インテレオンの家のリビングに広げられているのは数々の書物。ポケモン達はそれらをにらめっこかの如く凝視していた。
「うーん……この本は関係なさそう」
「んん? 古くて文字が掠れてるぞ……『パラ……ス』……?」
「あ、ニンゲンに関する記述がありましたわ!」
『ナイトスター』や『ゆけゆけズ』が集めてきた書物を読み漁り、少しでも情報を得ようとしているのだ。
エネルギーが体内に充満して苦しんでいる私を救う為に。
「ぐう……」
「あら、寝ちゃったのね。インテレオン、このソファー借りるわね」
「あぁ、自由に使ってよ。ありがとう、こんな夜まで付き合ってくれて」
アノホラグサを優しく持ち上げるドラミドロに対し、インテレオンは本から顔を上げて頷いた。
「……皆も無理はしないでね」
「ありがとルーア。でもあたしは救助隊になる前から読書はよくしてたの、これぐらいならヘッチャラよ」
私の為とは知りつつも体を壊さないか心配になって言うとチコリータが頼もしい笑顔で返してくる。
「太陽に照らされてぇ……黒い涙が蒸発ぅ……ふわあ……」
「つ、月に集う闇を、祓う……のは……はっ」
しかし隣ではアシマリが欠伸をし、オーマも船を漕いで寝落ちする寸前だ。
「全くしょうがないわね。インテレオン、オーマを運んでくれる?」
「うん、任せてくれ」
「ええと、この本の記述をこっちの御伽噺と照らし合わせて……」
ソファーに向かうチコリータ達を尻目にマホイップは真剣に数冊の本を見つめている。
「どう?」
「ニンゲンとその友の為にポケモン達が家を建て、春と夏、そして秋と冬の間にニンゲン達が会いに来る……?」
チルタリスの確認に対し、マホイップは首を傾げながら呟く。
「なんだそれ?」
「こちらの御伽噺では困りごとを解決してくれたニンゲンへのお礼にポケモン達が家を建てたという結末になっていますの。そしてこちらの伝記では春と夏、秋と冬の変わり目にニンゲンとその友がポケモンの世に現る……とありますわ」
怪訝な顔になったヒバニーにマホイップか二冊の本を指し示す。挿絵を見てみると確かに双方の建物は似ており、繋がりがあるのでは……と疑うのもおかしくないだろうと私も感じた。
「……ん? これどっかで似たの見なかったか?」
その時、本の挿絵を見下ろしたヒバニーはハッとした表情となりチコリータの方を向く。
「見せて……あ! これってあれじゃないの!?」
アシマリをソファーに寝かせ戻ってきたチコリータもまた、挿絵の建物を見て目を見開いた。
「あたし達が『サマーリゾート』に行く途中でアシマリが案内してくれた祭壇!」
「!」
彼女の言葉に私とインテレオンは顔を強張らせる。
「インテレオン、あなた言ってたわよね。『サマーリゾート』から『スプリングタウン』に帰る途中、あの祭壇が動き出してルーアが消えたって……」
「ああ、間違い無い。正直あそこには近付きたくはなかったけど……ニンゲンと何かしら関係があるかもしれないな」
ドラミドロの確認にインテレオンは冷や汗をかきながらも、マホイップが見ていた本を見下ろす。
(……月に呼ばれた子、日に呼ばれた子を探せ……)
話し合うポケモン達の姿を見つめながら私はあの祭壇で聞いた謎の声の事を思い返す。更に先程アシマリ達が寝ぼけながら読んでいたのはヤレユータン達が見つけてくれたという『太陽』という本。
……もしも『月に呼ばれた子』が私であるのなら。
『日に呼ばれた子』というのはもしかして、私と近しいリライブの力を持つスールなのでは?
「……私とスールが一緒に行けば、何かが起こるかもしれない」
それから数日後。
「なんだか懐かしく感じるなぁ」
「ええ、最初にここに来てから色々あったもの」
先頭に立ち感慨深げに言うヒバニー達。彼らの視線の先には『サマーリゾート』と『スプリングタウン』の道すがらにある小山に隠された祭壇だ。木漏れ日が空から降り注ぐものの、滝によるマイナスイオンで空気は冷たく澄んでいる。
「はぁ……」
「大丈夫かいスール?」
最後尾ではインテレオンが酷く疲れた様子の自らのトレーナーを気遣っていた。彼女は『おたすけだま』で呼ばれることはあっても、この世界に来てからずっと『スプリングタウン』にいたので体力が落ちているのだろうか。
「改めてだけどありがとう『エキサイト』。あなた達のお陰で『鬼火草原』も楽に突破できたわ」
「どういたしましてっ」
「幸い黒装モンスターが出てこなかったのも大きいね」
感謝を述べるドラミドロに笑顔で応えるオオタチ達。私達がここへ向かうと決めた時点ではまだ『スプリングタウン』を発っていなかった『エキサイト』はついでと言わんばかりにこうして同行してくれたのだ。
「見た感じ、前と変化、ない」
「そうだねー。でもルーアは二回目にここに来た時謎の声を聞いたんだよね?」
「うん」
アシマリからの確認に頷いた私は耳を澄ませてみる。
(……)
しかし、何も聞こえない。一回目にここへ来た時と同じだ。
今回と一回目が共通していて、それでいて二回目と違う点は……大勢いたかどうか。
そして……昼だったか夜だったか。
「……ん?」
ぐったりしていたスールがピクリと反応を示す。
「どうかしたかいスール?」
「……いや、聞き間違い……?」
トレーナーの変化に目ざとく気付いたインテレオンに返そうとした彼女だったが、すぐにまた何かを探すように視線を動かした。
「何か聞こえますの? どうか教えてくださいまし」
「『日に呼ばれた子』って……」
マホイップにも同様に尋ねられ、スールは少し躊躇いつつも答える。
「私は夜にここに来た時に『月に呼ばれた子』って声がしたよ」
「謎の声ってのは、今は昼だからルーアじゃなくてスールに呼びかけてるのかな」
ランクルスは私の言葉を聞いて問題の祭壇の上へ上がり始めた。
「大丈夫か?」
「うん、何も起きないね」
心配気なイルカマンが続けて祭壇に上がるが彼女の言う通り、私の時のように重々しい音が鳴ったり光が集ったりといったことは起きなかった。
「けどスールやルーアを近づけたらまた『テレポート』みたいなことが起きるかもしれないな……」
インテレオンもまた祭壇に近寄るが、その顔は苦々しいものだ。あの時、どこかへ飛ばされてしまった私を助けられなかったことを思い出しているのかもしれない。
「んじゃ、俺達皆が先に祭壇へ上がってりゃ全員でルーアが迷い込んだ遺跡に突入できるわけだな!」
「よーし! 長年謎に包まれてた伝説を解き明かす時だね!」
「ちょっとあなた達! 本当にあたし達が一緒に跳べるかも分からないのに……!」
それを聞いて祭壇へ向かっていくヒバニー達をチコリータが慌てて追う。
「けどヒバニー達の言う事も一理あるかも」
「ええ、これまでも多くのポケモンが調査したけど何も進展はなかったわ。あたくし達ポケモンだけで調査してても手掛かりは得られないのではないかしら」
「……如何します、インテレオンさん」
メンバーであるチルタリスやドラミドロの意見も聞きつつも、マホイップは判断を焦ることなくインテレオンの考えを要求した。
「……っ」
問われたインテレオンは辛そうな顔で私とスールに視線を向ける。彼としてはまた私達を失うような事態は恐ろしくて仕方ないのだろう。
しかしこのまま安全策を取り続けていても、私の内にある悪いダンジョンエネルギーを解消させることが出来ないというのも重々理解しているらしく葛藤が見え隠れしていた。
「……聞こえる、『日に呼ばれた子と月に呼ばれた子が共にいれば、遺跡の力が増幅されてポケモン達もワープできる』って」
スールの言葉に一同の視線が集まる。
「えっ、それは本当なの?」
「謎の声……とやらは私達の様子をウォッチしているのか?」
「もし聞こえてるなら教えてっ、あなたは誰っ!?」
『エキサイト』達は祭壇に乗ったまま虚空にのあちこちを見渡していた。私やスールに呼びかけ続ける存在を信じるためにもっと情報が欲しいのだろう。
「……人間の『ライコ』?」
その質問に対する答えを受け取ったのか、スールが不思議そうな表情で呟いた。
「ライコって……私が迷い込んだ遺跡に落ちてたポケモン図鑑の持ち主……」
「ポケモン図鑑だって? それじゃあライコ……キミも人物も違う世界からやって来た存在なんじゃ?」
インテレオンもまた空を見上げて謎の存在に対して問いかける。
「……ここだとあたしにしか声を届けられないから、落ち着いて話すために祭壇の『ワープゾーン』を使って欲しいって言ってるよ」
「……スール、ルーア。キミ達にとってライコという存在は信用できる相手なのかい?」
あの遺跡へと入って来る事を要求してくる相手が本当に味方なのかどうか、インテレオンが尋ねてきた。
「あたしは……今始めて声を聞いたから分からないよ」
しかしスールは困惑した様子でかぶりを振り、私に視線を向けてくる。
ライコが何故私達に呼びかけて来ていたのか……それは分からない。
けれど彼女は私一人で災厄に立ち向かうなと言っていたり、悪いダンジョンエネルギーを大量に採りこもうとしていた私を止めるためボールギャグを召喚したりしていた。おそらく私を暴走させないために……。
「……私は信じたい」
「……そうかい」
私が頷くとインテレオンはお手上げといったような様子で笑みを浮かべた。
「皆、どうか祭壇に向かってくれるかい。僕が二人をしっかり掴んで祭壇に上がる!」
「……ええ、分かりましたわ!」
そしてインテレオンが仲間達に伝えるとマホイップ達も勇敢に古びた祭壇へ駆け上がって行った。
「……スール、僕がいるから」
「うん、ありがとうメーくん」
「ルーア、キミの事も今度こそ離さない」
「……ありがとねインテレオン」
彼はスールと私を両脇に抱えると勢いよく跳躍し、マホイップ達が待つ祭壇へ向かう!
着地と同時に祭壇から重々しい音が響き、周囲が激しい光に包まれるのであった。
「……っ」
澱んだ空気が充満した薄暗い空間。石造りの壁や天井が見え、まるで古代の遺跡のようだ。
「うーん……」
「みんな、無事かしら?」
「『ゆけゆけズ』、『ナイトスター』、『エキサイト』、ルーアにスール……うん、全員しっかりいるよ」
けれど、最初にここへ来た時とは異なり周りにはインテレオン達が確かにいた。
「ここがルーアの言ってた遺跡かー」
「あっ、見て! 祭壇にあったのと似たレリーフがあるよ!」
メンバーの無事が確認されるや否や、アシマリが壁に駆け寄る。
「ホントだわ。あっちのは朽ちてて殆ど分からなかったけど……太陽に月、下の方にいるのは……ポケモンかしら? それで中心で渦を巻いてるのは……?」
「うーん……ってインテレオンは何を見てるんだ?」
チコリータが頭を捻る横でヒバニーはレリーフとは別の壁を見ているインテレオンに問いかける。
「……ねえ、これってさっきの祭壇にあった石碑と同じものじゃないのかい?」
「えっ!?」
彼の言葉に面々は壁に掘られた文章に目を向けた。
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太陽と月の伝説。
虚空に異界への穴広がりし時、現世へ数多の災厄舞い降りる。
太陽と月を司るポケモン、ニンゲンと共に光の穴より出でて彼の災厄退けん。
彼らとニンゲンは役目を終え、再び光の穴へと飛び現世を去る。
忘れるなかれ、その名はソルガレオ、ルナアーラ。
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以前祭壇で見た内容とは異なり、完全な状態で残っていたそれを見て私達は息を呑む。
「太陽と月……?」
「隣のレリーフと繋がってるって事? じゃあレリーフの中心の渦は……『異界への穴』……?」
『あなた達が歪みの穴と呼んでいる現象……その名はウルトラホール』
「!」
私にとっては聞き覚えのある声が届くと同時に、インテレオン達ポケモンが驚いた様子で辺りを見渡した。
「もしかしてあなたがライコでして? それにここはどこですの?」
『そう。日と月に呼ばれた子達と同じ、こことは違う世界から来た人間。あなた達が今いる遺跡は、私が仲間達と一緒に活動していた頃の拠点』
マホイップの問いに対してその声……ライコが回答を返す。
「……? 待って、その口ぶりだとあなたは別の場所にいるの?」
『うん、世界を越えてあなた達に語り掛けてる』
「世界を越えて……!? そんな凄いこと出来るの!?」
『私の力じゃない。私の仲間の力を借りてるの』
ランクルスもまた質問を投げかけ、ライコ……そして彼女の仲間はこの遺跡にはいないという回答が戻って来る。
『日と月の力……そして世界を越える力を持つ伝説のポケモン、ソルガレオとルナアーラ。彼らが私の仲間……けれど今はどちらも瘴気に蝕まれてる』
「世界を越えるって……僕達やルーアをこの世界に呼んだのはもしかして……!」
『ソルガレオ達の力で呼んだ……いいえ、"呼んでしまった"。大量の瘴気の影響で七年前、ソルガレオ達が限界を越えた時に力の制御が出来ず……』
「……」
私は無言で視線を落としてある事を思い出す。元の世界にいた最後の夜、夜空には不気味なほど大きい月が浮かんでいた。もしかしてあれは、ウルトラホールが開く前兆だったのでは……。
「さっきから言っている瘴気とは何の事かしら。何となくあたくし達を苦しめる黒い靄……そしてこの壁に掘られた文章の『災厄』と関係がありそうにも聞こえるけれど」
『合っている。あなた達が『悪いダンジョンエネルギー』と呼んでいる力……それが『ウルトラホール』からこの世界に流れ込む瘴気の事』
ドラミドロの問いに答えるライコは更に続ける。
『瘴気はポケモンや人間のような心を持つ生き物から生まれる負の感情が凝り固まったモノ。けれど通常、多少の怒りや悲しみでは瘴気に化したりはしない』
そこで彼女は一度言葉を切り、重々しい口調で続きを話し出した。
『……通常という範疇に収まらない世界があった。日と月に呼ばれた子達のいた世界や、この世界とはまた違う世界。その世界は人間がポケモンを憎み、ポケモンも人間を憎む、凄惨な争いが絶えることのない場所だった』
「……っ」
悲しそうに語られる内容に、一同は戦慄した表情で息を呑む。
『最後に勝ったのはポケモン側、その世界にいた人間は絶滅する事になった。けれど滅びゆく人間が遺した夥しい怒り、恨み、悲しみ、絶望が遂に瘴気を生み出してしまった』
ライコの表情は見えないが、その声音から語るのも辛いのだろうと私は胸を痛めた。
『怒りをぶつけられたら怒りで返す者がいる。悲しむ者を見て自らも悲しむ者もいる。それは負の感情から生まれた瘴気も同じ……人間から生まれた瘴気は敵であるポケモンを蝕み、ポケモンの心に生まれた苦しみという負の感情が更に瘴気を増幅させていった……。そして人間の後を追うように殆どのポケモンもいなくなり、世界は瘴気に支配された』
「そんな悲しい事が……」
知らない世界とは言え、人間とポケモンの争いの末にそんな結末になってしまったなんて……あんまりな最後である。
『……その事態がその世界だけで終わったのであればまだ良かったかもしれない。けれど行き場を失くした瘴気はその世界に穴……『ウルトラホール』を開けて世界の狭間に溢れ出し、"とある世界"にも穴を開けて侵入し始めた』
「……瘴気の侵入を受けているのが我々のワールド……か?」
「そう」
ライコはイルカマンの問いに静かに答えた。
『私はソルガレオ、ルナアーラと共にこの世界を訪れて、今あなた達がいる場所を拠点に瘴気が生む災厄への対処をして回った。もう遥か昔の事』
「御伽噺や古文書にニンゲンが登場するのはライコがこの世界のポケモン達を助けて回ったからなのか」
「それで一旦は瘴気の対処をしてくれたのよね? 七年ぐらい前にまた『歪みの穴』騒ぎが起きるまでは平和そのものだったもの」
『この世界を守るという目的は達成できた。だけど……ソルガレオとルナアーラに瘴気が蓄積して暴走を起こしてしまった……。私は暴走した彼らを連れてこの世界を離れたけれど、どこかの世界に連れて行く訳にもいかず瘴気が漂う世界の狭間に残るしかなかった。今も二匹は世界の狭間で苦しんでて、私は見てるだけしか出来ない』
「それがさっき言ってた"瘴気に蝕まれている"って話なんだね……。でもライコちゃんも見てるだけじゃないよ、きっと仲間を助けたくってルーアやスールに呼びかけ続けてたんだよねっ!」
『……っ』
悲しそうに話していたライコだがオオタチの励ましを聞くと虚を突かれたよう言葉を切らせた。
『……違う、私は不測の事態でこの世界に来てしまった子達の負担を減らしたかった。どちらも世界の狭間で七年近くも瘴気に晒され続けて、身体が完全に変質している』
「世界の狭間に……七年も!?」
そこで声を上げるのがインテレオンだ。彼がこの世界に来た七年後にスールもこの世界へ現れたが、その間彼女はどこにいたのか彼は気にしていたが、真実は"世界の狭間"だったのだ。
『暴走したソルガレオ達の力で元の世界から世界の狭間に出た時、幸運にも貴方……インテレオンはすぐに『ウルトラホール』でこの世界に入る事が出来た。けれど日に呼ばれた子と月に呼ばれた子は瘴気に捕らわれ、気を失ったまま世界の狭間を彷徨い続けた。今はこうして二人共この世界に来れているけれど、瘴気のせいでもう人間とはかけ離れた存在になっている』
「……っ」
ライコに言われ私は自分の手錠や首輪、サイハイソックスなどに意識を向ける。これらが私と同化しているのも妙な力を得ているのも瘴気の影響なのだろう。七年も世界の狭間で過ごして身体が成長していないのも、身体が丈夫になっているのも、そしてリライブの力も……。
『日に呼ばれた子は瘴気とソルガレオの力を浴びて、少しずつながら瘴気を取り込んで浄化する力を得た。月に呼ばれた子は瘴気とルナアーラの力を浴びて、大量の瘴気を取り込んでその身に抑え込む力を得た。私が特に不安視していたのが月に呼ばれた子……貴女はあまりにも瘴気を取り込み過ぎていた、だから幾度も貴女に瘴気の吸収を封じる道具を纏わせたけれど……結局止められなかった』
「……」
自分の無力さを嘆くようにライコが言うと共にインテレオン達も自分達を責めるかのように嘆息。これまで私にリライブを要求していた事を後悔しているのだろうか。
「……僕達は今も苦しんでるルーアの体内にある悪いダンジョンエネルギー……瘴気を取り除く方法を求めてここに来たんだ。教えてくれ、何か方法は無いのか……!?」
『……』
そして必死の形相でインテレオンが問いかけ、暫しの沈黙が流れる。
『さっきも言った通り瘴気は負の感情が凝り固まった力。つまり逆の感情……喜びや幸せを受け続ければ打ち消せる……理論上は』
「理論上は?」
訝し気な表情を浮かべてオウム返しするランクルス。
『さっきも言った通り……通常、負の感情が瘴気になることはありえない。それでも実際に現れてしまった瘴気を打ち消すためには、ちょっとやそっとの喜びや幸せでは到底打ち消せない』
「そんな!?」
「……」
ショックを受けるポケモン達とは対照的に、私はまるで他人事のように感じていた。これを自分事として受け止めたら本当に狂ってしまうかもと本能が理解を拒んだのかもしれない。
「う……くう」
「メーくん……!」
立ち眩みを起こしたかのように座り込むインテレオンへスールが呼びかける。
『……日に呼ばれた子、お願い。月に呼ばれた子が限界を迎えた以上、貴女だけが希望』
そこへライコに呼びかけられ、スールが目を丸くした。
『このままだとこの世界は瘴気……貴方達が黒い靄と呼ぶモノに覆い尽くされる』
「ど、どういうことですの!?」
たまらず声を上げるマホイップ。ポケモンを苦しめる瘴気が世界中を覆うというのは、破滅そのものといって差し支えない事態だろう。
『七年前ソルガレオ達が限界を迎えて世界を越える力を発動してしまったのを皮切りに、この世界に再び『ウルトラホール』が空き始めて流れ込んだ瘴気が土地を変貌させてダンジョンを生み出している。穴が開くごとに世界の狭間とこの世界の境界が弱っていくせいで、その勢いは衰えるどころか強まる一方。一度ダンジョンが生まれた場所にまた『ウルトラホール』が空いて瘴気を更に流し込むこともあった筈』
「ダンジョン巨大化、そして凶暴化だね……」
自らも巻き込まれた経験からか苦々し気にチルタリスが呟く。
『ダンジョン化に巻き込まれたポケモンが仲間以外を敵視する変化……貴方達が凶暴化と呼ぶ現象は瘴気が生まれた経緯によるもの。人間とポケモンが争っていた世界の瘴気……つまりは"自分達と異なる存在を排除しようとする心"が体内に入り込んだ瘴気によって作り出される。けれどそれはまだ軽微と言える段階』
「あ、あれが軽微なのかよ……」
凶暴化した経験があるヒバニーも顔を青ざめさせて話を聞いていた。
『問題は既にダンジョンが生成されていた場所に新しく瘴気が流れ込み、ポケモンを糧に急速増幅を始める『瘴気膨張』……貴方達が言う黒い繭がそれ。あれは取り込んだポケモンの苦しみから瘴気をどんどん増やして、病原体のように拡がっていく。そうして拡がった瘴気を浴び続けたポケモンは段々と身体の節々が固形化した瘴気に覆われる。貴方達が『黒装』と呼ぶ黒い表皮』
身体の一部が瘴気に覆われる……それを聞いて私は『颶風の砂漠』で見たガバイトやビブラーバ達の姿を思い出した。
『固形化した瘴気に覆われたポケモンを放置していると、その者が新しい『瘴気膨張』の糧とされて加速度的に瘴気が拡がっていく。今後はきっと世界のあちこちで同様の現象が起きる』
「場当たり対応、困難、瘴気拡大……」
「そうなったらスールだけいても対応は無理よ。希望って言うのはどういうことかしら」
呻くアノホラグサの隣でドラミドロがスールに視線を向けながら問いかける。
『黒装モンスターとなったソルガレオとルナアーラを元に戻して欲しい。そうすれば世界の狭間とこの世界との境界を補強して、瘴気が流れ込むのを防ぐことが出来る』
「い、いきなり……そんな事、言われても……!!」
しかし何の覚悟も心構えも出来ていないスールは顔面を蒼白にさせてかぶりを振った。
「……そうさ、そもそも世界の狭間なんて僕達には見当もつかない場所だよ」
そんな自分のトレーナーを守るようにインテレオンも反論した。私の体内にある瘴気を取り除くのが難しいと言われたからかその顔には余裕がなく、せめてスールは守ろうと必死なようにも見える。
『北』
「へっ?」
短い回答にアシマリが呆けた返事を返した。
『ポケモンを拒む、瘴気に満たされた地。東、南、西は月に呼ばれた子が解放し、残りは一つ。あそこを瘴気から解き放つことが出来ればこの世界とその外……世界の狭間と繋がるゲートが現れる』
それは……『追放の遺跡』、『無獣島』、『未踏摩天楼』と同様の場所という事だろうか。
『あの四つの地は、世界の狭間で日と月に呼ばれた子へ密接に絡みついた瘴気がこの世界に流れ込んだ時に生まれたダンジョン。二人に触れた瘴気が生んだから、あれらのダンジョンは人間への手助けを行う地となっている』
だから私やスールの記憶にある地を再現していたり、人間にとって有用な道具を生成していたのか。しかし、それはスールやインテレオンが了承するかどうかとは別の話でもある……。
『勿論、恩返しはしたい』
ライコが告げる。
『ソルガレオ達が元に戻れば彼らの力で日に呼ばれた子も月に呼ばれた子も、そしてインテレオンも元の世界に帰ることが出来る』
「!!」
彼女の言葉を聞き、スールとインテレオンが目を見開いた。
「……っ!」
そしてマホイップは逆に辛そうに視線を落とす。
『……強制は、しない……どうか無理だけは……』
「あれ、なんか声が途切れ途切れよ……?」
チコリータの言う通りライコの声が突然不安定になる。まるで電波が届いていない状態の電話である。
『ソルガレオ達の……疲労……これ以上……。拠点……奥……外への……』
そして完全に途切れてしまうライコの声。
「お、おーい! ……うう、返事がなくなっちゃった」
「ライコって奴、大丈夫かなぁ。世界の狭間とか言う場所にいんだろ」
暗い顔を向かい合わせ溜め息をつくアシマリとヒバニー。
「さて、先ほどのトークはともかく……これからどうする?」
「一旦は外へ向かおう。此処、ライコの拠点の奥に行けば出られるみたいだし」
「そうだねっ、難しい事は落ち着いてから考えよっ!」
『エキサイト』達は浮かない顔をする面々を元気づけるかのように早速行動を開始する。インテレオン達も異論は無いらしく彼らの後に続いた。
「……」
何か言いたげなマホイップだが、何も口に出さない。
「……」
インテレオンも固い表情のまま、何も発言しない。
「……どうする?」
「『エキサイト』の言う通り、今は見守りましょう……」
重い空気に耐えられなかったらしいアノホラグサが聞くが、ドラミドロは小声で返した。
そのまま静かな遺跡内を進んでいると行き止まりにぶつかってしまう。
「あ、あれぇ? ライコちゃん、奥って言ってたよね?」
「私のパワーで穴が開かないかチャレンジするか?」
「ストップ! 遺跡が崩れて生き埋めとか困るから!」
「……あら?」
イルカマン達が騒ぐ後ろで、チコリータが何かを見つけたようで石造りの壁に近寄る。
「何かしらこれ?」
「……さあ」
彼女が拾い上げた物体を見つめてヒバニーも首を傾げる。しかし私はそれを見て背筋が冷える感覚になった。
「さ、触っちゃダメ!」
「えっ?」
私が駆け寄って声を上げるのを聞きチコリータは慌ててその物体……『ポケモン図鑑』を落とした。
「それのせいで私は『銀杏山脈』に飛ばされて……」
「そうなんだ……ってルーア? なんだか光が……」
私の説明を聞いていたアシマリだが、その途中で困惑した表情を向けてきた。
「ルーアっ……!」
「わっ」
その時飛んでやって来るのはインテレオン。私を取り逃がすまいとお姫様抱っこして来る。
「……な、何も起きないけど……っ♡」
「……っ」
突然抱っこされて顔を紅潮させる私だが、すぐ近くにある彼の顔に余裕は無い。
「確かにルーアから青い光がぼんやり出てるね」
「見て、行き止まりの壁も似た光を放ってるよ!」
ランクルス達の言葉に釣られて視線を動かすと、ただの石壁だと思っていた場所に青い光が円を描くかのように浮かび上がっていた。
まるで満月のように。
「……無事なら早くメーくんから降りる!」
「わわっ!?」
しかし意識を逸らしていた間に近付いて来ていたスールが私の身体に頭突きしてくる。こちらだって望んで抱っこされている訳では無いと憤りを感じたその時。
スールの身体からも赤い光がぼんやり放たれ、同時に壁へ赤い光が円状に浮かび上がる。
まるで太陽のように。
そして青い光と赤い光の円が重なると紫の円を描いた。
「っ!?」
同時に鳴り響き始めた音に、一同は身構えた。しかし遺跡の機構は私達へ危害を加える事はなく、紫の円が浮かんだ石壁が砂埃を上げながら扉の如く開いていく。
「……!」
その先にはなんと、奥へ繋がる通路が佇んでいた。
私が一人で来た時にはここで行き止まりだと思っていたが、スールと共にいると作動する仕掛けがあったなんて。
「自動で道が開くなんて……『カギ部屋』と近い仕組みなのかな?」
「あ、見て!」
不思議そうにするランクルスの隣でオオタチが奥を指し示す。その先には石造りの祭壇のような物が鎮座していた……そしてそれは、このライコの拠点に来る時に用いたモノとよく似ている。
「あれを使えば先程の祭壇にリターン出来る可能性が高いな」
「……あれ、もう一つあるよ?」
祭壇に近寄りながらイルカマンが頷くが、チルタリスが更に奥へ視線を向けて呟いた。
私もついて行ってみるが彼女の言う通り祭壇は二つあり、どちらも似通った形状をしている。
「どっちかがさっきの小山にある祭壇に戻れるのかしら?」
「それならもう片方は何処へ……?」
「変な場所に飛ばされたりしないだろうな……?」
『ゆけゆけズ』は訝しげに二つの祭壇を観察するが、行き先を示す手掛かりは得られなかったようだ。
「『あなぬけのたま』、使えない?」
「……ええ、反応しないわ。祭壇があった小山と同じで、この遺跡は『スプリングタウン』とかの都市から離れてるようね」
運任せよりは安全策……という事なのかアノホラグサ達も話し合っているが、やはり祭壇を使わないと脱出は難しいようだ。
「ルーア、スール。なんかこう……ニンゲンならではの行き先のオーラをキャッチ! ……とか出来たり……」
「……」
「しないかぁ……」
ランクルスも藁にも縋るような様子で尋ねてくるが私達が黙ってかぶりを振るとガックリと項垂れた。
「……秋と冬の変わり目」
「?」
マホイップの呟きにイルカマン達が振り向く。
「御伽噺や古文書にありましたの。ニンゲンとその友は春と夏の間、秋と冬の間に姿を現したと。もしも春と夏の間というのが『スプリングタウン』と『サマーリゾート』の中間地点にある、あの祭壇を指しているのなら……」
「秋と冬の間っていうのは『オータムビレッジ』と『ウィンターキャッスル』を指してる……って事だねっマホイップちゃん!」
オオタチはマホイップに頬擦りしながら答えた。
「『ウィンターキャッスル』……?」
「……あぁ、ルーアは聞いたことが無いか。キミにとっては四大都市最後の一つとなる町さ。それはともかく……もし祭壇を間違えてもいきなり空の上だの海の中だのに飛ばされる心配は無いって事かな」
首を傾げる私にインテレオンは浮かない表情ながら、簡単な説明をしてくれる。
「ふうん、なら試すのもアリだな。勿論ルーア達がいいならだけど」
「いいよ、ここで考え込んでても進展しないし……」
「……」
ヒバニーの確認に私が答えるのに続け、スールも頷いた。
その後私達は手前側にある祭壇を使う事に決定し、ポケモン達が次々と向かっていく。いつも通りの足取りの者がいれば、普段より明らかに足取りが重い者もいる。
「……行くよっ!」
小山の時と同様にポケモン達が全員祭壇に上がったのを確認した後に、インテレオンが私とスールを抱えて跳躍!
……視線を動かすと、辛そうな彼の横顔が見えた。