秘めるは烈火、纏うは冷酷。其は凍てつく焔。
触れるなかれ、凍れる拒絶と燃ゆる憤怒が汝の魂を獄へと堕とす。
二つの絶望が渾沌を生み出す地、『双獄の嶽』。
蒼穹に浮かぶ太陽。陽光に照らされた雪が輝き、美しき光景を演出する。しかし今はそれに見惚れている場合ではない。
ここは強大な力を持つパラドックス達が支配している領域なのだ。『L・G・P』を始めとする救助隊ポケモン達が同行しているとは言え、警戒を怠るわけにはいかない。
「ねえスール、『世界の狭間』へのゲートはこのダンジョンの奥にあるのかい?」
「うん、ソルガレオはそう言ってた。この山の内部の奥深くだって」
「ここは雪に覆われた活火山なんだよね。じゃあ一旦頂上まで登って火口から降りていく感じになるのかな?」
インテレオンとスールも辺りを見渡しながら話しており、チルタリスは遠くの青空に昇っている黒煙を見上げ確認する。
「ああ、その認識で間違いない。過去に数度このダンジョンに突入したが他に入り口は無かった。それにそんな物があれば噴煙が火口以外からも上がるだろうからな」
それに答えるのは今日も大きな旗を持ち歩いているルカリオだ。重そうな旗であるが、ポケモン故の身体能力か或いはダイヤランクになるほど鍛錬を積んだ結果か、彼女は全く苦にしていない様子である。
「……うぎゅっ!?」
しかし悠々と進むルカリオとは逆に、私は足を雪に取られて思い切り倒れて埋もれてしまった! 雪が身体に触れて体温が奪われていくが、雪から脱出しようにもこの格好では情けなくお尻をフリフリする事しか出来ない……!
「大丈夫かいルーア? おんぶでもしようか?」
「ありがと……っておんぶはその……流石に恥ずかしいというか……」
私を救出してインテレオンが提案してくるが私は目を逸らして口籠る。今の私は殆ど役に立てないのだから、せめて自力で歩くぐらいはやらなくては。
「……そちらの通路からポケモン達が来るでござるよ」
その時、いち早くゲッコウガが私達に注意を促して来る。僅かな足音や気配から判断したのだろう……恐ろしい察知能力である。
それはともかく、と私は邪魔にならないようインテレオンの後ろに移動するがその途中でイルカマンが硬い表情をしているのに気付く。
「……なんだ、このハートは……?」
「どうしたの?」
通路を見つめて呟くイルカマンに対し、険しい表情で尋ねるランクルス。
「近づいてくるポケモン達のハートをキャッチした所……『苦しい、怖い、助けて』……そんな不安定に揺らめく声が聞こえて来たのだ」
警戒を崩さないまま説明する彼の視線の先……通路からその者たちが姿を現した。
「ッ!」
現れた相手を見て、一同が一斉に身構える。
「ゲロゲロゲココォォォ……!!」
「ギ、ギギィ……!!」
まるで幽鬼の如くおぼつかない足取りでやって来たのはガマゲロゲとダダリンであった。後ろにはオタマロやキバニアも連れている。
しかしそのいずれもが体のあちこちを黒い膜に侵されており、苦しそうにその部位を掻き毟っていた。
「あれは『颶風の砂漠』でも見た……!」
「黒装……固形化した瘴気だ!」
「シャアアアアッッッ!!」
驚く一同を前に、飛び出したのはキバニアだ。苦痛に支配された表情で、まるで私達へ瘴気を押し付ける事を願うかの如く一直線に向かって来る!
「『インファイト』!!」
それに怯むことなく前に出たイルカマンがキバニアの腹部に拳の連打を打ち込んだ!
「カハッ……!」
キバニアは苦悶の声を上げて打ち上げられ、エネルギーが走るラインを攻撃された事で剥がれ落ちた黒装がイルカマンのすぐそばに落ちた。
「いけない……っ」
黒い靄……瘴気が黒装の欠片から発生する事を危惧して私は走り出そうとするがすぐに思い留まり足を止める。これ以上私がリライブする訳にはいかない……。
しかし、それではイルカマンが……っ!
「むうんっ!」
「え……!?」
私は目の前の光景に自らの目を疑う。
確かに黒装の欠片があるというのに、イルカマンは動きに全く支障を見せずオタマロの顔面に『ジェットパンチ』を叩き込んでいたのだ。同様にオタマロからも黒装の欠片が剥離するが、イルカマンは動きを止めず普段通りの動きを見せていた。
「『まどわずフラッグ』の力だよ」
困惑している私に説明をするのはランクルスだ。彼女は今も大きな旗を持って立つルカリオを見つめる。
「あの道具は仲間の混乱状態……心の惑いを予防する道具。だけど瘴気もまた恨みや憎しみから生まれた、ポケモン達の心に悪影響を及ぼす力。だからあのフラッグの効果で仲間を瘴気から守れるみたいなんだよ」
「そんな便利な道具があるんですか!? だったらもっと早く用意してくれれば色んな場面で楽に……」
「あれ、凄い希少な道具だからねぇ……それに私も『ウィンターキャッスル』に来たルカリオに見せて貰って初めて知ったんだよ」
目を丸くするオーマに返答しつつ、ランクルスはゲル状の腕を動かし構えを取る。
「おーい、こっち見て見てっ!」
「ギッ……!?」
暴れるイルカマンへ攻撃しようとしたダダリンだが、オオタチがすかさず『このゆびとまれ』でアピールした事で注意を逸らされる。ダダリンはそのままオオタチ目掛けて『アンカーショット』で錨のような金属塊を発射……!
「『まもる』!」
しかしそれを防ぐのがランクルスだ。『エキサイト』の役割分担は依然と変わらず徹底されている。
「『サイコショック』!」
「ギギギィ!?」
ランクルスはゲル状の腕でダダリンの金属塊を雪が積もった大地に叩き付ける! ダダリンの本体は金属塊ではなくそれに纏わりつく藻のような部分……つまりくさタイプであるダダリンは雪に突っ伏した事で堪らず悲鳴を上げ藻掻き始めた。
「はああああっっ!! 『げきりん』!!」
その隙を逃さず、イルカマンが怒濤の連撃を打ち込む!
あの技は威力の代わりに自身の正気が失われる危険性があるものであるが、今はルカリオが持つ『まどわずフラッグ』の加護がある。イルカマンは正気を保ったまま、的確にダダリンの紫のラインを殴り、一気に黒装を剥がし切ってみせた。
「負けてられないわね……『たつまき』!」
「ゲココゲロロ……ッ!」
ドラミドロは『エキサイト』の活躍を横目に、ガマゲロゲを竜巻で包み込む!
しかしガマゲロゲも黒装に覆われたコブを振動させ、自らの筋肉を膨張させる……力任せに竜巻から脱出するつもりだ!
「レンケイいっくよー、『りゅうのはどう』!」
「ゲゲッ!?」
そこへ追撃を仕掛けるのはチルタリス。彼女の『りゅうのはどう』がドラミドロの『たつまき』と混じり合い、相乗効果で激しいドラゴンエネルギーの奔流と化す!
元『エレガドラ』コンビの力でガマゲロゲの黒装がほとんど剥離するが、まだ顔の半分が蝕まれたままだ。竜巻が止んだ後、彼女は苦しそうにしながらもコブを振動させ『アクアブレイク』でドラミドロ達に腕を振り下ろした!
「『タネマシンガン』!」
しかし、それを阻止するのがアノホラグサだ。特性『かぜのり』を活用し『たつまき』で舞い上がっていた彼女は勢いを乗せた種の乱射攻撃を放つ!
「ッ!!」
その内の一発が見事ガマゲロゲの頭部に走るラインに命中し、残っていた黒装も剥がれ落ちた。
そしてダメージが重なった結果、雪の上に倒れ伏すガマゲロゲ……。
「あれっ、割り込めない内に終わっちまった」
二組のゴールドランク救助隊達の活躍により襲って来たポケモン達が倒され、ヒバニーがポカンと口を開く。
「これでいいんでちゅ。まだパラドックスと会ってもない時点で消耗するのは避けたいでちゅから」
何も出来ずに項垂れる彼へ諭すように言うピカチュウ。
「そうだね、このポケモン達はパラドックスじゃなくて彼らに瘴気を流し込まれたこの土地に住んでいたポケモン……?」
続けてインテレオンも言うが、その途中で彼は違和感を持ったような表情で首を傾げる。彼の視線の先にいるのはスールにリライブされている最中のキバニア、ダダリン、オタマロ、ガマゲロゲ……。
「いや、彼女達は海や湿地に住む事が多い種族……ということは」
「うん。このキバニアとダダリンには見覚えがあるよ。『サマーリゾート』管轄のダンジョン『ティアマリン』に住むポケモンだね」
「オタマロ、ガマゲロゲ、『春寒沼地』で出会った。きっとパラドックス、攫われた、被害者」
ランクルスとアノホラグサも真面目な顔で頷く。ガマゲロゲ達はここから遠い場所で住んでいたのに無理矢理ここまで連れてこられ、更に瘴気で苦しむ羽目になるなんてあまりにも悲惨である。
「ルカリオの予測通りであったか」
「いや、私は凶暴化する程度に注入するのではと楽観していたんだ。まさか瘴気が体表に固形化して現れるほど注ぎ込むとはな……。この調子だとこの山のあちこちに同様の被害に遭った多くのポケモン達が苦しんで彷徨っているかもしれない」
ルカリオは空に昇る噴煙を見て言った。このダンジョンではパラドックスだけではなく、瘴気に苦しめられるポケモン達も襲って来るということだろう。
「じゃあマホイップも……」
「覚悟はしておきましょう」
悲しそうな表情で言うチルタリスに対し、ドラミドロは重々しい口調で答えた。
「本当ならパラドックス達に攫われて瘴気を注入されたポケモン達も助けたいのだがね……」
レジアイスは救助隊連盟に属する立場から言いながらも点字の顔をガマゲロゲ達に向ける。
「うう、ここは……?」
ようやくスールによるリライブが終わり、元に戻ったガマゲロゲが起き上がる。
「……スールのリライブ速度じゃ全部のポケモンを元に戻すのは現実的じゃない……か」
インテレオンもレジアイスの懸念を理解したように悩ましい表情を浮かべる。
「じゃあ『忘れられた都』の時みたく、私と協力すれば……」
「ポケモンやパラドックスに出会う度に皆の前でエッチしろって……?」
「……」
私はスールの耳元で提案するが半目がちに返され、冷や汗を垂らしながら沈黙。
「こういう時のために『リライブホール』作ったのになぁ」
「そういえばアレ、どこ行ったの?」
溜息をつくランクルスに対し、首を傾げて確認を取るアシマリ。『ウィンターキャッスル』で『エキサイト』が『テクスチャズ』と共同で作っていた、私やスールの力を借りずとも凶暴化ポケモンをリライブ出来る装置だ。
「パラドックスに持っていかれちゃったんだよ……皆が各地のダンジョンで集めてくれた道具と一緒に」
「あいつらが『リライブホール』を!?」
「『リライブホール』の力を知ってたのはゾロアークが情報を流したからと考えるとして……理由は自分達の瘴気を浄化する為か……?」
「それは……パラドックス達も可能ならポケモン達を攫うみたいな乱暴な手段は取りたくないって事かしら」
「だけど、あれ、未完成。『こはくのなみだ』、見つかってない」
「……?」
語り合う面々。そしてそれを見て頭に大量の疑問符を浮かべていそうな表情をしているのはガマゲロゲ達だ。
「おっと、置いてけぼりにしてごめんなさい。あなた達、『春寒沼地』や『ティアマリン』から来たのよね?」
「せやけど……うちらが望んで来たと違うわ」
「見たことも無い真っ黒な何かに捕まってここまで連れてこられ、酷い目に遭わされたんです」
確認を取るメロエッタに応じるガマゲロゲとダダリン。彼女らにとっては訳の分からない事態が連続して起きたため、かなり混乱している様子だ。
「救助隊としては安全な場所まで連れ戻すべきなのだがね……生憎今は……」
パラドックス達との激しい戦闘が予想される以上、出来れば貴重な戦力を割きたくないのは当然だ。しかし、ようやく黒装から解放されたばかりで疲労困憊なガマゲロゲ達を放置するのも……。
「それなら心配いらないさ!」
そこで宙返りしながら声を上げるのはメロエッタだ。彼女はステップフォルムに変わると、メンバーであるベラカスに合図を送る。
「こういう事もあろうかと準備はバッチリじゃよ」
彼は玉を軽く揺すると、中からボロボロと何かを落とす。それは今となっては私も見慣れたふしぎだま。
「『あなぬけのたま』! こんなに沢山!?」
「今回の作戦……『メロエッタ劇団』が今までの冒険や救助で得た道具を大赤字覚悟でフル活用するつもりさ。この大陸の未来に関わる事だしね」
目を丸くするヒバニーに笑顔で答えながらメロエッタは『あなぬけのたま』の一つをガマゲロゲ達に渡す。
「登録場所は〜、『ウィンターキャッスル』〜♪ そこで〜、待って〜、いて欲しい〜♪」
「『ウィンターキャッスル』だと!? 滅茶苦茶遠くじゃねーか!?」
「パラドックス達の蛮行を止められたら救助隊連盟が君達を故郷に送り届けるよ、任せてくれ」
目を丸くして焦るキバニアを安心させるため、メロエッタが自信に満ち溢れたウインクを見せた。
「……」
そんな会話を尻目に、不安気な顔で山頂の方向を見ているのはオタマロだ。
「どうかした? 前みたいに、リンゴ欲しい?」
「ち、ちげーし!」
アノホラグサが尋ねるが、子供扱いされてか慌てて否定するオタマロ。
「……捕まったの、母ちゃんや俺だけじゃないんだ。沼地の色んなポケモン達も俺達みたいに……」
「ウフフ、仲間を心配しているのね。いい子ねアナタは」
ドラミドロも優しい笑みを浮かべて幼いポケモンを褒める。
「私達、救助隊。あなたの仲間、探して来る。だから、避難、よろしく」
「……救助隊」
アノホラグサの言葉にオタマロはそれだけ呟いてしばし沈黙。
「分かった……俺、お前らの事応援してる!」
「ん、ありがと」
そして素直な激励を受け、アノホラグサはまるで背中を押されて安心したような笑顔で応じるのだった。
アノホラグサ達だってマホイップの事は心配な筈……それでも救助隊としての役目を忘れず行動した事で、救助対象から勇気付けて貰えたのだ。
これならきっと……マホイップだって助けられるだろう。
ガマゲロゲ達が脱出するのを見届け進行を再開した私達であったが、予想通り黒装に蝕まれたポケモン達が次々と襲い掛かってきた。
その中には『鬼火草原』で出会ったヒトモシや『夢想の湖』にいたアメタマ達の姿もあった。パラドックス達は思っていた以上の勢いで大陸各地からポケモン達を攫い瘴気を押し付けていたのだ。
しかし救助隊ポケモン達だって出来るだけの準備はして来ているのだ。一同はポケモン達を黒装から解放しつつ脱落者を出すことも無く、『双獄の嶽』の中腹にまで辿り着く。
そして待ち受けていたのは……。
「デデデデデリリリリ……ッ!」
黒装で全身を覆い、電子音のような鳴き声を上げるデリバードに似た小柄な存在……。
「パラドックス、テツノツツミだ!」
「遂にお出ましか!」
相手が敵意を露わにすると同時にインテレオン達も戦闘態勢に入る。
「デデデデ……!」
テツノツツミは紫色に光る目を動かし、私を見つけると構えを取った!
「メーくん、ルーアを守る事に集中して!」
「分かった!」
「うわっ!」
トレーナーらしくスールが素早くお願いをすると、インテレオンは私を抱えて跳躍!
その直後、私が立っていた場所をテツノツツミの極太『れいとうビーム』が撃ち抜いた。インテレオンがいなければ間違いなく食らってしまっていただろう。
「おらよっ、『エレキネット』!!」
「ディッ……!」
攻撃後の隙を狙い、デンチュラが帯電した糸をテツノツツミに浴びせ掛ける!
その攻撃は相手の黒装を剥がすには至らないが、粘着力と電撃で素早いテツノツツミの動きを鈍らせた。
「好機ッ、『はっけい』!」
その隙を突いてコジョフーが相手の首元に走るラインを攻撃。それにより頭部の黒装が剥離するが、大量の瘴気を身に宿すテツノツツミの体を新しい黒装が覆い始めた。
「ルールルー、ララー♪」
至近距離にいるコジョフーへ反撃しようとするテツノツツミだが、聞こえて来た歌声により動きが更に緩慢になる。
頭が黒装に守られなくなった所へ、プリン姉妹による『うたう』を受けたことで眠気を誘われたのだ。相手は睡魔を払おうと足元にある雪を自らに振りかけるが、それは絶大な隙だ。
「『かみなり』!!」
ドラミドロが天を仰ぐと同時にパラドックスの頭上へ黒雲が集う。
「デリリリバ!?」
直後、強烈な稲妻がテツノツツミへ襲い掛かった!
よほどの威力なのだろう、相手の黒装がその一撃で全て剥がれ落ち機械的なボディが露わになる。
「何だいあの体……コイルとかギアルを彷彿とさせるねぇ」
「私達が出会ったテツノワダチとかも似た感じだったんだよ」
驚くウオチルドンへ説明をするアシマリ。彼女らの前では黒装のなくなったテツノツツミが苦しげに起き上がるが、その赤と白を基調とした姿は増々デリバードに似ていた。
「……あなたはデリバードくんとそっくりだけど、違う子なんだねぇ」
「リリ……」
そんなパラドックスに対し呟くのは『グランアイス』のアマルルガだ。テツノツツミは返事かどうかも分からない電子音を上げ、黒装を少しずつ纏い直していく。全身から黒装を一度剥がすだけではパラドックスの体内にある瘴気は枯れないのか。
「お主達の事は聞いておる。テツノカイナがハリテヤマという者の体を奪ったように、お主もあの子の体を奪うつもりなのじゃな?」
「デデリリデリデリ……!」
続けて確認を取ろうとするマンムーに対し、テツノツツミは肯定の意を伝えるかのように尻尾を『グランアイス』に向ける。凄まじい水のエネルギーが尻尾の砲口に収束……!
「『こおりのつぶて』じゃ!!」
しかし『ハイドロポンプ』が発射されるより先に、マンムーが氷塊を素早く発射しテツノツツミの砲口に叩き込んだ!
「デッ!?」
それにより溜め切っていた水エネルギーが暴発! テツノツツミの尻尾から水が弾け飛び、纏い直されている途中だった黒装が自爆ダメージでまたも剥がれ落ちた。
「『フリーズドライ』だよっ」
「……ッ!」
追撃としてアマルルガがびしょ濡れになっていたテツノツツミを急激に冷やし、体を凍てつかせる。水分を奪われたデリバードは咄嗟にその身を回転させて体表の氷を吹き飛ばすが着実にダメージは重なっているだろう。
「デデデデデ……ッ!」
ビックリ箱の如くバネのような首を大きく上下させ、テツノツツミは私達から距離を取る。パラドックスとしての強力な力から、今まではこれ程追い詰められた事は無いのだろう……かなり焦っているのが見て取れる。
しかし体内の瘴気はまだ残っているようで、再びデリバードの全身を黒装が覆ってしまった。
「……あれ、ラインの光が弱まっている……?」
私を抱えたままのインテレオンが瞬膜越しにテツノツツミを観察し、訝しげに呟く。私も遠くにいる相手を見てみるが、彼の言う通り妖しく発光していた紫のラインが見え辛くなっていた。それはつまり、テツノツツミの体内にある瘴気がもう残り少ないということなのだろうか。
「……デ、デーーー!」
その時、突如大音量の声を上げるテツノツツミ。
「!?」
私達の目の前でテツノツツミの周囲に漆黒の結晶体の柱が現れ、相手を一瞬にして包み込んでしまう。何が起きたのかと困惑する暇もなく結晶体の柱が砕け散ると、中から現れたのは……。
「デリデリバーーーー」
身を包む黒装がまるで宝石のように輝き、頭上に歪な形状の黒い宝石を乗せたテツノツツミの姿。
「『テラスタル』だって!?」
驚愕して叫ぶインテレオン。私も記憶の片隅で覚えている……私の世界では基本的にパルデア地方という場所やその他一部地域でしか確認されていない現象だ。ダイマックスやメガシンカのように、この世界では発生条件や性質が異なるのか。
「リ」
「っ!!」
テツノツツミが翼を前に向けると同時に頭上の黒い宝石が歪に変形し、鞭の如くアマルルガとマンムーを攻撃し始める!
「インテレオン、テラスタルって何だよ!?」
「僕達の世界ではあの変化が起きたポケモンはタイプが変わったりするんだ。本来なら頭上に現れる宝石がタイプを表しているんだけど、テツノツツミに現れた宝石は見たことが無い……」
ヒバニーに訪ねられ答えるインテレオンだが、彼自身も困惑を隠せていない。
「しょ、瘴気の影響……?」
「そう考えるのが自然だね、しかしどう対策するか……」
私の意見に頷きつつ、インテレオンは瞬膜越しに相手を観察し始める。テツノツツミは自分よりも遥かに大きい『グランアイス』を薙ぎ倒すと、私目掛けて走り出した!
「させない!」
それを止めるべくチコリータが『はっぱカッター』を飛ばすが、テツノツツミは宝石から伸びた鞭で弾いてしまう。
「くっ!」
あっという間に肉薄して来たパラドックスに対し、インテレオンは私を抱えたまま『とんぼがえり』を繰り出し大きく後退……しかし。
「……しまった!」
着地した地点のすぐ後ろは崖。雪化粧した森が遥か下に広がっており、もし落ちてしまえば私もインテレオンも無事では済むまい。
「デバ」
チャンスと見たか、テツノツツミは取り囲んで来たアノホラグサ達を宝石の鞭で蹴散らし私達目掛け猛進!
「……っ!」
私を支えているため、『ハイドロカノン』が使えないインテレオンは『ねらいうち』で相手の眉間を撃ち抜く……が、テツノツツミは蓄積したダメージには目もくれず一気に距離を詰めた!
そして、周囲が光に包まれる。
「平気かの?」
気付くと隣にはベラカスがおり、彼の掲げていたふしぎだまが力を使い切り消滅していった。
「『あつまれだま』か、ありがとう!」
「どういたしまして、でもまた来るわよ!」
「バババッ……!」
崖の側まで追い詰められていた私達がメロエッタ達の近くまでワープした事に気付いたテツノツツミは、憤った様子でこちらに砲口を向けて来る。
テラスタルによる強化で高速チャージされた水エネルギーを凝縮した漆黒の『ハイドロポンプ』。あまりの速度に私達は反応出来ない……!
「『まもる』!」
しかし、水飛沫が多少降りかかるだけで水流は私達へ届かなかった。見ると、メロエッタ達を背に防御の態勢を取っている黒いゲル状の液体で身を包んだポケモンが。
(……あれは!)
「凄い、これが灰色のニンゲンの力……! 興味深いね……!」
「そりゃどーも……!」
黒色の膜に守られたランクルス……そして彼女の背中まで触手のような腕を伸ばしているのはトワであった。『颶風の砂漠』でオーマがヒバニー達に使った強化と同じ術を彼女も使えたのだ。瘴気の力で強まった『ハイドロポンプ』を防いだというのに、ランクルスはピンピンとしている。
「フフフ、ピカチュウの分析どーりでちゅ」
「……!?」
後ろからピカチュウの声が聞こえて何気無く視線を向けた私は目を見開く。
どういう訳か彼女はぐるぐるメガネや白衣などを身に付けており、雰囲気がまるっきり変化していた。
「ピカチュウはフツーのピカチュウじゃないでちゅ。お着替えでパワーアップ出来るスゴイピカチュウでちゅよ」
「そ、そっか……」
誇らしげに言うピカチュウに対し、私は冷や汗を垂らしながら返す。ポケモンが服を着ているのに私はほぼ全裸だと思うと恥ずかしさが強まってしまう。
「ピカチュウの分析どーりなら、灰色のニンゲンの力とかメガシンカとかで強化された技をぶつければ、テツノツツミのテラスタルとやらも止められまちゅ!」
「よっしゃあ!」
彼女の言葉に真っ先に飛び出るのはヒバニー。勿論オーマが彼を取り込んで強化しており、黒炎を纏う『ニトロチャージ』でテツノツツミに突撃!
「デッ……!?」
宝石のように輝く黒装が砕け散り、テツノツツミは大きく仰け反った。
「まだまだぁ!」
すぐに相手の黒装が纏い直されるが、同じくオーマに強化されたチコリータが頭部の葉を何度も振るい、再生される傍から次々と黒装を砕いていく!
「デデリバァァァ!!!」
『ゆけゆけズ』の猛攻で動きが鈍っていくテツノツツミであるが、頭部の宝石を再び歪ませると巨大な棘をオーマ目掛けて突きこんだ!
「!!」
衝撃で雪の上に転倒するオーマ。
しかし、彼女を転ばせたのはテツノツツミの棘ではなかった。
「オーマ、大丈夫!?」
「感謝しますアシマリ……!」
それはアシマリが発射した水のバルーン。弾力のあるバルーンでオーマを傷つけることなく移動させた事で、テツノツツミの攻撃から逸らしたのだ。
「ドドドッッ!?」
直後、テツノツツミの頭上から降り注ぐ黒い葉の刃。蒼い空には、相棒が飛ばした葉を足場にして高らかに跳び上がった一匹のポケモンがいた。
「うおおおおおっっっ!!」
燃える流星の如く、『ニトロチャージ』で炎を纏ったヒバニーが一気に急降下!
危険を察知したテツノツツミは回避の体勢に入るが、それを妨害するのは黒い防御壁……チコリータが『リフレクター』で移動を妨げたのだ。
そして渾身の一撃が決まると同時に、妖しく輝いていた宝石が粉砕されるのであった。
銀世界の中、大量に散らばっているのは黒装の欠片。そのいずれもが黒い靄を漂わせており、白く澄んだ光景を黒が濁しているようにも見えた。
「スール、リライブは無理そう?」
「この量は何時間もかかるかも……」
戦闘中からずっとリライブに専念していたスールだが、やはり彼女ではテツノツツミから剥離した黒装を全て浄化するのは難しいようだ。
そして、件のテツノツツミは……。
「動かない、ね」
ラインの光が完全に失われ、黒一色となったテツノツツミは雪の中に座ったまま一切の動きを見せない……まるで機能停止した機械のようだ。
「ドータクン、確かこの状態から黒装を剥がすとパラドックスが瘴気から完全に解放されて本来の姿を取り戻すって話だよね?」
「その通りです」
インテレオンに確認され、かつてライコ達がこの世界にいた時代を知るドータクンが肯定する。
「ですが同時に、この世界のポケモンから体を奪える状態にもなっています。テツノツツミの場合、デリバードがその対象になるでしょう」
「それなら剥がしておくのが良さそうなのだね。デリバードを守る為にもなるし、テツノツツミだって瘴気で苦しんでいたのだし」
ドータクンの説明を聞き、レジアイスは動かないテツノツツミをまじまじと眺めた。
「忠告しますが、通常状態のポケモンでは動かなくなったパラドックスから黒装を剥がす事は出来ません。メガシンカかそれに比類する強化を得なければ」
「え、そうなの?」
続けて忠告するドータクンに、オオタチが目を丸くする。
「簡単に戻せるのであればパラドックス達だって、他のポケモンから身体を奪うなどと言う回りくどい真似はしないと思います。私達も過去、テツノイバラに体を奪われたバンギラスを救う方法を見つけるのにかなりの時間を費やしました」
「メガシンカか……『かくせいのタネ』があるから出来なくはないぞ」
ルカリオはレスキューバッグから七色の光を纏うタネを取り出して頷く。
「ただパラドックス達は仲間同士の結束が強くて、黒装から解き放たれても仲間のためにルーアを捕らえようとする可能性も……」
「それは……」
続けて警告され、私は俯いて口ごもる。万が一、黒装から解放されたテツノツツミに捕まって、他のパラドックス達の前に突き出されようものなら私は……。
「もしテツノツツミが暴れ出しても私達が守るよ!」
「!」
私が視線を向けるとそこには力強い笑みを浮かべているアシマリの姿があった。
「友達のあたし達がいるからには、暴走なんてさせないわよ!」
「ドーンと任せてくれよな!」
同じように自信に満ちた顔で言い切るチコリータとヒバニー。絶対に大丈夫という根拠はない筈なのに、彼らを見ているとどうしてか私の胸の内に安心感が湧き上がって来る。
「……ルーア」
ヒバニー達の隣に立ち、穏やかな表情を浮かべるのはオーマ。
「……あなたには感謝してます。ポケモンを嫌っていた私を『ゆけゆけズ』に会わせてくれて。偶然だったとはいえ、あなたのお陰で私は彼らと共に歩けるようになりました。そのお礼という訳ではありませんが、ルーアを守る為にこの力……灰色のニンゲンとしての力を使わせてくれますか」
彼女は『オータムビレッジ』の牢で初めて会った時とは異なる、淀みのない紫色の瞳で見つめてくる。
私は……オーマを幸せに出来たのだろうか。
「……っ、ありがと……皆」
友達だと言われて、力になりたいと言われて……私は目元に涙を浮かべお礼を返すのであった。
「『コメットパンチ』!」
『かくせいのタネ』を少し齧り、メガシンカしたルカリオ。一回り大きくなり手足の先も赤く染まった彼女は波動の力を籠めた彗星の如く一撃でテツノツツミの黒装へ大きなヒビを入れる。
黒装が剥がれ落ち、露わになる金属的な光沢を持つ赤と白の体。
「……っ」
電光表示のような目を明滅させ、立ち上がるテツノツツミ。『かくせいのタネ』を少ししか齧らなかったためすぐに元の姿に戻ったルカリオや周囲のポケモン達を見ても、黒装による瘴気の苦痛に苛まされていた時のようにいきなり戦闘態勢には入らないものの、それでも私を見つけるとジッと凝視して来る。
同時に『ゆけゆけズ』とオーマ達も私を守るように身構えた。
「アナタ方はワタシの固形化瘴気を全て剥がしました、それはとても素晴らしい選択です」
電子音のような音質とはいえ、先程までのようなけたたましい鳴き声ではなく言葉を発するパラドックス。
「そして更に素敵なお知らせです。おめでとうございます! ルーアはワタシの仲間達も救う事が出来るでしょう!」
テツノカイナと同じように、私を狙って近付いてくるテツノツツミ。
……私に瘴気を取り込ませるつもりなのだ。
「お待ち、それは良くないよ」
「話をさせてくれぬか?」
小さなテツノツツミの前に立ち塞がるのは大柄な二匹のポケモン……『グランアイス』のアマルルガとマンムーだった。
「そこを通らせて欲しいとワタシはアナタ方へ要望を出します。瘴気で苦しむワタシの仲間を救う選択は、これ以上ない素晴らしい行為です」
「それはそうかもしれないね。あなたは仲間を大事にしてるいい子なんだねぇ」
止まろうとしないテツノツツミに対し、アマルルガは長い首を下げて顔の高さを合わせ穏やかに言う。
「しかしわしらもな、限界が近いルーアちゃんを守りたいのじゃよ。お主と同じで仲間が大事なのじゃ」
「……限界?」
決して攻撃をせずに語るマンムーの前で足を止めるテツノツツミ。
「……ルーアは瘴気を取り込み過ぎて危険な状態なんだよ。これ以上リライブさせたら暴走しちゃうぐらい」
「申し訳ありません。残念ですがその事象はワタシ達が知る由もない事であると同時に、苦しむ仲間達を助ける事より優先度が低いと言えます」
「あなたの仲間のテツノイワオが、道具に変わったテラキオンを運んできたんでしょ? あんまりルーアに瘴気を溜め込ませるとあなたの仲間も道具に変わるかもしれないのよ」
「……」
自らの意見を中々曲げようとしないテツノツツミであるが、アシマリやチコリータから暴走の影響を伝えられると口を噤んだ。パラドックス達にとっても、自分達が道具に変わるのは避けたいのだろう。
「瘴気から解放されて、俺達救助隊の力が分かっただろ? ルーアに無理させなくても、他のパラドックスだって元に戻してやるよ」
「……もしそれが可能であっても、信用に足り得ないとワタシは判断します。この世界のポケモン達を攫ったワタシ達をアナタ達が助ける行為は間違いなく合理的とは言えませんから」
冷たい機械の如く、気を許そうとしないテツノツツミ。
「合理的かどうかじゃないのだよ。例え敵対した者でも、道を誤ってしまった者でも……見捨てず救うのが救助隊であるのだよ。ポケモンだとかニンゲンだとか、そしてパラドックスだとかは関係なく……ね」
そんなテツノツツミをまっすぐ見つめて告げるのはレジアイスであった。
「ポケモン達を攫う行為は簡単に水には流せないのは確かであるがね。それでも罪を償った後は君達パラドックスとも仲良くなって、この世界で一緒に暮らすのも良いと私は考えているのだよ」
氷のような体とは対照的に優しく語りかけるレジアイスを前にテツノツツミは反応に迷っているらしく黙り込んでいた。
「どうじゃ、お主さえ良ければデリバードくんと友達にならんかの?」
「あたし達の背中に乗って、あの子と一緒に高い所から風景を眺める……なんてどうだい?」
「っ!」
突如アマルルガに背後から持ち上げられたテツノツツミはそのままマンムーの背に乗せられる。すぐさま降りようとするテツノツツミだが、視線を動かすと同時に動きを止める。
「……この世界は……こんなにも美しく魅力的だったのですね」
青空と白い山脈を見つめたまま呟くテツノツツミ。おそらく、これまでは瘴気による苦痛で目に映る物に思いを馳せる余裕なんて無かったのだろう。
「……瘴気の苦しみから解放された後、この綺麗な空間の中で仲間達と平和に暮らす事は……ワタシにとって素晴らしい時間を作り上げる事を意味するのかもしれません」
元いた世界で人間達と争い続け、その後は迸る瘴気に蝕まれ、救いを求めてこの世界に来たもののそこでも争いが生まれ……。
そんな波乱に揉まれ続けたテツノツツミは、初めて得られた平穏を噛み締めるかのように静かに天を仰ぐのであった。