インテレオンとの面会を終えた日の昼下がりのこと。
「ルーア、スール? ここですの?」
インテレオンの家に戻った私達に呼び掛けてくる者が現れる。この声はマホイップだ。
「……何?」
家に戻った後も散々スールと喧嘩したことにより、マホイップに非は無いのに私は思わず不機嫌な反応を返してしまった。
「どこに……って、またイチャイチャしてますの?」
「違う……!」
マホイップはソファーに横たわり密着する私達を見てそんな事を言ってくる。実際はスールと喧嘩した拍子にバランスを崩して倒れ込んでしまい起きられなくなっただけなのだ。
「……まあそれは良くて。伝えないといけないことがありますの」
彼女は不意に真面目な表情となり、私達の顔をまっすぐ見てくる。
「私達『ナイトスター』はこれから『オータムビレッジ』へ向かいますわ」
……マホイップ達が『オータムビレッジ』へ?
「ルーアから聞いた話をファイヤーにも展開した所、一度『オータムビレッジ』側の真意を追求したいとの事でしたの。私としても、彼らがルーア達ニンゲンを差別し手荒に扱ったためにあなたが精神の限界を迎え暴走してしまったのではと踏んでいますわ。だから今の責任者であるオーロットと顔を合わせて話したいんですのよ」
「……っ」
「御安心なさって、私達も『ファイヤーのギルド』も、あなたの味方ですわよ」
私を信じてくれているという事実に涙を零した私を安心させるようにマホイップは笑顔を向けて来た。
「それと仮にルーアの件でオーロット達に非があったとしても、メロエッタが『銀杏山脈』にいる凶暴化ポケモン達の主となってしまった事態、および『颶風の砂漠』でメガガブリアスが暴れている事態を見過ごすわけにはいきません」
そして彼女達は救助隊の矜持として、『オータムビレッジ』の危機に駆け付ける事を告げる。私はあの村のポケモン達のことなんてどうでもいいなんて思ったけれど、マホイップ達は違うのだ。例え自分達では納得出来ない行為をする相手でも、苦しんでいるのなら救おうと手を差し伸べるつもりなのだ。
「そして『サマーリゾート』にも救援を頼みに、今『スピアーズ』と『ヨアソビ』が向かっている所ですわ。『ロイヤルズ』や『エキサイト』などのチームが応じてくれるのなら頼もしい戦力となりますし……何よりルーアに頼れない現状、『颶風の砂漠』側の問題解決には『エキサイト』達が行っている凶暴化研究の力を借りたいんですの。今のままでは黒い靄への対処が不可能ですもの」
「……」
続けられたマホイップの言葉に沈黙を返す私。いつ何がきっかけで暴走してしまうか分からない以上、ダンジョンに連れて行くなどして負担や刺激を与えるべきではないというのが『ファイヤーのギルド』の見解だ。私の暴走を抑えられるのではと考えられているスールと共に、『スプリングタウン』で過ごすようにと指示を受けているのだ。
(でも、大丈夫なのかな。ランクルスのリライブ装置も失敗してたし……黒い靄の対処にまで気を回す余裕も無いんじゃ……)
おそらくインテレオンからもリライブ研究の進展は芳しくないとは聞いている筈だが、マホイップ達として今頼れるのは彼女達だけなのだろう。
マホイップは一通りは伝えたとばかりに、階段の上にあったランドセルをソファーに放り投げてくる。
「私達が町を出る以上、あなた達の世話は出来なくなりますわ。次はあまり自分達の動きを制限し過ぎないような方法で一緒にいて下さいませ」
確かにこのまま『あかいいと』で縛られたままでは息絶えてしまうだろうと、私は水色をしたランドセルに触れて私とスールを縛めていた糸を解いた。
「うえぇ……」
スールはすぐさま私から離れ、気味悪そうな顔で自分の身体を見下ろしていた。まるで汚物とずっと密着させられていたような反応に私は苛立ちで歯軋りする。
「……では、私も準備に戻りますわ。インテレオンさんの見舞いは頼みましたわよ」
そう言ってマホイップは踵を返して帰ろうとし……。
「……そしてルーア、くれぐれも無謀な真似はしないで下さい。もし何かあったらインテレオンさんだけではなく、私達だって悲しいのですから」
私が勝手に『オータムビレッジ』近辺に来るのではないか……そんな懸念を抱いているような表情で言い残すのであった。
『ナイトスター』が『スプリングタウン』から出発した翌日。
(ああ言われたけど……本当に町に閉じこもってて良いのかな……)
インテレオンの家……その自室の窓から雨雲を眺めながら私は溜息をつく。
ヒバニー達やマホイップ達も同じ空を見上げているかもしれないが、彼らは『歪みの穴』が巻き起こす問題へ必死に立ち向かっている最中なのだ。私一人だけ何もせずにクヨクヨしていて良いのだろうか。
(……だけど、また暴走するのは怖い)
今こそ平静を保てているが、何が原因でおかしくなってしまうか分からず怯えるばかり。スールがいれば暴走を抑えられる…というのも予想に過ぎず、もし無関係だったら次暴走した時に元に戻れるのかどうかも不明なのだ。
(もしインテレオンにまた危害を加えちゃったら? もしポケモンをまた道具に変えちゃったら?)
私はプルプルと頭を振ると、現実逃避するかのようにベッドへ横たわる。雨のせいで肌寒いため、そのまま這うように布団へ潜り込んだ。
全身を包み込む柔らかい感触に私は安らかな感情が少しだけ生まれるのを自覚する。起床した後朝食を取るぐらいしかしていないが、また寝てしまおうかと私はゆっくり瞼を下ろした……。
ブブブブブ……。
「ん……っ♡!」
しかしそれを妨害するバイブ。膣内に与えられる刺激のせいで私は目を見開いて身体を震わせ出す。
慌てて気を紛らわせようにも、布団を被っていては視界は真っ暗であるし、バイブ音と自分の喘ぎ声以外には雨音ぐらいしか聞こえない。
「あっ……♡」
外から見たらベッドの上で布団に包まった存在がいる事だけが分かるであろうが、その中では自縛したほぼ裸の少女が快楽に身を捩らせているのだ。
(駄目ぇ、『ゆけゆけズ』や『ナイトスター』に役目を丸投げして自分はオナニーに耽るなんて最低な真似、駄目ぇ……!)
必死に自分に言い聞かせるが、腰が勝手に動いてしまいクリトリスの根本に嵌められたリングが擦れる。
「ふにゅ、うぎゅ……♡」
ベッドをギシギシ、マットレスをズンズン鳴らして私は腰の動きを早めた。こんな変態行為やめないと、と理性で止めようとするが本能が快楽を欲しがってしまう。
(私、スール以下だ……! あっちも自縛野外露出する変態だけど、私はバイブやリングですぐに発情しちゃう……! それなのに手錠のせいでまともにオナニーも出来なくて……!)
下の階にいる少女の顔を思い出しながら私は悔しさのあまり歯軋りする。そして己の惨めさを自覚すると更に子宮が疼き出した。
「オナニーしたいぃ……♡ でも、駄目だよぉ、皆に顔向けできないよぉ……♡」
部屋に置いてあるランドセルの中にあるディルドなどの玩具を使いたくて仕方ないが、『オータムビレッジ』周辺が大変な状況でそんな真似やる訳には……。
「ねえ」
「うわっ!?」
不意を突くように部屋へやって来たスールの声に私は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。
「な、なに急に!?」
「なんかポケモン……ヤレユータンが会いたいって家の前に来てるんだけど」
濡れた股を見せないために顔だけ出して声を荒げると、彼女は呆れたような表情で答える。
(ヤレユータン?)
「久しぶりだね、ルーア」
この『スプリングタウン』で本屋を営んでいるヤレユータンは私が顔を見せるなり嬉しそうに挨拶して来た。
「ひ、久しぶり。どうしたの?」
こんな雨の日にわざわざ家にまで来るなんてどうしたのだろうと、少し緊張しながら応対する私。
「あんたが帰って来たってマホイップから教えて貰ってね、詳しくは聞いていないけど色々大変だったらしいじゃないか。それで何かルーアのために出来る事が無いかって考えてたんだよ」
「そ、そんな。気持ちだけでも……」
『ファイヤーのギルド』だけではなくこうして『スプリングタウン』のポケモンでさえ気にかけてくれることに目頭が熱くなるのを感じる。
「暫くこの町で休暇を過ごすんだろう? もし暇だったらあたしの本屋においでなさい、幾つか気になる本があれば喜んで貸すよ」
「本……」
元の世界ではスマホを見たりゲームをするばかりで、エッチな本以外はあまり読まなかった身だ。だが今の私は確かに時間を持て余しており、少しでも気が緩めば先程のようにオナニーをやりそうになってしまう。
(流石に今の立場で性欲に狂うのは避けたい……)
それに対して読書なら私自身を納得させながら『ゆけゆけズ』や『ナイトスター』達を待つ時間に充てられるかもしれない。
「……今から行ってみていい?」
「おおそうかい、遠慮せずおいで。後ろのあんたも良かったらどうかい?」
「えっ!?」
私の答えに笑顔で頷いたヤレユータンは続けて玄関の奥から様子を窺っていたスールにも問いかけた。
「あんたもニンゲンでこの世界に迷い込んでしまったんだろう。いきなりあたしらポケモンに慣れるのは難しいだろうし、本でも読んでインテレオンが回復するのを待つのはどうだい?」
「……」
朗らかに提案する老ポケモンに対し、スールは数秒沈黙するが暇をつぶす手段も無いまま待ち続けるのは苦だと感じたのかゆっくりと頷くのであった。
「おっ、お帰りばあちゃん! それと久しぶりだなルーア。ヒバ兄ちゃん達は元気か?」
扉を開いたヤレユータンを元気よく出迎えるのは彼女と共にこの『ヤレユータンの本屋』を営んでいるヤナップだ。
「えーと……うん」
笑顔で尋ねてくる彼に対し、私は懐かしさを感じながら頷く。
「それじゃあたしはお茶と菓子を準備するよ、ルーア達は借りたい本を探しておいで」
「ありがと」
身体の水滴を用意して貰った布で拭いた後、私はスールと共に本棚が立ち並ぶ店の中へとお邪魔した。
「ポケモンが本を書いたりするなんて……不思議」
そう言って奥へ歩き出すスールを見ながら私も心の中だけで同意する。私達の世界ではポケモンはあまり道具などを使う事は出来ず、当然本を作るような技術があるなど聞いたことも無い。
(この世界のポケモンは……どうして私達人間みたいな暮らしをしてるんだろ?)
そんな事を考えながら、私もスールとは別の本棚の前へ向かう。沢山ある本の背表紙を眺めていた私だったがそのうちの一つに見覚えのあるタイトルの本を見つけた。
『ニンゲンの恵み』……私がこの世界に来たばかりの頃、『ゆけゆけズ』と一緒にヤレユータンに読ませて貰った本だ。
(人間が登場してポケモン達に道具の使い方を教える本だったっけ。チコリータ達はあくまでお話のエッセンスじゃないかって言ってたけど……どうなんだろ)
私は沢山ある本のタイトルを眺めながら本棚に挟まれた通路を歩いていく。しかし読書の経験は少ないために自分が興味を持てる本、というのもよく把握出来ていない。
「うーん……ん?」
悩んでいた私だったが、一つの本のタイトルを見て何故か目が止まった。
『月』。
「……」
記憶から蘇るのは、私を『月に呼ばれた子』と呼んでくる何者かの声。そしてたまに私の夢に現れる、月を連想させる藍色の存在。
そして最初にこの本屋に来た時も、私はこの本のタイトルが無性に気になって仕方がなかった。
「どの本を借りるか決まったか?」
「あっ……えっと、あの『月』ってタイトルの……」
「おう、了解!」
様子を見に来たヤナップは私が気になっている本を聞くや否や身軽な身体能力を活かして本棚を登り、高い位置にあるその本を難なく取ってくれた。
「ありがとう……」
お礼を言い本の表紙に視線を落とすと、そこには大きな満月が描かれていた。しかし周りには不穏な雰囲気の黒い靄が漂っているのも描かれており……。
「お茶の準備が出来たよ」
「おっ、待ってました!」
ヤレユータンに呼ばれヤナップが笑顔で戻っていく。私もランドセルの中に『月』の本をしまうと彼の後を追うのであった。
「それじゃ」
インテレオンの家に帰った後、私はランドセルを揺すってスールが借りた数冊の本をソファーの上に出した。
そのまま彼女とまともに言葉を交わすことなく私は二階の自室へ入るとベッドに腰掛ける。
(早速読んでみようかな……)
私は念じて例の本『月』を出すと、ランドセルの力で表紙をゆっくりと捲った……。
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とある小さな国のお話です。
その国には立派な王子様と沢山のポケモン達が楽しく豊かに暮らしていました。
そんなある日のこと、空にポッカリ不思議な穴が空きました。するとどうしたことでしょう、穴からポタリポタリと黒い涙が零れ落ちます。
穴はどんどん広がり、まるで雨のように滝のように黒い涙を流し続けます。黒い涙に触れたポケモン達は次々とリンゴやきのみ、石ころに変わってしまい、王子様は残ったポケモン達をお城へ避難させますが黒色の災いに包囲されてしまいました。
もうダメかと王子様が諦めかけたその時、空を覆うほどまでに広がった穴からなんと月が降って来たのです。
月は災いを月光で照らし、空の穴へ次々と帰していきました。災いから解放され国は元通りになり、ポケモン達は大喜び。しかし月は"姿が変わったポケモンを戻すなら百の同じ道具を供えて祈れ"と伝えるだけで国から飛び去ろうとします。
そんな月を呼び止めるのは王子様でした。国を救ってくれたお礼をさせて欲しいと願います。最初は渋っていた月でしたが王子様の懸命な働きかけで一晩だけ留まると答えました。
黒い涙に襲われたポケモン達が元に戻った晩、お城で楽しい宴が開かれていましたが、不思議な穴から再び黒い涙が滴り落ちて来ました。月は急ぎお城から飛び出し黒い涙を照らします。月のお陰で再びの災いは未然に防がれたけれどポケモン達はまた穴から黒い涙が落ちて来るのではと怯えてしまいました。
王子様は頭を下げて月へ頼みました。この国を守るためにこのままここに居て欲しいと、自分にできる事なら何でもすると。月はそれでも帰ろうとしますが、王子様も国のポケモン達のため引き下がりません。彼の必死な姿にとうとう折れた月は国を守る事にします。
ポケモン達は黒を照らす月に感謝し、安心して暮らしました。月はポケモン達の期待に応える為、何度も何度も黒い涙を照らし空の穴へ帰しました。
だけどある日、王子様は不思議に思います。明るかった月がいつの間にか真っ黒に染まっていたのです。そして国を守ってくれていた筈の月は大地を照らすどころか自ら黒い涙を流し始めました。災いが再び国を襲い始めポケモン達は悲鳴を上げ逃げ惑うだけです。
王子様はその時気付いたのです。月に全てを任せたせいで、月が苦しんでいるのだと。王子様は謝り、黒い涙を流さないでくれと請いますが月は聞き入れず、ただ災いを生み出し続けます。
だから王子様は、約束を守りました。自分にできる事なら何でもするという約束を。
そして、全ての災いと共に国は無くなりました。国を統治する王子様がいなくなり、行き場を失ったポケモン達は他の土地を目指して旅立っていきます。
後には明るい月と夜を思わせる真っ黒の宝石だけが残されました。
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「……!」
最後のページを見終えた私は冷や汗を垂らし何度も深呼吸する。
(穴って……『歪みの穴』? そして黒い涙ってのも黒装モンスターとかと無関係じゃなさそうだし……なによりポケモンが道具に変わったって……!)
私は幾つかのページを戻し、目的の文言を再度確認。
『姿が変わったポケモンを戻すなら百の同じ道具を供えて祈れ』。
『月』の本に書かれた、道具に変わったポケモンを戻す方法。単なる物語だから関係ない……という可能性も否定できないが、今この世界で起きている現象と近しい災いが描かれていることもあり切って捨てようとは思えない。何より、私の手で道具に変えてしまったテラキオンを戻せる方法が分からない以上、縋ってみるしかあるまい。
―――戻してどうなるの? またテラキオンが私を捕まえるだけじゃないの?
(うるさい……!)
私は心の奥底に滲み出た思いに蓋をすると、インテレオンに相談するため雨が降り続く外へ飛び出すのであった。
「……」
『ママンボウ医療所』にてインテレオンに書物『月』を渡して読んで貰った所、彼もまた何かに思い至った様子で口元に手を添える。
「……まあ、その……ルーアの言った通り、これがテラキオンを元に戻す方法という可能性もあるね、うん……」
「うん、だからどうにか連絡を……」
私は提案しようと口を開くが、彼の顔色があまり良くないように感じて言葉が止まってしまった。
「……インテレオン?」
「……」
呼んでみるがインテレオンはとあるページを開いたまま目を細めている。私も視線を落としてみたところ、彼が凝視しているのは黒くなった月が国に災厄を振り撒いている場面。
「……ルーア、聞いてもいいかい?」
彼は視線を本に落としたまま聞いてくる。本を持つその手は僅かに震えていた。
「この本、『ヤレユータンの本屋』で借りたって言ってたよね。どうしてあれだけの本がある場所から、これを見つけられたんだい?」
「え、なんだかよく分からないけど……気になったから?」
質問の意図は不明だが、とりあえず問いに答える私。
「穴が『歪みの穴』……黒い涙が『黒い靄』と『黒装モンスター』……?」
それを聞いたインテレオンは額に手を当て独り言を呟き始める。何やら思考を巡らせているようだが一体どうしたのだろう。
「ねえ、インテレオン……」
私が思わず彼を呼んだその時。
「月光が『リライブ』……? それじゃあ月が……『ルーア』……?」
彼と目が合う。その目は絶望に打ちひしがれているような、あるいはこれまでの己の行いの愚かさに気付いたような思いを湛えているよう。
「どうしたの……?」
よく分からないことを小声で呟いていた彼に尋ねる。インテレオンは私に対し何かを言おうとしたが、医療所にいるママンボウを始めとする他のポケモン達を見て黙り込んでしまった。
「……ごめんルーア、僕が回復するまでこの町にいてくれ」
「い、インテレオン……?」
彼はそう言うと、まるで疲労感に押し潰されるかのように寝床で横になる。私は思っていた反応が得られずただ困惑するばかり。テラキオンを元に戻せる可能性が見つかったことで喜ぶと思っていたのに、逆に辛そうな顔をされるなんて。
一方的に話を打ち切られた以上、何も言えなくなった私は『ママンボウ医療所』を後にし雨が降る大通りへと出る。冷たい雨で身体が冷えていくのを感じながら、私は肩を落としトボトボと歩き始めた。
(何か伝えたさそうだったけど……周りに聞かれたくない内容……?)
聞かれたくないなら小声で話すとかあるのに、と考え私は溜め息をついた。
(それとも……話そうとしてた内容が私の負担になってまた暴走させるかも、なんて考えたとか……)
「急げ! ファイヤーさんへ伝えるんだ!」
その時、必死な形相をしたポケモンが通りを駆け抜けて行く。一体何事かと思ったが、その答えはすぐに耳へと入って来た。
「えっ! 灰色のニンゲン!?」
「そのようです。今は東門でカブルモさん達と押し問答しているとかなんとか……」
「マホイップちゃん達は『灰色のニンゲンは悪者じゃないですわ』って言ってたけど、どうなんだ……?」
「心配だわ……私、公園で遊んでる娘を家に帰してくるわ」
不安に駆られた町のポケモン達が話す内容を耳にして私は驚愕で目を見開いた。
イヴなのかオーマなのかは分からないが、何故この町に来ているのだろうか。私は急いで門へ向かおうとするがすぐに足が止まってしまう。
(私……暴走してる時にイヴ達を罠に嵌めた……。それで怒って復讐しに来たのかも……?)
彼女達に罵倒される未来を想像し、家へ逃げ帰りたくなるが私はブンブンとかぶりを振る。
(ファイヤーが彼女達に会って……穏便に話なんて進むのかな……?)
実際にオーマと親交を深めた『ゆけゆけズ』ならまだしも、伝聞でしか灰色のニンゲンの事情を知らないファイヤーでは話が拗れる可能性も充分に有り得る。であれば、やはり私が行かなければ……。
パチャパチャ音を鳴らしながら、私は東門向かって駆ける。東門側から逃げるように走って来るポケモン達にぶつかり転がされても、七転八倒の如く立ち上がって走り続ける。
(オーマと『ゆけゆけズ』は互いに歩み寄ろうとしてたもん……灰色のニンゲンとポケモンの溝を埋める事は不可能じゃない……!)
そして門に辿り着いた先で待ち受けていたのは……曇天のような灰色の肌を持つオーマであった。
「……ルーア」
彼女は町から出て来た私を見て、安堵と恐怖の入り混じった顔をする。
「え、知り合いかお前たち…?」
門番の役割を果たしていたカブルモは私とオーマの顔を交互に見て困惑したように尋ねてきた。
「……どうしてここに?」
「と、当然じゃないですか。ルーアがおかしくなったまま出ていってしまったから様子を見に来たんですよ」
緊張しているのか震える声で答えるオーマ。『追放の遺跡』から出ていった事はトワから、私が普段『スプリングタウン』で暮らしている事はイヴから聞いたのかもしれない。
「おかしくなったってあの時の……」
チョボマキは呟き、警戒を少し緩める。オーマの口振りから灰色のニンゲンが本当に私の仲間になったのでは、と受け取ったらしい。
「あなたが『灰色のニンゲン』ですね」
その時、空から声が聞こえてくる。
見上げるとそこには雨の中でも優雅に揺れる焔を纏ったポケモン、ファイヤーがいた。
「初めまして。私はこの町の救助隊を統括する立場にあるファイヤーです。警戒する気持ちは分かりますが、我々『スプリングタウン』のポケモンはあなたと戦闘をする意思はありません」
咄嗟に身構えようとしたオーマに先んじて、ギルド長は落ち着き払った様子で伝える。
「……」
しかしオーマは躊躇う様子こそ見せるが簡単に心を許す気配も無い。『オータムビレッジ』でぞんざいに扱われた為に、まだポケモンへの苦手意識が抜けていないのだろう。
「……ルーア、もう大丈夫なんですか?」
「……分かんない」
ファイヤーと見つめ合っていても進展は無いと思ったのか、唐突に私に話題を振ってくるオーマ。しかし私は自分が暴走する原因も不明な以上そんな回答しか返せない。
「分からないって……あの『未踏摩天楼』で何があったんですか? 私が辿り着いた時にはもうまともな状態じゃなくなって……」
「……」
続けて尋ねられるも私は口を噤む。濃密な闇が見せる幻覚によって何度も寸止めをされ、性欲狂いになっていたなどファイヤーやチョボマキ達がいる場で言いたくはない。
「……分かりました、元に戻ったのならあの件はもういいです。それよりも『颶風の砂漠』で起きている問題に対してこの『スプリングタウン』へ助けを求めるという件は完了したという事ですか?」
「ええ。『ナイトスター』が昨日『オータムビレッジ』向けて出発し、別のチームも『サマーリゾート』へ応援依頼のため向かっている最中です」
灰色のニンゲンの確認へ代わりに答えるのはファイヤーだ。オーマは話に割って入られたことに対して少し顔を顰めるが、しっかり事が進んでいる事には安心している様子を見せる。
「じゃあ『追放の遺跡』から『未踏摩天楼』に飛んで『ゆけゆけズ』達と合流する……という事でいいんですよね」
「……」
そしてオーマの言葉で、私は『颶風の砂漠』で暴れる黒装モンスターと化したメガガブリアスを止める為、『静寂の丘』でヒバニー達と別れた場面を思い返す。
「……なりません。ルーア、あなたは今非常に不安定な状態です」
しかしそれを止めるのはファイヤーだった。門の近くに降り立ったギルド長は私を見つめるが、その鋭い眼光の中には心配するような感情が湛えられている。
「暴走したことで一番苦しんだのはあなた自身でしょう。何が原因でああなってしまうのか分からない以上、あなたに負担がかかる事を見過ごす訳にはいきません」
「……っ」
諭すように言ってくるファイヤーに私は反論が出来ず俯いた。確かにファイヤーの言う通りである……例えオーマと共に『静寂の丘』へ戻り『颶風の砂漠』へ突入したとしても、もしまた暴走してしまったら『ゆけゆけズ』達の足を引っ張ってしまうだけだ。
「ルーアは行かないのですか?」
しかしオーマに確認され私は身体を震わせた。彼女の声音や表情から責める意図が無いのは分かるが、私はすぐに動く決断を出せない自分を責めてしまう。スールはこの世界に来たばかりである以上、黒い靄に対抗してリライブを行えるのは私だけだ。今も靄に包まれ苦しんでいる『颶風の砂漠』のポケモン達がいるという緊急性の高い状態で、私のペースでやるなんて悠長な真似が果たして許されるのだろうか……。
マホイップを始めとするポケモン達はランクルスの研究成果に期待しているようだが、正直に言って彼女らが望むものが得られるとは思えない。確かに悪いダンジョンエネルギーを凶暴化ポケモンから取り出す事は成功したものの、自分自身にエネルギーが流入してくる状態だったのだから。何より黒い靄への対処が出来なければ『颶風の砂漠』の奥にすら入れないだろう。
それに『颶風の砂漠』の問題を無視しても、あのダンジョンはどんどん際限なく巨大化していくのではないだろうか? その内『オータムビレッジ』まで呑み込み、いずれはこの『スプリングタウン』も巻き込まれ逃げ場なんて無くなるのでは。インテレオンまで靄に呑み込まれてしまうのでは。
「私は……」
なら、行かなくてはならない。どんなに辛くて、どんなに不安でも。
『オータムビレッジ』のためとか、この世界のためとかじゃなくて……私が好きなインテレオンのために。
「……行くつもりなんだね。僕が動けなくても」
声に驚いて振り返るとそこにはインテレオンがいた。隣にはスールが付き添っており、立つのさえ辛そうな彼に肩を貸している。
「インテレオン……」
「灰色のニンゲンが門まで来てるって聞いて……まさかと思ってママンボウに無理を言って来させて貰ったんだ」
彼は苦しそうに、辛そうに言葉を紡いだ。
「本当は行かせたくない。『あの本』に書かれたことが真実なら、戦ってでもルーアを止めたい……」
「……『颶風の砂漠』がこれ以上大きくなったらいつか『スプリングタウン』も巻き込んで……インテレオンまで黒い靄で苦しみ続けるかも。そんなの、嫌だよ」
「……そうかい」
今にも泣きそうな顔のまま、彼はレスキューバッグから幾つかのふしぎだまを取り出す。
「……ルーアから聞いている。オーマ、だよね? この『おたすけだま』を持っていてくれないか」
「……?」
オーマは警戒しながらも恐る恐るそのふしぎだまを受け取った。
「もしルーアがまた暴走しそうになったら使ってくれるかい。その道具の効果で僕やスールがキミ達の元へ一時的に駆け付けられる」
「なるほど、スールが暴走したルーアを戻せるかもしれないなら、それに賭けるということですか」
『おたすけだま』の効果を説明するインテレオンにファイヤーは納得した様子で頷く。スールは嫌そうな表情を私に向けて来るが、おそらくインテレオンと共に飛ぶことを条件に承諾したのだろう。
「……ルーア、『サマーリゾート』の時とは形は違ってしまうけど……君を守るために僕も一緒にいるよ」
「……っ!」
私は思わずインテレオンの胸元に飛び込み、必死に頭や顔をすり寄せた。
本当は彼とまた離れるなんて嫌だ。不安で不安で、心が押し潰されそうでしょうがない。
でも、必要な時に駆け付けてくれる……それが分かったら冷えた気持ちも、じんわり温かくなった。