜなら……問題なんて無い筈で、ランクルスの言う事がよく分からないから。
『あの出来事』でハートが黒ずむ前から、この眩い光り方をしていたのだから。
「おらおらぁ! 俺らの海を荒らしに来た連中だな!?」
その時やかましく怒鳴りながら通路から猛スピードで泳いでくる一匹のポケモン。獰猛な顔つきをした魚のポケモン、キバニアだ!
「っ!?」
その相手を前にランクルスは動きを止める。キバニアはみずタイプだけではなくあくタイプも併せ持つポケモンであり、エスパータイプのランクルスにとって相性が最悪の相手なのだ。
「『かみつく』!」
「うっ!」
キバニアの牙により、本来はそれなりの耐久力を持つであろうゲル状の腕が容易く四散されてしまう。
「……っ!」
僕はランクルスのピンチを見て思わず飛び出すと、技を繰り出したばかりで隙を見せたキバニアの懐へ潜り込んだ!
「『インファイト』!!」
「ぐはっ!?」
"今の姿では腕が使えない"ために、僕は吻で連打を行いキバニアを吹っ飛ばす。攻撃力の高さと引き換えに守りは脆いキバニアはその一撃で戦闘不能となり目を回して倒れ伏した。
「ごめん、私が戦うって言った矢先に助けられるなんて」
「……気にしないで。危機に陥ったポケモンは、助けないとだから」
この場には他の救助隊のような、役目を投げられる相手はいない。だから……この場にいる僕がやらなければならないのだ。
「あ、吻に傷が。キバニアの特性『さめはだ』だね」
「……これぐらい痛くないよ」
ポーチから『オレンのみ』を取り出してくるランクルスだが、僕はそう言って断る。回復するための道具はキバニアの技を受けた彼女自身が使うべきだろう。
しかしランクルスは心配するような表情を浮かべてジッと見つめて来た。
「ねえイルカマン。もしかして表立って活躍してた時から……そんな風だったの?」
「……!?」
彼女の言葉にたまらず振り返る。
「な……し、知って……」
「…………。そりゃ一年も経ってないからね。『カプ・コケコのギルド』がまだ設立されてない頃からダンジョンに突入しては町のポケモン達を無償で救い出してたポケモン、イルカマンを忘れるポケモンなんて少ないんじゃないかな」
声を震わせる僕に対してランクルスは不自然な間を挟んでから続けた。
そうだ……彼女の言う通り。僕は暫く前は『サマーリゾート』周辺のダンジョンに向かって自主的にポケモン達を助ける生活をしていたのだ。
僕が本当にナミイルカだった頃、『歪みの穴』現象が起き始めた。それにより苦しむポケモンがどんどん増えていく現状を憂いた僕は日夜トレーニングをこなしながらポケモン達を助け出し……イルカマンへと進化したのだ。そして得た力を最大限活用して苦しむポケモン全てを救い出すヒーローに……なりたかった。
「連日連夜、顔色一つ変えずに数多のポケモンを救出する凄いポケモンだったよ……心配になるぐらい」
「心配……?」
通路を進み出すランクルスを放っておけずに後を追う僕はオウム返しに尋ねる。『あの出来事』が起きる前までの僕は、僕なりに理想のヒーロー活動が出来ていた筈であり、失敗もせずに……。
「……イルカマン。あなたが自分を蔑ろにしてまで目指していたものって、何?」
それは……。
「全てのポケモンを救える、完全無欠のヒーロー」
「……!」
僕の答えを聞いたランクルスが立ち止まり、振り向いてくる。
「ヒーロー……?」
「……うん。まあ、今はこうして挫折したんだけど」
僕は自嘲気味に笑みを浮かべて言った。ヒーローを目指していた癖にここ暫くずっと、町から出ずにバイトで生計を立てながら細々と暮らしていたなんて笑い話だろう。
「……本当に挫折してるの?」
「?」
彼女は首を傾げる僕の胸元を見つめて来ていた。
「挫折してるなら、それでもいいよ。だけど、今のあなたは本当に挫折できてるの……?」
ランクルスは一体何を言いたい……?
「んー……不審者が新たに二匹ですねぇ……」
「っ!」
通路の向こうからゆっくりとやって来る大型ポケモンの影。金属質の身体に藻屑が絡みついたポケモン……ではない。金属の塊に絡みついたあの藻屑自体が本体のポケモン、ダダリンだ。
そしてダダリンの藻屑の身体でよく見えないが、何か別のモノも捕らわれているのが分かる。あの長い胴体は……。
(オオタチ!?)
ポケモンコンテストで見かけた時は整えられていた毛並みは今や見る影も無いが、彼女は力無くダダリンに捕らえられたまま気を失っている。
「そのポケモンを離して!」
「断り……ます!」
戦闘態勢に入りながらランクルスが叫ぶ。このダンジョンへの用事というのは、迷い込んだオオタチの救助のためだったらしい。そしてダダリンはその返答と言わんばかりに『シャドーボール』を発射!
しかしランクルスも『まもる』でシャットアウトし、反撃の『サイコショック』によるゲル状の腕でダダリンの藻屑に掴みかかった。
「ぐぐぐっ……!」
苦しそうな声を漏らすダダリンだが、凶暴化による影響か安易に降参などは選ばず至近距離からランクルスへ『シャドーボール』を撃ち込む。
「あうっ!」
弱点の攻撃を受けてしまい、またもランクルスのゲル状の腕が破壊されてしまう。
「……『ジェットパンチ』!」
僕は居ても経っても居られず、水のリングを持つ尾ヒレを振るった! 水のリングから放たれた水泡が拳と化し高速でダダリンへぶつかる!
「んー、弱いですねぇ」
「……っ」
しかし今の僕の姿では本来の威力が出せずに、ダダリンにあまりダメージが通っていない。相手は弱い僕を無視して『シャドーボール』をランクルスに発射。
「ぐ、うぐぐっ!」
ランクルスは『まもる』で防ごうとするがゲルの腕が片方吹き飛んだ状態であるため、まともに耐えられていない。
どうする? このままではランクルスが倒されてしまいオオタチも救出できない。
なら、やるしかない。
「……っ!」
僕はランクルス達をその場に残して上方へと泳ぎ出す。ダンジョンの力が海底へ引き寄せようとしてくるが、僕は胸のハートを激しく光らせながら全力で逆らう!
「ま、まさか! ダメ、イルカマン!」
ランクルスが止めて来るが僕は従わない。ダンジョンの力に逆らう苦しみが全身を襲うが諦めない。
理想のヒーローになれないとは分かっても、理想とかけ離れた行為をする訳にはいかない!!
「『ダイビング』!!!」
「!?」
僕の渾身の一撃を受け、ダダリンが金属塊ごと横転する。
「……あ」
顔を青ざめさせて見上げてくるランクルス。
(怯えてる? なら安心させないと、それがヒーローだから)
胸ビレが変化した筋骨隆々の腕を上げて僕は口を開いた。
「僕は完全無欠のヒーローだった、イルカマンだ! ヒーローを退いた今でも皆を苦しみから救い出して見せる!」
そう高らかに宣言した直後、ダダリンから『アンカーショット』が飛んでくるが僕は逃げも隠れもせずにそれを屈強な肉体で受け止めた。
「はあああああっ!!」
「あああっ!?」
そしてダダリンの金属塊を掴み、勢いよく岩壁に叩きつける! 絡みついていたダダリン本体にも痛烈なダメージが入ったようで悲鳴を押さえられていない。
「『ジェットパンチ』!」
僕は拳を前に突き出し、水泡のグローブを発射して藻掻くダダリンに追撃を行った。これならランクルスを守れオオタチも救出できる……ヒーローとしての責務を果たせる……そう心の中で思った時、ダダリンが不気味に蠢き出した。
「よくも……『ギガドレイン』!」
「っ!?」
身体から体力が奪われていく感覚……ダダリンの吸収攻撃だ! 苦手なくさタイプ技を浴びて僕は怯みかけるが気力で持ちこたえる。
(ここで崩れ落ちるなんて、ヒーローの姿じゃない!)
「『ダイビング』……っ」
「させませんよぉ、『アンカーショット』!」
一度距離を取ろうとした僕だが、金属塊がぶつけられたことで身体に鎖が絡まってしまい動きが制限されてしまう。ならばと再び金属塊を投げ飛ばそうとするが……。
「『ギガドレイン』!」
「がっ……!」
またも吸収攻撃を受けて力が入らなくなる。これでは金属塊を投げ飛ばす事も距離を取る事も出来ない……!
「『サイコショック』!」
「ぐあっ……余計な真似を……」
そこへ救援に入って来るのはランクルス。再生させたゲル状の腕でダダリンを攻撃する。
(助けられてる……? ヒーローなのに……?)
『めいそう』で強化されたゲル状の腕は『シャドーボール』を受けても破壊されることなく、幾度もダダリンを殴りつけていた。
(僕は……ヒーローなのに! 助けられてたらいけないのに! 自分一匹で何でも解決しないといけないのに!!)
胸元のハートが激しく光り輝き、僕は全身の筋肉を更に膨張させる!
「うああああああああっっっ!!! 『げきりん』!!!」
「ぎゃああっ!?」
僕は全力で鎖を引きちぎると、金属塊に纏わりついたダダリンを全力で攻撃! 膨れ上がった双腕で幾度も殴りつける!
誰かへ助けを求める必要なんてない存在だと証明するために、どんな壁も乗り越えられることを証明するために、全てのポケモンを救えることを証明するために、己がヒーローであることを証明するために!!
「『まもる』」
「っ!?」
しかし、僕の乱撃を妨害したのはランクルスだった。
彼女の後ろでは目を回して動かないダダリンが倒れ伏している。
「……どうして、邪魔を!?」
やはり、僕に助けられるのは嫌なのか?
一度逃げ出した者は二度とヒーローになるのを許されないのか?
「……一つはもう戦闘は終わったから。そしてもう一つは……あなたが暴走しちゃってるから」
暴走?
「違う! 僕はただヒーローとしてやるべき事をやっただけだ!」
全身の妙な違和感に顔を顰めつつも、僕は叫んだ。
「……教えてよ、イルカマンが言う"ヒーローとしてやるべき事"って何?」
しかしランクルスは悲しそうな顔で問いかけてくる。
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ナミイルカだった頃の僕は、住処の洞穴で身代わり人形を相手に何度も技の練習を行っていた。
壁に貼られた紙には僕が描いた進化後の姿……マイティフォルムのイルカマンの姿があった。僕の理想……カッコよくて逞しくて美しいヒーローだ。
「ヒーローになって、皆を助けたい! 苦しむポケモンはみんなみんな、助けたい!」
かっこいい活躍を夢見て僕は『アクアジェット』で突撃。
「どんなに攻撃を受けてもへっちゃらな笑顔を浮かべて、皆を安心させたい!」
逞しい姿を夢見て僕は身代わり人形を何度も持ち上げては投げ飛ばす。
「毎日いつでもみんなのピンチに駆け付けて八面六臂! あらゆる困難を華麗に解決!」
美しい決めポーズを決める想像をしながら僕は水に飛び込んでは素早く飛び上がった。
だけど、利点だけを磨くのではない。
辛い事があっても決して弱音を吐かない、どんなに高い壁があっても諦めない、助ける立場だから助けは求めない、一切の対価を求めない……あらゆる欠点を取り除いてこそ、僕の理想のヒーローだ。
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「それが、あなたの理想?」
「そうだよ! ヒーローとして、当然やらなくちゃいけないこと……いけなかったことだ!」
何故かランクルスが泣きそうな顔をする。何故か僕の身体が悲鳴を上げている。
「その理想を守れなかったから、挫折したって言ってたの?」
「……そうさ、僕はある時凶暴化ポケモンにやられそうになって逃げたんだ! 救出対象のポケモンがすぐ近くにいたのに、我が身可愛さで……!」
自分の過ちを思い出しながら僕は拳を震わせた。いや、過ちというよりは僕がヒーローとして相応しくないことが露呈した、なるべくしてなった出来事ともいえる。
「でも逃げるぐらい誰でも……」
「僕以外はヒーローをやれてるんだ! あの日の夜、『L・G・P』を見たから知ってる!! 僕がみっともなく逃げ出したダンジョンを突破して、見事に救出対象のポケモンを町へ連れ帰ってみせたんだ!! だからこんな僕が出しゃばる必要なんてない! 偽りのヒーローなんて誰も必要としない!」
今でも思い出す、僕の理想そのものの救助隊たち。あれこそ、真のヒーローなのだ。
だから……僕はヒーローには……。
「……理想のヒーローになれなかったから、ヒーローを封印したの? 本当は今でもポケモン達を救いたいっていう心があるのに理想には従えないから、それを無理矢理抑え込んで静かに暮らしてたの……?」
「……っ!?」
涙を浮かべるランクルスに言われ、僕はビクンと体を跳ねらせた。
「な、なんでそんな事が分かるのさ!」
震える声で咄嗟に質問を返す。
「分かるよ……クルミルを受け止めようと飛び出したり、どうにかしてあやそうとしたり……自分からシャリタツを助けに行ったり、危なくなった私を助けてくれたり……!」
ランクルスは僕の胸元へと手を伸ばした。
「理想じゃなくて……あなたの今の心を愛してよ……」
彼女の視線の先……僕の胸元にあるハート模様は不規則に輝いたり光を失ったりと明らかに尋常ではない挙動を示していた。
心を……愛する?
「高い理想を持つ……それは確かに凄い事だよ。だけどその理想で今のあなたの心を雁字搦めにして苦しめるなら……一旦、捨てちゃおうよ」
胸元の光が明滅する度に体が軋むような感覚に襲われ、頭痛までしてくる。
理想を……捨てる?
「理想に締め付けられて傷付いたあなたの心を癒すために……"今のあなた"がやりたいことをやろうよ、ね?」
今の……僕が……。
眩く発光していた胸元のハートが一気に光を失い、僕の身体も一瞬にして元の……ナイーブフォルムに戻ってしまう。筋肉の痛みは消えたものの今度は脱力感に襲われて僕はその場に倒れ込んだ。
「……良かった、暴走が収まったね」
「……う、ううっ……!」
安心したように微笑むランクルスの前で、僕は咽び泣く。
そうか……僕が夢見た理想は……あまりにも高過ぎだったのだ。本当は耐えられるものではなかったのに、それをそのまま真実だと、ルールだと決めつけてしまい自分の心を知らずのまま追い込んでいたのだ。
「うああっ……うああああっ!!」
理想を打ち砕かれた僕は涙を流し続けた。
自分の心のままに、泣き続けた。
快晴の『サマーリゾート』。今日も町のポケモン達は暑さに負けず力強く生きている。
「ふんっ……!」
『私』はストレッチをして自らのコンディションをチェック……ノープロブレム。
「……」
その後ろではランクルスが呆れたように眺めてきていた。
「どうしたランクルス? 何かクライシスなプロブレムが発生したか?」
「いや……何なのその妙な話し方。『ベトベタフード』でも食べた?」
彼女の溜息に僕はショックを受ける。
「いやいや……そうじゃなくて!」
そしてすぐさま建物の影に隠れるとナイーブフォルムに戻ってから彼女に弁明を図る。
「……前みたいに無理な物じゃないけど……やっぱりヒーローになりたくてさ。だけどこれからは僕自身の心も大事にしたいんだ」
僕は自分の胸元で落ち着いた淡い光を放つハートを見下ろして語った。
「それでカッコいいヒーローの僕と本来の僕が混ざっちゃわないように、ヒーローの時は言葉遣いを思い切って変えようと思ったんだよ」
「……そっか。そういうのも全然アリだと思う」
笑顔になるランクルスを見て、僕は少し緊張しながら口を開く。
「……あのさランクルス、ありがとう。君が助けてくれなかったら僕はずっと自分の気持ちを抑えつけて、いつか取り返しのつかない大暴走をしてたかもしれない」
僕のハートが黒ずんでいた状態……あれは自分の心を封じ込めていた事による変化だった。そして激しく輝いていたのは……理想で無理矢理自分の心を歪めていたために現れた、異常のサインだったのだ。
彼女はそれに気付いて、必死に僕を止めようとしていた……恩ポケとも言える存在だ。
「だから……恩返しがしたいんだ。君はソロの救助隊だって言ってたよね…僕を仲間にしてくれないかな」
僕の言葉にランクルスは驚いた顔をする。
「仲間…? それは……ありがたいけど、あなたがやりたい事をやって欲しいな」
「うん。君に恩返しをしたいし、あの時とは違ってギルドもある。一匹で無茶な無償活動をするんじゃなくて、ギルドの助けを受けながら……そして仲間とも協力し合いながらポケモン達を助けて行きたいんだ」
僕がまっすぐな気持ちで答えると彼女はやれやれと言いたそうな笑顔を浮かべた。
「いいよ、けどあなたがリーダーになるって条件をつけさせて」
「ありがとう! ……って僕がリーダー? 救助隊としてはランクルスの方が先輩じゃあ……」
条件を出した意図がよく分からず尋ねるが、ランクルスは意味ありげな笑みを浮かべる。
「あなたは覚えてないみたいだけど……私は真っ先に駆け付けてくれたあなたを、一番カッコいいヒーローだって思ってるんだよ」
「???」
首を傾げるが、ランクルスはそれ以上は答えてくれない様子。仕方なく僕は再び建物の陰に飛び込むとマイティフォルムに変身。
「……任せておけ! 弱きをレスキュー・強きをブレイク! そんな正義の救助隊リーダーになってみせよう!」
「……それ、カッコいい喋り方だと思ってる?」
「オフコース! さぁ、そうと決まれば早速ギルドへ登録にゴーだ!」
私は呆れるランクルスと共に進み出す……が。
「む?」
持ち前の能力で私はサッドなハートをキャッチ。脇道に視線を向けるとそこにはヘビーなウォークをするオオタチの姿があった。
「困っているポケモンだ! ハートをレスキュー!」
私は予定をチェンジし、オオタチを追って脇道へと進み始める。
「……ふふっ、自分の望みのままどんどん突き進むのが本当のあなたなんだね」
そんな私を見てランクルスは嬉しそうに呟いてから後ろをついて来てくれた。
……オオタチの悩みを僕の力で本当に解決できるかは分からない。けれど、僕に難しければランクルスが解決してくれるかもしれないし、また別のポケモンが救うのかもしれない。
かつての僕の理想からすれば、それは救出を諦めるという選択であり、助けを求めるという選択でもある。
でも、それでもいいんだ。完全無欠なヒーローにはなれない僕でも、最初に手を差し伸べることで応急処置ぐらいは出来るかもしれない。もしくは苦しむポケモンと別のヒーロー足りえるポケモンを繋げることが出来るかもしれない。
僕は僕らしく、僕の心のままのヒーローになるんだ!