神聖大日本皇國は時空に対し強引に干渉し、様々な異なる歴史の世界線を巡ってきた。
その中で多くの国家に戦争を仕掛けては、それらに従属する日本を吸収し、国家規模を拡大し続けた。
但し、そのような常態戦時下の国家にあっても、国内では多くの文化的な営みが行われるものだ。
その内の一つが、全国高等學校武術大会である。
大会は剣術の部・弓術の部・槍術の部・闘術の部・柔術の部など、多岐に亘る部門に分かれ、多くの高校生が腕を競い合っている。
扨てこの大会、「女子の部」は存在するが、女子が男子に交じって「無差別の部」で戦うことも許されていた。
当然それは形式だけの話で、実質的に「無差別の部」は男子部門であり、態々そこに混じる物好きな女子は居ないだろうと考えられていた。
しかしそんな中にあって或る年「剣術無差別の部」で、史上初めて女子が大会を制するという快挙が成し遂げられた。
修身院高等部二年、男爵令嬢・水徒端早芙子。
女子としては非常に背が高い一八一糎の凜とした佇まいは、男女を問わず皇國中の人気を集め、彼女は齢十七にして一躍時代の寵児となった。
これから数奇な運命を辿る彼女の物語はこの年の秋、一学年上の巨しき先輩に出会ったところから始まる。
これは、破邪顕正を心に刻んだ乙女の物語である。
⦿⦿⦿
二学期、始業式。
この日水徒端早芙子は、夏に行われた全国高等學校武術大会の優勝を、全校生徒の前で称えられる事になっていた。
彼女は横目で並ぶ生徒の方を一瞥した。
中等部の列で妹の早辺子が目を輝かせて自分を見ていることがすぐにわかった。
(早辺子の奴はしょうがないな……)
早芙子は妹の視線に苦笑した。
中学生になって姉離れ出来ない妹の将来は心配になるが、それでも慕われるのは満更でもない――そう思っていた。
だが同時に、盲目的に憧憬を向けてくる妹の規範となるのは荷が重いとも感じていた。
父の再婚話が相手の急死で破談になっていなければ、今頃早芙子には兄が出来ていた。
もしそれが実現されていれば、水徒端男爵家の名を背負う者としての負担も軽減されたのだろうか。
強過ぎるが故に、身を預けられるような相手が居ない。
男と並んでも高い部類に入る上背や、無駄に整った顔立ちも、「孤高の人」という早芙子の印象を強めてしまっている。
強くなれば、勝ち続ければ褒められると気を良くして、いつの間にか降りられない高みまで上り詰めてしまった。
「おい、呼ばれているぞ」
そんな憂鬱に浸っていた早芙子に、背後から男が声を掛けた。
どうやら彼女は登壇を求められていたことに気が付かなかったらしい。
「あ……。ど、どうも……」
早芙子は男に背を向けたまま小声で礼を言うと、壇上に向かって返事をして登壇した。
そして失態を犯したことに恥じらいを覚えつつ、表彰状を受け取る。
しかしふと、背後からの声が頭上から聞こえたことに引っ掛かりを覚えた。
一八一糎の自分に上から声を掛けられる男。
壇上から降りる際、早芙子の目に声の主の姿が目に入り、彼女は息を呑んだ。
第一皇子・獅乃神叡智。
孰れ皇位を継承する、空前絶後の傑物。
絶対強者と名高い、麗しの偉丈夫。
(私はこの御方の前で粗相をし、御声掛け頂いたにも拘らず素気無い返事しか出来なかったのか……!)
早芙子の頭から血の気が引いていく。
しかし獅乃神は屈託の無い笑みを浮かべて彼女の肩を抱いて生徒達の方へ向き、能く通る声で館内に祝福を響かせた。
「諸君、彼女は皇國の歴史に新たな足跡を残した! 余にはそれが自分のことの様に嬉しい! この偉大なる才媛に惜しみ無き喝采を! そして皆には同じ皇國臣民として、彼女の業績を誇り、励みとし、各々の人生の標として欲しい! 願わくはそれが更なる栄光を呼び込む兆しとなり、彼女と皇國の未来に絶え間なく末永き祝福があらんことを!」
獅乃神の言葉に促され、今一度早芙子に大きな拍手が浴びせられた。
それは、彼女が皇族のお墨付きを貰ったことを意味する。
水徒端家などの新華族は、皇室復権の立役者として神皇から新たに取り立てられた家々で、その歴史は百年にも満たない。
故に、由緒ある旧華族の中には、自分達だけが真の貴族であり、新華族など紛い物であると考える者も居る。
しかしこの一件で、そんな旧華族の子息も表立っては彼女に嫌がらせを働くことは出来なくなっただろう。
そしてそれ以上に、この男の業績の前では男爵家の人間が多少身の丈に合わない成果を上げたとしても、全く霞んでしまう。
この日も学校から顕彰される真の主役は彼であった。
また一本、画期的な数学論文が査読を通ったのだ。
更に、皇國の誇る兵器、為動機神体にも性能を飛躍的に向上させた新型機を考案したという。
(これ程の大人物ならば、流石の私も身を預けられるのだろうな……)
だが、男爵令嬢である早芙子では、到底彼の傍らに収まることは出来ないだろう。
彼が后に迎えるのは、もっと良家の相応しい令嬢に違い無い。
早芙子は獅乃神叡智に対し、確かに淡い憧憬の念を抱いた。
しかし同時に、心に秘めたまま然るべき時が来れば忘れようとも決意した。
彼女の高校生時代にあるのは、そんな甘酸っぱい青春の記憶と、そしてもう一つ、とてもとても苦い記憶……。