黄柳野文也は夢を見ていた。
否、麒乃神聖花に敗れ、「宍妻娼也」という雌として隷属する道を選んでしまった彼にとって、最早夢と現実の境界は曖昧だったのかも知れない。
彼が見ている光景は、とあるホテルの一室だった。
この場所は覚えている。
そう、水徒端早芙子と初めて交わったのはこのホテルだった。
『何だか……恥ずかしいな、文也』
彼の隣には、あの頃と変わらない早芙子が初体験を前にそわそわしていた。
貴族の令嬢である彼女にとって、繁華街にあるそれ目的のホテルは何もかも物珍しく、新鮮だったのだろう。
『正直僕も勝手が分からないんだ。なんとなく連れてきてしまったけれど、こんな所は初めてだからね』
『そうなのか? そうか、良かった……。文也と私でお互い初めて同士なんだな。文也に初めてを捧げられるし、文也の初めてにもなれるんだ……。嬉しいな……不安だけれど……』
早芙子は頬を赤らめ、潤んだ目で文也をまじまじと見詰めていた。
普段は長身も相俟って凜々しい印象を与える彼女だが、文也の前では時折乙女の表情を見せる。
文也はそんな彼女を前にして、日に日に愛おしさを募らせていた。
(初めは良い鴨だと思った。庶民の通う大學に男爵家の御嬢様が居るとは、格好の餌食だと思った。でも今では……こんなに可愛らしい表情を僕に見せてくれる。僕の前だけでは、君は一人の乙女になるんだ。嗚呼、胸の時めきが心地良い。今、この強くて美しい女性は、僕だけのものだ……)
文也は実のところ、男としてやや自信が足りなかった。
小柄で華奢で、お世辞にも逞しいとは言えない体付きだ。
文武でいえば紛れも無く文の属性である。
そんな彼にとって、早芙子のような女性は自分に釣り合っていると思えない。
だが、彼女の表情や仕草を見れば自分を愛してくれているのだと解る。
彼にとってそれは、至上の幸福に思えた。
『早芙子さん、とりあえず身体を清めようか……』
『そ、そうだな。じ、順番はどうしようか?』
『こういうとき、よく見る芝居では女性に先に行かせるものだが……』
『そうなのか……しかし、一人脱ぐのは少し……緊張してしまうな……』
二人はお互いに緊張しており、却々寛ぐことが出来ないでいた。
浴室で汗を流す順番すらも決めかね、無為な時が流れる。
暫くして、早芙子が一つの提案をしてきた。
『あのさ……一層、一緒に流し合わないか?』
『つまり……二人一緒に入るってことかい?』
『駄目……かな……?』
正直、文也にとっては気が退けた。
早芙子の体付きの美しさは服の上からでも判る。
鍛えられた肉体美は、脱げば嘸かし凄いのだろう。
一方、文也は自分の貧弱さを自覚していた。
しかし、文也は考える。
早芙子もまた、一糸纏わぬ自分の姿を曝すのは恥ずかしいのだ。
つまり、心情的な立場は同じだろう。
ならば、ほんの少しの恥を甘んじて受け、彼女の気持ちを少しでも楽にしたい。
『解った。一緒に行こうか』
『あ、ありがとう……。じゃあ、脱ごうか……』
二人は互いに見つめ合い、少しはにかんだ様に笑い合いながら衣服を脱ぎ合った。
そして浴室へと向かう。
『浴室は実家と然程変わらないな』
『そ、そうなのかい?』
二人が入った部屋は高めの水準の宿泊料金が設定されていただけあって、備え付けられた浴室は結構な大きさだった。
それに対する印象の違いは、二人が育った環境の差を思わせる。
男爵家とはいえ、実業で成功している水徒端家の令嬢にとって、庶民が思わずわくわくしてしまう浴槽もそれほど特筆するものでもないらしい。
『先に身体を洗わないとな』
『うん、そうだね』
『湯船には……あまりゆっくり浸からない方が良いのか?』
早芙子の目線は文也の身体の下を向いていた。
或る一箇所、様子が変わったことに気が付いたのだろう。
『ああ、ごめんよ。もう勃ってしまったんだ。早芙子さんの裸を見てしまうと、どうしても我慢出来なくて……ね』
『……じゃあ早く済ませて寝台に行こうか……』
『そうしてもらえると助かるよ』
『じゃあ、洗うぞ……』
『洗うって、え? 早芙子さん、何をしているんだい?』
『ん? 何って、文也を洗ってやろうと思ったんだが……』
『あの、早芙子さん、そういえばさっき流し合うって言っていたけど、もしかして洗い合うつもりなのかい?』
『駄目か? 私は文也を洗ってあげたいし、文也にも洗ってもらいたいんだが……』
早芙子が見せた思わぬ積極性に、文也は戸惑いと興奮を同時に覚えた。
そんな彼に構わず、早芙子は綺麗な両手に泡を付け、文也の身体を這わせる。
『うぅっ、早芙子さん……!』
『どうした、文也?』
『早芙子さん……気持ち良い……』
『ん? 私に洗われるのが、か?』
『ああ。他人に、何より早芙子さんに触られると……それだけで普段と……自分でやるのとはっ……感覚がっ……違うからぁ……』
『そうなのか、それは嬉しいな。そんなつもりは無かったんだが、そういうことなら念入りに洗ってやるからな』
泡立った石鹸が早芙子の掌を滑らせ、文也の全身を心地良い感覚に包んでいく。
そしてそれは両腕を、胸を、腰から脚をそれぞれ洗っていき、そしてとうとうその場所に差し掛かる。
『うっ……!』
『あ、すまん。もしかして、ここは痛かったりするのか?』
『いや、そうじゃなくてっ……敏感だから……特に気持ち……っ……良くてっ……』
『ふふ、そうか。だったらここは特に丁寧に……』
『はぁぁぁぁっっ……!』
早芙子の指が睾丸と竿を包み、優しく滑らせる。
指は勃起した先端に差し掛かろうとしていた。
『これは……剥いて洗った方が良いか?』
『っ……!』
早芙子が何気なく発した言葉に、文也は棘に刺された様な羞恥を覚えた。
彼女は知らず知らずのうちに、男にとっての劣等感――包茎を指摘してしまったのだ。
『早芙子さんっ……! そこは……自分でやるから……』
『どうしてだ? これ、後で使うんだろう?』
『その……情けないんだ……。僕のは……見てのとおり……あまり立派じゃないから……』
『何を言っているんだ?』
早芙子は優しい微笑みを浮かべて、羞恥に赤く染まった文也の顔を見上げる。
『文也のこれ、可愛くて私は好きだぞ。正直、実物を見るまでは怖かったんだ。自分の中に入れるものが何か悍ましい怪物みたいなものだったらどうしよう、ってな。でも、文也のなら大丈夫そうだ。文也と同じで、控えめで、紳士的で、優しそうで……。これなら初めての私でもなんとか受け容れられそうだ。安心したよ』
『そう……なのか……』
文也にしてみれば、あまり褒められたような気はしなかった。
しかし、では逆に早芙子を威圧したかったのかと言われれば、そんなことは断じて無い。
ならばここは、素直に受け取っておこう。
そして、そんな早芙子と汚いもので交わらない為にも、確りと剥いて洗ってもらおう。
『解った……剥いて……隅々まで洗ってくれないかい……?』
『ああ、大丈夫、優しくするからな』
早芙子の手が文也の包皮を慎重に剥いていく。
痛くなかったといえば嘘になる。
だが、文也はなんとか堪えた。
これからおそらくは早芙子も、最初は痛みを我慢するだろう。
それを思えば、この程度のことで弱音を吐く訳には行かなかった。
何より、手付きから早芙子の優しさと愛情が充分に伝わってくる。
『早芙子……さん……っ』
『ん? 加減はどうだ? 痛くないか?』
『大……丈夫……。それより……それ以上するとっ……!』
文也の陰茎から次第に痛みが消え、別の感覚が込み上げてきた。
これ以上触られると、暴発してしまう。
『だ、駄目だ早芙子さんっ……! で、出ちゃう……!』
『え?』
『うううっっ……!』
文也は早芙子の目の前で射精を迎えた。
小さな亀頭の鈴口から飛び出した精液は早芙子の手に、そして顔にも掛かる。
『ご、ごめん早芙子さん』
『もしかして……イッたのか? これが……精液なのか?』
『本当にごめん。早芙子さんの顔、汚しちゃった……』
『いや……』
早芙子は自分の顔に付いた文也の精液を愛おしそうに掬い取った。
『初めて見た……。これが精液……。男が気持ち良くなって、女との間に愛の結晶を作る為に出す……。文也は私の手で気持ち良くなってくれたんだな……嬉しいよ』
早芙子は微笑みながら、再び石鹸液を手に付けて精液を洗い落とし、そして文也の陰茎を掌で包み込む。
『そ、早芙子さん!?』
『汚れてしまったからな、ちゃんと洗い直さないと……』
『ま、待って! イッたばかりはっ……より敏感だからっ……!』
『あ、そうなのか? すまない。じゃあもう少し、細心の注意を払ってうんと優しく……』
『はぁ……はぁ……ありがとう……』
途中で暴発はあったものの、文也の身体は早芙子の手で極楽に導かれつつ洗われ終えた。
攻守交代、今度は文也が早芙子を洗う番だ。
『さあ、文也。今度は文也が私を洗ってくれ。その……好きなように……触って良いからな……?』
早芙子は文也の前で腕を拡げて胸を張り、その抜群の肉体美を見せ付ける。
そのあまりの素晴らしさに、文也は気後れしてしまう。
『凄い……』
文也は固唾を呑んだ。
この身体を今から好きな様に触れる。
後で抱くことすら出来るのだ。
まさに誰もが羨む、男冥利に尽きる僥倖だ。
『で、では……』
『んっ……』
文也は掌に泡立てた石鹸を付け、早芙子の身体を優しく触る。
彼女も文也の手を敏感に味わっているのか、時折甘い吐息を漏らす。
胸を、脇を、太股を、文也は丁寧に洗っていく。
『ああ……これは確かにっ……気持ち良い……な……』
『早芙子さん……凄く綺麗だ……』
『ありがとう……文也……』
文也の手を柔肌の感触が包む。
それは許しの抱擁に思えた。
肌と肌が触れ合うと共に、もっと奥の何かが互いの感情を確かめ合っている。
『あぁ……っ……文也……』
『早芙子さんっ……』
早芙子は感じている。
彼女の身体は、心は、今自分のものだ。
そう思うと、文也は堪らなく興奮した。
出したばかりの陰茎は再び硬さを取り戻していた。
『文也……なんだか私、我慢が出来なくなってきたよ……。文也も……そうだろう?』
『ああ……』
『続きは上がってから……寝台で……、な?』
『うん、そうしようか。僕も……待ちきれないよ』
『ふふ、そうか。文也、向こうで沢山愛してくれ……よ?』
二人は身体を流し、浴室を後にした。
これから二人は初めての目合いへと向かう。
今宵、この部屋は二人の愛で埋まるだろう。