モニター越しだけど、こうやって朱美と詩央と話すのも久しぶりだ。今、二人は選手権の合宿で神戸にいる。
「薫子さんとキリ香ちゃんから伝言預かっているよ。最近、ありきたりの日常報告しかしてこないって。隠し事でもあるんじゃないの」
朱美の詰問に目が泳いでしまった。この二人は俺の僅かな変化も絶対に見逃さない。
「想夜さんの嘘つき」
「また危ない事しているのね。さあ、白状しなさい。でないと薫子さんとキリ香ちゃんに言いつけるわよ」
即座に無条件降伏した。俺は色々やらかしている。これ以上何かあれば、一人暮らしの権利が剝奪される。
「危ない事はしていないさ。勝手に向こうからやって来ただけ。どこかの軍人さんに襲われて、ちょっと死にそうになった。それから未踏破エリアを発見して、ここでもちょっと死にそうになった。詳細は口止めされているからちょっと勘弁」
俺は協会からの調査依頼の最中、特務部隊と思われる軍人三人に人狩りに遇った事、そして偶然、異空間を発見した事を伝えた。この異空間は俺達三人で初めてダンジョンに潜った日、いつか皆で冒険しようと語り合った、花と蟲の幻の亜空間だった。打ち明けたくてたまらないけど、川間部警務官に口止めされている。尚この件は機密とされ、協会職員の義母にも伝えられていない。
「なにがちょっとよ。本当に危なかったんじゃない。協会は調査してくれないの。休みの時はわたしたちで付き添ってあげようか」
「想夜さんが無事でよかった。でも朱美ちゃんの言う通り、調べないのはおかしい。何があったの」
憤る朱美に対して、詩央は冷静に分析する。
「異空間でたまたま持ち帰ったアイテムに凄い価値があったみたい。それで本部から来た川間部警務官と言う人の指示で非公開になった。だけど情報が洩れて、現地に向かった人達に行方不明者も出ているらしいよ」
「川間部警務官? その人、四十過ぎで丸眼鏡を掛けたおじさんよね。キャリア組でちょっと冷たい感じがする。ふーん、あの人警務官になったんだ」
意外にも朱美は川間部警務官を知っていた。詩央が付け加える。
「わたしたちの初めての担当の人。和ませるつもりだろうけど、学校や家庭の事まで立ち入ってきて嫌だった。彼が転勤になって正直ほっとした」
「想夜、もし都合がつけば、想夜、休みの日に神戸へ来ない? 一緒にダンジョンに潜ろうよ。キリ香ちゃんも楽しみにしているよ」
なんと川間部警務官は、朱美と詩央がダンジョンに選ばれた時の担当だった。俺は彼が苦手だが、普段人の事を悪く言わない詩央がここまで言うのも珍しい。こんなに嫌われるなんて、彼は警務官と言う職務に余程熱心なのだろう。
「警務官が想夜さんを内偵している可能性もある。ダンジョンコアと二度も遭遇して、未踏破エリアも発見した。稀少なアイテムも手に入れ、スキルの引きも尋常じゃない。何らからの運命系のスキルを隠していると思われているのかも。それにあの日目撃された高位存在の情報は、世界中の垂涎の的。その手がかりは、想夜さん、あなたしかいない」
「残念、僕、その人に呼び出されいる。指名依頼があるみたい。運命操作がバレないように注意するよ」
川間部警務官は、あれから、ここ徳島ダンジョンに居座っている。月代主任のストレスが惨い。
彼は俺と軍人との戦闘をさほど問題とはしなかった。詩央の言う通り、俺を探っているのかもしれない。『運命操作』のスキルが知られたら、国に囲われるかも。それに俺とシーナは断ち切れぬ絆で結ばれている。師匠は先のダンジョン消滅とは関係ないが、俺を追求すれば異世界の情報が得られる。これでツーアウト、更にいかがわしいスキル群を知られたら、スリーアウトチェンジで確実に檻に入れられる。
「上級探索者、御上想夜、入ります」
俺は川間部警務官の元へ出頭した。月代主任と小梢ちゃんと尋さんも控えている。いつもは賑やかな小梢ちゃんも空気を読んで大人しい。
「君に協会本部から指名依頼が出ている。困難、かつ緊急性があり、政治色が強い。それからこの依頼について、私たちは異議を唱えた事を付け加えておく。それでも上級探索者には特権の代償に義務も発生する。受けてくれるね」
避けられているという自覚があるのか、警務官は席を外した。後は勝手にやれと気を利かせてくれたのかもしれない。月代主任が代表して説明してくれる。心労で顔色が悪い。憂いの人妻を慰めてあげたい。
「御上君、あなたには再発見された異空間エリア付近まで、もう一度向ってもらいます。最優先は遭難者の捜索。ゲストの人が何人も消息を絶っているの。何とかしろと国が煩いのよ」
ゲストの探索者とは国外の探索者を差す。同盟国同士、研究や技術交流で、条件付きながら、例えばアイテムや魔石を相手国のギルドに全て売却するといった形で、探索者を相互に受け入れている。当然人員は上澄みであり、ランカーもいたりする。彼らの消失は国家の損失だ。政府に何とかしてくれと泣きついてきたのだろう。
「安否の確認はします。でも救出は期待しないでください」
探索者の遺体、装備、収集したアイテムなどは、数日でダンジョンに吸収される。直ぐに出発する必要があった。それに彼らは一流だ。動けるならとっくに自力で帰還しているだろう。生存者がいたとしても、俺が担ぎあげて介護しながら帰還するのは自殺行為だ。当然見捨てる。こうしたケースでは遺言を受け取り、叶うなら最低限の形見を預かるのが探索者同士の慣習である。ダンジョンに生き、そして死ぬ、これが探索者の生き様だ。
「もちろんそれでいいわよ。政府だって手を尽くしたとの実績が必要なだけよ。本音としては捜索にかこつけて、もう一度アルラウネの蜜を持ち帰って欲しいみたいね。あれにご執心な方々がいらっしゃるのよ」
アルラウネの蜜をなめると、細胞が5年から10年若返るという。加齢に怯えるお偉いさんが、権力にものを言わしているのか。いや前向きに考えよう。政治や経済、学問の分野でも、替えの利かない人材がいる。その人たちの引退を引き延ばせれば、それは国民全体の恩恵となる。
「警務官はああ言っているけど、強制ではないのよ。絶対に裏があるわ。あなた、この依頼を断りなさい」
月代主任や尋さんだけでなく、騒がしい小梢ちゃん迄も襟を正した。確かに俺には拒否権はある。だけど俺が断れば、三人のキャリアに傷がついてしまう。この人たちは俺を思ってくれている。俺だってそうだ。それにだ、俺が辞退しても他の人が指名されるだけ。現状では、俺が向かうのが一番迅速で成功率が高い。
「引き受けます。どの道、誰かが行かねばなりません。協会本部が僕を指名したのは、間違っていないとないと思います。どんな裏があるにせよ、僕は三人のために行くのです」
きっぱりと言い切った。皆を喜ばせたい、虚勢も躊躇もない想いを伝える。言葉に気持ち、すなわち魔力が籠っている。俺の誠しが彼女達を侵食する。
「わぁーん、私、一生想夜君の担当でいる~。尽くして尽くして尽くしてあげちゃう」
「還って来てよぉ~。そしたら思いっきり抱きしめるんだから。もうなんも許しちゃう」
受付嬢二人はスキルと魔力に耐性がない。あざとい小梢ちゃんから良妻宣言が、真面目な尋さんからは大胆な発言が飛び出した。だけど、月代主任は百戦錬磨、
「二人ともこの子に隙を見せたらだめよ。彼が女性の味を覚えたら、あなたたちはセフレにされるわ」
緊張をほぐすためだろう、趣味の猥談を始めた。もちろん俺もそれに乗る。猥談の醍醐味は初心な女性の耳を汚す事。
「薫子さんからくれぐれと言われているのよ。あなた、容姿と美声で今みたいに女の子を騙していない? 二人とも気をつけなさい。御上君のスキルは、性技で女性を骨抜きにして性豪で逆らえなくする。一度でも抱かれるとメロメロにされるわ。しかも避妊があるから、できちゃったという女の武器が通用しない。やり捨てられて、泣く事になるわ」
年下の少年への憧憬がエロガキへの侮蔑へ変わっていく。俺と主任は真っ赤になって動揺している二人の反応を愉しんだ。
「何かされたら恥ずかしがらずに相談しなさい。仇を取ってあげるから。私のスキルで搾り取って勃たなくさせます」
「尚の事、やる気が出ました。小梢ちゃんと尋さんを僕は絶対に堕としてみせる。そして主任の絶倫と頂上決戦といきますか。旦那さんから寝取りますから」
この台詞、小梢ちゃんと尋さんの躰を舐め回すようにして言うのがポイントだ。『透視』は使えないが、下劣な視線を叩きつけた。二人は怯えて抱き合ってしまう。
「ヒイっー、襲われる。あそばれてポイ捨てされる!」
「パワハラされた。モラルハザードに巻き込まれちゃう!」
手続きが終わるまで、俺と主任は受付嬢の初々しい姿に楽しむ。こうして再び深層の異空間へ向かった。
深層までは順調だ、前回のように軍人さんの襲撃もない。恐竜サイを横目に見ながら先へと急いだ。共にフリルを纏うもの同志、此奴らがすっかり気に入った。『衝撃波』を放ちたいがぐっと我慢する。刺激しないよう、迂回して進む。
今回の道程は、前回とほぼ同じだが、変更点もある。そこはギルド側が把握している情報で、未帰還者が向かった箇所だという。そして可能なら再発見した花と蟲のエリアを、入り口付近でいいから探索して来いというものだ。人命救助の名目があるので断りづらい。発見できなれば、証拠を持ち帰って欲しいそうだ。固有種の魔石かアイテムを持ち帰れば、相手国への言い訳になる。でも本命はアルラウネの蜜だろう。
容量が倍になったアイテムボックスは、各種ポーション、医薬品、携帯食で一杯だ。途中でアイテムや魔石を収容する余裕はない。主任にああは言ったが、もちろん捜索には全力を尽くす。要救護者の生存の可能性が高いのは、緩衝地帯となっている洞窟内だろう。
進む事半日、照りつける日差しの彼方、陽炎が立ち上がった。いや、人だ、万歳しながらこちらに手を振っている。これは敵意なしのサインだ。ここはギルトが指名したチェックピントの一つだった。岩陰にベースキャンプが敷かれている。状況から同盟国のものだろう。メンバーも外国人が多い。但し、全員負傷している。立っているのは先程の人も含めて4人、残り十人近くは日陰に横たわって動かないか、力なくこちらを見ている。血の臭いでむせ返りそうになる。
「ポーションや医療品を分けてもらえないか。出来れば非常食も。このままでは全員、死を待つだけだ。俺達はヴァナルガンドに所属している。この礼は会社からも、俺からも必ずする」
リーダー格の金髪の男性が交渉してくる。短髪で精悍な顔つきと逞しい体躯、俺がなりたかった理想のマッチョだ。ヴァナルガンドとは、探索者のクランから発展した世界的な探索請負会社である。民間軍事会社の側面もある。
「お願い、仲間を運ぶの手伝って。見捨てるなんてできないの。お礼は必ずしますから」
アジア系と思われる情熱的なお姉さんから懇願された。ボリュームのあるブラウンの長髪と肉体、モンスターに吹き飛ばされたのか、髪は乱れて、所々肌が露出している。目のやり場に困った。
「もちろんです。僕は未帰還者の救助を兼ねて調査に着ました。今ポーションをとか出しますから」
俺はアイテムボックスから物資の箱を取り出した。その瞬間、残りの二人から腕を掴まれ、後ろ手に拘束された。肉体強化を極めるファイター相手では、振りほどくのが難しい。
「スキルに恵まれただけの唯の子供だな。ダンジョンの恐ろしさを何も分かっていない」
「ボクがいい子ちゃんにしていたら、死ぬまで生かしておいてあげる」
先程の殊勝な態度はどこへやら、散々俺を馬鹿にする。横たわっていた連中も起き上がってポーションを飲み始めた。こいつら、自傷して怪我人を装っていたのか。