ここで嗤っていた女性が怒り心頭、物資の箱を踏みつけ始めた。美人さんのヒステリーとか、初めて見た。元の素材がいいだけに、不快感もひとしおだった。
「きーっ、何これ、全部空っぽじゃない。どう言う事?」
今回の依頼は胡散臭い。あらかじめ、箱と中身を幾つか分けておいたのだ。
「見るからに怪しい人に、貴重なポーションを渡す訳ないじゃないですか」
この状況であれば、探索者は仲間を見捨てる。俺も朱美と詩央と三人でパーティを組むに当たって誓い合った。もしも自分が原因でメンバーが危機に陥り、他に手立てがないのなら、見捨ててくれと。心から信頼し合い、互いに相手の命が自分より大切と思っているからこその願いだ。後悔や愁嘆は、その人の生き様を伝えた後にする。そんな事も出来ない此奴らが真っ当な探索者であるはずもない。
探索者よ、生きて伝えよ、遺された人々に。彼等異界の理に従いてダンジョンに伏すと。
黎明期、最強を謳われ、壊滅して散った、とあるパーティの墓銘碑だ。探索者の矜持はここにある。
「粋がるんじゃない。どうせ結界にでも逃げ込めばいいと思っているんでしょ。お前のスキルは全て対策済みよ。結界の弱点もね」
『結界』はごく限られた人しか知らない。それに俺はギルド側の指示した通りに動いている。明らかに誘導された。俺の情報と行動が漏れている。ギルドに内通者がいる。主任と受付嬢二人は俺の生命線だ。これっぽちも疑っていない。それどころか、犯人を突き止めないと、彼女らにも危害が及ぶかもしれない。
俺は意識を集中させた。近くの人が遠くから見ている気がする。【魔導】が微かな魔力を察知した。空だ、俯瞰されている。洞窟迷路型ダンジョンではゴミだが、異空間型では非常に重宝する、最近になって脚光を浴びだしたスキル、
「まさか鷹の眼?」
『結界』は他者の視線があると発動しない。空から追跡されると振り切るのは難しい。
「お利口ね。さあ、吐きなさい、神の秘密を。この私に服従しなさい」
こいつらはシーナの秘密を探っているのか。アジア系の女が情熱的な眼差しで俺を見詰める。『テンプテーション』から魔眼へのコンボ、『服従』の魔眼を発動させた。手慣れている。洗脳系の魔眼は許可なく使用してはならないはずなのに。俺と彼女、二人の視線が見えない糸で結ばれた。彼女の魔力が俺の脳を侵食する。
だが温い。沙織の魔眼は抗いがたい魅力があった。彼女以外の魔眼に屈するのはプライドが許さない。俺の方からもお姉さんの瞳を覗き込んだ。こんな美人に見つめられて役得だ。俺の情熱的な眼差しにたじろいて、彼女は顔を背けてしまう。魔力の糸が断ち切れた。
「うそ! 私の魔眼が破られた」
「そんな熱い目で僕を見ないでよ。それとも惚れた? 僕に服従するなら考えてあげる。それからお姉さんの魔眼はなってないね。沙織の足元にも及ばない。そんな程度ではゴブリン一匹使役出来ない」
「このぉー、馬鹿にして。ぶっ殺してやる」
「よせ、挑発に乗るな。お前、姫と会ったのだな。さあ、言え、どうやったら、モンスターを使役できる? それとも神と接触したのか」
リーダーの男性が詰問してくる。勘違いしているが推測は当たっている。魔眼の持ち主が多くの同族を破滅させると、因果が歪んでモンスターを使役できると師匠から聴いた。こいつらの言う神とは、偽女神のシーナの事だが、俺は先日本当の女神さまとも会っている。だけど肯定も否定もしない。スキルの中には嘘を見破るものもある。
「さあ、楽しい準問の時間よ。嘘をつきなさい。切り刻んであげる」
彼女の魔眼に喜色が宿る。加虐心が表に出て来た。これが彼女の本性だろう。手品のようにメスを取り出す。恐らくは『短剣術』か『暗器術』のスキルを持っている。
「俺達はヴァナルガンドの実行部隊だ。知ってるだろう。協力すれば命は助ける」
よく言う、俺に素顔を晒しているのに。ヴァナルガンドは有名だが、その実績の影で、政治家との癒着や黒い噂もあった。そして商売敵を排除する、非合法の実行部隊の存在も囁かれていた。
「つまらん正義感から意地をはるな。口を割らずにお前が死ねば、報復に家族や知人、パーティメンバーを殺す。辱めて肢体をネットに晒してやる」
「あなたの生首に接吻するわ。犯されている女の目の前でね。どんな声で哭くかしら。絶望に歪む顔を見ながら恋人の元へ送ってあげるのは、それは気分のいいものよ
この女性は快楽殺人者か。多分何人も殺している。尋問ならぬ拷問するつもりだ。だが、ここで野太い声の悲鳴が上がった。俺を取り押さえている野郎どもからだ。両手首がリストカットされて血が噴き出している。明かに刃物で切られた傷だ。全員が魔眼の女を睨みつけた。
「違う、私じゃないわ」
「こいつ、変なスキルを隠し持っているぞ」
師匠の命名で「切り裂きジル」、スキル『鎌鼬』の応用だ。爪先に鎌鼬を剃刀のように灯す。元々は美帆ちゃんとの柔術で、腕を極められた際の脱出用として編み出したもの。危険なのでメイド服を切り刻んで練習した。更に聖母と聖女を傷つけず、肌着だけ切り裂く事で、神技にまで昇華させた。
俺の女たちを辱める、こいつらは本気でやる。どす黒い怒りが湧き起こる。だけど大丈夫、ここはダンジョン、殲滅すれば済むことだ。
砕け散れ!!!
ハルバードを取り出すや、思いきり叩きつけた。『衝撃波』は俺も巻き込んで、この場の全てを吹き飛ばす。俺は『風衣』を纏って最低限の受け身を取る。だが敵もさるもの、後衛であっても全員が猛者だ。ある者は「障壁」、あるいは『金剛』で対抗し、また素早く退避する事で躱していく。魔眼の女はリーダーの影に隠れてやり過ごした。
俺が戦斧で『衝撃波』を放つ事は知られている。不意打ちでも警戒はされていた。怪我人はいても死んだ者はいない。でもこれでいい。ベースキャンプは破壊され、奴らは物資の大半を失った。まして救護者を偽っていたのだ。武器や防具も隠していたはず。これらも吹っ飛んでしまった。アイテムボックッス持ちはいるだろうが、タカは知れている。
「確実に殺せ! くそっ、見誤ったか。奴はこっち側の人間だ。油断すると喰われるぞ」
リーダーの指示の元、陣形が組まれる。確かにヴァナルガンドの連中はモンスター狩りが難しくなった。だが俺独りを殺すには素手でタコ殴りすれば済む。まして彼らはプロの人狩りだ。獲物から噛みつかれるのは慣れているはず。こちらの不利はまだ覆らない。躊躇なく先に仕掛けた。
『石槍』の雨を降らす。中に『鎌鼬』も潜ませた。前衛には通用しない。リーダー格の男性以下、全員が余裕で避ける。案の定読まれていた。では、非戦闘職はどうだ。後方に下がっている魔眼の女性や『鷹の眼』の男性の集団に向けて、『石槍』を打ち出す。ロングレンジの射程に驚いたようだが、流石にこれは躱すだろう。だが、ワンテンポ遅らせて発射した不可視の刃の『鎌鼬』はどうか。
霧が発生した。不規則に飛ぶ『鎌鼬』の曲射の影が炎天下に浮かぶ。軌道を読まれて、難なく避けられてしまった。
「エアカッターを工夫しているのね。でも無駄だわ、全部お見通しよ。豊富な魔力量でストーンスピアとエアカッターのごり押し。各種スキルで底上げされた戦斧術と切り札の衝撃波。気配察知と記憶と魔力視の魔眼で戦闘を補助。給水と洗浄と結界で継戦能力のアップ。後は動くものには役立たずのアースファング。お前は売られたのよ」
驚く俺を見て、ヒステリー美女が哄笑する。だけど俺が驚愕したのは情報漏洩についてではない。さっきの霧、スキル『給水』の応用だろう。霧を周囲に展開すれば、弾道の見切りや見えない相手の探知にも有効だ。恐らく彼女はこれを独力で編み出している。シーナの【魔導】頼りの俺とは違う。何という才能、何故これをダンジョン攻略の為に活かさなかった。
俺のスキルは全て対策されている。この人数では力押しは無理だろう。逃走を即決した。奴らが俺を追って数珠繋ぎになる。人間トレインだ。モンスターに擦り付けよう。俺が臆病風に吹かれたと思ったのか、ヴァナルガンドは調子づく。
「逃げろ、逃げろ。賭けをしようぜ。最初に弾を当てた奴が総取りでどうだ」
「足を狙え。殺すのは全部吐かせてからだ」
こう言いながらも、スカウトが俺を追い立て、アタッカーが回り込む。振り切ろうにも『鷹の目」で俯瞰されている。丘陵地帯に追い詰められていく。ここは大ムカデや巨大サソリが棲息する岩山、先日俺が踏破した処だった。
岩陰に潜むムカデの奇襲を受ける。地面からサソリの尾が跳ね上がる。こいつらを捌いているうちに、ヴァナルガンドの連中が追い付いてきた。更に奴らの足音と魔力に刺激されてモンスターが押し寄せてくる。混戦となった。
俺は戦斧があるので比較的容易に相手が出来る。だけど連中は殆ど武器を失っている。『剛腕』や『蹴破』で対抗するが、数メートル級を一撃で斃すには至らない。節足動物は総じてしぶとい。『炎弾』等も同士討ちの危険がある。この戦闘でモンスターは味方ではなくても敵ではない。俺は奴らにヘイトを向けず、野郎どもに襲いかかった。
ハルバードで撃ち払う。当然難なく躱された。俺には視えた、その先には地に潜み、岩陰に隠れるサソリやムカデの魔力が。だが、上級ならばこれさえ避ける。そこで更にもう一手、躱しきったと油断しただろう、何人かが頸の千切れた大百足に頭を噛まれ、頭の潰れた大サソリに腹を貫かれた。連中が倒した魔物の残骸だ。俺も前回の戦闘でヒヤッとした。こいつらは死んでも襲ってくる。
ヴァナルガンドの連中は初めて怯んだ。誘い込まれた、俺が奴らを狩っている事に気づいたのだ。ここで『給水』で霧を発生させる。『器用』のスキルは隠している。『記憶』だけで簡単に真似られるとは、ヒス女も思いもしまい。『風衣』で彼らに吹きかけた。
「眼が! 誰かポーションをくれ」
「喉が焼ける! 助けてくれ」
毒霧だ。ここのモンスターは偶に毒薬を落とす。それを混ぜて霧を起こした。こうした危険なアイテムは、利用価値がなくとも買い取ると言っていた主任の言葉を思い出す。こうやって悪用する奴が出るからか。
「何で霧が出せるの」
「それはさっき、お姉さんが教えてくれたから。簡単に真似ができた。そのせいでお仲間が苦しんでいるよ」
「きー、許さない。玉を潰す、生きたままチンコ引っこ抜く」
ヒス女への挑発を愉しんでから。遁走した。隘路を抜けたこの先は草原地帯になっているはずだ。
「どうする? 今のでポーションは全部使いきったぞ」
「いや、追おう。ガキを殺せばアイテムボックスから物資が吐き出される。地上へ生還されると、協力者も俺たちを庇いきれない。会社からも切り捨てられるぞ。それに怪しげなスキルも持っている。やはり何か知っている」
部下が暗に撤退を示唆してきた。だがリーダーの男性は追撃を選択した。
「それからガキの家族は必ず殺せ。パーティメンバーもだ。落とし前をつけてやる。この任務が失敗しても、生き残ったヤツでケジメをつけろ」
「それでこそダーリンだわ。幸せを謳歌しているお人好しを、死より辛い絶望の淵に叩き落とす。それが私の歓びよ」
少年の家族や知人は美女、美少女が多いという。ヒス女の美しい顔が決まってしまう。野郎どもも下衆な薄笑いを浮かべる。彼らはヴァナルガンドの暗部の飼犬だ。汚れ仕事を請け負っていた。全員が一流か、なんらかのスペシャリストである。そして脛に傷もつ性格破綻者だった。子供になめられて引き下がる軟な連中ではない。我が身に変えても報復するであろう。
「おい、ガキは今どうしてる?」
リーダーが「鷹の眼」の男に声を掛ける。彼はアイガードをしていたため、先程の毒霧攻撃からも難を逃れていた。
「だいぶ先まで逃げてるよ。草原にはサイの魔物がうじゃうじゃいるね。ああ、あの馬鹿、手を出しやがった。衝撃波はクールタイム中だろう。何を考えているのか。もうほっといても死ぬだろ」
「急ぐぞ、ポーションをぶちまけられたら不味い。 踏み潰される前に回収する」
「まずい、あのガキ、こっちへ戻って来るぞ。モンスターを引き連れている。巻き込まれてしまう」
「まさか、アイツもモンスターを使役できるのか?」
『鷹の眼』の男を介しての間接的な情報だけに、リーダーは決断が遅れた。
灼熱の草原には恐竜サイが、数頭で群れていた。角の形も本数もみんな違って楽しそう。もちろんフリルも個性豊かだ。同志達よ、鬼ごっこを始めよう。俺は一番強そうな個体に、『石槍』を投げつけた。効くはずもなく、怒りの咆哮が上がる。仲間も唸って、『咆哮』が空に木霊した。怒涛の突進が大地を揺らす。来た道へと引き返した。ちょうど隘路で、長い一本道になっている。ヴァナルガンドも通っている頃合いだろう。
モンスタートレイン、沙織の得意技だった。『魅了』はなくても真似事は出来る。
「轢いてやる!」
連中は装備を失っている。人間とは互角以上に戦えても、大物相手では厳しいだろう。ならば俺はモンスターを武器にする。
視界に捉えた。我が同志の恐竜サイはその体重が10トンを超える。それが5頭、100キロ越えで爆走する。俺に向けて『炎弾』が打たれた。同志の側で着弾する。これを彼らは攻撃されたと認識した。恐竜サイのヘイトがヴァナルガンドへと向かう。
『咆哮』が、『共振』が、何重にも峡谷に響く。それでなくても、砂塵舞い、足音が響いて立っていられない。奴ら共々暴走に巻き込まれた。
すれ違いざま、俺は吠える。
「ダンジョンへ還れ」
ここは隘路、散開する術はない。壁に身を寄せた人は、岩ごとすり潰された。身体強化を誇る人でも、躱しきれず、受け流しできず、踏み潰されて地の染みとなった。空中へと逃れた人は、スパイクで貫かれ、あるいは風魔法ではたき落とされる。俺はと言えば、先頭のボスの首筋へしがみついて突破した。戦闘経験の有無が彼等との明暗を分けた。俺以外誰も立っている者はいない。いや二人だけ立ち上がってくる。