戦斧と大斧を両手に抱え、階段を登っていく。巨大通路の側面に出たようで、振り返れば階段は閉じていた。通路の両端には大岩や瓦礫が散乱しているのだが、中央は片づけたように歩きやすい。大岩の回りには結構な蛇が蠢いている。瓦礫をひっくり返してみても下にいたりする。俺は子供の頃から結構蛇を見てきたのだが、シマヘビや青大将そっくりで、『魔力視』で視ても魔物ではない気がする。向こうから襲ってくる様子はない。こちらから手を出してもいいのだが、スライムの時のように何かのトリガーになる可能性を考慮して放置している。それに戦斧と蛇の大群では相性が悪い。
この通路、一本道の様だが、蛇行していて見通しは良くない。いくつかの大部屋、小部屋、行き止まりの隘路があるだけで、隠し部屋や宝箱はなし、小一時間で元の場所に戻ってくるようだ。まあ、ボスは大蛇でしょう。
蛇は動く餌に反応するという話を聞いた事がある。蛙が睨まれてじっとしているのはその為だと。戦斧だけを手に持ち大岩の陰に身を潜めた。「首領」の大斧は逃走の邪魔になるため隠しておく。待ち構える事30分位、音がしたと思うと、天井から大蛇が降ってきた。全長は優に10mを超えていると思う。太い処の胴回りは1mを超える、純白の大蛇。それはモンスターというより神社のご神体を思わせた。
赤い目の大蛇は硬直する俺など無視して通り過ぎていくが、俺は思い切り大蛇の尻尾の先に戦斧を振り下ろした。尻尾が千切れ飛ぶが、何も尾を切る事が目的ではない。間を置いて大蛇がのたうつ。狙い通り腹部が晒される。幾度か戦斧が振るわれて、白い蛇腹を傷つけ、肋骨をへし折る。弱い腹を狙ったのは、大蛇の移動を少しでも妨げるためだ。蛇は肋骨と腹の鱗で移動するという。仕留め切れなくても問題はない。
怒りの大蛇が赤い眼で睨み、食い殺そうと大口を開けた。『俊足』を交えて懸命に逃走するが、すぐ追い付かれそうになる。疲労が蓄積されて体が悲鳴を上げているのが分かる。それでも俺は大蛇を何とか、行き止まりの隘路まで誘い込んだ。行き止まりに逃げ込むのは本来悪手だ。だが大蛇の通れる長い直線となるとここしかなかった。真っすぐな隘路では蛇行が出来ないので、腹の傷と合わせて速度が出ないのではという期待から選んだ。
突進してくる大蛇に向けて、俺は無理な体勢ながらも戦斧を合わせた。乾坤一擲の斧の刃が、蛇の口を真横に裂く。刃は喉まで達するも、戦斧はそのまま持っていかれる。俺も壁に思いきり叩きつけられた。身体中が痛い、身体強化ダブルでなければ、詰んでいたかもしれない。満身創痍の俺は奴と対峙した。大きく裂けれた大蛇の口は血で真っ赤だ。お前はもう噛みつけない。胴体も隘路で伸びきっているので、俺を絞め殺す事も出来ない。恨みの籠った赤い眼で白蛇が俺を睨んでいる。俺は隠しておいた「首領」の大斧を何度も振るい、やっとその首を落とす。
血だまりの中、スキルオーブが三つ見える。しかも一つは赤のスキルオーブだ。白以外は初めて視る。まず一番近い白のオーブを胸に押し当てる。
『性豪』……望む者は授からないスキル。
ここできたか。そう言えば蛇は長いんだっけ。まあ、いいか、気を取り直して次のスキルを念じてみる。
『結界』……
魔力か体力の限界が近いのか、上手く読み取れない。休息が欲しい。そして赤いオーブだけがいつまでもそのままだ。俺はオーブを無くさないよう、襟から心臓の上へ、直接肌身離さないようしまい込んで目を閉じる。大蛇の死体も血の池もいつの間にか消えているようだった。
なんか、胸の辺りがムズムズする。幼い頃は飼っていた子犬がこんな感じで起こしにきたな。
意識が戻ると服の下から、食べられるとか、助けてとか、可愛らしい悲鳴が聞こえる。胸の中で柔らかいものがもぞもぞするのは気持ち良い。襟のボタンを外してみると、ショートヘアの銀髪で紅の目の女の子が顔を出してくる。幼げだがこの世ならぬ美しさ。髪と目の色は先の白蛇を思わせ、人のものではない。何よりそのサイズがおかしい。
「魔神さま? それとも邪神さま?」
この時俺は寝ぼけていたのか、失礼のないよう丁重に問いかけた。生まれたての魔神や邪神は少女の姿を取るのが決まりなのだ。
戸惑う俺の姿を見て安心したのであろうか、襟元から這い出して来るのは一糸まとわぬ美しき少女。たわむ胸と早春の丘が、俺の鼻や唇に押し当たる、嘗めてしまいたい。それは身長50㎝の大きな人形、いや小さな女の子。
「ボクは蛇の妖精、土地神のゆりかごに育まれ、キミの魔力にて導かれん。三千世界を越えてここに顕現したよ」
俺の首をまたいで堂々のポーズを決める妖精だが、股間には産毛に隠された未開封の割れ目が、うっすらと見える。乳房の高さも下から見れば確認できた。ヒトの比率に例えればFカップぐらいか。全裸なのに重力を無視して主張が激しい。幼顔とのアンバランスもあって、無垢でそして冒涜的な双丘であった。
こんな眼前で異性の局部や乳房を見たのは初めてだ。これが「みよう本」に記載のみあるアダルトフィギュアなのか。人形に興奮する自分は異常かと思いながらも、乳房も陰部も、躰のラインもしっかりと目に焼き付け記憶しておく。彼女が女神様だったら、俺は獣にされて食い殺されたであろう。
紹介によると俺の魔力で生まれたらしい、成程体がだるいはずだ。赤いオーブが見当たらない、これは召喚魔法か、召喚魔法で妖精を呼び出した。召喚魔法とかはまだ確認されていないはず。高揚した俺は、疲れも忘れて思わず叫んだ。
「君は僕のものだ、一生大事にする」
ダンジョンを一緒に冒険しても役に立ってくれそうだし、話し相手にもなってくれる。何も出来なくても、ペットにして大切に飼おう。ボクッ娘妖精とか最高だ、蛇と巨乳はマイナスだけど。蛇妖精が憐れむように俺の目を見る。そこには己の裸体が映っている。慌てて元の位置へ、胸の中に潜り込んで、うーとか言い出した。裸体を見られるのは嫌でも、肌を合わせるのはいいらしい。
「異種族に欲情している変態さんの子供がいる」
どうやら召喚されたのではなく、赤いオーブから生まれたのだと言う。赤いオーブは妖精の卵だったのか? 改めてお友達になりたいと問うと、
「ボクに素敵な服を作ってよ、そしたらお友達になってもいいよ」
「みよう本」ではかつてエシと呼ばれる専用のイラストレーターがいて、服を着たままの女の子をいかにエッチに描けるかについての技術を競っていた。「みよう本」は中身が同じなので、この技術力の有無が売り上げを左右したという。俺は彼ら彼女らの描く妖精の姿を思い出す。ズボンを履いた妖精はいない。スク水の妖精はモブ妖精。白蛇をモチーフに、衣装は純白のミニドレスでフリルをふんだんにあしらったもの。フリルは蛇腹をイメージしたものだ。赤目に似合う緑をコーデ、ワンポイントに紺か黒。背中は大きく空いている。
「貢物は受け取ったよ」
思考を読んだのか、その身にまず純白の、次に緑の衣がまといつく。色彩は艶やかで上品で俺のイメージより何倍も良い。大いに気に入った蛇妖精はクルクルと舞い踊る。何と可愛いいんだろう。ご機嫌な蛇妖精に、俺はダンジョンの試練について尋ねてみた。ついでに今の俺の事も。
「試練は、ダンジョンの神様の無聊を慰めるお遊戯みたいなもの。神様は頑張る命をいとおしむんだ。良かったね、遊んでもらえて」
迷惑な神様である。もっとも地球にダンジョンを作ったのがそうなら、是非もなしか。俺も「新人ちゃん」が頑張る姿を見るのは楽しいからな。
「弱きものは、神様に命を差し出して遊んでもらえるのが最高の栄誉なんだよ。試練は果たす事が出来る、達成すれば破格のご褒美がもらえる。それにキミは試練を拒否したいのかな?」
俺は選ばれたかった。父や母のようになりたかった。学業も鍛錬もそれなりにこなした。友人たちが、妹が次々と選ばれるのを見て、内心は焦った。せめてみんなの役に立とうと己を律し続けた。もし試練を受けるのに命を賭けるかと問われれば、俺は迷わずイエスと答えたであろう。俺も業が深い。
「本当はボクで終わりだったのさ。つまりボクがラスボス。君に恨みがある陰険なやつが、ボクが寝ている間に、エクストラステージみたいなものを勝手に作って待ち構えているよ。やつは負ける気はなし、残念だったね、さようなら」
この話が本当なら俺はもう試練をクリアして、外に出ている事になる、たくさんのスキルを持って。それに肝心な事を聞いていない。なぜ突然地球にダンジョンが生成されたのかという謎を。この蛇妖精は本当に俺の味方なのか?
「ちょっと、待って。助けてくれないのかよ」
「なんで君を助けるの? ボクは新しい巣穴を作りに行くんだ」
ダンジョンで出会った妖精は、主人公をナビして出口まで導く義務があると、「みよう本」を例に言葉を尽くして説得したが、騙されてくれなかった。
「でもせっかくボクを起こしてくれたんだ。結界の使い方は教えてあげるよ。それからあいつに勝つチャンスもあげる」
蛇妖精は小さな額を俺のそれに押し当てる。『結界』の知識が入ってくる。妖精の双丘が優しく頬をくすぐり、鼻孔は甘酸っぱい匂いで満たされる。美味しそうな果物の匂い、白桃食べたいと思いながら俺は眠りに落ちた。
「ゆっくり休めば、元気になるよ。勝てるかどうかは知らないけど」
恩は返した、蛇妖精は晴れやかな気持ちで舞い上がる。愛らしいドラゴンの翼がパタパタ揺れた。生き物は疲労すれば眠るもの。それだけで回復するのだ。愚かな男の子は眠りさえ忘れている。今、弱きものをいとおしむ女神さまの御心が、ほんの少しだけ理解できた。それにこの子はボクを神様と間違えた。弱い子供から見ると、ボクは神様みたいに偉く見えるのかな。
「ボクの作ったダンジョンに来てくれれば、ボクは君のものになってもいいよ。ボクはあきらめの悪い子が好きなんだ」