※この作品はR-18です。

日本と皇國の幻争正統記・好色秘伝   作:坐久靈二

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本編幕間三『泥に咲く徒花』のR18完全版です。


番外篇『泥に咲く徒花』
泥に咲く徒花


 神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)に於(お)いて「新華族」という言葉は、文字通り「新たに貴族として遇された一族」を意味する。

 革命政府から政権を奪還し、二度目の王政復古を成し遂げた功績を称(たた)えられてのことであり、伯爵・子爵・男爵の位を授爵している。

 

 水(み)徒(と)端(はた)家は男爵位を授爵された新華族だが、その二人の令嬢は大変に美しい姉妹との評判であった。

 特に姉・早(そ)芙(う)子(こ)は文武両道・才(さい)色(しょく)兼(けん)備(び)な上、弱きを助け強きを挫(くじ)く誇り高き人格者として、周囲の憧憬と羨(せん)望(ぼう)を集めていた。

 それは同じく美しいと評判の妹・早(さ)辺(え)子(こ)にとっても同じで、彼女は実の姉・早(そ)芙(う)子(こ)に対して道ならぬ想(おも)いを抱いていた。

 

 早(そ)芙(う)子(こ)が叛(はん)逆(ぎゃく)の思想に傾倒し、反政府組織「武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)」に身を寄せたのも、早(さ)辺(え)子(こ)が姉を止めるべく愛国の思想に傾倒し、取り戻すべく狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に潜入したのも、必然の成り行きだったのだろう。

 

 水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)は軍人を中心とした極右政治団体に身を寄せ、その伝(つて)に依(よ)って軍の兵器を扱う技術を身に付けた。

 そしてその技能に訴求して武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に「扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)」の偽名で潜り込んだ。

 最高幹部の一人・屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)に近付き、信用を得るまでに筆舌に尽くしがたい苦労があったことは推して知れよう。

 

 屋(や)渡(わたり)という男は支配欲が異常に強く、事ある毎(ごと)に早(さ)辺(え)子(こ)のことを嬲(なぶ)った。

 また新隊員の世話や、粛正・総括という名のリンチで命を落とした者の死体処理など、面倒事は悉(ことごと)く彼女に押し付けた。

 

 全ては姉を取り戻したい一心で、早(さ)辺(え)子(こ)は屋(や)渡(わたり)の横暴に耐えてきた。

 だがそんな彼女も、皇(こう)國(こく)とは別の世界線に於けるもう一つの日本から強引に攫(さら)ってきた者達に無(む)理(り)矢(や)理(り)訓練を付け、革命戦士に仕立て上げるやり方は、看過出来なかった。

 

 これまでの狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)のやり方は洗脳染みた勧誘に限られていた。

 しかし、年々警戒と啓(けい)蒙(もう)が広がって皇(こう)國(こく)内では殆(ほとん)ど人員を確保出来なくなってきていた。

 そんな彼らが目を付けたのが、皇(こう)國(こく)が世界線を転々として別の日本との遭遇を繰り返していたことだった。

 狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)にとって、岬(さき)守(もり)航(わたる)を初めとした日本国民を拉致したのは、謂(い)わば苦肉の策だった。

 

 早(さ)辺(え)子(こ)にとって、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は姉を誑(たぶら)かして悪の道へ堕(お)とした憎き犯罪組織である。

 何の罪もない日本国民を、本人達の意思に反して第二第三の姉になどしたくはなかった。

 なんとか逃がしたかった。

 

 しかし、拉致被害者の中心となって脱出を企(くわだ)てた岬(さき)守(もり)航(わたる)は、どうにも頼りない。

 それが余計に、早(さ)辺(え)子(こ)を使命感に駆り立てた。

 弱きを助け強きを挫くという姉の理念は、今(いま)尚(なお)妹の中で確かに息(いき)衝(づ)いていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 そんな訳で、早(さ)辺(え)子(こ)は航(わたる)に脱出の要となる巨大ロボット「為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)」の操縦を教えることにした。

 これこそは、彼女が狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に潜入する際に最も売りとした技能である。

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は、一つ自らに強く戒(いまし)めていた。

 

 苟且(かりそめ)にも、自分は狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の活動に加担してきたのであり、それは犯罪行為の片棒を担いできたも同然である。

 喩(たと)えテロに直接的な加担はしていなくとも、彼女が無(む)謬(びゅう)とは到底言えまい。

 故に、そんな自分が恩人として感謝されることなどあってはならない。

 これはあくまで当然の義務であり、罪滅ぼしにもなりはしないのだ。

 

 ――早(さ)辺(え)子(こ)が航(わたる)に対して、敢(あ)えて辛辣な言葉をぶつけるのはそういう理由からである。

 利害の一致から一時的に手を借りるだけのいけ好かない女として、忘れて欲しかった。

 

 だが、どうにも調子が狂う。

 航(わたる)は、早(さ)辺(え)子(こ)の冷たい態度にもあまり堪えていない、満更でもなさそうに思える。

 

 不思議に思って、彼女は一度操縦訓練後に訊(たず)ねてみたことがある。

 いつも通り、休憩室で回復薬を一杯差し出す序(つい)での質問だった。

 

「岬(さき)守(もり)様、いつも私(わたくし)に素っ気無く遇(あしら)われているにも拘(かか)わらず、どこか嬉(うれ)しそうに見えるのは気のせいなのでしょうか」

「んー、やっぱりそう見えます?」

 

 自覚があったらしい。

 歳(とし)の割に幼さを感じさせる稚(いとけな)い顔で照れ笑いを浮かべられても、早(さ)辺(え)子(こ)は困ってしまう。

 

「まさか肯定されるとは思いませんでしたよ」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は呆(あき)れて溜(ため)息(いき)を吐い(つ)た。

 航(わたる)は頭を掻(か)きながら頬(ほお)を薄らと紅潮させていた。

 

「なんていうか、知り合いを思い出して懐かしく感じちゃうんですよね。失礼な話なんですが……」

 

 全くだ――早(さ)辺(え)子(こ)は航(わたる)から顔を背けた。

 勝手に知り合いの面影を重ねても、航(わたる)は早(さ)辺(え)子(こ)の事など何も分からないだろうし、早(さ)辺(え)子(こ)としてもその人物の顔さえ知らないのだ。

 

「成程、岬(さき)守(もり)様は心に決められた御(お)方(かた)の尻に敷かれるのがお好みという訳ですか……」

「うぐ……。まあ、そんな感じでは……ありますが……」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の胸に罪悪感が去来する。

 

 気が許せる、楽しい――彼女は航(わたる)と過ごす時間に安らぎを感じていた。

 

 屹(きっ)度(と)、叛逆者の一味として罪も無い者達を苦しめる日々に疲弊していた為(ため)だろう。

 屹度、敬愛する主君や忠愛する国家に対し、心にも無い敵意を向けさせられる日々に嫌気が差していた為だろう。

 屹度、この時間だけが唯一、本来の水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)に戻れる時間だからだろう。

 屹度、二人で一つの目的の為に秘密を共有しているからだろう。

 

 だが、それは許されない。

 

 彼らを元居た故郷に帰すのは、早(さ)辺(え)子(こ)にとって謂(い)わば義務である。

 にも拘わらず、彼女はそれを姉の捜索という目的の為に利用し、自分の都合でこの場に縛り続けてしまっている。

 本来ならば今すぐに彼らを脱出させなければならないのに、姉の居場所を知るであろう狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の首領に近付くべく、彼らの脱出計画を屋(や)渡(わたり)の失脚に利用してしまっている。

 

 嗚呼(ああ)、こんな汚い私(わたくし)を、そんな奇麗な眼(め)で見ないで欲しい。

 その瞳に映るべき女(ひと)は別に居るのでしょう。

 その瞳はその女(ひと)のものなのでしょう。

 

 だからその為に、私(わたくし)は成すべきことを必ず果たしましょう。

 喩えそれが、どれ程に耐え難い屈辱であろうとも――早(さ)辺(え)子(こ)は強く心に誓ったのだった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 明かりの消えた部屋、窓の外は雨、響き渡るは女の叫び声。

 壁に映る影は、男女の目(まぐ)合(わ)いというよりは獣の交尾に近かった。

 

「あッ! あぁッ! アアァーッッ!!」

 

 背中を痣(あざ)だらけにした女の声は、喘(あえ)ぎ声と呼ぶにはあまりにも悲痛に濁っており、寝台(ベッド)を軋(きし)ませるその行為が凌(りょう)辱(じょく)の様相を呈していると如(にょ)実(じつ)に物語っていた。

 彼女は既に満(まん)身(しん)創(そう)痍(い)であり、消耗し切っている。

 息も絶え絶えで、今にも崩れ落ちそうだが、男はそれを許すまじと腰に爪を立てて引き寄せる。

 

「ほぉれっ!」

 

 男は嗜(し)虐(ぎゃく)心の駆り立てるままに女の尻(しり)を強く打った。

 

「ひぐうぅッッ!!」

「ほぉらもっと啼(な)け! もっと端(はした)ない声で啼いてみろ! この淫乱の雌犬(いぬ)が!」

「あぐっ! あッ! あァーッッ!!」

 

 バチン、バチン、と何度も平手の激しい打音が電流の様に響き、泣き叫ぶ女の声と笑い叫ぶ男の声が歪(いびつ)な不協和音を奏でていた。

 こんな激しい夜を、同じ宿で七人も寝ている屋根の下で演じている。

 にも拘わらず誰も起きて来ないのは、女自身の仕事に因(よ)るものだった。

 

 防音が確(しっか)りしている訳ではない。

 女、扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)こと水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)の異能「術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)」に因って、他の七人は目を覚ます事が出来ないでいるのだ。

 

 男、屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)は嫉妬に駆られていた。

 

 自分が恣(ほしいまま)にしていた美しい女・扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)が、自分に刃向かう男――それも反抗的な威勢だけでまるで実力が伴っていない軟弱な男・岬(さき)守(もり)航(わたる)と親しげにしている事が、大層気に食わなかった。

 だから、その女を憎き岬(さき)守(もり)――女の愛しき岬(さき)守(もり)と、一つ屋根の下で毎晩犯してやろうと考えたのだ。

 そうして何も出来ない無力さ、この場を支配する存在を二人同時に思い知らせ、二人の仲を裂こうとしていた。

 

「岬(さき)守(もり)を眠らせておいて良かったなァ! こんなあられもない姿、愛(いと)しの殿方には到底見せられないよなァ!」

「ですからそれは誤解……あうァッ!!」

 

 抗弁の声を屋(や)渡(わたり)の激しい平手が黙らせた。

 どういう訳か、屋(や)渡(わたり)は目の前の「扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)」を嬲(なぶ)る事に、他の女では得られない充足した愉悦を感じるのだ。

 素(す)性(じょう)は知らずとも、彼女が普通とは違う特別な女であると本能が察知しているのかも知れない。

 

「ああぁッ! 屋(や)渡(わたり)様、どうか御慈悲をぉっ! あぐううぅッッ!!」

「んんー? 弱音を吐いても良いのかァ? 明日にも気が変わって、愛しの岬(さき)守(もり)様を粛正してしまうかも知れんのだぞぉ?」

「それはぁッ! それだけはどうかお許しを! 岬(さき)守(もり)様のお命はどうか、どうか!!」

「やっぱり気があるじゃないかこの淫売めが!」

 

 好意の有無しではない、ただ彼のことを守らなくては――早(さ)辺(え)子(こ)は自分にそう言い聞かせ、苦痛と屈辱に耐え続ける。

 この男の無用な嫉妬を煽(あお)ってしまったのは完全な失策だった。

 そのせいで計画の要である岬(さき)守(もり)航(わたる)は目の敵にされ命を脅かされ、自分は凌辱を甘んじて受ける羽目に陥っている。

 

 彼女は強く悔いていた。

 これは罰なのだ。

 汚濁に耐え続ける早(さ)辺(え)子(こ)の脳(のう)裡(り)に、そう過(よぎ)った。

 

 個人的な理由で忠君愛国の責務に背いた罰。

 多くの者を傷付ける悪事に手を貸した罰。

 

「うぐあああああッッ!!」

 

 深く強く、腹の奥に熱り勃(た)った怒張が突き立てられ、何度も激しく抉(えぐ)る。

 早(さ)辺(え)子(こ)にとって、その感覚の全てが不快で不浄で、地獄の苦しみだった。

 

「ははは、どうだ! 気持ち良いか! 気持ち良いと言え!!」

 

 バコバコと、機関銃の装(そう)填(てん)と発砲の如く兇(きょう)弾(だん)が連続挿抜される。

 バチン、バチンと、ただ痛め付ける為の平手が彼女の痣を増やす。

 

「ほら言え、気持ち良い、もっと下さいと言ってみろォ!」

 

 気持ち良い訳があるか、お前の様な下衆に犯されて、感じるものか――そう言いたい早(さ)辺(え)子(こ)だったが、多くの状況が彼女に服従を強いていた。

 

「き、気持ぢ良いでずぅ!! もっど下ざいぃぃ!!」

「汚い声で強(ね)請(だ)りおって! お望み通りくれてやる!」

「ひぎいいいいッッ!!」

 

 彼女はただ、早く屋(や)渡(わたり)が満足してくれるよう祈る事しか出来ない。

 後四日、それをどうにか耐え忍ぶ――考えただけで気が遠くなる辛苦だった。

 

 だが、屋(や)渡(わたり)は更に残酷な事を思い付いた。

 彼は息を荒らげ、腰を強く打ち付けて一番奥まで挿入すると、節(ふし)榑(くれ)立(だ)った手で早(さ)辺(え)子(こ)の髪を鷲(わし)掴(づか)みにして耳元で囁(ささや)いた。

 

「そうだ、面白い趣向を思い付いたぞ」

 

 息が掛かる、悍(おぞ)ましい――早(さ)辺(え)子(こ)の顔は既に涙でぐしゃぐしゃだった。

 蛇の様な下で耳を舐(な)められ、鳥肌が立つ。

 

 不意に、屋(や)渡(わたり)の男根が早(さ)辺(え)子(こ)の秘部から引き抜かれた。

 間違っても、凌辱をやめるつもりになったという訳ではないだろう。

 

「河(か)岸(し)を変えるぞ、来い!」

 

 屋(や)渡(わたり)は部屋の扉を開け放った。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 引(ひ)き摺(ず)られる様に廊下を連れられた早(さ)辺(え)子(こ)は、昇り階段に足を取られて転んだ。

 自室で屋(や)渡(わたり)に散々嬲(なぶ)られた彼女は既にボロボロで、その有様は一目見ただけで憐(あわ)れみを誘うだろう。

 だが屋(や)渡(わたり)ときたらそんな彼女に目も呉(く)れずに二階へ上がるものだから、彼女は動物の様に四(よ)つん這(ば)いで付いて行く事を強いられた。

 

(こいつ、何を思って二階などへ……?)

 

 なんとか階段を昇り切った早(さ)辺(え)子(こ)は尚(なお)も屋(や)渡(わたり)に引かれる。

 

「ほぉら、ここだ。お前のカードキーで開けられる筈(はず)だな?」

 

 屋(や)渡(わたり)が立ち止まった部屋の扉を見上げ、早(さ)辺(え)子(こ)は一気に血の気が引くのを感じた。

 確かに、宿を管理する彼女はマスターキーとなるカードを所持している。

 そこは岬(さき)守(もり)航(わたる)と虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)の相部屋、二人が早(さ)辺(え)子(こ)の能力でぐっすりと眠る寝室の扉の前だった。

 

「い、嫌……! は、放して……! 何(なに)故(ゆえ)このような場所へ?」

「んんー? どうせお前が深く深く眠らせて、絶対に目は覚めんのだろう? だったら何の問題がある? ただ岬(さき)守(もり)の部屋で続きと洒(しゃ)落(れ)込(こ)もう、というだけだろうが」

 

 屋(や)渡(わたり)は既に早(さ)辺(え)子(こ)の衣服からマスターとなるカードキーを奪っていた。

 

(絶対に起きない筈、でも……!)

 

 屋(や)渡(わたり)によって、航(わたる)と新(しん)兒(じ)の部屋は開け放たれた。

 不(ぶ)躾(しつけ)に錠を解かれた扉から、招かれざる全裸の客が眠れる青年達の領域を侵す。

 

 航(わたる)と新(しん)兒(じ)はそれぞれの寝台(ベッド)で死人の様に寝かされ、丁寧に布団を掛けられている。

 冷房の温度も、安眠を妨げないよう心地良い設定にされている。

 早(さ)辺(え)子(こ)の能力で眠る二人はそのような配慮など無くとも朝まで目を覚ますことなど無いのだが、これは彼女なりの誠意だった。

 

 今、それがこの支配したがる男によって土足で踏(ふ)み躙(にじ)られようとしている。

 早(さ)辺(え)子(こ)の地獄は守るべき男の部屋で再開されようとしていた。

 

「そうらっ!」

 

 屋(や)渡(わたり)は再び後背位(バック)で早(さ)辺(え)子(こ)に挿入した。

 早(さ)辺(え)子(こ)は堪(たま)らず航(わたる)の寝台(ベッド)のシーツを掴(つか)む。

 これは屋(や)渡(わたり)の狙った通りである。

 彼は彼女に自ら整えた寝台(ベッド)を乱させようとしたのだ。

 

「うぐっ! んむぅーっ!!」

 

 ピストンが再開され、早(さ)辺(え)子(こ)の悲痛な呻(うめ)き声(ごえ)が廊下までダダ漏れで響き渡る。

 必死に声を噛(か)み殺(ころ)そうとするが、激しく突き入れられる男根の前では殆(ほとん)ど無駄な抵抗だった。

 

「なんだ、今更貞(てい)淑(しゅく)振るのかァ? もっと泣(な)き喚(わめ)いて、淫(みだ)らに乱れる姿を夢に見てもらえば良いだろう! ほらぁッ!!」

 

 屋(や)渡(わたり)の平手が早(さ)辺(え)子(こ)の尻(しり)を激しく打ち据える。

 既に彼女の尻は赤く腫れ上がり、青(あお)痣(あざ)も出来ている。

 痛々しい凌(りょう)辱(じょく)の痕が熱感を帯びていた。

 

「あぎィッ!! ひぎぃぃ!! 熱い! 痛いぃぃッッ!!」

「ははは、みっともないなァ! いつも澄ました顔を装っていたお前が、酷(ひど)い有様だぁっ! ハハハハハ!!」

 

 寝台(ベッド)に顔を埋めて悲鳴を上げる彼女は、まるで航(わたる)に助けを求めて縋(すが)り付(つ)いているかの様だ。

 だが、それは決して叶(かな)う筈の無い懇願であり、早(さ)辺(え)子(こ)も重々承知で基よりそのつもりも無い、無い筈だ。

 

(大丈夫です、私(わたくし)は大丈夫です! 私(わたくし)は決して、貴方(あなた)達の安眠を妨げません! どんなに痛め付けられようと、朝が来ればいつも通りに皆様をお迎えいたします!)

 

 そう強く念じるも、航(わたる)のシーツは早(さ)辺(え)子(こ)の涙で濡(ぬ)れてしまっている。

 朝までにこれが乾かなければ、ひょっとすると航(わたる)に勘付かれてしまうかも知れない。

 

(それは嫌! この方には、この方だけには知られたくない! おのれ、この下衆野郎! 殺してやる! 許さない、絶対に許さない!)

 

 復(ふく)讐(しゅう)を誓うことでどうにか正気を保つ早(さ)辺(え)子(こ)。

 しかし、そんな彼女に追い打ちを掛けるが如く、屋(や)渡(わたり)はとんでもない行動に出た。

 屋(や)渡(わたり)は息を興奮で荒らげ、低い声で早(さ)辺(え)子(こ)の耳元に囁(ささや)く。

 それはこの男の嗜(し)虐(ぎゃく)心が極まった悪趣味な言葉だった。

 

「そろそろ素直になったらどうだ? お前の本当の心を、この場で解き放ってみろ」

 

 散々嬲(なぶ)られ、限界を迎えようとしていた早(さ)辺(え)子(こ)に、屋(や)渡(わたり)は悍(おぞ)ましい悪趣味を告げた。

 本当の心、それをここで、この状態で――眠っているとはいえ航(わたる)の前で、強いられてとはいえあられもない姿で打ち明けろというのか。

 

 何故(なぜ)、こんな仕打ちを甘んじて受けるのか。

 何故、これ程までに心を抉(えぐ)られるのか。

 そうまでして何を成そうとしている?

 何を避けようとしている?

 

 嗚呼(ああ)、なんということだろう――早(さ)辺(え)子(こ)にとってその事実は、今までのどんな仕打ちよりも耐え難い辱めに思えた。

 よりにもよってこんな男に本心を見抜かれ、こんな仕打ちで気付かされてしまった。

 その屈辱により、とうとう早(さ)辺(え)子(こ)の心は崩れてしまった。

 

「……ります」

 

 掠(かす)れた声が漏れる。

 無論、屋(や)渡(わたり)はそれで許しなどしない。

 

「いかんな。主語述語目的語をはっきりさせて、大きな声で告白してみろォ! 夢見心地の思い人までちゃんと届くようになァ!」

 

 屋(や)渡(わたり)の爪が早(さ)辺(え)子(こ)の肉に食い込み、薄らと血が滲(にじ)む。

 極大の暴力が彼女に叩(たた)き付(つ)けられ、凶悪な苦痛が奥深くまで激しく抉った。

 早(さ)辺(え)子(こ)は絶叫しながら、ついにそれを口にしてしまった。

 

「私(わたくし)は、岬(さき)守(もり)航(わたる)様をお慕い申し上げております!」

「んんー、朗報だな。もっと聞かせてやれ。どういうところが好きなんだァ?」

「優しくて! 親しみ易(やす)くて! 少年の様にあどけなくて! 不相応に頑張り屋で! はにかむ笑顔が素敵で! お守りしたくなります!」

「ははは、やはり母性本能狂いの好き者女じゃないか! じゃあ一層のこと父親の俺(おれ)と結ばれるというのはどうかなぁっ? 晴れてこの軟弱者の母親になれるぞォ?」

「そ、そんな!?」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は青(あお)褪(ざ)めた。

 屋(や)渡(わたり)が何を言わんとしているかは明らかだった。

 そんな事は絶対に耐えられない、耐えられる筈が無い。

 

(やめろやめろやめろ!!)

 

 一旦崩れた早(さ)辺(え)子(こ)の心はもう、胸に募る拒絶の声を押し殺せなかった。

 

「そ、それは……! それだけはどうか御勘弁を!!」

「何を今更一線を引く? お前はもう汚れ切っているんだよ!」

「嫌!! やめて!!」

「やめるかよ! 観念しろ!」

 

 まるで断末魔の叫びの様に、彼女は心の底からの嫌(けん)悪(お)と拒絶を喚(わめ)き散らす。

 

「嫌だ!! 助けてェッ!!」

 

 その瞬間、屋(や)渡(わたり)は明らかに油断していた。

 目の前の女の征服が完成しようとしていて、そちらに気を取られていた。

 愉悦の絶頂を迎える寸前で、後首を掴まれた事にも気付いていなかったかも知れない。

 

 あり得ない事だった。

 鬼の様な形相をした岬(さき)守(もり)航(わたる)が立っていた。

 そして、間抜けな声と面で振り向いた屋(や)渡(わたり)の顔面を、航(わたる)は思いきり殴り飛ばした。

 屋(や)渡(わたり)の体は派手に壁へぶつかり、早(さ)辺(え)子(こ)は最大の危機から辛うじて助けられた。

 

「出て行け」

 

 異様な雰囲気で屋(や)渡(わたり)を見下ろす航(わたる)は、普段とまるで別人に見えた。

 普段は彼を甚(いた)振(ぶ)る屋(や)渡(わたり)ですら、今の航(わたる)には気(け)圧(お)されていた。

 意地から反撃を試みるも、金的を喰らい悶(もん)絶(ぜつ)する姿は、それはそれは滑稽なものだった。

 

「今すぐ俺(おれ)の前から消えろ!! さっさと出て行け!!」

 

 屋(や)渡(わたり)は這(ほう)々(ほう)の体(てい)で「糞(くそ)、許さん。覚えてろ」などと宣(のたま)いながら宿を出て行ったが、早(さ)辺(え)子(こ)にとって最早あの男のことはどうでも良かった。

 信じられないのは、航(わたる)が起こした奇跡だった。

 

 何故こんなことが出来るのだろう――助けるつもりが助けを求め、そしてそれを叶えられてしまった早(さ)辺(え)子(こ)は、困惑を極めていた。

 

 期待など全くしていなかった。

 自分の能力には自信があったし、況(ま)してやそれを才覚に乏しい航(わたる)に破られるなどとは夢にも思わなかった。

 この青年は自分を助ける為(ため)に信じられない力を発揮し、奇跡を起こして見せたのだ。

 

(何故、思い人でもない私(わたくし)の為に……?)

 

 次第に、早(さ)辺(え)子(こ)は別の想(おも)いに苛(さいな)まれていく。

 彼女はそれに突き動かされるまま、枕を航(わたる)の背中に投げ付けた。

 

「何なんですか貴方(あなた)は! なんで目を覚ますのですか!!」

 

 涙声で喚く早(さ)辺(え)子(こ)の理不尽な叱責に何も返せない航(わたる)の背中は、先程までの鬼気迫る様相が嘘(うそ)の様に小さかった。

 

「私(わたくし)のことなど放っておけば良いでしょう! 心に決めた女(ひと)が居る癖に……!」

 

 そう、結局のところ、航(わたる)は早(さ)辺(え)子(こ)のものではない。

 近く彼女の許を去っていく。

 その為にこそ今まで尽力してきたし、それが通すべき道理であった。

 

「今、私(わたくし)がどれ程に惨めな想(おも)いをしているか、お分かりですか? こんな姿、貴方(あなた)に見られたくなどなかった……。あんな想い、貴方(あなた)に聞かれたくなどなかった……。貴方(あなた)を愛したくなどなかった……」

 

 肩に手を置かれた早(さ)辺(え)子(こ)は、指の隙間から航(わたる)の顔を覗(のぞ)き見(み)た。

 泣きそうな顔、しかし普段の頼りなさは感じられなかった。

 それは救うべき者を見(みい)出(だ)した男の、酷く哀(かな)しい顔。

 

 そんな顔をしないで欲しい。

 私(わたくし)の為に哀しまないで欲しい。

 基より出会うべきではなかったのだから、脇見を振らずに帰るべき場所を、還(かえ)るべき人を真(まっ)直(す)ぐ見ていて欲しい。

 

 ただ、それでも……――早(さ)辺(え)子(こ)は涙に濡れた顔で精一杯笑って見せた。

 

「水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)は、岬(さき)守(もり)航(わたる)様のことを、心よりお慕い申し上げております」

 

 壊れそうな程切ない思いを打ち明けた早(さ)辺(え)子(こ)に対し、航(わたる)は彼女の手をもう一方の手でそっと握った。

 

「ごめんなさい。僕(ぼく)は貴女(あなた)の思いには応えられない」

「はい、承知しております」

「でも一つ、貴女(あなた)の為にこれだけは約束します」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は赤く腫れた目を見開いた。

 

「脱出の時、貴女(あなた)が教えてくれた全てを駆使して、ここにあるあいつらの設備施設を、貴女(あなた)を苦しめてきたものを滅(め)茶(ちゃ)苦(く)茶(ちゃ)にしてやります。だから知っている限りの標的を僕(ぼく)に教えて欲しい。全部壊しますから。最後に屋(や)渡(わたり)が何の言い訳も出来ない程の大暴れを、貴女(あなた)に捧(ささ)げますから」

 

 航(わたる)の眼(まな)差(ざ)しを、早(さ)辺(え)子(こ)は潤んだ瞳で受け止める。

 

「僕(ぼく)が、屋(や)渡(わたり)に引導を渡します」

 

 この方は決して私(わたくし)のものにはならない、してはいけない。

 でも、それでも私(わたくし)は……――早(さ)辺(え)子(こ)は再び小さく微(ほほ)笑(え)んだ。

 そして、彼女は目の前の男の胸に寄り掛かり、強く抱き締めた。

 

「突然の無礼をお許しください。そして叶(かな)うならば一度だけでも、たった一度だけでも私(わたくし)を『早(さ)辺(え)子(こ)』とお呼びください。それだけで、私(わたくし)は生きていける」

 

 航(わたる)はそんな早(さ)辺(え)子(こ)を抱き返す。

 

「どうもありがとう、早(さ)辺(え)子(こ)さん」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の恋は悉(ことごと)く初めから実を結ばぬ不毛な想いだった。

 況してやこれは泥に咲く徒(あだ)花(ばな)である。

 しかし、それでもその恋に花咲く命ある限り、その美しさを誇り貫こうと、彼女は心に強く誓った。

 

(それでも私(わたくし)は、この方を好きになって良かった……)

 

 どうにか静寂を取り戻した夜は、月明かりでそっと二人を包み込み、更けていった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 翌朝の公(こう)転(てん)館(かん)、屋(や)渡(わたり)は航(わたる)の反撃によって退散を余儀無くされていた。

 航(わたる)以外の六人はこの日も同じように訓練に出掛けた。

 戦闘訓練から解放された航(わたる)は、早(さ)辺(え)子(こ)と操縦訓練の追い込みに入る。

 助手席に航(わたる)を乗せる早(さ)辺(え)子(こ)は、いつになく晴れやかな気分だった。

 

「まさか岬(さき)守(もり)様如(ごと)きに私(わたくし)の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)が破られるとは、不覚で御座いましたね」

 

 対照的に航(わたる)はどこか浮かない顔で流れる景色を眺めている。

 自分たちの為の脱出計画が、実は早(さ)辺(え)子(こ)の一方的な献身によって成立していた――男として、計り知れない罪悪感だろう。

 

「僕(ぼく)は……卑(ひ)怯(きょう)だ……」

 

 そんな彼の様子を見かねて、早(さ)辺(え)子(こ)は小さく笑う。

 

「岬(さき)守(もり)様、これは元々私(わたくし)が言い出したことです。それに、私(わたくし)の心は昨夜の件で充分報われました。後は約束を果たして頂ければ、それこそ言葉も御座いませんわ」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の言葉にも、航(わたる)の表情は中々晴れない。

 そんな彼に、早(さ)辺(え)子(こ)は少し意地悪をしたくなった。

 想いに応えてもらえないことは承知しているが、それでもただ弁(わきま)えるのは癪(しゃく)だった。

 

「ですので、あまりくよくよ悩んでいられては困ります。今日からの大詰め、私(わたくし)の指導も屋(や)渡(わたり)に負けず劣らず苛烈になるものとお考えください」

「げ、マジですか……?」

 

 航(わたる)は引(ひ)き攣(つ)った笑みを浮かべた。

 だがそこにあるのは、普段のどこか頼りない彼の表情だった。

 

「約束、守って頂きますからね」

 

 安易な約束を、鮸(にべ)も無く告白を袖(そで)にした仕打ちを、少しは後悔してくれただろうか。

 精々、残りの日々を大切に過ごさせてもらおう。

 その後は、どうかお幸せに――早(さ)辺(え)子(こ)は意地悪く微笑んだ。

 その日まで後四日、運命の時は刻一刻と迫る。

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