※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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平安ダンジョン3 禍津日神

 地図を片手に、緩い坂をどこまでも降りていった。間もなく禍津日神(まがつひのかみ)の領域に入る。平安ダンジョンのラスボスと謂われる。この神様のご尊顔を拝んだ探索者はいない。いたとしても帰還していない。存在を推測されているだけだ。それ程までここでの活動は困難を極めた。

 この領域では穢れが無限湧きするのだ。黄泉の国から穢れとは死そのものだ。憑りつかれれば衰弱して命は尽きる。もし地上まで溢れると、万物が枯れ果てるとの伝承があった。

 俺への依頼は以下の二点だ。

 

 聖水で可能な限り穢れを払う。

 未踏破エリアの調査。

 

 これまでは星堂さんが定期的に潜って、広域殲滅魔法「アステラスフォティア」で穢れを焼き払っていた。ちなみに穢れを払っても魔石やアイテム、スキルは落ちない。命を賭けてのタダ働きだ、こんな処に来るもの好きな探索者は普通いない。だけど放置すればスタンピードに直結する。しかもその危険性はレイスの比ではない。京都ギルドは、星堂さんを討った俺に何とかしろと言ってきた。

 この話が最初に持ち上がった時、受付嬢の小梢ちゃんは激怒した。

 

「ふざけないでくれる。あの禁測地は生きて戻ってくる人の方が少ない所よ。うちのホープに死ねというの。聖水はお渡しするから、そちらで対応してちょうだい」

 

 拗れたあげく、最終的には俺の判断に任される事になった。尋さんが念を押す。

 

「いい、安請け合いをしては駄目よ。先方は御上君を甘い言葉で誘ってくるかも。負けないで。無事に帰ってきたら、お姉さん達で可愛がってあげる」

 

 小梢ちゃんも頷いている。

 

「やった! やる気が出てきた。ご褒美期待しているよ」

 

 受付嬢二人からの熱い抱擁だと嬉しい。

 

 

「想夜様、そこにだけは行かないでください。生きて戻った人は数えるほどしかいないのですよ。それにクリアしても、あなたにはよくない事が起こります」

 

 連極家が何か画策しているのであろう。こちらの担当の綾女さんも立場を越えて心配してくれた。自分の立場を不利にしてまで、危険を伝えてくれたのだ。その恩義に報いたい。

 

「だからこそ、僕は行く。あなたを蹂躙した僕の欲望が、真実の愛であったと証明するために」

 

 

 今回の依頼があまりにも危険であるので、受付嬢たちの心労は大きい。それ故に無事に帰還すれば、その歓びも大きいはず。過分な褒章が期待できる。俺の方も探索で高揚した攻撃性と獣欲を、彼女達を捌け口にして心ゆくまで発散したい。それに俺がのうのうと還ってくるのが一部の人には最高の当てつけになる。

 ここまでは俺の私情だ。現実問題として、放置しておけば穢れが地に溢れて、スタンピードが発生する。それを防ぐために俺達はダンジョンから力をもらっている。相手が気に食わぬからと手を抜くのは、俺の矜持が許さない。聖水の入手が容易であり、『結界』で継戦能力、かつ突破力もある俺を選んだギルドの人選は間違っていない。何より星堂さんでも辿りつけなかった平安ダンジョンのラスボスを、一目拝んでみたかった。

 

 

 

 緩衝地帯を抜けると直ぐに、黄泉の霞の洗礼を受けた。刃先に魔力を載せて、ハルバードで切り払う。手ごたえはないが、穢れは消滅していった。これならいける。次に『石槍』を試した。こちらは何故か効果なし。『鎌鼬』を試した。命中するや雲散していく。とりあえず戦斧と『鎌鼬』が通用すると分かったのは収穫だ。ここで『運命操作』を発動させる。

 

 巡れ、運命操作

 

 もし穢れが、レイスのように実体のないモンスターならいずれ魔石を落とすはず。これまで魔石が出ないとされたのは、単に討伐数が足りなかったのかもしれない。その確率が数千から数万分の一の可能性もある。『運命操作』なら出現率を限りなく百分の一に近づける事ができる。

 これで何も出ないなら、穢れは禍津日神の魔法攻撃の可能性が高い。穢れを払っているのは、『炎弾』や『石弾』を撃ち落としているのと同じだ。本体には何の影響もない。この場合はある程度進んで引き返すか、突入して本体を叩くか決断すべきだと思う。

 

 初手でいきなり『衝撃波』、数百の穢れが消し飛んでいく。魔石は一つも落ちなかった。でもこの程度、星堂さんは何度も焼き払っているはずだ。次は密度の濃い、すなわち一番穢れてる隧道に、聖水入りの「ミスト」を張って突っ込んでいく。穢れは躊躇するでも、意気込むでもなくぼんやりと俺に向っては、霧に触れて消えていく。生き物の本能というより単なる現象としか思えなくなった。

 千を優に超える穢れを消し去ったはずだが、相変わらず魔石は落ちてこない。俺は穢れに取り囲まれた状態で『結界』を張った。スキル『結界』は他者の視線、それがモンスターであっても、こちらを視認していると発動しない。だけど問題なく展開できた。これで「穢れ」の正体が魔法か、ダンジョンの現象である事はほぼ確定だろう。穢れそのものは魑魅魍魎ではないのだ。

『運命操作』のスキルは秘密だけど、『結界』の発動条件ならば上層部は知っている。「穢れ」がモンスターではない事が分かっただけでも、ギルドに貢献できたと思う。そのまま『運命操作』のクールタイムを消化すべく休憩に入った。

 ギルドから渡された深層の地図では、この辺りから未踏破区域になっている。幸いにして聖水にはまだ余裕がある。アルテミシアから追加で補填してもらったからだ。それに穢れが魔物でないならいつでも『結界』に引き籠れる。再び『運命操作』を発動させる。今度はアイテムを指定した。

 禁測地では魔石はおろか、アイテムやスキルオーブが発見された例はない。魔石以外はモンスターを倒さずとも、通路や隠し部屋に設置してあることも多いのだ。未踏破エリアでは、殊の外発見しやすいと言われる。魔石と違って、確率はゼロでないかもしれない。

 

『衝撃波』のほうもクールタイムが終了した。穢れを消し飛ばしながら慎重に進む。もう地図はないのだ、俺の方で簡易版を作らなければならい。穢れの湧いてくる方向へ進むが、脇道や隠し部屋など、可能な限り確認する。隧道は増々汚染され、元凶たる禍津日神の手掛りもない。聖水も半分ほど使ってしまった。帰路を考えればもう引き返すべきだ、そう思った時、光るものを見つけた。

 手に取れば翡翠の勾玉。胎児の形で、琅玕(ろうかん)と呼ばれる光を閉じ込めたような、透明感あるエメラルドグリーンの最高級品だ。僅かに神気も感じられる。『運命操作』で確率が上がった事で見つけられたのか、それとも確立に関わりなく一定数の穢れを除去する事で出現したのか、あらかじめこの場所に設置されていたのか判断に迷った。いずれにせよ戻って鑑定してもらおう。俺が未踏破区域まで浸透した証明にもなる。

 だけど岩壁に小さな窪みを見つけてしまう。ちょうど手にした勾玉がぴったり収まる形をしている。安全策を取るなら、ここは一旦引き返して聖水を補完してパーティで挑戦すべきだ。でも今ダンジョンに招待されている。女性の部屋に招かれているようなものだ。ここでしり込みする男はダンジョンにモテない。俺はあれ程ダンジョンに恋焦がれていたではないか。ままよとばかりに勾玉を嵌めた。

 

 突然景色が変わった。転送トラップ? 異空間に招かれたようだ。あらゆる草木が枯れ果てている、荒涼たる音のない世界。動いているのは俺だけだ。己の存在がひどく場違いの気がする。底つ根の国、死の世界を想起させた。死の穢れから湧いたとされる禍津日神の住処にこそ相応しい。目の前には一対の襖が浮かんでいる。神代文字なのだろうか、摩訶不思議な呪文が余すところなく書き込まれていた。ここに何かが封印されている。

 もう引き返す道もないのだ。死の国に己の生の証を立てよう、封印を破るようにして、俺は襖を開け放った。俺にとってのラスボス初挑戦だ。待ち構えていたのは予想通り禍津日神、全身を穢れに覆われている。その姿は小柄な人型、荒縄のようにほつれた長髪、生けるもの全てを呪う恨みの眼差し、禍々しい闇の肌からぽたぽたと蛆虫が滴っていた。蠅に羽化して腐肉に群がる習性そのままに俺にたかる。聖水の霧でガードすれば、煙となって消えていく。

 

 今度は蛆虫が死体食のシデ虫に変わる。弾丸より早いスピードで俺を撃ち抜こうとした。俺を覆う「ミスト」の外側が食い破られ、かろうじて内側で止まった。「ミスト」を二重にしていて本当によかった。

 俺からも『石槍』や『鎌鼬』を放った。だけど届く前に悉く腐れ果てる。『触腕』で拘束を試みるも、こちらも枯れ果ててしまう。俺が聖なる霧で全身を覆っているように、禍津日神も死の穢れでその身を覆い、魔法を殺しているようだ。

 俺は聖水の霧で悪神の全身を包んだ。おぞましい臭いがする。厄神の肌が爛れては再生を繰り返した。だけど穢れは無限湧きするのだ。千日手に陥った。いや、聖水が尽きてしまえば、俺の負けが確定する。

 

 乾坤一擲の勝負に出る。防御は捨てて直接神を叩くのだ。左手だけに最上位の聖水を纏った。満月の夜、聖女アルテミシアを凌辱しながら作らせた聖水だ。生命を育む、尊き人の営みを、ダンジョンの女神さまに見せつけながら精を注いだ。この時ほど命に歓喜した事はない。雄叫びを轟かせ、厄神に突っ込んでいった。禍津日神も両手を広げて待ち受ける。何故か神の考えが分かった。死の抱擁を仕掛ける気でいる。

 

 伸ばした腕が、厄神の穢れた躰の心臓を掴む。意外にも核は柔らかく、そして温かだった。俺は万感の思いを込める。年上から年下まで、沢山の女性と愛し合った。それがどんなに幸福であったか。意に添わぬ相手を悉くねじ伏せ、清い身体を汚すのは命の勲章。辱めは、美しき魂をわからせるのに欠かせぬスパイス。極上のご馳走を喰らって、雄として生きる歓びを謳歌した。これは生命誕生から綿々と受け継がれてきた勝者の営みだ。

 その一方、禍津日神は敗者の歴史を物語る。志半ばで力尽きた無念、復讐を果たせず返り討ちにされた恨み、無辜の魂が理不尽に踏み躙られる悲嘆、拷問での悶死、愛する者に裏切られた狂死、面白半分に食い殺された命の諦念、死した者の怨念が、次々と俺を憑り殺そうとする。

 

 禍津日神はこう託宣しているのだ。死は救済である。生まれた命の数だけ死は存在するのだと。

 

 ならば俺も大勢の女性と交尾して、命をこの世に溢れさす。厄神を前に勃起してしまう。ここに至って煩悩塗れな自分を褒めてあげたい。核を握る左手に思わず力が籠ってしまう。ひょっとしたらこれは神の心臓ではないか。死を鷲掴みにしている、思うだけで興奮が抑えきれない。俺の痴情が悪神の核へと流れ込む。

 突然、神が苦しみだした。俺の獣欲は穢れよりも悍ましいのか。それとも子作りの営みが、死の神には不快なだけか。掌の心臓が熱を持つ、そして激しく脈動した。どくどくと死の神が命の鼓動を刻んでいる。

 

「ヒュゥゥゥ──ー」

 

 物悲し気に風が鳴る。神の悲鳴を初めて聞いた。神を泣かした、調子に乗って俺は益々いきり立つ。禍津日神は棒立ちになった。

 今なら討てる。『アースファング』を発動さよう。だがそれは神殺しの大罪と向き合う事でもある。その罪を背負おう、決意を込めて禍津日神の恨みの瞳を覗き込んだ。奥底に消え入りそうに、仄かに光るのもがある。ダンジョンで啼く女性達と同じ涙だ。心の琴線にグッと響くものがあった。何て余計なものを見てしまったのだろう。

 

 本居宣長は、禍津日神を悪神と断じた。悪人が得をし、正直者が損をするのは、この厄神のせいである。これに対して平田篤胤は禍津日神を善神と定義する。人に代わり穢れを引き受けてくれるらしい。その神名は瀬炉利津姫(せろりつひめ)とされ、古事記や日本書紀には記されていない秘された女神である。

 浅学たる俺はどちらが正解なのか判断できない。だけど迷いが生じた今となっては、厄神とはいえ、神の討滅などもう無理だ。神殺しの牙を収めた。代わりに別のスキルを発動させる。

 

『洗浄』は汚れを落とすスキルに過ぎない。だけど俺は不遜にも念じた、少しでも神様を綺麗にしたい。禍津日神は開闢以来、人の身代わりとなって穢れに苛まれていた。ならば腕の一本ぐらい失ってもいいではないか。たとえこの身が消滅しても、束の間の安寧を。いつしか俺は討滅にかえて浄化を望んだ。神に魅入られてしまったのだ。いつの間にか生贄になっても構わないとさえ思っていた。

 神々からすると、蒙昧な生き物が無意味に足掻いているだけだ。でも無礼を許された道化だからこそ、届く足もある。ただ希った、無垢であれと。思いの丈は馬鹿ほど強い。神の理が捻じ曲がる。『洗浄』がいつのまにか『浄化』に変わった。禍津日神の穢れを少しずつ滅却していく。嬉しかった。神の胸に突っ込んだ柔らかな核を、心を込めて揉みしだく。感謝を込めて、何よりも優しく、誰よりも慰めてあげたい。

 神瞑流前総帥、神瞑無三氏もこうやって奥義水の型「村雨」を編み出したのだろう。この狂人は万物を塵芥と信じ込む事で、『洗浄』と『給水』で滅却して斬るという、剣の境地に達したのだ。

 

 

 

 再び俺は転移した。ここは女神の寝所であろうか。簾をめくれば奥には打掛、御年一二、一三歳位の姫神様が寝息を立てて休んでおられる。視るも無残な禍津日神の本性は、かくも玲瓏だったのか。もし目を覚まして微笑んでくれるなら、俺は生涯誠を捧げる。息を呑んでただ見詰めた。心が洗われるようである。

 

 そう言いえば伊邪那美命(イザナギノミコト)も、黄泉の国から戻った時は禊をしたのだ。俺もこの清涼な姫神様で禊をしたい。

 




瀬炉利津姫(せろりつひめ)=瀬織津姫(せおりつひめ)+炉利(ロリータ)

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