ここ神戸ダンジョンは人で溢れている。神戸市は交通の要所だ。関西どころか近畿や中国地方からも集まってきている。土曜の午後ともなれば、ダンジョン向きのスキルを持っていない会社員や学生の選抜者も、経験値集めに励んでいる。なにしろ西日本最大の魔石産出量を誇り、出現するモンスターにも癖がない。プロからアマチュアまで人気のダンジョンだった。
そんな中、我が妹は美少女ナースに変身していた。白のレギンスに、同じく白の膝上までのワンピース、肩に背負う赤の十字は命の重みだ。このスタイルは言うまでもなく、白衣の天使を模している。キリ香は12歳にして、回復魔法が驚異のトリプル。その愛らしさと相まって人身売買組織から狙われた事もある。不本意ながら、ピンクの髪と母親譲りの翠の瞳がナース服によく映えた。天使ちゃんとか聖女ちゃんとか呼ばれるのも納得の可愛さだった。すれ違う人達もキリ香を横目で追っている。
「お兄ちゃんと一緒にダンジョンで冒険するって夢が叶った。散々待たされたんだから、今日はわたしだけをエスコートしてね」
ここは上層から中層へ至る緩衝地帯の一角だ、通常、モンスターは湧いてこない。妹は俺にぶら下がって甘え放題だ。キリ香は母親の薫子とはよくダンジョンに潜っているが、俺と入るのは初めてだった。
「安全だからって油断したらダメよ。ダンジョンはいつ牙を剝くか分からないわ」
注意する薫子も嬉しそうだ。彼女もまた、俺と潜るのは初めてなのだから。
緩衝地帯には数百人はいるだろう。プロからアマチュアまで雑多だ。その中でひと際目を惹く美少女集団があった。彼女達がキリ香に手を振り近づいてくる。紹介されなくても分かる、妹の通う付属中学の女生徒だろう。引率している教員も母と同じ協会の職員だ。薫子と和やかに挨拶を交わしている。肝心のキリ香は質問攻めにあっていた。
「あの人、キリ香のお兄さん? 聞いているのと違うじゃない」
「無神経で乱暴で意地悪な人には見えないわ。繊細そうで恐くない。一緒にいたら手取り足取り優しくされそう」
「年上なのにちょー可愛いんですけど。危なっかしいならわたくしが面倒見てあげますわ。キリ香さん紹介して」
「従姉のお姉ちゃんから聞いちゃった。キリ香ちゃんのお兄ちゃん、上級冒険者よ。とんでもなく強いんですって。お付き合いしたい」
「ダメ! お兄ちゃん子供っぽくて、いつも迷惑賭けてばかり。交際なんて早いんだから」
ピーピーと姦しい。四月の初め、俺はダンジョンの試練を受けた。安否の確認でキリ香は入学早々、何日か欠席している。クラスメイトも俺の事を聞いているのだろう。軽く会釈してくる子もいる。お喋りを盗み聴くに、どうやら妹は俺の事を級友たちには悪く言っているらしい。皆に迷惑を掛けている処だけは本当だ。
そんな輪には加わらず、横で佇む生徒がいた。仲間外れにされているのかも。こんな子にはグイグイ行くのが礼儀である。紳士な俺は馴れ馴れしく話しかけた。
「とっても似合うドレスだね。空色の瞳とクリームの髪がよく映えて素敵だよ。可愛すぎて見惚れてしまった。鑑賞させてもらっていい?」
俺の不躾な視線が下に降りる。彼女はほとんど超ミニスカートなのだ。白のタイツの少女らしい細い脚がギリギリまで露出されて、相対的に腿を太く見せていた。それに何といっても黒のフリルのマイクロミニの恰好は、「みよう本」の魔法少女に通じるものがあった。俺は大いに共感した。
「そのフリルのスカート、魔素を攪拌して、魔力爆発から身を護る最新型でしょ。こんな可愛いのは初めて見た」
「そんなに見ないでください。恥ずかしいです」
「ドレスタイプの探索服は絶対領域を展開するって聞いているよ。視ても見えないから大丈夫のはず」
最近、ダンジョン産の素材を特殊な織物に仕立て、ラジエーターのように魔力を逃す技術が開発された。一見するとフリルが重なっているようでもある。これを衣装に転用してドレス型の探索服が作られるようになった。直ぐに破れそうな見た目とは裏腹に、絶対防御と絶対領域を展開して、戦闘中でも女性の慎みを護る。
彼女は照れて顔を反らす。でもこの程度ならOKと同義だろう。しっかり見ないと失礼に当たる。眼力に魔力が籠る。フワフワのフリルを拝見しながら、秘された股間を妄想する。視線を上げれば臙脂のベスト、コルセットのように搾ってあった。無理やり感ある腰のくびれが堪らない。
腰のベルトや腕輪や手袋、ブローチや髪留めと装飾過剰のお洒落さんだ。ダンジョン探索において戦闘の役に立たない宝飾品は外しておくのが常識だ。ガチ勢からは顰蹙を買う。だけど俺の魔眼を凝らしてみれば、全てに彼女の魔力が込められていた。
「君、錬金を勉強しているの。髪留めやアクセサリーには付与がかかっているよね。それ全部自作でしょ。それから僕は御上想夜、高一だよ。キリ香がお世話になっている。妹と紛らわしいから想夜と呼んでよ」
決して俺と顔を合わせようとしなかった少女が、初めて目を合わせた。澄み渡る瞳の仲には優しく微笑む俺がいる。
「そんな、どうして分かったんです。たしかに錬金術のスキルを持っていますけど。ああ、それから初めまして。わたし灰楕理々恵って言います。苗字のカイダが読みにくいので、みんなからはリリエって呼ばれています。わたしの事もそう呼んでください」
「僕の魔力視の魔眼には視える。一つ一つに心を込めて、魔力が封じられているのを。澄み切って輝いているよ。綺麗な君とそっくりだ。それ、戦闘や護身、探査の補助になるんだよね。それにアクセサリーのセンスもいい。可愛いらしくて品がある。これも製作者のリリエと同じだね」
「男の人からこんなに褒められたのは初めてですよ。ちょっと意識してしまいました。お世辞でも嬉しいです。わたしってチョロいんですかね」
モジモジとはにかんでいるけれど、顔が緩んでいる。もっと気持ちよくさせてあげよう。
「リリエがアトリエを開いたら僕が一番に買いに行く。たくさん買って応援するよ!」
錬金術で作成されたアクセサリーは一品ものだ。女性達にプレゼントしたら喜ばれるだろう。
「頑張ります! わたし、可愛らしいアトリエを開くのが夢なんです。御上さん、いいえ想夜さんのために真心を込めて作りますから。あのう、もし宜しければ一度素材集めに付き合ってください」
「それなら二人で冒険しよう。未知の領域、未知の素材やダンジョンアイテム、心躍るね。命を賭けてリリエを護ってみせるから。だから僕ために新しいアイテムを造って」
「話術」スキルはバッシブスキルだ。いつも調子のいい事を言ってしまう。仲良くなりたい純真が、ペラペラ言葉になって出る。そして真摯な言葉は言霊となる。天使の聲に乗せて、俺の好意がリリカの耳に流れ込む。ちなみに「話術」スキルは皆には秘密だ。持っているのを知られると、俺の言葉は軽いものになるからだ。チャラ男になってしまうだろう。
錬金術師の制作するアイテムは危険なものも含まれる。資格は当然免許制だ。資格を取得する事を、アトリエを開くとも言う。それから生産職である錬金術師は総じて戦闘力が低い。にもかかわらず、彼らは深層奥まで降りていく。現場で処理しなければならない稀少素材も多いからだ。こんな時、信頼できる護衛を雇う。『結界』を持つ俺なんかうってつけだろう。
俺たちは錬金術の話題で盛り上がっていた。知り合いにはこの貴重なスキルを持つ選抜者はいない。興味津々で質問攻めにした。リリエの方も魔眼持ちとの出会いは始めてだそうだ。特に『魔力視』の魔眼は研究や生産職の人間からは垂涎の的だ。付与した魔力の流れやその強さを指摘したりで、急速に親密度を深めていった。
「さあ、リリエ、ケープを脱いで。襟元やフロントの機能を確認したい」
言葉にも魔力が籠った。大人しい女の子は命令されるのを待っている。それに名前を教え合うのは友達の証、人のいい彼女は断わりづらい。なお本当に俺が確認したいのは彼女の胸のサイズだった。忌々しい事に紺のケープは『透視』も『魔力視』も弾いたのだ。
胸の開いたベストの下は、予想通り装飾されたギャザーのブラウス、フリルがふんだんにあしらわれている。このまま胸元を覗くと怪しまれるので、俺もローブの前を開いた。マイスター謹製のワンオフを彼女にだけ見せてあげる。
「ほら、リリエと同じフリル服、これで僕たちお仲間だね。恥ずかしい気持ちは僕にも判るよ。でも君にはよく似合うから自信をもって」
「まあ、想夜さんも着てるんですね。 勇気をもらえた気がします」
リリエを褒め讃えながら、それはもうじっくりと観察する。心を許しているのか、俺の視線が心地よさそう。中一だからもちろん小胸だ。だけど妹よりはあるだろう。なだらかな膨らみというより、小さな乳房が円錐型に尖っている印象。生産職の彼女は腕も細い。撫肩で、身幅というのか、脇と脇との距離が狭い。肺も小さく胸郭も薄い。とっても華奢な女の子だ。だだし、視覚的バイアスで乳房が大きく見えてしまう。
かつて錬金術師はムッチリした太腿と豊かな胸をお持ちになるのが定番であった。「みよう本」のイラストはそんなのばかりだ。昨今の錬金術師はスリムな美脚とツンとしたおっぱいで庇護欲を誘う。
二人でいい感じになっていたら、目敏くキリ香が友人達と乱入してきた。リリエに手を出しているのではとプリプリしている。ちょっと揶揄ってやろう。
「お兄ちゃん、リリエちゃんにいかがわしい事してるんでしょ。妹や先生もいるのにいい度胸よね。覚悟しなさい」
「二人で脱いで見せ合いこしていた。お互いに恥かしい秘密を明かして意気投合したよ」
クラスメイト達が黄色い声を上げた。我勝ちにローブの中を覗き込む。
「見て、見て。キリ香ちゃんのお兄さんの探索服、リリエちゃんと同じ、フリルがいっぱいついている」
「あっ、本当。男の人でこのタイプの服、着ているの初めて見たよ」
「その、よくお似合いですけど、お兄さん、恥ずかしくないんですか」
「リリカ、雰囲気よくてよ。まさか、お付き合いする事になったりして」
さすがの俺も、妹や担任教師のいる前で、そのクラスメイトをナンパしない。それにリリエはフリルスカートの事で散々友人にいじられたみたいだ。彼女のためにフォローしておく・
「このドレスタイプの服、最初は女々しそうで大嫌いだった。そんな探索服は徳島の戦闘で逝ってしまった。僕の命と引き換えにね。嫌いだったのに僕の命を護ってくれた。こうしてみんなと話ができるのもフリル服のおかげさ。今来ている服は2代目になる。心して欲しい。死地においては布切れ一枚が生死を分ける。リリエちゃんが勇気をもってドレスタイプの服を着ているのは素晴らしいと思う。深刻な話になってなんかゴメン」
お喋りなキリ香が何も言わない。これだけで、クラスメイトは俺の言葉が信実だと悟る。ポツンとしていたリリカが、いつの間にか輪の中心になっていた。
「さっきはからかったりしてゴメンなさい。わたし本当は可愛いドレスを着ているリリカちゃんが羨ましかったの」
「ねえ、服や小物のチョイス、アドバイスくれないかな。わたしって脳筋だから、目利き出来ないし」
こちらの様子を見守っていた先生方が会釈された。義母によると教員が2クラスの正副担当で4人、協会のコーチが二人の6人体制で遠征するらしい。生徒全員がエリートか希少なスキルを持っているだけに手厚いガードだ。
「お兄ちゃん、早く行こっ! 他の女の子に付いていったら駄目だからね」
キリ香が俺を取られまいと、手を引っ張って母の元へと連れていく。リリエとはさよならも言えなかった。薫子が錬金術師についてレクチャーしてくれた。
「錬金術は黎明期、ハズレスキルの筆頭だったわ。スキルの習熟には高価な魔石や素材が必要。とても個人で用意できる額ではなくてよ。本人は戦えないけど、ダンジョン深く潜る必要がある。それでよくパーティーから追放されて死んでしまうの。稀少な生産職がこれではいけないと、国とギルドが支援を始めた。錬金アイテムが高価なのは、かかった経費を返還してもらう奨学金的な一面もあるの。リリエちゃんみたいに早くから研鑽するなら、やがて賢者に届くかもね」
賢者というのはスキルではなく、『錬金術』を極めた者の称号だ。キリ香の通う付属にはこうした生産職や、善く生きるには役に起たない精神系の魔眼保持者も集められている。弱い立場の彼女達を保護して、正しく生きてもらうためである。思えば選抜者の半分は探索向きのスキルを持っていない。こうした選抜者は生産に携わったり、企業に勤めたり、そして親父のような治安維持で社会の屋台骨を支えている。その恩恵を最も受けているのが俺達探索者だ。感謝してもし切れない。
妖精たちが言っていた、ダンジョンは生けるものが命を競う神々の遊戯場でもあると。もし俺達探索者が力に溺れて他を顧みないならば、人という種族の繁栄はない。
「お兄ちゃん、クラスメイトに気を利かせてくれてありがとう。だけどあんまり優しくしないで。リリエちゃん、男子に免疫がないの。本気になったら可哀そうだよ」
浮かれていたキリ香がしみじみしている。