※この作品はR-18です。

ダンジョン姫はじめ   作:エターナル好希也

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正しきスキル2 鉄拳 

 動揺したのか、不審者の周辺で風景が一瞬二重にずれたのを全員が視た。俺の目には魔力の揺らめきが見える。光学迷彩系のスキルだろう。教室は二重窓で、多分鍵も掛かっている。おまけにカーテンも閉まっている。窓からの脱出は時間がかかる。出口二か所は封鎖されている。もう詰みだろ、と思っていたら、そいつは俺達とは別の出口に向けて、奇声を上げて突進した。そこには警棒を構えた女生徒が4人いる。不審者は探索者用の短剣を振りかざしているが、角度から見て本当に刺しそうだ。マジかよ! 

 間に合うか? 『身体強化』に加え、全力の『俊足』で、女生徒を庇う。奴の腕と俺の腕が交差した瞬間、そいつの姿が浮かび出た。短剣の一振りはある女子の寸前で止まった。女生徒は眼前にいきなり現れた凶器に怯んで悲鳴を上げる。不審者もパニックを起こしているのが覆面越しでも分かる。凶器をはたき落とすと、俺は不審者の腕を後手にねじりながら、床に押し倒して制圧した。

 覆面を剝いでやると、刺されそうだった女生徒が狼狽してその名を呼ぶ。

 

「柳内君?」

「誰、こいつ?」

 

 彼の名前が伝言ゲームの様につぶやかれ、動揺が教室から廊下へと、どんどん広がっていく。知らないやつだ、と思っていると、朱美が教えてくれた。

 

「うちのクラスの副委員長よ、最低ね」

「俺は悪くない、頼まれただけだ。このカメラも涸川のだ。あいつがどうしても金がいるからって。助けてくれ、御上」

 

 柳内がおかしなことを言い始めた。

 

「これ送信タイプの撮影カメラね、近くに受信機もあるはずだわ。御上君、手伝って」

 

 理生院が床に落ちている機材を見ている。ここまで言われれば誰でも分かる。大人しくなった柳内を朱美に任せて、俺と理生院は男子ばかりのクラスに向かった。

 

 

 

「おい、涸川、今出ていくのはまずいって」

 

 廊下では男子どもが勝手に帰宅しようとする涸川を止めていた。だが涸川は聞く耳持たないようだ。俺達の後に続く女子どもは、やっぱりとか言っている。俺と理生院はバックレようとする涸川と対峙した。周囲から人が引いていく。予感があるらしい。理生院は恐れ気もなく尋ねた。大柄な涸川と小柄で華奢な理生院では、勝負にならないように思える。

 

「涸川君、鞄の中、何が入っているのかしら。見せてくれない」

「教科書だけだ、理生院、お前に見せる理由はないな」

「本当にそうかな? 僕には中の魔石電池が見えているんだけど」

「涸川君、あなた嘘つきね」

 

 涸川の怒りの矛先は俺ではなく、理生院に向かった。彼女へ向けて全力の鉄拳が放たれる。『身体強化』に加えて、『剛腕』を乗せた、渾身の一撃、だが、弱い。矜持なきスキルのかくも軽い事か。俺はあっさり涸川の片腕をつかんで制した。涸川が驚愕した。今まで格下としか戦ったことがなかったのだろう。

 

「御上、貴様」

 

 次に俺を襲ったのは、怒りだ。希ったスキルが浅ましく使われている悲憤、女性の顔面に拳を叩きこもうとする男への義憤、憤怒の激情に支配されて、俺の鉄拳が上がった。湧き上がる感情を押さえられない。

 

「御上君、止めなさい」

 

 理生院の言葉で、我に帰った。スキルに飲まれる所だった。傍らでは涸川が頭を抱えて震えていた。お前も気付けたのかな、理生院が制止するまで、お前の命はお前のものでなかった事を。

 教員と選抜者有志の自治会による立ち合いのもと、涸川の持ち物検査が行われた。鞄からはしっかり撮影カメラの受信機が見つかった。

 

「理生院、助かった」

「こちらこそ、庇ってくれてありがとう」

 

 理生院はこう言うが、平然としている。俺の助けなど必要なかったのでは? 気のせいかもしれないが、涸川が殴りかかったとき、こいつの影で何かが僅かに蠢いたような。スキルはダンジョン向きではないと言っていたが、切り札を持っているのか? こいつの側でスキルを使うのは注意しよう。それに涸川が突然、あんなに切れたのも驚いた。悪事が露顕すれば、人は余裕がなくなるのだろう。

 

 クラスの女子達が俺の回りに集まってくる。盗撮に巻き込まれた他クラスの女子達も一緒だ。中から胸の特に大きな子が進み出る。柳内に刺されかかった女生徒だ。名前を聞かなくても分かる。これが俺とクラスメイトの垂水沢雫子との出会いだった。

 

 

 

「御上君助けてくれてありがとう。わたし、あの時死んだと思ったの。まだ足が震えているのよ。情けないわ」

「委員長だっけ、お礼なんていいよ。委員長は何も悪くない。悪いのは柳内たちだ。それより僕はあの場で踏みとどまった委員長たちを尊敬するよ。皆が頑張ったから、あいつは逃げられなかった。それと、今日僕のスキルが初めて人を救った。僕はこっちが誇らしい。ありがとう、委員長」

 

 俺は垂水沢の目をしっかり見つめて言った。彼女の感謝を受け取るために、俺の感謝を伝えるために。そしてこれは俺の本心でもある。能力のない普通の女子が選抜者に立ち向かうのは無謀である、それを承知で立ち向かうのは、どんなに勇気がいった事か。彼女たちが居なければ、柳内は逃走し、多くの子が泣いたかもしれない。

 俺は委員長に一礼した。距離が近いので、目の先には委員長のおっぱいが映る。確かにこれは朱美より大きい。シャツのボタンを外してあげたら、もっと大きくなるのだろう。このおっぱいが俺に顔を埋めて欲しいと誘っているのだ。

 

「ちょっと、嬉しいかも。御上君とお話したら安心しちゃった」

 

 委員長が感極まって言う。おっぱいと同じで性格も柔らかいらしい。垂れ目の顔を泣かせてみたい。

 

「わたしたちからも、お礼を言わせて。御上君が居なかったら、晒されていたかもしれない」

 

 更衣室で半裸だった子たちだ。俺は静かに首を振った。彼女たちは勘違いしている。俺にも秘密のスキル『透視』がある。当然、その方面への誘惑はある。俺が『透視』を使用し、先に捕まっていた可能性は充分あるのだ。俺とあいつらの違いは何だろう。俺は憂いを含んだ顔と声で、自分に言い聞かせるように答えた。

 

「僕にはみんなの感謝を受け取る資格はない。僕の中にも弱い心や悪い心はある。スキルが強力な分、いつか負けるんじゃないかと、自分が恐ろしい。柳内と涸川はスキルに負けた。彼らのやった事は許されない。だけど石を投げる気にはどうしてもなれない。みんなゴメン」

 

 負けないでとか、許しちゃうとか、見られてもいいとか、女の子たちにちやほやされ始めた。

 

 

 

「想夜、聞いたわよ。クラスの委員長には一番胸の大きい子を選ぶよう提案したのね」

 

 怒気を含んだ朱美の声で振り返ると、佐藤や田中たちクラスの男どもが、俺を拝んでいる。が、顔は笑っている。売られたのだ、即座に悟るが、逃げ道はない。委員長は顔を真っ赤にしている。シャツの上から胸を押さえているが、全然隠せてないのがいい。

 

「ちょっと誤解がある。僕は垂水沢さんの顔を知らなかったから、クラスで一番胸の大きな子が委員長と覚えたんだ。そしたら流れでそうなった」

 

 委員長は泣きそうだ。俺はこんな形で委員長を泣かしたいんじゃない。

 

「ほら、やっぱり想夜のせいじゃないの。みんな騙されないで。こいつすぐに調子に乗るから、甘い顔しちゃ駄目よ」

「ねえ、御上君、わたしたちのも見たの」

 

 先程、感謝を伝えてきた子がもじもじと尋ねてきた。俺は沈黙をもって答えた。

 

「想夜、正直に、嘘偽りなく答えなさい」

 

 こういう時は、誤魔化さない方が後々尾を引かない事が多いのを、経験則で俺は知っている。

 

「姿を隠した柳内に集中していたからね、見たけど何も感じなかった、その時は」

「じゃあ、今はどうなの、ちゃんと忘れたわよね?」

「忘れるわけないだろ、今の方がドキドキする」

「私の、覚えてる?」

 

 先程の子がまた聞いてきた。この子は薄いピンクの上下だった。怯える姿がたまらなかったな。思わず顔がにやけてしまう。隣の子は白のブラだったけど、長髪が胸のふくらみを隠していた。ほかの女の子の事も、もちろん全員覚えている。俺と女の子たちは見つめ合って全員が顔を赤らめた。いい感じと思ったら、後ろから朱美に叩かれた。

 

「朱美さん、許してあげようよ。わたしたち、怒っていないし。それに何も感じてくれないのもショックだよ」

「御上君はお子様なところがあるからさ。見られても嫌じゃないんだよね」

 

 視られた女子達が俺を弁護して、糾弾した朱美の立場が不利になってきた。下着姿を見せてもらえて、その上庇ってもらえるなんて、正直に言ってよかった。その時ちょうど放送があって、俺と朱美と理生院は、職員室まで呼び出しを受けた。事の顛末を聞かれるのだろう。後ろで、強いのに怖くないとか、巨乳好きとか男の子っぽくて可愛いとか声が聞こえる。朱美は不機嫌だ。理生院はゴミを見る目から、蛆虫を見る目に変わった。

 

 

 

 一般女生徒から、俺はいい奴と高評価を得てしまった。「みよう本」にも勘違いもののジャンルがある。他者と自己の認識の相違を楽しむお話だ。他者の評価が高い場合と、自己評価が低い場合に分かれるが、他者は主人公を肯定的に見ているのには変わりはない。似たジャンルに「もう遅い」があるが、こちらは能力の高い主人公を他者が低く査定して、主人公が苦労するお話である。最終的には正当な評価を受けるのだが、低評価の時代があるので、トータルで主人公は損をしている。

 よって、他人から良く思われた方がお得ですよ。と結論づけられるものである。

 

 

 

 後日譚となるが、柳内と涸川は無期停学、のち自主退学になった。警察沙汰まで起こしたのだから、これは温情だろう。二人は素行がよろしくなく、中学の担任が進学校への推薦を餌に、問題をうやむやにしていた。要は推薦の基準に達していなかったのである。だが、それでは送り出された高校、特にクラスメイトは大迷惑だろう。

 俺が心配していたのは担任の小梨利先生の監督責任だ。今回は中学校側の責任があまりにも大きく不問になった。入学以来、俺はこの先生に迷惑をかけ続けている。今回も俺のせいでないとはいえ、関わってしまった。疫病神と思われているかもしれない。好みの先生なので、ずっと担任でいて欲しい。

 涸川は、何と女に貢いでいた。15歳でお財布になるとは見所はある。ところが実年齢を打ち明けると相手にされなくなり、羽振りのいい所を見せたかったらしい。それで付き合いのあった反社組織から、現役JKの盗撮を持ち掛けられたと言う。ただ彼が貢いだ女性は実在したどうかも不明で、彼の同窓は、力で従わせるタイプの涸川が貢ぐとか信じられないと言っていた。

 柳内だが、涸川に引きずられたとはいえ、一歩間違えば人を殺すところだったのだ。許される事ではない。俺も交友関係には気を付けよう。

 

 ただ二人とも1年ほど前、選抜者となるまでは普通の少年で、学業も運動もそこそこ出来たと言う。選ばれてからは他人を見下すようになり、交友関係も乱れた。『身体強化』や『知力強化』を会得すれば、大した努力もなく優秀な成績が収められるのだ。彼らはスキルに溺れスキルで破滅した典型と言えよう。

 

 ダンジョンに否定的な宗派からは、しばしばスキルオーブは林檎に喩えられる。スキルは諍いを呼ぶ。スキルなき過去、人類は今よりはるかに平等であった。もうその楽園には戻れないのである。

 

 

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