初めて理生院とデートに漕ぎつけた。夕食に誘うとあっさりOKが出た。今まですっと断られていたのに。諦めないで良かった。それともクラスメイトの朱美に遠慮していたのか。まあ、彼女からすればデートの振りでもして話したいこともあるのだろう。ファミレスでちょっと早めの食事をとる。
「理生院の眼が無かったら、菫先輩を助けられなかった。みんなから感謝の言葉も預かっている。ありがとう、くれぐれもよろしくって」
「どういたしまして。クラスメイトと先輩方が困っていたからに手を貸しただけよ」
有効範囲が数十キロに及び、車内や船内でも見透かす彼女の特別な眼のおかげで、誘拐された菫先輩を奪還できた。彼女は極秘裏に内閣調査室に協力している。全員でお礼に行っても迷惑になるだけだ。今回も学園内の同級生や先輩とのお付き合いの一環として納めるのだろう。
「あなたこそ、ずいぶん活躍したようね。司祭様とシスターのスキルは聞いてます。新しいスキルや珍しいスキルが出現するのは、人類側にそれを必要とする事象が発生するからとの説もあるの。お二人は今後も狙われるかもしれない。御上君、あなた騎士となって護りなさい」
正義感の強い理生院だ。力ある者は義務を果たせときっぱりと言い切った。
「照子司祭はお母さんみたいに甘やかしてくれるし、シスターミシアはお姉ちゃんみたいに可愛がってくれる。二人の愛に報いるためにも僕は教会の聖騎士になる」
「仕様のない人ね。何しに教会へ行ってるんだか。孤児の子達が妬いてしまうわよ」
「大丈夫だよ。みんなとも妹みたいに仲がいいから。理生院も来てみるといいよ。仲の良さを見せつけてやるから」
理生院が優美に笑う。険のない穏やかな微笑だった。そう言えば京都に向かうと言っていた。
「前から思っていたけど、京都には理生院っていう名家があるよね、陰陽道の宗家、皇(すめらぎ)家の系列の。もしかして理生院はそこの関係者?」
凛とした彼女には珍しく表情が曇った。これは聞いてはいけないヤツだ、上手く騙されておこう。でも彼女は質問に答えてくれた。
「戸籍上は本流の娘になるわ。養女だけどね。実の親は早く亡くなっている。あなたと同じ。人に言いふらさないで下さいな」
秘密にして欲しいと言ったのは名家の養女である事を隠す為ではないだろう。旧家に貰われて破格の待遇を得ているその理由だ。恐らくは習得している特異なスキル群にある。内閣調査室が力を借りたい程のスキル、理性院は今回のように人知れず世の為、人のために戦っている。欲に塗れた俺とは大違いだ。俺は深々と頭を下げた。
「もちろんさ、誰にも言わない。ダンジョンの女神さまに誓うから」
ふと理生院は、政府か皇家の要請で俺を監視しているのではという考えがよぎる。でも即座に否定した。彼女と同じクラスになったのは、俺がダンジョンに選ばれる前、何の変哲もない高校生だった時だ。そこに作為は存在しないはず。その後俺の動向位は報告しているだろうが、それはあくまで副次的なものと思う。
だけどもっと考えるべきだった。養女とはいえ、何故、名家のお嬢様がわざわざ都落ちしてまで越境入学しているのか、スタンピードや籠城事件が収束しても未だに居座っている理由を。
京都駅より小一時間、嵯峨野の奥の間に皇家の邸宅はある。寝殿造りの建物は、竹林の静寂と小川のせせらぎに包まれていた。嵐山より午後の蝉の声が降る。この一帯は全て皇家の私有地だ。その奥の院に理生院は呼ばれていた。彼女は孤児だった自分を引き立ててくれ、分家とはいえ名家の養女に迎えてくれた皇家について思いを馳せた。
皇家は陰陽道を生業とし、古の昔、亰の都を守護していた。だが世が開け、魑魅魍魎がおとぎ話となるにつれ、その影響力を失う。細々と血脈を保つだけの、没落した旧家になり下がっていた。だがダンジョンクリエーション直前、当時の宗主が異変を予知する。
地の底が開き、悪霊が湧きます。女神の子らよ、戦いに備えよ。
妄言だと一笑にふされるも、世界各地にダンジョンが出現し、預言は現実のものとなってしまう。スタンピードが発生し、モンスターが地上を闊歩した。地獄の鎌が開いたかと思われたが、驚くべきことに皇家にはノウハウが残っていた。餓鬼はゴブリン、オーガは鬼、レイスは怨霊、ハーピーは姑獲鳥だ。魔物への対処法が分かれば生存率も大きく違う。幸いにして皇家は祭礼を司っていた。没落していても他の名家や旧家とも繋がりがある。この情報はダンジョンへと挑む探索者にも共有された。
当時の国内の被害は甚大だったが、それでも他国と比べれば軽微であった。宗主の予言が夷狄を退け、国政の舵取りにヒントを与え、経営の指針となった。日ノ本は他国に先駆けて復興していく。
別に宗主が望んだ訳ではないが、方々から現人神に祭り上げられてしまう。混乱を避けるために宗教法人として一本化した。この国の生末を政治家と議論した。ダンジョンと共生するには、魔力値の高い人材が不可欠、高魔力の女性を中心に孤児たちを確保していく。高度な教育を施された彼女達は、組織運営の礎となり、あるいは婚姻で人脈を拡大していく。
未来の見えない社会において、先読みの宗主は事業者にとっても神様となった。役員や共同経営者として名を貸してもらえるだけで、企業の格付けはAAAとなるのだ。自然と利害が調整され、皇家を頂点とする財閥が形成されていった。
しゃらりと神楽鈴が鳴り、宗主の入室を伝えた。襖が開き、御簾が巻かれ、理生院は久しぶりの対面を果たす。白衣に白袴、白無垢の巫女服を着た妙齢の女性が座していた。皇家114代宗主、皇夢子のおなりである。
ちなみに彼女は選抜者ではない。しかしながらスキルの如き超常の力を持っている。それ故の現人神だ。彼女の持つ有名な異能は「予知」。こうした異能の力は代々一族の女性にのみ顕れる。その故、皇家の宗主は代々女性か、入り婿が務めていた。
「典子さん、お務めご苦労様。私と貴方の仲じゃない。さあ、楽にして。美味しいお菓子を用意しているわ。一緒に頂きましょう」
現人神とは思えぬほどに、気安く言葉をかけて下さる。理生院は行儀見習いで宗主の付き人をしていた時代があった。その際に妹のように目を掛けられていた。理生院が顔を上げる。
「夢子様もお変わりなく。道は未だ見つかっておりません。申し訳なく思っております」
「いいのよ。阿波の国で異変が起こっているのは間違いないから。そのまま調査を続けて下さい。それにダンジョンの力を悪用されないようにするのが貴方の務め。立派にお役目を果たしているわ」
理生院は上座へと進みお茶を立てる。不敬ではあるがこうしないと夢子が不機嫌になるのだ。宗主と親し気にお茶をするのは、よほどの側近か懐刀に限られる。もし皇家に近い人間がこの光景を見たら、正体不明の女学生に戦慄しただろう。
「貴方にもお話した方がいいでしょうね。神代の昔、ダンジョンがあったのを信じますか」
皇夢子が悪戯っぽく笑う。あなたは神を信じますか、いかがわしい宗教の勧誘みたいだが、現人神が言うのなら笑えない。彼女は神話の時代を語り出した。
「異界より光臨された金色の女神さまは隈なく世界に天の岩戸を築かれました。そこは根の国、魑魅魍魎の世界との境界でもありました。もうお分かりでしょう、天岩戸とはダンジョンの開口部、根の国とはダンジョンそのもの。魑魅魍魎はモンスターです」
民俗学者ならこう解釈したであろう。皇家にモンスターの資料が残っていたのも納得だった。ご先祖様はダンジョンに潜り、研鑽を積んでいたに違いない。八岐大蛇はラスボスのヒュドラ、草薙の剣は魔剣。クリヤ後に宝箱から出たものだろう。因幡の白兎はモフモフの獣人少女、鰐鮫はリザードマン、毟られたのはそういう事だ。
「女神さまは儚き我々に手を差し伸べられました。生物としての格をあげなさいと」
古今東西、神話の時代に英雄が多かったのはそう言う事だろう。彼等はダンジョンから力を貰っていたのだ。
「ですが、黄金時代は長くは続きませんでした。心優しい女神さまは放浪の弟神を保護します。しかしながら弟神は乱暴狼藉の限りを尽くし、侍女にまで手にかけました」
伝承によれば、逃げ惑う天女を太い針でほとを刺して殺したという。太い針とは魔羅の隠喩である。言うまでもなく、強姦行為があった事を示唆している。そして弟神は姉神様も襲おうとした。
「呆れ果てた女神さまは天岩戸に籠られます。そして悲しみのあまり常世へとお還りになられました。こうしてダンジョンはこちらの世界から姿を消し、跡地からはモンスターが湧き出すようになりました。妖怪変化という奴ですね。昔の探索者とその子孫は退魔家を興し、これに対抗します。皇家の前身もこれに当たります。そして湧き出したのはモンスターばかりではありません。常世から根の国へと渡っていた異界の冒険者たちもこちらの世界へ放り出されました」
彼等もこちらの世界では天人、あるいは怪物として扱われている。ワーウルフは犬神憑きであり、ケットシーは化け猫とされた。東洋の仙人や西洋の魔法使いも元々は異界の冒険者であった。
「ここまでは前振りです。そんな帰還できなくなった異界の探索者の中に、白狐の獣人少女が混じっていました。もうお分かりでしょう」
皇夢子は悪戯っぽく笑う。真白い肌、銀髪でも白髪でもないうっすらと青みを帯びた雪白の髪、息を呑む人ならぬ美貌。アルビノではない。その証拠に心を惑わす獣じみた金眼が燦然と輝いていた。彼女は初代様の血を色濃く受け継いでいた。スキルに頼らなくても、異能の力が備わっているのは血統によるものだ。
この白狐少女は退魔士の若者と恋に落ちた。設けた子に『治癒魔法』のスキルオーブを授け、これが皇家の縁起となっている。その後、陰陽道を起こし、物の怪を討ち、平静の世には雌伏した。
「私どのも悲願は、ダンジョンの向う側、常世へと至る事です。初代様は望郷の想いを抱いたまま身罷られました。死後もその思いは強まるばかりで、今は遺宝の箱に封じている状態です。ですがこのままでは荒魂となって災いを呼びかねません。どうか私の願いを叶えて下さい」
先祖の血が強く出ている夢子には、その魂も白狐少女に引きずられていた。皇一族の悲願、先祖の御霊を常世へと送り返す、その狂熱に心が千々に乱される。神々しいかんばせに白刃の如き八重歯が煌めく。
「春凪沙織さんが道標と思いましたが間違っていたようです。空に映った天女様こそが本命かもしれません。いいえ、あちらは女神様ではありませんよ。女神様のお姿は黄金の髪と瞳を持つと伝えられていますから。いずれにせよかの地に手がかりはあります」
オーロラと共に光臨したシーナの幻影は銀髪、赤眼であった。夢子の予知は100%の精度を誇るが、その解釈を間違えば元も子もない。かの高位生命体と接触した可能性があるのは御上想夜だけだ。だけど本人は覚えていないという。当然だろう、ダンジョンでは接触していないのだから。
それでも彼を観察すれば、手がかりをつかめるのでは、理生院は漫然と考えていた。その解釈は間違っても、核心には迫っていたのだ。