彼らはどうして俺を狙ったのだろう。港湾ダンジョンの消滅から生還したのは俺だけだ。俺のスキルでは、コアの討滅も星堂さんに勝つ事も不可能とされてている。従って、目撃された高位生命体がダンジョンの消滅に寄与したと、世間一般には解釈されている。俺がコアに手が届いたのも、シーナの援助があってこそと解釈されているのかも。なれば俺を尋問すれば、高位生命体の手がかりを掴める、こう思っているのではないか。過程は間違っているが、結論だけは合っている。
また俺が実力でダンジョンコアを破壊したとするなら、もう一つの可能性に辿り着く。スキルの隠蔽、悪い奴らなら、誰でも思い当たるだろう。その辺りの事が知りたかったのかもしれない。合法、非合法にかかわらず多数の工作員が紛れ込んでいるという、異能課の刑事さん達の言葉を思い出した。
さて、ここ深層の恐竜サイが棲息する異空間エリアは、常夏だった。通常の洞窟型エリアと比べても、体力の消耗が激しい。領域には、巨大な裸子植物と被子植物、そしてシダ類が混在する森林が点在する。今回の調査には、森林の植生と棲息する小型モンスターの確認も含まれる。
まず、目標を確認する。捜索する事10分、そいつはいた。体長7m、体高3m、頸回りは威嚇するような襟飾りで覆われ、曲がった角がついている。背甲は金属の皮膚で覆われた、スーパーヘビーなモンスターだ。頸周りのフリルは俺のフリル服とお揃いだ。のろまに見えるが、巨体なだけに移動速度は結構早い。
今は観察に留める。こいつを確実に仕留めるなら『衝撃波』が必須だが、今はクールタイム中だ。もし食事や睡眠を模して静止したなら、『アースファング』でもいけるだろう。そうすると魔力が空になり、緊急時に対応できない。ソロでの活動では常に余裕を持っておきたい。
俺は『気配察知』に加えて、『透視』と『魔力視』の魔眼を併用して原始の密林へ分け入っていく。確認できたのは小狡いゴブリン、強靭な糸で罠を張るオオグモ、奥へ進むにつれて、大蛇や食虫植物の魔物も発見した。ゴブリンを捕まえて投げ込んでみる。蔦が絡まるや、あっという間に捕虫袋に投げ込まれて、たちまちに消化されてしまった。
灼熱の岩山にも、サソリやムカデっぽいモンスターがいた。前者は尾の先まで入れると3m程、後者にいたっては5mを優に超える。こうしたキモ可愛いヤツが生息しているという報告は上がっていない。叩き潰すと、魔石の他に毒薬らしきものを落とす個体があった。こうやってクールタイムの終了を待ちながら、俺は奥へと進んでいく。20キロほど入りこんだ所、体感時間で夕方、5時か6時とという処で条件を満たした。
恐竜サイはサイの進化した魔物である。中国とアメリカのダンジョンで多く確認されおり、角や襟飾りの形状が異なるタイプが何種類か報告されている。しかし現場を知らない研究者はトカゲが進化した魔物だと宣わっている。フリルといわれる派手な襟飾りに特徴があり、フリル探索服を着用している俺には親近感があった。
早速目をつけていた8mほどの個体と対峙する。こいつは一本角で、頸周りの襟飾りは空に向けて大きく逆立っていた。出会った中ではフリルが一番ド派手だった。『石槍』をぶつけてみるも、金属質の皮膚の前には全くの効果なし。『鎌鼬』も同様。大地から『石槍』をはやして腹を穿つが、槍の方が折れてしまった。当然ながら急加速して俺へと爆走する。荷を満載した大型オレーラーが、時速100キロで突っ込んでくるような迫力があった。
旋回も不自然なほど素早い。風魔法を使っている。砂塵で見通しが悪い中、再びこちらへ暴走する。煙の向こうでヤツが吠えた。『咆哮』と『共振』のスキルを同時に使われた。身が竦み大地が揺れ、立っていられなくなる。こうして轢き殺すのがこいつの必勝法だ。俺は『風衣』で跳び上がると、極太の頸部へ向けてハルバードが軌跡を描く。だけどこいつはフリルを倒して、しっかり急所を防御する。
賢い。犀利という言葉があるように、昔サイは人間のように賢かった。ちっぽけな脳みそしか持たなかった恐竜とは訳が違う。土煙が視界を遮る。哺乳類のサイは目が悪い。代わりに聴覚と臭覚に優れる。それに魔力でも俺を感知しているのであろう。正確無比に俺の位置を捉えている。空中に逃げても、パイクの様なフリルの棘を、俺に向けて射出する。
こうやって暴れられると、上級者パーティでも攻め手を欠きがちだ。攻撃と撤退を繰り返して、獲物の疲労を待つのが常道となる。大物になると一日掛かりも普通という。割に合わないので敬遠される。だがギルドはそれを承知で、ソロの俺を送り出している。
砂塵舞い、視界が奪われる。爆音だけが迫ってきた。二つの魔眼が開眼する。『透視』と『魔力視』が奴の最期を捉えた。真正面から突進する。衝突の寸前、滑り込むやハルバードで喉元を一閃した。『鎌鼬』が奔る。鋼線のような神経が、音を立ててブチブチ切れる。残心を取る中、ヤツの頸が落ちた。
勝つには勝ったが、大技と魔眼スキルが恐竜サイと相性が良かっただけ、俺が強いわけではない。自分に言い聞かせながら、巨大魔石を手に入れた。そしてスキルオーブ、幸先が良い。取り込んでみると、なんと『アイテムボックス』。これで俺の『アイテムボックス』はダブルになった。容量は二倍となる。実は俺が入院している間に、『鑑定』と『アイテムボクッス』にダブルが現れたのだ。この他にも、新発見のスキルがいくつも確認されている。ダンジョンが深く潜れと呼んでいる。異空間の拡張で、新規の魔物も出現し、探索距離も伸びている。これは女神さまの人類側への配慮だと思う。
俺は更に奥へと進む。薄暗くなってきた。ここで岸下の一体に奇襲をかけた。『衝撃波』を放つ。さすがに硬いが、太い頸が断頭台に掛けたように綺麗に落ちた。そして野営に入る。原始林の奥で『結界』を張った。未知の異空間で野営、それも見通しの利かないのは、リスクが高い。開けた場所であっても、恐竜サイに突進されたら一巻の終わりだ。その為、これまで調査隊は中層との緩衝地帯まで引き返して野営していた。
しかし、俺なら戻る事無く現場で野営できる。このエリア、こんなに奥深く浸透したのは俺が初めてであろう。夜間一度目を覚ました。ホブゴブリンの斥侯が徘徊している。地を這う牙蟻、発光しながら乱舞する甲虫、それを捕食する巨大な蛾と、魔物どもの夜の営みが繰り広げられた。俺にはこれらが新種かどうか特定出来なかった。俺のように大技を持つ探索者はそこそこいるが、数を相手に出来る人は少ない。恐竜サイには勝てても、こいつらには数の暴力で食い殺されてしまう。まさに『結界』サマサマだった。これをくれたシーナには感謝しよう。
早朝、再び『風衣』からの強襲で一体を仕留める。三本角のヤツだった。今回は魔銀も落とした。武器や防具、民需でも、強度と耐久性を求められる金属に混入される。密度の高い金属で、スマホサイズで10K位あった。俺は更に奥を目指す。進む事4時間、『衝撃波』のクールタイムが終了する。入り口から100キロ近く入ったであろうか。これ以上進めば、復路の問題がある。コーディネートしてくれた小梢ちゃんと尋さんのためにも、なるべく予定時間で戻りたい。
だけど小山を超えたところで、遠方に大山脈が連なっているのが確認できた。エリアの終わりだと思う。異空間の終点は絶壁や、山脈、大河で区切られている事が多い。探索者が越えようとしても、いつの間にか元の位置に戻されてしまう。
どうせなら終わりを確認しよう、俺は麓へと急いだ。そして見つける、岸壁に奥へと繋がる洞窟があるのを。未確認エリアかもしれない、心が逸るも、特異個体が待ち構えていた。全長は10mもある。眼の上には二本角、サイケデリックのフリルの後ろには、更に巨大な一対の角が聳えている。このタイプは聞いていない。恐らく特異個体かエリアボスであろう。洞窟を守護している。ここまで来たのだ、こいつを倒して洞窟の中を覗いてみたい。
正面で対峙した。侵入者を排除しようと、怒涛の突進が始まった。通常の個体より一回り以上大きい上に、速度も出ている。時速100キロは優に超えているだろう。当然のように『咆哮』と『共振』で、こちらの動きを阻害してくる。土煙の中、正確に俺の位置を捉えて爆走してくる。俺は舞い上がり、『衝撃波』を繰り出そうとするも、ヤツはフリルのロングホーンを伸縮自在に操り、カウンターを狙う。スライディングして喉元を切り裂こうとしても、顎を落としてガードしている。膠着状態になった。
ヤツの鼻息が荒くなった。ブフブフと風魔法で砂塵を飛ばす。視界がクリアになると、悪趣味なフリルの模様が変化して、大きな目玉が二つできる。このボスは二つの顔を持つ特異個体だった。目玉の模様が渦を巻く、魔眼だ、莫大な魔力が放出されて、問答無用で『催眠』へと誘う。眼を閉じても無駄だった。気持ち悪さで、意識が飛びそう。
ハーピーやセイレーンの『催眠』は、獲物を極楽へ逝かせる慈悲があった。だけどこいつは相手を不快にさせるだけ。成敗してやる。ここで使っても誰も見ていないだろう、俺は禁を破る。魔女のお姉さんと魔法少女にしか使わないと誓っていたスキルを発動させた。
闇魔法 『触腕』……防御魔法の一種、唯、相手を拘束するだけ。殺傷能力は一切ない。
二本の触腕が後ろ脚を大地に縛って固定する。残り二本がフリルの角に絡みついて、頭を押さえる。触腕が魔力の流れを阻害する。不快な感覚はなくなった。特殊個体が必死の抵抗を見せるも無駄だ。ダンジョンコア謹製のスキル、その巨体をもってしても千切れはしない。とうとう襟が開いて項が顕わになった。
介錯!
戦斧が一閃して『衝撃波』が奔る。太頸が綺麗に落ちた。
俺が得たものは魔石の他に30キロほどの魔銀、更にスキルオーブだった。スキルは『知力強化』、やはり恐竜サイは、サイから進化した賢い魔物だったのだ。一応ダブルになるが、諸事情から最初のものがスキルとしては無効なので、これが実質初となる。サイのようにお利口になりたい。破格の成果だが、月代主任のダンジョンが変容した直後はスキルが得やすいとの言葉を思い出す。
ちょっとだけ、奥を確認しておこう、緩い下り坂の洞窟を降りる。罠も無ければ、魔物もいない。緩衝地帯になっていると思われる。10分程で新エリアに辿り着く。そこは常春の楽園、伺えば極彩の花が咲き乱れていた。樹々には見た事もない果実がたわわに実っている。食欲がそそる。嬉しさで駆けだしそうになるが思い留まった。濃密な魔力の匂いがする。優しい木陰を作る樹木や美しい草花は、強力なトレントや食人植物かもしれない。
そして何より驚愕したのが木漏れ日の下、少女が一人臥していた事だ。人外の乙女が俺の到着を待ち切れずに眠ってしまった、俺にはそう思われた。傍らには装飾ガラスの小瓶。花の蜜であろうか、輝ける黄金の液体が入っている。俺のために集めてくれたに違いない。彼女の真白の指で、掬い取って舐めさせて欲しい。
絹糸を思わせる光沢のある虹色の髪、パステルカラーの薄布のぺプロス、透けて見える嫋やかな肢体。こんなに弱そうな存在は、女性でもモンスターでも見た事がない。加虐心がムクムクと湧く。こんな極上の餌、雄ならば襲わずにいられるか。赤子の手を捻りたい、半透明の服などティッシュのように引き裂いてやる、抗えぬ罠が待っていた。
花の化身のアルラウネ、全モンスター中、最も稀少で美しいとされる。探索者を甘い蜜の匂いで夢幻へと誘い、精を吸い尽くす。彼女と戦って生還した男性探索者はいない。いずれ命を賭けても挑戦してみたいモンスターだった。そんな彼女が手の届くところにいる。爽やかな果実酒の香りが鼻をくすぐる、酩酊したようになった。フラフラと歩いて行きそう。これは『状態異常』か、男の本能か。俺が辛うじて踏みとどまっていられるのは、緩衝地帯から未踏破空間を覗いているからだろう。
危険だとは分かっている。しかし手を出さないのは男の恥だ。俺は『触腕』を静かに伸ばした。アルラウネを拘束したい誘惑を懸命に押さえる。気取られぬようガラス瓶を瞬時に抜いた。その瞬間、眠れる森のお姫様の眼が大きく開く。
踵を返すのと、緑の蔓が襲い来るのは同時だった。魔力の渦が襲ってくる。無数の蔓がうねりながら、遁走する俺を追う。魔物の乙女から大切なものを奪ってやった、暗い悦びを抱えながら俺は逃げる。彼女は緩衝地帯を超える事は出来なかったようだ。振り返ると、彼女は泣いていた。その切なさに美しさに、かつてない憐憫が湧きおこる。謝らなければ、盗んだ品を返さなければ、今度は俺の心が盗まれそうになる。聖なる美少女だった沙織と瀬里奈を泣かしてなければ、確実に心を持っていかれていた。
この後俺は戦闘と調査を最小限にして帰路を急いだ。途中隘路で出くわしたのと、クールタイム回復でそれぞれ一体撃破する。一匹からは魔銀が落ちた。恐竜サイがアイテムを落とす確率は三分の一と推定されている。今回俺が倒したのは六匹。会得した魔銀は特大のを含めて三つ。ただ、一匹は特殊個体なので、確率の範囲内と言えよう。
その他にも各種魔石に加えて、アルラウネのガラスの小瓶や、サソリや百足の毒薬っぽいもの、密林ゴブリンの武器等、各種アイテムを持ち帰る。『アイテムボックス』がダブルになっていなければ、とても全部収容出来なかったであろう。人狩りの待ち伏せに警戒しながら、2時間遅れで帰還する。