※この作品はR-18です。

日本と皇國の幻争正統記・好色秘伝   作:坐久靈二

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壬

 それから暫(しばら)くの時が流れた。

 水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)も訪れなくなり、武(たけ)田(だ)観(み)月(づき)は今まで以上に惨(むご)めな境遇の中で僅(わず)かな救いすらも失っていた。

 そんな或(あ)る日、またしても彼女は例の一室に呼び出された。

 

(一層、あの時の様に首を絞めて殺してくれれば良いのに……)

 

 観(み)月(づき)はそんな鬱(うつ)屈(くつ)とした気持ちと期待を抱えながら、地下室へと入室した。

 しかし、そこで待っていたのは丑(うし)澤(ざわ)威(たけし)少将ではなかった。

 

「やあ」

「あ、貴方(あなた)は……!」

 

 そこに居た人物は丑(うし)澤(ざわ)よりも更に上位の高官だった。

 初老に差し掛かったその男の名は、荒(あら)木(き)田(だ)将(まさ)夫(お)大将。

 しかしそれ以上に、或る有名な団体の指導者として有名な人物である。

 

「荒(あら)木(き)田(だ)大将……どうして此(こ)処(こ)に……?」

「ああ、どこから説明しようか……。まずは、そうだね。もう丑(うし)澤(ざわ)君は此処には来ないから。それと、彼が主催していた如(いか)何(が)わしい集まりだけど、あれに参加していた連中ね、みんな退官してもらったよ」

「え……?」

 

 観(み)月(づき)は青(あお)褪(ざ)めた。

 あの集まりが上に伝わり、関わった人間が一斉処分されてしまった。

 つまり、その中心に居た観(み)月(づき)のことも……。

 

「大将っ……! 私(わたし)、そんな……!」

「いやいや、君(きみ)は心配しなくて良い。寧(むし)ろ、気付くのが遅れて申し訳無いのは此方だよ」

 

 荒(あら)木(き)田(だ)はそう言って溜息を吐くと、観(み)月(づき)の方へと歩み寄った。

 

「辛かったね。君(きみ)は能(よ)く耐えた……」

「荒(あら)木(き)田(だ)……大将……」

 

 抱きしめられた観(み)月(づき)は、荒(あら)木(き)田(だ)の胸の中で涙を溢(あふ)れさせていた。

 温かい言葉を掛けられたのはいつ以来だろう。

 自分自身すらも見放していたのに、再び肯定的な言葉を聞けるとは。

 

「おっと、済まないね。つい無遠慮なことをしてしまった」

 

 荒(あら)木(き)田(だ)は慌てた仕草で両腕を拡(ひろ)げ、観(み)月(づき)から離れた。

 

「こんなおじさんにいきなり抱きしめられて、嫌だったかい?」

「いいえ、大丈夫です……。ありがとうございます。ありがとうございます」

 

 観(み)月(づき)は荒(あら)木(き)田(だ)に何度も頭を下げた。

 深甚なる感謝の念を抱かざるを得なかった。

 闇に鎖(とざ)された彼女の世界に、大きな救いの光が差したのだ。

 

「うーむ、順番を間違えたかな。実は君(きみ)に頼み事があるのだが、恩を売る様な形になってしまって少々心苦しい」

「いいえ。何なりとお申し付けください」

 

 観(み)月(づき)は姿勢を正し、荒(あら)木(き)田(だ)の言葉に傾聴する。

 恩を売るとはいうが、実際に多大な恩義が生まれたのだから、寧ろそれを返したいと思うのが人情というものだ。

 そんな彼女に、荒(あら)木(き)田(だ)はにっこりと微(ほほ)笑(え)む。

 

「そう改まらなくても、大した話じゃないさ。君(きみ)、確か水(み)徒(と)端(はた)嬢と仲が良かったよね?」

「水(み)徒(と)端(はた)……早(さ)辺(え)子(こ)嬢ですか……?」

「うん。私(わたし)もね、団体として彼女を預かった以上、今のままでは水(み)徒(と)端(はた)男爵に顔向け出来ないんだ。君(きみ)、何か心当たりは無い?」

 

 ああ、そうか――観(み)月(づき)は腑(ふ)に落ちた。

 早(さ)辺(え)子(こ)はここ最近、消息を絶っている。

 おそらく、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に潜入してしまったのだろう。

 そして荒(あら)木(き)田(だ)は、彼女がその過程で所属した皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の総裁なのだ。

 

(言うべきだろうか……本当のことを……)

 

 観(み)月(づき)は悩んだ。

 荒(あら)木(き)田(だ)に多大なる恩義が生まれた以上、観(み)月(づき)としては知っていることを話すべきだろう。

 仮令(たとえ)、早(さ)辺(え)子(こ)を止めなかったとして咎(とが)を受けたとしても、保身を優先したくはない。

 

 しかし、そうなると早(さ)辺(え)子(こ)の想(おも)いはどうなるだろうか。

 貴族の令嬢が叛(はん)逆(ぎやく)者に関わっているという現状、軍としては放置出来まい。

 また場合によっては、早(さ)辺(え)子(こ)も叛逆者として処断されかねない。

 

(信用して良いのか……?)

 

 だが、荒(あら)木(き)田(だ)はそんな観(み)月(づき)に笑顔を向けている。

 その表情は自らの命運を委ねてしまいたくなる様な不思議な魅力があった。

 

「何か事情がありそうだね。大丈夫、言って御覧? 悪い様にはしないさ」

「大将、ではお聴きください……」

 

 観(み)月(づき)は意を決し、事の成り行きを荒(あら)木(き)田(だ)に打ち明けた。

 荒(あら)木(き)田(だ)は真剣な表情で彼女の話を聞くと、顎に手を添えて考え込んだ。

 

「成程、お姉さんのことか……」

「大将、私(わたし)のことはどうなっても構いません。ですが彼女のことは……」

「大丈夫だよ。悪い様にはしないと言ったろ?」

 

 荒(あら)木(き)田(だ)の言葉を聞き、観(み)月(づき)は安(あん)堵(ど)した。

 どうも荒(あら)木(き)田(だ)には観(み)月(づき)を安心させる何かがある。

 

「わかった。どうもありがとう。この件は私(わたし)が預かるよ。扨(さ)て、君(きみ)はもう帰りなさい。君(きみ)の行動、正式には無断外出ということになっているからね。もう二度と来ることは無いし、あまり留(とど)まるものではない」

「あの、ですが大将……」

 

 観(み)月(づき)は股ぐらにむず痒(がゆ)いものを抱えながら、荒(あら)木(き)田(だ)に無言で訴える。

 そう、彼女にとっては今や、この場所の集まりから解放されて万(ばん)事(じ)一件落着という訳ではない。

 丑(うし)澤(ざわ)の仕打ちは彼女の疼(うず)きを満たすものでもあったのだ。

 このままでは、彼女はこれから先も暗い欲望を抱えたまま惨めな自慰行為を繰り返す羽目になってしまう。

 

「そうか、君(きみ)には深刻な悩みがあるのだったね。しかし、私(わたし)がそれをどうにかしてやる訳にはいかない……」

「はい、それは勿(もち)論(ろん)……。あ、今のは大将が嫌という訳ではなく、ご迷惑をお掛けすることになると……」

「態(わざ)々(わざ)言わなくても解(わか)っとるよ。ううむ、ここは一つ、あの御(お)方(かた)にお縋(すが)りしてみるか……」

「あの御方……?」

 

 首を傾(かし)げる観(み)月(づき)を横目に、荒(あら)木(き)田(だ)は机に向かって何やら文を認(したた)め始めた。

 

「これを渡しておこう」

「これは……そんな、冗談でしょう!?」

 

 観(み)月(づき)が受け取ったのは紹介状だった。

 嘗(かつ)て家から飛び出す際にも男爵家への紹介状に助けられた彼女だが、今回のものは全く次元の違うものである。

 

「いやいや、これでも私(わたし)はね、政界に顔が利くんだよ。貴族院議員の方々にもね。あの御方なら、屹(きつ)度(と)君(きみ)の力になっていただけるだろう。先方には私(わたし)の方から話を通しておくから、どうしても辛くなったら、騙(だま)されたと思って訪ねて御覧」

「本当に……大丈夫なんですか?」

「最悪、全ての責任はこの私(わたし)が取るから」

「私(わたし)の為に……そこまで……」

 

 観(み)月(づき)は渡された紹介状をまじまじと見詰めていた。

 唯(ただ)々(ただ)気の遠くなる、現実味の全く無い文(もん)言(ごん)がそこには並んでいた。

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