『ナイトスター』達の想いを背負い、『双獄の嶽』の奥を目指す私達。そして遂に……。
「見て下さいルーア! 『追放の遺跡』などにもあったゲートそっくりです!」
オーマが指差す先……そこには確かに、私の記憶にあるゲートと似た物が存在していた。しかしゲートからは黒色の靄が絶えずこちら側に流れ込んで来ており、不穏な様相を醸し出している。
「これが『世界の狭間』と繋がるゲートなんだね?」
「うん……この先にソルガレオ達がいる筈」
インテレオンの確認にスールがゲートを凝視したまま頷く。
「……」
その後ろではドータクンが黙って辺りの遺跡群を見渡していた。その様子を見て私はある事を思い出す。
「そういえば……この遺跡って『サマーリゾート』近くの祭壇とかと様式が似てるけど何か関係あったりするの?」
「そうみたい、どうやらこの遺跡は太古の瘴気事件の時に、ポケモン達がルナアーラと一緒に築いた町だったらしいの」
私の質問に答えるチコリータ。ルカリオから託された『まどわずフラッグ』の力で瘴気から守られているが、少し重そうである。
「でも不思議なんだよな。ドータクンが言うには、かつて町があった位置はここよりもっと南……今、四大都市がある地点を結んだ中心辺りって話なんだ」
「あそこって今は何にもない荒野なんだよね」
続けてヒバニーとアシマリも説明する。遠くにあったはずの町がこのようなダンジョンの奥地に移動している……?
「はい。ですがこのゲートを見て確信が持てました。私達の町はルナアーラ様が暴走しポケモンが逃げていった後、『ウルトラホール』に吸い込まれ『世界の狭間』で漂っていたのでしょう。そしてこの時代に再び『ウルトラホール』が生まれ始め、『世界の狭間』にあった町の一部がこの位置に出てきたのだと思います」
「故郷がこんな事に、か」
淡々と言うドータクンへ、インテレオンが複雑な感情を滲ませながら呟く。
「それじゃあ、行く?」
「ああ」
トレーナーであるスールに確認され、インテレオンはゆっくりと……そして迷いなく頷く。
「よーし、それじゃ早速……うおっ!?」
ヒバニーが勇敢にゲートへ向かうが、途中で立ち止まり顔に汗を滲ませた。
「こりゃ……キツイな。『まどわずフラッグ』がある筈なのに……」
「瘴気が濃密すぎて防御しきれないのね……困ったわね」
後退りするヒバニーに駆け寄りながら、チコリータは瘴気を噴き出すゲートを見つめて表情を暗くする。
「……こういう時のためにルーアをここまで連れてきた……だよね?」
「……うん。キミ達が協力すれば周囲の瘴気を一気に浄化出来るんだろう」
スールの言葉にインテレオンが反応するが、今までのような動揺はしていない。私達のことを心配していないという訳では無いだろうが、それ以上に信頼してくれているということなのだろう。
「私の力で二匹までなら守れると思いますけど、どうします?」
そこへ声を掛けるのはオーマだ。確かに、灰色のニンゲンの力を使えば瘴気の影響を無効化出来ると思われる。
「インテレオン、本当はルーア達と離れるのは不安なんでしょ? オーマの提案に甘えなさいよ」
「なっ……いや、不安なのはその通りだ」
更にチコリータに図星を突かれてインテレオンは参ったとばかりに額を押さえる。
「オーマ、頼んでもいいかい?」
「任せて下さい。それでもう一匹は……」
「あー……メーくんだけで大丈夫かな! 瘴気を晴らせばヒバニー達もすぐ入れるんだし!」
インテレオンが一緒に来ることが決まり、スールが少し顔を赤らめて言う。この後彼女と二人で行う行為の事を考えると、私も彼女に同意するしかない。
「じゃあ、『まどわずフラッグ』で防げるぐらいに瘴気が弱まったら私達もゲートに入るね!」
「うん、よろしくね」
元気よく伝えて来るアシマリに頷いて、私は濃密な瘴気を噴き出すゲートを見つめる。ゲートの中は漆黒そのものであり、それを見た私は瘴気を浄化する前の『追放の遺跡』を思い出す。
きっと『世界の狭間』には想像を絶する量の瘴気が漂っているのだろう。しかし、私だけではなくスールやオーマ……何よりインテレオンがいるのだ。それにマホイップ達も応援してくれているという事実が私の背中を優しく押す。
「よし、行こう!」
オーマに触れられ、黒色の防御膜を纏ったインテレオンは私とスールを脇に抱える。そして『ゆけゆけズ』達に見送られながらゲートへと飛び込んだ!!
帰る場所も行く先も喪いし者。地平を廻りて終わらぬ絶望の旅路を続けるは太陽。
自らの存在さえ虚ろとなりし者。光と闇が重なりし混沌の虚無に呑まれゆくは月。
永遠に始まる朝と永遠に終わる夕。その矛盾に狂わされし地、『白夜の塔』。
「……思っていたよりは明るい……のか?」
「はい。瘴気が充満していた時の『未踏摩天楼』を想像していましたが……」
薄暗い空間の中、インテレオンとオーマが言う。彼らの言う通り、全く何も見えないという訳ではなく周囲に遺跡群があるのが見て取れる。ドータクンが言っていたように、『双獄の嶽』を侵食していた遺跡は此処から出て来たようだ。遺跡群の更に奥には大地が無く、どうやら薄暗い空間にこの遺跡群が浮島のように存在しているらしい。地平線……と言っていいのか分からないが、瘴気の力が生んだと思われる紫色の太陽と月のようなものが遥か遠くを旋回しており、私達のいる遺跡群を不気味に照らしている。
「……あの塔」
スールの視線を追うと、前方に石造りの塔が建っているのが見えた。所々崩落しており、ドータクンが暮らしていた町と同様太古の遺跡だろう。そしてその頂点には……。
「……なんだ、あの大きな『歪みの穴』は!?」
塔の上空には巨大な穴が空いており、不気味な音を立てながら瘴気が渦巻いている!
「ソルガレオ達の限界が近いんだ。まだポケモン達の世界とは繋がってないみたいだけど、もし繋がったら悍ましい量の瘴気があっちに流れ込んじゃう……」
そんな事になれば無数のダンジョンが生まれて膨らみ、数多のポケモンが『瘴気膨張』で新しい瘴気の発生源になってしまう。
「時間は無いって事だね……だけど」
私は巨大な『歪みの穴』……もとい『ウルトラホール』を気にしつつも背後へ視線を向ける。そこには淡い光を放つゲートが静かに佇んでいた。
「きっとヒバニー達が待ってます、瘴気を薄くしないと」
「ああ……じゃあ」
オーマに言われ、インテレオンはレスキューバッグからシーツを出すと地面に広げた。
「……よいしょ」
「……っ」
シーツの上に腰掛けるスールに倣い、私も座り込む。お互い少し顔を紅潮させており、これからやる事を思うと少し恥ずかしい。
「ええと、メーくんも手伝ってくれると……嬉しいかなって……」
「……うん、任せてくれ」
モジモジするスールにお願いされたインテレオンは静かに頷くと私とスールを抱き寄せる。
そして私の股間に細長いものが入って来る感覚がやって来る!
「あんっ……♡」
「くうっ……♡」
私が身悶えしながらインテレオンに身体を密着させる隣で、スールも気持ちよさそうにビクンビクン身を跳ねさせていた。
インテレオンが指を動かし、私達の性感帯を同時に掻き回しているのだ。手錠で拘束された姿のまま、私とスールは抵抗するどころか自ら腰を上下させて喘ぎ声をシンクロさせる。
「はぁ、はぁ……ッ♡」
「あっ……♡」
こちらへ近付いてきたスールは勃起して固くなったお互いの乳首を触れ合わせて小刻みに動く。ピンク色をした乳首の先端が擦られる度に快感が走って、私の口端から垂れた涎が首輪まで濡らしてしまう。
「んんっ、んん〜♡♡!!」
インテレオンの指はキュンキュン疼く私の膣を容赦無く責め続け、トロトロの幸せ塗れになった私の神経が脳に絶え間なく快楽の信号を送り付けてくる。そして早くも限界が見え……。
「あっ……ああっっ♡♡♡!!!」
私は大きく仰け反りながら快楽を受け入れ、絶頂を迎えるのだった。
「はぁぁぁ……す、すごい……♡♡」
スールも同様に絶頂したようで、汗塗れの姿のまま肩で息をしている。
「……ヒバニー! ……チコリータ、アシマリ? 」
疲労でシーツの上で倒れ伏す私達を尻目に、オーマがゲートに呼び掛けるが誰かが来る気配はない。
「……瘴気が濃すぎて、まだ駄目なのでしょうか」
彼女は右腕をインテレオンに連結したまま辺りを見渡す。薄暗い空間のあちこちに煙のような濃密な瘴気が漂っており、『ゆけゆけズ』はまだこの『世界の狭間』に入って来れないのかも。
「も、もっと……やらなきゃ……♡」
更に周辺の瘴気を減らすため、そしてまだ溜まっている性欲を解消するため私はサイハイソックスに包まれた膝でインテレオンの股をツンツン触り始める。
「……」
スールは私を止めるかと思いきや、何も言わずにその様子を見つめるだけである。
「ルーア……欲しいのかい?」
「えへへ……インテレオンの立派なの、欲しいな♡」
インテレオンに聞かれた私は蕩けた笑みを至近距離まで近付けて媚びる。そのまま彼の股間に刺激を与えていると、やっと私の望んでいたモノが現れた。
(私の中に挿入したいけど、スールと一緒に気持ち良くならなきゃ瘴気の浄化が出来ない……あっ)
私は一瞬どうしようかと悩むが、丁度いい手段を思い出してランドセルに念じた。
「わっ♡!?」
私は瘴気で黒く染まった『あかいいと』を出すと、スールと私自身の身体を拘束して密着させる。
「よいしょ……っ♡」
私はスールと密着したまま腰を持ち上げると、インテレオンの亀頭に割れ目を触れさせる。それだけで私の身体に快感が走り、同時にスールも小さく声を漏らした。
「い、インテレオン……入れていい♡?」
「……分かった」
自分から犯される事の許可を請う私。覚悟を決めたように彼が応じるや否や、私は勢い良く腰を下ろした!
「ふああぁぁっっ♡♡!!」
「んううぅっっ♡♡!?」
固くて太い性器が私の奥まで入って来る快感。『あかいいと』の効果で同じ快楽が伝搬したスールも激しく身を捩らせる。それにより、糸で拘束され密着した私も必然的に身体が動き、自分から膣壁を陰茎に擦らせる事になる。
「め、メーくん……そこは……きゃんっ♡」
「んくぅ♡!?」
クリトリスをしごかれる快楽が襲って来るが、私のその部分には誰も触れていない。しかしインテレオンがスールの陰核を弄っている事で、同じ刺激が私にもやってきているのだ。
あまりにも強すぎる快感で意識が何度も飛びそうになるが、私は必死に耐えながら身を捩り更なる刺激を貪る。大好きなインテレオンにレイプして貰える最高の時間を気絶して過ごすなんて勿体ないにも程がある。思う存分楽しんで、心の中を幸せいっぱいで満たしたい!
「き、気持ち良過ぎるよぉ……♡! 昨日もヤッたのに、今日も気持ちいいよぉ……♡! えへ、明日も明後日も気持ち良く、なりゅう……♡」
「……」
目にハートを浮かべて私は声を上げるが、インテレオンもスールも特に返事を返して来ない。それでも私は気にせず腰を激しく上下させて子宮口を何度も彼の陰茎にぶつけた!
「あっあっ♡ ダメェ、もう……っ♡」
インテレオンがスールのクリトリスを弄るペースを上げるのと、段々オチンチンが熱くなっているのを感じながら私も絶頂するためにラストスパートをかける。
「……、うぐっ!」
そして彼が声を漏らすと同時に私の子宮内へ温かいモノが大量に注ぎ込まれた!
「んんんっ♡♡♡!! 気持ちぃぃぃっっ♡♡♡!!!」
想像を絶する快楽に私は狂ったように身体を動かし、甘美な痺れを全身に行き渡らせる。
「あ、う、うぅ……っ♡♡」
ランドセルに念じて『あかいいと』の拘束を解くと、潮を噴きながらスールがシーツの上に倒れ込んだ。それを尻目に私はインテレオンの陰茎から精液を搾り取ろうと腰を振り続ける。
「……」
額に汗を滲ませたインテレオンは何度も深呼吸し、私が満足したのを見計らって立ち上がった。
「……あ」
私達が性交している間、ずっとゲートを見ていたオーマは表情を明るくする。少しずつ理性を取り戻しながら私も視線を向けると、光の中に複数の影が見えた。こちらに近付くにつれ、その姿は鮮明となり……。
「待たせたな!」
「瘴気が薄まったから『まどわずフラッグ』の力で入れるようになったわ。ありがとね」
「良かった。これで万全だね」
ゲートから現れたのは『ゆけゆけズ』だ。どうやら私とスールの協力により、無事に瘴気を浄化できたようだ。インテレオンは私たちを抱き起こすと出発の準備を整え始める。
「それにしても不思議な場所だねー……」
アシマリはそう言いながら辺りを見渡す。この遺跡群はまるで浮島のように奇妙な空間を漂っており、彼女がそんな感想を抱くのも当然だろう。更に彼女らは塔の上に渦巻く巨大な『歪みの穴』に気付き、驚きで目を見開いた。
「あそこにソルガレオとルナアーラ……それにライコがいんのか?」
「うん」
「……」
ヒバニーの確認にスールが頷くのを尻目に、『ゆけゆけズ』と一緒に来たドータクンが沈黙したまま遺跡の中を進み始める。
「ちょっと、あまり離れたら『まどわずフラッグ』の範囲から出ちゃうわよ!」
「……すみません、こちらへ来て貰えませんか?」
「何かあるのかい?」
チコリータが注意するがドータクンは逆にそんな要求をして来る。インテレオンと共にドータクンが目指す方向を見るとそこには広場のような場所が佇んでいた。瓦礫などが散乱しておりぱっと見では何もない様に感じるが、当時を知るドータクンには何か目的があるのだろうか?
「……あの宝石を見て下さい」
ドータクンに言われ目を凝らすと、確かに瓦礫の中に小さな漆黒の物体が紛れている。てっきり瓦礫の一部かと思っていたがよく見るとドータクンの言う通り宝石のように艶々して僅かに光を反射していた。
「……間違いありません。あれはかつて私達が国を築いた際、皆を引っ張り纏め上げたディンルーなんです……!」
『悠久氷穴』でもドータクンが語っていたポケモン、ディンルー。太古の時代にいたポケモンが、まさかずっとこんな所にいたというのか?
インテレオン達と共に警戒しながら近づくが、その黒色の宝石は石ころのような形をしており、これまで何度も見て来た黒装に全身を覆われたポケモンとも違うように見える。ドータクンは何故これがディンルーだと思うのだろうか……と私は更に目を細めた所でその根拠に気付いた。
「中に……!」
なんと黒く透き通った宝石の中にポケモンらしき存在が眠っている。頭に器のような部位を持つ四足歩行のポケモン……おそらくこれがドータクンの言うディンルーなのだろう。
握り拳ぐらいのサイズしかなく、まるで私達の世界に存在するモンスターボールの中にいるようにも見える。
「え、何が起きてるの……?」
「分かりません……生きているんでしょうか?」
「……」
困惑するアシマリ達の後ろでインテレオンは宝石の中で眠るディンルーを黙って見つめている。
「ディンルー! 私です、ドータクンです!」
ドータクンは声を荒げて宝石を乱暴に叩き始めるが、恐ろしくあり美しくもある黒色の宝石にはヒビすら入らない。
「駄目っぽいな。ソルガレオ達を元に戻せばそのディンルーって奴も解放されるかもしれねえけど」
「そうね、あの巨大な『歪みの穴』も気になるし塔を登りましょう」
「……はい。あれはルナアーラ様の教えを受けながらポケモン達で協力して築いた『白夜の塔』です。当時、私達のために滞在して下さった彼女と、仲間のソルガレオ様達のために作り上げました」
ドータクンは少し躊躇いつつも、あまり我儘を言う訳にはいかないと遺跡群に聳える『白夜の塔』を見上げた。
「……少し見せてくれないか」
「メーくん?」
インテレオンはディンルーを閉じ込める宝石をドータクンから受け取ると、その表面に手を当てる。スールが訝しげな表情を浮かべながら呼ぶが、彼は瞑想しているかのように目を閉じ何も喋らない。
「ねえ、どうしたの……?」
「……ううん、何でもない。行こうか」
私も不安になって声をかけるが、インテレオンはそう言ってドータクンにディンルーが入った宝石を返す。私達の世界での知識でディンルーを戻せないか考えたが特に手段を思いつかなかった、のだろうか……?
塔を見据えて先頭を歩き出すインテレオン、その後を追うスールとドータクン。私もまた『ゆけゆけズ』やオーマの前を歩く形で進み始める。
(……いよいよなんだ。ポケモン達の世界とルナアーラ達を救う……みんなの期待が籠められた救助が始まる)
『白夜の塔』へ入った私達はダンジョンと化した内部を登っていく。しかしこの空間は『世界の狭間』であり凶暴化ポケモンはおらず、パラドックスもポケモンの世界へ渡ったらしく、進路を妨害する者はいない。
「うわっ!?」
しかし突如塔がうねる様に不気味に揺れた。階段から転げ落ちかけるが、咄嗟にオーマが支えてくれ何とか無事で済む。
「あ、ありがと」
「はい。ですが今のは……?」
「俺、今の感じに覚えあるぜ」
「あたしもよ……『つめとぎ山』が巨大化する前兆の揺れと同じだわ」
固い表情で上を見るのはヒバニーとチコリータだ。それはつまり、この『白夜の塔』が巨大化するという事なのだろうか?
「えっ! ダンジョン巨大化ってことは私達が凶暴化しちゃうの!?」
「……いや、危険なのはどちらかと言うとマホイップ達がいる世界だ。この塔の上空にある『歪みの穴』……『ウルトラホール』から大量の瘴気が流れ込むのが近いんだろう。急がないとライコが危惧していたように、あっちの世界のあちこちのダンジョンが巨大化して、多くのポケモンが『瘴気膨張』の糧にされてしまう……!」
インテレオンの言葉に私は額に汗をにじませる。幾つものダンジョンで同時多発的に『黒い繭』が生まれ、黒装モンスターと化したポケモン達が更に瘴気を増やして、最終的には世界全てが瘴気に覆われる最悪の結末になってしまう……!
「きっとソルガレオ達、もう後がないんだと思う。急ごう!」
「ああ!」
スールの言葉にインテレオンも頷き、私達は高く聳える『白夜の塔』を駆け上がる。
そして。
「……ここが頂点か」
最後の階段を上がった先。まず目に入るのは塔の下からも見えていた巨大な『歪みの穴』だ。瘴気が渦巻きながら穴の中へと吸い込まれており、おそらくあの先ではポケモンの世界へ今まさに繋がろうとしているのだろう。
瘴気の光に照らされた『白夜の塔』の屋上には風化した石柱や祭壇があるが、長い年月とかつてのルナアーラの暴走により崩れてしまっていた。
そしてその石柱の陰に何かが倒れている……。
「あれは……?」
オーマは恐る恐るそれに近づいて、ピタリと動きを止めた。
そこで倒れていたのは……彼女と同じ灰色の肌を持つ少女であった。私やオーマ達と異なり服を纏っているが、私達の世界では見たことのない装束である。
「……う、うう」
その少女は気を失っているのか、オーマに揺り動かされても目を覚ます気配が無い。その表情は苦悶に満ちたもので悪夢にうなされているようにも見える。
「まさかそいつがライコか?」
「……!」
ヒバニーの言葉に私はハッとなる。てっきりライコは私やスールと同じ世界から来た人間だと思っていたが、まさか実際はオーマやイヴ達と同じ世界の住人だったのだろうか?
しかし彼女はポケモン図鑑を持っていたし、どういう事なのだろう……と思ったその時。
「っ!!」
いち早く上空を見上げるインテレオン。つられて私も顔を上げると、なんと上空の『歪みの穴』から光が射し込んでいた。その光は『白夜の塔』の屋上を不気味に照らし、弱まるどころかどんどん眩くなる。
「リオオオオオオオッッッ!!!」
耳を劈く咆哮。続けて『ウルトラホール』の中から赤紫色に発光する光球が飛び出し、隕石の如く屋上の中心に落ちてくる!
「うわあっ!?」
衝撃波と熱波が私達を襲い一同がたまらずバランスを崩す中、落下して来た存在がゆっくりと身を起こす。
そこにいたのは広がった鬣と屈強かつしなやかな四肢を持つ存在。その全身は黒装に覆われており、鬣や四肢には赤紫のラインが走っている。その存在は同じく赤紫色に発光している双眸でこの『白夜の塔』の屋上まで上って来た侵入者である私達を睥睨する。
「ペアアアアアアアッッッ!!!」
「!?」
そこへ不意打ちの如く青紫に発光する光球が屋上に落ちて来て、再びの衝撃波と共に影が広がる! 私達が視線を向けると、大きな角と翼を持つ存在が宙へ浮かび上がっていた。その存在もまた黒装に覆われており、青紫色に発光するラインや双眸を有している。
あのシルエットは間違いない。私は何度も夢に見ていたポケモンだ。
「ルナアーラ……!!」
私は三日月のような形状をした大きな翼を持つポケモンに呼びかけるが、返事は返ってこない。
「あっちはソルガレオだよ! 瘴気と黒装で暴走してる!」
続けてスールも叫び、インテレオン達に注意を促した。
「あの二匹がそうなんだね……」
私達の言葉にインテレオンは応じつつ戦闘態勢に入る。
「リオオオッッ!!」
「ペアアアッッ!!」
ソルガレオとルナアーラは苦痛が籠った叫び声をシンクロさせ、正気を失ったまま私達を排除しようとエネルギーを収束させ始めた。このままではリライブは不可能……あの二匹を止めるためには一度倒さなければならないのだ!
「ヒバニーくん、チコリータ。皆のためにも、私達の夢のためにも……やろう!!」
「ええ、どんなに強大な相手でも諦めないわ! 皆が期待して待ってくれているんだもの!!」
「今までだって、何度も壁にぶつかりながら高みを目指して頑張って来たんだ! この大一番の壁を乗り越えるために……もっと高みへゆく! それが俺達『ゆけゆけズ』だ!!」
圧倒的な力を持つ伝説のポケモン達を前にしても怯むことなく、アシマリ、チコリータ、ヒバニーが勇気を奮い立たせて構えを取る。どんなに苦しくても絶対にソルガレオ達を瘴気から解放する……そんな力強い気概が彼らから感じられた。
「ドータクンはこのニンゲンを連れて隠れていてください!」
「分かりました、どうかご無事で……!」
オーマはポケモンであるドータクン相手にも対等に接し、『ゆけゆけズ』達と肩を並べて戦おうとソルガレオ達をまっすぐ見据える。かつての彼女が抱いていたポケモンに対する嫌悪の感情はもはや跡形もなく、人間もポケモンも関係なく救う為にここまで来たのだろう。
「スール、ルーア。相手は黒装で強化された伝説のポケモンだ……しかも二匹」
インテレオンは私達の前に立ったまま振り返らずに言う。発言とは裏腹に、その声音は冷静そのものだ。
「頼む、どうかキミ達の力も貸して欲しい! 僕達の故郷とは違うけれど、それでもキミ達が暮らしたいと思うあの素敵な世界を守るために!!」
そして彼は一瞬だけ私達へ目配せして高らかに言い放った。断られるかもという無粋な不安を一切感じさせない、私達を全面的に信頼した彼の背中はとても頼もしく感じる。
「勿論だよ、メーくん!」
スールも同様にインテレオンを信頼して頷く。ポケモントレーナーであるが故、伝説のポケモンの力はよく知っているのであろうが、それ以上にポケモンとトレーナーが信頼し合い生まれる絆の強さも知っているのだろう。
「……苦しいよね、ルナアーラ。だから待ってて……絶対に、救助して見せるから……!」
私は、私を異世界へ飛ばしたポケモンを見上げて呟く。きっと彼女は瘴気の苦しみだけではなく、ドータクン達の町を壊した事や『ウルトラホール』を開けてポケモン達を苦しめた事、私の体質を変化させた事……そんな色々な事による罪悪感でも苦しんでいるのだろう。
そんな悲しみに暮れるルナアーラを救う余裕は、ソルガレオにも残っていない。
だけど今ここにいる私達であれば、二匹を救う事だって不可能ではないのだ!
「私からもお願い、インテレオン! 一緒に彼女達を助けよう!!」
「ああ! 行くよッ!!」
私はインテレオンと視線を合わせて頷き合い、最終決戦へ臨む!!
「リオオッ!」
真っ先に動いたのはソルガレオ。彼は先頭にいたインテレオンを狙ってエスパーエネルギーを纏わせた『サイコファング』で飛び掛かる!
「っ!」
インテレオンは持ち前の素早さでそれをギリギリで避けるが、私とスールの目の前に着地したソルガレオはすぐさま次の行動へ。
「!?」
ソルガレオが口から放った炎が巨大な渦となり、私とスールを呑み込んだ!
「熱い……っ!」
『ほのおのうず』に全身が焼かれるような感覚に私は咄嗟に脱出しようと藻掻くが、両手すら使えない少女の力では伝説のポケモンの力に抗うことなど不可能だ。
……ならば道具の力を使うまで。
「えっ!?」
私はまず黒く染まった『あかいいと』で自分とスールの身体を連結させると、続けて瘴気の力を纏わせた『ワープスカーフ』を首に巻く。
(力を貸して……!)
私はかつて瘴気を生み出した者達に心の中で呼び掛ける。
すると『ワープスカーフ』は力を発揮して、『ほのおのうず』の中から私を脱出させた!
『あかいいと』で繋がったスールも一緒に、私達はインテレオンのすぐ隣へ着地。インテレオンは私達の無事を確認すると指先をソルガレオに向け『ねらいうち』を繰り出す。
「リ……!」
圧縮された水弾は見事、鬣に走るラインへ命中し頭部の黒装を剥離させた!
「リオオッ!」
しかし一瞬見えた白い体表を覆い隠すように、すぐさま黒装が纏い直され赤紫色のラインも復活した。パラドックス達と同じで大量に瘴気を取り込んでいるが故に、一発や二発で瘴気を取り除くことは出来ないのだろう。
でも無限ではない。諦めずに攻撃を続ければ……!
「ニトロチャー……ぐあっ!」
「ペアァ!」
だがソルガレオを挟んだ向こう側では、炎を纏った突撃を仕掛けたヒバニーがルナアーラの『サイコキネシス』で動きを封じられ地面に叩きつけられる姿が。
私の夢の中では慈愛に満ちていたルナアーラでも、瘴気の影響で凶暴性が増してしまっているのだ。
それでも、やられるばかりの『ゆけゆけズ』ではない。
「『はっぱカッター』よ!」
「ペア……!」
ルナアーラがヒバニーに気を取られていた隙にチコリータが葉の刃を発射し翼のラインを切り裂いた!
剥がれ落ちる黒装の下からは藍色の翼膜が露わになり、すぐに新しい黒装で隠される。
「ッ!!」
「あっ……!」
しかしルナアーラは標的をチコリータに変えると、高速で飛び掛かり『つばめがえし』を繰り出す。回避不可能な攻撃をモロに浴びてしまうチコリータ……。
「させま……せんっ……!」
そして自らの友を守ったのがオーマだ。彼女の触手のように蠢く腕はチコリータの背中に伸び、そこからチコリータを包み込むように展開された黒色の防御膜が『つばめがえし』を防いだのだ。
「リオオオォ!」
「くっ!」
けれどいつまでも『ゆけゆけズ』達を気にしている訳にもいかない。目の前ではソルガレオが矢継ぎ早に『サイコファング』を放ち、インテレオンは回避に専念しているものの、時折避け切れず黒い牙が掠めている。
「……っ」
スールは剥離した黒装の欠片をリライブしながらジッとソルガレオの動きを観察している。その瞳はただ脅威に怯えているだけではない、ある目的を果たそうとしているかのように鋭い。
「メーくん! ジャンプして『とんぼがえり』!!」
「!」
インテレオンは自分のトレーナーであるスールの指示に素早く反応し、正面に迫った『サイコファング』を回避。すぐさまソルガレオは顔を上げて二発目の『サイコファング』で追撃を狙うがインテレオンはその鼻先を『とんぼがえり』で蹴り一気にソルガレオの攻撃範囲から離脱。
着地したインテレオンは素早く指先をソルガレオに向け……。
「右に避けて!」
「はっ!」
しかし続けてスールに指示をされて、彼は攻撃態勢を解いて地面を蹴る。直後にソルガレオの吐いた『ほのおのうず』が石柱や瓦礫を呑み込んだ!
「今だよ!」
「了解っ!」
そして攻撃指示を受けたインテレオンは『ねらいうち』を放ちソルガレオの前足のラインを攻撃。また黒装の欠片が地面に落ち、着実にソルガレオの体内の瘴気は減っている筈だ。
「リリィィ……!」
「わっ!?」
トレーナーから的確な指示を受けたポケモンの動きに翻弄されたソルガレオは低く唸る。そしてスールを邪魔物と認識したのか、素早く彼女に飛び掛かって押し倒した!
「スール……!!」
インテレオンは驚愕で目を見開き、彼女を救出しようと走り出した。
「リオォォォ!!」
「あううっ……メーくん、今が、好機……うぐぐっ!」
「……っ!」
しかしスールはソルガレオに噛みつかれながらも指示を出す。確かに今のソルガレオは私達から完全に意識が逸れており、いくらでも攻撃するチャンスがあった。それにスールは私と同じで体質が変化しており傷付けられない身体となっている……合理的ではある……が。
「……ごめん、スール!」
例えトレーナーの指示であっても、彼はスールを囮にすることを良しとはせず助けに向かう足を止めない!
「!」
足音で気付き顔を向けてくるソルガレオに動じることなく、インテレオンはレスキューバッグから取り出した枝を振るい光弾を放つ!
黒装を纏った相手には搦め手は通用しない……そう思った私だったが、光弾はソルガレオではなく倒れていたスールに命中すると彼女を光で包み込んだ。
「リ……オォ!?」
そして至近距離から顔面に『ねらいうち』を受け、ソルガレオは突然の急所攻撃に堪らず仰け反る。彼の目の前で横になっているのはインテレオン……! 彼は『ばしょがえのえだ』でスールを逃がすと同時に奇襲を掛けるチャンスを作り出したのだ。
「リリオォォ……!?」
怒りのままに前足を振り下ろすソルガレオであるが、私は『あかいいと』を絡み付かせて攻撃を妨害!
「助かる、ルーアっ!」
「オォォ!」
インテレオンが『とんぼがえり』で離脱した直後、ソルガレオは『あかいいと』を引き千切り私達を睨みつける。
「メーくん……!」
「ごめんスール。けど僕はキミを守りたくて……」
駆け寄るスールに応じるインテレオンの横顔は申し訳なさそうであるが、同時に自分の意志を曲げるつもりも無さそうである。
「……ううん、ポケモンの気持ちを尊重するのもトレーナーの役目だもんね。助けてくれてありがと、メーくん」
そしてスールも勝手な行動をしたインテレオンを否定せずに感謝を述べた。これがポケモンとトレーナーの信頼関係かと、私は心の中で感嘆するのであった。
「『みずでっぽう』!」
「行くぜレンケイ……『でんこうせっか』だ!」
更にヒバニーも水のバルーンを勢い良く蹴飛ばし、ルナアーラへぶつけて炸裂させる。再び黒装が剥がれ落ちて『ゆけゆけズ』も頑張っている……と思ったその時。
「リリリオオオオオォォォッ!!」
「ペペアァァァァッッ!!」
二匹の伝説のポケモンが激しい咆哮を上げると、宝石の柱が彼らの体を包み込む!
「テラスタルか!」
インテレオンの予想通り、柱が砕けると共に姿を現すのは歪な宝石を頭に乗せ、体を煌めかせるソルガレオとルナアーラだ。
「リオオオォ!!」
「きゃあっ!?」
「あうっ!」
ソルガレオは強烈な『サイコファング』を繰り出し、チコリータとオーマが吹き飛ばされてしまう。助けに入ろうとヒバニーとアシマリも動こうとするが、即座に反応したソルガレオの『ワイルドボルト』で返り討ちにされた。
「ペァァァッ!!」
「わっ……んぎゅっ!!」
「ぶへっ!?」
「ルーア! スール!」
ルナアーラも『サイコキネシス』を発動して私を持ち上げると、容赦無くスールに叩きつける! インテレオンが顔面を蒼白にして駆け寄ってくるが、痛みのあまり大丈夫だと伝える余裕も無い。
順調に黒装を剥がせていると思ったのは勘違いだったのだろうか。同時にテラスタルをされて一気に状況をひっくり返されるだなんて……。
「この、よくも……!」
インテレオンは怒りのままにルナアーラ達に挑もうとするが、今のままでは流石に分が悪い。
相手が強化されたのなら、こちらも相応に強くならなければ。
「ケホッ……お願い……インテレオン……!」
私は痛みに耐えながら念じ、『ねがいのかたまり』をランドセルから彼の前に転がす。私はリライブで黒く染まっていたその道具から瘴気を吸い取り、元の姿に戻す。その分、私の胸に違和感が溜まるが、そんな事を気にしている場合ではない。
「ルーア……」
「ダイマックスでなんとか……して……!」
私にまた瘴気が蓄積したのを鋭敏に察知したインテレオンが心配してくるが、私は顔だけ上げて頼み込む。
もしもこのまま私達が敗北し、今も頭上で渦巻いている『歪みの穴』がポケモン達の世界と繋がったら終わりなのだ……!
「……うん、待っていてくれ」
インテレオンは様々な葛藤を胸の内に鎮めたように頷くと、私が託した『ねがいのかたまり』を拾い上げた。
(私の……私達の願い……届いて!)
同時に私の手錠が変形し、ダイマックスバンドの姿を形取る。バンドから放たれた光はインテレオンを包み込み、みるみる内に巨大化していく!
「……!」
すぐさま天を仰ぐルナアーラとソルガレオ。
『白夜の塔』の頂点に屹立するのは塔のごとく伸びる尻尾。
「『キョダイソゲキ』!!」
自分の尻尾で作った台座で構えを取った彼……キョダイマックスインテレオンは瞬膜越しに赤く光る瞳で相手の動きを完全に把握し、彼から見れば小さな的であるソルガレオに水弾を撃ち込んだ!
「リ……!!」
膨大な量の水柱が炸裂し、上空へ打ち上げられるソルガレオ。絶大な威力の攻撃で、彼の頭部で煌めいていた歪な宝石は砕け散っていた。
『颶風の砂漠』でも見た凄まじさに私は頼もしさをより強く感じるが、まだ脅威が去ったわけではない……!
「ペペアァァァァッ!!」
三日月のような翼で飛び上がったルナアーラが塔のような尻尾の周囲を旋回しながら高度を上げ、インテレオンの本体へ肉薄する!
彼女は月のエネルギーを体に収束させると、その身から青黒い光線を四方八方に拡散させた!
「くっ!」
「あうっ!」
その光線はインテレオンだけではなく、下にいる私達にまで襲いかかってくる。ルナアーラの攻撃は屋上のあちこちにクレーターを作りながら、倒れていた私達を吹き飛ばした。
「はぁ、はぁ……『オレンのみ』、あるか……?」
「……これが最後だわ。『ふっかつのタネ』も使い切ってる……」
同じく攻撃を浴びた『ゆけゆけズ』は態勢を立て直そうとしているが、もう限界が近い様子だ。私のランドセルにもあまり道具は残っていないし、どうすれば……。
道具は生み出せる……あの時みたいに。
「……!」
私はインテレオンとルナアーラの技が激しくぶつかり合う光景を見上げながら立ち上がる。あの時は暴走に身を任せて、『ものがえだま』を生みテラキオンに使用してしまったが今の私なら……!
「『みんなむてきだま』っ!!」
私は瘴気の力を制御して一つのふしぎだまを作り出すと、その力を解放する!
「!?」
「……ルーア」
ルナアーラが再び光線を放ちインテレオンへ浴びせるが、『みんなむてきだま』の力で無効化される。守られた彼は一瞬遥か下にいる私へ視線を向け小さく呟きながらもすぐに目の前で浮かぶ相手を瞬膜越しに見据えた。
「これも……『みんなちからだま』っ!!」
続けて私は瘴気で生み出した二つ目のふしぎだまを発動し、インテレオン達を急激にパワーアップさせる。
「……そ、そんな事したら」
それを見て傍にいたスールが声を震わせて言うが、私は何のことか分からずインテレオンを見守る。もし押されるようなら別の道具でサポートするのが今の私にできる役割だ。
「『キョダイソゲキ』!!」
そしてインテレオンは指先から水弾を放ちルナアーラを撃ち抜く!!
「ペアアアッ……ッ!!」
超威力の攻撃を受け、テラスタルが解除された状態で豪雨のような水飛沫と共に落下してゆくルナアーラ。続けて『ねがいのかたまり』に籠められていたエネルギーが完全に底をついたのか、インテレオンも光に包まれて元のサイズに戻ってしまった。
「メーくん! ルーアが……っ!」
「……」
そんな彼に駆け寄り、顔面を蒼白にして叫ぶのはスールだ。インテレオンはスールに対して何かを言いかけるが途中で口を噤んだ。
私が一体どうしたのだろう……そう思った直後である。
ドクン。
「っ!?」
突然身体中に痛みが走る。まるで体内にある何かが暴れているような、内側から身体を押し広げられるような激痛。
ドクン、ドクン。
全身が燃える様に熱くなり、汗が止まらない。身体が勝手にガクガクと震えだし視界も明滅、想像を絶する吐き気が私を襲うが全く吐き出せない……!
そんな私を見てスールは自分の選択が間違いだったと言いたそうな表情を浮かべ……。
「ルーアは、もう限界だよっ……! これ以上無理させたら、溜まった瘴気が暴発して……ルーアが爆散しちゃう!」
彼女は涙をボロボロ零しながらインテレオンに伝えた。
爆散の危機。
私だけじゃなくてスールも知っていたのか。
よく考えてみればそれはそうだろう……『忘れられた都』の瘴気を取り除いた際、私がルナアーラと話したように彼女もソルガレオと話していたのだから、その時に伝えられていても全くおかしくはない。
それでもスールは私の気持ちを尊重し、瘴気を取り込んだり無理に力を発揮させたりすれば命の保証がないと知りながら、止めたい気持ちを抑えてここまで同行をさせたのだろう。
私がインテレオンとの行為に及ぼうとしても止めなかったのは、それで少しでも私が生き残れる可能性が上がるなら……という気持ちだったからなのか。
本当はもっと早くインテレオンに伝えたかったに違いない。
私の命の危機と分かっていながら、私のためにそれを黙るのは辛かったに違いない。
「あ、う……う……っ」
私はスールに苦しい思いをさせた事を謝罪しようとするが、もはや言葉すらまともに紡げない。頭がガンガン痛くなり、立つことを維持するのがやっとだ。
顔を上げるのすら辛くなった私は無意識に視線を落とす。
そして視界に入るのは膨らみが無い私の胸部。
まるで墨汁を垂らしたかのように、皮膚にドス黒い染みのようなものがジワジワと広がっていたのだ。
体表上にこんな異常が出ているのだから、きっと体内はもっと……。
「……ペアアッ!」
だが、私がそんな状態だからと言ってルナアーラが元に戻ってくれるという道理など無い。テラスタルこそ解除されているが、未だに彼女の体は黒装で覆われている。
「リオオオオッッッ!!!」
更に上空にある『歪みの穴』からソルガレオの咆哮も響いて来た。戦闘が長引いている分、ポケモンの世界に穴が開けられる瞬間も間違いなく迫って来ている。
「……っ、目を覚ましてください!!」
その時、どこかから声が聞こえてくる。
それは、ドータクンであった。
瓦礫に隠れていたドータクンは、宝石に封じられたディンルー、そして気を失ったままのライコへ必死に呼びかけていた。ボロボロになりながらルナアーラ達を止めようと戦っている私達を見ているだけしか出来ない自分を呪いながら、それでもこの絶望しかない状況を少しでも変えたいと願っているかのように。
「起きろって言ってるんですよ!! 過去の世代の私達が遺した負の産物が今を生きるポケモンやニンゲンを苦しめているのに、呑気に寝てていいんですか!?」
ドータクンはそう叫び、ディンルーが封じ込められた宝石を乱暴にライコへと叩きつけた。
そして。
「……!」
遂にライコが目を開いた。
「ソルガレオだわ!」
「くそっ! まだ暴走が収まらねえのか!」
しかしそれをしっかり確認する暇もなく、上空にいたソルガレオが隕石の如く勢いで『白夜の塔』目掛けて落下して来る。『ゆけゆけズ』が迎え撃とうとするが、あの勢いで突撃されたらひとたまりもない……。
「瘴気より生まれし子、これを受け取って!」
「っ!?」
その時、私達の頭上を越えて何かが投げ渡される。
ライコからオーマに対して……赤、緑、青に輝く三つの結晶体が。
「瘴気よりって……」
「時間が無い、その『Zクリスタル』を急いで使って!」
ライコは困惑するオーマを制し、衝撃波のような爆音を響かせ赤黒い一直線の軌跡を描き空から迫るソルガレオを指さした。
「お願い、未来ある若い救助隊達! 三匹の連携でソルガレオを止めて!」
続けて彼女は『ゆけゆけズ』達に希望を託し叫ぶ。
「……ええいっ、お願いしますヒバニー、チコリータ、アシマリッ!!!」
オーマもまた覚悟を決めたかのように自らの友達の名前を呼んで、三つの結晶体……『Zクリスタル』を掲げた!
すると黄金の光が『ゆけゆけズ』の体から放たれ、それぞれほのお、くさ、みずの凄まじいエネルギーが周囲にまで迸る。
「なんだ、このすげえ力……! いや、もうやるしかねえ!!」
「うん! 私達三匹……それにオーマの気持ちも一緒に!!」
「皆で力を合わせてやりましょう!! ルーアもソルガレオ達も、あたし達の世界も救うために!!」
『ゆけゆけズ』の三匹は力強く頷き合うと、落ちてくる太陽へ怯むことなく相対!
「ラリオォォォナァァァァァァッッッ!!!」
まだ落下途中だというのに、『白夜の塔』が振動する程の衝撃波を起こしながら牙を剥き迫るソルガレオ。
その災厄を前に『ゆけゆけズ』はオーマの気持ちが乗ったエネルギーを解放!
アシマリの生み出した水流の渦が、チコリータの生み出した花々を育み。
そして二匹が生み出した巨花が、ヒバニーの纏う炎を豪炎へと大きく成長させる。
「ヒバニーくんっっ!!」
「行きなさいっっ!!」
水流で押し上げられ勢いを増し、舞い上がる花弁でその身を守られたヒバニーは真正面からソルガレオへ突っ込んでいく!!
「うおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
仲間達の想いを乗せ、七色の炎と化したヒバニーは赤黒い炎を纏うソルガレオとぶつかった!!!
『白夜の塔』のすぐ上で大爆発が起こり……。
「……ッ!」
黒装を再生する事が無くなったソルガレオがその白き体を力無く塔の上へ墜落させるのであった。
「……あは、は。やった、ね……」
「ルナアーラは……頼んだわよ……っ」
「私も、もうダメです……どうかお願いします……」
力を使い果たし倒れるアシマリとチコリータ。そして気を失って落ちて来たヒバニーを抱き止めたオーマも限界を迎えたようでその場にへたり込む。
「……ッッ、ペアアアアアアッッッ!!!」
相方を倒された怒りか、それとも瘴気による苦しみを抑えられないのか、ルナアーラが絶叫を上げた!
「……」
残りの伝説のポケモンを見上げてインテレオンは構えを取る。『ゆけゆけズ』達の勇気と願いに応えて自分がルナアーラを解放すると決めたかのように。
「メーくん、ルーアが終わっちゃう……ルーアを助けて……っ」
そんな彼の背中に向け、悲痛な表情で泣き叫ぶスール。彼女は私に寄り添って必死に瘴気を中和しようとしているようだが、もう手遅れなのか私の痛みは収まらずドス黒い染みは胸だけではなく肩や腹部からも広がっていた。
しかし、インテレオンは飛び掛かってきたルナアーラとの戦闘に入り私たちの元へは戻って来ない。本当は私を救いたいけれど『ゆけゆけズ』達が力を使い果たした現状、戦えるのは自分だけだと判断しているのだろう。
「……スール、ソルガレオをリライブしに行ってくれ! ルーアは僕が何とかするから!」
「何とかするって何をどうするの……!?」
『サイコキネシス』で何度も床に叩きつけられ、ボロボロにされていくインテレオンはスールに向けて伝える。しかしスールは私から少しでも瘴気を取り除こうと必死だ。
「あの世界もルーアも救うには、ソルガレオの凶暴化を放っておく訳にはいかないんだ……! 頼むスール、僕を信じてくれ!!」
「……っ!」
『とんぼがえり』で無理矢理『サイコキネシス』の呪縛から逃れたインテレオンが振り返り、自らのトレーナーに向けて指示を出す!
トレーナーが自分のポケモンから指示をされるなんて、元の世界では到底あり得ないこと。
しかしそれは逆に、ポケモン側がそれだけ本気だということも意味していた。そしてトレーナーの少女は苦しむ私を見て一瞬躊躇い……。
「……ルーア、メーくんを信じてもう少しだけ頑張って……!」
最終的にはトレーナーとして、自分の唯一のポケモンを信用する事に決めたスールは涙を散らしながらもソルガレオの元へ走っていく。
「ペァァァ……ッ!?」
「キミの相手は……僕だっ!!」
動き始めたスールを青紫に光る目で睨みつけたルナアーラだったが、ラインを『れいとうビーム』で撃たれ否応無くインテレオンに視線を戻した。
そしてスールが気を失ったままのソルガレオに密着する。温かな赤い光でソルガレオの体が包まれ出し、少しずつ彼の体内に満ちる瘴気が浄化されてゆく。
「ぺぺぺアァァッッ!!」
「かはっ……!」
ルナアーラは『つばめがえし』を繰り出し、透明化能力で撹乱しようとしたインテレオンを逃さず切り裂く!
(インテレオン……っ!)
私はぼやける視界の中で彼を呼ぼうとするが、もはや声すら出ない。呼吸するだけで激痛が走り、重りを付けられたかのように身体がズッシリしている。
「……」
そんな私の隣にまで歩み出て、激闘を繰り広げるルナアーラとインテレオンと見つめる少女がいた。ライコだ。
「……あなたも彼を信じる?」
(え?)
「彼の差し出した救いの手がどんなものであっても……それを握り返す覚悟はある?」
(……っ)
それは。
当たり前だ。私だって死ぬために……消えるために……犠牲になるためにここまで来たのではない。インテレオン達とあの世界で幸せに暮らすために、ルナアーラ達を助けに来たのだ!
「瞳に光が戻った……まだ、間に合う! ルーアを救いたいなら急いで!!」
するとライコは私の下腹部に手を当て、今も戦い続けるインテレオンに向け叫んだ。
ライコの力によるものか、私に近付いていた破滅の予兆がほんの少しだけ遠のく。そうだ、ルナアーラが言っていた……私が今まで爆散せずに済んでいたのはクリトリスリングの力で瘴気の暴発が抑えられていたため。
きっとライコは今、ヒビ割れる寸前だったリングが崩壊するのを全力で押し留めているのだ。しかし体力を浪費する術のようで、彼女の顔には大量の汗が滲んでいる……急げと言ったのはあまり保たないからだろう。
「はああっ!!」
「ペァァッ!!」
インテレオンが『ねらいうち』でルナアーラの左の翼に走るラインを攻撃するが、即座に反撃に転じたルナアーラが青黒い光線を拡散させてインテレオンを吹き飛ばす。インテレオンはとっくに倒れてもおかしくないぐらいダメージを負っている……その証拠に彼は受け身すら取れずに地面に激突し、苦しそうに呻いていた。
インテレオン一匹だけで伝説のポケモンに勝つのは不可能だったのか?
……いや、まだだ。
私は残された希望を見逃さない……ルナアーラの左の翼……それは星を包む夜空のような藍色。
先程の『ねらいうち』で黒装が剥離したのに、纏い直していない……それはつまり。
ルナアーラの体内にある瘴気がなくなりかけているのだ!!
「……っ!」
インテレオンも同じことに気付いたのだろう。彼は手酷く叩きのめされ痛々しい状態になりながらも、再び立ち上がる。そしてその瞳には不屈の光が力強く輝いていた!
「マヒィィィナ……ペエェェェアァァァァァッッッ!!!」
いつまでも倒れないインテレオンに対し、ルナアーラは月のエネルギーを集め『ムーンフォース』を放つ!
しかし、その渾身の一撃をインテレオンは寸での所で回避した。
ダメージが積み重なっている中、インテレオンが残る力を振り絞った?
それもあるかもしれない……だがそれと同じく。
「ペ……アァ……!」
ルナアーラの動きが明らかに鈍っている。まるで自分達と異なる者を排除しようとする瘴気の意志に抗うかのように……!
インテレオンは構えを取る。
両手の指を全て標的に向け、特性『げきりゅう』により膨れ上がった水のエネルギーを収束させた。
そして。
「……はあああっっ!!」
インテレオンは逆境を乗り越える……全力の『ハイドロカノン』を繰り出した!!
「ッ……!!」
荒れ狂う水流に飲み込まれ、ルナアーラは抵抗も出来ず流されてゆく。
彼女の身に纏わりつく黒装が青き水によって剥がされ、本来の姿である藍色の体が露わになってゆく。
太古の時代から、永きに渡って苦しみ続けたルナアーラが救われて……。
「ペアアッ……!!」
「……え?」
ライコが顔を蒼白にさせて声を漏らした。
視線の先に浮かんでいるのは、夜空を思わせる藍色の体と巨大な翼を持つ伝説のポケモン。
しかし。
青紫に光る双眸を宿す彼女の顔面に、黒装が残っていた。
額には一本のラインが走っており、その光は儚くもあり、全ての希望を無に帰すような災厄の光にも見える。
「…………」
あと一歩が足りず、ルナアーラを止めることが出来なかった。力を使い果たしたインテレオンは絶望を隠す事すら出来ていない表情を浮かべ……前のめりに倒れゆく……。
「……あと、もう一発、だよっ……! インテレオンっ……!!」
彼の体に触れたのは地面ではなく、私の身体。
彼が倒れる前に、私は己の小さな身体を滑り込ませたのだ。
「……ルー、ア……」
「あと……もうひと、踏ん張り……っ! 今までっ……インテレオンが支えて、くれたみたいに……私が……っ、支える、からっ……!!」
か細い声で呟くインテレオンに私は身体を震わせながら必死に応援する。
この世界に来てからずっと両腕が使えない私でも。
この両脚で立つことは出来る!
この口で想いを言葉に乗せることが出来る!!
この身体で大事な相手に寄り添う事も出来る!!!
ライコから離れたせいでまた破滅が近付いて来るけれど……もうリングも壊れる寸前だけど……道具を生み出す事も使う事もできないけど……苦しくて痛くて重くて怖くて涙が止まらないけど……!
「安心して……! 私が……いるから!! インテレオンは、絶対に……やれる!!!」
幾度も絶望に呑まれていた私に希望をくれた彼に、今こそ私からも希望を返す時だ!!
「……そう、だ。僕は……もう一匹じゃない……!」
そしてインテレオンの瞳に光が再び灯る。彼は自分が限界であることを恥じずに私の肩を借りたまま、ダランと垂れていた右手をゆっくりと上げる。
彼の人差し指はルナアーラの額に走るラインを捉える。涸れかけの水のエネルギーが指先に集まり、最後の攻撃準備を整えていく。
「ペアアッ……!!」
先んじて攻撃に入ろうとするルナアーラだが、やはり本心では瘴気から救われたいのか動きが鈍い……。
「今……インテレオンと私が……、あなたを……救う、から……!」
私はぼやける視界の中に彼女の姿を収めて、ずっと私を気に掛けてくれたルナアーラを安心させようと微笑みを浮かべた。
「インテレオン……」
「ああ……」
技を放つ準備が完了し、私とインテレオンは視線を交わす。
そして澄んだ音と共に放たれる『ねらいうち』。
私達の希望と想いが圧縮された潤いの水弾はルナアーラの額へとまっすぐ向かい。
黒装の急所……青紫色のラインへと命中するのであった。
月が、落ちていく。
しかしその表情は安らかなもの。
そのまま月は『白夜の塔』に横たわる太陽に覆い被さる。
「ソルガレオ、ルナアーラ……ようやく……」
遂に黒装から解放された二匹を見つめてライコが呟いた。ソルガレオ達の姿はまるで静かに抱き合っているようにも見える。
「……そんな事より! ルーアが……!」
黒装が無くなったとはいえ、伝説のポケモンであるソルガレオ達の体内にはまだ瘴気がかなり残っている。二匹を必死にリライブしているスールだが、彼女にとってはより気がかりなことがあるのだ。
ドクン。
「……っ」
「ルーア……!」
インテレオンを支えきれなくなり、私は遂にその場に倒れ伏す。無理をしたせいかこれまで以上に身体が悲鳴を上げており、肌も瘴気で黒く滲んだ部分の方が広くなっていた。更にパキンという音が鳴り、ずっと瘴気の暴発を抑え込んでいたリングが破片と化して私の股間から落ちていった。
一緒に倒れ込んだインテレオンは上半身を起こすと、私をしっかりと抱き寄せる。それなのに私には彼の温もりが感じられない……もう限界が……。
「……インテレオン。ディンルーがあなたの望みを私に伝えてくれた」
「……」
ライコは一度ドータクンの方を向いてからインテレオンを見つめる。ドータクンがディンルーが封じ込められた宝石をライコに叩きつけた時に、両者の心がつながったのだろうか。
「時間が無いから一度だけ聞く……本当にいい?」
「勿論だ」
そして灰色肌の少女の確認にインテレオンは迷いなく頷いた。
一体どういう意味なのかと答えを探る余裕もない私の視線の先にて、ライコがとある物を取り出した。
それは拳ぐらいの大きさを持つ宝石の塊。
ドータクンの持っているディンルーが封じ込められた宝石によく似ていたが、中には何も入っていない。
つまり、それは何かを入れる為の物?
「……ちょっと待って! 何それ!?」
不穏な予感を覚えたのは私だけではなかったらしい。スールが眉を吊り上げてライコに怒鳴る様に詰問する。
「……ごめんスール。ライコ……早くそれを」
「分かった、あなたの覚悟を尊重する」
しかしそれに返されたのはインテレオンからの謝罪のみ。スールが止める間もなくライコはインテレオンに宝石を手渡した。
そしてインテレオンがそれを自らの胸に押し込むと、なんと宝石は彼の体内へとズブズブと入って行ってしまった!
「ルーア……『スプリングタウン』で言ったよね、キミを必ず救助してみせるって。今が、その時だ」
彼は儚い笑顔を私に向け、大きな手で私のお腹に優しく触れた。
(……!?)
急激に起きる身体の変化。私を苛んでいた想像を絶する苦痛が一気に軽減されていき、肌に現れていた黒き染みも消えていく。それどころか体内を支配していた違和感まで見る見るうちに消えていく。
―――消えてる? 本当に?
しかしすぐに湧き上がる疑念。私から抜けていく瘴気は、どこへ向かっている……?
「……っ、これが……ルーアがずっと耐え続けていた苦しみか……!!」
「!?」
私のすぐ前には苦しみに必死に耐えているインテレオンの辛そうな顔があった。間違いない……今、彼は……!
(私の体内に蓄積された瘴気を吸い込んでる!!)
恐ろしい事実をすぐさま理解した私は咄嗟に彼から離れるが、瘴気が抜けていく感覚は止まらない。みると『白夜の塔』の周囲に漂っていた瘴気もインテレオンに集まっており、少し距離を取った程度では瘴気の吸収から逃れられないのだ!
「何やってるのメーくん!? 今すぐやめて!!」
「……ごめんスール。聞けない……!」
顔を強張らせてスールが叫ぶものの、インテレオンは聞く耳を持たない。
「インテレオンは選択した。ディンルーと同じ手段を」
「どういう事ですか!?」
視線を落として言うライコに対し、ドータクンが驚愕した様子で尋ねる。
「……かつて、ポケモンの世界に流れ込む瘴気を吸い込み続けたルナアーラはルーアと同じように命の危機に瀕して暴走していた。彼女の様子を見て、ルナアーラに頼り続けたことが間違いだったと判断したディンルーが願い出た……"自分にできる事なら何でもやるから、ルナアーラを救わせてくれ"と」
スールのリライブにより今も少しずつ瘴気を取り除かれているルナアーラ。ポケモンが築いた国で彼女が暴走を起こした事はドータクンから聞いていたが、ディンルーは国に残ってルナアーラを救おうとしていた……?
「私が提示できたのはこれ……瘴気を浴びて変質した『モンスターボール』だけだった。かつて私は人間とポケモンが争う世界で生まれて、争いを嫌っていたルナアーラ達と心を通わせて……ある日世界を越えた。そして長い旅の末に辿り着いたのは人間とポケモンが共に暮らす世界。『モンスターボール』はその世界で得た『絆を結ぶきっかけ』に成り得た道具」
ライコはかつての己が人間とポケモンの争いを止めようと奔走していた事を語りながら、インテレオンを辛そうな表情で見つめる。
「だけど世界を幾度も渡っていた内に遥かな時が流れて、生まれた世界に戻った時は手遅れだった。全滅した人間が遺した瘴気が、感情の影響を受け辛いパラドックス達を除いたポケモンを滅ぼし世界の外にまで流れ出てた。そして持ち出した『モンスターボール』が瘴気に触れて……"ポケモンを大量の瘴気と共に閉じ込める檻"に変貌してしまった。人間達の恨みに応えるかのように……!」
「!!!」
無力な自分を責めるようなライコの言葉を聞き、私もスールも目を見開く。
それはこのまま放置していたら、インテレオンがいなくなってしまう事を意味して……!!
「メーくん!! 自分が犠牲になるなんて、そんなの絶対にダメ!!」
「……」
スールは激昂してインテレオンに言うが、彼は返事をしない。それどころか彼の足先から少しずつ黒色半透明の宝石が生え始めており、それは足から踵、踵から踝とどんどん拡がっていく。
「ねえ、聞いてるの!? トレーナーのあたしがやめろって命令してるの!!!」
必死の形相でスールが怒鳴るが、膝まで宝石に埋もれたインテレオンは静かに振り向いた。
「……ありがとうスール。そんな感じで強く命令するのは初めてだね……それほどに僕を大事に思ってくれるなんてさ。キミがトレーナーになってくれて僕は幸せいっぱいだよ」
「……っ!」
自分のポケモンから感謝を告げられスールは口を噤む。本当はやりたくなかったであろう、ポケモンに対する乱暴な命令の意図を見透かされた彼女は糸が切れた操り人形のようにへたり込む。
「う、ううっ……っ、うううっ……っ!」
そのままスールは蹲って咽び泣き出した……自分のポケモンの気持ちを拒絶してでも止めようとしたのにインテレオンの信念を変えられない……そう理解した彼女はもはやその信念を尊重するしかなくなっていた。
以前言っていた"メーくんが望む選択をして、そうしてくれるのがトレーナーとしての喜びだから"という想いに従い……例えどんなに悲しくても、どんなに辛くても。
「ねえ、インテレオン……! もしかして、ずっとこうするつもりだったの……!?」
「うん。『月』の本を読んでから、瘴気を肩代わりする手段が間違いなく存在するんだろうと思ってた。それでディンルーの宝石を持った時、その手段をライコが持っていることも知れた。間に合って良かったよ」
私が正面から問い質すと、既に腰まで宝石に覆われているインテレオンが安心したような笑顔で答える。
「じゃ、じゃあ、あの……マホイップ達の世界で私と一緒にいてくれるって言ったの……嘘だったの……!?」
「嘘じゃないさ。確かに話したり直接触れ合ったりは出来なくなるけど、僕は『モンスターボール』の中でキミと一緒にいるよ」
「そんなの……そんな形で一緒にいる事なんて望んでないよ! 話したり触れ合ったり出来ないと嫌だよ!」
すっかり瘴気が抜けて楽になった……インテレオンに全てを押し付けて楽になってしまった私は『モンスターボール』が生み出す結晶の中に入ろうとするが押し出されてしまう。人間が『モンスターボール』に入れる訳などないのだ……!
「……そんなに泣かせることになってごめん、ルーア。だけど僕は本当に嬉しいんだよ、大事な相手を救えたってことが分かったんだから」
「うっ……ぐすっ……!」
『彼の差し出した救いの手がどんなものであっても……それを握り返す覚悟はある?』
思い出すのはライコの言葉。何故もっと深く考えなかったのだろう……何故自分の事ばかり考えて、インテレオンが代償を払うという可能性を考慮しなかったのだろう。
「だけどルーアは僕にこんな形で救われて……嬉しくなかったかな」
「!」
胸元まで宝石に覆われたインテレオンがふと零した言葉に私は弾かれるように顔を上げる。
「それは……それは違うよ! 死にたくなかった! 消えたくも犠牲になりたくもなかった!! 私を救ってくれた事には本当に感謝しかなくって……!」
咄嗟に私は本能のままに本音を吐き出し……。
(……あ)
ある事に気付く。
「そっか、それなら安心して宝石の中に……」
私の叫びを聞いて満足したかのようにインテレオンは瞼を閉じていく。もう彼の首元まで宝石が上がってきており、全身が包まれてしまうのはすぐそこだ。
「……救ってくれて、ありがとうインテレオン……! だから絶対! あなたの事も宝石の中から救助して見せるから!!」
「!!」
閉じかけていたインテレオンの瞼が開かれる。
「私に希望をくれた分、インテレオンにも希望を届けるから! 待ってて!!」
涙をボロボロ流しながら、私は彼の顔を見上げて告げる。
もう二度と話したり触れ合ったり出来ないなんて、絶対に認めない。
だから……私を救ってくれたインテレオンを、今度は私が救えばよいのだ。
どんなに難しくてもやり切ってみせる。
インテレオンと一緒にあの世界で幸せに暮らすという、私の望みを叶えるために!
「……そうか。ルーア……ありがとう」
インテレオンは目元に涙を浮かべ、そして満面の笑みが宝石に包まれる。
はじける光。
「……っ」
光が止んだ時には、つい先ほどまで見上げていたインテレオンの姿は見当たらなくなっていた。更に周囲に漂っていた瘴気も消え失せており、上空に空いた『歪みの穴』に渦巻いていた瘴気も見当たらない。
逆に視線を下ろすと私の足元に拳サイズの宝石が転がっていることに気付く。
その中では私にとって一番大切な彼が全く動かずに、深い深い眠りについていた。
「う、あっ……」
私は嗚咽を漏らしながら蹲る。
救い出すとは言ったけれど……やっぱりこんなの、悲し過ぎる。
いつになったら再会できるかも分からず、彼を元に戻す手段が存在するかも分からない。今までだったらそんな不安を解消してくれた彼がおらず、心が苦しい……!
「うわああああああんっっ!!!」
私は瘴気が晴れた『白夜の塔』の頂で泣き叫ぶのであった。