家庭教師のさよ子先生 誘惑のノースリーブ 作:馬門戒明/輪島ライ
チアキくんの同志社大学商学部合格を見届けた私が家庭教師のお仕事を廃業してから、9年の歳月が流れました。
私は京都大学医学部医学科に2年次から復学して医学生としての生活に戻り、卒後に京都府内の市中病院で2年間の初期臨床研修を終えてからは現在まで母校の麻酔科学教室の
「鮎川先生、今日は定時で上がれそうですね。この後お時間あったりします?」
「ごめんねー、この後同窓会に行くから今日は無理かな。またよかったら誘ってね」
今年から麻酔科に入局してきた私と同い年の男性専攻医は彼女募集中で、私や他の独身の女医さんにもよくデートの誘いをかけていますが今日の私は嘘をついて断った訳ではありませんでした。
大学に復学してから現在に至るまで私は一度も彼氏を作らずに過ごしてきて、もちろん結婚もしていません。
後腐れのない関係に限定して男性とセックスをすることはありましたが、それでも私は誰のものにもならないように今日まで過ごしてきたのです。
今日この日はかつての教え子たちと私の同窓会が開かれる日で、私の30歳の誕生日でもありました。
研修医の先生と協力して手術麻酔の仕事を定時で切り上げた私は今日のために用意してきた新品の上下に着替え、その服装は白のノースリーブシャツに黒のパンツルックでした。
この衣装を身にまとうのは家庭教師を辞めてから初めてで、30歳になって少しずつたるんできた二の腕を見せるのは恥ずかしかったですがこれも同窓会だけの特別な装束です。
10月の涼しい風に吹かれながら私は電車に乗って、JR京都駅の改札口を出ました。
そこに待っていたのは……
「お久しぶりです、さよ子先生。僕のこと分かりますか?」
「えっと……あきとくんだよね? いつの間にこんなに立派に……」
「はははっ、そうですよね。あの頃の僕は小さくてひ弱な小学生男子でしたから。南東寺でバスケ部に入って湖南医大でも続けてるんですよ」
175cmはありそうなスマートで引き締まった長身にスーツを身にまとっていたのはかつて私が中学受験を指導していた
あきとくんはあれから中高一貫の南東寺中学校に合格し、今年の春からは現役で合格した滋賀県の国立医大である湖南医科大学の医学部医学科に通っているのでした。
「あきとくん、あの時は本当にごめんね。私あきとくんの学校にまで行ったのに結局は1年だけでお別れになっちゃって。あれから小学校でいじめられなかった?」
「女子大生とお付き合いしてる変な奴だとは思われてましたけど、嫌なことを言われたらちゃんと言い返すようにしたんです。中学校からは肉体的にも強くなろうと思ってバスケ部に入ったんですよ。今日はよろしくお願いしますね」
あきとくんはそう言うと私の左手を右手でさっと握って歩き始め、その力強い手つきに私はごくりと唾を飲みました。
あきとくんが私を案内したのはJR京都駅の近くにある高級ホテルで、その1階のロビーではやはりスーツを着た眼鏡姿の優しそうな青年が私を待っていました。
「万二郎くんこんばんは。あきとくんと違ってすぐに分かったよ」
「やっぱりそうですか? 俺も見違えたって言われたかったなぁ。今年から俺も先生って呼ばれるようになったんですよ」
いかにも新社会人らしい23歳の若者はかつて私が高校受験を指導していた
「万二郎くん今でもこういうの好きなの? 私ノースリーブ着てくるのぶっちゃけ恥ずかしかったんだけど」
「あはは、そりゃ男は誰でも好きですよ。今日は久々にどうかお願いしますね」
私がノースリーブシャツの胸元を指さして聞くと万二郎くんは顔を少し赤らめてそう言い、久々にと言った万二郎くんの言葉に私も胸をドキドキさせました。
万二郎くんは私の右手を優しく取ると手の甲に軽くキスをして、そのままあきとくんに代わって私の手を引いて歩き始めます。
ホテルの1階に入っている高級中華料理店では身なりの整ったお客さんが円卓を囲んでいて、奥の方にある円卓では身長180cmはありそうなスーツ姿の巨漢が私とあきとくんと万二郎くんを手を振って待っていました。
私が緊張しながら近寄ると彼は椅子から立ち上がって優しく私の身体を抱きしめ、私は人前なので少し恥ずかしく思いつつも彼の身体を抱きしめ返してスポーツ刈りの頭を右手で撫でてあげました。
「さよ子先生、会いたかった……。俺、あれからずっとさよ子先生に会いに行きたかったんです。でも、ちゃんとお医者さんになることにしたさよ子先生を邪魔したくなくて……」
「よしよし、さよ子先生はいつまでもチアキくんの先生ですよー。会社のお仕事は楽しいかな?」
「ええ、営業の仕事頑張ってます。いつかは実家を継ぐかも知れませんけどね」
私が同志社大学商学部への合格を見届けた
社会人としても一人前ということで今日の同窓会の費用はチアキくんが一番多く払ってくれていて、主賓である私は一円も出していないので今日は教え子たちの厚意に感謝してこの身を差し出そうと思いました。
「それじゃあさよ子先生の30歳を祝って乾杯!!」
「かんぱーい!!」
円卓を囲んだ私と3人の教え子たちはまだ19歳のあきとくん以外はアルコールで乾杯し、豪華な中華料理のフルコースを楽しみました。
美味しい
「さよ子先生は昔からものすごく勉強ができますけど、麻酔科にしたのはどうしてなんですか? 形成外科とか皮膚科っぽいイメージでしたけど……」
「うーん、色々理由はあるけどやっぱり先生っていうか教育がしたかったからかな」
今年から医学生になったあきとくんにあえて麻酔科を選んだ理由を聞かれて、私は自分自身の選択を振り返りながら理由を話し始めました。
「教育は大学の先生ならどの立場でもできるけど、基礎研究には馴染めなかったし内科とか外科は忙しいからあんまり教育に時間を割けないって思って。それで残ったのが救急とか麻酔科とか放射線科だったけど、麻酔科は患者さんの全身の管理を扱うから一番教育に向いてるって思ったの。それ以外にも女医さんが多かったり休みが取りやすかったりっていう理由もあるけどね」
「流石はさよ子先生、俺はお医者さんのことは全然分かりませんけどさよ子先生が深く考えて選んだなら絶対上手くいきますよ! 今日も美味しいもの食べて体力つけてくださいね」
チアキくんは水餃子をぱくぱくと食べながら私を激励してくれて、3人の教え子がそれぞれ私の将来を応援してくれているということがよく分かりました。
4人で中華のフルコースを食べ終わり、店員さんに頼んで集合写真も撮って貰いました。
そして私は3人に連れられてホテルの高層階にある一室に案内され、部屋に入ると広々としたベッドが私を待っていました。
「それじゃ俺先に歯磨いてくるよ。さよ子先生、全員準備できたらスマホで連絡するので一旦出ておいて貰ってもいいですか?」
「うん、外で待ってるね……」
今日は3人のまとめ役であるチアキくんはそう言うと歯磨きセットを持って洗面所に行き、私は彼の指示に従ってスマホだけを持って廊下に出ました。
中華のフルコースは確かに美味しかったですが、あれは今日の同窓会の前段階に過ぎません。
スマホで室内に呼び出されるのを今か今かと待ちながら、私は廊下に立ったまま心臓をドキドキとさせていました。