巡れ、運命操作
禁断のスキルを発動させる。
特務部隊はギルドに届けた俺のスキルを把握している。対人戦ではじり貧になってしまう。それに死地を突破する為にも新しいスキルが欲しい。植物や蟲と相性の良い火魔法系だと最高なのだが。
『運命操作』は特定のアイテムの拾得率を百分の一引き上げ、スキルの拾得率も上げる激レアスキルだ。持っている事が知られると、勧誘や誘拐、嫉妬等で、所有者に不幸をもたらす。俺は国に囲われるのが嫌で、これまで隠し通してきた。使うのも三回目となる。しかし今回は駆け引きの材料として使える。遁走しながら挑発した。
「アイテムにアルラウネの蜜を指定したよ。一日探せば確実に見つけられると思う。お兄さんたちの目の前で瓶を叩き割るから。次のリッポプまで10年、しっかり待ってね」
「運命操作か、そんな貴重なスキルを持つのなら、何故世の為に活かさん。それを嫌がらせにしか使わんとは。お前などは国家の敵、いや人類の敵だ。生かしておけば災いを為す。世界平和のために抹殺する」
彼等にも正義はある。信奉する指導者の言葉と国体の維持がその全てだ。俺には納得できなくても、その思いは尊いのだろう。だが、それがどうした。彼等の忠誠と俺の憤怒、そこに貴賎も優劣もない。一番強い想いを貫いた者だけが、ダンジョンでは全てを握る。
彼等にとって俺の討滅は聖戦となった。歯車に過ぎないはずの軍人が闘志を剝き出しにする。全員が誇り高き戦士の顔になった。これでいい、俺は昂揚感に酔いしれた。気力漲り、肉体に力が溢れる。強い相手の強い想いを打ち砕いてこそ、戦場の本分となる。
緩い坂を転げるように、俺達は花の魔境へと雪崩れ込む。漂う濃厚な魔力は、否応もなく死を想起させた。しかしながら目にする景色は幻想的に美しい。常春の楽園なのに、四季折々の花が誇るように咲いている。心地よい風がそよいで、豊潤な果実の香りを運んでくれる。桃源郷と言う言葉が頭に浮かんだ。俺達は花と蟲の楽園に人の醜い争いを持ち込んでしまったのか。
特務部隊は短期決戦を仕掛けてきた。俺を見失えば、『結界』に入られてしまう。『結界』が解除されるまでの8時間、未知の脅威にさらされながら待機せねばならない。その間、俺は充分に休息できる。疲労困憊となった彼らでは勝負にならない。俺は敢えてその意図に乗った。こちらとしても、彼らが諦めて地上に帰還されると困るからだ。最低でも彼らを殲滅、適うならここを脱出して、支部に入る内通者を糾弾するのが、俺の勝利条件となる。
『炎弾』と『石弾』の雨が降る中、『鎌鼬』の風が吹いた。土煙が舞い、枝葉が千切れ、花びらが散る。人の醜い争いを神々は嗤っているのか、嘆いているのか。その一方、紙一重の攻防で卑しい俺は脳を焼く。死と戯れる刹那にこそ、生きる歓びが沸騰する。女性をわからせ、精を注いで我が物にするのと同じように。
人間達の身勝手振る舞いにダンジョンは怒ったのだろう。岩の裂け目より、無数の羽虫が湧き出した。遥かに見上げる蚊柱が立つ。こちらを一瞥したのは俺用の切り札だったのか、ある隊員が『火焔』でこれを焼き払おうとする。いいスキルを持っている。でもこれは悪手だ。ユスリカの魔物は敵意を向けられると反撃する。件の隊員は飽和攻撃をされて、たちまち蟲に覆われた。飛び去った後には肉の一片も残らない。
俺は『風衣』を纏って刺激しないよう、森林地帯へ移動した。羽虫は見通しの悪い場所には追ってこない。だが根や青葉が、足元を掬ってくる。花を踏みにじると反撃される。そこにユスリカの魔物にたかられて食い尽くされてしまうのだ。特務部隊も更に何人か失ったようだが、構わず俺を追ってくる。
ここの森林はさながら果樹園を模していた。樹木には選り取りのフルーツ、林檎や梨、葡萄に蜜柑、そして桃や無花果、四季の果実が自然の摂理を嘲笑ってたわわに実る。一流の農家も及ばぬほどの見事な出来栄え、香りだけで酩酊しそうだ。だけどこれを食べてはいけない。もし口にすれば地上の事をすべて忘れ、やがて樹々の養分とされる。
そしてここは蟲の魔物の領域でもあった。奴らは縄張りに侵入するものを容赦しない。四方からいくつもの礫が飛んでくる。丸い甲虫が己を弾丸と化して飛翔する。猛スピードであっても上級なら避けるのは容易い。俺は身を翻して避ける。特務部隊も同様に躱すが、ある隊員が抜刀する。居合一閃、硬い甲虫が何匹も真っ二つになって地に落ちる。神業だ。だがこれも悪手だった。
付着したメスの体液からフェロモンが発生し、オスを呼ぶ。景色がぶれた。『光学迷彩』と『無音』のスキル、カブト虫の魔物が一本角で剣士の眉間を貫いた。即死だった。このエリアは初見殺しだ。手探りで挑めば達人でも簡単に死ぬ。だが精鋭がロストするのに、先頭の俺が平気なのは流石におかしいと隊長も気づく。
「どうして事前に予測できる。協会の資料では、お前は数メートルしかこの異空間には踏み入れていない事になっている。さてはギルドを欺いたのか」
「僕の質問に応えてくれたら、そちらの質問に答えましょう。地上の仲間は残り何人? 詳しく話して」
幸いにして『看破』スキルの隊員は生き残っている。
「後方支援組が8人、他に指揮系統の違う別働隊が5人、こちらはスカウトが任務となる。優秀な子供はわが国民となるべきだ。4年前の不幸な出来事で撤退したが復帰した。新たな拠点が完成したのでな。さあ、話したぞ。お前は必ず殺してやる」
四年前、俺と朱美と詩央は外国の犯罪組織に誘拐された。幸いにして救出されたが犯人は国外に逃亡したという。徳島市周辺でここ数年に起こった誘拐事件は俺たちの案件だけだ。そうか、戻って来たのか。別の子供が泣く前に決着をつけてやる。生還する理由が一つ増えた。
「四十年程前、アルラウネの蜜は初めて持ち帰られました。その時のパーティはほぼ壊滅しましたが、生き残った一人が未発表の手記を遺していました。そこには書いてありましたよ。モンスターの種類と習性、仲間の死に様、それを参考にして死を躱しているだけです」
「貴様、俺たちを誘い込んで嵌めたのか」
「もちろん、あなたがたは獲物ですから。これから手記に記載されていたアルラウネとの遭遇場所へ向かいます」
隊長が血涙を流す。俺のせいで部下を何人も失ってしまった。でも今俺を殺せば、蜜の入手は不可能になりかねない。
俺と照子司祭は、先日忘れられた屋根部屋で、女神教の教祖様の手記を発見した。教祖もまた、かつてこの花と蟲の魔境に挑んだ一流の探索者だった。パーティは壊滅したが、唯一「アルラウネの蜜」を持ち帰って生還している。その際の微細な記録が、遺言状のように部屋に残されていた。遭遇したモンスター、メンバーの死因、確認できた地形、脱出経路まで微細に記されていた。
俺は照子司祭から手記を託された。教祖様は幼かった孫の司祭に、探索者の恋人ができたのなら渡すようにと言い残したという。この後色々あって、照子司祭を女にした。司祭が手記を託したのは、俺への許されざる慕情か、未来を見通す教祖様の慧眼だったのかは分からない。だけどおかげで俺はまだ生きていられる。還ったら感謝を込めて司祭を抱こう。シスターも交えて三人でダンジョンの疲れを癒したい。
目指すのはランドマークになって聳えている、遥か彼方の巨木だった。ここで教祖達はアルラウネと遭遇している。それに彼女の手記にはここを基点としてカエル池側への経路が記されてあった。大木によじ登れば道程も分かると思う。アリ地獄の罠を跳び越え、食人植物の蔦をくぐる。縄跳びをするように楽しい。サヨとなった俺は、人の感情が薄れているのかもしれない。
追いすがる特務部隊は、櫛の歯が欠けるように人数を減らす。巨木の側に辿り着く頃には、隊長以下数人だけになっていた。そして居た。巨樹の元にたたずむ少女、花の精、アルラウネだ。スケスケの薄紙のような衣装、光沢ある虹色の髪、芳しい花の香りは媚薬なのか、欲情が止まらない。誰でもが思う、世界一の花を手折って、自分だけのものにしたいと。
俺が先日遭遇したのとは別個体であろう、胸の膨らみはこちらの方が大きい。手には「蜜」の硝子の小瓶、傍らには宝箱が置いてある。これも『運命操作』の効果であろうか、『透視』で確認するとスキルオーブだ。「蜜」かスキル、どちらか一つを選べと言っている。俺達は迷わなかった。
「そいつを妨害しろ。蜜は俺が手にする。祖国万歳!」
鋼の精神で隊長が突貫する。隊員達は進路を遮る壁となった。だけど俺は、蜜に構わず宝箱を選んだ。この魔境、新しいスキルなしに突破するのは難しいと思ったからだ。こちらの世界では、花の精の誘惑に打ち勝った男性探索者はいない。異世界では、仲間を人身御供にしてやり過ごしたりすると言う。
隊長と花の娘は親子ほどの歳の差があった。彼女は背伸びして、熱いペーゼを躱してくる。絡み合う舌の音が煽情的だ。純情な娘が厳格な父親を誘惑するという、人の世ではあり得ない、勃起不可避の背徳的な光景、誰ものズボンがはち切れんばかりだった。
「こいつは俺が相手をする。お前たちは蜜を持って逃げろ」
まだ意識のある隊長の手には蜜の小瓶が握られている。だがその眼は欲望にぎらついていた。任務遂行への確固たる意志と、独占してアルラウネを愉しみたいという劣情がせめぎ合っている。だけど隊員達は呆けて動けない。甘味な匂いは強烈な催淫を促す。人外の、いや半神の美少女の情事に当てられて、魂を抜かれてしまっている。たちまちに蔓が絡みつく。そして精気も抜かれてしまう。
俺も隊員を蹴散らして花の少女を襲いたいのをぐっと堪えた。少女の儚げな顔と発育途中の緩やかな曲線は、加虐心を刺激してやまない。半神に襲いかかるなど、飛んで火にいる夏の虫だろう。たちまちに命を燃やし尽くされる。俺がかろうじて踏み止まれたのは、先日、ダンジョンの女神さまと邂逅したからにほかならない。高位の女神様である彼女のご尊顔を想い出す。三千世界に輝く神の美貌が破滅の縁から俺を救う。迫りくる緑の蔓を薙ぎ払った。
花の精が驚愕する。明かに怯えが見えた。もう追撃は来ない。餌を抱えすぎて余裕がないのかもしれない。今なら討てる、脳裏に浮かぶも思い直した。俺とアルラウネは協力関係にあるではないか。餌を誘導する代わりに邪魔者を消してもらった。これでイーブンだ。人の精を吸う有様は悍ましいが、魔石をエネルギーに変える人類とどこが違う。それに俺の依頼はアルラウネの討伐ではない。宝箱よりオーブを取り出す。
『登攀』……木や崖をよじ登るのに補整
来た! 『登攀』は俺の一番欲しいスキルだった。木登りや壁に張り付くのが上手になるだけの身も蓋もないスキルだが、高所からの飛び降りや移動に補正がかかる『風衣』と組み合わせると、効果は二倍にも三倍にもなる。何か言いたげな花の娘を眼下にして、スルスルと、俺は大樹のてっぺんを目指した。
スキルのせいか、掌が幹に張り付くように樹幹を捉える。目測では約100m、世界一の巨木と言われるセコイア属とかわらない。途中、鳥や虫の魔物を警戒したが、幸いにして遭遇しなかった。一時間ほどで昇り切る。教祖様もこの風景を見たのであろうか。目の前に絶景が広がった。見渡すばかりの緑の絨毯、所々に青い池、そして見つけた、七つ星に点在する大小の岩肌。柄杓から水が零れる方角に迷路の入り口がある。手記にあった脱出への他掛かり、樹海に遮られて、地上から見つけるのは難しい。
暫くは任務を忘れてパノラマを愉しんでいた。女神教の教祖様も『登攀』スキルを持っていた。俺と同じ景色を見たのだろうか。空に神々しい霊力を感知する。龍がいる。圧倒的な存在感、虫けらの俺など相手にする事もなく、悠然と、天へと昇って消えていった。このエリアは天に通じているのか。人は、俺はいつの日かそこに届くのか。まだ見ぬ世界への憧憬に捉われながら、地に降りた。
地上ではアルラウネの救精は終了していた。あれだけ精悍だった隊員たちは干乾びた木乃伊と化していた。花の精は金色に輝く蜜の小瓶を三本も持って恍惚としている。そんな彼女に手招きをされた。「蜜」を分けてくれるみたいだ。
シーナからアルラウネの生態については、事前にレクチャーしてもらっていた。「アルラウネの蜜」のリポップ期間は十年だが、養分、すなわち精力旺盛な男性を与えると劇的に短縮される。一流の魔法使いだったり、歴戦の勇者だと更に良い。そして蜜が余ると目をつけた男性に賜ったりする。これが愛情表現なのか、餌付けなのかは定かではない。この習性を利用して、権力者は蜜を得て若さを保つ。異世界では花の精の討滅は極刑とされているらしい。俺は片膝を起てて、花の姫君に恭しく口づけをする。嫋やかな彼女の手の甲からも花の蜜の味がした。これ以上一緒にいると取り込まれてしまう、踵を返して、一目散に出口を目指した。
この手には再び「アルラウネの蜜」の小瓶が握られている。これ一つで沢山の人が死んだ。教祖様が手記を公開しなかった理由も分かった気がした。貴重な情報を何故開示しなかったのか疑問だったのだ。危険を侵すのも、その結果、死ぬのも富を得るのも探索者の領分ではないか。
「アルラウネの蜜」を得るには人身御供が必要だ。誰でもいいわけではない。深層にまで潜れる優秀な探索者でなくてはならない。無理やり連れてくるのは難しいから、仲間を騙して捧げる事になる。そして「蜜」を巡って争いも起こる。今回も正規軍の精鋭が対立国のお抱えパーティに仕掛けている。これが表ざたになったら、下手をすると戦争ものだ。
魔石はモンスターの命だから人は受け入れられる。だけど、人の命から作られる若返りの薬はどうか。明かに人の道を踏み外している。
教祖様はみなしご達を養うに当たって、人の理に戻ると誓われたのだろう。その為に己の矜持を曲げられた。その後彼女は探索者を引退し、二度とダンジョンに潜る事はなかったという。