※この作品はR-18です。

日本と皇國の幻争正統記・好色秘伝   作:坐久靈二

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二

 水(み)徒(と)端(はた)早(そ)芙(う)子(こ)には幼い頃から親しくしていた親友がいた。

 名は鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)栞(しおり)――早(そ)芙(う)子(こ)と同じ新華族、鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)家の令嬢である。

 尤(もっと)も、鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)家は血筋が旧華族に近く、伯爵位を授爵している新華族でも有数の名家だった。

 

「早(そ)芙(う)子(こ)さん、良いなあ……。第一皇子殿下とあんなに近くでお話しできて……」

「まあ、私(わたくし)のような者には縁の無い世界の御(お)方(かた)だよ、彼は。神(じん)皇(のう)陛下の勅許を賜るなど、水(み)徒(と)端(はた)家の家格では考えられない」

 

 教室に戻った早(そ)芙(う)子(こ)と栞(しおり)は隣同士の席で、休み時間に取り留めのない話をしていた。

 はぁ、と一息吐いた早(そ)芙(う)子(こ)の様子から、親友の何かを悟った栞(しおり)は揶(か)揄(らか)うように目を細め、早(そ)芙(う)子(こ)を小突く。

 

「案外そうでもないかもしれませんよー? 風の噂(うわさ)ですけど、皇族方の御(ご)結(けっ)婚(こん)相手、どうもご本人達でお決めになる方針みたい」

「何?」

「勿(もち)論(ろん)、陛下の勅許は必要でしょうけれど、そこまで家格は問わないらしいですよ?」

 

 早(そ)芙(う)子(こ)が珍しく反応したのを見て、栞(しおり)は含み笑いを深めた。

 色恋沙汰の話題など、普段は澄まし顔で聞き流すのだから、分かり易(やす)いものだ。

 

「やっぱり、期待しちゃいますよねー」

「い、いやそういう訳じゃ……。ただ、意外だと思っただけだ!」

「もう、早(そ)芙(う)子(こ)さんったら素直じゃありませんわねえ。第一皇子殿下は国中の女子の憧れで競争相手は多いのですから、それでは先を越されてしまいますよ?」

 

 栞(しおり)の情報が事実ならば、早(そ)芙(う)子(こ)にとっては諦める理由が一つ消えたことを意味する。

 しかし、彼女はそれでも踏ん切りが付かない。

 

「いやでも、やはり私(わたくし)は相(ふ)応(さわ)しい相手を御(お)父(とう)様(さま)が決めてくださる筈(はず)だし……」

「えー、でも賽(さい)造(ぞう)おじ様、平民の未亡人と再婚なさるおつもりでしたじゃない? 多分、どうしてもお相手が居ない時はお見合い相手を探してくれますけど、基本的には自由恋愛に理解がある方だと思いますよ?」

 

 栞(しおり)はまたしても早(そ)芙(う)子(こ)から退路を奪おうとする。

 

「栞(しおり)は何故(なぜ)そこまで私(わたくし)と殿下を結びたがるんだ……」

「それは、好きな人と一緒になれる余地があるなら、それに賭けてみるべきだと思うもの……」

 

 ああ、成程……――早(そ)芙(う)子(こ)は栞(しおり)の態度に納得がいった。

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)栞(しおり)には既に、親が決めた婚約者がいる。

 つい最近、良縁が決まったそうだ。

 

「栞(しおり)、誰にも言わないから正直に言って欲しい。相手はどうなんだ?」

「ん? 違いますよ。別に嫌いとかではありません。屹(きっ)度(と)、素敵な方」

「そうか……」

 

 早(そ)芙(う)子(こ)は一抹の寂しさを覚えた。

 親友がどこか、ほんの少し遠い存在になってしまった様な、そんな気がした。

 貴族としての大人の階段を昇った、と云(い)うべきか。

 

 そういえば早(そ)芙(う)子(こ)は、誰かの伴(はん)侶(りょ)になることを明確に想像したことがあっただろうか。

 ふと早(そ)芙(う)子(こ)は、獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)のことを想(おも)う。

 

 もし仮に栞(しおり)の云うとおり、獅(し)乃(の)神(かみ)の傍らを得られたとして、そこに収まることなど出来るだろうか。

 自分が将来、皇(こう)國(こく)の皇后として全臣民の範となることなど出来るだろうか。

 

(ああ、とても無理だな。屹度、重荷に耐えられない)

 

 早(そ)芙(う)子(こ)は気が遠くなった。

 確かに、獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)ならば、強過ぎる自分のことをも何ら問題なく抱擁してくれるだろう。

 この世の誰よりも安心して身を預けることが出来るだろう。

 だが代償として背負うことになる重責は、屹度その恩恵をも軽く吹き飛ばしてしまう。

 

 度が過ぎた高貴な身分に嫁ぐことなど、おそらく楽ではない。

 そう思うと、早(そ)芙(う)子(こ)は親友がいつもより大きく輝いて見える様だった。

 栞(しおり)は既にそれを呑(の)み込(こ)み、高みへと飛躍しようとしているのだ。

 

「好(い)い人、なのか?」

「うふふ……」

 

 栞(しおり)は夢見る様な笑みを浮かべた。

 

「鷹(たか)番(つがい)公爵家当主、夜(よる)朗(あき)様」

「え!?」

 

 これには流石(さすが)の早(そ)芙(う)子(こ)も魂(たま)消(げ)た。

 鷹(たか)番(つがい)公爵家は皇(こう)國(こく)最高峰の名門・六摂家の一角である。

 その当主に嫁ぐとは、如(い)何(か)に鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)伯爵家とはいえ、途(と)轍(てつ)もない良縁である。

 

「鷹(たか)番(つがい)卿(きょう)……! どういうことだ? てっきり旧華族から伴侶を探されるものだとばかり……!」

「ま、超上流階級の皆様はわからないことも多いですからねー。因(ちな)みにもうすぐ籍を入れまーす」

「凄(すご)いな、栞(しおり)。おめでとう!」

 

 早(そ)芙(う)子(こ)は手放しに親友の結婚を祝福した。

 しかし二人は知らなかった。

 鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)が新華族から妻を娶(めと)るのは、彼に旧華族からは誰も令嬢を嫁に出さなくなったからだということを。

 彼は余りにも性にだらしが無く、毎日毎晩相手を取替引替しては男女問わずに食い散らかしているのだ。

 

 因みにこの一年後、獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)は一(いち)桐(どう)公爵令嬢の綾(あや)花(か)と婚約するが、綾(あや)花(か)の急逝により僅(わず)か一年足らずで破談となる。

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