窓ガラスの向こうに見える青い空と白い雲。
その下にはビル群やその間を縫うように入り組んだ道路に高架鉄道といった都市が広がっている。
「……はあ」
あたしは暫しその見飽きた風景を眺めていたが、一つ溜息をつくと踵を返してベッドに腰掛けた。お尻にシーツの感触が直に伝わりあたしは改めて自分の姿を見下ろす。
真っ先に見えたのは黒色のサイハイソックスと茶色のローファーを履いた脚。ここだけ見ればおかしい所はないけれど……。
「……んん」
更に視線を動かすとスカートどころかパンツにすら守られていない、丸出しの股間が見える。空気に晒しているのはそこだけではなく、お腹や胸も同様だ。最近少しずつ膨らみ始めた胸の先ではピンク色をした乳首がピンと勃っており思わずあたしは顔を紅潮させる。
「んっ……ふひー……」
もう少し視線を移動させようと首を動かそうとすると固いモノが当たって一瞬息が詰まる。あたしの首元には黒光りする頑丈な首輪が嵌められており、まるで飼われている存在のようだ。
それを自覚して発情したあたしは股間や乳首を触ろうとするが、両腕は後ろ手に回った状態から上手く動かせない……その要因は手錠をかけているからである。
「んー、はうぅ……」
自由を失ったほぼ全裸の姿のまま、あたしはいやらしく身を捩る。
(やっぱりあたしが好きなのは……)
「スール! またそんな事やって!」
突然聞こえて来た声にあたしは冷や汗をかいて顔を向ける。
そこにいたのは長い金髪と赤い瞳が特徴の、レディーススーツに身を包んだ女性だ。その後ろには彼女の手持ちポケモンであるニャースが困ったような表情をしていた。
「どうして懲りないかなぁ……いい加減に止めて欲しいんだけど」
「……あたしの勝手でしょ」
苛立ち気に言って来る女性……それはあたしの母親、ティオだ。口煩い母を邪魔に感じながらも、あたしは仕方なく机の上に置いていた鍵を使って自分の手錠と首輪を外し、脱ぎ捨てたワンピースを纏った。
「下着もつけるの! はしたないなー!」
「別にいいじゃん……どうせグループの人達にはもう見られちゃったんだから」
小言ばかり言って来る母親にあたしは心底面倒な気分になりながら再びベッドに腰掛けた。
あたし……スールはこの大型商業施設『煌めき太陽ビル』のオーナーであるティオの娘だ。将来は彼女の跡を継いで『煌めき太陽グループ』の経営者になる様に言われている。
毎日のように勉強漬けにされて人生に飽き飽きしていたあたしであったが、数ヶ月前に勉強をサボってネットを眺めていた所、エッチなサイトを見つけたのだ。それによりオナニーや露出、自縛にハマってしまい毎日淫乱な遊びを繰り返すようになっていた。
しかしある夜、このビル内で自縛露出を楽しんでいた所誤ってビル内に設置されたワープポイントを踏んづけてしまいビルの外に出てしまったのだ。
夜の間ビルに入れず自室にも帰れなくなったあたしは必死に隠れ続け、開店時間になってから自室に戻ろうとしたのだが客や社員たちに見られてしまい、ビルのあちこちを逃げ回り沢山の人やポケモンに裸を晒す羽目になったのだ。
最終的には母親にも厳しく叱られて、あたしは軽い軟禁状態にされているのだった。
「止めないなら手錠も首輪も没収……」
「だ、駄目!」
母親があたしの大事な玩具を手を取ったのを見て、あたしは慌ててぶんどり机の引き出しにしまいこむ。
「ニャー?」
「はぁ……、別にいいよ。それよりあの子をあんまり待たせたくないし」
ニャースが代わりに没収しようかと言いたげな視線をティオに向けるが、彼女は呆れた様子でため息をついた。
「あのさ、スールに会わせたい子がいるんだよね」
「誰?」
あたしの自室に来た理由であろう用件を母親に言われて、あたしは目を細める。『子』という事は大人ではないようだが、どこかの取引先のお偉いさんのご子息かもしれない。あるいは今日日珍しいがお見合いの話か?
ただ、生憎そういうのには興味は持てない。見ず知らずの相手に礼節を弁えて恭しく応対するなんて面倒過ぎる。
「いいから。ちゃんと私の部屋まで来てよ」
「なっ! ちょっと……」
「ニャニャー」
母親はあたしの質問にすら答えず、勝手に来る事を前提にして部屋から出て行ってしまった。あまりにも横暴なやり方にあたしは歯軋りするが、あんまり逆らって手錠などの道具を本当に没収されたら困る。
「……ああ、もう……!」
あたしは腹立たしい気分を抑えられないまま、扉を開き『煌めき太陽ビル』八階の廊下へ出るのであった。
経営者である母親と手持ちポケモン、そして彼女の身内であるあたししか基本的に来ないプライベートエリアの廊下を歩き、一つの部屋の前で立ち止まる。
一瞬、このまま入らずに帰りたいなという気持ちも湧き上がるが、ティオに逆らえない立場のあたしは仕方なくドアノブを掴んだ。
「メメメ~~っ!」
「ニャニャアアッッ!」
しかし、扉の奥から聞こえたのはニャースと何者かの鳴き声。只事ではなさそうな気配にあたしはドアノブを回すのを躊躇するが、それでも少しだけ様子を見てみようとゆっくり扉を開いて中を覗き込んだ。
ティオの執務室……そこで何故か号泣しているニャースの前にもう一匹ポケモンがいた。母親の手持ちポケモンには他にデスカーンやサーフゴーがいるがそれらとは異なる小さな青色をしたポケモンだ。
「……うぉ?」
青いポケモンはあたしに気付いた様子で振り返って来る。大きな目からは大粒の涙が溢れており、不安気な表情を浮かべていた。
「うぉうぉっ……!?」
「あっ……」
そのポケモンは驚いた様子で自分の涙を体に振りかけると、なんと空気に溶けるかの如く姿を消してしまった!
「ニャニャ〜ッ……」
「入って、スール」
未だに泣いているニャースを撫でながら、母親が指示してくる。さっきのポケモンは何だったのか気になりながらも、あたしは緊張しながら足を進めた。
「お母さん、なに今の……? ゴーストタイプポケモン……?」
「そう思うのも仕方ないか。でもハズレ」
母親は先ほど消えたポケモンを探してあちこちに視線を向けつつ言う。
「今のはポケモンの一種、メッソンだよ。体を濡らして周囲の風景に紛れる能力や、催涙効果のある涙が特徴のみずとかげポケモン」
(……?)
なんでそんなポケモンがこの部屋に? とあたしは疑問を感じながらふと視線を棚の脇に向ける。ピタピタという小さな足音を立てながら、床と同じ色をした何かが棚を垂直に登っていた。
「……うぉ!?」
あたしに見られていることに気付いたメッソンは驚きのあまりバランスを崩し、棚の側面から手足を離してしまう!
「危ない!?」
咄嗟にあたしは走り出してメッソンを手でキャッチする……。
「うぎゃ!?」
しかし、本物のポケモンは普段触っているぬいぐるみより普通に重く、あたしは支えきれずに倒れ込んでしまった。
「いたたた……」
「うぉう……」
涙目になるあたしを見つめて申し訳なさそうな表情を浮かべるメッソン。どうやら怪我はないようだ。
「ふーん、やっぱりこれでスールも変われるかも」
その様子を見ていた母親は何かを期待しているかのようにウンウンと頷いた。あたしは身を起こすと、それはどういう意味なのかと問い詰めようと彼女を見上げる。
「スール、貴女は今日からポケモントレーナーだよ」
…………。
「え!? どういう事!?」
突然訳の分からないことを言い出す母親に、あたしは目を丸くして追求する。
ポケモントレーナーと言えば、ポケモンを育てたりポケモンバトルを通じて絆を深め合う存在だと聞いている。あたしには到底関わりが無い存在だと思っていたのに、何の前触れもなくそれになれと言われたって困る。
「単刀直入に言うとねぇ。そろそろ自分の事だけ考えるのは終わりにして欲しいと思ってるんだよ。だからポケモンの世話を通じて立派になって欲しい訳」
「なっ! いきなり言われても困るんだけど!」
勝手ばかり言う母親に反抗してあたしは声を荒げた。
「……め、めめ〜っ」
しかし、それで驚いたのか傍にいたメッソンが泣き出してしまう。あたしは慌てて泣き止ませようとするが……。
「……う、うえええっ……!?」
なんとあたしまで泣き出してしまい、涙が止まらない。さっき母親が言っていた催涙効果のある涙とはこの事か。
「そのメッソンはタマゴから生まれて以来、うちのグループ会社が経営してる預かり屋で生活していてね。進路に悩んでたみたいだから丁度いいって思って連れてきたんだよ」
「うぐ……ぐすっ……」
泣きながら必死にメッソンを撫でるあたしを見下ろしながら説明を続ける母親。
「せめて一週間ぐらいは一緒にいてもらおうかな。それで実際にトレーナーになるかどうか決めるって事で。スールがあんまりにも世話が出来ないのならメッソンが可哀想だからね」
「……うぐぐ」
一方的に決められ、あたしは母親を睨み付けながらうめき声を漏らす。あたしはあたしの望むままに生きたいのに、いきなりポケモンの世話を押し付けられるなんて……。
「うぉう……」
「う……」
しかしメッソンは大きな目をウルウルさせてあたしを見つめて来ている。このまま無理矢理彼を母親に突き返すのは忍びない。
「……あぁもう、分かったよ……!」
「ん、よろしい。じゃ、これその子のモンスターボールね」
根負けしたあたしを見て笑顔になった母親は赤と白を基調とした玉を渡して来る。このビルでも山のように売っているその道具は、ポケモンにとっての家のようなものだ。
「……ええと。それじゃよろしく……?」
「うぉ……」
あたしがぎこちなく言うと、メッソンもあまりリラックスしてない様子で一鳴きする。お互い無理矢理トレーナーとそのポケモンにされたようなものなのだから、食事や緊急の時以外はボールに入っていて貰い、出来るだけ不干渉を貫くのが最善だろうとあたしは考えるのであった。
「やれやれ……」
自室に戻ったあたしはメッソンが入ったボールを机に置いて一息つく。勉強しろだの変な事はするなだの、母親は手持ちポケモンに対するように命令ばかりするが、まさか今度はポケモントレーナーになれとまで言い出すなんて。
厄介な親を持つとストレスが溜まる……と思いながらあたしはワンピースを脱ぎ捨てた。母親はこの後経営会議だと言っていたので、暫くは心置きなく楽しめるだろうと首輪と手錠を身に着ける。
ほぼ全裸で自縛した姿になったあたしはドキドキしつつ引き出しを漁る。今日はどの玩具で気持ち良くなろうか……そうワクワクしていたその時である。
ポーン、と弾けるような音がすぐ傍の机から聞こえ、なんとメッソンがモンスターボールから出てきたのだ!
「うぉうぉ……」
「……!?」
ボールの中で好きなように休んでいるではなかったのか……とあたしは焦りのあまり尻餅をつく。
今のあたしは両腕は使えないしサイハイソックスとローファー以外の衣類は何も身に着けていない……つまり襲われたら抵抗出来ず、犯されてしまってもおかしくない状況だ。
小さなポケモンであっても人間より身体能力が高い種族は少なくないというのは母親のニャースを見て知っている……体格差があるとはいえあたしが勝てる見込みは全くない……!
「ちょ……待って……っ」
「……」
怯えたまま身体を震わせるあたしに、メッソンはペタペタと近付いて来る。このままじゃ本当にポケモンにレイプされ……。
「うぉう」
ポトリ。
「……え?」
メッソンはあたしのすぐ前で止まると、持っていた一つの道具を落とす。それは机の上に置いていた手錠の鍵だ……。
(まさか……トレーナーのあたしがおかしな事になってるのに気付いて、助けるためにボールから出て来たって事……?)
流石に鍵を使って手錠を外せる程賢くはないようだが、メッソンは心配げにあたしの顔を見上げていた。
「……ふう」
犯される訳では無い事が分かり安堵しつつも、ボールの中から外の様子は分かるのかと知って溜息をつく。これではいくら自縛して遊ぼうにもメッソンが邪魔して来るという訳ではないだろうか。これもティオの狙いだとしたら性格が悪過ぎる。
「……気持ちは嬉しいけどお節介だよ。あたしは自分の意思でやってんだから」
「うぉう〜……っ」
疲れた気分で言うあたしにメッソンは何かを指し示す。それは乱雑に脱ぎ捨てられたワンピースだ。彼はまるでそれを早く着てくれと言わんばかりの様子。
「わ、わわっ!?」
それであたしは出会ったばかりのポケモンに裸を晒していることを改めて自覚して顔を赤くした。さっきは犯されるかもという恐怖で頭が回らなかったが、あんまりにも恥ずかしい状況に焦り……。
少し子宮が疼いた。
「……んあっ♡」
「うぉ?」
突然喘ぎ声を上げたあたしを見て、メッソンが首を傾げる。
もしレイプされるような心配が無くて……それに母親にも告げ口される危険も考えなくていいのなら……。
「ね、ねぇ。もっと見てくれる……?」
「うぉ……うぉう?」
あたしはメッソンの前で開脚すると、自分から秘部を露わにする。年若い少女らしいツルツルしたおマンコではあるが、ここまで愛液でびしょ濡れにしているようなエッチな子はそうそういないだろう。
(やばい、見られてる! 凄い見られてる!!)
困惑した様子ながらメッソンはあたしを見つめており、その視線であたしは興奮してしまう。理性が局部を隠そうと両手に指示を出すが、手錠がそれを許さず金属音が部屋の中に鳴り響いた。
「じ……自己紹介してなかった、ね……あたしはスール……♡ 裸になって自分を拘束してぇ……外を出歩くのが大好きな……変態な女の子だよぉ……♡」
蕩けた表情であたしは腰を揺らしながらメッソンに自分の事を伝える。どれだけ淫乱でエッチな少女なのかを包み隠さず曝け出す。
「こ……こんなどスケベトレーナーのあたしのぉ……♡ ポケモンに……なってくれる……♡?」
「めめ……っ」
そしてメッソンを試すように、あたしは問いかけた。
もし、拒否されれば当初の予定通り一週間だけの間であるし……もし、承諾されれば……。
「う……うぉうっ!」
メッソンは頷き、あたしから目を逸らさず向き合う事を伝えて来た。
「ん……んんっ……♡」
あたしはピクンと反応し、涙目で笑みを浮かべる。
このド変態な趣味の事を母親達や社員、顧客達にも理解出来る者はいなかったが……このメッソンはとことん向き合うつもりなのだ。
「じゃ、じゃあ……これ押し付けて……♡」
「うぉう?」
あたしは後ろ手のまま引き出しから電マを出してスイッチを入れた状態にし、メッソンに渡す。道具は使えなくてもあたしの急所に押し込むぐらいなら出来るだろう。
「あたしのポケモンになってくれるなら……お願い、気持ち良くしてぇ……♡♡」
そう言ってM字開脚したあたしの異常性癖ぶりにメッソンはしばし困惑した表情を見せる。
「お願いぃ……焦らさないで下しゃい……♡ 気持ちいい事しか考えられない……おバカトレーナーのスールのおマンコ……グリグリして幸せにして下しゃい……♡」
自分の手持ちポケモンに対して、あたしは泣きながら懇願する……これではどちらが世話する側なのか分からない。
「う……うぉうぉ〜!」
「ひゅうぅぅんっ♡♡♡」
そして意を決したのか、ヤケクソになったのかメッソンが電マの先を勢い良くあたしの膣に突っ込んだ! 力加減が出来ていないのか、あまりに強烈な刺激を受けあたしはあっと言う間に絶頂してしまうのだった。
「あう……う、うう♡♡」
「うぉうぉ!?」
仰向けに倒れ身体を痙攣させ始めたあたしを見て、メッソンが泣きながら飛び付いてくる。自分のせいでトレーナーを傷付けたのかもしれないと思っているのだろうか……。
「だ、大丈夫……♡ 凄い気持ち良かったから……また、やって欲しいの……♡」
だからあたしはトレーナーとして、自分のポケモンを心配させないように伝える。
それからあたしの生活は一変した。
「トレーナーの心構え……ポケモンはあなたの道具ではありません……んぐっ、寸止めぇ……♡!?」
「うぉ〜……」
トレーナーとしての勉強をする傍ら、バイブの強さを変えてもらったり。
「あなたのニックネームは……メーくん!」
「うぉう!」
きっと似合っているであろう名前をつけてあげたり。
「こんな所あるんだ……いつか一緒に行ってみたいね」
「うぉうぉ〜」
遠くの地方を紹介する動画を見て、思いを馳せたり。
「め……メーくん……どこぉ……? んんっ♡!!」
ほぼ全裸かつ自縛姿のまま廊下に出て、姿を消した彼とかくれんぼしたり。
今までと異なる幸せな日々が続いていたある日の事。
「監視カメラに映ってるねぇ、ガッツリと」
メーくんのトレーナーになってから数日後、部屋にやって来た母親の前で正座したままあたしは顔を青ざめさせる。
ティオのスマホには裸で廊下を歩き回るあたしの淫行がバッチリ映っている。
「仲睦まじいのは大いに結構だけどね。このままじゃメッソンが不憫過ぎるし預かり屋の人達にも顔向け出来ないよ」
「……っ」
呆れたように言う母親の前であたしは言い訳出来ずに黙り込む。
「と、言う訳で予定より早いけどメッソンを預かり屋に返すね」
そしてなんと母親は突然そんな事を言い始める。その手にはメーくんが入ったボールがあり、本気であたしと彼を引き剥がすつもりだ。
「なっ! 駄目!」
「デェス」
あたしは咄嗟に取り返そうとするが、デスカーンが伸ばした影の腕で突き飛ばされてしまう。後ろ手に手錠で拘束されているため手で衝撃を和らげることも出来ず、肌に直接固い床の衝撃が伝わって痛みが走った。
「今日はもう遅いから明日の朝に帰してあげるよ。ごめんね、うちの娘が変な事に付き合わせて」
「……」
メーくんが入ったボールに話しかけながらデスカーンと共に部屋から出て行くティオ。更に外側から鍵をかけられ、一人取り残されたあたしは追いかけることが出来なくなってしまった。
(そんな……っ)
初めて出来たあたしを理解してくれる存在を奪われ、激しい喪失感が襲って来る。これからずっと、一緒にいたかったのにとあたしは横になったまま涙を流した。
(……でも、あたしの身勝手な願いなのかな。メーくんも本当はこんな変態トレーナーから離れたかったのかな……)
彼は困惑した表情を見せていたし、実際はトレーナーであるあたしから捨てられないように、嫌な事でも我慢してやっていたのでは?
「……ううっ……」
メーくんの事を素敵なパートナーだとあたしは思っていたが、それは一方的な考えで向こうはあたしを苦手だと思っていたのかも。
「ぐすっ……」
一人きりで絶望に打ちひしがれるあたしは弱々しく咽び泣くのであった……。
それから幾らかの時間が流れ、窓の外が夕闇から夜へと変わる頃。
「……」
涙すら枯れ、あたしは死んだような目をしてベッドに横たわっていた。気を紛らわせようにも手錠のせいでオナニーすら出来ない。母親が鍵を持って行っていまい、きっとメーくんを預かり屋に帰すまでは没収されたままなのだろう。
今後はより一層、母親による監視は厳しくなるに違いない。
あたしは自分が好きな事も出来ないままやりたくもない勉強をやらされて、いずれはなりたくもない経営者にされてしまうのかも。それを嫌だと思わないぐらいに徹底的に教育されて、今のあたしは無くなってしまうのかも。
(それぐらいなら……)
あたしはヨロヨロと起き上がると、自室の窓へと近付いていく。まだ星が瞬き始めて間もない時間帯だからか、あちこちのビルの窓には光が灯っており、遥か下には街灯に照らされた道路もぼんやりと見える。
「……っ」
しかしいざ窓を開けてみると、冷えた強風が吹き込んであたしは身を震わせる。ここから逃げ出そうと思ったがとても無理だ。メーくんみたいに壁に張り付いたりも人間のあたしには不可能であるし、やはりどうしようも……。
「うぉ……うっ……!」
「……へ?」
あたしの耳に届く、苦しそうな声。夜風の音に混じってペタペタという音も鳴り、そして風に揺れる黄色いヒレのような部位が窓の下からニョキッと出てくる。
「うぉう!」
「メーくん!?」
そして窓枠に手を掛けて顔を出したのはなんとメーくんであった。母親に連れて行かれた筈だがどうやってここまで来たのだろうと思うが、透明化能力を駆使すれば不可能ではないのかも。
「あ、あたしに会いに……?」
「うぉうぉうっ!」
尋ねると彼は力強く頷いた。メーくんはトレーナーになったあたしを苦手だと思っているのでは……なんて考えは杞憂だと断定するかのように。
それを見てあたしは思わず涙を流してしまう……拭いたくても拭えなくて恥ずかしい。
しかし、彼がボールから出て行ったことは遅くとも明日の朝には母親も気付く筈……そうなったら再び引き剥がされて二度とメーくんと会えなくなってしまう。
ならばどうするか……。
「……逃げるしかない」
「……うぉ」
あたしが覚悟を決めて呟くとメーくんも応じる。
母親はきっとあたしに、真っ当に育って欲しいだけなのだろう。きっと跡継ぎとして沢山の期待を寄せているのだろう。
それでも……あたしが望むのは。
あたしを受け入れてくれたメーくんと一緒にいる事だ!
地面がゆらゆらと揺れ続ける。薄っすら目を開けると、あたしの部屋とは異なる狭い空間……小型ボートの内装が視界に広がる。
そして窓の向こうには広大な海があった。
「うぉっ!」
「わっ」
あたしが起きたのを察したメーくんが嬉しそうに膝に乗ってくる。少々重いが、あたしはその重みで今の状況を実感して笑みを浮かべた。
昨晩、『煌めき太陽ビル』からの脱出を決行したあたし達はこうして無事に海まで出てこれたのだ。途中メーくんに囮役を頼むしかなかったり、二階から川へ飛び込んだりと無茶な事もあったが、彼とのチームワークでどうにかなった。
自由になれたのだ。
「……改めてありがとう、メーくん。とってもカッコよかったよ」
「うぉう……」
水平線上で輝く朝日に照らされながらお礼を伝えると、メーくんは恥ずかしそうに顔を赤くするのだった。
「よいしょ、うんしょ」
あたしは足漕ぎボートを必死に前進させて青い海を突き進む。これは『煌めき太陽ビル』で売られていた、両腕を使えないあたしでも水上を移動できる乗り物だ。ビルから逃げる途中で回収した物であり、一応代金分のお小遣いとメモは残して来たが罪悪感が疼く。
「うぉ〜」
メーくんはあたしの邪魔にならないように後部座席におり、そこで何かをしているようだ。少し気になるが、頑張ってボートを漕いで目的地へ辿り着かなくては。
バシャバシャバシャバシャ……。
「え?」
前方の海で上がる水飛沫。どうやら何かがこちらへ向かって泳いで来ているのらしい。
「……っ」
そこであたしはポケモントレーナー入門の本に書かれていた事を思い出す。海にはサメハダーやドククラゲといった野生では危険度の高いポケモンがいる事を……。
非力な少女が漕ぐボートで逃げ切れるのか、メーくんの力で追い払えるのかと思考している内に水飛沫を起こしていた存在はすぐ近くに迫っていた。
「やあ! 君はポケモントレーナーかな?」
「!?」
しかしあたしの予想とは異なり、海から頭を出してきたのは水泳キャップとゴーグルをつけた男性であった。彼の隣では相棒らしきポケモン……キングドラが海から顔を出している。
「目と目が合ったらポケモンバトル! 楽しもうじゃないか!」
「う、え……っ」
笑顔で言う彼を前にあたしは表情を凍り付かせる。
何せ、今のあたしはほぼ全裸で首輪と手錠をかけた変態少女なのだ。今は幸い、相手からはあたしの顔しか見えていないようだが、余計な事を起こせばこの姿を見られてしまう……!
そうなれば強そうなキングドラでメーくんを一捻りされて、あたし自身はあの筋骨隆々な半裸の水泳トレーナーにレイプされるなんて事にも……。
「ち、違いますぅ……あたし一人旅です……っ」
「あれ、そうだったのかい? この海域には野生ポケモンが多くいるからそうなのかと思ったよ。勘違いしてゴメンよ、気を付けてね」
咄嗟に嘘を付いたあたしは笑顔で手を振る男性から逃げるようにボートを漕ぐ。どうにかバレずに済んであたしはホッとするが、緊張で全身から嫌な汗が滲んでいた。
「……うー」
「……あれ? メーくん?」
後ろから聞こえる不満そうな鳴き声にあたしは目を丸くして振り返る。しかしメーくんはあたしに背を向けており表情を伺うことが出来なかった。
(お、怒ってる? 危険なことにならずに済んだのにどうして……)
そう困惑しながら脚を動かしていたその時である。
グラリ。
「わっ!?」
「うぉう!?」
今までとは明らかに違うスピードで勝手に動き始めるボート。慌てて窓から外の様子を見ると、なんとボートが海流に流されているではないか!
ホウエン地方という場所には海流が激しい海域があるとは聞いていたが、まさかあたしの暮らしている地方にも同様のモノがあったなんて。
「コントロールが……き、効かない……っ!」
あたしは必死にペダルを漕ぐが海流に逆らう事は出来ず、ボートはどんどんスピードを上げて予想不可能なルートを進んでいく。
「……あっ」
目が回りそうな勢いに翻弄されていたあたしは、あるモノに気付いて顔面を蒼白にする。
なんと目の前に岩石だらけの海岸が迫って来ていた!
「うぉううっ!」
その時、決死の表情でメーくんがあたしの前に飛び出し……。
ボートは猛スピードで岸にぶつかり宙を舞った。
「う……うぐぐ」
びしょ濡れのあたしは痛みに苦しみながらどうにかボートから這いずり出る。海流にさらわれるだけではなく、事故まで起こしてしまうなんて……。
振り向くとボートは目立った損傷こそ見当たらないが、見事なまでに陸へ乗り上がっており海上へ戻すのは苦労しそうだ。
とはいえ、あたし自身はケガなどしておらずそこは不幸中の幸いといった所だろうか。しかし……。
「……メーくん?」
自分のポケモンが中々ボートから出て来ないことに気付いたあたしは慌てて覗き込む。
「う……ぉ……」
「!!」
なんとメーくんは座席の下で倒れ込んでおり、今にも消え入ってしまいそうな鳴き声を漏らしていた。
手錠のせいで苦労しながらもあたしはメーくんをボートから引っ張り出し、彼の容体を窺う。トレーナーの教本の内容を思い出しながらメーくんの体を診ていくと、彼はその身を強打して体力が殆ど残っていない状態であった。
満足に動けないあたしが無事で、何故彼がこんな事に……と思っていたがある事に気付く。
あたしの身体と同じようにボートの中もびしょ濡れ状態。しかしボートにはほぼ損傷がなく海水が入り込んだ訳ではなさそうだ。
それはつまり……メーくんが水を放ったからなのでは。
水に衝撃を吸収させて、あたしを守る為に。
けれどメーくん自身は身を守れなくて……。
「そ、そんな……っ」
「うぉう……っ」
あたしはショックで顔を強張らせるが、目の前で倒れている小さなポケモンは少しずつ弱っていく一方。このまま放置していたら取り返しのつかない事態になってしまうだろう。
このまま泣きながらメーくんを見つめるだけで良いのか?
否。
(トレーナーとして……メーくんを……大事なパートナーを助けなきゃ!)
「……待っててメーくん! 絶対に助けるから!」
「……」
あたしは立ち上がるとメーくんをその場に残して走り出す。
岩石だらけの海岸を抜けると、白い砂浜と青い海、緑色の密林に囲まれた場所に出る。どうやらあたし達はこの未開拓の島に漂着してしまったようだ。
ポケモンの治療をしてくれるポケモンセンターは流石に無いだろうが、誰かが住んでいれば薬を譲って貰えるかもしれない。
「……っ」
こんな変態な姿で人に会ったらとんでもない目に遭わされるかもしれない。でも、だからと言って何もせず苦しそうなメーくんをあのままにしたくはない。
彼が傍にいるからこそ、あたしは希望を抱く事が出来たのだから!
(絶対にメーくんを救う!)
あたしは強い意志を心に宿し、森の中へ足を進めた。
しかし……。
「…………」
「え?」
木陰から一匹のポケモンがあたしの前に現れ、道を塞ぐように浮かぶ。それは橙色の花を持った小さなポケモン。
トレーナーの教本で見た記憶がある……確かフラエッテというポケモンだった筈だ。
彼女は暗い表情でかぶりを振り、まるであたしに帰って欲しそうである。
「……その、帰る訳にはいかないんだ。あたしの大事なポケモンを治療する手立てを見つけないと……!」
「……」
しかしあたしだって諦められない。メーくんが身を挺してあたしを守ってくれたのに、簡単に折れてどうするのだ。
「フッフッフッ〜」
「!」
その時、どこかから可愛らしい声が聞こえてくる。驚愕の表情を浮かべるフラエッテの視線を追い上を見ると、そこには赤や白の花を持ったポケモン達……フラベベが宙を舞っていた。
彼女らはあたしを見下ろしながら歌うかのように鳴き声を上げ続けており、思わず和みそうになるあたし。しかし目の前にいるフラエッテは逆に余裕を失った顔になる。
「フゥゥゥゥ……」
フラエッテとフラベベは同じ系列のポケモンではないのか……と疑問に思っているとまたどこからか声が聞こえてきた。
「!!」
直後、太陽光の力を凝縮した光線が真っすぐに向かって来てあたしを吹き飛ばした!
湿った地面の上を転がるあたしだが、あまりの痛みに起き上がれない。視線だけを動かすと、森の奥から一匹のポケモンがやって来るのが見えた。あれはフラージェス……先程の技『ソーラービーム』を放ったのも彼女だろう。
「……っ」
橙色の花を持ったフラエッテが心配そうな顔で見てくるが、あたしはそれに反応を示すことすら不可能。野生ポケモンによる手加減無しの技がこんなにも強烈だったなんて。服を纏っていない無防備な肌には多くの傷が付いていた。
「フッフッフー」
「フフ〜」
「フゥゥゥゥ……」
赤や白、青や黄の花を持つフラベベやフラエッテ達があたしの周囲を舞い、フラージェスが冷たい目で見下ろして来ている。その目は相容れぬ敵を睨み付けているかのよう。
そしてフラージェスは植物を操り、強靭な蔓であたしの身体を持ち上げると森の中を進み始めた。
(あたし……どうなるの?)
このまま処罰されてしまうのか、という恐怖で身体を震わせるだけで非力なあたしには何の抵抗も出来ない。
「……」
橙色の花を持つフラエッテは悲しそうに俯いたまま、その場で佇んでいた。
(このままじゃ……望みを果たせない)
あたしは訳も分からずこの森へ入り込んだのではない。
メーくんを助ける手段を入手しに来たのだ!
「うああ!!」
「!!」
あたしは全身の痛みを跳ね除けて激しく身を捩り、フラージェスのツルから脱出した!
「フゥゥ……!!」
フラージェスは一瞬驚きながらも、すぐさま新しいツルを伸ばしてあたしを捕らえようとしてくる!
人間が嫌いだから?
それは分からない……だけど、橙色の花を持つフラエッテが立ち塞がった理由は、きっと帰って欲しかったから……!
「ゴメン! ここがあなた達の縄張りだって知らなかったの! あたしの大事なポケモンが怪我してて治療する方法を探して入り込んじゃっただけで、ここを荒らすつもりは無い……お願い信じて!」
「!」
ポケモン達にもあたし達人間と同じ心がある。それはメーくんと一緒にいる間に学んだ事だ。
野生ポケモンは理由無しに人間を攻撃するような存在ではない。一匹一匹に確固たる目的があるのだ……守るべき者のために立ち塞がるポケモンもいれば、自分のトレーナー足り得る人間を見極める為に戦いを挑むポケモンもいる。
あたしだって自室に母親がいきなり入って来て不快感を覚えたのだ。見ず知らずの人間が突然やって来れば、フラージェス達だって同じ感情を抱いてもおかしくない!
「……」
フラージェスはツルを止めてあたしの目を凝視して来る。真実を言っているのか、邪な考えが心の奥に隠れていないか探るかのように。
そして彼女は視線を外して暫し考え込むように沈黙。あたしも固唾を飲み込みながら判断を待つ……脚が恐怖で震えているがメーくんを救う為、逃げる訳にはいかない……!
「……フゥゥゥゥ!」
「っ!」
フラージェスが判決を下す。
彼女は太陽光のエネルギーを吸収し、『ソーラービーム』の準備に入っていた!!
「あっ……!」
理解されなかったのかと攻撃から逃れようとしたあたしだったが、いつの間にか黄色い花を持つフラエッテがツルをあたしの足首に絡ませている。
(ゴメン、メーくん……っ!)
何度も助けてもらったのに、あたしは彼に恩返しすら出来ないのか。そう思うと自らのトレーナーとしての不甲斐なさに涙が浮かぶ。
「ぅ……うぉう!!」
「!」
水弾がフラージェスへとまっすぐ向かい、彼女の体に命中した。
「え……」
あたしが視線を動かすと、苦しそうにしながらもこちらへ向かってくる青色のポケモンがいた。
どうして彼がここに……あんなにボロボロだったのに。
いや……彼はどれだけ自分が限界を迎えていても、大切な相手を守る為ならどんな事だってやるつもりなのだろう。
そういう心を持っているポケモンなのだろう。
「うぉう!!」
あたしを守る為に、メーくんがフラージェスの前に立ち塞がる。もう体力なんて残ってない筈なのに、相手が『ソーラービーム』の発射準備を終えた状況なのに。
メーくんがそこまであたしを大事に思ってくれているという事実に涙が溢れるが、それよりもあたしはトレーナーとして……。
「ありがとうメーくん……でもお願い、下がって……! あなたを傷付けたくて旅に出たんじゃないから……!」
「うぉうぉうぉ……!!」
泣きながら指示を出すあたしだが、メーくんは引こうとしない。その間にもフラージェスは太陽光のエネルギーを収束させ……!
「フゥゥゥゥ!」
天空に向かって『ソーラービーム』を発射した。
「……」
ポカンとするあたし達に背を向け、フラージェスは森の奥へと戻って行く。
もしかして……彼女は試していたのだろうか。
攻撃をするフリをして、あたしとメーくんの間に本当に絆が存在するかどうかを判断するために……。
「……」
「……フフー」
橙色の花を持つフラエッテが無言で何かを訴えかけるような目を向けると、赤や白の花を持つフラエッテ達はフラベベ達を連れて四方八方へと飛んでいく。
「う……ぅぉ」
「あ、メーくん……っ!」
ずっと踏ん張っていたのだろうメーくんが倒れ伏し、あたしは慌てて近くにしゃがみ込む。無理をしてあたしの後を追ってきたせいで、さっきよりも苦しそうだ。どうにか危機は去ったが、彼を救う方法はまだ見つかっていない……!
「…………」
「……?」
しかしそこへ近付いて来た橙の花を持つフラエッテが目を閉じ、静かに祈り始める。何をしているのだろうと困惑していると、突然空から光の粒子が降り注ぎ始めた。
「……うぉ?」
「!」
するとなんということだろう……光を浴びたメーくんが元気を取り戻したのだ!
「メーくん! 良かった……良かったよぉ……!」
「うぉうぉ……っ」
感極まったあたしが泣きながら頬擦りすると、メーくんは目を丸くして鳴き声を漏らす。
「……」
「もしかしてあなたが助けてくれたの……? 本当にありがとう……!」
微笑を浮かべながらその姿を見ていたフラエッテに、あたしは感謝を述べる。おそらくさっきのはポケモンの技の一つ、『ねがいごと』だ。
「……でも、どうして。あたしはあなた達の縄張りに入り込んじゃった邪魔者なのに……」
「……」
あたしは問いかけるが、フラエッテは何も喋らない。そもそも喋ったとしてもポケモンの言葉はあたしには分からないだろう。
「……」
フラエッテはあたし達から離れるとフラージェスが去っていった方向とは別の道を進み始める。帰るのだろうかと思ったが、よく見ると手招きしておりついてきて欲しいらしい。
騙している……とは考え辛いだろう。彼女はメーくんを救ってくれたのだから。
「……あたし、あの子を追ってみたいけど……メーくんも来てくれる?」
「うぉう!」
あたしがお願いをすると、メーくんは元気よく鳴いて頷いた。
まるで頼られるのが嬉しいかのように。
(……メーくん、もしかしてもっと頼って欲しかったのかな。だから海でポケモンバトルを避けようとした時にあんな顔を……)
フラエッテを追って鬱蒼とした森の中を進んでいると、あたし達の前に小屋が姿を現す。もしかして人間が住んでいるのかと思ったが、よく見ると壁にツタが張り周囲の雑草も手入れされていない。
「……ごめんください?」
躊躇無く小屋に入ったフラエッテを追い、念の為挨拶してみるが返事は返ってこない。メーくんも小屋に入るので、あたしも少々後ろめたく感じながらも薄暗い空間へ足を踏み入れる。
小屋の中には幾つかの家具が置かれているが、しばらく使われていないのか埃を被っていた。
「……」
そしてフラエッテは机に近寄ると、そこに置いてある本を見つめてからあたし達に目配せして来る。なんだろうと思いながら口を使ってページを開いてみると、どうやらこれは日記帳らしい。この小屋にいた人間が綴ったものなのだろうかと思いつつ、フラエッテがここへあたし達を連れて来たということは、この日記を読んで欲しいのかもと察せた。
(……これは)
日記の中身を見てあたしは目を見開く。
そこに書かれていたのは、あまりにも救いの無い内容だったのだ。
この日記を書いた者はポケモントレーナーでありパートナーと共にこの島へ訪れた事。
パートナーの故郷であるこの島の中心にはフラージェスが管理する花畑が存在する事。
しかし一部の花が病に侵されており、出来る対処は病に侵された花を抜いて伝染を防ぐぐらいである事。
管理していたフラージェスにその旨を伝えても理解されなかった事……。
そして、最後に書かれていたのはパートナーであるフラエッテへの謝罪……。
「……」
「うぉう?」
何も言わないあたしを見つめるフラエッテとメーくん。
この日記を書いた者がいない事、そしてフラージェス達が侵入者のあたしを敵視していた事、そしておそらくパートナーであったこの橙色の花を持つフラエッテが真実を知ろうとしている事……ここから考えられるのは。
「……っ」
件のトレーナーの選択が間違いだったのかどうかを断じる事はあたしには出来ない。他の手段を考えるべきだった、もっと頑張ってフラージェス達に訴えかけるべきだったと言っても、当時は早急に対処する必要があったかもしれないのだ。
おそらくかのトレーナーは……フラージェス達を怒らせることを承知で、この島の花々が全滅するという最悪の結果を避ける選択を取ったのだろう。そしてそれは、花々の存在が生態に密接に関わっているフラベベ達自身を救う事にも……。
ポケモンにだって心があり、それぞれの価値観がある。しかし、だからといって全てを彼らに任せて良いという訳ではない……人間と同じでポケモンも全知全能ではないのだから間違える事も自ら破滅を呼んでしまう事もあるのだ。
……だから、あたし達ポケモントレーナーが支えないといけないのだ。ポケモンがやりたい事を、叶えたい事を応援して後押しする事も重要だが……時にはポケモンの気持ちに反してでも厳しい判断を下さなければならない時もある。
これは、あたしだって真剣に考えないといけない事だ。メーくんがあたしを守ろうとしてくれる気持ち自体はとても嬉しい。けれど、それを理由にしてメーくんを勝ち目のない相手に戦わせるのは否。時にはメーくんの気持ちを拒絶してでも、彼を危険から遠ざけるのがトレーナーとしてのあたしの役目なのだ。
「……フラエッテ。あなたの相棒は……出来る限りの最善を尽くしたんだと思う」
「……!」
あたしは優しく微笑んで小さなポケモンに伝える。
彼女のトレーナーは、彼女の故郷を意味もなく荒らしたわけではないという事を。
自分のトレーナーが悪者ではないと信じていい事を。
「……うぉ」
「どうしたの、メーくん」
月光が窓から注ぎ込む小屋の中で擦り寄って来た相棒にあたしは尋ねる。
彼の顔は非常に不安そうなもの。おそらくフラエッテのトレーナーが姿を消した理由を聞いて、何かあったらあたしも同じようにいなくなってしまうのではと考えているのかも。
「……」
そして彼は一枚の紙を手渡してくる。そこにはぐちゃぐちゃな絵らしき物が描かれており、青色の何かと黄色と薄橙の何かが隣り合っている。
「あれ、これって……」
もしかしてこれはメーくんとあたしを描いたものだろうか。そういえばボートを漕いでいる時にメーくんが後部座席で何かをやっていたのを思い出す。彼はまともに道具を使えないなりに、文字すら分からないなりに……苦労して気持ちを伝えようとしたのかも。
僕はスールとずっと一緒にいたいよ……そんな必死な思いを。
「……ありがと。大丈夫だよ、あたしはメーくんと一緒」
太腿に乗っかったメーくんと目を合わせてあたしは頷く。ポケモンの不安な気持ちをほぐすのもトレーナーの大事な役目であるし、何よりあたしだってメーくんと離れるつもりは無い。
「……だけどね、無理はして欲しくないんだ。もしメーくんに何かあったら……あたし泣いちゃうかも」
「めめっ!?」
続けて言うと、メーくんは驚いたように目を丸くする。泣いちゃうかも、は少し意地悪だったかもしれないがこう言ってでも釘は刺しておきたい。あたしの為だからといって彼が苦しませてしまうのはやっぱり辛いから。
「……でも無茶しない範囲だったらメーくんのやりたいようにやって欲しいな。頑張ってあたしを守ってくれようとしてるの、凄く嬉しいんだ」
そして……彼が気持ちを伝えてくれたように、あたしの気持ちも伝える。
夢や目的に突き進む中で、ポケモンは無茶や失敗をしてしまうかもしれない。そういう時にポケモンをサポートし、夢や目的を叶える手助けをするのが一つのトレーナーの姿なのだ。
だからあたしも……メーくんの想いを最大限尊重しつつ、いざという時にはサポートして軌道修正を手伝ってあげたい。メーくんが頑張ってる分、あたしもトレーナーとして頑張りたい。
「うぉ」
「えへへ♡」
それを聞いて安心したのかメーくんは密着して顔を擦り付けて来る。彼の小さな体があたしの脚回りや股間に当たって気持ちよくなりながらも、あたしもまた心の中から安堵した。
メーくんもあたしを大事に思ってくれているなら……あたしはとっても幸せだ。
その後もあたしはメーくんと一緒に旅を続けた。
あたしの裸が人に見られそうになったり、強力な野生ポケモンに追いかけられたり大変な事もあったけど。
ずっと頑張っていたメーくんがジメレオンに進化したり、色々な素敵な光景を見られたりと嬉しい事も沢山あった。
けれど……とある、とても暑い日……。
突如、あたしとメーくんは引き剥がされてしまった。
……ここは、どこ?
頭がクラクラする中視線を動かすと、太陽の光がまともに届かない薄暗い谷底が視界に映る。
気を失う前までと全く違う場所……そして何より、メーくんの姿がどこにも無い。
「め、メーくん……どこ? ねえ、メーくん……っ」
あたしはメーくんが消えてしまったという恐怖で身体を震わせながら立ち上がる。彼の名前を呼んでも返事が返って来ず、思わず目元に涙が浮かんだ。
「……そこのお前、この谷へ侵入するとはとんだ不届きものだな」
「!?」
敵意に塗れた言葉が耳に届き、あたしは身を凍らせる。今のあたしは全裸にサイハイソックスとローファーしか履いていない、首輪と手錠で自縛した変態姿。そしてメーくんは傍にはいない。
言葉を話す存在……つまり人間に見つかったという事は……!
終わり……。
「成敗しなければいけないな……」
「……え?」
しかし、声がして来た方向を見るとあたしの想像とは全く異なる存在がいた。
それは人間ではなく、ガケガニだった。
どういう事なのか、ガケガニが喋っているのだ。
「うわっ!?」
「二度と悪さが出来ないようにしてやらないとな」
混乱するあたしをハサミで捕らえたガケガニは、怒りに満ちた目で睨みつけてくる。
(なにこれ、なにこれ、なにこれ……!?)
訳が分からない、意味が分からない。
(夢? だけど挟まれてる部分が凄く痛い……夢じゃない!? 痛い、怖い!!)
何が起きているのか全く分からず、あたしは激痛と恐怖に耐えられず涙をボロボロ流し始める。
(た、助けてメーくん……!!)
「『ねらいうち』!!」
水弾がまっすぐ飛び、ガケガニへ命中した。
(……っ)
「インテレオンさん、待って下さいまし!」
「気を付けて、凶暴化ポケモンがいるわ」
「ガケガニ、何か掴んでる?」
「薄暗くてよく分からないけど、町のポケモンかも。助けなきゃ!」
谷の先からやってきたのはガケガニと同じように何故か言葉を喋っているポケモン達。
けれど、それよりも。
「……」
透明化が解け姿を現したのは、身長が高い青色のポケモン。
一見するとクールな印象を抱くそのポケモンは目を見開き、冷静さを失った様子であたしを凝視して来ていた。
初めて見る姿のポケモン。
それなのに、初対面のように感じない。
まさか、もしかして。
彼があたしに会いに来てくれたのだろうか?
一緒にいるために。