※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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帰還

 刻は御上想夜が花の精と命懸けの情事を愉しんでいた頃になる。

 川間部警務官は夜釣りに出るため、遊漁船に乗り込もうとしていた。もちろんこれは建前で、目的は国外への逃亡だ。日頃から、反社勢力との接触するため、また脱出に備えて、怪しまれないよう趣味を釣りという事にしていた。同行する友人達も、護衛でプロの工作員だ。

 先程、捜索願が出ていた友好国のお抱えパーティが半壊しながらも生還したという連絡が入った。某国の特務部隊と交戦したという。当然、彼にも緊急出勤の命が下る。だが、即座に逃走を選択した。お抱えパーティは御上想夜と接触して、救援物資を受け取っていた。と言う事は、ヴァナルガンドも敗れている。自分まで辿り着くのも、時間の問題だ。

 そんな彼を、たった一人、渡し場で女子高生が待ち構えていた。清楚で芳しいその姿は、夜に咲く仙人掌の花のようであった、月下の元、美少女が挨拶する。透き通るような涼やかな声が鳴り渡る。

 

「こんばんわ、いい月夜ですね。皆さん、これから夜釣りですか」

「ああ、そうだとも。それにしてもここは昼でも人気が少ない。不良たちがたむろしている事もある。君のような女生徒は攫われてしまう。危ないから帰りなさい」

 

 心配する素振りを見せながら、川間部警務官達は最大限の警戒をした。こんな寂しい場所を一人でふらつく女子はいない。恐らくは自分達を捕獲しに来た選抜者であろう。何よりも忌々しい御上想夜と同じ学校の制服を着ている。釣り人に変装した護衛の軍人が周囲を警戒する。どうやら彼女一人のようだ。今なら簡単に制圧できそう。時が惜しい、即座に仕掛けた。

 

「あなた嘘つきね、川間部警務官、いいえ、偽物の人攫いさん」

 

 かつて川間部義男と呼ばれた人物はもうこの世に存在しない。身寄りのない彼の高校卒業時に、某国の工作員が入れ替わった。選抜者の子供の誘拐には、この偽物が相当数関わっている。また犯罪組織に情報をリークし、それを摘発するというマッチポンプで出世を重ねた。

 最早これまで、大柄の釣り人がスキルを発動させる。『金剛』、『剛腕』、そして『瞬足』、走攻守そろった近接戦のプロだ。小柄で華奢な彼女ではひとたまりもあるまい。そう思った時には彼は拘束されていた。彼女のスカートの影から、幾条もの黒い鎖が伸びてきたのだ。

 

「闇魔法、縛鎖!」

「なめるな!」

 

 軍人が気合を入れる。怪力と鋼の肉体、そして日々の研鑽。スキル発動時には銃弾をはじき返し、岩をも砕く。細い鎖など簡単に引き千切ってやる。だが悲鳴を上げたのは彼の方だ。鋼鉄の身体に闇の鎖が食い込んだ。肌が裂け、骨が軋む。これを見て、もう一人も仕掛けた。距離を置いての魔法攻撃、

 

「炎弾!」

 

 幾つもの炎の軌道が月夜に走った。威力より早さと手数を重視して、対人に特化している。再び理生院の影から鎖が伸びた。迫りくる炎を正確に撃ち抜くや、瞬時に相手を拘束する。だが魔法使いは慌てる事はない。

 

「石槍!」

 

 先程の『炎弾』はブラフだった。本命は至近距離からの『石槍』だ。理生院の直下から生えた槍がその体を貫くであろう、彼は勝利を確信した。だが、スキルは発動しなかった。慌てて、再度『炎弾』を撃とうとするもこちらも発動しない。転がされて地に這いつくばってしまう。

 

「わたしの縛鎖はスキルも縛るわ」

 

 警務官は御上想夜の通う学園に、内調の人間が紛れているのは調べ上げていた。確か理生院典子と言ったはず。職務柄スキルには詳しいが、『縛鎖』などはデータにない。まして闇魔法など存在しない。

 秘匿スキルというものを聞いた事がある。所有者は「使徒」と呼ばれ、神の権能を宿すと言われる。「使徒」の使命はダンジョンの力を悪用する不埒ものを成敗する事、悪党どもの間では、そんな都市伝説が囁かれていた。しかし一部組織はその存在を掴んでいた。

 

「内閣調査室の人間だな。闇魔法だと。聞いた事もない。まさか秘匿スキルか」

「惜しいわね。政府には協力しているだけよ。まあ、確かに秘匿スキルは持っているけど。わたしは、京都の、すめらぎの人間よ」

 

 皇(すめらぎ)家とは京都を本拠地とする陰陽道の名家であった。この旧家は、千年に渡る陰陽道のノウハウと人脈、ダンジョンのスキルを組み合わせて、関連企業を幾つもかかえる国内有数の政治、宗教団体に成り上がっていた。国政にも隠然たる力がある。そこの分家に理生院という苗字があったはずだ。

 

「皇(すめらぎ)家が出しゃばってきたのか」

 

 川間部警務官は驚くふりをしながらも、冷静に分析する。闇魔法の鎖は彼女の影が基点となる。その能力は拘束とスキルの無効化。複数同時に展開できるのは厄介だ。しかし起こりさえ分かれば、選抜者なら躱す事も可能だろう。口振りから、秘匿スキルなるものを他に所有している可能性が高い。厄介だが、所詮は小娘、よくさえずる。殺す前にもっと情報を引き出してやる。

 

「分かった、降参する。護衛を全員やられてはな」

 

 警務官は両手を挙げて降伏のポーズを取った。もちろんこれは次の攻撃の合図に過ぎない。遊漁船のデッキから、釣り客の一人がルアーを投げる。選抜者の身体能力で投じられたのだ。先端の重りが命中すれば、少女の頭蓋など容易に砕いてしまうだろう。しかも道糸は不規則な曲線を描きながら迫ってくる。

『サイコキネシス』、ロープや糸に己の魔力を馴染ませ、意のままに操るスキルだ。それを殺人技に昇華させるには正当な修練が必要だろう。だが水影から鎖が伸びる、伏兵の軍人も、川間部警務官も、全員がたちどころに拘束されてしまう。それどころか、鎖の束が船のエンジンまで破壊した。遠くにパトカーの光が見える。海上にも幾艘もの船舶が急接近してきた。

 闇魔法『縛鎖』は、攻守一体で本数にも制限がない、しかも影さえあればどこからでも出せる。そしてスキルも無効化する。御上想夜の『触腕』の上位変換のスキルであった。

 

「お前、何者だ」

 

 警務官であった者が驚愕する。

 

「私は女神の使徒、真偽判定官、理生院典子。ダンジョンの力を悪用する、あなた方を成敗します」

 

 女神の使徒は、清く正しく正義感の強い人間から、女神さま自ら選抜される。その役目はダンジョンのスキルを悪用する者の処分だ。使徒はダンジョンに潜る必要はない。悪人を討滅する事で、スキルと経験値を得る。日本で確認されている使徒は、彼女で二人目である。使徒の存在はその職務からいつの時代にも極秘とされた。理生院にも単独での裁判権と執行権が認められている。

 

「秘匿スキル、閻魔。わたしは嘘を許さない」

 

 闇の鎖が月光に輝き、そして消える。幾つかのスキルも、これに合わせて永遠に消えた。

 

 

 

 理生院は隣席の想夜が、自分を邪な目で見て来るのを疎ましく思っていた。だからついつい邪険にしてしまうのだ。でもそれは男の子ならよくある事。彼は何度も理不尽を覆した。意識せずとも、その結果沢山の人が救われたのだ。見惚れるような整った顔、彼の内心はそれより遥かに美しい。だけど今回は流石に無理だろう。その自己犠牲の精神を称え、彼を思って泣いた。女神さまに奇跡を祈る。もし彼が戻ってくるのなら、これからは優しくしてあげよう。

 

 でも躰は許さないけど。

 

 

 

 中層のカエル池の反対側へと辿り着いた。遠くに向こう岸がうかがえる。朱美と詩央との初パーティで、対岸で大ガエルを仕留めたのも懐かしい。飛び石状の岩礁を伝いながら、渡る必要があった。だがその際空中で、ボス級のカエルや鉄砲魚の魔物から、波状攻撃を受けてしまう。水中に落とされたら、上級でも非常に厳しい。

 更にこの岩礁が曲者で、高確率で大亀が擬態している。『気配遮断』を持ったこの亀のモンスターは、獲物が甲に乗るとそのまま沈んでしまうのだ。突破するには、跳躍に補正のかかるスキルか、『電撃』等、相手を気絶させるスキルが必須だった。

 俺は間を置かず跳躍を重ねた。空中の『水弾』は『風衣』の補正で躱す。大ガエルの鞭のように伸びる舌は、『鎌鼬』で斬った。途中、岩壁を『登攀』しながら、何とか渡り切る。こうして俺は花の魔境を踏破した。

 

 

 

 ゲートは大混雑していた。探索者達は入念なボディチェックを受けている。空挺師団だろうか、自衛隊のレンジャーが展開している。目敏く俺を見つけた隊員に促されて、即座に外へ連れ出された。中の空気がピリピリしている。割り込みに文句を言う人は誰もいない。

 ダンジョンは閉鎖されていた。エントランスも、周辺道路も封鎖されて、大事件になっていた。良かった、お抱えパーティの人達は無事帰還できたんだ。

 

 

 

「わぁ~ん、想夜君生きてた」

「想夜君のバカ。もう危ない事させないから」

 

 いきなり小梢ちゃんと尋さんに抱きつかれた。二人の受付嬢には隈が掛かっている。俺が潜ってから二日はたっているはず。その間、一睡もしないで待ってくれたのか。感激して抱き返した。エントランスではうっかり『透視』は使えない。小柄なのに胸の大きい小梢ちゃん、背が高くて控えめな尋さん、この認識だったけど、押し当たる二人の乳房のサイズは同じだ。

 

 こうしていると、日常に帰ってこれた、人に戻れたとの実感が湧く。永遠の少女との情事は素晴らしかった、それ故に儚き女性の、今この瞬間も美しい。俺の帰還を喜んで、泣いてくれる人がいる。恋人同士ならよくある話だ。この尊い日常を大切にしよう。感謝を込めて抱きしめる。二人の息が顔にかかる。俺の吐息も二人にかかった。

 

「はぁ~~~」

 

 甘いため息を上げて、二人は立ったまま失神した。

 

「あらあら、安心して気が緩んだのかしら。ずっと泣きながら待っていたのよ」

 

 そう言う月代主任も涙ぐんでいる。でも俺は知っている。二人は小さく痙攣していた。それは絶頂の際の痙攣だ。二人は立ったまま、イッてしまった。後で師匠からその理由を聞かされた。

 

「アルラウネとエッチしたよね。お互い魔力も交接したから、体質も少しだけ変化している。サヨの匂いや汗は異性をその気にさせるよ。満員電車なんかのったら何かすごいかも」

 

 師匠との魔力の交接で俺も魔力に敏感になった。これと同じ理屈らしい。朝のラッシュアワーでキャリアウーマンをその気にさせるのも楽しそうだ。でも効果があり過ぎると痴漢の元凶にされてしまう。

 

 応接室に案内させる。鹿島次長から声がかかった。俺の生存は絶望視されていたらしい。

 

「良く生きて帰った」

 

 同席している幕僚関係者も頷かれる。でも居るべき人間が一人足りない。俺は主任に接収した資料を渡しながら尋ねた。

 

「川間部警務官は?」

 

 お抱えパーティが帰還した一報を受けるや、非番だった彼は船舶で逃亡を図る。そこを公安に拘束されたという。

 

「アルラウネの蜜」の扱いはギルド一任とした。当然、蜜の精製方法については伝えてある。その結果、殺到していた希望者の全員が辞退した。彼等もクリエーションの混乱を一代でのし上がった傑物だ。金や権力に塗れているからこそ、超えてはいけない一線を誰よりも分かっていた。蜜については買い手がつかず、毒薬など危険アイテムの扱いで引き取ってもらった。せめて研究の役に立ってくれれば嬉しい。

 

 

 

 その後、俺は検査入院と言うという名目で面会謝絶となった。法律で認められていると言え、沢山の人を死に追いやった。その為の審査もある。また事態は国際問題となり、政府はその収拾に躍起になっている。俺にうろつかれて、べらべら話されると困るのだ。スマホも没収となった。担当の役人さんは申し訳なくしている。

 

「どうぞ、どうぞ」

 

 物語の主人公ならここで怒って、政府に頭を下げさせるのが定番だろう。だけど俺はスマホ嫌いだ。困る事など一つもない。面会したのは、お抱えパーティのリーダーと盾役の少女だけだ。政治的な配慮に寄るものだろう。

 

「今度うちのホームのダンジョンを案内しよう、歓迎するよ」

 

 帰国するので別れの挨拶だ。檸檬の髪の少女も大きく頷いている。かの国には世界一のダンジョンがある。いつか行ってみたい。

 

 

 

 ヴァナルガンドは責任の所在を半分認めた。非合法部隊の存在は社内でも持て余されていたのだ。元社員との不適切な関係を公式に謝罪した。政府に多額の罰金を支払い、国内の活動を自粛する事で矛先を修めてもらった。

 一方、お抱えパーティのメンバーの半分近くを失った同盟国は激怒した。それは日本も同じだ。少人数とはいえ、他国の正規軍が極秘裏にダンジョンで展開したのだ、政府もなあなあで済ます訳にはいかない。その一方、我々を貶めようとする言いがかりだ、某国は逆にこちらを非難する。緊張が高まったが、戦争までには至らなかった。特務部隊はもちろん、ヴァナルガンドも全員が未帰還で、生き証人が得られなかったからだ。

 

 川間部警務官らの事も、知らぬ存ぜぬで押し通された。結局双方が選抜者の入国を認めず、魔石やアイテムを禁輸するという事で決着が着いた。某国側が逃げ切ったようにも思える。だけどかの国はダンジョンの数も、選抜者の出現率も国際水準を下回っている。ダメージは先方が大きい。何より正規の手段で「アルラウネの蜜」を購入する事が出来なくなった。精鋭と情報源も失い、再突入も不可能だろう。彼等の悲願は潰えたのだ。

 

 

 

 俺の退院も間近となって、ギルドのエントランスへ顔を出した。規制も解除されて、いつもの喧騒が戻っている。先日申し込みをしていたチャリティーコンサートの警護、その説明を受けに来たのだ。小梢ちゃんと尋さんを従えている。とっても偉い気分になった。

 

「想夜さん!」

「弟君!」

 

 照子司祭とシスターミシアだ。その場で抱き留められた。白と黒の修道服は、騒然としたエントランスにはあまりにも場違い、二人の素材がいいだけに余計に目立つ。でも何でここにいる? 

 

「私たち、授かったんです」

「想夜君、あなたのおかげよ!」

 

 二人とも真っ赤だ。愛おしそうにお腹を撫でさすっている。まさか、赤ちゃんが出来たのか。ちゃんと『避妊』はしていたはず。あの日顕現したダンジョンの女神さまは、俺に嫁がせようと『避妊』スキルを無効化した? ありえる話だ。激しく狼狽える俺の耳を、受付嬢二人が思い切り引っ張る。不意打ちだから、選抜者でもこれは痛い。

 

「想夜君どういう事。わたしまだしてもらってないのに。ひどいよ」

「あなたまだ15歳でしょ。なのに他所で女を囲うなんて。私たちの事、全部遊びだったのね」

 

 返す言葉もない。小梢ちゃんが泣き崩れて、尋さんが怒る。浮気が発覚した。恋人が他の女を妊娠させた、しかも神に仕える修道女を二人も。なし崩しでそんな雰囲気になる。ちょっとした修羅場になった。

 探索者も職員もわらわらと寄ってきた。今回のダンジョン閉鎖に俺が関わっている事に、みんな薄々感づいている。やっぱりまたやらかした。ギルドの受付嬢に手を出したのはまだ許せる、彼女達もまんざらでもなかったからだ。だがスキルを使って聖職者を手籠めにした、人間として終わっている、そんな眼でひしひし視られて、俺の心に突き刺さる。

 

「お二人とも、今日から選抜者、皆さんの後輩になります。仲良くして下さいね」

 

 ここで付き添っていた職員が助舟を出してくれた。この人は俺が疑似ダンジョンから生還した際、スキルの確認に立ち会った人だ。エントランスに万雷の拍手が鳴り響いた。全員が新しい後輩を歓迎している。俺も誰よりも強く手を叩いた。自分が選ばれた時と同じように幸福だっだ。

 なんと、照子司祭とシスターミシアは同じ日に選抜者として認定された。あの夜、彼女達にも女神さまの祝福があったに違いない。たった今、スキルの確認が終わった処だという。俺に何度も連絡を入れるも音信不通のため、法令に基づいてギルドを訪れたらしい。そこで俺に再開したわけだ。まさに神の思し召し。

 

 だけど後で知る事になる。驕れる者が幸福の絶頂にある時、神々は鉄槌を下す。不幸のどん底にある時は、死は救いにしかならないからだ。隣より、この身の内から、神の呪いが俺のスローライフを蝕み始めた。

 

 

 

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