※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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チェリーボーイの長き序章
スマホ嫌い


「お兄ちゃん改めて入学おめでとう。私からのプレゼントよ。とても高かったんだから」

 

 桜色のポニーテールを揺らして、妹が得意げに言う。

 何だか知らんが最新モデルらしい黒のスマホを受け取る。スマホカラーは、妹はピンク、母はグリーンでそれぞれの髪の色と同じだそうだ。今までの携帯とは大違いですぐに壊れそうである。俺にいろいろ説明してくれるのだが、今一つ気分が乗れない、というかさっぱり分からん。友人と同じ機種にしたらしいからあいつに丸投げしよう。

 

「連絡先はいくつか登録しておいたから。当然一番は私ね それからママ 私とママの引っ越し先。それからおじいちゃんの家とその他諸々」

 

 妹にしては親切だとちょっと感心していると、恐ろしい事を言い出した。

 

「GPSアプリを常駐で起動させてあるわ。私のスマホからお兄ちゃんの位置情報をいつもチェックしています。お兄ちゃんが行っていいのは点滅している三か所だけ。お家と学校とおじいちゃんの所だけ。真面目に勉強するってママと約束したよね。自分だけ遊ぼうとしてもダメだよ」

「ちょっと持った。僕は犯罪者か。買い物だって行くし、バッティングセンターにも通っているんだけど」

 

 明日からの一人暮らしに突然の危機が迫る。明日からは妹にうるさく言われないし、母に気を使わなくても済む。伸び伸びしたスローライフが待っているのだ。当然女の子の部屋に遊びに行って宿題をしたい。夜遅く帰っても咎められないし。ただしここで自堕落にならずに踏みとどまるのが一人暮らしの醍醐味だと思っている。それにバッティングセンター通いは最近のマイブームだ。左右どちらからでも打てるように練習しているし、特殊なボールを使用しての危険球や死球を打ち返すコースにもハマっている。

 もう面倒くさいから友達に頼んで、都合のいいように設定し直してもらおう。佐藤か田中でいいか、中学から一緒のクラスメイトの顔を思い浮かべる。止めよう、あいつらは妹と連絡したがっていたから、アドレスを覗かれるかもしれん。妹は贔屓目に見ても結構可愛いのだ。子供ながら膨らみ始めの肢体が将来を連想させて背徳的に色っぽい。生意気な性格も他人様から見ると快活に映るらしい。俺も結構交際の仲介を頼まれた。むろん全部断ったが。

 じゃあ朱美は? こちらもダメか。母がこっそり俺のことを頼んでいたのを知っている。何よりあいつは妹とは仲がいい。笑って密告されるだろう。仕方がないから知力の高い先輩に頼むか。先輩も妹とは仲がいいが、告げ口なんかしない。先輩にはこれまで何度か一生のお願いをしたけど全部聞いてくれた。今回も大丈夫かな? 一週間位監視ごっこに付き合えば、妹も飽きてくれるかもしれんし。適当にいじっていたらおかしくなったとかで胡麻化してしまおう。頭の中では問題はすべて解決した気になった。

 

「お兄ちゃんのスマホは私のお小遣いから買いました。契約者も私、決済も私名義からよ。GPSの設定の変更は私のスマホからしかできません。お友達にお願いしてもダメだよ。残念でした。お兄ちゃんに貢いであげるなんて私優しい」

 

 天使の微笑みの似合う妹は小金持ちだ。

 10歳でダンジョンの選抜者に選ばれた妹の初期スキルは定番の身体強化の他に、希少な回復魔法が驚異のダブルでスキル二つ分。ちなみに与えられる初期スキルは通常二つでたまに三つ、身体強化が共通で、残りは本人の資質や願望から得られることが多いとされている。妹は更に一年足らずで回復魔法をトリプルまで伸ばした。回復魔法職のトリプル以上は日本に50人程、攻略組や研究機関に属して表に出てこない連中を除けば40人弱と言われている。

 妹はダンジョン協会に協力する代わりに、国家の庇護、幾ばくかの大人並みの権利と通称「お小遣い」と呼ばれる支援金、更に出来高に基づく歩合給まで受け取っている。もちろんこれを優遇しすぎとやっかむ声もある。しかし考えてほしい。小学生に治療を依頼するのは秒を争うケ-スだけだ。可哀そうでも妹がひるんでしまうと死人が出る。私服のまま治療に当たって、洋服や私物が血だらけになることも多い。凄惨な現場で嘔吐して大切な服を汚してしまったと帰宅してから泣いていた。コンサートのチケットを取って会場に着いてから呼び出されたとか、楽しみにしていた食事を目の前に涙を飲んで諦めたとかもある。学校だって休みがちになるので成績の補完も必要になる。

「お小遣い」は日常への補填と心のケアを兼ねたもので、母と一緒に呼ばれてその辺り、職員の人から説明を受けた。妹はスキルに恵まれた故にスキルに溺れやすいと。母は娘に社会貢献と人生を謳歌する両方を望み、職員の人とプランを決めていった。一定額の金銭を自由に使わせることで、ストレス解消や社会勉強をさせる事もその一つ。今のところ人を見下したりせず、健やかに育っているようなのでまあ上手くいっていると思ってよいだろう。

 そう言えば、妹のスマホにもダンジョン協会がGPSを付けていた。愚かな妹が自分のスマホから兄貴のスマホに干渉するとか、高度なテクニックを使えるはずもない。担当の菱村さんに知恵を借りたか? 

 

「母さん、菱村さんに言って何とかしてもらってよ。ちょっとこれ酷すぎないか」

「キリ香ちゃんもそこまで本気ではないわよ。想夜さんが嫌がったらすぐに止めるって菱村さんと約束していたでしょ。だけど数日は我慢してね。彼女も向こうへ移動になるからそちらでお願いするわ」

 

 西日本最大のダンジョンがある神戸市。母はここに新しく出来た研究機関に赴任する。キリ香も併設された付属の教育機関、選抜者専用のモデル校に急遽入学が決まった。ただ準備の遅れから開校が一週間ほどずれて、妹の入学式は明後日となっている。所謂エリート校なのだが、友達と別れたくないとかで、進路決定には手を焼かされた。

 にやついた俺の顔を見て、キリ香の頬が膨らむ。

 

「それなら現金をあげないで全部スマホ払いにしようよ。現金だったら絶対買い食いするよ。それにお兄ちゃんだったら、食費を削ってあのいかがわしい本にお金を注ぎ込むに決まっているし」

 

 思い当たることがあったのか、今度は母が疑わし気に、

 

「大丈夫かしら 現金しか使わないから口座に生活費を入れるようにしたけど、やっぱりスマホに馴染んだ方がいいんじゃない。入学式の日に担任の先生から連絡をいただいたわ。学校ではカリキュラムの登録から連絡事項まで専用アプリで行っているそうね。過去に想夜さんが問題を起こしたから、スマホを使えないのではと心配されていたわ」

「それ朱美姉から聞いたわよ。新入生でスマホ待ってなかったのは、お兄ちゃんだけだったんでしょ。センセすごく困っていたそうよ。オリエンテーションも遅れて、すごく恥ずかしかったって。メールだってまだ碌にできないでしょ。お兄ちゃんのせいで家族もみんなもすごく困っているのよ」

「現金払いで世の中全て事足りる。ウェブに繋がらないと課金されることもない。オリエンテーションが遅くなったのは心配性の先生の話が長かったせい。メールで文字を入力するより直接話した方が早いに決まっている。みんな僕がスマホを使えないから困るとか言うけど、僕は困った事は一度もない。なぜそう思うかこれっぽっちも理解できない」

「居直った、ママ、スマホ払いするとお買い物履歴も全てチェックできるよ。現金を取り上げるとお兄ちゃんなら1日でスマホ払いを覚える。パソコンも取り上げると三日で完璧にマスターできる」

 

 俺の祖父母の世代はダンジョンクリエーションの混乱の影響で、電子データそのものに根強い不信感がある。クリエーション前、スマホを使えなかったり、現金払いしか出来ない人は、社会不適合者として差別されていたという。クリエーション後、弱者は一転勝者になった。いわゆる「ザマァ」が起こったのである。その後、この断絶世代向けに電子マネーやスマホの普及にむけての施策が進められたが、使う意思なき者を相手に全てが徒労に終わる。祖父は幼い頃の俺に、電子マネーの危うさや電子機器の脆弱性について何度も話してくれた。

 世界中の電子資産が一瞬で消えた。電子データの億万長者は無一文に転落し、企業の預貯金も、借金さえもゼロになった。小売業は仕入れが出来ず、販売も出来ない、そもそも現金の持ち合わせがないから。それに彼らは、ソフトには精通しても、人と人がものを動かすという常識的な事を理解していなかった。ものづくりの心を忘れた、人の絆を無くした企業は一夜にして滅んだ。もうスマホなどは役に立たない金属の塊だ。スマホ依存の人間は何も出来ずにコミュ障となり、復興の足を引っ張った。

 俺は祖父から、この時代の恐怖体験を何度も聞かされている。電子マネーは何と恐ろしいんだろう、スマホは人を陥れるパンドラの箱だ。おじいちゃん子の俺が、スマホを使わず、現金払いしかしないのも当然である。

 

 段々過激になっていくキリ香だったが、同棟のマンションの親友宅に友人たちが集まっている報せを受けて、お別れを言いに行った。親友は篠塚瀬理菜ちゃんといい、少し大人っぽくてお淑やかないい子なのだ。両家とも片親だった為、俺が学校を休みがちな妹の勉強を見るついでに、彼女の勉強も見ていた。成績が上がったと先方から感謝された時は嬉しかったな。

 

 




主人公はプロローグが終わるまでチェリーボーイのままです。
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