小梢ちゃんと尋さんは勤務時間外にもかかわらず、俺を待っていてくれた。初のサポート業務で担当した探索者が未帰還とか洒落にならない。ダンジョン内はスマホや電子機器が使えないので嬉しいのだが、この時ばかりはもどかしく思った。結果は出せたと思う。だけどその前にひたすら謝るのだ。女の子を待たせるのは最低の男だと、俺は徹底的に仕込まれていた。
「心配かけて御免なさい。心の底から反省してます。これからずっと貢ぐから、どうか僕を見捨てないで」
「余裕をもってコーディネートしたんですけど。どこで遊んでいたのかしら。あなたを追いかけていった人達は、全員無事に引き上げたのは把握してるわ。案外綺麗な探索者さんと逢引きしたりして」
精一杯謝ったのに、尋さんはご機嫌斜めだ。眼が赤い。それにしても俺はモンスター美少女と逢瀬を遂げていた。女性の勘は鋭いものだ。
「それより早く戦利品を見せて。その言い方では期待していいのよね」
サポートした職員には、利益の一部が賞与に加算される。物欲に眼が眩んだ小梢ちゃんの方は、これっぽっちも怒っていない。今回俺が持ち帰った深層の魔石やアイテムは70キロを超える。彼女はニマニマとしながらカートを覆った布を取った。小梢ちゃんが唖然としている。この顔が見たかった。
「こんな量、アイテムボックスに入らないじゃん。恐竜サイの魔石、六つもあるよ、しかも一個はすごく大っきい。予定では戦闘は4回のはず、危ない事していない?」
「そこはアドリブで何とかなりました。それから探索中にアイテムボックスがダブルになりました。修正のほうお願いしときますね」
「あなた、相変わらず引きが強いわね。でもアイテムボックスは最近習得する人が多いわ。うちでもダブルになった人が何人かいるの」
小梢ちゃんと尋さんの計画書では、クールタイムを加味して『衝撃波』での戦闘を4回以内に抑えるようになっていた。無茶をしないよう、くれぐれも念を押されていた。言いつけを守らなかった弟に、お姉さん二人の視線が怖い。本当に危なかった事を言い出せなくなった。
『アイテムボックス』のダブルは隠す必要もない。スキルを隠匿して後ろめたい俺は直ぐに申請した。ここでも『アイテムボックス』ダブルの拾得者は何人もいるのか。悪目立ちしなくてよかった。
カートに載せられた拾得物はまだ『鑑定』されていない。その代わり一つ一つにタグが付いている。これは尋さんから事前に渡されたもので、俺は採集する度に、モンスターの種類、遭遇した日時、使用したスキルなど、大まかな情報を記入していた。他にも地形や環境などの聞き取り調査が始まった。記録係は尋さんで、アプリには俺のスキルや推定能力が事前に登録されている。これにタグデータを入力する事で、大雑把な地図や魔物の分布図や脅威度を推定するのだ。
聞き役は小梢ちゃんで、モニターを見ながら、必要事項を質問してくる。
「御上君、凄い。百キロ近く移動している。ここがエリアの終点だね。それにこの魔銀重くて持てないよ。いくら位するのかな」
特異個体が落とした魔銀は文庫本サイズで、通常の魔銀より三倍重い30キロある。小柄な小梢ちゃんは持ち上げられない。あざとく非力アピールしてる。
「この特異個体の情報、未確認よ。エリアの終わりを確認できたのは大きいわ。これで地図作成の目途が立つかも。報酬は期待してていいわよ」
最終的には『マッピング』スキルを持った支援職の人が調査を行い、正確な地図が完成する。ただ、この人たちは戦闘系のスキルを得難い傾向があり、更にマッピング中は『空間把握』や「遠視」等のスキルも併用し、全くの無防備になってしまう。いくら護衛付きとはいえ、あんな危険な場所に貴重な人材を長期間置く訳にはいかない。どうしても事前調査が必要となる。ちなみに『マッピング』スキル保持者は国内で50人程しかいないそうだ。絶対に失う事の出来ない人材だった。
「で、このキラキラ光る硝子の小瓶は何かしら」
最後に小梢ちゃんが問いただす。
半信半疑の二人に俺は状況を説明した。
「未確認エリア?」
「アルラウネですって、まさか本当にいたの?」
「エリアボスみたいな個体は洞窟を守護するガーディアンだったと思うんですよ。抜けると常春の楽園がありました。蜜の香りのする美少女が眠っていたので、側にあった小瓶を拝借しました。そうしたら強烈な反撃を受けました。洞窟が緩衝地帯でなければ死んでいました」
確認されている美少女モンスターは4種、腕が翼になっているハーピーとセイレーンは区別しがたい。アラクネは下半身が蜘蛛。完全な人型なのは、花の化身アルラウネだけだ。見間違えようがない。俺は詳しい状況を説明するが、無論『触腕』の事は伏せてある。忍び足で近づいてガラス瓶を盗むと、速攻で逃げた事にした。
「これ大事件じゃない。どうして早く言ってくれないのよ。直ぐに主任に報告しないと」
月代主任は偉い人が来ているので応対中と聞いている。それならこちらも伝えておかないと。
「深層に降りる直前、プロの軍人さんから襲撃を受けました。これは尋さん達の追っかけとは別口です。もう少しで死ぬところでした。衝撃波でも仕留めきれませんでした」
『衝撃波』は人に使うは非人道的だ。だけど俺がそれを使わざるを得ぬ状況に追い込まれた事、そして相手は、それを躱す程の手練れだった事を意味する。事態の深刻さに二人は真顔になった。尋さんが憤る。
「由々しき事態ね。今主任がお相手しているのは、本部の警務部の方よ。徹底して取り締まってもらいましょう」
由々しき事態になったのは俺のほうだ。警務官は昔風なら憲兵となる。協会職員の不正を取り締まり、探索者の綱紀粛正を正すのが仕事である。怪しいスキルを幾つも隠し、沢山の女性をわからせてきた俺は、格好の取り締まり対象であろう。案外俺の事を探りに来たのかも知れない。直ぐ帰りたくなった。しかし、無慈悲にも今直ぐに出頭せよとの命令が来る。異例だが警務官直々に問いただすという。
尋さんが慰めてくれる。
「警務官の人、私たちと仲良く出来ないから嫌われているけど、それが仕事よ。どうやら未確認エリアに関心があるみたい。衝撃波を使った事は私達も弁護してあげる」
「そんなに不安なら私と尋ちゃんで待っててあげる。その代わり、ちゃんと社宅まで送ってね。危ない人が残っていたらちょっと怖いし」
送り狼になりたい。
小梢ちゃんの案内で応接室へ通された。月代主任ともう一人、三十代のスーツ姿の男性がいる。ロイドメガネの鋭利な人だ。この人が本部の警務官だろう。
「探索帰りで疲れているところ悪いね、掛けたまえ。上級探索者 御上想夜君だね、それにしても若い」
「御上君、御免なさいね。でもあなたが持ち帰った情報は見過ごせないの。早急に調査する必要があるのよ。こちらは川間部警務官、ちょうど、本部から査察に来られているのよ。優秀な方で、いくつもの癒着や不正、それに悪質探索者を摘発しているの」
俺は身構えてしまった。やっぱり俺の身辺調査に来たんじゃないか。廃退的な女性関係、人には言えないスキル、妖精や異界の少女との契りでもたらされたダンジョンや異世界の秘密など、俺は叩けば埃だらけだ。川間部警務官が俺の個人情報へアクセスする。モニターに俺のスキルが表示された。
公開スキル
『身体強化』ダブル 『魔力強化』ダブル 『戦斧術』ダブル 『アイテムボックス』ダブル 魔眼『魔力視』 『俊足』 『洗浄』 『自己回復』 『衝撃波』 『強靭』 水魔法『給水』 風魔法ダブル『風衣』と『鎌鼬』 土魔法『石槍』 『気配察知』
「ほう、アイテムボックスは今回の探索でダブルになったのかね。短期間で良くスキルを充実させた。流石に疑似ダンジョンの深層から生還しただけの事はある」
向こうのモニターには、これに加えて俺の探索歴も映っているのであろう。続いて非公開スキルへと話題が移る。
非公開スキル
『美声』 『容姿』 『性技』 『性豪』 『避妊』 『記憶』 『体術』 『柔軟』 『知力強化』
「これは何とも。くれぐれも自重したまえ」
「間違いのない様に眼を光らせていますわ」
これ程異性を惹きつけるスキルを持つ探索者は珍しいと言われた。更に俺にはR-18スキル「わからせ」がある。月代主任がさり気ないフォローをしてくれる。
以前修得した『知力強化』は壊れていたので、今回が実質初修得となる。『柔軟』は女性向きのスキルだそうだ。恥ずかしいから非公開にした。
保留スキル
土魔法『アースファング』 『結界』
二つのスキルの進捗情報を尋ねられた。『アースファング』は神殺しのスキルだった。ダンジョンコアを破壊する事が出来る。真実は話せない。だけど警務官は『結界』の方に関心があるようだ。
「結界について進捗はあったかね。大人数でも収容出るようになれば、今回のような探索は大いに捗る。誰でも収容できるなら、マッピング保持者や要人の警護でも有用だ。協会としては、君にはこちらを磨いてほしい」
「申し訳ありません。今の所収容できるのは俺を除いて二人までです。それも家族や心を許した友人など、ごく親しい人に限られます」
俺が『結果』に取り込んだ女性とは親密になった。最低でもセクハラはした。誓って、嘘偽りは言っていない。
秘密にするスキル
魔眼『透視』 『話術』 『器用』 『唯我独尊』 『わからせ』 『運命操作』 闇魔法『触腕』
『運命操作』と『触腕』がなければ、俺はダンジョンコアに辿り着けなかったし、拘束も出来なかかった。これが知られると、『アースファング』や『結界』と合わせて俺は国に囲われる。家族や愛する女性達と永遠の別れが待っている。そんな事になったらR-18スキル『わからせ』と、よく分からん『唯我独尊』スキルは、国家への謀反を唆しかねない。『話術』を知られると、俺の言葉が軽くなる。『器用』は次にやばいスキルを引いた時の生贄だ。
「まず襲撃の件から聴こう。どうして相手がプロの軍人だと思った」
「隠匿からの奇襲、手慣れていると感じました。それに三人とも同じ波長の魔力で、明らかに魔道具で偽っていました。魔力が視える自分用に対策したのだと思います。彼らの一人と近接戦闘になりましたが、ほぼ一方的にやられましたよ。体術はマーシャルアーツか自衛隊格闘術に似ていたと思います」
「随分詳しいな。そうか、お父さんは自衛官だったな」
親父は『対人戦闘』スキルを持っていた。ダンジョンでは役立たずだが、警官や自衛官には垂涎のスキルだ。よく若手の隊員に稽古をつけていた。
「探索を中断して直ぐ報告しなかった理由は?」
「こちらも半死半生で、回復には数時間かかりました。引き返して報告しても、逃げた後だと思います」
彼らはダンジョンの出入りも、同定されないように各々別行動だろう。『透視』で顔を確認できなかったのが悔やまれる。でもそれは些細なことだ。
「ダンジョンで死にかけるのはいつもの事です。一々報告などしていられませんよ」
月代主任が頭を抱えて、警務官が溜息をついた。
「好ましいとはいえん。しかし、そういう探索者がダンジョンの神秘にふれるのだろうね。君には充分な時間がある。くれぐれも生き急がないように。この件の調査は終わりとする」
ここで川間部警務官は意外にも追及を打ち切った。
「徳島ダンジョンには国内外から調査員が集まっている。注意喚起しておこう。自分が月代主任を差し置いて査問しているのは、君の持ち帰った未確認エリアの情報があまりにも重要だからだ」
ここからが本題か。そして俺の口座に少なくない額の入金があった。しかし早すぎる。魔石など、価値の定まったアイテムは数日中に入金されるが、情報などは精査されるので、支払いまでひと月以上かかるのもざらだ。今回はその情報料まで入っている。月代主任が補足の説明をしてくれた。
「魔石とアイテムは規定に基づいてのもの。毒薬みたいに現時点では使い道が分からないものは、高くは買い取れないの。ごめんなさいね」
なる程、毒薬のように需要がなく危険なアイテムは、買取拒否するとそれを落とすモンスターの討伐が疎かになり、氾濫に繋がりかねない。悪用する不届き者も出るだろう。それを防止するために、ギルドは身銭を切って買い取っている。魔石の買取価格と実際の販売価格に大きな差が出ているのはこの辺りの経費も含まれるからだ。
そして一点だけ未評価のアイテムがあった。俺がアルラウネから盗んだガラスの小瓶だ。
「あなたが持ち帰ったアルラウネの蜜は再鑑定の上、治験してからになるわ」
きっと美味しいのだろう。毒見は俺がやりたかった。
「そんな事なら野営の際、ホットケーキに垂らせばよかった」
冗談だったのだが、警務官が慌てて止めた。
「それだけは止めてくれ。あれの効果が本物ならその価値は計り知れない。御上君、ここのダンジョンで存在が噂される亜空間について、聞いた事があるかね。実は今回君が発見したエリアは、そこである可能性が高い」
「都市伝説ではなかったのですね。花や蟲のモンスターの異空間。でもあそこは情報統制されているのでは」
詩央が教えてくれたクワガタやカブトが沢山いるかもしれない異空間、いつかパーティで行ってみたいと思っていた。でも今の実力なら俺達は死んでしまう。
「現時点ではまだ公表する事は出来ない。今回の情報料はそれを加味している。口止め料と思ってくれてかまわない。ところで君はもう一度、かの場所へ行って蜜を取ってくるのは可能だろうか」
「入口までは単身ならいけると思います。でも採集はもう無理でしょう。あの時は入り口近くでアルラウネが眠っていたから、掠め取る事が出来ました。その後本気で死にそうになりました。それに空間内は濃密な魔力に満ちていました。他のモンスターも手強いと思います」
恐竜サイのような強敵は単騎でも何とかなる。しかし、小型の蟲の集団に四方から襲われたら、俺のスキルと実力では詰む。そして気になる事もあった。依頼主、今回協会は、探索者側に正確な情報を公開する義務がある。これは探索者が対価をちょろまかされないためだ。こういう不正を取り締まるのも警務部の仕事のはず。なのに警務官自らがそれを破ろうとしている。
「君の懸念は理解している。君の持ち帰った情報とアイテムはとんでもない価値があるかもしれない。報酬は後日必ず支払うと保障しよう。ただ安易に公開すると、無謀な探索者が押し掛けて死ぬ」
俺が怪訝にしているのを見て、警務官が付け加えてくれた。「蜜」とやらに相当な価値があるのだろう。犠牲を出さないために情報を制限するのは分かった。だけど、それを含めてのダンジョンではと、俺の冒険心が問いかけるのだ。
後日、俺はギルドに呼び出された。情報を漏らしていないかの確認だ。どうやらゲストの探索者を中心に、未帰還者が出ているらしい。ほぼ全員が恐竜サイのエリアで消息を絶っている。もちろん俺は漏らしていない。しかし『読心』などのスキルもある。俺や職員の誰かに巧妙に使われた可能性も否定できない。
それからアルラウネの蜜について説明を受けた。俺の見つけた異空間は、やはり40年前に発見された亜空間と同じであるらしい。そして「蜜」には細胞を活性化する効果があるそうだ。個人差があるが5~10歳分若返る。俺の持ち帰った小瓶で5人分の薬効がある。直接の延命効果はないが、身体が健康になるので、結果として寿命も延びがちだ。ただ、癌などの持病を抱えていると、こちらの細胞も活性化し寿命を縮めるので、自己判断での使用は控えるように念を押された。