※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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人形浄瑠璃

 正しい歴史は知らないが、人形劇「かな手本忠臣蔵」の九段目はこうなっている。

 

 浅野家改易の後、大石内蔵助父子は京都山科の岩屋に隠棲し、遊郭通いを続けていた。岩屋というのはダンジョンの見立てで、世を欺きながら修業の日々を送っていたというのが今日の通説である。

 そこへ内蔵助の息子、大石主税のかつての許嫁小浪と、その母親戸無瀬が尋ねてくる。どうしても娘を主税に嫁がせたいと、江戸を逐電してきたのだ。

 だけど主税の母親お石はけんもほろろで、息子の嫁に相応しくないと追い返そうとする。仇の一味の娘など、いらないというのだ。結婚前から嫁と姑の確執を見るようである。小波と戸無瀬は自裁寸前にまで追い込まれた。

 そこに妻と娘を追って来た梶川与惣兵衛が現れて、何故か主税に斬りかかる。梶川与惣兵衛という名を知る人は少ないだろう。だけど松の廊下で「殿中でござる」と叫んだ、誰でもが知る有名人だ。彼は浅野内匠頭の狼藉を止め、吉良上野介を救った正義の人だ。それ故に浪士からは内匠頭の本懐を妨げ、奸臣吉良に与する仇の一味と逆恨みされていた。

 梶川与惣兵衛は免許皆伝の達人、一方大石主税もダンジョンでの特訓でメキメキ腕を上げていた。激闘の末返り討ちにしてしまう。梶川与惣兵衛は今際の際に妻と娘を託す。そして引き出物として吉良邸の見取り図を渡して息絶えたのだった。その後主税と小波は一夜だけの祝言を上げる。

 

 十二段目で物語は一気に動く。この絵図面を手掛かりに赤穂浪士は討ち入りを決行した。しかし吉良邸は改装されていて、計画に齟齬が出てしまう。吉良上野介は脱出まであと一歩だ。これを許せば、赤穂浪士は切腹どころか打ち首獄門である。天下の笑い者になってしまう。

 ざまぁからのざまぁ返し、上野介は大見えを切る。浅野内匠頭と大石内内蔵助を散々コケした台詞を観客に吐くのだ。観客も、合いの手の野次を入れて応戦するのがお約束である。如何に憎たらしく演じるかに、舞台の成功がかかっている。憎ければ憎い程、最後のカタルシスも大きい。

 

 かぶりつきで観劇する俺と綾女さんは相当目立っていたと思う。15歳の少年に和装美女がお世話を焼いているのだ。ひそひそと噂している人もいる。普通なら顰蹙も買いそうだが、ここは平安ダンジョンのお膝元、 癖の強いダンジョンに潜るのは実力者か傾奇者が多い。俺もその類と思われたのだろう。幕ノ内弁当を食べる俺たちを生温かい眼で見守ってくれる。なお、幕ノ内弁当はお芝居の幕間の食事が発祥らしい。

 

「このお弁当美味しいね。我が儘言ってごめんなさい」

「喜んでもらって何よりですわ。それよりも人形浄瑠璃の感想はいかがですか」

「初めて観たけど、すごいよね。人形が人間よりも人間らしく見える」

「そう言っていただけると演者の方も喜びましてよ」

 

 何百年も研鑽された造形とその振り付けは、人など及ばぬ迫真の演技をしてくれた。付喪神という言葉が頭によぎった。こうした人形が役目を終えたら変化するのだろうか。眼の前の綾女さんを見て思う。俺も彼女のような自動人形が欲しいと。

 

 

 

 観劇の後は、お互いに感想を語り合った。人形浄瑠璃には何の知識もないのだけど、思った事を正直に言おう。多分的外れなのだろうけど。

 

「上野介が内蔵助を馬鹿にする場面が面白かった。兎と亀の兎みたいに、因幡の白兎みたいに、ゴールまであと一歩のところで見得を切るのいいよね。僕も吉良みたいにイキりたい」

 

 屋敷から公道に出てしまえば、討ち入りは乱暴狼藉となり、亡き主君の名誉を穢す。これを盾に、吉良上野介は木戸口を潜って脱出を謀る。あと一歩で出られるのに、わざわざ振り返って悪態をつくのだ。ここで半歩だけ足を出してはまた引っ込めるという、滑稽な人形繰りと語り口が物語最大の山場となる。

 その隙に主税が門の屋根によじ登る。この場面、浪士からも上野介も気づかないが、観客からは丸分かりの設定になっている。背後から飛び降りて捕まえた際は、客席からは大喝采が起こった。

 現代人の感覚からは安全圏に逃げてから馬鹿にすればと思うだろう。だけどそれは粋でない。蚊帳の外で罵るのは卑怯者だ。それでは当然、観客の心にも響かない。

 

「まあ想夜さん、いけませんわ。敵役を応援しすると、恨みを買ってしまいます。お気をつけ下さい。私は主税と小波の一夜限りの祝言の場面が好きですよ。女の情念をたった一晩に賭けるのです。儚くも美しいとは思いませんか。主税様のような素敵な殿方と巡り合いたいものです」

 

 綾女さんは主税と小波の一夜限りの祝言の場面がお好みのようだ。確かに演じる人形は歓びと恥じらいに溢れていた。

 

「小波の面は、綾女さんに似ていた気がする。僕も小波のようなお嫁さんが欲しい」

「もう、からかわないでください。本気になったら責任取れます?」

 

 正直な僕の言葉に綾女さんがはにかんだ。負けじと俺を揶揄ってくる。こうやって段々と馴染んで来た。でもどうしよう、手を付けると女神さまの思う壺だ。

 

 

 

 旅館に戻ってからはお仕事をする。ギルド側のサポーターである綾女さんと最終的なコース確認を行った。もちろん、事前に詰めてはいた。ただ昨日様子で行った影女のエリアをそのままクリアしてしまった。日程に余裕が出来たのだ。俺は深層へ更に足を延ばす事を提案した。二人して角付き合うよう地図を見る。一般に公開されているよりも更に精密な情報が載っている。

 

「聖水をお持ちとはいえ、危険すぎます。その先はまつろわぬ神々や祟り神が住まう場所です。無事に戻った人はほとんどいません。担当として絶対に認める訳にはいけません」

 

 物凄く怒られた。もちろん俺を思っての事だ。でもおかしい。このエリア、実は徳島支部を通じて最初に打診があった場所なのだ。うちの受付嬢がけんもほろろに断っていた。綾女さんの立場なら願ったりかなったりのはず。

 

「綾女さんは僕によくしてくれた。ギルド職員として尊敬している、大人の女性として憧れている。だからあなたの為に僕は行く。僕が任務を成功させれば、それはあなたの功績となるから。それに征伐を先延ばしにするとイレギュラーが湧くかもしれない。先日の神戸で身に染みたよ。僕はダンジョンから力を授かっている。その義務を果たす。星堂さんもきっとそうした」

「いけません、功績なんかいりません。あなたが無事に帰ってくのが、心からの私の願い。ああ、そんな綺麗な眼で見ないで。胸が苦しい、躰が灼ける。お願いだから私の心を見透かさないで」

 

 人形のような彼女の顔がくしゃくしゃになった。綾女さんが初めて感情を剥き出しにする。また女を泣かせてしまった。話せない事情でもあるのか、無理に聞くような雰囲気でもない。少し時間が必要だろう。彼女に気分転換が必要なら俺もそうだ。席を外して、竹林の小径を駆けた。懐かしい土の匂い、風にそよぐ竹の韻律、俺は自然と一体化する。ダンジョンでは無理だが、野山では気配を希薄に出来るだろう。これぞ【魔導】の賜物だ。

 半刻ほど躰を解した。彼女も落ち着いた頃だ。離れの側まで戻ると綾女さんが年配の職員と話している。品のいい老女だ。多分業務報告と思う。俺には聞かせにくいない内容もあるかもしれない。そっとこの場を離れようとした。でも様子がおかしい。強化された聴力で聲を拾った。

 

「御上さんは禁測地へ立ち入ろうとしています。危険です。止めて下さい」

「いいではありませんか。それよりどうして彼の心配をするのです。篭絡してでも取り入れと命じましたが、絆されましたか。この裏切り者の役立たず。恥を知りなさい」

「申しわけありません……」

 

 綾女さんがぶたれてしまった。いい女をぶっていいのは俺だけだ。割って入ろうと思った。だけど彼女はただ謝るばかりだ。よほどの事情があると見た。その辺り解決しないと救えない。老女の叱責はなおも続く。

 

「なぜにあの人形浄瑠璃を見せたのです」

「あれはお嬢様の仇敵ですよ。思い知らせてやらなければ」

 

 忠臣蔵は誰でも知っているお芝居だ。見せて不都合などあるはずない、それとも俺には伝統芸能は理解できないと思われているのだろうか。それにお嬢様とは誰だろう? 京都ではまだ女の子に酷い事をしていないんだけど。他の人と勘違いしてないか。もし非難させるなら、誤解よりも既成事実にしておきたい。

 

 御上想夜は知る由もない。

 上級探索者、星堂篤彦の妻、星堂葵は良家の子女でありながら、16歳で駆け落ちして当時無名だった夫を支えた。その甲斐もあって彼はトップランカーにまでのし上がる。この内助の功は有名であるが、妻の実家については頑なに情報統制されていた。

 星堂葵は、旧姓を連極という。彼女は皇家に連なる連極家の直系であった。そこの跡取り娘が勝手に婚約破棄して逃げ出した。ここまでの家柄なると、夫がトップランカーになった位では許されない。星堂氏が実入りの悪い平安ダンジョンを本拠地に置いたのも、妻と実家が寄りを戻すのを取り持つためである。

 事情を知る地元の探索者も、彼の心意気に惚れた。何より家人達はおてんば娘の葵を慕い、秘かに支援を続けていた。もう少しだったのだ。両親との和解の兆しも見えてきた。敬愛してやまない将来の女主人が還ってくる、家中はお祝ムードに包まれていた。

 その最中、「姫」による籠城事件が発生した。連座した星堂氏は御上想夜に討たれてしまう。しかも逆賊の汚名を着せられた。誰もが葵の愛の深さを知っている。お嬢様は両夫にまみえず、二度と幸せは訪れない。連極家は武闘派である。怨敵想夜を許すまじ、聖水試験にかこつけて、管轄する平安ダンジョンに招き入れていた。

 

 

 

 もう一周して戻ってみると、綾女さんは落ち着いていた。豪華な夕食の後。今日も夜咄に誘われた。俺は明朝から平安ダンジョンの深層へと潜る。平常心で送り出そうとの配慮だろう。でも今日のお点前はなってなかった。俺は昨日完璧な作法を『記憶』している。今晩の彼女は無駄やしくじりが多く、明らかに心が乱れている。

 彼女もそれを分かっている。なってませんねと自嘲した。

 

「想夜様、申し上げたい儀がございます……」

「今日のお芝居楽しかったね、綾女さんの気持ちは汲み取ったよ」

 

 彼女の言葉を遮った。この先を言わせてはいけない。恐らくは忠臣蔵にかこつけて伝えたい事があったのだろう。その真意は分からない。だけど俺を心配する気持ちだけは痛いほど伝わった。裏切らせてはいけない。路頭に迷った彼女を天下の名家が引き取ってくれたのだ。養家の恩は返しても返しきれない。その一方良心の呵責に苦しんでいる。どうしたら心安らかにできる。

 それに俺は綾女さんの着物の柄にずっと釘付けだ。蟲が沢山描かれている。昆虫採集が趣味だった俺は手に取りたくて堪らない。そうだ、子供に戻って無心になろう。彼女の側ににじり寄る。

 

「ねえ、綾女さんの着物の柄、蟲がいっぱい。脚の長いのはキリギリス、黒いハートは鈴虫でしょ、萩の先に留まっている。葛の葉の影にこおろぎ発見。僕は子供の頃、鈴虫を飼ってたよ。今頃になるといい声で鳴くんだ。着物にさわって観察したい」

「薄浅黄に秋草に虫という文様ですわ。想夜様はお子様だからさわらせてあげます。殿方には絶対触れさせませんから。そしてありがとうございます」

 

 以心伝心、彼女を想う俺の心が伝わった。辛い時は誰でも童心に還りたいもの。綾女さんも足を崩して割座に座る。横に流して躰を預ける格好になった。着物に移した香の匂いが鼻をくすぐる。

 如何に苦労して捕まえたか、脚がもげて悲しかったか、懐かしい虫の思い出を綾女さんに聞かせてあげた。女性に蟲の話など嫌がられる。綾女さんも苦笑いしている。でも男の子が楽しそうだと、女性も幸せになれる。彼女も興が乗ってきた。俺のなどる指に添えて、七草の名前と由来を説明してくれる。

 帯には桔梗と藤袴、指先を下に這わせば、着物の裾には尾花が広がる。振袖は未婚女性の象徴だ。可憐な撫子が咲いている。めくり上げると柔らかくて軽い。後ろには女郎花があつらえてあった。ここで脇下に切れ込みを発見、手がすっぽり入る大きさだ。

 

「どうして脇の下だけ縫われていないんだろう。ちょっと気になる。ひょっとして通風孔みたいなもの?」

「じろじろ見てはいけませんわ。身八口(みやつくち)と言うんですの。着崩れしないようわざと開けてあります。それと赤ちゃんにお乳を上げた名残だとも言われています」

 

 綾女さんが恥かしがる。女性の着物の脇下には切れ目があるらしい。そう言えば祖父の見ていた時代劇では、悪代官が町娘の脇をくすぐっていた。子供の俺も、あんな風に女の子をコチョコチョしたいと憧れた。

 

 じっちゃんの名にかけて、謎はすべて解けた! 

 

 

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