※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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平安ダンジョン1 猫神・猿神

 平安ダンジョンにはその独自の生態系のせいで、立ち入りを規制、もしくは推奨されていない箇所が幾つもある。先日俺が踏破した影女のエリアもそれに当たる。そんな一つ、西の杜と呼ばれる、鍾乳石が樹木状に聳えているエリアを訪れている。ここは天井付近にダンジョン産の緑藻が繁殖して、うっそうとした森のような錯覚を覚える。先のルネッサンスで誕生した新空間で、まだ調査が充分行われていない。石筍だけでなく、巨石、奇岩がゴロゴロ転がっている。

 最近この付近で何人かの探索者が消息を絶った。もちろんギルドも調査隊を派遣した。だけど当人が迷って遭難しただけなのか、はたまたモンスターに襲われたのか、何も痕跡は掴めなかった。やがて未確認の物の怪の存在が噂された。レイスの上位種なら『魔力視』の魔眼を持つ俺なら対処できるし、隠し通路などの発見も容易い。

 実は、ロウちゃんが化け犬と間違われて襲われたのがこの辺りだ。彼女達も人気の多い場所で『獣化』したら騒ぎになる自覚はある。それでわざわざ人目につかない場所でクラスメイトと遊んでいたら、善意の人に駆除されかけたという。俺はこの事案を綾女さんに尋ねていた。

 

「西の杜ではレイスの他に、ライカンスロープを見たという不確実な情報も寄せられています。先日の件も、女子中学生が化け犬に襲われているという誤報が原因です。協会しては噂やいたずらに惑わされる訳にもいかず、かといって放置もできず苦慮しています。そこで想夜様に白羽の矢がたったのですよ」

 

 なるほど、職員が煮え切らないと、ロウちゃん達が憤慨したのはこのせいか。火のない所に煙は立たぬ、と言って原因は不明。協会として中途半端な対応を取らざるを得なかったのだろう。そこで俺が派遣されたと言う事か。

 

 

 

 数時間、鍾乳石の森を探索するも、隠し部屋も行方不明者の手がかりも、モンスターの痕跡もさえない。だけどこの程度で見つけられるなら、地元の人がとっくに発見している。地道な調査も大切だが、正直飽きてきた。先に進んで帰りにもう一度調べればいいか、そう思った時だ。

 

「そこのボク、助けて欲しいニャ、隠し部屋を発見したニャン。金銀財宝ザックザック、でも怖いモンスターがいて追い出されたニャ。ボク、可愛い顔をしているけど、物凄く強いニャン。お姉ちゃんに手を貸すニャ。猫の手も借りたいニャン」

 

 辛うじて持ち出したという沙金、銀砂の巾着を見せてくれた。早くしないと部屋が消えてしまうらしい。でも怪しすぎる。このお姉ちゃん、ピコピコ動く猫耳カチューシャを付けているのだ。初めは観光気分の探索者と思った。でも見た目弱そうな俺の実力を見抜いている。それに物音立てない身のこなし、奇抜な格好は、昔の言葉で婆娑羅沙とか傾奇者を気取っているのか。

 

 くしゃっとした漆黒の髪、野趣あふれる黄金の瞳、血塗られたような口紅のお姉ちゃんだ。しなる肢体に縊れた腰、胸とお尻がフルフル振れる。それにやたらと露出の多い服を着ている。純情な男性なら目のやり場に困るが、俺には目の保養だった。

 もし猫耳カチューシャが本物なら、彼女をロウちゃんと同じライカンスロープと認定しただろう。

 

「頼むニャン」

 

 身体を擦りつけられてお願いされたのだ。ここまでされたら受けるしかない。美人局か人狩りか、彼女のお尻に付いて行った。好奇心は猫をも殺すとか、退屈は猫を殺すとかの格言があるが、いずれにせよ猫が死ぬのは間違いない。

 知らない人女性についていくなと説教されている俺だけど、暇にしていたので仕方ない。それにもし、隠し通路が本当なら手がかりがあるかもしれない。

 鍾乳石の迷路を案内される。美人局ならそれでよし、男の前でレイプして正義の鉄槌を下すのだ。だけど残念ながら隠し通路は本当だった。地図にない開けた空間へと抜ける。俺も念入に調べたはずだが、こんな場所は見つけれなかった。

 

「着いたニャ、あそこの祠が隠し部屋になってるニャ。でも恐ろしい化物がお宝の番をしてるニャン」

 

 石の祠の奥が隠し部屋になっているらしい。もちろん周囲に気を配る。『気配察知』には何の反応もない。覗き込もうとした。だが、真の恐怖は天井に潜んでいた。刹那の間隙をついて、黒の獣が虚空より迫り来る。

 

「きえぇぇぇ──ー!!!」

 

 ハンマーパンチ、組んだ両手が頭上から振り降ろされた。硬い岩盤がへこむ程の衝撃。ピシピシとひび割れが、蜘蛛の巣状に広がっていく。獲物で受けたら詰んでいた。

 スキル『猿叫』。裂ぱくの気合で相手を怯ませ、身体能力を一瞬だけ爆発的に高める獣のスキルだ。だが侮ることなかれ、剣術の流派にも取り入れられる程の絶技である。

 

「にゃ、にゃ、猿神の天撃をかわしたのニャ!」

「ほー、猫神よ、この生贄は活きが良いのぉ。嬲りがいがある。かつては我を退治に邦中から武士が集まったもの。その全てを喰らってやったが」

 

 猿神の片腕だけが、間合いを無視して鞭のように俺を撃つ。ハルバードの射程より長い。通背拳、通臂猿猴と呼ばれた猿が、腕の骨を背中で繋げて編み出した伝説の拳法だ。こちらも『鎌鼬』で対抗するが、鋼鉄の剛毛で弾かれて決め手にならない。

 猿神が鍾乳石の柱を伝い、天井へとぶら下がる。樹冠は猿の独壇場だ。俺も負けていられない。『登攀』と『風衣』で柱から柱へと跳び移る。猿神が驚愕した。

 

「人の子よ、何故猿の技が使える?」

 

 通背拳は片腕が伸びるとその分だけもう片腕が縮む。どちらかの腕で石筍を掴まねばならない状況では、この拳法は使えない。これは好機だ。戦斧で思い切り横殴りにした。刃は通らなくても打撃武器の役割は充分に果たす。

 

 猿も木から落ちる

 

「があぁぁ──ー」

 

 人 間と勝負して木から堕とされる等、猿神にとってこれ以上の屈辱はない。怒りで我を忘れている。その足りない頭を叩き割ろう、今度は俺が頭上より迫った。

 しかしながら猫神が割って入る。猫のお姉ちゃんからの無音、無拍子での『爪撃』。手数が多くて戦斧では対応できない。四本の引っ掻き傷が俺のローブを掠めていく。こちらも「切り裂きジル」で対抗する。俺の爪先がお姉ちゃんの際どい服を更に引き裂く。だけど肌までは届かない。流体となって受け流された。

 

「シャー、服が破れた。この人間は獣の子供、猫の技も使えるニャ。猿神、ここは引くニャ。この獲物は縁起が悪いにゃん」

 

 猫のお姉ちゃんは美人局ではなく、猫の神様だった。探索者に声を掛けてはおびき寄せていたのだろう。猿神と呼ばれた化生は八尺をゆうに超える。漆黒の毛で覆われているが、その躰は痩せていて、手だけが異常に長い。恐らくは狒々の類か。こいつらは紳使のくせに人を喰う。そして喰う程に力をつけて手に負えなくなる。

 

「千年ぶりに目を覚ませば、でっかい穴に閉じ込められていたニャ。そして霊力を持った人間がうじゃうじゃニャ。お前らを喰らって力つけるニャ。外に出て人間どもに貢がせるニャ」

「我らを奉れ。生贄を捧げよ」

 

 どうやらこの二柱は封印されていたのをダンジョンに取り込まれたらしい。そして先のルネッサンスで復活したわけだ。大昔の神様が今さらデカい顔をされても迷惑なんだが。それに何人も犠牲者が出ている。放置する訳にはいかない。

 

「大人しく討滅されて。人は千年前から驚くほどに賢くなった。不遜だけれど神々の領域に手をかけるようになったよ」

 

 今や人類は天翔けて、月へに到達している。千年前の人達からは御伽話の世界、俺たちは天人に見えるだろう。

 

「うんにゃ、人間は千年たってもおバカなままにゃ。この前も犬神憑きに嗅ぎ分けられそうになったから、化け犬として運営に通報したニャ。そしたらすぐに処してくれたにゃん」

 

 ロウちゃんが妖怪と間違われて退治されそうになったのはこいつのせいか。

 このまま逃げられるのは不味い。俺は鎌をかけた。

 

「いいのかな。ボクを見逃すと強い人がたくさん来るよ。その中にはライカンスロープだっているかもしれない。如何に隠れようとも、猟犬はあなた達を嗅ぎ分ける」

「我らは拠点を持っていない。迷宮内ならどこでも行ける」

「迷宮で力をつけて地表へ出るニャ。そこでもっと人を喰って奉られん。人の子よ、我らを畏れよ」

 

 この二柱は上層から深層まで自由に移動できるらしい。今、上層は観光客モドキの初級探索者で溢れている。奴らがこれを知ったら入れ食いとなる。力を取り戻すと、地上に出て厄災の神となって君臨する気だ。こいつらはまつろわぬ古い神々、分け隔てなく猛威を振るい、気まぐれに善行を施して畏れられる。人間で言えば、不良が偶然人助けをすると、本当はいい人と勘違いされるのと一緒だ。一定の信仰を得るだろう。

 野放しにはできない、焦る俺を尻目に、ニタニタと笑いながら消えてしまった。同時に祠や隠し通路も消えて、最初の場所に戻っている。先程の場所は案内なしでは辿り着けない迷い家の類だ。俺の情報を基にギルドがレイドを組んでも、発見は難しいかもしれない。

 ロウちゃんに来てもらえばよかった。説話通りに猿神達は犬を苦手にしている。最強の猿だった孫悟空だって、二郎真君の飼犬に負けたのだ。でも拠点を変えられれば振り出しに戻ってしまう。他のエリアに移って、奴らは人を喰い続ける。

 

 

 

 俺は一計を案じた。民話の通りなら猿神は若い女を生贄にもらって、毎年お嫁さんを変えていた。猫だって女の生き血を舐めて霊力を得たではないか。

 

 少女を餌に誘き出そう

 

 一旦この場を離れるとアイテムボックスからゴスロリ衣装を取り出した。髪の毛を染める。臭い対策で購入していた香水を振りかける。まさかダンジョンで女装するとは思わなかった。猫神と猿神は人を騙して喰らっている。今度は俺が騙して退治する。数時間後、男の娘になって散歩した。案の定、猫神が女性に化けてこちらを窺う。今回はボクの方から駆け寄った。

 

「お姉さん、ボク、道に迷っちゃったよ。安全な場所まで連れて行って」

「分かったニャ。さっきまで悪い男がいたやニャンよ。お嬢チャンは食べてしまいたいくらいに可愛いニャン。さあ、一緒に来るニャ」

 

 物凄い力で引っ張られていった。金色の瞳が爛々と輝いている。いつの間にか隠し通路を抜けていた。そこには獣でなく壮年の男性が待っていた。ボクはこの人に見覚えがある。

 

「ここまで来れば安心ニャ。彼はパーティーの相方ニャン。神様にみたいに強いのニャ」

「食べてしまいくらい美しいお嬢さんだね。安心したまえ。君は僕たちの保護下にある」

 

 偽物が爽やかに笑った。

 

「この猿真似が!!!」

 

 猿神は星堂さんの姿を借りていた。このダンジョンで一番強い存在として認識していたのだろう。許せない、死者を冒涜するものだ。ボクは死んだはずの星堂さんに聖水の強力なヤツをぶっかけた。

 

「ぐぎゃぁ──ー」

 

 悍ましい悲鳴が上がり、変身が解けた。狒々の姿に戻っていくが、鋼の剛毛は錆びたようにボロボロだった。渾身の一撃でハルバードを撃ち込めば、今度は容易く刃が通る。「叢雲」が猿神の体内を斬り結ぶ。黒い血が全身から噴き上がった

 

「先程の子供か。おのれ人間、騙したな。神殺しの罰を受けよ。祟られよ、神の恨みを思い知れ」

 

 猿神が呪言を結ぶ。だけど沢山の恨みを買っている俺にはカエルの面に小便だった。師匠の言った通りだ。女性の恨みが俺をダンジョンで成長させる。

 

「我の呪いが効かぬ、まさか貴様、もう他の神に祟られているのか。それも強い権能を持った御柱に。この罰当たりが!」

 

 駄目だしされた。猿神は無念の表情を残して消滅した。

 

 

 

 猿神が討滅されたのを見て、猫神の方はすっかり戦意消失してしまった。

 

「神様を騙すなんて悪い子にゃん。寄るにゃ。さわるにゃ。九代までも呪うから」

「何ならボクを祟ってみる? 失敗したら三味線にして鳴かすから」

 

 猫神様の皮で作った三味線は、恨めしい音色がするのだろう。ちょっと聴いてみたい気もする。本気の俺に猫のお姉ちゃんは神様なのにビビってしまった。

 

「貴方様を祟るなんて、とっても恐れ多いニャン。式神になゃってお仕えするから許すのニャ」

 

 猫のお姉ちゃんは腹を出して服従のポーズを示してきた。神様のくせに恥も外聞もない。捲れた服のおかげで下乳が見える。俺はお腹をさすってあげようと手を伸ばした。ゴロゴロと気持ち良さそうにしていたのが、ボクの腕を手に取った。胸をさわらせてくれるみたいだ。ねこのお姉ちゃんはボクの掌を胸の谷間へ押しつけて誘惑してくる。

 

「にゃん、にゃん」

 

 ここで突然牙を剥かれた。指を噛み切ろうとする。だけどそんな事はお見通しだ。胸倉を掴んでぶん投げてやった。

 

「にゃんで分かった?」

「ボクはかつてお前の眷属に煮え湯を飲まされた。猫が恩知らずなのは身に染みている」

 

 幼少の頃だ。祖父の家の納屋で仔猫が産まれた。親猫はいつの間にかいなくなった。ミャア、ミャアと甘えた声で鳴いている。子供のボクは可愛くて、助けてあげたくて、手を差し伸べた。だけど指を嚙まれてがん泣きする事になる。痛かっただけではない。裏切られて心に深い傷を負ったのだ。

 その後もこの仔猫とは仁義なき闘いを繰り広げた。農家では戸締りしないのがデフォである。何度おやつを盗られた事か。布団にノミを移された。昔話でも年老いた猫が主人の命を狙ったり、お婆さんを食い殺して成り代わるのが定番であった。このように猫は恩知らずの生き物である。

 

 猫神が逃走を計る。花壇を荒らした野良猫にホースで水を掛けるように聖水を吹きつけた。

 

「フシャア──ー!!!」

 

 毛を逆立てて跳び上がると、そのまま塵へ還っていった。

 

 

 

 猫神・猿神ともイレギュラーの存在だ。リポップして再び人を喰う事はないだろう。捜索すると、残念ながら幾つもの探索者の身分証が出てきた。悪趣味な事に戦利品として保管されていたのだ。

 討伐証明の魔石を回収する。桐の箱には沙金、銀砂の巾着と、鏡が再び入っていた。今度は妖怪の姿を暴く雲外鏡だろうか。鏡面には妖しいボクが写っている。

 

 

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