※この作品はR-18です。

裸の少女とポケモンだけが住む世界   作:Momyaka

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Chapter36 ~凶報の風~

 『夢想の湖』にて『ゆけゆけズ』と再会した私。彼らの使用した『あなぬけのたま』により私達はダンジョンから脱出することとなった。

 

 その行き先は『オータムビレッジ』……かと思いきや見知らぬ峡谷であった。岩ばかり転がり草木がひっそりと生えている程度で、生き物の気配がせずどこか寂しい雰囲気だ。

「……ここはどこですか?」

「俺達を助けてくれたポケモンの住処『静寂の丘』だ、こっちこっち」

 灰色のニンゲンの問いに答えたヒバニーは小走りで峡谷を進んでいく。

 彼の後を追いながら辺りを見ると柱のように細長い奇岩が幾つもあり、いきなり倒れてきたりしないだろうかと不安な気持ちになる。

 

 暫く進んでいくと崖……行き止まりに出る。

 

 落ちたらひとたまりもなさそうで思わず足が竦んでしまうが、そんな崖のすぐ近くで一匹のポケモンが佇んでいた。そのポケモンは私達に背を向け、何も言わずに夕日を見つめている。

 

「戻ったわよ、ネイティオ」

 

 チコリータに呼びかけられた緑色のポケモンは動かないままだ。

「ネイティオ様は今、祈りの最中だ。用なら私が聞こう」

 すると一頭身の鳥のようなポケモン、ネイティが何も無い虚空から光と共に現れた。『テレポート』だろうか。

「用って言うか報告だよ。お陰でルーアと再会できたんだ」

「ほう、ネイティオ様が見込んだだけはある」

 アシマリ達が会話をするが、私はどういうことなのかがよく分からず眉を顰める。

「ああ、ちゃんと説明しないとな」

 ヒバニー達も私の困惑に気が付いたらしく、説明を始めた。

 

 

 『メロエッタ劇団』と共に『オータムビレッジ』に向けて進んでいた『ゆけゆけズ』。しかしその道のりにある『銀杏山脈』にて黒装モンスターに襲撃されたようだ。

 メロエッタが黒装モンスターからダンジョンエネルギーを注入されたことで凶暴化してしまい、『メロエッタ劇団』のメンバー諸共ヒバニー達も『銀杏山脈』の凶暴化ポケモン達に捕まってしまったとのこと。

 しかしその窮地から救ってくれたのがネイティオ達らしく、ヒバニー達は町ではなくこの峡谷を拠点として活動しているようだ。

 

 

「『スプリングタウン』とかに『ネイティオテレポート屋』の支店があったでしょ? どうやらここは本拠点に当たる場所みたいなのよね」

 これまで当たり前のように利用していたテレポート屋だが、まさかこんな所に本拠地を構えていたとは。

 

「だから救出も『テレポート』を駆使してやってくれたって訳だよ。感謝しかねえけど、何故か俺達だけしか助けてくれなくてよ……」

「ラウドボーンさん達は今も『銀杏山脈』で捕まってるんじゃないかな……」

「どうしてか聞いても『その時まで待て』って言われるのよね」

 ヒバニー達はチラチラとネイティオの背中を見ながら小声で話す。彼らが助けられたことは喜ばしい事だが確かにネイティオ達の目的が分からず少し不気味に感じた。

 

「……」

 

 その時、ずっと夕日を見ていたネイティオがこちらに振り返ってくる!

「っ!」

 尖った嘴、白い翼、そして感情の読み取れない瞳を持つネイティオは私を見つめて来た。

「……見事」

 そして彼女はヒバニー達の方を向き、静かに呟く。

「そりゃどうも。まぁ俺達からしても感謝してるぜ、ルーアの居場所を教えてくれたんだから」

「彼女、太陽を見続ける事で色々知ることが出来るみたい。それでルーアの場所も分かったんだって」

 ヒバニーが答える後ろでアシマリが私に説明をしてくれる。

「感謝不要」

「ネイティオ様は将来『災厄』に襲われる世界を救うために、ルーアという者を救助させたに過ぎない」

 ネイティオが短く答え、隣に立つネイティが補足説明した。

 

 

「さ、災厄……!?」

 

 

 しかし私は思いがけない言葉に目を見開く。

「ええ、あたし達もここに連れてこられた後に、災厄が起きるって聞いたけど……具体的にはどういうことなの?」

「ネイティオ様の未来予知も完全ではない。何故、いつ災厄が訪れるのか、災厄がどのようなモノなのかも分からない。分かるのはこのまま何も対策しなければポケモン達に未来はないと……」

 チコリータが尋ねるが、ネイティは嘆息しながら答えた。

「……『歪みの穴』と関係が?」

「可能性としては高いだろう……しかしあくまで我々の憶測だ。『歪みの穴』自体が災厄なのか、『歪みの穴』によるダンジョン化が災厄なのかも分からぬ」

 私も質問するが、ネイティ達にも災厄が一体何なのか分からないようだ。

 

「でも、私達を助けてルーアを救助させることが世界を救うって……」

「肯定」

「ネイティオ様が予知した所によると、『日の力』を得なければ災厄に対処することは出来ない」

 

 ネイティオ達の言葉に私の脳裏にある言葉が蘇る。

 

(……『日に呼ばれた子』)

 

 

 

「"若き救助隊の友、『日の力』を得る道標也"」

 ネイティオは言い、私へ視線を向けて来た。

「……それが予知で得られた言葉なのか? ルーアがいれば『日の力』っていうのが得られるって……?」

「だからルーアの友達であるあたし達を『銀杏山脈』から脱出させたのね……」

「ネイティオ様の『テレポート』は柔軟な活用が可能だが、その分ご負担が大きい。お前達三匹しか助けられなかったのはそれが理由だ」

 

 道標……。

 おそらく『日の力』と『日に呼ばれた子』というのは同一の存在ではないだろうか。

 遺跡で聞こえた謎の声は『日に呼ばれた子を探せ』と言い、ネイティオも世界を災厄から守るために『日の力』を見つけ出す必要があると言った。

 

「……だけど、心当たりなんて無いよ……」

「だよね。それにルーアだって困りごとはあるしインテレオンくんの所に……」

「重々承知、記憶に留めよ」

 どちらについても全く分からない私は俯いて言うが、ネイティオはそう返し再びネイティが前に出る。

 

「どこにあるかも分からない『日の力』を躍起に探せと言うつもりはない。しかし、もし手掛かりが見つかれば調査をして欲しいというのがネイティオ様の願い。頼めるか」

 

 

 

 

 

 乾いた夜風が吹き抜ける『静寂の丘』にて、私は空を見上げていた。

 雲一つない黒色の空には無数の星々が瞬いている。

 

「……少しいいですかルーア」

 その時、一人でいた私の元へやって来たのは灰色のニンゲンだ。

 彼女は私の隣に腰掛けるとため息をついた。

「……結局どうするんです? あの連中……ポケモンが入って来れない地を目指すのか、それともポケモン達と共に行動するのか」

「……『ゆけゆけズ』と一緒に行く」

 湖の時と近しい質問を改めて問いかけてくる彼女に私は空を見上げたまま答える。

 ヒバニー達はテラキオンを元に戻す方法を一緒に探してくれると言ってくれたのだ。再び与えられたチャンスを手放すことなどしたくない。

 

「そうですか……」

「あなたは嫌なの?」

 重い口調で言う少女に対し、私は逆に聞いてみる。

「……あなたの友達だというあの三匹は悪者ではないと思いますが……あの村にいた連中は嫌です。正直、どうしてルーアがあの角のあるポケモンを元に戻そうなどと考えているのか分かりません。折角道具に変えて倒したのに」

「それは……」

 灰色のニンゲンの言葉に私はどう答えるべきなのか言い淀む。

 

「あの村の奴らは私達を一方的に捕まえて酷い目に遭わせた悪者じゃないですか。こっちが間違っていたと思わせるような行動をすれば余計に増長するでしょうし、むしろもっと反省させるべきだと思います」

 

 そんな攻撃的な言葉に思わず視線を向けると、灰色のニンゲンは『オータムビレッジ』のポケモンに対する恨みと悔しさを滲ませた顔をして拳を震わせていた。

「全てのポケモンが私達の敵……ではないことはルーアの友達と話して理解しました。だけど逆に全てのポケモンが善良なんてことも無いじゃないですか……!」

 

 

 

「……『オータムビレッジ』のポケモン達も……意地悪したかった訳じゃないと思うんだ」

 必死に言う少女に対し、私は呟くように言った。

 

「私が抵抗したから、それを脅威と感じて仕方なく捕らえたって事ですか!?」

「……仲間が取り込まれるのを見て、ビックリしたんだと思う」

 現に『つめとぎ山』でイヴと出会った時、私もインテレオンも彼女がヤナップ達を操る姿を見て著しい身の危険を感じたのだ。きっと『オータムビレッジ』のポケモン達も同じように、灰色のニンゲンによる抵抗を脅威であると認識したのだろう。

「だからってあんな……!」

「……うん、捕まったあなたが怒るのも当然だと思う。私だって正直、テラキオン達の事は凄く怖い」

 だけど憤る灰色肌の少女だって、訳も分からず凶暴化ポケモンに襲われ必死に抵抗しただけなのだ。

「じゃあどうして……」

 

「……自分のやっちゃった事が、もっと怖いから」

 

 テラキオンを道具に変えた事実を見て見ぬ振りしていたら……今後また私が脅威に晒された時に同じことをしてしまうかもしれない。もし『ゆけゆけズ』やインテレオンみたいな親しい相手にまで毒牙にかけてしまったら……なんて想像するだけでも苦しくなる。

「……ルーア」

 

 

 

「おーいっ!」

 灰色のニンゲンが私を心配するような表情で見つめていたその時、後ろから明るい声が聞こえてきた。振り向くとそこにはアシマリがおり、後ろにはヒバニーとチコリータの姿もあった。

「今いいかな?」

「何ですか」

「実はね実はね! あなたの名前を考えてたんだー。『灰色のニンゲン』って呼ばれるのもちょっとアレでしょ?」

 少し呆れたような顔をして応対する少女に対してアシマリが笑顔で話しかける。

「まあ、それはそうですが……」

「という訳でよ、幾つか案を出してきたからどれがいいか選んでくれよ!」

 ヒバニーはそう言うと、胸を張って自信満々な表情を浮かべた。

 

 

「まず俺の案! 『ユッケー』でどうだ!? 俺達『ゆけゆけズ』と友達になった記念の名前だ!」

「……」

 彼の案に対し、少女は友達になった覚えはないと言いたそうなジト目になる。

 

 

「じゃあ次はあたしね……『ムソウ』よ。 『夢想の湖』で出会ったから、そこから名前を取ったの」

「……」

 チコリータも案を挙げるが、少女はダンジョン由来の名前なんて困るといった表情を浮かべた。

 

 

「アシマリちゃんが考えたのは『ルゥルゥ』! イメージはルーアの妹だよっ」

「……」

 そしてアシマリの案を聞いた少女は私の妹なんて嫌だとばかりに、不機嫌そうに頬を膨らませる。

 

 

「うーん、全部微妙そうな反応だな」

「じゃあ最終案かしら?」

「だね、三つの案を合体させた『ユルム』で……」

「……なんとかして下さいルーア!」

 お腹が緩みそうな名前を付けられそうになる少女が涙目になりながら助けを求めてきた。

 

 その瞳はイヴやトワと同じ紫色……。

 日が暮れて暗くなりゆく紫の空……逢魔が時。

 

 

「……『オーマ』」

 

 

「……」

 私の案を聞いた灰色のニンゲンは暫し黙り込む。

「分かりました、ではそれにします」

「へえ、いい名前貰ったな」

「改めてよろしくねオーマ!」

 頷く少女……オーマに対しヒバニー達も笑顔を向けた。

 

 

「……あら?」

 

 

 その時、チコリータが怪訝な表情を浮かべて遠くを見つめ出す。

「……えっ!?」

 どうしたのだろうと私もそちらを向くが、思わず声を上げてしまった。

 

 

 

 月光に照らされる地平線の彼方にて、この暗さでも視認出来るほどの濃密な紫色の靄が湧き出していたのだ!

 

「な、なんだあれ!?」

 口をあんぐり開けてヒバニーも叫ぶ。

「……『颶風の砂漠』。ダンジョン巨大化の影響」

 その時、いつの間にか後ろにやって来ていたネイティオが静かに答えた。

「巨大化発生より数週間。事態悪化の一方」

「……っ」

 続けられる言葉に私は顔を強張らせながら遠くの砂漠を見つめる。

 

 ダンジョン巨大化が起きると『黒い繭』が出現し、ポケモンを苦しめる靄を放ち始める。『つめとぎ山』でも発生から数日経っただけで突然その靄の範囲が広がったのだ。

 『颶風の砂漠』では既にその何倍もの時間が経過しており、テラキオン達もオーマを捕らえるだけで靄への対処が出来なかったのだろう……その結果があの濃密な靄という事だろうか。

 

「あの靄って黒装の欠片……っていうのが出してたのと同じだよね!? きっとあのダンジョンにいるポケモン達が大変なことになってるよ!」

「そうよね、どうにかしたいけどあたし達じゃ……。だからってルーアにあんまり無理はさせたくないし……」

 アワアワするアシマリの前でチコリータは呟きながらチラリと私の方を向く。

「お前達の自由。強制の意図、皆無」

 ネイティオもまたそう言い残し、ネイティ達と作戦会議をするのか踵を返して戻って行った。

「……」

 あのダンジョンで目を覚ましたオーマは黙り込んでいる。

 

 そして私は……。

 

 

 

「……今はやれること、やりたい」

 

 

 

「えっ?」

 『ゆけゆけズ』が驚いた様子でこちらを向いて来た。

「ルーア……お前、あんまり本調子じゃないんじゃ……」

 心配気にヒバニーが尋ねて来るが私は辛うじて笑みを作る。

 

 

 

 きっとあのダンジョンにも『黒い繭』があるのだろう。もしも中に囚われたポケモンを救出しないまま放置していたら、靄は際限なく広がり続けるかもしれない。ポケモン達が近づけないのならば私が何とかしなければ……いいや、なんとかしたい。

 

 もしかしたらテラキオンの言う通り、ダンジョン化も黒い靄も私と何かしら関係があるかもしれない。

 それでも今の私は、あの災いを何とかしたいと思ってる。

 

 辛い目に遭わされたからって、救える筈の者を見捨てて嗤ったりなんかしたくない……!

 これ以上、ポケモン達の敵みたいな事をやりたくない……!

 

 

 

 

 

 広がるは乾きし砂、荒れ狂うは破滅の風。

 風に乗りし砂は勇気を覆いつくし、嵐が夢を吹き散らすであろう。

 砂嵐が絶望を運ぶ地、『颶風の砂漠』。

 

「やっとたどり着いたな」

 太陽が空高くから陽光を降り注がせて来る中、ヒバニーが息をついた。

 今朝からこの砂漠目指して歩いていたが、思っていたより時間がかかってしまったのだ。

「ルーア、大丈夫?」

「……うん」

 チコリータに問われ私は俯いたまま答える。

 精神状態が本調子ではない上にクリトリスリングの刺激で何度も立ち止まってしまい、皆の足をかなり引っ張ってしまった。

「それじゃあ早速……って」

 アシマリはダンジョンの入口を見つめて言うが、何かに気付いた様子で視線を素早く移動させる。

 

「悪い奴らめ! 成敗する!」

 

 彼女の視線の先……岩陰から出現したのはサンドだ!

 凶暴化したサンドは身を丸めると勢いよく『ころがる』で突進してくる!

 『ゆけゆけズ』とオーマはそれを回避するが、その後ろにいた私はリングの快感で足が止まり……。

「あぎゅっ!」

 勢いの乗った突撃を受けて転倒してしまった。

(気持ちいい、痛い……っ)

 サンドはそのまま通り過ぎていく……と思いきや急カーブして戻って来る!

「いけない、ルーアが轢かれちゃう!」

「任せて、『リフレクター』!」

 転がるサンドの前に立ち塞がったチコリータが半透明の壁を生成して待ち構え……。

「!?」

 硬い壁に正面衝突したサンドは勢いよく弾き返された!

 

「行くよヒバニーくん、『みずでっぽう』!」

「おうよアシマリ、『でんこうせっか』!」

 その隙にアシマリが水のバルーンを放ち、ヒバニーがそれを素早く蹴り飛ばす!

 

「ぎゃあっ!」

 バルーンは起き上がろうとしていたサンドに命中し、水飛沫を撒き散らした。

「ルーア、平気かしら」

「う、ううっ」

 目を回し倒れるサンドを尻目にチコリータが安否を確認してくる。私は呻きつつ彼女に頷くと、リライブのためにサンドへと歩み寄った。

 

 

 青い光が放たれ、サンドの凶暴化が解かれる。

(……っ?)

 それと同時に、『夢想の湖』でリライブした時と同じ違和感が身体の中に現れた。

 

 

「あいたたた……。う、あれ……? 悪い奴……?」

「お前凶暴化してたんだぜ、覚えてるか?」

 目を覚まし困惑し始めるサンドに対し、ヒバニーが問いかける。

「そ、そんな筈は無いぞ。ダンジョン化してたのは『颶風の砂漠』のポケモン達だけで、私達は『オータムビレッジ』と連携しながらその対処を……」

「ダンジョンが巨大化したんだよ、それにあなたも巻き込まれて凶暴化したんじゃないかな」

「……私達の住処までダンジョンに……?」

 サンドは驚いた様子で背後へと振り向く。そこには自然で生まれたとは思えない岩壁が屹立しており、ダンジョンと外の境界を表すかの如く生成されていた。

 

「ば、バカな……」

 信じられない、と言った様子で絶句するサンド。それはそうだろう、凶暴化への対策を考える側だったのがいつの間にか凶暴化した側へと変わってしまっていたのだから。

「……っ、お前達は『オータムビレッジ』から来た救助隊か?」

「ちょっと事情はややこしいけれど……あたし達三匹は別の土地の救助隊よ」

「ふむ……では『オータムビレッジ』に行って助けを求めるのが良いのだろうか? いや待て、微かにあそこの救助隊ポケモンと戦ったような記憶も……」

「……」

 困ったように呟くサンドを前にして私は複雑な感情を抱く。

 確かに巨大化したダンジョンを探索するためにはなるべく戦力が欲しくはあるが、『オータムビレッジ』のポケモン達は私やオーマといったニンゲンを敵視しているのだ。もしダンジョン内で鉢合わせなどになったら何が起こるか分からない。私はテラキオンを手にかけ、そのまま逃げてきた立場である為尚更だ。

 

「……あの村の連中も、この砂漠から湧き出る濃密な靄に気付いているかもしれません。危険なのでは?」

 その時、オーマが私にだけ聞こえるように耳打ちして来た。

「……ヒバニー達がいるから、大丈夫だよ」

「……」

 私も小声で返すが、彼女はあまり納得していない様子で黙って引き下がる。それはそうだ……私だって正直、絶対に大丈夫などという自信はないのだから。

 

「それでよ、靄について何か知らないか? 昨晩、『颶風の砂漠』から噴き出てるのを見たんだ」

「ほら、空見て。昨日ほどじゃないけど今も少し……」

「……ああ、あれか」

 ヒバニーが指さす先……風により舞い上がった砂の影響で砂漠中心部に近付くほど空が黄色くなっているが、その中に黒や紫の靄も漂っているのが見えた。

「凶暴化している間も『颶風の砂漠』には向かわなかったから詳しくは分からない。ただお前達の言う通り、昨晩からあのような靄が出始めたのは把握している」

「そっか、だけど気を付けてね。あの靄に包まれると苦しくなって動けなくなるんだ」

 アシマリはサンドの言葉に頷くと注意を促す。『つめとぎ山』の時のように靄が唐突に拡がる可能性だって充分にあるのだ。

 

「情報提供感謝する。しかしお前達は何が目的でここに? あの靄をどうにか出来るのか?」

「他のダンジョンでも似たようなことがあったの。靄を生み出してる『黒い繭』……っていう物をどうにかすれば収まる筈よ」

「ふむ……む?」

 サンドはチコリータの話を聞いていたが、その途中で視線を動かした。

 何気なしにその視線を追い……私は顔を青ざめさせる。

 

 

 

「ここにいたのか」

 

 

 それは……『テラキオンのギルド』の道場主、ジャラランガだったから。

 

「ここにいたのか……って?」

「し、知り合い?」

 ゆっくり歩いてくるジャラランガの言葉に、ヒバニー達は状況を理解できてない様子で困惑していた。

「……っ」

 私は思わず後退り。もしやテラキオンの件で私を改めて捕まえに来たのだろうか。もし『ゆけゆけズ』が私の味方をしてくれたとしてもジャラランガに勝てるのだろうか。それとも私が勢いのまま、また思わず道具に変えてしまうのだろうか。

(こ、怖い……っ!)

 

 

 

「争うつもりはない。吾輩の目的は『颶風の砂漠』の再調査だ」

 しかし私の嫌な予感とは逆に、ジャラランガは上空の靄を見上げながら言う。

「あ、争うって何の事?」

「お主達はそのニンゲン達の仲間か? では語らねばなるまい、吾輩は『オータムビレッジ』から来た者。お主達の仲間を捕らえていた者の一匹だ」

 アシマリの問いに対し、ジャラランガは正直に答える。

「……っ!」

 それを聞いて『ゆけゆけズ』が咄嗟に身構えるが、相手は一切の敵意を見せてこない。

 

 むしろ私を守ろうとするヒバニー達の姿を見て、まるで自分の信じて来た道を否定されたかのような、暗い表情を一瞬だけ見せた。

 

「友を傷付けられた仕返しか。それで気が済むのならいくらでも掛かって来るが良い」

「……本当にルーア達を捕まえる気はないの? 本当にダンジョンの調査だけ? その……テラキオンってポケモンの仇を取るとか考えてないの?」

 構えもせずに言うジャラランガに対し、チコリータがまだ警戒を解かずに問いただす。

「信用できぬか……しかし吾輩としては信じてくれとしか言えぬ。巨大化したダンジョンにて前例のない事態が起きたとあれば、調査のために力を温存しておきたい」

「あたし達も『黒い繭』をどうにかするために来たからそれはいいのよ。問題は事態が解決した後にあなたがいきなりルーアを捕らえて来るんじゃないかって不安があるの、こっちには……」

 チコリータの言う通り、ジャラランガが私の捕獲ではなくダンジョン調査を行おうとしているのはあくまで優先度によるものかもしれない。

 

 何せ、相手には私を見逃す理由がないのだから……。

 

 

「……ポケモンとニンゲンの溝など、最初から無かったのだな」

「……え?」

 ジャラランガは私達の前を通り過ぎ『颶風の砂漠』の入口へと向かっていく。

「あったのは……我ら『オータムビレッジ』が勝手に掘った……ニンゲンとの溝だけだ」

 そう呟いて彼はダンジョンの中へと入って行ってしまった。

「ま、待ってくれ!」

 サンドも『オータムビレッジ』から来た彼を呼び止めようと同じように入口へと向かい始める。

 

「……行ったのか。や、やべえ手汗が」

「うん……あのポケモン、戦意は見せなかったけど凄い気迫だったよ」

「助かったけれど、どうしましょう……『颶風の砂漠』に行こうにもあいつが入って行った以上、自分達から火の中に飛び込むようなものよね……」

 緊張から解放された『ゆけゆけズ』が安堵の息をついて話し始める。

「……」

 オーマも『やめよう』とでも言いたげに私を見つめて首を振っていた。

 しかし私はジャラランガたちが消えて行った『颶風の砂漠』の入口を見つめる。

 

(ジャラランガは……やり方はともかく、私達ニンゲンと絆を深めようとしてた。弟子たちの反対を押し切ってまで……)

 

 鍛錬を勧めて来ていた時よりもかなり落ち込んでいた様子だったのも……私達がポケモンであるヒバニー達と仲間であることを知り、自分のやり方が間違っていたのだと思ったからかもしれない。

「ジャラランガは……ニンゲンの事、嫌ってないんだと思う」

「えっ、そうなの?」

 私が言うとチコリータが驚いたような顔になった。

「でも……テラキオンの件で怒らない筈もないと思うから……よく分からない」

「うーん……じゃあ確かめてみよっか!」

 しかし確信は持てない、ということを付け加えるがアシマリが笑顔を浮かべて前肢を持ち上げる。

 

「もしジャラランガってポケモンが本当にルーア達を敵視してないなら仲良くなれるかもだし、ネイティオ達から『あなぬけのたま』は貰ってるから何かあっても退却は出来るよ。行ってみない?」

 

 彼女は持ち前のポジティブさで提案してくる。

 いつもウジウジ考えてしまう私にとってその前向きさで背中を押してくれるのは……本当にありがたい。

「……うん」

「んじゃ早いとこ追うか!」

「そうね、モタモタしてたら追いつけないかも」

 私が頷くのを見て、ヒバニー達も乗り気になってくれた。

「……」

 オーマも躊躇いながらも頷き、ダンジョンに付いてくるようだ。

 

 

 

 私は仲間達と共に、青い空を砂と靄で濁らせる砂漠へ足を踏み入れるのであった。

 

 ……自分の心にもまた、濁りがあることも自覚していた。

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