多目的ホールでのコンサートは、夕方から結構な時間をかけて上演される。歌や舞踏に混じって、探索者の演武や即席のオークションなど、長時間でも飽きさせない工夫がされてあった。聖歌隊のメンバーは全員小学生なので出番も早い。今は運営の表敬訪問を受けている。衣装スタッフに菫先輩達も紛れ込んでわちゃわちゃしている。菫ちゃんはおなじみの持ちネタで、小学生とすっかり仲良くなっていた。
「キャハハハ、もう岩魂寺は禁止。頑固じじいみたいで可愛くないし。菫ちゃんって呼んで」
「菫お姉ちゃんって、本当にわたしたちと同じ身長なんだ。お仲間だね。だけど日果留の方が背は高いよ」
「でも、胸はお姉ちゃんの圧勝だよ。ほら、ほら」
ペタンコの日果留と並んで、主張の激しい胸を見せつけて勝ち誇っている。童顔ならば精神年齢も幼くなるのだろうか。女顔の俺も、友人達からいつもガキ扱いされていた。
そして一番の驚きは、この場に生徒会長と風紀委員長、いやここでは魔女姫様と剣風姫がいる事だ。魔女姫様は分からなくもない。父親の夕垣市長の代理としての側面がある。スタンピードの鎮圧の立役者であり上級探索者の彼女は、何より華があった。市長が出席するより喜ばれるのではないか。今もそつなく、司祭様やシスターと挨拶を交わしている。清楚なシスターと妖艶な生徒会長のコントラストは素晴らしい。だけど魔女姫様の方が処女とか間違っている。
「どうしてここに? 菫先輩からは何も聞いていないんですけど」
魔女姫様も剣風姫もプログラムには名前がない。二人は有名すぎて警備には向かない。俺は剣風姫に尋ねた。
「菫から頼まれては断れん。自分も司会のアシスタントを務めるから協力してくれと言われな。急に演武をする事になった。それに摘花が心配している。御上が過ちを起こしそうだから目が離せんと。なる程ボランティア先の修道女、とんでもない美人じゃないか。まさか手を出していないだろうな」
菫ちゃんはビックリドッキリがしたかったのか。俺も真実を指摘されてちょっとどっきりした。聖歌隊の出演の前に割り込むらしい。魔女姫様や剣風姫のエキジビションとか楽しみだ。
「先輩たちの出演時間には休憩をもらうようお願いしてみます」
「話は聞いたぞ。警備の方では活躍しているそうじゃないか。不審者を何人も捕まえたらしいな。門弟から報告が上がった」
古武術神瞑流は、「礼」に拘らず、殺法に重きを置く。その実戦的な剣術は警備、警察関係者には受けが良かった。今日の警備員にも皆伝の人が多々いると思う。
今日のチャリティーコンサート、俺はギルドからのボランティアとして参加している。聖歌隊に混じって一緒に歌うのは、カリキュラムの観点からはちょっと違うと思ったからだ。そんな訳で警備員をやっている。と言ってもいきなり誘導など出来るはずもなく、用心棒代わりに楽屋入り口にボーと立たされていた。
そこではストーカーじみたファンや、禁止られた撮影機材を持ち込もうする報道関係者の恰好の標的になってしまう。見た目が弱そうな素人の子供が突っ立ている。関係者を装ったり、横柄な態度で強行突破を試みる人達が続出した。もちろん荒事で取り押さえた。非難轟々だったが、監視カメラが記録してるので何の問題もない。
「魔力視の魔眼がありますからね。盗聴や盗撮機材の持ち込みはすぐ見破れますよ。危なそうな人はあらかた排除できたので、警備に余裕が出来たそうです。先輩の剣舞、スタンピードでも見せてもらいましたが、あんなに綺麗な剣の舞は初めてでした。この眼に、心に焼きつけます」
「そこまで言うなら見せてやろう。神瞑流、水の型、奥義、村雨を。その神髄は煩悩を斬る」
剣風紀は俺を嫌っているが、剣にかける情熱は本物だ。エキジビションとはいえ、剣技を見せてくれるらしい。あの日見た彼女の背中は遠かった。今はどれだけ近づけたのか。
サプライズはあったが、演目は進んで、魔女姫様と剣風姫の出番が近づいてきた。貴賓席に案内された。なんと舞台の最前列だ。主催者側の配慮だという。もちろん照子司祭とシスター見習いの泉澄も一緒だった。ミシアは指揮を務めるので楽屋に控えている。セーラー服姿の泉澄はそわそわと落ち着きがない。その一方、俗世を捨てて神と共にある司祭様は泰然としている。馬鹿な俺も難しい事は分からないので平常運転だった。
「こんなにいい席に座るなんて大丈夫かしら」
「気にしない、気にしない。ここからはステージも良く見えるから。頑張って応援しようよ」
「そうね、配慮していただいた方々に感謝をしましょう」
客席がざわつく。プログラムにはなかった魔女姫様と剣風姫のエキジビションが発表されたのだ。ゴスロリ衣装の菫ちゃんが父親の社長と手を繋いで、遊垣市長が娘の魔女姫様に案内されて、最後に純白な探索服の剣風姫が登場する。社長も市長も親子仲を強調するためか、カジュアルな服装だった。アシスタントも務める菫ちゃんがマイクを握った。
「お友達を紹介するよ。わたしのパーティーメンバーの摘花ちゃんと弥生ちゃん。みんなも知ってるよね。今日は私の応援で、カッコいい魔法や剣技を披露してくれるって。応援してね。それから無理言ってこの場を用意くれたパパたちに拍手を」
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実にあざとい。いや、この華やいだ雰囲気は菫先輩にしか作れないものだ。観客もフランクな市長や社長に手を叩いている。これが計算され尽くした演出であったとしても、それに乗るのがマナーだからだ。
魔女姫様のデモンストレーションから、剣風姫に向けての炎弾の発射、弥生先輩は難なく斬っていく。泉澄が心配そうに尋ねてくる。
「あれって、危なくないの。一太刀で火の玉を幾つも斬っているわよ」
「余裕だよ。分かり易いようにわざと炎弾を使っている。それに肉眼で追えるくらいに速度を落としてあるし。探索者なら出来る人は多いと思う」
俺と朱美も詩央から炎弾と水弾を撃ってもらい、それを斬る訓練をしている。詩央は曲射が得意なので、水と炎の弾が軌道を変えて襲ってくる。まあ、魔女姫様は室内で強力な魔法を披露する訳にはいかないから、今日の主役は剣風姫だろう。彼女の剣舞が冴える。袈裟に唐竹、一文字、そして突きと、その神技は空間を裂く。彼女の剣圧が会場を支配した。
そして俺には分かる。剣先はこちらに向いている。どこまでも真っすぐな破邪の剣は悔い改めよと迫りくる。裂ぱくの気合が距離を詰める。魂の中の淫魔が斬られそうだ。だから気をしっかり持つ。恐れる事なくその想いを受け止める。そして見惚れる。しなる肢体、うねる躰、女剣士の女性美を『記憶』していく。これこそ俺の欲するもの、熱き視線を送り返した。
ここからが見せ場になる。よく居合術では青竹をスパスパと試し切りしたりする。だけど舞台には竹ならぬ鉄パイプが幾つも立てられた。これを剣風姫は『縮地』からの抜刀で、蒟蒻のように切り伏せていく。刹那の技だ。神瞑流水の型、奥義「村雨」。『給水』と『洗浄』から編みだされた全てを滅却する秘太刀、これを振るえるのは、次期後継者たる神瞑弥生ただ一人であった。
エキジビションの興奮が冷めやらぬ中、貴賓席にビップ二人が座ってきた。市長と社長だ。菫ちゃんの我儘を父親が聞き入れたのは、この機会を設けるためだろう。司祭様は回復魔法のヒールではなく、病を治すキュアを習得した。四国地区でキュアを所持している選抜者は他にいない。シスターの方は国内初の神聖魔法で、「聖水」を生成できる。市や大企業のトップとしては何としても顔繫ぎしたいところだ。
「教会の地道な活動には感銘を受けました。担当職員にはよく言っておきます。何かあれば市役所を頼ってください」
「優秀な子供さんがいらっしゃるようですね。当社には奨学金制度も充実しております。ぜひ支援させてください」
清々しいまでの利益誘導だが、そこまで嫌な感じがしない。市長も社長も最大限の公益のために動いている。この辺は無私である照子司祭とよく似ていた。キュアの選抜者に定住してもらうのは行政の悲願であり、「聖水」の販売や研究に絡むかどうかで、企業の将来、関連する家族の生活は大きく左右されたりする。
「私もシスターも子供達が不自由なく日々を送れるよう、それだけを願っておりますわ。女神さまから賜ったこの奇跡、多くの方と分かち合いたいと思います」
照子司達はダンジョンからの力ができるだけ多くの人に役立つ事を希望している。教会で独占しても、人が殺到して孤児たちによい影響は出ないだろう。それよりギルトや行政や大企業に普及を一任する方が、はるかに多くの人を幸福に導く事が出来る。司祭様の尊き心根にお二人は深々と頭を下げた。
いよいよ聖歌隊の登場となった。童女たちがわらわらとひな壇に整列する。特等席に俺たちが坐っているのを見て落ち着きのない子もいる。さながら学芸会であった。だけど、先程までは剣風姫の剣技に当てられ、会場は極限まで緊張していたのだ。童女達のほっこりした姿に空気が緩んだ。観客からは生温かい声援も送られる。もちろん俺もだ。
僕が側に居てあげる。怖がらなくて大丈夫だよ。
誰よりも強い想い、不屈の意志が魔力と共に舞台へ届く。離れていても、これで心は一つになった。
シスターの指揮の下、天使の合唱が始まった。観客は童謡か唱歌を予想したはずだ。だけど聴こえてきたのはラテン語だった。千年の永きに伝わる聖歌を、誕生して十年と少しの童女が歌い紡ぐ。雑談をしていた人たちも、意表を突かれて思わず聞き入ってしまう。みんなは人の心を捉えたのだ。
愛らしいアカペラが響く。誕生の悦び、生きる苦しみ、神の救済、そして感謝を、子供達は舌足らずの声で浪々と唄う。それはダンジョンで親を失った彼女達の過去であり、つかみ取る将来であった。でも孤児たちはこれっぽっちも意識していない。ただ楽しく歌い上げるだけ。それ故の純真無垢、涙する観客もいる。指導では美しく音響を出すよう心掛けた。どうせ聴衆は正確な発音もグラマーも判らない。ようは意訳である。
次の曲に移った。涼風に変わって、今度は燐花と唯花がセンターを務める。双子の唄うアリアに聴衆は息を呑んだ。二つの声が一つの声、かと思えばカノンとなって戯れる。心を癒す可愛い声が、何故か魂を揺らすのだ。そして生の悦びを呼び起こす。我々に、生きる意味を問いかけた。まさに天使の審問であった。
リンもユイも、他の童女もつぶらな瞳で俺を見た。
僕がみんなの運命を束ねる。僕のために泣いて、僕のために喜んで。それがみんなの幸福になる。
この手から零しはしない、俺の大志をしっかりと伝える。無垢な魂に疵をつけた。彼女達が歓喜に染まる。法悦を知った。聖なる声が観客の心に響き、神へと届いた。
ダンジョンの神秘が織り込まれたクワイアードレスで、孤児たちはどこまでも可憐だ。その声は宝石が転がるよう。歌は照子司祭に捧げられた。命を紡いでくれてありがとう、心からの賛辞だ。そしてその眼は俺に向けられる。私たちの未来をあげます、こう訴えている。俺も迷いなき眼で彼女たちを見返した。天使の歌声に舞台は聖域と化す。女神さまが顕現されたようである。俺には見えた、歴代の隊員が、教祖様が後ろで応援を送っているのを。
女神教はその尊き在り様を言葉ではなく、実践で示した。誰もが照子司祭に深々と頭を下る。万物を慈しむ女神さまの教えは、やがて宗派を超えて世に広まる事となる。だけどそれは別の機会に。