『スプリングタウン』を発った私達は『追放の遺跡』にあるゲートを抜けて『未踏摩天楼』へと戻って来る。
「ルーア……!」
「……」
そんな私とオーマを出迎えたのは灰色のニンゲン、イヴとトワだ。この広く高いダンジョンで物資を集めているようだが、私を見るなり緊張気味な顔を見せて来る。
「ええと、その……この前は…ごめん……」
数日前、彼女らを罠に嵌めてしまったばかりの私は尻すぼみな声で謝罪を口にする。
「ルーア……大丈夫なの?」
不安そうに尋ねてくるイヴに対して私はゆっくり頷いた。例え暴走したとしてもインテレオン達が助けに来てくれるのだから。
「お前……あいつらに協力するって聞いたぞ。そんな事せずにここで暮らした方が良いんじゃないか?」
「私の大事な相手の為だから」
続けてトワも確認してくるが、私は小声ながらもはっきり伝える。ポケモンが入って来れないここであれば平穏に暮らせるかもしれないが、それではインテレオンと共にいられないのだ。
「……やれやれ、じゃあせめてこれ持ってけよ。あたし達と姿が似た奴が二度と帰って来なくなるとか寝覚めがわりぃから」
そう言ってトワはいくつかのガラス製の道具を渡して来る。
「これ……ビードロ?」
「知ってんのか?」
青、黄色、赤の透明なガラス細工の道具。これを吹くと音が鳴る……みたいな事を元の世界で聞いた気がする。
「赤い奴は吹くとその……いやらしい気分が落ち着くから持っとけば役に立つかも。他の二つも多分何か効果があるんじゃねぇのかな」
「……うん、ありがとうトワ」
インテレオンとエッチする時はともかく、それ以外の時に発情してしまうのを煩わしく感じる事は少なくなかった。しかしこの『あかいビードロ』があれば確かにマシになるかもしれない。
「トワ、いい子だね」
「やめろ!」
私に手助けしたトワを撫でようとするイヴに対し、トワ自身は嫌がって彼女の顔を掴んでいた。二人がそれなりに仲良くなった事が分かる光景に私は思わず口端を緩める。
「いたたた……それでルーア。無理はしないで、いつでも帰って来ていいから」
「ありが……?」
そしてイヴもまた私を受け入れてくれる事に感謝の意を返そうとしたが、彼女も何かの道具を差し出して来ているのに気付く。
……変わった見た目の、バンド?
「このダンジョンに落ちてたけど……他の道具よりもなんだか変わった力を感じる」
イヴの言葉通り、そのバンドからは時折赤い光が漏れ出しているのが見えた。悪いダンジョンエネルギーかと身構えたが、私達に悪影響を及ぼす気配は無い。
(この『煌めき太陽ビル』はスールの家みたいなものだし……聞いてみればいっか)
ビードロのように何かの役に立つ可能性もあり、私はイヴが差し出したそのバンドをランドセルの中に入れる。
「ありがとう、みんな」
『スプリングタウン』のポケモン達だけではなく、灰色のニンゲン達も私に協力してくれることに私は温かい気持ちになるのであった。
『未踏摩天楼』から外のサバンナへ出た私達。その後イヴが使用した『あなぬけのたま』により、見覚えのある乾いた地『静寂の丘』へ辿り着いていた。
「よく戻ったな」
私達の元へやって来るのはネイティだ。数日『スプリングタウン』で休んでいた為に、元々の予定よりかなり遅くなってしまい彼女らには申し訳無い気分だ。
「えっと、ヒバニー達は?」
「あそこだ」
「……あっ!?」
視線を上げたネイティにつられるまま上を見るが、私は思わず声を上げる。
なんと三匹が奇岩の柱のてっぺんにいるではないか!
「あ、危ない……!」
「案ずるな」
慌てる私だが、何者かが落ち着いた声音で制止して来た。声がして来た方向を見るが私は更に落ち着きを失ってしまう。
そこに座っていたのは『テラキオンのギルド』の道場主であるジャラランガだったのだから。最後に彼の姿を見たのは『颶風の砂漠』だ。そこで黒装モンスターとなったメガガブリアスと戦闘していたのを覚えている。
「……っ」
「彼らは今、訓練中である」
ジャラランガは前と変わらず私やオーマに対して嫌悪の感情を抱いていないようで、上方にいる『ゆけゆけズ』へと視線を戻した。
「砂嵐の吹き荒れる中でも活動したいと言っていてな。それ故に、いかなる環境でも平常心を保つために精神統一の修行を施している最中なのだ」
確かに彼らと最初に『颶風の砂漠』に向かった時は砂嵐に非常に苦しめられた。『ゆけゆけズ』はそれを克服するため……更なる高みを目指すためにジャラランガに教えを乞うたのだろう。
「それはいいですけど。何故あなたがここに?」
そこで私が聞きたかった事を代わりにオーマが尋ねてくれる。
「……かの砂漠の支配者ガブリアスに敗北し、こうして命辛々逃げ帰って来たのだ。『あなぬけのたま』が黒い靄で破壊された故に『オータムビレッジ』まで体力が持たぬと判断し、ネイティオ達がいるこの地へ来た次第だ」
ヒバニー達から視線を外さずに語るジャラランガの身体のあちこちには傷が残っており、さっきから座ったまま動かないのも療養中のためだろう。
「なっ……それはつまり、『オータムビレッジ』のポケモンもここを知ってるって事じゃ……」
「心配するな。あの村のポケモンで我らテレポート屋の本拠点を知っているのは彼とメロエッタ、そしてテラキオンのみだ」
オーマの懸念に対し、落ち着かせるように伝えるのはネイティだ。
テラキオン……そうだ。
「あ、あの。私のせいで道具になったテラキオンだけど……もしかしたら元に戻せる方法があるかもしれなくて」
「……」
私は勇気を振り絞って伝えるが、ジャラランガは視線を私に向けるだけで何も答えない。
「物語に載ってた内容だけど、何も手掛かりが無いよりかは……」
「……何ゆえ、吾輩にそれを伝える?」
続けて伝えるものの彼は目を細めて聞いてくる。
「テラキオンはお主達ニンゲンを敵視する筆頭とも言える存在。仮に道具から元に戻ったとしても、実際に危害を加えて来た『敵』としてお主達を討とうとするやもしれぬぞ」
「……っ!」
―――そうだよ、インテレオンに危害が及ぶかもしれない『颶風の砂漠』の問題だけ解決すればいいよ。『オータムビレッジ』のポケモン達なんてこのまま……。
(うるさい……っ!)
私は心の奥から出てくる嫌な言葉を必死に押し留める。
「ルーア、今は『颶風の砂漠』の事だけを考えましょう」
「……っ、うん……」
私が表情を歪めたのを見てか、オーマがそう気遣ってくれる。彼女の言う通りだ、今は目の前の事だけに集中しないといけない。
「それが良かろう」
ジャラランガは頷くとまだ本調子ではないであろうにゆっくりと立ち上がった。
「『ゆけゆけズ』よ!! お前達の友が戻ったぞ!!」
「どええっ!?」
「きゃあっ!?」
「うわーっ!?」
ジャラランガがいきなり爆音の声を上げ、驚いたヒバニー達が落下してくる。あわや地面に激突……とはならずジャラランガが三匹ともキャッチした。
「うんむ、もう少し心の重心を鍛える必要がありそうだな!」
「いやいや、集中してる最中に今のは反則でしょ!」
豪快に笑う道場主に対してチコリータがカンカンな様子で抗議する。
「……あ、ルーア! それにオーマも!」
いち早くジャラランガの腕から抜け出したアシマリが嬉しそうに駆け寄って来た。
「安心したよ、『スプリングタウン』や『サマーリゾート』のポケモン達に伝えてくれたんだね?」
「うん、まず『ナイトスター』が『オータムビレッジ』に向かってくれてる所」
「へぇ、やっぱりマホイップ達は行動が早いのね……」
状況を伝えるとチコリータ達は感嘆した様子で戦力増強が見込まれる事を喜んでいた。
「それで、こっちはどうなってるの……?」
私は『颶風の砂漠』がある方角を見て尋ねる。以前は巨大化した黒装のメガガブリアスがここからでも視認出来たが、今は黒い靄と砂嵐が激しくて様子が分からない。
「見ただけで分かってると思うけど、いい状況じゃないな……。前より黒い靄が増えちまって、ダンジョンの中心エリアを丸々包みこんじまってる」
私の隣まで駆け寄り同じように砂漠を見つめながらヒバニーが答える。あのような状態のダンジョンに突入するのは無謀だと判断して彼らは修行しながら待機していたようだ。
「やっぱりメガガブリアスが暴れてる影響……?」
「そう考えるのが自然だけど、調査も出来ないから実際の所は不明ね……」
「……あれ?」
私達が意見交換をしていると、オーマが怪訝そうに『颶風の砂漠』を見つめる。
いや、違う。彼女はダンジョンの少し手前を見ていた。
視線の先の"ダンジョンではない区域"が不気味に揺れ始めているのが見える。蜃気楼や地震などではないのは明白で、みるみるうちにその岩石砂漠は形状を変化させていく。
「ダンジョンに変わっていってる!」
「ま、マジかよ!?」
私達が困惑している間にその地は無数の広間や通路からなる迷宮……ダンジョンに変化してしまった。
「ダンジョン、更なる巨大化」
いつの間にか私達の背後にやって来ていたネイティオがまっすぐ『颶風の砂漠』を見て呟く。
「……このままではいずれ『静寂の丘』や『オータムビレッジ』も呑み込まれるか……」
「……っ」
ジャラランガの言葉に私は冷や汗を垂らす。それどころか『スプリングタウン』にまで拡がる可能性だってある。どうにかして食い止めなくてはインテレオンが危険だ。
「見よ」
「?」
ネイティオが翼で指し示した先に視線を向ける一同。そこは『颶風の砂漠』一度目の巨大化によりダンジョン化したエリアだ。よく見てみるとその区画のある一点から黒い靄が舞い上がっているのが見える。
「これまではあのダンジョンの中心部からのみ出ていた黒き靄が別地点からも発生するようになっている」
「靄は繭から出て来るって話だよな」
「えっと……まさか新しい黒い繭が現れたの?」
ネイティの補足説明を受け、『ゆけゆけズ』は顔を強張らせた。
「あれを放置すれば新たな黒装モンスターが自ら繭を破りメガガブリアスのように暴れ出す、という事か」
「肯定」
ジャラランガに対しネイティオは頷くものの、声音は重々しく事態の深刻さに彼女自身焦っているのだろう。
「……まずは新しい繭をなんとかしなきゃ」
私の言葉に周囲のポケモン達やオーマが視線を向けてくる。
「まだマホイップ達が到着するまで時間がかかるからメガガブリアスの対処は難しくても……発生したばかりの繭にいる黒装モンスターなら対処も可能かも……」
黒い繭は時間が経つにつれ靄の量や内部の黒装モンスターの力が増していく。ならば逆にすぐ対処すれば戦力が少なくてもどうにかなるのではないだろうか。
「今できることをやるって事だね、賛成!」
笑顔で応じてくれるアシマリに続いてヒバニーとチコリータも頷く。
「……何かあればすぐにこれを使いますからね」
オーマはポシェットからチラリと『おたすけだま』を見せて注意を促して来た。いざという時は彼女、そしてインテレオンが手を貸してくれる事に私は頬を緩める。
「……吾輩も同行させてはくれぬか」
「っ!?」
そんな言葉を口にしたのはジャラランガだ。人間側に歩み寄ろうとしたものの、その手段を拒絶されてから彼は私達とあまり関わろうとしていなかったために予想外である。
「な、なんで?」
「吾輩も救助隊のギルドの一員であるが故にだ。それに、吾輩の道場で稽古をする門下生達も『オータムビレッジ』に帰っておらぬと聞いているのだ」
思い返してみれば『颶風の砂漠』には救助隊『ヒートソウル』のワカシャモ達が訪れて来ていた筈だ。彼らは私達を捕まえようとしていたものの、結局メガガブリアスの暴走に巻き込まれてしまったのだろうか?
「……鍛錬させて貰って、あんたがルーア達を敵視してないってのは分かったよ。だけど『ヒートソウル』達は明確にルーア達を捕まえようとしてたんだぞ」
「もし彼らを助けたとしても、いきなりルーアに襲い掛かってくるかもしれないわ。あなたが彼らを止めてくれるっていうの?」
「そうなった時は、必ず。これ以上『オータムビレッジ』とニンゲンの溝を広げるわけにはいかぬ」
『ゆけゆけズ』達に確認されたジャラランガは一切の淀みなく答える。
「……どうします、ルーア?」
そんな彼らを横目にオーマが小声で聞いてくる。ジャラランガは私達『ニンゲン』を敵視していなかったとしても、厳しい稽古を強要して心身共に疲弊させてきたのは事実だ。彼に対する苦手意識が無いと言ったら嘘になる。
けれど……空回りしただけで悪意は無かったのだろう。それにヒバニー達は彼の施す修行をすんなりと受け入れていたのを見たばかりであるし、本当にただジャラランガの育成方針と私達の気持ちが噛み合わなかっただけだと思う。
「……教えてよ。どうして『オータムビレッジ』の周りのポケモン達は私達を嫌ってるのに、ジャラランガは歩み寄ろうとしてるの? オーマがポケモン達を取り込んで、私がテラキオンを道具に変えて……その事を怒ったりしてないの?」
だから、はっきりさせたい。ジャラランガが本当に信頼に値するのか。
「……吾輩は本当の悪など存在しないと考えているのだ。あくまで吾輩の価値観であるが」
『ゆけゆけズ』やネイティオ達の視線も集まる中、ジャラランガは語り始める。
「悪事と呼ばれる行為には必ず理由があるのでは、というのが吾輩の持論だ。周りの環境により悪を悪だと感じない価値観を持つことになった、悪事だとは理解していても生活に困窮しているためにそうせざるを得なかった……といったモノだ。なればお主達ニンゲンも同じではないだろうか、共に鍛錬して汗を流し切磋琢磨すれば心を通わせ悪から脱せられるのではないか……そう吾輩は考えたのだ。例え周囲からどう言われようと、最初からニンゲン達を一方的に悪と断じるなどという選択肢を吾輩は取りたくなかった」
そこまで語ってジャラランガは小さくため息をつく。
「しかし、吾輩がやっていた事も自己満足だったのだろう。現にお主達は吾輩達と語り合うつもりは露程も無いとまで言った……良かれと行った行為が余計に溝を深めてしまったのだ。吾輩が何もしなければお主達に激しい憎しみを持たせず、テラキオンが道具になる事も無かったやもしれぬ……お主達への怒りよりも己への失望が勝ったというものよ」
彼は自らの未熟さを白状すると、今一度私とオーマをまっすぐ見つめてくる。
「ニンゲン……いや、ルーアとオーマよ。お主達の思いを無視し吾輩の身勝手を押し付けた事、誠に申し訳なかった! そして頼む。吾輩のかけがえのない門下生達を、そして今も苦しんでいる砂漠のポケモン達を救う為に……お主達と共に進む機会をくれ!」
頭を下げるジャラランガ。
受け入れるのも断るのも自由だ、と言いたげに視線を向けてくるネイティオ。
どんな答えを選んでも自分達は味方だから安心しろとばかりに笑顔を見せる『ゆけゆけズ』。
「ルーアに任せます」
オーマはそう言って姿勢を低くしているジャラランガを見下ろす。しかしその視線には先程までのような拒絶の感情は残っていなかった。
私も同じだ。きっと今のが彼の本心なのだろう。
「分かった、よろしくねジャラランガ」
乾燥した空気と熱い日差しが私に襲い掛かる。雲一つない青空の下に広がる大地には岩ばかりで草木は殆ど見当たらない。
「再チャレンジだね、『颶風の砂漠』!」
アシマリの言う通り正面の岩壁にはダンジョン『颶風の砂漠』の入口が空いている。
「厳密には二回目の巨大化による影響で新しくダンジョン化した区域になるわね」
「一回目の巨大化でダンジョン化した区域にあるかもしれない黒い繭をどうにかするのが今回の目的……だよな」
チコリータとヒバニーも頷き合って意気込んでいる。前回の突入時はジャラランガに襲われるかもしれないという事であまり乗り気ではなかったが、今回はやる気いっぱいであるのがよく分かる。
「……ぷひー」
そんな『ゆけゆけズ』を見ながら私はある道具で音を鳴らす。
「ねえルーア、ここまで来る途中もしょっちゅう吹いてたけど何それ?」
「ぷふっ……な、何でもない」
私は慌てて先程まで吹いていた『あかいビードロ』をしまいながら誤魔化した。トワの言っていた通りこれを吹くと淫乱な気分が落ち着き、バイブやらクリトリスリングやらで何度も脚を止めていた前回と比べてかなり早く到達することが出来たのだ。
「うんむ、吾輩達の緊張をほぐす為にルーアなりの気遣いだろう! 誠、感謝だ!」
ジャラランガは響くような笑い声を上げる。『オータムビレッジ』で対立してから私達に対してよそよそしい態度を取っていた彼だが、再度人間との交流を持つためのチャンスを得られたことでいつもの調子を取り戻していた。
「……改めてになるが。私達の住む地を救う為に尽力してくれること、感謝する。どうか力を貸してくれ」
先頭に立つサンドがそう言って振り返って来た。前回の突入時にリライブされた彼女もジャラランガと共に『静寂の丘』へ逃げて来ていたが、こうして案内役を買って出てくれたのだ。
「任せてくれよ、早速行こうぜ!」
ヒバニーが元気よく応じるとサンドも安心したように頷き、ダンジョンの中へと臆せず突入していく。私達も彼女の後を追い、『颶風の砂漠』の奥を目指すのであった。
「そういえば砂嵐に対策するとかで特訓してたけど、どう?」
「うーん……まだ自信ないって言うか」
その途中、ふと気になって聞いてみるがヒバニーは頭を掻きながら答える。
「構わぬ、一朝一夕で得られる技術でもあるまいしな。今回は『颶風の砂漠』の中心部からは離れた区域故にそこまで警戒することもなかろう」
「でもまたスナヘビの特性『すなはき』みたいなことで起こり得るでしょ?」
青空を見上げて言うジャラランガに対し、チコリータは前回の事を思い返すような苦々しい顔で返事をした。
「いざとなれば"あの道具"を使えば良い。自身の能力で対処出来ぬ時は別の手段を用いる事もまた技術なのだ」
「意外ですね、彼は根性論の塊だと思っていたのに」
「鍛える事とそれで成果を出す事は別……ってスタンスなのかな」
ジャラランガを見ながら私はオーマと小声で話す。自分の力のみを使うみたいな信念に固執したせいで救助に失敗した……という事は望んでいないのかもしれない。
「おい、お前何をしてる!?」
「!」
通路を抜けた先にて何者かの声が響き、先頭にいたサンドが身構える。彼女の視線の先には岩ばかりしか見えず、相手は隠れているのだろうかと私は警戒するがそれは誤りであった。
岩のような胴体がゴトゴト持ち上がり始め、立方体のような頭部や四足が露わになる!
「ジオヅム……だったかしら」
「うんむ。しかし周囲にも気を配るのだぞ、コジオもおるからな」
ジャラランガの言う通り、広間のあちこちでジオヅムと同様に複数匹のコジオも動き始めていた。
いずれもこの地域に暮らしているポケモンらしいが、やはり凶暴化してしまっているようだ。
「この地を守る役目を忘れ、外の連中を連れてくるとは!」
「待て、お前達は今凶暴化しているんだ!」
怒りのままに地面を踏み鳴らすジオヅムへサンドが呼びかけるが相手は聞く耳持たぬ様子。
「やっぱり、ルーアのリライブに頼るしかねぇか」
「ゴメンルーア、よろしくね!」
「…………っ、うん…」
戦闘態勢に入りながらヒバニー達が言ってくるが、私は激しい不安を感じながら応じた。
(この所、リライブする度に身体に違和感が蓄積していってたけど大丈夫かな……?)
「破ッ!『スカイアッパー』!!」
「ぐうっ!?」
真っ先に動いたジャラランガが強烈なアッパーカットをジオヅムに炸裂させる!
「行くわよ、『はっぱカッター』!」
「よーし、『みずでっぽう』!」
「うわー」
続けてチコリータ達もコジオ達に攻撃を仕掛けていく。いわタイプにとって、くさとみずは苦手であるが故に有効なダメージとなっているようだ。
「俺も……『にどげり』!」
「『てっぺき』ー」
ヒバニーもかくとうタイプの技で攻勢に移ろうとするが狙われたコジオは咄嗟に身体を硬質化させた。
「うぎゃあ! いってえ!?」
「い、いけません……」
硬くなったコジオを蹴ってしまいヒバニーが悲鳴を上げて飛び跳ね始める。そんな彼の元へ駆け寄るのはオーマだ。
何をするのかと思いきや、彼女はポシェットから何かの道具を取り出していた。
「少し染みますけど我慢して下さい」
「な、何を……ぎょわっ!?」
オーマは突然スプレー状の何かをヒバニーの足先に吹き付け、彼は再び悲鳴を上げた!
「な、何やってるの!?」
相棒の悲痛な声を耳にしてチコリータが目を白黒させて振り返る。オーマがまさか裏切ったのかと考え私も冷や汗を垂らした。
「……おお! 最初は染みたけどなんか痛みが収まったぞ!?」
「『未踏摩天楼』で見つけた『キズぐすり』……という道具らしいです。効果があったみたいで良かったです」
再び戦闘に戻っていくヒバニーを見送りながら、オーマは私へ説明を入れた。どうやら彼女はポケモンを取り込む以外にも自分に出来ることが無いか探していたようだ。
「渇き倒れろ……『しおづけ』!」
「わっ!?」
ジオヅムが大量の塩を発射し、コジオと相対していて気付かなかったアシマリが思い切り浴びてしまう。
「平気!?」
「大丈夫!」
チコリータが安否を確認するがアシマリは身体を振るって塩を落としながら答えた。しかし彼女の身体にはまだ塩の結晶がこびり付いている……。
「……急がねばならんか。『ソウルビート』!!」
ジャラランガはチラリとアシマリを見た後、自らのウロコを激しく鳴らし始める。
「!?」
それと同時にこれまで以上の気迫を放ち始めたジャラランガを前にコジオ達が後退りしだした。
「恐れるな! 奴は力の向上と引き換えに体力を削っている! 一気に叩け!」
「わー!」
しかしジオヅムが仲間達を鼓舞し、士気を回復したコジオがジャラランガ目掛けて一斉に飛び掛かる!
「喝!!」
そしてコジオ達が一斉に吹き飛ばされた。
ジャラランガが持つウロコから激しい爆音……『スケイルノイズ』が鳴り響きコジオを全て撃破したのだ。
「すっげえ……」
感嘆した様子で呟くヒバニーの後ろで、私は近くまで転がってきたコジオを見つめる。
(リライブ……大丈夫かな)
恐る恐る近寄ると、コジオの身体が青い光で包まれ始めた。
「……」
同時に胸の奥に何かが蓄積していく感覚。苦しい気分とまではいかないが、違和感は拭えず少し気持ち悪い。
「アシマリ!?」
その時、チコリータの叫び声が聞こえ私は咄嗟に振り向いた。
「ううっ!」
なんとその先ではアシマリが苦しそうに倒れ伏していた! 彼女の身体にこびり付いていた塩の結晶が大きくなっており、まるで体力を吸い取って成長しているかのようだ。
「『しおづけ』による効果だ……アシマリは今、塩により体内の水分を奪われておるのだ!」
「よく知ってるじゃないか、褒美に他の奴らにも味合わせてやるよ!」
「うわっ!?」
アシマリを苦しめているジオヅムは嗤いながら次の『しおづけ』をサンドに浴びせた!
「しっかりしろアシマリ!」
「ヒバニーくん……」
呼びかけるヒバニーへ反応こそ返すアシマリだが、水分を奪われている事で見るからに弱っている。
「ど、どうしましょう」
塩の結晶を落とそうにも迂闊に触れば私達にもくっついてしまうかもしれず、中々手を出す事が出来ない。
このままアシマリを助けられないのか……と視線を落としたその時であった。
「『いやしのタネ』、使えー」
そう私達に助言するのはコジオであった。
「凶暴化、解いてくれた礼だー」
彼女は警戒する私達に説明しながら『いやしのタネ』を渡して来る。
「い、いいの?」
「『しおづけ』はモモンやラムじゃ解除出来ないー。私達、仲間同士で塩がかかっても大丈夫なように量産してるー。それより仲間も凶暴化から戻してー」
「……、感謝するぜ!」
アシマリのため考えているよりも行動に移したヒバニーがタネを彼女の口に突っ込んだ。
「『はっぱカッター』!」
「ッ!」
そしてアシマリが治ることを信じ、チコリータが技をジオヅムに撃ち込む!
「破!!」
それにより隙を生んだジオヅムへとジャラランガが『スカイアッパー』を叩き込み、見事ノックアウトさせるのであった。
「大丈夫か、アシマリ?」
「うん……ゴメンね。あんないきなり体力を奪われるなんて想像出来なくて……」
アシマリも身体にこびり付いていた塩の結晶も無事に取れておりヒバニーに支えられゆっくり呼吸していた。
「コジオもサンキュな」
「気にするなー。それより兄貴達も戻してー」
「……っ」
再びリライブを要求されて私は逡巡するが、アシマリの恩ポケの頼みを無下にする訳にもいかない。
ジオヅムとコジオ達を次々とリライブしていく私。そして少しずつ、着実に蓄積していく違和感。
「すまなかった、救助隊たちには散々世話になったのにまさか危害を加えてしまうなんて!」
「気にするでない。元に戻ったのならばなによりである」
凶暴化から解放されたジオヅムが頭を下げるが、ジャラランガは怒る様子も無く笑みを向ける。
「お前達も平気ー?」
「ちょっとキツかったけど、オレンのみもくれたしバッチリ回復したよ!」
「こちらも問題ない」
『しおづけ』を浴びたアシマリとサンドもすっかり回復したようで、コジオの確認に対して朗らかに答えていた。
「ねえ、聞きたいことがあるのよ。ここがダンジョン巨大化に巻き込まれた時、何か予兆とかあった? もしくは少し前に怪しい何かを見かけた……とか」
「うーむ」
チコリータに尋ねられ、ジオヅムはコジオ達と共に話を始める。
「地面がグワン、って揺れたー」
「『颶風の砂漠』辺りから黒と紫の靄が出てたー」
「真っ黒のでっかい何かが暴れてたー」
「黒くてでかい……メガガブリアスか?」
コジオ達はガヤつきながら次々に情報を上げ、『ゆけゆけズ』はウンウンと頷きながら話を聞いていた。
しかし二回目のダンジョン巨大化から然程時間が立っていないこともあってか、黒い繭の位置といった有益な情報は持っていないようだ。
「もっと奥に行く必要がありそうね」
「力になれずすまない、この地の仲間達も凶暴化しているだろうし気を付けろよ」
ジオヅムがコジオ達を連れて去って行くのを見送り、私達もまたダンジョンの奥を目指す事にする。
「……私は単独行動をとってみてもいいか?」
だがそこで提案を出したのはサンドだ。
「凶暴化したジオヅムと遭遇した時、奴は私に対して『この地を守る役目を忘れたのか』と問い詰めて来ていた。おそらくであるが、私は今も『颶風の砂漠』のポケモンとして認識されているようだ。黒い繭とやらを消す事を最優先にするのならば私が情報を集めてきた方がいいかもしれない」
「うんむ、ダンジョン内を彷徨いながら都度戦闘していては時が過ぎるばかりだな」
「気を付けてね!」
彼女はジャラランガ達に手を振ると、『ころがる』で通路を高速で進んでいった。
「ならば吾輩達は一度休憩するとしよう。黒装モンスターとの戦闘になるならば万全の態勢にしておくのが肝要である」
そう言い、ジャラランガはレスキューバッグからリンゴや木の実を取り出す。
「ありがと。それにしても凶暴化ポケモンはどういう基準で敵と味方を区別しているのかしらね」
木の実を受け取ったチコリータが首を傾げ、私もまた以前ランクルスが語っていた内容を思い返した。
『凶暴化ポケモンに敵だと認識される条件って何だろうな…って』
今回のケースでは『颶風の砂漠』の二回目の巨大化に巻き込まれたジオヅム達視点にて、『つめとぎ山』で一度凶暴化したヒバニー達は敵と判断され、『颶風の砂漠』の一回目の巨大化に巻き込まれたサンドは味方と判断されていた。
ヒバニー達もサンドも一度凶暴化したものの既にリライブされているのは一緒だ。
「……」
『椰子の木ビーチ』でダンジョン化の後に生まれたキャタピーは凶暴化していないものの、周りの凶暴化ポケモンから仲間と判断され。
『黄護島』で暮らしていたがダンジョン化の時には立ち会わなかったカプ・コケコは、凶暴化した故郷のポケモンから敵と判断され。
『巨大珊瑚礁』でサニーゴに対しリライブ器具を使ったが、逆に自らが凶暴化したランクルスはサニーゴではなく私達を敵と判断し。
『海底の地割れ』に住むジーランス達はリライブした後もマナフィを慕った……。
ポケモン達の体内に入り込んだ『悪いダンジョンエネルギー』が凶暴化を引き起こす事は分かっているが……。
(リライブって……本当にポケモンを元に戻せてるのかな?)
リライブした後のポケモンが凶暴化ポケモンから味方と認識される……"悪いダンジョンエネルギーの残滓"のようなものが体内に残っているのではないだろうか?
「ビビ、ウィン……」
そして、どこかから電子音を思わせる不気味な声が響いた。