その音は落雪か、あるいは飢えた者の足音か。その光は雪の反射か、あるいは獲物を狙う者の双眸か。
寒気を感じたなれば、ただの寒風と思うなかれ。汝の第六感が命の危機を知らせているのかもしれないのだから。
雪が生む静寂を断末魔が切り裂く地、『雪煙の竹林』。
無数に群生する竹、地面に積もっただけではなく今も尚振り続ける雪。私達は緑と白で彩られたダンジョンを進んでいた。
「ぬくぬく」
「あったかいね〜」
この『雪煙の竹林』も寒冷な気候であるが、寒さに弱いアノホラグサ達は穏やかな表情で呟く。
その理由はインテレオンが持っている松明の炎が放つ熱だ。
「感謝するわマホイップ。『マジカルフレイム』で火を用意してくれて」
「構いませんわ。リーダーとして仲間達に苦しい思いはなるべくさせたくありませんもの」
どうやら珍しいわざマシンが『ウィンターキャッスル』のお店で取り扱っていたらしく、この為にわざわざ習得してくれたようだ。私もほぼ全裸の格好で雪の中を歩くのは辛いのでありがたい。
今回の目的は『リライブホール』を完成させる為に必要な材料『にじのしずく』を手に入れる事だ。『テクスチャズ』の話によればこのダンジョンの最奥で汲めるらしい。
「おいおーい、お前らぁ! 何オレ達の縄張りに踏み込んじゃってるワケ〜?」
しかし、当然このダンジョンにも凶暴化ポケモンもいる。私達に喧嘩を売るような態度でやって来るのは数匹のヤンチャムだ。
「あーん、痛い目遭わせてやろうか〜?」
「おらおら〜、ビビってんのか?」
「む」
「あら、バトルをお望み?」
かわいい顔で睨み付けながら『ちょうはつ』するヤンチャム達へ喧嘩っ早いアノホラグサとドラミドロが反応する。
「ほらよ『つっぱり』!」
「効かない」
「おおおっ!?」
一匹のヤンチャムが攻撃を仕掛けるがアノホラグサは涼しい顔で流し至近距離からの『タネマシンガン』で反撃。
「うげえっ!?」
「なんだよコイツら!?」
目を回して倒れ伏す仲間を見て、残りのヤンチャム達が露骨に狼狽え始めた。もしかしたら先程の自信有りげな態度は調子に乗っていただけで本当はバトル慣れしていないのだろうか。
「どうぞ、『ヘドロばくだん』よ」
「おげっ!」
隙しかないヤンチャム達へドラミドロが容赦無く攻撃をぶち当て、勝敗は早々に決するのであった。
「それじゃリライブを……」
「待ったルーア! スールに任せてって!」
以前までのクセで前に出ようとする私をインテレオンが慌てて呼び止めてくる。
「メーくん、寒いから一緒に来てね」
「よろしく頼むよスール」
「……」
松明を持っているインテレオンに言うスールは彼と共にヤンチャム達の下へ歩いて行く。そんな様子を見て私は沈黙した。
「うー、寒い寒い」
「あたくし達も暖まらせて頂戴」
「わわっ、ボクもっ」
スールの力で一匹のヤンチャムの体から赤い光が放たれる中、アノホラグサ達もインテレオンの傍に近寄る。
「インテレオンさんも気が利きませんわね。松明を持って行ったらヤンチャム達に近付けないルーアが寒いでしょうに」
そう小声で苦言を漏らすのはマホイップだ。彼女は『ナイトスター』の仲間達ほど寒さは苦手では無いようで、私の傍に歩み寄る。
「……まぁ、少しぐらいならいいよ」
確かに寒さで肩が震えているが、インテレオンだって分裂出来る訳ではないのだ。スールの方が役に立つのだし、私が我慢した方が丸く収まるだろう。
……そう思って見つめていたがなかなか赤い光は止まず、スールはジッとヤンチャムを見続ける。
「……あん? お前らは……オレ達の縄張りに入って来た……? ん、縄張り?」
「凶暴化から戻ったんだよ! 良かったね」
「……」
そしてようやく光が止み、目を覚ましたヤンチャムがポカンとした顔でチルタリス達の顔を見上げる。
しかしスールは二匹目のヤンチャムのリライブをようやく開始している段階だった。
「お……遅い! なんでそんなに遅いのさ、真面目にやってるの!?」
「なっ、あたしに言われても困るんだけど!」
どんどん体温を奪われている私は悠長にするスールへ怒鳴るが、相手はそんな風に返してくる。
「あれ、何度か言わなかったかな。スールのリライブは時間がかかるんだよ」
「聞いてるけど! こんなに遅いなんて思わなかった!」
インテレオンが宥めるように言うが、私は地団駄を踏み雪にブーツの足跡を作りながら抗議した。今までもスールがリライブする場面に立ち会う事はあったが、その時はいずれも彼女に意識を向ける余裕など無かったため気にしていなかったのだ。
「私ならすぐに……」
「ルーア!」
スールに対する苛立ちのままに足を踏み出そうとしたその時、マホイップが鋭く怒りの声を上げる。
「……っ」
「冗談でもやって良い事と悪い事がありますわよ」
息を呑んで見下ろすと、マホイップが睨みつけるように私を見上げていた。
「……ごめん」
彼女だけではなく、インテレオン達も私がまた暴走しないように手を尽くしてくれているのだ。感情に任せてそれを無碍にするような行為は彼らを裏切る事にもなるし、私自身だって必ず後悔するだろう。
「分かればいいですわ。でもルーアがいつまでも寒いのは事実ですし、もう一本松明を……?」
マホイップは怒りを消してレスキューバッグに手を伸ばそうとするが、何かに気付いたのか視線を動かす。
「あっ……」
並ぶ竹の陰に潜んでいた存在はマホイップに気付かれると驚いたように声を漏らした。
「どなたでして?」
「ま、待って! 戦う意思はないよ!」
『マジカルシャイン』の構えを取るマホイップに対し、潜んでいた存在は誤解を解かんと竹の陰から姿を現す。それは赤茶色の体毛と複数に分かれた尻尾を持つポケモン、ロコンであった。
「凶暴化は……していないわね。『ウィンターキャッスル』から来たの? それとも旅のポケモンかしら」
「『ウィンターキャッスル』から君達を追って来たんだ。城でキミ達がこの『雪煙の竹林』へ行く準備をしているのを見てね」
「なんで?」
ドラミドロ達は寒さを我慢しながらマホイップの隣まで進み、追って来ていたロコンの目的を尋ねる。
「……、ここに『にじのしずく』があるって聞いてね。もうすぐお母さんの誕生日だからプレゼントしてあげたいんだ」
「……」
ロコンの言葉を聞き、スールがチラリと振り返ったが彼女はすぐにヤンチャムのリライブに意識を戻した。
「へえ、お母さん思いのいい子だね。だけどもしあなたが怪我でもしたらお母さん悲しむんじゃないかな? 早く帰って安心させてあげた方がいいと思うよ」
「チルタリスの言う通りですわ。親孝行の意味をよくお考え下さいまし」
「……いやだ! 僕は絶対に『にじのしずく』を手に入れたい!」
諭そうとするチルタリス達だが、ロコンは駄々をこねる様にブンブン首を振る。
「お願い、僕を連れて行って!」
「そ、そう言われても……」
『ナイトスター』の面々に頼んでも無駄だと判断したのか、ロコンは私に頼み込んでくる。しかし私はただの護衛して貰う立場であり、発言力がある訳ではないのだ。
「一生のお願い! ね、いいでしょ!」
「お止めなさいな、遊びに行く訳ではないんですのよ」
諦める様子すら見せずに言うロコンに対し、マホイップは段々と苛立った様子になりながら言う。
「それじゃあオレたちが協力してやるよ!」
そんな時、ロコンに助け舟を出したのはヤンチャム達だった。
「ちょ、ちょっと!?」
スールによるリライブが終わるや否やそんな事を言い始める彼らにインテレオンは驚愕した様子で呼び止めようとするが、ヤンチャム達は聞く耳持たない。彼らは凶暴化していたから私達を襲っただけで、本来はこのような気さくな性格なのだろう。
「……」
ロコンは不自然に黙って私をチラリと見た後。
「……ありがとう! それじゃあよろしくね!」
「おうよ! オラオラ、行くぜぇ!」
ヤンチャム達と共にダンジョンの通路を進んで行ってしまうのであった。
「……」
突然現れたロコンが、突然ダンジョンの奥へ連れて行けと駄々をこね、突然ヤンチャム達について行ったというあっという間過ぎる展開に私達は呆然としていた。
「……ねえ、まだ凶暴化しているこのダンジョンのポケモン達はロコンに敵対するんじゃないかしら」
「うん。ロコン、侵入者扱い、される筈」
「な、なんなんですのあの悪ガキポケモン達は! ポケモンの話を聞かずにトラブルを生むなんて……!」
心配げに呟くドラミドロとアノホラグサに続いてマホイップが怒りでワナワナ体を震わせながら声を上げる。
「放っておくわけにも行かないな……それに本当にヤンチャム達が『にじのしずく』が汲める奥地へのルートを把握してるなら儲け物だし……正直信頼性は低いけど」
溜め息をつきながらもインテレオンは彼らを追うことを提案し、私たちも同意する。
「帰ったら『ネイティオテレポート屋 ウィンターキャッスル支店』のネイティに文句言わないといけませんわね。救助隊でもない子供をダンジョンに送るなって……」
「それはロコン自身に聞いてからだね……もしかしたら徒歩で来たのかもしれないし」
イライラしているマホイップを宥めながら、インテレオンは雪に残るヤンチャム達とロコンの足跡を頼りに先頭を進む。
「……お母さんのためか」
スールの独白を耳にし、私はチラリと視線を向けた。私はスールの母親を幻覚とはいえ見たことがある……『煌めき太陽ビル』のオーナーであるティオという女性だ。私から見たらあまり褒められた母親には感じなかったが、スールとしてはどうなのだろうか。家出をするぐらいだから彼女も嫌なのか、それとも元の世界に帰って実の母と会いたいのか。
(……スールが帰るなら、インテレオンも帰るのかな。けれどマホイップはこの世界に留まって欲しそうだった……そして私も……)
「てめぇら、軟派なことやってんじゃねーぞ!!」
その時、竹林に挟まれた通路の先から怒鳴り声が聞こえてくる。只事ではないと私達は急ぎ通路を進み広間に飛び込む……が。
「い、いてえ……」
先程リライブしされたヤンチャム達がボロボロの状態で倒れており、彼らを見下ろして指の骨をポキポキ鳴らしているポケモンもいた。黒と白の体毛を持つ厳めしい顔をしたそのポケモンはゴロンダだ。
「……ん? まだオレ達を舐めた奴等がいやがるか」
彼は私達に気付くと、拳を握りながら歩み寄って来る。
「ヤンチャム達、ロコンを連れてたから裏切りと判断されたのね……」
「で、でも肝心のロコンが見当たらないよ?」
「誰かロコンの足跡を追ってくれ。コイツは一筋縄じゃいかない相手だ……」
インテレオンが構える前で凶暴化ゴロンダは笹の葉をまるで煙草のように咥え、堂々とした態度で距離を詰める。
「……」
インテレオンに言われた通り、私は目を凝らしてロコンの足跡を探る。しかし先程起きたと考えられるゴロンダとヤンチャム達の戦闘で足跡はほとんど掻き消されている。
「ルルル〜、『みわくのボイス』!」
「オラオラァ!!」
私の背後にて、チルタリスがゴロンダに有効なフェアリータイプ技を放つが相手は『バレットパンチ』を連打し音波を真正面から粉砕してしまう。
「……ふっ!」
「隠れる」
その隙にインテレオンが透明化能力で姿を消し、同時にアノホラグサも幽霊の如く姿をくらませた。
「『ヘドロばくだん』っ!」
ドラミドロが毒素の塊をゴロンダに命中させる……が。
「……きったねえな、オラァ!」
相手は怯むことなく、『れいとうパンチ』でドラミドロを殴り伏せた!
「……、あっ!」
インテレオンが危惧していた通りゴロンダにはかなりの戦闘力があるのを目の当たりにした私はランドセルから道具を取り出して援護するべきか考えたが、ようやくロコンの足跡を見つける事に成功。彼の足跡はまっすぐ竹林の間に向かっており、どうやらゴロンダとヤンチャムが戦っている間に逃げおおせたようだ。
「『つじぎり』!」
「んぎゃっ!?」
しかし背後に視線を向けると、ゴロンダが隠れていた筈のアノホラグサを爪で切り裂くのが見える。どうして位置が分かったのか、と疑問に思うがそれどころではない。
「……、でやっ!」
私はインテレオン達を援護するため、ランドセルから取り出した『こんらんのえだ』から光弾を発射!
しかし同時にゴロンダが咥えている笹の葉が揺れ、それに呼応するかの如く彼は身を屈めて光弾を避けてしまった。
「なめてんじゃねえぞ……」
「い、いけませんわ!」
ゴロンダは離れた場所から妨害を仕掛けようとした私のやり方が気に入らなかったのか、狙いを変えて睨みつけてくる。いち早くそれに気付いたマホイップが『マジカルシャイン』の構えを取った。
「おらよっ!」
「きゃあっ!?」
「うぎゅうっ!?」
だがゴロンダは小柄なマホイップを持ち上げると、私目掛けて投げつけて来る!
「よくも!」
「ちっ……」
インテレオンが竹の上から『ねらいうち』で報復し、ゴロンダは舌打ちしながら走り寄る。
(ま、まずい……落とされる!)
おそらくゴロンダは咥えた笹の葉でこちらの動きを把握しているのだ。もしインテレオンがいる竹を剛腕でへし折られれば彼が落下してしまい多大な隙を晒してしまう事になるだろう。しかし私はマホイップをぶつけられた痛みで起き上がれない……!
「め、メーくんをいじめないで!!」
「あァ?」
しかし背後から聞こえてきた声に振り返るゴロンダ。そこには体を震わせながら彼を睨みつけるスールの姿があった。
「な、何をやってるんだスール!」
なりふり構わずインテレオンが竹の上から叫ぶが、スールは脚を竦ませながらも下がろうとしない。
「あ、あたしの大事なメーくんを傷付けるなら……ぜ、絶対に許さないから……!」
その時、私の脳裏に浮かぶのは『崩れ谷』にて暴走した私がインテレオンを好き放題に使っていた時、激昂しながらやってきたスールの姿。
「……腑抜けは、帰りな!!」
「っ!!」
苛立った様子のゴロンダが『アームハンマー』でスールの腹部を殴り付け、大きく吹っ飛ばす。彼女は放り投げられた人形の如く回転しながら私とマホイップを飛び越え雪の中に……。
消えた。
「えっ!?」
私は痛みを必死に堪えながら立ち上がり、スールが消えた方向を見る。落ちて来た勢いで雪に埋まったのであれば跡が残る筈なのに、ロコンの足跡以外全く痕跡が無い。
「よくもスールまで、許さないぞ!」
「いってえな、コラ!」
自らのトレーナーまで傷付けられ、頭に血が上った様子のインテレオンがゴロンダ目掛けて『ねらいうち』を乱射! 怒濤の攻撃でゴロンダは流石に仰け反るものの、『アームハンマー』で何本もの竹を一気にへし折った!
「はぁ、はぁ……スールはどうなりましたの!?」
「分かんないけど……インテレオンを安心させるためにも引っ張り出さなきゃ……」
雪に跡が残っていないのは妙だが、このまま彼女を放っている訳にもいかない。私はマホイップと共にスールが落ちて行った地点へ近寄り……。
「えっ?」
「きゃあ!?」
雪が積もっている筈の場所で足を滑らせてしまい、下に向かって落ちていく!
まるで雲のように雪を突き抜け、垂直に掘られた穴の中を落ちていく私達はやがて地面にぶつかる!
「むぎゅっ!?」
「うう、『落とし穴』ですわ……でもどうして雪の幻影が……」
咳き込む私の隣でマホイップも痛そうにしながら上を見る。彼女に倣って私も見上げると、私達が落ちて穴の上に白い雪……らしきものが見えた。
「め、メーくんは?」
そんな私達に声をかけて来るのはスールだった。雪の中に消えたと思っていた彼女も『落とし穴』に落ちていたのだ。
「合流できてよかったですわ。インテレオンさん達は今もゴロンダと戦っていると考えられます、急いで階段を探して地上に戻らないといけませんわね」
マホイップは『雪煙の竹林』の地下洞窟の中を見渡しながら言う。『鬼火草原』の時と同様、地下にまでダンジョン化の影響が広がっているようで広間からは幾つかの通路が伸びていた。
「……」
「……では、合流するため行きましょう」
しかし妙な沈黙が流れた後に、マホイップは悩んでいても仕方ないとばかりに一つの通路を選んで歩き出す。慌てて私が後を追い、スールも無言で最後尾でついてくる。
(……マホイップもスールも……インテレオンと一緒にいたいんだよね? もしかして、仲悪いのかな……?)
スールは元の世界でインテレオンのトレーナーだったのに対し、マホイップもこの世界に七年暮らしていたインテレオンと結構な期間関わっていた筈だ。
インテレオンの選択によっては二度と彼と会えなくなるかもしれない……そんな不安から、自然と相手を警戒してしまっているのかも。
「ええと……あの雪の幻影……確か『ウィンターキャッスル』にも無かった?」
居心地の悪い沈黙に耐えられず、私は思いついた疑問を口にする。『ウィンターキャッスル』は城壁に分かりやすい門が無く、幻影の雪で隠された穴を通る事で中に入れる仕組みだ。
「そういえばそうですわね……。この地域特有の技術……とは思えませんし……」
それを聞いてマホイップもまた首を傾げつつ、通路の先の広間に到着。しかしここには外へ繋がる階段は無く、更に幾つかの通路が伸びていた。この地下はかなり複雑な構造をしているダンジョンなのかと、私は焦る思いと共に心の中で呟く。
先を急ぎながらも、足元にワナが無いか『ワナチェック』を繰り出しながら進むマホイップ。
「……ッ!」
そんな彼女の頭上から二対の翼を持つ紫色のポケモンが音もなく襲い掛かった!
「えっ!?」
突然の事に驚いている私の前で、どうやらその凶暴化ポケモンはマホイップに噛みついているようだ。私は彼女を助けるためにランドセルを揺すって道具を出そうとするが、それに気付いた紫色のポケモンは素早く羽ばたいて離脱。
「……」
無言で羽ばたくそのポケモンは四枚の翼を静寂のまま羽ばたかせ宙を自在に舞っていた。
「クロバット、だっけ……?」
スールが自問する先でクロバットは薄暗い洞窟内を素早く飛び回り、私達を翻弄して来る。
「くっ、『マジカルシャイン』っ!」
『どくどくのキバ』で猛毒を浴びてしまったらしいマホイップが苦しそうな表情で光を放つが、クロバットは素早く飛翔し『マジカルシャイン』の範囲から逃れた。
「えっと……『モモンのみ』は……」
私はランドセルを揺すって目的の道具を出そうとするが出てこない。
否……無いのだ、暫くの間インテレオンの家に閉じ籠っていたから……。
「……ッ!」
猛毒で動きが鈍ったマホイップ目掛け、天井から再びクロバットが急降下!
「!?」
しかしクロバットは横から打撃を受け、吹っ飛んでいく。インテレオン達が助けに来たのか……と、思いきや。
「……」
私の前に躍り出たスールだった。なんと彼女は身体を捻り自分の手首……、つまり自らを拘束している手錠でクロバットを殴打したのだ。
「……ッ」
しかし人間の少女の攻撃でやられる程ヤワではないのか、クロバットは空中で体勢を立て直す。
「っ……『マジカルフレイム』!」
「ッ!!?」
そのクロバットを包み込むのは火炎。スールの攻撃が生んだ隙を逃さずマホイップが追撃したのだ。
「よし……」
スールは地面に墜落しぐったりしたクロバットに歩み寄るとリライブを開始。
「……っ」
そんな彼女を見て私はキュッと口を締める。
(まさか……あんな技術を持ち合わせてたなんて)
元の世界では自室に閉じ籠もっていた私と違ってスールは野生ポケモンが住んでいるような環境で旅をしていた。かつてのインテレオン……メッソンがいたとはいえ、自分でも戦う術を身に着けたのかもしれない。
(じゃあ道具に頼るしか無くて、暴走の危険が付き纏う私はアイツより役立たずなんじゃ……)
「うう……はぁ、はぁ……」
「……」
苦しそうに呼吸を乱すマホイップを見下ろす私は、自分自身の無力さに歯噛みする。
「あっ、声がすると思ったら!」
そんな私達の下に新たなポケモンが駆け寄って来る。また凶暴化ポケモンか、と危惧したがそれは赤茶色の毛並みと複数の尻尾を持つロコンであった。
そういえばこの地下洞窟に繋がる『落とし穴』の手前には彼の足跡が残っていた。おそらくゴロンダから逃げる途中で彼も落ちてしまったのだろう。
「……」
「あれれ、なんか苦しそう」
トラブルを引き起こした相手を睨むマホイップだが、ロコンは悪びれもしない様子で彼女の呼吸が荒いのを見て首を傾げる。
「毒を浴びちゃって……『モモンのみ』、持ってない?」
「うーん……」
私は藁にも縋る思いで尋ねるが、ロコンは意味深に私を見上げて来た。
「階段を探して地上の仲間に助けを求めるのがいいね! ついてきて!」
彼は唐突に言って私達の下から離れようとする。ロコンと再びはぐれるのはまずいのではと、私は思わず追おうとするが……。
「待って!」
スールに呼び止められ、私は振り返って足を止める。
「毒に蝕まれたマホイップを動かすのは得策じゃない。あたし達は戦えないんだから、ここはメーくん達が探しに来るのを待った方が良いよ」
「で、でもロコンが……」
スールが正論を言っているのは分かるが、と私は通路の先を見るとロコンがこちらを見て急かすように飛び跳ねている。
「早く、早くー!」
彼はそう言いながら暗い通路を進もうとしている……このままここに留まっていたら間違いなくまた彼を見失ってしまうだろう。
「あなたもこっちに来るの! これ以上迷惑かけないで!!」
「……!?」
その時、スールが眉を吊り上げてロコンを叱るように叫ぶ。私は思わず目を丸くして後退り。
「……」
ロコンも虚を突かれたような表情を浮かべ、一旦こちらを急かすのをやめてその場に佇む。
「……きっとメーくん達はあたし達を助けに来るから。あんまり動かないで休んでて」
「……感謝、しますわ」
そしてスールはマホイップの隣で屈みこみ安心させるように言った。
ポケモンに甘えるのではなく、ポケモンを甘やかすのでもないその姿は、まるでポケモンと共に並び立つ……ポケモントレーナーのようであった。
「……ねえ、元の世界でインテレオンと一緒に旅をしてた頃も、彼に頼りきりじゃなくて協力し合ってたの?」
彼女の目を見ずに尋ねる私。
「昔からメーくんは頼りになったけど、流石に今みたいに道具を使う事は出来なかったし……メーくんに出来る事とあたしに出来る事でお互いに支え合えてた……あたしはそう思ってるよ」
スールもまた、私の方は見ずにマホイップの容態を観察しながら返してきた。
「……インテレオンに甘えるしかない私とは……違うんだね」
「……」
自嘲気味な笑みを浮かべて言うと、スールは黙って振り返って来る。
スールは私と同等な……何も出来ない無力でただの変態だと思っていたが、それは違ったのだ。
元の世界でインテレオン……否、メッソンと協力し合って絆を深めたスールからしてみれば、自分がいない内に勝手に彼へ擦り寄り甘えるばかりだった私の存在は相当腹立たしい物だったのかもしれない。
私はインテレオンの隣に立つのには相応しくないのかも……スールに彼を返すべきなのかも。
「……ルーア、泣いてますの……?」
「……っ」
けれど、どうしても譲りたくない。頭では私よりスールが隣にいた方がインテレオンの為になるのは分かっているつもりだ。
だけど、心がそれを認めない。
私はインテレオンと一緒にいたい。
「……あなたもメーくんの事、大事に思ってるの?」
「……」
クロバットのリライブを終えたスールに問われ、私は泣きながら頷く。彼がいてくれたから、私はこの世界で生きてこられたのだ。絶望に呑まれかけることが幾度もあっても、インテレオンという希望を頼りに耐えられたのだ。彼がいなくなってしまったら……私はどうすればよいのか分からない……。
「……あたし個人としてはあなたは好きじゃない。だけどメーくんのトレーナーとしては、マホイップみたいにそうやってメーくんを大事に思ってくれていることは、感謝するべきなんだと思う」
「……へ?」
視線を向けると、スールはインテレオンを見つめるかのように遠くを見つめていた。
「トレーナーとして……自分のポケモンを七年も放置するなんて酷い事したなって感じてるんだ。だけどマホイップ達やあなたがメーくんと一緒にいてくれたお陰で、メーくんは心身ともに無事だった」
『世界の狭間』にいた時の事は、私やスールにとっては一瞬にも等しい。しかしその間この世界にいたインテレオンにとってはそうではなく、孤独な思いを胸に秘めながら苦しんでいたのだ。彼自身、私と出会うまではマホイップ達の存在が救いだったと語っていた。
「……だから、今更になってあたしが身勝手にメーくんをあなた達と引き離すのは違うって感じてる。ポケモントレーナーとして」
「……っ」
続けて語るスールに対して、目を見開いて反応するのはマホイップだった。
「……ルーア、今朝どうして私がいなかったのか、その理由をご存じで?」
「知らないけど……なんで?」
ずっと安静にしていたためか少し楽になったらしいマホイップに問われ、私は涙を隠すために俯いたまま質問を返す。
「昨日、ドラミドロに言われた事ですわ。インテレオンさんが本当に帰る前に、気持ちを伝えなくて良いのか……と」
「!」
遺跡でライコが語った、ソルガレオとルナアーラを元に戻してくれたらお礼に元の世界に帰らせる、という件だ。インテレオンと別れたくないマホイップはその事で悩んでいたのだ。
「昨晩、ルーアが言ってくれましたでしょう。あなたはこの世界が好きだと……そのお陰で私、背中を押されたんですわ。だから今朝一足先に『研究所』へ赴いて、インテレオンさんに告げましたの。元の世界に帰らないで欲しい、この世界に留まって欲しい、と」
まだ完全に苦しみは抜けていない筈なのにマホイップは私に微笑みを向ける。
「その、答えは……?」
私は緊張で心臓が激しく鼓動するのを感じながら尋ねた。
「インテレオンさんからは答えは戻って来ませんでしたわ。当然ですわ、彼自身の事なのだから悩むのは当然ですもの……それでも」
マホイップはそこまで言い、スールに視線を向ける。
「あたし、メーくんに言ったんだ。"メーくんが望む選択をして、そうしてくれるのがトレーナーとしての喜びだから"って」
インテレオンの望み……。
「あと、メーくんが帰りたいならあたしも帰る、この世界に残りたいならあたしも残るって付け加えてね。この世界に残ったらお母さんは怒るかもしれないけど……それでもあたしはメーくんと一緒にいたいんだ」
スールは多少寂しそうであるが、それ以上にインテレオンと共にいる事を望む気持ちが表情から強く感じ取れた。
「スール。私、ポケモントレーナーというのは良く存じていませんが……とてもポケモンの事を考えてくれる存在なのですね」
「……そう思ってくれるなら嬉しいな。あたしがメーくんと離れたくないって気持ちは譲りたくないけど、メーくんはマホイップやあなたの事をすごく大事にしてるのが分かるから。その気持ちも尊重してあげたい」
それは……。
「私がインテレオンと一緒にいる事、認めてくれるの?」
「……トレーナーとしては、ね。オーマに連れられて『スプリングタウン』に帰ってきたあなたをメーくんがあんな必死になってお世話をする姿を見たら、どっか行けなんてもう言えないよ。メーくんを悲しませたくないもん」
私が問うとスールは少し穏やかな表情で答える。
「だけど、あたし個人はあなた嫌いだからね! メーくんとコービして限界まで搾り取ろうとする変態だし!」
「なっ!」
しかし彼女はすぐさまそんな事を付け加え、私も思わず眉を吊り上げた。
「喧嘩しないで下さいまし、もう……」
それを見てマホイップは咎めるように言うが、彼女は微笑ましい物を見るかのような表情であった。
「ともかく……後はインテレオンさんの望み次第ですわ。元の世界に帰りたいのか、この世界に留まってくれるのか。私に出来る事はしましたから、後は祈るだけ」
彼女は不安な気持ちこそ隠せていないが、それでもしっかり自分の気持ちを伝えられたからかライコの拠点から脱出したばかりの時のような悶々鬱々した雰囲気は消えてなくなっていた。
「おーい! 返事してくれー! スール、ルーア、マホイップ!」
その時聞こえてくるのは大事な彼の声。
「……、インテレオン! こっちだよー!」
マホイップやスールの心の内を知る機会を得ることが出来た私は、晴れた気分で返すのであった。
「……って、あれ? ロコンは?」
「……」
スールが冷や汗をかいて視線を向けた先の通路では、いつの間にかロコンが姿を消しておりマホイップは怪訝な表情を浮かべていた。
「おらよ、ここだ」
スールのリライブによって凶暴化から解放されたゴロンダが指さす先には雪と竹林の中にひっそりと佇む湧き水があった。迷惑をかけたお詫びと言って、ここまで道案内をしてくれたのだ。
「これが『にじのしずく』……? ただの水にしか見えないけど……」
眉をひそめるスールの言う通り、見た限りは無色透明の水だ。『雪煙の竹林』の奥地で『にじのしずく』が得られるという話は間違いだったのかと私は不安になる。
「……おや、そろそろ雪が止みそうだ。二人共、その湧き水をじっと見つめててごらん」
空を見上げたインテレオンに言われ、どういうことなのかと私達は並んで水を見つめ続ける。
そして雪が止み、雲の切れ間から太陽の光が降り注いだ瞬間だった。
「あっ……!」
私はスールと声を揃えて感嘆の声を漏らす。
つい先ほどまで透明だった水が、眩い七色に輝き始めたのだ。
「『にじのしずく』、普段は普通に見える、発見困難」
「雨上がりや雪上がりの時だけ、こうして七色に輝くのよ」
アノホラグサ達は説明を入れつつ、丁寧に『にじのしずく』の採取を完了させる。
「へえ……あ、戻っちゃう」
しかし幻想的な光景は長くは続かず、七色だった水は透明に戻っていった。
「材料としての力は失われない筈だから大丈夫。ありがとうゴロンダ!」
「やめろやめろ、そういうむず痒いのは受けねえんだ」
チルタリスは案内してくれたゴロンダに笑顔でお礼を述べるが、無骨な彼はため息をついて返す。
「それより用事は済んだか? ヤンチャム達に謝ってこねえと」
「えっと……ロコンをまた見失っちゃって……」
「ルーア、彼はいいですわ」
ゴロンダの確認に答えようとしたが、どういう訳かマホイップがそんな事を言った。
「いいって……どういうことだい?」
「彼はおそらく既にダンジョンから出て行ってますわ。詳しい話は後でします」
同じく首を傾げるインテレオンに答えながらマホイップは『ウィンターキャッスル』の座標が登録された『あなぬけのたま』を取り出す。
無事に『にじのしずく』の採取が完了し、『リライブホール』の完成に一歩近づくことになった。
けれど不穏な影も一歩、また一歩と近づいて来ていた。