※この作品はR-18です。

裸の少女とポケモンだけが住む世界   作:Momyaka

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Special Episode ~福音の鳴る道~

 

 世間から悪者と呼ばれる者は、何故悪事に手を染めるのか。

 

 ……その問いへの答えはポケモンによって千差万別だろう。

 

 それでも、吾輩は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふんっ!」

 掌底を打ち込む。小気味の良い空を切る音が鳴り、今日も快調だと満足しながら頷く。朝の秋風が吹き抜けると美しい葉擦れの音が鳴り、今日も良い一日になるであろうことを予感させた。

 

「師匠、早いっスね」

「……♪」

「ワタシ達も新しいレンケイを試したくて、今日は早めに来たデース」

 一匹で修練場の台座にいた吾輩の下へやって来るのはハリテヤマ、マリル、ベロリンガの『ちゃんこ』だ。彼らはとても向上心のある者達で今日も鍛錬をやる気満々だ。

「ガッハッハ! お主達の気概に吾輩も心高まるぞ! 切磋琢磨し遥かなる高みを目指そうではないか!」

 

 

 吾輩……道場主の任に就いているジャラランガは喜びのあまり力強く笑い声を上げるのであった。

 

 

 

 『ちゃんこ』と共に鍛錬をしている内に他の救助隊たちも修練場へ次々と姿を現し、吾輩は一旦修行を止めて面々の顔を見渡す。

「うんむ、『テラキオンのギルド』に所属する救助隊たちよ、今日も体調は万全か!」

「ウスッ!」

「おうっ!」

「はーい」

 吾輩の問いかけにポケモン達は元気な返事を返してきた。何事も元気が一番、喜ばしい限りだ。

 

「では本日も自らの限界を越えて力をつけようぞ! まずは『オータムビレッジ』走り込み五周!」

 大声で指示を出すとポケモン達は一斉に走り出す。自分自身のために努力を欠かさない彼らがいればこの『オータムビレッジ』周辺で救助依頼が来ても達成は確約されようもの。

 

「今日もあの子達は元気ね」

「む、メロエッタか」

 自分も後を追おうとした矢先に話しかけて来たのは『テラキオンのギルド』で最も優秀な救助隊である『メロエッタ劇団』のリーダーだ。プラチナランクという輝かしい称号からも、並のチームではない事は明白。

「なにか用事だったか? 遠慮せず来れば良かっただろうに」

「あなた達にとっては毎日が大事な鍛錬なんでしょ、その始まりってタイミングで水を差す訳には行かないわ」

 メロエッタはそう言いながらも立ち去る気配は見せない。どうやら吾輩に用事があるのは当たりらしい。

 

「先月、南西にあるサバンナがダンジョン『ワイルドサバンナ』になったのは覚えているでしょ? その近くにある村からギルドに支援要請が来たのよ。食料も資材も得られなくなって大変な状況だから助けて欲しいって」

「誠か。不安視はしておったが、やはりダンジョン化による影響は大きかったか」

 彼女からの報告に吾輩は唸る。普段鍛錬しているのならばまだしも、殆ど戦闘経験もないであろう村のポケモン達が凶暴化ポケモンの猛攻をかいくぐって資材を集めるのは至難の業だろう。

 

「だから『メロエッタ劇団』一同が助けに行く事にしたのよ。まず食料とかすぐに必要なものを持って行って、あとは『ワイルドサバンナ』に行かなくても生活を安定させられるようにサポートするの。その間、私達の演劇で村のポケモン達の心の疲れを癒したいとも考えているわ」

「ふむ、演劇か」

 『メロエッタ劇団』に所属するラウドボーンやデンチュラなどのポケモン達は、『テラキオンのギルド』には属しているもののこの修練場に顔を出したことはない。どんな凶暴化ポケモンにも負けないよう身体を鍛える吾輩達とは異なり、『メロエッタ劇団』は演技のキレを上げるための修行をしているため、努力の方針が異なっているのだ。

 珍しいやり方だとは日頃から思っているが、彼女らなりに磨きたいことがあるのならそれも一つの正解なのだろう。

 

「それをわざわざ吾輩に? 後からでもオーロット辺りから伝わるだろう」

「そうね、でも実は別件の依頼もあるみたいで。テラキオンから準備ついでにあなたを呼ぶ様に言われてるのよ」

 メロエッタの言葉に吾輩は内心疑問を抱く。新規の依頼があれば普段はオーロットが伝えに来る筈……何か事情があるのだろうか。

 

 

 

 ハリテヤマ達に自主練習を指示した後、吾輩はギルド本館に上がりギルド長室へ入る。

「失礼するぞ、長よ」

「おう、入れ」

「ご足労感謝しますぞ」

 出迎えて来るのはオーロット、そして部屋の奥に佇んでいるのは屈強な体と立派な双角が特徴的なギルド長、テラキオンだった。

 

「『ワイルドサバンナ』近くの村の支援に行くというメロエッタから話は聞いている。そして吾輩に別件があるとか」

「その通りだ。オーロット、頼むぜ」

「はい、テラキオン様」

 オーロットは慣れた手つきで文を取ると内容を読み上げ始める。

 

 

 

「『潤いオアシス』近くに住むポケモン達からのお尋ね者の報告ですな」

「……お尋ね者?」

 吾輩は普段聞き慣れない単語を耳にして眉間にしわを寄せる。

 

「あのダンジョンには強力な凶暴化ポケモンはいない……というのが我々の見解でしたが、数日前から見慣れないポケモンが現れたとのことですぞ。そしてそのポケモンは金品を盗んで来るのだとか」

「……凶暴化ポケモンなのか?」

「報告によると以前から『潤いオアシス』にいたポケモン達とも争っている姿を見たらしいですな。凶暴化ポケモン同士は敵対しない筈ですので、ダンジョン化とは関係無い盗賊ポケモンかと」

「だから一旦お前に話した訳だ。凶暴化してねぇのに悪事を働くポケモンなんて、いきなり救助隊の連中に伝えたら困惑させるだろ」

 

 テラキオン、オーロット両名の回答に吾輩は沈黙を返した。凶暴化していないにも関わらず他のポケモンを敵視する者がいるなんてあまり考えたくはないが、こうしてギルドに被害報告が来ているという事は事実なのだろう。

 

「俺としては"邪悪な奴"は存在しても、"邪悪なポケモン"なんていねぇと考えてるが……それはいいか。とにかく誰に行かせるかはジャラランガに任せるぞ」

「救助とは異なり、お尋ね者を調査あるいは捕縛する任務となりますぞ。普段のように立候補者を募るやり方では上手く行かぬかもしれませんな」

「……うんむ、承知した」

 吾輩はオーロットから依頼書を受け取ると踵を返す。

 

(罪の無い者達から金品を盗むポケモン、か)

 

 

 

「戻ったぞ!」

「ウス!」

 なるべく普段通りに大声で帰還を告げると、鍛錬中のポケモン達が汗を掻きながら返事を返してきた。彼らの姿は救助隊としてとても輝いており、『歪みの穴』現象で苦しむポケモン達を救う為に辛い修行を頑張っているのがよく分かる。

「なあお前! 今の『つっぱり』なかなかいいじゃんかよ!」

「そ、そうかぁ? 褒められると嬉しいぞ」

 明るい声が聞こえ視線を向けると、そこには救助隊『ヒートソウル』に所属するモウカザルと、ソロの救助隊員チャオブーの姿があった。

「俺、なんかすげえレンケイ思いついたぜ。チャオブー、物は試しで一緒にやってみてくれねーか?」

 そしてモウカザルのチームメイトであるワカシャモも笑顔で誘いをかける。この修練場は己を鍛えるだけではなく、他者との新たな出会いも芽生える良い場だ。

 

(お尋ね者……あまりこういう暗い話を彼らにはしたくない)

 

 

 

 

 

 砂丘の向こうへ沈みゆく夕日。オアシスの泉を取り囲む木々からは細く長い影が伸び、大地が橙色に染められている光景からは否応でもこの一日が終わりへ向かっていることを実感させる。

「……」

 『ネイティオテレポート店』を利用しここまで来た吾輩は黙って腰を下ろすとレスキューバッグから道具を取り出していく。リンゴにグミ、飲み物など……。

 『潤いオアシス』に背を向けたままリンゴを齧り、雄大な砂漠を見つめる吾輩。

 

 そして、後ろから僅かに聞こえる足音。

 

 意図して小さくしているであろう、忍び寄る様なその小さな音は不穏さを感じさせる。

 

 こちらが咀嚼していたリンゴを呑み込むと同時に、後ろからの足音も聞こえなくなった。背後で不可思議な力が収束していく感覚……エスパータイプの技を使おうとしているのだろう。

 

 つまり、吾輩を格好の獲物と見た訳だ。

 

 

 

「喝!!」

「っ!?」

 吾輩は『スケイルノイズ』を放ち、すぐ後ろまで迫って来ていた者を吹き飛ばす!

 

「くうっ!?」

 振り返ると、受け身を取ってすぐさま立ち上がった相手の姿が見えた。あれは……テールナーだ、この砂漠地帯やダンジョン『潤いオアシス』に群れがあったとは聞いていない種族である。

 

「げほっ、まさか私を騙して……!」

「破ァ!」

 咳き込みながら枝を構えるテールナーに急接近した吾輩は『スカイアッパー』を顎に炸裂させた。

 

「……」

 受け身も取れず砂地の上に落ち、目を回して動かなくなったテールナーを見下ろして吾輩はため息をつく。

 

 まさか本当にポケモンを襲う者がいたなんて。

 

 

 

 

 

 翌朝。

「いやはや、お手柄ですなジャラランガ。盗賊テールナーの捕縛に成功したと伝えれば、困っていたポケモン達も喜びますぞ」

「……うんむ」

 『テラキオンのギルド』敷地にて、功を労うオーロットに対して吾輩は上の空で返事を返す。彼の言う通り、テールナーから被害を受けていたポケモン達はこれで救われるだろう。それに吾輩自身でテールナーを捕まえた事で弟子たちに不要な葛藤を抱かせずに済んだのも良かった……筈だ。

 

 

 しかし、これで問題は解決したのだろうか?

 盗みを働いていたテールナーをギルドの地下牢に閉じ込めてめでたしめでたし……で終わらせて良いのだろうか?

 

(オーロットのようにそれで解決した……と断定するポケモンも多いだろう。その考えが間違いだとは我輩には言えない……盗みは良くない事であるから)

 

 それでも、喜びの声を上げる気分にはなれない。

 数多くのポケモン達が幸せを取り戻したとはいっても、おそらくテールナー自身は不幸せだろうから。吾輩がこの手で彼女を不幸せにしたのだから。

 

(……吾輩は、誰かを不幸にするために鍛錬を続けていたのか?)

 

 自分の拳を見つめる。一夜明けた事もありテールナーを殴った感触は残っていないが、この拳が彼女の希望を打ち砕いたのは紛れもない事実だ。

 

 

 盗みという好ましくない手段を取ってしまったとは言え、その行為に至る理由があったのかもしれないのに。

 

 

「……テールナーとの面会は出来るか?」

「構いませぬが、実際に戦ったあなたの顔を見たら暴れ出すかもしれませぬぞ。くれぐれもご注意を」

 警告して来るオーロットに礼を述べ、吾輩はギルド敷地の奥にある小さな建物に入ると階段を下り地下へ赴く。

 

 通路の両側には木材で組まれた格子で隔てられた牢屋が並んでいた。数年前、『歪みの穴』が発生し始めた頃に凶暴化ポケモンを拘留しておくための目的で作られたが、一度凶暴化してしまったポケモンは元に戻らない事が明らかになり長らく使わなくなっていたのだ。

 

 しかし今は……。

 

「……」

 一つの牢屋の前で足を止めると、中にいた者がチラリと視線を向けてくる。牢屋にいるのは当然、テールナーだ。彼女は吾輩を見ても特に暴れたりはせずに大人しく座っていた。

「昨日はすまなかったな、まだ痛むか?」

「……ふん」

 騙し討ちを仕掛けたことを謝罪するが、テールナーは不機嫌そうにプイと顔を背ける。

 

「……なにゆえ、盗みを?」

「他の連中からも散々聞かれたわ」

 続けて問いかけると彼女は呆れた様子で溜息をつく。時間のある救助隊ポケモン達に交代で見回りをさせているが、牢屋の監視など慣れていない者ばかりなので吾輩と同じように質問するポケモンが多いのだろう。

 

「ああしないと生活出来ないからよ。恵まれたあなた達には理解出来ないでしょうけど」

 

 生活出来ない。

 

 思い起こされるのは、昨日メロエッタが言っていた『ワイルドサバンナ』近くの村の事。各地がダンジョン化する事であの村のポケモンも困窮していて『オータムビレッジ』の支援を受けないといけなくなるまで追い詰められていたのだ。

 

 しかし苦しんでいたのはあの村だけではない。

 

 村に住んでいなくとも、『歪みの穴』現象でこれまでの生活を一変させられた者はいるのだ……目の前にいるテールナーのように。

 "ああしないと"という事は、彼女自身盗みは良くない事だと……本来ならやらない行為だと認識しているのだろう。

 それなのに盗みをしてしまうぐらいに追い詰められていた……本当であれば限界を迎える前に救助するべきポケモンだったのではないだろうか?

 

「……」

 耐えられない苦しみに苛まされたポケモンが、どうにか苦しみから這い出ようとして別のポケモンを不幸に引きずり込んでしまう……目を背けたくなるような惨状だ。

 

 けれど吾輩は『テラキオンのギルド』の道場主であり、ギルドに属する救助隊ポケモンの一匹でもある。

 依頼が来なかったからと言って、助けを求められなかったからと言って、見て見ぬふりをして頭ごなしに否定する事が正しいのだろうか?

 

 

「師匠、心配だから来たぜ」

「昨日一匹で出て行った件といい、俺達弟子も頼ってくれよ」

 そんな時、二匹のポケモンが通路の向こうからやって来る。『ヒートソウル』のワカシャモとモウカザルだ。

「へえ、そいつが盗賊か……」

「ふん」

「お主達、見世物ではないぞ……」

 木格子の奥をまじまじと覗く『ヒートソウル』と、不快げに鼻を鳴らすテールナー。吾輩は慌ててワカシャモ達を帰らせようと声を掛けるが……。

 

「……なぁ、あいつレベル高くね?」

「お、ホントだ……上手く交流持てねえかな……」

「?」

 ヒソヒソ話し始める彼らを見て吾輩は首を傾げる。レベルと言うのは戦闘能力の事だろうか?

 

「はぁ……くだらない用事なら帰って頂戴」

 呆れた様子で横になるテールナー。どんな処罰を受けようとも甘んじて受け入れる……彼女からはそんな諦観が見て取れた。

 

(このまま諦める。その選択を……吾輩は取らせたくない)

 

 

 

「……テールナーよ、お主は処罰を受ける事と新しい道を進む事……どちらを望む?」

「……?」

 吾輩の言葉に彼女は横になったまま怪訝な表情を向けてくる。

「新しい道って何よ? そんな物があれば盗みをする前に……」

 テールナーはそこで言葉を切るが、そこまで聞ければ充分だと吾輩は頷いた。

 

「では、お主はどちらを心から望む? 罪無きポケモンをお主のように困窮させるか、あるいはお主のように困窮したポケモンを救い出すか。お主の立たされている立場ではなく、真の願いを答えて欲しい」

 続けて尋ねるとテールナーはしばらく沈黙。

 

「……あなた達みたいに誰かを救えるような存在なら良かったわね。そんな存在になれたのなら、ね」

 そして彼女は寝返りを打ちこちらに背中を向けながら答えるのであった。

 

 

 

「なれる」

 吾輩は断言。

「……」

 テールナーは何も答えないが、僅かに背が揺れた事から聞こえてはいるだろう。

 

「生まれながらの悪者などおらぬと吾輩は考えておる。そして悪事を悔やむ気持ちがあるのなら、悪事を断って新しき道へ向きを変える事も、挽回することも可能だと」

「……何が言いたいのよ」

 テールナーは震える事で聞き返してくるが、それには答えずに彼女に背を向け足を踏み出す。

 

 

「……待っておれ」

「師匠?」

 吾輩はそう言うと『ヒートソウル』とテールナーをその場に残して通路を戻り始めた。

 

 ……行き先は『ギルド長室』だ。

 

 

 

 

 

 翌日。

「うんむ、今日も修行日和であるな!」

「……っ」

 修練場にて吾輩は大声で言うが、弟子達からはいつものような元気な返事が返ってこない。その代わりと言わんばかりに、弟子達は困惑と警戒を含ませた視線をとあるポケモンに向けていた。

 

「……」

 注目を集めているのはテールナーだ。何故盗みを働いたポケモンがこの修練場にいるのか、と言いたげにハリテヤマやワンリキーなどの救助隊ポケモンは沈黙している。

 

「どういう事なんだぞ師匠……?」

「ダンジョン化の影響で生活が苦しいポケモンが多くいる事は皆も知っておるだろう。彼女も同じ類いではと長に進言した所、好きにしろと言われた故にこうして共に鍛錬して貰おうと考えたのだ」

「ど、どうして鍛錬に繋がるデース?」

 冷や汗を掻いているチャオブーへ説明するとベロリンガも理解が追い付いていない様子で質問して来る。

 

 

「一方的に悪者と決めつけ処罰するのもどうかと思ってな。とは言え盗みをしてしまった以上、ここは救助隊になって働いて償って貰おうと思うのだ。これは救助隊になり、多くの苦しむポケモンを救助できるようになるための鍛錬である!」

「お、おおー?」

 吾輩がいつものように声を張り上げて答えると弟子達は張りの無い返答を零す。

 

「大丈夫なんスか、盗賊なんて仲間にして……」

「テールナーにも了承は得ておる」

「……まあね、逃げたって行く当ても無いし」

 テールナーは無表情で視線を逸らしながらも、鍛錬に参加するつもりはあるらしい。

「……」

 そんな彼女を見つめて意味深な表情を浮かべるのはチャオブーだ。

 

「では、早速本日の修行を始めるぞ!」

 

 

 

 迸る『サイケこうせん』がワンリキー達を吹っ飛ばす。

「なっ……つえぇ」

 唖然とするワカシャモ達の視線の先でテールナーが華麗に枝を尻尾に戻す。鍛錬初日で練習試合に参加し、救助隊『きんにく』を相手にいきなり勝利を収めてしまったのだ。

「これでいいのね?」

「うんむ、勝者テールナー!」

 石造りの舞台から降りるテールナーの問いに答えるように吾輩は声を張り上げる。『潤いオアシス』で遭遇した時からそこそこ実力を持っていると思っていたが、その予感は当たっていたようだ。

 

「盗賊のクセに生意気だな……」

「……」

 同じく観戦していたハリテヤマが悪態をつくが、マリルが窘めるような視線を彼に向ける。

 

「……な、なぁなぁ。テールナー……ちゃん? どうしてそんなに強いのか教えてくれねーかなぁ……?」

 それとは逆に、モウカザルとワカシャモが笑顔を浮かべてテールナーに近寄る。共に鍛錬したことで早速心の繋がりが出来たかと吾輩は嬉しい気分になる。

 

「……救助隊はこういうのにも対応するべきなの?」

「うむ、救助隊同士仲良くして欲しいので……な?」

 彼女の質問に吾輩は振り向いて答えるが、それと同時に修練場へオーロットが走って来るのが見えた。彼にしては随分と焦っているように見えるが……。

 

 

 

「ジャラランガ! 大変ですな!」

「何事だ?」

 修練場に緊張が走る中、吾輩は即座に用件を尋ねる。

 

 

 

「『ワイルドサバンナ』近くの村が『メロエッタ劇団』を裏切りましたぞ!」

「っ!?」

 それは支援要請を出してきた村の筈だ。一体何が起こっているのだ。

 

「奴らから文が届いていますな……『メロエッタ達を捕らえた、彼女らの命が惜しくば今後ギルドが得た利益の九割を村に納めよ』と」

「どういう事だ、『メロエッタ劇団』はプラチナランクだぞ!?」

「おそらく寝ていた所を襲われたのでしょうな……」

「ポケ質デースか……!? どうしマース!?」

「ええと、ギルド長はなんて言ってんだ!?」

「要求を呑めばギルドは間違いなく潰れ、断ればメロエッタ達が危険であり、慎重に判断したいと……」

 メロエッタ達のピンチに狼狽え始める救助隊達。まさか守るべき村のポケモン達から裏切られるなど予想していなかったらしく、軽いパニック状態になっている。

 

 

(……村のポケモン達の目的は、安定した生活による安心を得る事か?)

 吾輩は一匹、心の中で呟く。たとえ『メロエッタ劇団』から支援を受けたとしても、また近くでダンジョン化が起きれば余計に追い詰められる……ならばダンジョンが増える度に仕事も増える『救助隊連盟』から金を得られればそんな心配もせずに済むと考えたのだろうか。

 『歪みの穴』現象で生まれた苦しみが、誰かを害する事を抑止しようとする心を麻痺させてしまっているのでは。

(村のポケモン達に戦いを挑み、メロエッタ達を取り返すか? もしうまく行ったとして、苦しいままの村のポケモン達はどうなる……?)

 

 

「誰も行かないなら、私が行くわ」

「え!?」

 突然名乗りを上げたテールナーに、一同は驚きの声を上げる。

「救助隊は救助するのが役目なのよね」

「それはそうだが……」

 テールナーはそう言うと早速修練場から出て行こうとする。

「ま、待った! アンタはまだ観察期間だろ!?」

「師匠、俺達が見て来る!」

 更にその後を追って『ヒートソウル』も足早に去って行った。

 

「ワカシャモ達はともかく、盗賊のアイツに任せていいんスか師匠? 村のポケモン達と悪者同士意気投合するかもしれないスよ」

 テールナーの背中を睨み付けながら確認を取ってくるのはハリテヤマだ。正義感の強い彼はそう簡単に信用するつもりは無いようだ。

 

 

「……あの子、きっと生きるのに必死なんだなぁ」

「む?」

 その時、チャオブーの零した言葉に吾輩は反応を返す。

「行く当てがないから救助隊になって鍛錬もやるって言ってたし……生きる為になら幾らでも藻掻くつもりだってオイラには見えたんだぞ」

 

 ……テールナーが盗みをしたのは生きる為に必死だったから。ならば先程すぐに『メロエッタ劇団』を助けに行ったのも、そうしないと救助隊として認められずまた盗賊生活に戻らないと生きていけなくなると考えたから……?

 

「……吾輩も行く。チャオブーよ、同行を頼めるか?」

「お、オイラ!?」

「うむ、お主の力を借りたい。他の者達は今日の鍛錬を終え、万一の時に備え準備をしておくのだ! 力を合わせ、必ずや今回の事態を解決に導こうぞ!」

「……ウスッ!!」

 吾輩が皆を鼓舞すると、パニック状態だった弟子達もハッとなり元気よく返事を返してきた。

 

 

 

 

 

 青空の下に広がる乾いたサバンナ地帯。目につくのは自然に生まれたとは考え辛い、岩壁や木々で形作られたダンジョン『ワイルドサバンナ』であるが今回の目的地はそこではない。

 

「……あの村に『メロエッタ劇団』が……」

 チャオブーが呟く隣で吾輩はサバンナの中に築かれた村を見つめる。『オータムビレッジ』と比べると遥かに小さく、言い方は悪いが寂れている印象を抱く。

「あまり多くのポケモンが住んでいるようには見えぬが、メロエッタ達を捕らえたという事は強力な力を持った者がいるという事……くれぐれも気をつけるのだぞ」

「わ、分かったぞ……」

 『とうめいのたま』の効果で姿を消した吾輩達は村の敷地を示す柵のすぐ傍まで近づく。

 

「『テラキオンのギルド』から来たようだな、交渉を受け入れに来たのか?」

「……」

 そして村の広場にはテールナー達が先に到着しており、村のポケモンであろうキリンリキやサイホーン達と相対していた。

 

「誰がそんな汚い交渉に乗るか! 痛い目に遭いたくなかったらさっさとメロエッタちゃん達を解放しやがれ!」

「つまり、交渉決裂だと?」

「当たり前だ、卑怯な真似しやがって!」

 『ヒートソウル』は早速敵意をキリンリキたちに見せ、彼らの行為を非難する。

 

 

 

「……それは残念です」

 しかしそれと同時に強烈なエスパーエネルギーが展開され、ワカシャモとモウカザルの体が宙に浮かされた!

「ぐわあっ!?」

「ちなみにそれはテラキオンの意思ですか? 仲間が囚われているというのに『救助隊連盟』とやらは軽率ですね」

 エスパーエネルギーから逃れようと暴れる『ヒートソウル』の前に、集会所らしき最も大きな建物から出て来るポケモン。長い首と四肢を持ち、頭部をテールヘッドで防護したそのポケモンはリキキリンだ……おそらくこの村の村長なのだろう。

 

「……」

 咄嗟にエスパー技を相殺させたことでリキキリンの術から逃れたらしいテールナーは黙って相手を見上げる。

「あなた達、どうしてこんな真似を? 私みたいに生活が苦しい訳?」

「"私みたいに"?」

 そして彼女は質問を投げかけ、リキキリンは訝し気に目を細めた。

 

「私もつい一昨日まで砂漠で盗みを働いていたわ。本当は罪悪感で押し潰されそうだったけど、『歪みの穴』であちこちがどんどんダンジョン化する中、自分が生きる為にはあれしか方法が思いつかなかった」

「自分達の事だけを考える、それで良いではありませんか。なのに何故、今は『救助隊連盟』などに与しているのです?」

「……やり直せるかもしれないからよ」

 リキキリンに尋ねられ、テールナーは枝を尻尾に差したまま答える。

 

 

「『救助隊連盟』が信用できるかは分からないし、地道な救助を続けて世界が救えるとも思えない。そもそも、私は今も自分の事しか考えられない状態よ。けれど、自分でも間違いだって分かる盗みを続けて生きるより、少しでもいい方向に変化を出せる生き方の方が……心も生きてる、心臓からいい音が鳴ってるって感じられるんじゃないか。そんな予感がするの」

 自らの胸に手を当て、気持ちを告げるテールナー。依然として表情は固いが、その瞳には光が宿っているように吾輩には思えた。

 

「予感はあくまでも予感ではないですか?」

「ええ。けれど自分の体だけじゃなくて心も生かせる希望が0%と1%なら、後者に賭けたいわ」

「……」

 テールナーにまっすぐと答えられ、リキキリンは嘆息したようにかぶりを振る。

 

 

 

「あなたの気持ちは分かりました。ですが私達は『救助隊連盟』への報復を辞めるつもりはありません!」

「っ……! どうしてよ?」

 リキキリンが『サイコキネシス』で捕縛しようとするのを『サイケこうせん』で必死に打ち消しながらテールナーが問いかけた。

 

 

「本当はこの村は生活に困窮している訳ではありません。目的はあの腹立たしい『救助隊連盟』を瓦解させることです、何故なら救助隊たちは『ワイルドサバンナ』出現に巻き込まれ凶暴化した私達の仲間を救おうとしないから!!」

「ぐええっ!」

 リキキリンは怒りのままにエスパーエネルギーを強め、ワカシャモ達への締め付けを強める!

 

 

「『ばくおんぱ』!!」

「っ!?」

「大丈夫かぁ!?」

 吾輩が爆音を放ったことでリキキリンの『サイコキネシス』が途切れ、ワカシャモ達が解放された。二匹をキャッチするのはチャオブーだ。

 

「……っ、あなた達いつの間に?」

「すまぬな、身を隠してずっと聞いておった。そしてお主の気持ちを知れて良かったと思っておる」

 困惑するテールナーを背に吾輩はそう答える。

 

「……、見覚えがあります。あなたはあのギルドの道場主……!」

「ジャラランガって奴だよ!」

「こいつも『メロエッタ劇団』を取り返しに来たのか!?」

 不意打ちの『ばくおんぱ』で一度転倒したリキキリンだったがすぐさま起き上がり、敵意を籠めた瞳で睨みつけて来ていた。それに呼応するが如く周りのキリンリキやサイホーン達もいきり立っている。

 

「……お主達の真意も聞かせて貰った。お主達は救助を依頼した仲間を救おうとしない吾輩達へ怒りと憎しみを募らせておるのだな」

「何を冷静に……! こちらの絶望が分かりますか!? 『救助隊連盟』などと偉そうに名乗って、私達を散々期待させた癖に平然と"凶暴化ポケモンは救えません"なんて跳ね除けて……! 悪戯に希望を持たせて絶望に叩き落とすような悪しき連盟は消すべきなのです!」

 吾輩が言うとリキキリンは激昂した様子で叫び出す。その声はとても悲痛な感情に支配されていた。

 

 

 

「だから、絶望のままに『メロエッタ劇団』を捕らえるという手段を取ったのね……でも、本当に『テラキオンのギルド』を潰してあなた達の悲しい気持ちは癒えるの?」

「!」

 そんな彼女にテールナーが問う。リキキリンは一瞬身動ぎし、その瞳は迷いに揺れていた。

 

「……」

 吾輩もまた、彼女の言葉をゆっくりと呑み込む。

 

「……私は旅のポケモンから食べ物を奪ってお腹を満たしても……心はちっとも満たされないどころか余計に苦しくなったわ。あなた達も、自分達の恨みを晴らすために行動しても今度は後悔や罪悪感が生まれて、今まで以上に苦しくなったりしないか心配なのよ」

「うう……」

 今にも襲い掛かろうとしていた周りのキリンリキ達も動きを止めた。『テラキオンのギルド』を崩壊させたからといって凶暴化した仲間達が元に戻る訳無いのは分かっているのだろう。

 

 『メロエッタ劇団』をポケ質に取るという凶行に走ったリキキリン達だったが、それはつい先月出現した『ワイルドサバンナ』に巻き込まれた仲間を救って欲しいという期待に応えてくれなかった『テラキオンのギルド』に対する恨みと、失った仲間達を取り戻せない悲しみから来るものだったのだ。

 

 

 

「……お主達を期待させ裏切った事、すまなかった。しかし吾輩達『救助隊連盟』も凶暴化したポケモンを諦めるつもりは到底ないことを知って欲しいのだ。今も『サマーリゾート』などの都市で凶暴化ポケモンを元に戻す手段を調査しておる……いつかは凶暴化した仲間達が元に戻る事を信じて」

「……諦めて、いない?」

 吾輩が地に膝を突いて告げると、リキキリンが驚いたように目を見開く。

 

「ああ、吾輩達は絶対に諦めぬ。『歪みの穴』現象が発生し始める以前のような、全てのポケモン達が幸せに生きられる世の中を取り戻す事を! だからどうか、待っていて欲しい!」

 続けて村のポケモン達に向けて吾輩は『歪みの穴』に屈しないことを宣言した。

 

 

 

「そうだ、あらゆるポケモンのために『救助隊連盟』は設立された。俺達はどのポケモンも見捨てたくはねぇ」

「あなたは……!」

 リキキリン達だけではなく、ワカシャモ達も驚く中歩いて来たのはなんとギルド長のテラキオンであった。

「だからギルドを潰す訳にはいかねぇが……俺からも頼む、メロエッタ達を解放してくれねえか」

「解放したらどうするつもりです……私達を捕らえますか?」

 頼み込むテラキオンに対し、リキキリンは警戒した様子で尋ねるが……。

 

 

「ふぅ、ようやく『くろいまなざし』が解けたわ」

 なんと当のメロエッタ達がゾロゾロと集会所の建物から出て来た!

「いけない、先程精神が乱れたせいで……!」

 そんな彼女らの姿にリキキリンは取り乱した様子で身体を震わせ始める。

 

 

 

「それじゃ、遅くなったけど演劇を始めようか。みんな、準備しよう!」

 しかしメロエッタは宙返りして『ステップフォルム』に変身すると、楽しそうにそんな事を口にした。

「ったく、しょうがねえ団長様だぜ」

「ララ~♪ 悲しみ癒すが我々さ~♪」

 『メロエッタ劇団』の一員であるデンチュラは呆れながらも、歌うラウドボーンと共に準備に向かっていく。

 

「……?」

「ハハハッ、凶暴化してないポケモン同士で争ってどうするよ。メロエッタ達の演劇でも見ながらポケ質騒ぎは水に流そうぜ」

 困惑するリキキリンに対してテラキオンは豪快に笑いながら言った。

「……裏切られて怒りを湧かないのですか?」

「当たり前だ。こっちにも非があったし、何より俺はどんなポケモンだって悪者扱いしたくねぇ。ほらほら、早くしねえと前列で見れなくなるぜ?」

 ギルド長は笑顔のままキリンリキやサイホーン達を急かし、共に演劇を見ようと誘う。

 

「……い、行ってみるか?」

「うん、ああ言ってくれてるし……」

 最初は戸惑っていた村のポケモン達だが、やはり本当は敵対し続ける事に躊躇いがあったのだろう。テラキオンの誘導に従って『メロエッタ劇団』の即席劇場に足を進め出した。

 

「……」

「『メロエッタ劇団』もお主達に対して怒りを抱いておらぬだろう。そもそもラウドボーンはゴーストタイプ……『くろいまなざし』は効かん。逃げようと思えばいつでも逃げられたのに、そうしなかったという事はこの村のポケモン達に劇を見せたかったのだろう」

 立ち止まっていたリキキリンに対し、吾輩は笑みを浮かべて言う。彼女は暫く黙っていたが村のポケモン達が劇の準備を眺めている様子を見て観念したかのように溜息をついた。

 

「……分かりました。あなたの諦めないという言葉、信じます。そしてこのような事態を起こした事、申し訳ありませんでした」

「うむ」

 吾輩はリキキリンの言葉に頷く。凶暴化していないポケモン同士で争ったり、憎み合ったりという悲しい出来事に発展しなくて本当に良かった。

 

 

「おっ、和解出来たんだな。俺達ポケモンは仲良くしなきゃだからな、良かったぜ」

 リキキリンがキリンリキ達の下へ向かうのを見て、テラキオンは嬉しそうに言う。

 

 

 

「……だからこそ、『歪みの穴』を引き起こしてる元凶は絶対に許せねえがな」

 そして本当に小さな声でテラキオンが呟き、吾輩は顔を強張らせて視線を向けるが既に彼もメロエッタ達の下へ向かってしまっていた。

 

 

 

「……ジャラランガさん」

「む?」

 その時、テールナーが初めて吾輩の名前を呼んでくる。

 

「その……ありがとう」

「吾輩は何もしておらんよ。リキキリン達が踏み止まってくれたのはお主が彼女らに語り掛けてくれたお陰だ。これも救助の一つと言えるだろう」

 お礼を述べる彼女に対し吾輩は笑いながら返すがテールナーはかぶりを振る。

 

「そうじゃなくて……盗賊だった私を止めてくれた事、そして悪者と決めつけたり処罰したりせずに救助隊という道を示してくれた事よ。正直に言うとまだ救助隊の事はよく分からないし、この道が私に合っているかも分からないわ。でもジャラランガさんがいてくれなかったら、私は盗賊のまま周りだけじゃなくて自分まで痛めつけながら生きる手段しか知らなかったと思うの。だからありがとう」

「……そうか、ではどういたしまして……だな。しかしお主の生き方はお主が決めて良い。今のまま救助隊になるも良し、『オータムビレッジ』で暮らすうちに別の夢を見つけたらそれを追うのも良しだ」

 

 

「じゃ、じゃあ俺達のチーム『ヒートソウル』に入らねえか!?」

「俺達、テールナーちゃんが盗賊だったからなんて悪い扱いしないからさ!」

「ぐむっ!?」

「きゃっ!?」

 突如、吾輩とテールナーの間に割って入ったワカシャモとモウカザルが騒ぎ出した。

 

「何よいきなり……!」

「そ、そうだぞぉ。テールナーちゃん困ってるんだぞぉ」

「おっ、確かチャオブーだったよな、もしかして理解者面か?」

「抜け駆けは許さないぜ!」

「……がははっ……」

 更にチャオブーも割って入り、一歩下がった吾輩は苦笑しながらその微笑ましい光景を眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世間から悪者と呼ばれる者は、何故悪事に手を染めるのか。

 

 ……その問いへの答えはポケモンによって千差万別だろう。

 

 それでも、吾輩は。

 

 例え悪事に手を染めてしまった者でも、異なる道を歩むことだって出来ると信じている。

 

 そうあって欲しいと、願っている。

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