※この作品はR-18です。

日本と皇國の幻争正統記・好色秘伝   作:坐久靈二

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二

 麒(き)乃(の)神(かみ)は周囲を見渡す。

 自身を取り囲む賊の中に文(ふみ)也(や)を見付けた彼女は、眼(め)を合わせて蠱(こ)惑(わく)的(てき)な笑みを強めた。

 

「懐かしい顔ですね……。御(お)前(まえ)は私(わたくし)が贔(ひい)屓(き)にした宝石商の息子でしょう? 相変わらず……」

 

 文(ふみ)也(や)は警戒を強めた、強めた筈(はず)だった。

 だが麒(き)乃(の)神(かみ)はあっさりと、軽やかに、縮地的に、充分離れていた筈の文(ふみ)也(や)の頬(ほお)に手を触れたのだ。

 

「見(み)目(め)麗(うるわ)しくて何よりですよ……」

 

 その瞬間、文(ふみ)也(や)の全身を例えようのない恐ろしい悪(お)寒(かん)が奔(はし)った。

 体の芯から刹那にして凍り付いてしまうかの様な感覚に、彼は全てを悟ってしまった。

 嗚呼(ああ)、我々は今からこの女に蹂(じゅう)躙(りん)される。

 

「リーダーから離れろ!!」

 

 誰かが叫んだ。

 しかし、その瞬間に麒(き)乃(の)神(かみ)は叫んだ男の目の前に移動していた。

 その動きを、この場の誰も捉(とら)えることが出来ない。

 

「無礼者」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)は男の頬を平手打ちした。

 同時に、男の頭部から燃える球体が飛び出した。

 男は一撃で頭を失い、千切れた首から鮮血を噴き出させていた。

 

「莫(ば)迦(か)な、こんなにあっさり!」

「焔(ほのお)の能力か!」

 

 部隊に動揺が奔(はし)った。

 

「狼(う)狽(ろた)えるな! 基より手(て)強(ごわ)いのは承知の上!」

「少数精鋭の我々がこれだけの数を揃(そろ)えたんだ! 一人二人斃(たお)れようと必ず命を殺(と)る!」

 

 別の二人が麒(き)乃(の)神(かみ)の背後を取った。

 そして、術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)の能力を行使する。

 

『術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)・美徳の盾(ジェスティーヌ)』

『術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)・悪徳の矛(ジュリエット)』

 

 彼らが作ったのは、その名の通り矛と盾だ。

 誰もが知る有名な故事「矛盾」――まさにその通りの、説に違わぬ全てを貫く矛と全てを弾(はじ)き返(かえ)す盾である。

 

 術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)――即(すなわ)ち、術の形で発揮される神(しん)為(い)。

 萬(ばん)物(ぶつ)に秘められし神性、神の為(な)し事、或(ある)いは神に為る事。

 

 それは通常、まずは超常的な生命力、回復力、修復力、復元力という形で現れる。

 次に、超常的な身体能力、気力の放出。

 最後に、数々の特殊な能力を以(もっ)て完成へと至る、とされている。

 

 彼らの能力は二つで一つ。

 それは故事の通り、矛で盾を突くことによって完成する。

 

 その結果は、この世の摂理に於(お)いて起きてはならないことである。

 突いた瞬間の接点は、この世に在ってはならない空間である。

 故に生じる、完全な「虚無」。

 二人の能力はこの「虚無」をほんの一瞬作り出し、付近の物体を全て虚無に巻き込んで消滅させるというものだ。

 

 しかし二人が各(おの)々(おの)の装備を構えた瞬間、麒(き)乃(の)神(かみ)は不敵に笑った。

 

「下らない……」

「何だと!?」

「構うな! 良いからやるぞ!」

 

 矛の一撃が盾に向かって放たれる。

 しかし、禁断の衝突は起こらなかった。

 

 麒乃神がいつの間にか二人の間に割って入っていた。

 矛は麒(き)乃(の)神(かみ)の指先で、あっさりとその刺突を止められてしまったのだ。

 

「え……? なっ……⁉」

 

 男は驚(きょう)愕(がく)していた、当然だろう。

 麒(き)乃(の)神(かみ)の指先は、出血はおろか鬱(うっ)血(けつ)すらしていなかったのだ。

 

「全てを貫ける矛……そう思うならば抑(そもそ)もその矛で攻撃すれば宜(よろ)しい。尤(もっと)も、そんな身分賤(いや)しき者の下(げ)賤(せん)な『言い分に従って』、『貫かれてやる義務』など私(わたくし)にはありませんがね」

「何だとォッ……!?」

 

 矛の男は恐(おそ)れ戦(おのの)いて後(あと)退(ずさ)る。

 そんな彼を鼻で笑い、麒(き)乃(の)神(かみ)は言葉を続けた。

 

「大体、御(お)前(まえ)達(たち)の戦い方は小(こ)狡(ずる)いのですよ。やれ、『相手に彼(あれ)其(それ)をさせる能力』だの、『自分は何(どれ)是(これ)をされない能力』だの、挙げ句の果てには『相手を必ず斃す無敵の能力』だのと……。喩(たと)えるならば素手の決闘に自分だけ拳銃を持ち出す、或いは相手を縄で縛って思う存分殴る蹴るを行う様なもの……。如(い)何(か)にも身分卑しき者の下賤な戦い方と言うより他ありませんね……」

 

 この第一皇女は、矛の男だけでなくこの場にいる全員、否(いな)、もっと多くの戦士たちを嘲(あざ)笑(わら)っていた。

 

「へええ……。じゃあ見せてくださいよ。第一皇女殿下の高貴なる戦い方というやつを……!」

 

 盾の男はそんな彼女に苛(いら)立(だ)ったのか、あろうことか挑発を返してしまった。

 そんな彼に顔を向けた彼女は、天使の様な悪魔の様な晴れやかな笑みを見せた。

 

「良いでしょう」

 

 それだけ言うと、麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)は笑顔のままで全ての攻撃を弾き返す筈の盾を殴った。

 殴った瞬間、その盾は粉々に砕け散ってしまった。

 

「なッ!?」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)は燃える手を振り、炎を消し去った。

 

「あり得ない……。全てを貫く筈の矛で傷一つ付かず、全てを防ぐ筈の縦を砕くなんて……。その焔(ほのお)の能力に一体どんな秘密があるというのだ……?」

「全く、無礼なのか物分かりが悪いのか……。この焔は能力などではありませんよ。ただ打撃の時、空気の摩擦で火が点(つ)いてしまうだけです。もう少し洗練された拳なら、火が点かないように空気の隙間を縫えるらしいのですがね」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)は腕を振り上げた。

 いつの間にかその手には、閉じた黄金の扇が握られていた。

 そして、燃え盛る黄金の殴打。

 盾の男の頭はそれだけで腐ったトマトの様に潰(つぶ)れ、燃え始めた。

 

 彼ばかりではない。

 矛の男も、それから次から次へとこの只(ただ)の黄金の扇子による殴打が地(ち)上(じょう)ノ(の)蠍(さそり)座(ざ)の精鋭達を虐殺していく。

 彼女は力が強いばかりではなく、舞う様なその動きも掴(つか)み所(どころ)が無い。

 

 文(ふみ)也(や)には一層優雅にすら見えた。

 焔を纏(まと)う殺(さつ)戮(りく)の舞いは、神(こう)々(ごう)しさすら帯びていた。

 

 術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)は人間の奥底に眠る力の極致――ただそう思っているのはどうやら皇族の言う「身分卑しき者」だけらしい。

 

 抑も神との繋(つな)がりという意味では、天神の血筋である皇族に勝る者など現在の皇(こう)國(こく)には存在しない。

 居たとしてもそれは前時代の弾圧によって絶えてしまった。

 

 皇(こう)國(こく)の皇族にとって神(しん)為(い)とは「単なる力」であり、またその総量自体が桁違いなのだ。

 また、能力が通用しない理屈も単純である。

 皇族にとってそれは、喩えるならば「バリアを張った」と言って遊ぶ子供の戯(たわ)言(ごと)――正しく児戯なのである。

 

「う、うわあああっ!!」

 

 流(さ)石(すが)に力の差を悟ったのか、文(ふみ)也(や)の部下達は血相を変えて逃亡し始めた。

 それを見て麒(き)乃(の)神(かみ)は残酷な、しかし美しい笑みを浮かべ、掌(てのひら)から神(しん)為(い)の光を放出する。

 力の奔流は逃げ惑う賊を跡形も無く消し飛ばしてしまった。

 それはまるで彼女の意に添う様に、消すべき者だけを消し残すべき物には傷一つ付けていなかった。

 

 残されたのは文(ふみ)也(や)一人だけだ。

 

「扨(さて)て、御(お)前(まえ)の処遇ですね……」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)はわざとらしく、ゆっくりと恐怖に固まる文(ふみ)也(や)に歩み寄って来る。

 恐怖――果たしてそうだろうか?

 

「麒(き)乃(の)神(かみ)……聖(せい)花(か)……」

 

 憎き仇(きゅう)敵(てき)を前に思い出す。

 父が嘗(かつ)て彼女を見たあの目――あれは確かに、中年の男が我が子よりも幼い少女に向ける視線ではなかった。

 あれは確かに、宝石よりも美しい愛すべきものを見つけてしまったという眼(まな)差(ざ)しだった。

 

「違いますよ」

 

 そんな追憶を見透かしたように、第一皇女は笑った。

 

「彼は宝石になりたいと願ったのですよ。そしてこの私(わたくし)に愛(め)でられたいと……。あの時の眼はそう訴えていました」

「何……だと……?」

 

 文(ふみ)也(や)は腰を抜かし、迫り来る彼女から逃げることも出来ず、唯(ただ)々(ただ)己の運命を待っていた。

 ふと、彼はある事に気が付く。

 目の前で、彼女の有り得ない一部が主張していた。

 

「あらあら、嫌だわ私(わたくし)ったら」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)、両性具有(アンドロギュノス)の第一皇女。

 噂(うわさ)には聞いていたが、目の前に突き付けられたそれは想像を遙(はる)かに上回っている。

 文(ふみ)也(や)は別の意味でも、彼女に到底敵(かな)わないと認めざるを得なかった。

 そしてその時、彼は漸(ようや)く父の眼の意味を悟った。

 

「あれは……あれは乙女の眼だ! 父さんはあろうことか年端も行かぬ少女を前に、乙女にされたっ! 眼差しを、接(せっ)吻(ぷん)を、抱(ほう)擁(よう)を、そして目(まぐ)合(わ)いを乙女として求めたのだッ!!」

「御名答! 漸(ようや)く真実に辿(たど)り着(つ)けましたね。ですが、本当はそれだけではないのでしょう?」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)を中心に視界が、世界が歪(ゆが)んでいく。

 駄目だ、この人は女神だ。

 刃向かえない、逆らえない。

 

「さあ、正直に仰(おっしゃ)い! 私(わたくし)に心の内を全て曝(さら)け出すのです!」

「父さんッッ!! そんなこと出来るわけ無いだろう!! 歳(とし)を考えろよッッ!! 僕(ぼく)ならいざ知らずううぅぅッッッ!!」

 

 余りにも恥を知らぬ絶叫。

 だが、それが麒(き)乃(の)神(かみ)には心地良かったらしい。

 うっとりとした眼で天を仰いでいる。

 

「糞(くそ)っ!! 糞(くそ)ぉっ!! 殺してくれ!! 僕(ぼく)もみんなみたいに殺してくれ!!」

 

 文(ふみ)也(や)の感じた惨めさは想像に余りある。

 だがそんな彼に、麒(き)乃(の)神(かみ)は更に悪魔の様に囁(ささや)いた。

 

「文(ふみ)也(や)、御(お)前(まえ)ね、父親似ですよ」

「え?」

「親子の夢を叶(かな)えましょう? さあ、生まれ変わるのです。黄(つ)柳(げ)野(の)文(ふみ)也(や)という名は棄(す)てなさい。今この時より御(お)前(まえ)の名前は宍(しし)妻(め)娼(しょう)也(や)。私(わたくし)のもう一人の夜(よ)伽(とぎ)役となりなさい」

 

 斯(か)くして、黄(つ)柳(げ)野(の)文(ふみ)也(や)という男は宍(しし)妻(め)娼(しょう)也(や)という名の存在に変えられ、麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)の愛玩人形に堕(お)ちた。

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