人類のエネルギー源はダンジョンからの魔石が主流になりつつある。かつて石油や天然ガスの輸入で賑わった徳島港の寂れた一角、コンビナートの跡地を俺と菫先輩は手繋ぎながら散歩していた。彼女はボーイッシュな女の子に変装した俺も、大いに気に入ってくれた。しっかりと手を握って好意を示してくれる。二人の関係をもっと先に進めても問題ないくらいに。
お日様は雲に隠れ、潮騒が叫び声を消す。廃墟に近い港湾施設が適度に視界を遮ってくれる。男女が人目を忍ぶにはちょうどいい、格好のデートスポットだった。当然こうした場所にはチンピラも高確率でたむろしている。したがって、女性をここに誘うのは強い男に限られる。不良どもを蹴散らして菫ちゃんにいい所を見せるのだ。
今日の菫先輩は、 鍔の広い麦わら帽に白のペプラムブラウスと黒のスキニーパンツのモノトーンだ。バストと御足が強調されて相変わらず可愛らしい。相方のボクはボーイッシュなスポーツ少女、市街地なら両方ともスカウトされる事請け合いの、麗しい百合カップルだった。話題は自然とボクのボランティア先となる。彼女の誘いを断ったからだ。
「ねえ、想夜ちゃん、孤児院のボランティアって何をするの」
孤児院などは、お金持ちの社長令嬢とは縁のない世界だ。菫ちゃんは興味津々だった。
「女性や子供が多いからね。力仕事やちょっと危ない仕事を率先してやってるんだ」
先日は庭木の剪定を手伝った。前みたいに女の子が勝手に登るのは危ない。高い所が大好きなボクは、ロープ一本で楡の木にスルスル登る。梯子などは使わない。枝をスッキリ切り落としていく。そしてお猿のように隣の木へと跳び移る。見学の孤児たちは歓声を上げながら、競って枝を片付けてくれる。これで庭も日当たりが良くなった。花壇の花もすくすく育つはずだ。良い子はマネしないようにと念を押し、10メートルの高さから飛び降りる。スキル『風衣』のなせる技だった。地上ではスキル効果は半減するが、今のボクには容易い。一級探索者の威厳を見せつける。
小学生の子供たちにお友達扱いされていたボクだが、これで少しは尊敬されるようになった。
「それから歌を歌うよ」
「ええっ、小学生の子をカラオケに連れて行ってるの?」
「ちょっと違う。教会の孤児院だから、聖歌隊があるんだ。子供達から聖歌を習っているんだ。これが結構楽しい」
教会の聖歌隊に属する子供たちは健全であらねばならない。良い子達にダンジョンの話をする傍ら、ボクは小学生から聖歌を教わっていた。新参者に先輩が指導して絆を深めるのが伝統らしい。ちなみにボクは音域が広いのでどのパートでも行ける。孤児たちはボクに指導する事で、自分達も見違えるように上達していた。
「それじゃあ、聖歌隊のみんなを、チャリティーコンサートに招待できないかな。パパの会社の主催するイベントで参加者を募集してるの」
話を聞くと、父親の会社がダンジョンで対立した世論の融和を願って、親を亡くした子供たちの支援コンサートを企画中という。むろんダンジョン協会が後援につく。以前のボクはこうした売名行為は嫌いだった。黙って寄付すればよいのにと思っていた。それがある実業家の伝記を読んで考えが変わる。有名大学の講堂にその名を残す人物は売名を嫌い、少なくない額を匿名で寄付していた。ところが財貨を溜め込むだけの吝嗇家と誤解されて、烈士に刺殺されてしまう。しかも犯人は世直しに満足して、真実を知る事なくにその場で自決してしまった。
もちろん彼女の父親が経営する会社も、思惑があっての事と思う。それでも子供たちに敬意を払ってくれるのなら、何もしないよりずっと良い。
「司祭様に話してみるよ。多分前向きな返事が来ると思う。僕も協力できるといいけど」
「会社の人にはよく言っておくわ。それからわたしもチャリティーには参加するの。注意しておくから聖歌隊の子には挨拶させてね」
社長令嬢の菫ちゃんが参加するなら安心だ。彼女は父親の会社の広告塔になりきる気でいる。こうしたイベントでは集金も大切だけど、参加者もいい意味で楽しまないと次へ繋がらない。有名人で華のある菫ちゃんに相応しい役目だと思う。とてもボクには務まらない。
ボクは菫先輩の腰に手を回して散策を続けた。人気のない方へと誘導する。菫ちゃんはそわそわして落ち着かなくなった。ここまで来れば、悲鳴をあげても聞こえない。
「想夜ちゃん、ちょっと怖いわ。どうしてこんな所に連れてくの」
「それは先輩を好きにするため。ここなら声をあげても誰も来ない。楽しい事を始めよう」
ここからが本番だ。車が二台、土煙を上げながら猛スピードで迫ってくる。海からはプレジャーボートが波飛沫を上げて接岸しようとする。搭乗者は全員覆面をしていた。こいつらが期待通りの口上を述べる。
「岩魂寺菫だな。一緒に来てもらう。こちらには選抜者が四人いる。大人しくしろ」
「もう、岩魂寺は禁止! 頑固ジジイみたいでかわゆくないし」
魔力の感じから確かに選抜者は四人、それに拳銃を構えた一般人が二人、車には運転者役がそれぞれいる。相手に正確な情報を伝えるとか駄目だろう。はったりをかますとか、伏兵を置くとか頭が回らないのか。それに引き換え、今日も菫ちゃんは平常運転だった。
「さすがは菫様。場慣れしてるね。雑魚はお呼びじゃないってさ。しっ、しっ、デートの邪魔だよ。ボクたちの視界から消えて」
ボク達は呑気に会話を楽しんだ。菫ちゃんがちょっと怖い事を平然と言う。そしてボクの呼び名も変わった。
「拉致されかけたのは十回ぐらいかな。それよりサヨちゃんは誘拐経験者よね。ねえ、怖くなかった? 痛い事されなかった?」
「誘拐犯はビビりだった。プロは無言で仕事するって聞いてる。おしゃべりなこの人達は減点だね。それに全員、隙だらけなんだけど」
弱い。実行犯が雑魚だった。釣れたのは外道だった。
「みよう本」ではダンジョンから力を貰った人間が闇落ちする、アンチヒーローものが山ほどある。残念ながら、現実は厳しい。日本国の人口は約一億、毎年の死亡者数は百数十万人。国内の選抜者の比率は約10%なので、十数万人が天に召され、ほぼ同数が新規に選ばれる。この中には犯罪者やその予備軍も含まれる。
しかしながら警察官や自衛官など、抑止勢力も職業比で誕生するのだ。彼らは平時には訓練や探索でダンジョンに潜ったりする。そして経験値やスキルを稼いでどんどん強くなる。高待遇で、階級も上がる。他方ドロップアウトした選抜者には協会が免許を発行しない、要はダンジョンに入れないのでスキルも得ず、経験値も禄に増えない。いつまでも弱いままなのだ。普通の人からは脅威でも、制圧は容易だ。本当の悪人は善人の皮を被って暗躍する。
四人の選抜者のうち、ボクは体格のいい覆面男に話しかけた。こいつの魔力には覚えがある。
「君のこと知ってるよ、枯川君だよね。盗撮して学校を辞めさせられたって。ブラックリストに載ってたよ。恥かしくないの。よく生きていられるね」
「それうちの学校の一年生だった子でしょ。ザコザコだったって聞いてるわ。へえ、彼がそうなんだ」
菫先輩が合わせてくれた。これでボク達を何とかしないと、枯川は身の破滅だ。
「なんで分かった。お前も一緒に来い。幹部候補の俺様が、死ぬまで後悔させてやる」
ボクは自分が『透視』している事を棚に上げて元クラスメイトを煽りまくった。短気だった彼はここでも激高する。だけどリーダー格の男がこれを押さえた。
「よせ、こいつらは時間稼ぎをしている。残念だったな。位置情報を発信して救援を呼んだつもりだろうが、ジャッミングさせてもらっている。お前たちのスマホを取り上げれば、それで積みだ」
社長令嬢とその護衛の私物にはGPSが仕込まれてる、これは誰でも予想できる。誘拐犯はこの場でボク達を素っ裸にひん剥いて、私物を放置、プレジャーボートで沖へ連れ去る気だろう。スマホが圏外になっているのを確認した菫先輩が悲鳴を上げる。覆面越しに好色な眼差しが寄せられた。
「いやあああ~~~」
ボクにヒシヒシと抱きついてくる。俺は彼女を持ち上げるようにして搔き抱いた。ロリ巨乳が俺の胸を押し上がる。そして偽パットの所で押さえられた。未知の快感に、菫ちゃんはきゃん、きゃんと可愛く鳴いてくれるのだ。
澄ました社長令嬢が取り乱している、合法ロリな菫ちゃんが男どもの加虐心を煽る。アイドル探索者とその付き人美少女に我先へと襲いかかった。こちらはもっと楽しみたかったのに、なんてこらえ性のない人達だ。
だが次に上がったのはむさい男の悲鳴だった。拳銃を構えていた奴らの指が落ちた。俺はこっそりと『鎌鼬』を放っていた。同時に車のエンジンルームから『石槍』が聳える。引火を恐れて運転役が飛び出してきた。岸壁からも『石槍』が水平に生える。プレジャーボートの喫水線を穿ち、もう浸水を始めている。
遠くに警察車両のサイレン、洋上には海上保安庁の船舶も展開していた。こいつらはおとり捜査に引っかかったのだ。社長令嬢と少女が二人きりで寂しい場所に行けば何か釣れると思ったが、かかったのは雑魚、本命は警戒して逃げてしまったようだ。
「これで詰みです、無駄な抵抗は止めるんだね。一応警告しておくよ」
ここで的確な判断が出来ないのが破落戸の定めだ。選抜者の能力なら、ワンチャン、包囲網を突破できると思ったのか。
「貴様ぁ!」
枯川が『剛腕』をうならせて俺の顔面を狙う。相変わらず女性の顔を殴るのが好きな奴だ。だけど女のようなボクの掌で簡単に受けられてしまった。そのまま拳を握りつぶす。彼の絶叫が終わらぬうちに、残り三人と対峙した。膝を砕き、肘を折り、肩を外す。たちまちに全員がコンクリートに倒れ伏す。だがボクは残心を解かない。彼らがここで魔法を使って反撃するなら、致命傷を負わさねばならない。駆けつけた警察官に全員を引き渡すまで、これは続いた。
以前、ボクと枯川はここまで彼我の差はなかった。ダンジョンで揉まれていないとこうなってしまう。
ここからは二人きりのデートとはいかなかった。菫先輩は父親の差し向けた車で戻された。ボクは悪い事をしていないのに、パトカーで連行されてしまう。行き先はもちろん、警察署の異能課だった。新口刑事が品定めするように俺を見る。
「朽綱サヨ君、苗字はつくなって読むのかな。ご令嬢の護衛ご苦労様。それにしても君、可愛いのにえげつないね。状況詳しく話してくれないかな、そうしたらお兄さん、カツ丼奢っちゃう」
いくら女装しているからと言って、男からジロジロ見られるのは不快だ。それに今日何もなければ、菫先輩と三ツ星レストランでディナーだったのだ。それがカツ丼になってしまった。少し意趣返しをしておこう。殻花刑事も入ってくる。ボクの身元の照合が終わったようだ。即座に助けを求めた。
「帰してください。この人、ボクをいやらしい目で見るんです。それに話さないと食事抜きだって」
「新口君、これは問題よ。取り調べでのセクハラとパワハラ、しっかり報告させてもらうわ。サヨさんね、お姉さんが護るから心配しないで」
ここぞとばかりに、お姉さんに抱きついた。女刑事にしがみつけるなんて役得だ。女装して良かった。殻花刑事は、懸命に弁解する同僚にけんもほろろだった。それにしても初対面の俺を信じて、相棒を疑うなんて。新口刑事が出世しない理由も判った気がする。
「彼女は岩魂寺菫さんが私的に雇った護衛だそうよ。優秀な探索者ですって」
新口刑事の眼が細まった。一流の探索者がこんなにしおらしい筈がない。
「君、探索者免許を見せてくれないかな」
職質された。恐々と免許を取り出す。御上想夜の苗字、御上の所は指で隠した。それに想夜はサヨとも読む。
「なんだって、一級探索者! それに想夜、さよ? 君、御上想夜君か。よくも謀ってくれたね。それにしても一級探索者になったのか。凄い出世だな。お兄さん抜かれてしまったよ」
さすがは刑事さん、バレてしまった。もっともそこそこ珍しい名前と、ボクと菫先輩が知人だと知っていれば、容易に辿り着く。
「あなた御上君なの。でも岩魂寺コーポレーションからの資料だと、朽綱サヨってあるわ」
「それは通名ですよ。ツクナは母の旧姓です。菫先輩の護衛が男性だと、不都合なことも多いので」
真っ赤になっている殻花刑事にネタバレをした。彼女は恨めしそうにボクを睨む。
「あなた、その恰好で女子更衣室に入ってないでしょうね」
覗きを疑われてしまった。
悪戯の後は真面目な話となる。ここ徳島市は面倒事を抱えているようだ。まず沙織が反社組織を壊滅させた影響で、その筋の縄張りに空白地帯が出来た。ダンジョンを抱える徳島市は格別美味しいらしい。
「寒山一味が消滅したでしょ。後釜に座ろうと、いくつか犯罪組織がここへの進出を狙っているのよ。今日捕まえたのは九州のやつ。新興だけあって雑だったわね」
他にも関西を中心に幾つか大手が進出を狙っている、注意するよう言われた。そして厄介事は国内の反社組織だけではない。
旧港湾ダンジョンの騒動とシーナの顕現で、ここは世界中から人が押し寄せた。その中には当然極秘の調査員も含まれる。彼らが合法的な活動をする分には仕方がない。だが非合法な工作員、かつて俺達を誘拐したような組織もどさくさに紛れて潜入したらしい。今回のおとり捜査は、本来こちらを引っかけるため、菫ちゃんの父親が持ち掛けたものだった。しかし、相手もプロフェッショナル、警戒されてしまった。
「君も用心しろよ。そして岩魂寺さんは別格だ。アイドルで社長令嬢、探索者としては弱そう、更に特別なスキルを持ってる噂もある。愛玩用、身代金、人材確保と美味しすぎる存在だよ。やっかいな国外の非合法組織も目をつけている。気をつけて」
菫ちゃんを護るにはいくつかのシンジケートを潰す必要があった。誘拐は割に合わないとわからせるために。それにかつての俺達のように、怖い思いをする子供があってはならない。かつて俺に銃口を向けた男の顔が記憶から蘇った。