大好評のうちに聖歌隊の合唱が終わった。みんなが褒められて俺も嬉しい。照子司祭とシスター見習いの泉澄は楽屋へ向かったが、俺にはもうちょっとだけやる事があった。生徒会長と風紀委員長の御機嫌伺をする。
「御上、感心したぞ。いつの間にかあんなに仲良くなったんだ。あの子達はお前に心を開いている、まるで家族の様じゃないか」
「ありがとうございます。僕も、あの子達も、実の親はもういませんからね。妹みたいなものですよ」
皆からお兄さんと呼ばれているのだ。親密すぎて男女の関係になった子もいる。剣風紀の俺に対する評価が爆上がりした。女子更衣室に侵入した事も許してくれるかもしれない。それに剣風姫と父親の無三総帥との仲は良好とは言えなかった。親のいない彼女達に思う所もあるのだろう。
「シスターも司祭様もとっても綺麗な方だったわね。お姉さん、あなたが色香に迷って過ちを犯すのを心配してきてみたのよ。御上君と親密になるといい事があるって噂を聞いたわ」
「微力でもダンジョンの力は、この世のために使いたい。そんな思いが神様に通じたのかもしれません。僕も社会に貢献して、生徒会長や風紀委員長に認められたいです」
ヒヤッとした。魔女姫様は頭脳明晰だ。恐らく司祭とシスターが同日に選抜者となったのを知っている。クラスの先生と委員長も選ばれた事と合わせて、疑問を抱いている。犯すとか親密になるとか、不純異性交遊まで怪しまれている。このままでは風紀粛清を謳う生徒会に捕まってしまう。だけど次の言葉を聞いて安心した。
「子たちは眩しいまでに御上君を慕っているわ。あなたはちょっと悪いけれど、本当は純真な人なのね。お姉さんだけが分かってあげる。常に正しくありなさい。いけない所は直してあげる。いつもあなたの味方でいるから」
魔女姫様は誤解していた。もし想夜が鬼畜であれば、10歳以上の童女にも手をつけて選抜者となっているはず。まだ彼はそこまで堕ちていない。しかし想夜の権能は12歳からその効果を発揮する。12歳未満は対象外なので、手をつけても無問題だった。聖歌隊のみなしご達は欲望の捌け口であり、世を欺く隠れ蓑になっていた。これが知恵の妖精の深謀遠慮である。
その一方、 魔女姫様の言葉には逆らってはいけない、そんなカリスマがあった。彼女は俺の事を親身になって心配してくれている。俺に惚れたに違いない。彼女はその美貌と魔法職としての実力で、スクールカーストのトップにいる。そんな上級生が指導してくれる。彼女のお尻について行けば万事上手く行くのでは? あなたの忠犬になりたいです。そんな言葉が出かかった時の事だ。
パシッ、パシッ、パシッ
楽しい妄想に浸っていたが現実に引き戻された。遺憾ながら耳に馴染む銃声が響く。威嚇だろう、天井へと乱射された。暴漢が十数人、会場へと乱入してきた。半分程は小銃で武装している。残りは鉄パイプか金属バットのチンピラスタイルだ。ここままでは観客がパニックになってしまう。俺達三人は一瞬にして心を通わせ、互いに命を預け合った。スタンピードのラスボス戦では、お互いに死線を潜ったのだ。仲違いなど支障にならない。それぞれが最適解に従って動く。
魔女姫様が舞台と駆け上がった。風魔法で拡声する。
「そのまま、動かず頭を伏せて。直ぐに救援が来ますから。テロリストに告げます。会場には上級探索者が二人います。あなた方に勝機はない。武器を捨てて降伏しなさい」
威厳ある、うら若き女王様の降臨だった。会場は水を打つように静まり返る。街の英雄が二人もいる、あちらこちらから安堵の声が漏れた。テロリスト達も怯んだかに見えたが、奴らの眼は血走っている。薬物でもやっているのか。上手い、観客には冷静になるように命じて、テロリストのヘイトを一身に集める。
銃器を持った6人が、ステージを占拠しようと発砲しながら殺到した。だけどこれは誘導だ。魔女姫様が微笑むと、銃弾は全て『障壁』に阻まれてしまった。襲撃者は剣風姫に悉くみねうちにされる。エキジビションとは大違いの神速の剣技、奴らは一瞬たりともその剣先が見えなかっただろう。さすがに近接戦最強を謳われるだけの事はある。
魔女姫様は俺を伏せた。テロリストに上級探索者の正しい人数を伝えなかったのだ。俺は警備員に混じって、こっそりと通路の武装集団を排除していく。『透視』と『魔力視』の魔眼で危険物を探すも見つけられない。まあ、本当に仕掛けているのなら乱入しないで、脅迫するはず。俺が本当に見ていたのは観客だ。連中が入場者に紛れて潜り込んでいるかもしれない。
それにしても連中は何をしたいのだろう。まず某国の別動隊の線は薄い。残党は5,6人しかいなかったはず。襲撃犯の動きは素人に毛が生えた位だった。思想犯? 騒ぎを起こして主義、主張をアピールしたかったのか。それにしてはがらが悪い。俺と菫ちゃんを襲った、反社組織と雰囲気が似ている。ならば観客を人質にとっての金銭目的か。そんな事を考えながら怪しい動きチェックしていた。
魔女姫様と剣風姫の活躍によって、 応援の警備員によって、武装集団はたちどころに鎮圧されてしまう。ギルドから派遣されたボランティアの選抜者も混じっている。拍子抜けするほどだった。今は責任者の人達で観客の避難誘導を打ち合わせている。だけど、そのすぐ側で騒ぎが起った。観客の一部が責任者呼べと騒ぎ出したのだ。気持ちが緩んで反動が来たのだろうか。警備の人達も、彼等がテロリストの仲間なのか、集団ヒステリーに陥ったのか決めかねている。
だけど俺は見つけた。彼等の眼に他人の魔力が宿っているのを。それも直近のものだ。改めて、捕まったテロリストを観察する。その眼の中にもかすかに別人の魔力が認められた。おそらくは古いものだ。そして魔眼保有者が老獪なのだろう、巧妙に隠されて一見では分からなかった。騒いでいる観客も、テロリストも全員が魔眼で洗脳されている。
騒いでいる人達はたった今洗脳されたのだ。ならば魔眼保持者は側にいるはず。『透視』も『魔力視』もフル回転だ、騒ぎを避けて非難している人混みに、一人怪しい人がいる。所持しているのは、魔力を偽る魔道具だ。彼は選抜者だ。俺達は職責に関わらず、非常時には前に出る義務がある。なのに何で逃げる。
壁を走って追いすがる。容赦なく不審者をホールからロビーへと叩き出した。だけど相手も反撃してくる。軍隊式の格闘術、この人は軍人だ。ダンジョンでやり合った特務部隊の隊員と同じ臭いがする。ならば陽動か、ここには市長や社長といった要人もいる。司祭やシスターも危ない。いくら選抜者でも子供達を人質に取られたり、魔眼で洗脳されたらそのまま国外に連れ去られてしまう。俺は短期決戦に打って出た。
「上級探索者、御上想夜です。相手はプロの軍人です。洗脳系の魔眼を持っています。近づかないで下さい。彼は僕が仕留めます」
選抜者の警備員やギルドの援軍は流石に俺の事を知っている。遠巻きにして部外者を遠ざけてくれた。相手も強襲してくる。正体が暴かれた今、俺を魔眼の支配下において、この場を切り抜けるのが最良だからだ。彼が不適に笑う。勝算はあるのだろう。徒手空拳の闘いでは、至近距離で互いに眼を見て動きを読む。魔眼の標的になりやすい
ともに『体術』スキルを持つ者同士、『身体強化』も互角だった。経験では向こうの方がはるかに上、マーシャルアーツと発勁が混ざった格闘術、俺は『強靭』、『柔軟』、『器用』そして『記憶』といったスキル群で補っていく。だけど彼は知らないのだろう。俺も魔眼を持っている事を。そして魔眼保持者とは何度もやり合っている事を。
俺は意思を強くして、自分から彼の眼を見据えた。驚愕する彼は一瞬だけ身体の反応が遅れる。そこに正拳突きで顔面を撃ち抜いて仕留める。駆けつけた警官から魔力の流れを阻害する手枷、足枷と眼帯を施され連行される。良かった、彼を野放しにしておいたら、この先その魔眼で、多くの子どもが誘拐されていたはずだ。
観客の脅威は去ったけど、電波状態が悪い。みんなが一斉にスマホを使い出したからだ。魔女姫様と剣風姫もこちらへ流れてきた。観客の方は警備に引き継いだみたいだ。
「陽動でしょうね。お父様と社長の無事は確認されたわ。でも菫とは繋がらないのよ」
「こちらも司祭様とは繋がりません。それにさっきの人は軍の精鋭でした。やり合うなら注意してください」
「御上、よくやった。で、どうする。三人で手分けして探しに行くか」
「いえ、目立つロビーで待機しましょう。ここには最大戦力が集結しているわ。何かあればここに連絡してくれるはず」
なる程、ここには非常回線もある。最悪、伝令も走らせやすい。闇雲に探し回って入れ違いになるより効率的と言えた。それにスマホに出ないのではなく、電波が繋がらないだけだ。安全な場所で待機している可能性も高い。
それにしても恐るべきは菫ちゃんの『直感』。まさかこの事態を予想していたのか。彼女が徒会長と風紀委員長を気まぐれで招いていなければ、大惨事になっていたかもしれない。付き合いの長い二人に聞いてみた。
「菫先輩は今日の襲撃を予想していたんですかね」
「まさか、あの子は何にも考えてないわ。でも我儘を聞いてあげると、不思議と事が上手くいくのよ」
「菫の直感は他人のために使われる事も多い。あいつはあれで知らずに人を救っている」
魔女姫様も剣風姫も菫ちゃんをべた褒めしている。彼女は無意識のうちに人を救っている。善意の塊のような女性だった。俺も彼女のピュアな心にどんなに救われた事か。意識して人を救おうとする偽善者の俺とは大違いだ。彼女は愛らしいロリ巨乳で男性を虜にするが、本当に可愛いのはその心だと思う。俺達は菫先輩の話題で盛り上がった。このままみんな無事だといいが。
だけどその願いは叶わなかった。警備員の静止を振り切って泉澄が飛び込んできた。動揺が激しく口も聞けない有様だ。
「もう大丈夫、何があったか話してごらん。僕が何とかしてみせる」
心を込めて背中を擦る。恋人にするようにだ。俺の愛撫に泉澄はたちまち楽になる。
「警備の人達が何人か来て、司祭様とシスターだけを連れて行こうとしたの。お二人を安全な場所に案内するって。子供達と離れられない、司祭様は拒否されたわ。そうしているうちに警備の人達が倒れちゃったの。そしたら、そしたら……」
「何があった!」
力を込めて抱きしめた。静かな怒りと、戦いへの渇望、そして雄々しき命が湧き上がる。問答無用で泉澄の魂を侵食する。たちまちに彼女の不安は食い尽くされていった。
「一人だけ平気だった私服警備員の人が銃を取り出して、涼風ちゃんを攫って行ったの。天井のキャットウォークを登っているって」
不審な警備員が突然倒れたのは、魔眼保持者が無効化されて、洗脳が解除されたからだ。銃を持った私服警備員というのが工作員なのだろう。俺達はホールへと逆戻りした。
ちょうど観客が整然と避難している最中だ。天井には照明の交換や点検作業用のキャットウォークが張り巡らされている。大人一人が歩けるだけの狭い通路だ。居た、天井直下を男が聖歌隊衣装を着た子を押し出すようにして移動している。涼風だった。後方からは盾を持ったが警備員が三人、刺激しないよう距離を取って追跡している。観客が避難し終わるのを待って事を起こすつもりだ。
こちらへと近づくにつれ、涼風が銃を突きつけられているのが確認できる。脚がプルプルと震えている。それでも泣かないで懸命に堪えていた。助けようにも、ここからは『鎌鼬』や『石槍』は届かない。魔女姫様の『水弾』や『炎弾』もそうだ。地上では、魔法攻撃の威力は半減する。俺は即座に走ろうとした。
「観客が避難するのを待て。わたしだって卑劣な奴を斬ってやりたい」
正義感の強い剣風姫は俺よりも怒っていた。だけど待てない理由があった。
「彼は工作員です。恐らく自決する気です。こちら向かって来ているのは、避難中の観客に銃を乱射する為でしょう」
奴は観客を天井から銃撃する気だ。観客はパニックになって通路に殺到する。何十人、何百人が将棋倒しになって死ぬ。その後、涼風を吹き落としてから自殺するだろう。某国の特務部隊と交戦した俺なら分かる。彼等は末端まで歪んだ愛国心に染まっている。
「じゃあ、どうする気?」
「暗幕をよじ登って点検通路へ跳び移ります。狭い通路では射線は躱せません。被弾覚悟で突入します。銃を奪ってから女の子と飛び降りますよ。僕には風衣がありますからね」
「それしかないか、御上、死ぬなよ。わたしは奴の確保に回る。警備員では荷が重いかもしれん」
「牽制に回るわ。下から魔法弾を撃って注意を引いてあげる。障壁があるから大丈夫よ」
剣風姫は反対側からキャットワークを登って取り押さえる気だ。魔女姫様は援護に回った。俺は悟られないよう壁へと寄せる。だけどもう遅かった。観客の一人が天井のテロリストに気づいてしまう。そして指を差して大声を上げた。恐怖は伝染する。何人もが指さして、全員がその先を見上げた。天井通路には銃をこちらへと構えるテロリストがいる。唇は釣り上がり、暗い悦びに染まっていた。大パニックは必死の情勢だ。
もう間に合わない、少しでも被害を減らそう。そう思った時、天井の涼風が俺に気づく。そして無邪気にほほ笑んだ。たちまちに震えが止まり、幼い顔に生気が戻る。俺たちの心は一つになった。孤児院で彼女が木から落ちた時、俺が受けとめてやった事がある。泣きじゃくる涼風はずっと俺に甘えていた。今回も俺に命を預けて身投げする気だ。
ダンジョンの力はこの為にある。スロープの手摺の上を駆け抜けた。『俊足』使っての手加減なしの全力疾走、一つ間違えば大怪我をする。だけどここで命を賭けているのは俺ではない。
涼風が銃を掴んで空へと跳ぶ、小学生でも体重は三十キロ近くあるのだ。いきなりの暴挙にテロリストは銃を手放してしまった。クワイアードレスが風にはためく。涼風が天使の如く舞い落ちた。会場の、全ての視線が集中した。誰しもが血の海を予想してしまう。だけど俺は運命を切り裂く、疾風となって宙へと舞った。二つの躰が一体となる。小さな命をしっかり掴み、そのまま『風衣』で庇うように着地した。
「怖い人がみんなを撃って、そして自分達も飛び降りて死ぬって。でも想夜さんを見つけたら恐くなくなったの。また助けてもらえるって嬉しくなっちゃった。ああっ、お兄さん、大好き。私の人生で一番大切な人」
「僕たちでは、皆を救えなかった。ここの人が助かったのは全部涼風のおかげだよ。可愛ゆくて、尊くて、涼風は僕だけの宝石にする」
涼風はまさに清水の舞台から飛び降りたのだ。その興奮の冷めやらぬ中、大胆な告白をしてくる。男なら想いを受け止めなくてはならない。一人の女性として扱おう。抱擁してラブシーンを演じた。だけど気が緩んだのか、観客の一部が、早く避難させろと、無粋にも騒ぎ出してしまう。
「静まりなさい。あの子の献身を無駄にするのですか。ここには上級探索者が三人います。取り零す命などありません」
魔女姫様が一括した。逆らえぬ威厳があった。そして言い知れぬ安らぎもあった。今日の魔女姫様はカリスマが凄い。俺は自慢の妹に優しく声をかける。
「さあ、涼風、みんなに手を振ってあげて。今日のコンサートの主役は間違いなく君だった」
涼風は震える手を弱々しく挙げた。彼女が小さな手を振れば、大きな拍手に包まれる。滾る熱気が怒涛の如く渦巻いた。強く拳を突き上げる人がいる。雄叫びを上げる人もいる。抱き合って泣き崩れる人もいた。誰もがなけなしの勇気を褒め称えた。そして自分が、皆の命が救われた事に感謝を捧げる。コンサートホールは生きている歓びに満ち溢れた。
後は菫ちゃんの安全を確認するだけだ。