※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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着物美人

 京都駅から西へと10分、ダンジョン協会京都支部へと到着した。嵯峨嵐山は昔から貴族が別邸を建造している景勝地だ。それにダンジョン出現で開発に制限がかかっている。竹林を抜けると王朝の離宮を模したギルドが鎮座する。ここ平安ダンジョンはB級では珍しい民営のダンジョンだ。担当者に会う前にギルドとダンジョンの歴史についておさらいしておこう。

 

 平安ダンジョンは日本での最初期に誕生したダンジョンの一つである。また国内初の民営ダンジョンとなった。この地はダンジョン征伐で功績を上げた陰陽道の名家、皇(すめらぎ)家の御膝元だった。皇家は周囲の土地を買い占める事で、住民を避難させダンジョンの安全管理に努めた。一度もスタンピードを発生させず、ワイルドハントでも迅速な対応をとったため、京都市は大きな被害を出さなかった。

 そのため、市民からの信頼も厚く、少しでも安全な住居を求めて全国からお金持ちが殺到した。時代が落ち着いてダンジョン国有化の話が上がるが、当然のように反対運動が起きる。これまでどこよりも安全だったのに、国が要らんことをして身の危険が増すではないか。

 一方国の方も、当時財政はカツカツだった。それに皇家には大きな借りがあり刺激したくない。何より平安ダンジョンは魑魅魍魎の跋扈する特異なダンジョンだ。その運営にも人材育成にも莫大なコストが予想された。渡りに船で民間委譲し、今日に至る。

 

 さて受付はゲスト用と会員用に別れて、ゲスト側の窓口は結構込み合っている。ここのモンスターは癖が強いので有名だが、それ故に冷やかしで一度は潜っておこうというレジャー感覚の探索者も多い。神戸が規制されている今は尚更だ。案の定入場料で揉めていたりする。俺は招待されていたので、会員側の窓口で手続きを済ませる。

 

「徳島から参りました。お招きいただいた上級探索者、御上想夜です。宜しくお願いします」

 

 これだけでエントランスが凍てついた。時代劇で言えば、敵地で囲まれ、刃を突きつけられた処だ。静寂の最中、強化された俺の耳が僅かな囁き拾う。

 

「あれが御上想夜なのか。あんなに女々しくて弱そうなんて聞いてないぞ。あんな奴に本当に星堂さんは殺られたのか」

「アイツはあの見た目で相手を油断させてから、卑怯な手段で嵌めるらしい。それで人狩りを何人も血祭にしているそうだ」

「馬鹿ね、貴方達は彼の魔力を感じないの。人間止めて、化物の領域に届こうとしているわ」

 

 俺の悪評が蔓延している。だけど敵意はあっても油断なく俺を値踏みしている。魑魅魍魎相手に鍛えられているだけに、全員が相当の実力者と見た。受付嬢もできる。俺が名乗っても表情一つ変えない。他の職員も同様で、こちらを一瞥しただけで平常運転に戻っている。これは手強そうだ。

 

「中途半端な時間だからね。夕飯前にちょっとダンジョンを覗いでくる。お勧めのコースを教えてよ」

「宿はこちらで押さえてあります。予定時間にはお戻りください。でないと食事が無駄になってしまいます。宜しいですね」

 

 お散歩にでも行くような軽い気持ちで話しかけた。相手も動ぜず、能面の顔で応えた。

 

 

 

 上層の餓鬼やしゃれこうべは無視しながら、最短距離で中層と降りた。受付嬢からは絶対に避けるように忠告されてたコースだ。このエリアには固有種とされる「影女」が棲息している。影を押さえられても死ぬ事はないが、動きを封じられる。そこをを日本の魑魅魍魎の代表格である「鬼」に嬲り殺されるという、必殺コンボが存在するのだ。火魔法で影を消すのが最も良いとされる。

 それに先程からつけられている。『隠匿』と『光学迷彩』、以前奇襲されてから殊更周囲には気を配るようになっていた。ギルドの回し者か、人狩りかは判断できない。いずれにせよ殺されても文句が言えない行為だ。直ぐに仕掛けて来ないので様子見とする。

 

 誰もいない空間なのに、壁にゆらりと影が揺れた。床からは俺に向って、黒い影が伸びてくる。影女だ。気配もなく,突然出現するようでも、俺には『魔力視』の魔眼がある。躱すのは容易だった。それに対峙した感覚では、影女は固有種というよりレイスの上位種や亜種という感覚だ。

 ちょっとだけ遊ぼう。影女のスリーサイズを看破するのだ。よくよく見れば、メリハリのある体型から慎ましいのまで色々だった。影に向ってスリーサイズを言い当てる。正解すると影が怯えて遠ざかった。逆に不正解だと憑りついてくる。一匹二匹はそうでもないけど、五匹六匹は流石にきつい。こうなると、ぎゃあぎゃあ小鬼や大鬼が湧いてくる。

 ここで「ミスト」を発生させた。俺を中心に聖水の霧が渦を巻く。小鬼と大鬼に変化はないが、影女は立ちどころに消滅する。壁や天井に潜んでいたのは慌てて逃げ出していく。やはり影女は上位レイスの変種、小鬼と大鬼は角付きのゴブリンとオークで決定だろう。

 大鬼小鬼を蹴散らしながら、蝶と戯れるように影女を追っていく。やがて彼女らは行き止まりの岩壁をすり抜け消えていった。『透視』の魔眼でも見通せないほど分厚い岩盤、だけど奥からは魔力と言うか霊脈の流れを感じる。

 

 砕け散れ!!! 

 

 迷うことなく衝撃波を繰り出した。隧道でこれをやると、行き場を失ったエネルギーが新たな爆風を呼ぶ。つけてきた連中も無事ではすまないだろう。無数の影女が吹き飛ばされていく。土煙が晴れた先には地図にない階段、そして岩の上には封印された葛篭箱、宝箱の代わりだろうか。開けてみると、オーブではなく古びた銅鏡が入っている。破邪の鏡か、雲外鏡か、初めて習得したマジックアイテムとなった。

 契約では今回俺が習得した魔石やアイテム、情報などは全てギルドが買い取る事になっている。ちょいどいい肩慣らしになった。帰路、三人組の探索者が影女と戦っていた。何故だか全員ボロボロだ。

 

「助けは必要でしょうか」

「かなわないでくれ。邪魔だから早くどこかへ行ってくれ」

 

 横入りを尋ねたけれど邪険にされてしまった。『衝撃波』で吹き飛ばしたので、これ以上影女の追加ははない。多分大丈夫だろう。

 

 

 

 予定時間ぴったりに帰還した俺は、結果を報告した。能面受付嬢も、隠し通路と銅鏡の件は流石に驚いたようだ。

 

「それから隠匿と光学迷彩でつけてきた人がいる。戦闘に巻き込まれて負傷しているはず。知ってると思うけど、僕はこういった人達に何度も殺されそうになった。次回からは処理して協会に届けます」

 

 ギルド側に釘を差す。『隠匿』や『光学迷彩』で近づくのはマナー違反どころか、明らかな犯罪行為だ。ギルドの規則にもはっきり記されている。戦闘に乗じて不意を突くのは人狩りの常套手段でもある。討たれても文句は言えない。それに俺は隠し事が多すぎる。戦闘スタイルをアウエーで晒す訳位にはいかない。

 

「うちの会員にはそんなメンバーはいませんが、ゲストには一部非常識な方がおられて苦慮しております。注意喚起をしておきましょう。それよりも送迎の車がまいりました。宿のほうには専属の職員を置いています。秘書としてお使いください。本日の鑑定結果も彼女を通してお伝えします。季節の膳を用意しております。どうぞお楽しみください」

 

 俺は急かされるように、迎えの車に乗せられた。遠目には受付嬢が慌てて指示して、常連と思しき探索者がダンジョンへと駆けこんでいる。どうも俺は追い出されたようだ。専属をつけると言う事は、ギルドにもあまり近づくなだろう。

 

 

 

 送迎の車は嵐山を登っていく。住居もまばらになってきた。よほど俺を隔離したいのだろう一見さんお断りの格式高い旅館に泊まる事になった。そこから奥の離れに案内される。手の行き届いた竹林にはいくつかの離れ家があった。コテージと聞いていたがこれはもう別荘だろう。多分、お金持ちや貴賓専用、貧乏性の俺は居心地が悪い。一人寂しく懐石料理を味合う。

 食事の後担当職員が挨拶に来る旨、連絡があった。お茶を立ててくれるという。ここには小さいながらも茶室があった。なお茶道と言えば、朱美と詩央に飲まされた、苦々しい記憶があるだけだ。美味しかったのは生菓子だけ。

 

「平安ギルドより参りました。連極綾女と申します。夜咄などいかがでしょうか」

 

 にじり口をくぐってきたのは日本人形を彷彿させる佳人だった。細い首が色香を誘う。結い上げられた黒髪、切れ長の瞼とよく通った鼻筋、柳肩に細身の体躯と、それは古風な美人さんだ。撫子や桔梗の意匠のいった絹紗の振袖が涼を跳ぶ。

 特筆すべきは彼女の仕草の優美さだ。幼少から仕込まれたのだろう、足運びから袖の振りまで、一つ一つが雅で、そして品がいい。視ていて心が洗われた。お点前など分からない俺は、彼女の動きを真似てみた。

 

「御上様、お見事です。記憶スキルの賜物ですね。ですがそれは女子手前でございます。どうぞ楽になさってください」

 

 付け焼刃なのがすぐに見破られた。おもてなしの場であまりにもかしこまるのは失礼に当たる。それに茶道の精神は和敬清寂、身分や立場の枠を超えてお互いが親しくなる事にあったはず。

 

「ここの和菓子は美味しいね。それからお茶は薄いほうががいい。お姉さんみたいに綺麗に着物を着きている人には初めて会ったよ。僕の事は想夜と呼んで」

「お上手ですね、ですが舞子さんにそんな科白を言ってはいけませんよ。勘違いしてしまいますから。わたくしの事も綾女とお呼びください」

 

 親しくなりたい人には名前で呼んでもらうのだ。綾女さんは柔和に微笑む。そしてここは三畳一間の狭い和室。初対面でも距離は近い。受付の能面お姉さんは料理を楽しむよう勧めていた。目の前の京人形も据え膳に含まれるのだろうか。以前の俺なら迷わなかった。だけど手を出せば、女神さまの呪いが発動して彼女を選抜者にしてしまう。

 それにすぐに手を出すのは粋でない。おもてなしの精神に反する。躰を味合う前にその人となりを味合おう。

 

「京都の名家で連極という姓があったはず。ひょっとして綾女さんはそこの人?」

「よくご存じですね。行き場のない私を養女に迎え入れて頂きました。連極家には感謝してもしきれません。その御恩に応えられないこの身を不甲斐なく思うばかりです」

 

 皇家(すめらぎけ)の分家に中に、連極家(れんごくけ)というのがある。古くからオークやゴブリン、つまり大鬼、小鬼を斬る事を生業とした一族だ。皇家が所有する平安ダンジョンも、管理は連極家に任されているという。彼女もその容姿と魔力量を見込まれ、将来を嘱望されたのだろう。だけど未だにダンジョンに選ばれていない。その無念さが白磁の顔を一瞬だけ陰らせた。

 ここの場にいるのは本家より俺の篭絡を命じられたのか、それとも憎まれている俺の担当を押しつけられたのかは分からない。いずれにせよ彼女の本意ではないだろう。それでも綾女さんは、誠実に職務を全うしようとしている。美しい心根には俺も厚意で返したい。

 

 

 初対面の緊張も解れて、世間話をするようになった。夏の夜の風流を楽しむ。共通の話題と言えばどうしても平安ダンジョンの事になる。

 

「ゲストの料金は地元の人の十倍だけど何か理由があるのかな。今日もエントランスで文句を言う人がいたよ」

 

 地域に密着する人材を育成するため、地元民を優遇するのは分かる。だけどこれは行き過ぎではないか。

 

「ご懸念はごもっともです。ですがゲストの方が増える程、上層の魔物が増えるのです。他所からの人は雰囲気を楽しむ人が殆どで、積極的にモンスターを狩ろうとはしません。また遭難も多く、その度に会員が出動となります。トラブルを防止するために地元の方には見回りもお願いしています」

 

 俺は一番危険なコースを選択したので分からなかったが、上層は観光気分の探索者で混雑しているという。癖のある平安ダンジョン潜らなくても、側には神戸や徳島のダンジョンがある。プロの殆どはそちらに流れる。その為一見さんの割合が高く、ダンジョンの管理に支障をきたしてるという。要はよそ者が地元に迷惑を掛けている。その為の料金格差か。

 

「それに想夜さんには深くお詫びしなければなりません。ご承知でしょうがうちのギルドには想夜さんに悪感情を抱いている探索者が少なからずいます。そんなあなたが仲間を傷つけ、隠し通路と破魔鏡を発見したのです。元からの人は穏やかではいられません。感情を爆発させる人も出るでしょう。先輩はトラブルを避けるために、想夜さんを追いだすような真似をしたのです」

 

 

 

 成程、つけてきた探索者は、俺がやらかして他の探索者とトラブルにならないか見張っていた。受付で俺が邪険に扱われれば、隔意ある人は留飲を下げる。それで俺を追い出したのか。探索者の人も、能面お姉さんもワーストとならないようワースで留めようとしていた。

 それに持ち帰ったマジックミラーは破魔鏡らしい。これはレイス系のモンスターに魔力を込めて照射すれば討滅できる。どこまで通用するかは使用者の魔力によるという。悪霊系の多いここのダンジョンでは垂涎の一品だった。

 

「良かったよ。聖水かこの鏡があれば、危険なルートも楽に通れる。皆がダンジョンを楽しめるようになったら、僕も嬉しい」

 

 綾女さんは穏やかな人だ。朝の湖面の様である。探索や職員の対応でささくれていた俺も、いつの間にか落ち着きを取り戻した。彼女の清い心を覗いていたい。その一方で俺を投じてみたいと波紋を起こしてみたいと思うのだった。

 また茶道の真髄は茶の湯だけでなく、茶室や庭、茶器などを鑑賞して、審美眼を磨く事でもある。着物美人の綾女さんをじっくり鑑賞して、俺の審美眼も一段と磨かれる事になった。

 

 

 

「明日観劇などはいかがです。宜しければ案内しますよ」

 

 着物美人と古都の逢瀬を楽しもう。

 

 

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