一月以内の更新を目指します。
俺と母娘はあれから一昼夜に及び関係を続けた。親子ともに圧倒して、絶倫ぶりを示してやる。何度も抱き潰すが、その度に葵(あおい)も陽葵(ひなた)も、左右に縋って失神した。
予定日を丸二日遅れて、ギルドへと帰還した。もちろん星堂母子と一緒だ。ダンジョンではスマホが使えない。連絡は取れないが、こんな事はよくある、大丈夫だろうと思っていたらエントランス付近が騒然としている。捜索隊が編成されようとしていた。嫌われ者の俺のためにと思ったが違う。連極家の直系である葵と陽葵のためだ。たとえ縁が切れても見捨てられなかったのだろう。
そこへ捜索、いや救助対象とお邪魔虫が現れた。全ての視線が俺達に集中する。俺は母子の手を取った。掌で持ち上げててエスコートしながら階段を下りる。葵も陽葵もちょっと照れながら手を振っている。
最前列の人達は唖然とした。このメンバーは星堂さんの熱烈な信奉者や連極家の重鎮で構成されている。お嬢様を不幸にした俺への憎しみで凝り固まっているはず。ところが肝心の母子が俺と仲良くしている。それも家族や恋人同士の親密さでだ。上げた拳を降ろせなくなった。能面受付嬢のお姉さんポカンとしているのが印象に残った。
その後ろの人たちは明らかに安堵していた。俺達が無事に帰還したからではない。いかなる理由であれ、復讐は良くないと考えるのが普通の人だ。この人達は声の大きな関係者に巻き込まれたのだろう。
二人だけ泣いている人を見つけた。一人は連極綾女さん、ここでの俺の担当で和服の似合うお姉さんだ。彼女は養家の陰謀と良心の呵責に挟まれ葛藤していた。その心の隙を突いて手籠めにしたら、俺に惚れてしまったのだ。もちろん無事の帰還に泣いてくれる。そして悔し涙も流していた。俺が親子丼で無理やり篭絡した事は、我が身に鑑みれば瞭然だった。綾女は生霊になったが如く迫ってくる。
わたしとの関係はあそびだったのですか
不潔です。葵様だけなく、まだ小さな陽葵ちゃんまで。何人の女を毒牙にかければ気が済むのですか
このままでは本当に怨霊になってしまうかもしれない。俺は鎮魂の視線を送った。
埋め合わせはきっとする。床の中で慰めてあげる。許るしてくれるまで、どんなに泣いても止めないから
綾女さんは羞恥に悶えて顔を伏せた。
もう一人は星堂のの、葵の長女で陽葵の姉。彼女の涙は言うまでもなく悔し涙だ。家族として、母と妹が俺に恋愛感情を抱いているのが分かってしまう。父を討った少年は自分と同じ15歳。そんな彼と、母と妹との不適切な関係を想像して気が狂いそうになった。
憎い! 憎い!! 憎い!!! お父さんを殺したうえに、お母さんと妹も奪った。この恨み如何にして晴らそうか。神様、わたしを鬼にしてください
彼女も手籠めにして、女神様の権能で選抜者に引き上げる事も可能だった。だけどそれは真の救済になるのだろうか。それに俺には苦闘する姿が尊いと思えたのだ。微笑を送れば、憎悪の眼差しが返される。
玄関前に動きがあった。黒塗りの車が何台も到着したのだ。SPと思われる黒服が何人も降りてきた。最後に壮年の男女が姿を現す。体格のある精悍な男性と気品あふれる女性、夫婦であろうか二人とも正装をしている。葵と陽葵の親子は蒼ざめた。
「お父様!」 「お婆様!」
勘当しても、娘や孫はやっぱり可愛い。心配で居ても立ってもいられなかったのだろう。俺は二人を落ち着かせようとした。
「大丈夫だよ。二人が帰って来なかったから探しに来たんだと思う。僕からも事情を話して謝っておく」
ところが夫婦とも俺を一瞥しただけで娘も孫もガン無視している。真っ青だった蒼と陽葵の相貌が真っ白に変わる。わなわな震えて俺の腕を取った。そんなに家名に泥を塗った娘が憎いのか。
葵の父親ならば連極家当主、そして京都支部の会長だ。ここ平安ダンジョンの運営も委託されている。たちどころに捜索隊を傘下に収め入り口を固めた。異様な雰囲気が漂っている。俺が娘を蹂躙したのを怒っているのか。だけど捨てた娘だろう。返してはあげない。大切なものは側に置いて護ればよかったのに。それに令状なしで上級を拘束するのは、支部長にも権限はないはず。俺は一戦も覚悟した。
その時だ。玄関に白塗りの高級車が到着した。特別仕様でやんごとなきお方が乗っているのは一目で分かる。支部長夫妻を始め一同深々首を垂れる。現れたのは白無垢で純白の髪の巫女姫。噂には聞いていた現人神、皇(すめらぎ)家当主、夢子様のお成りだった。年の事は少し上の十八位、少女の面影を残す真っ白なお姫様だ。アルビノでないのは燦々と輝く金眼が物語っている。エントランスの時が止まった。
しゃなりしゃなりと、こちらに向かって歩まれる。いつの間にか、付き従う人が増えていた。会長夫婦もその中にある。頭が高いの圧が凄い。白い鼻緒の雪駄からチラリと見える足首がエロい。眼が潰れてもおかしくないが、ダンジョンでは姫神様に睡眠姦を敢行している。耐性ができた。
夢子様は葵と陽葵の前に立たれた。母親の葵は皇家直系の婚約者がいながら、星堂さんと駆け落ちするという不義理を仕出かしている。当主自ら糾弾するのではないか、そう思った人も多いだろう。葵も覚悟を決めている。しかし、かけられたのはねぎらいの言葉だった。
「葵さん、これまでのお務めご苦労様です。辛い思いをさせました。これからは幸せになってくださいね」
許された。それも宗主自ら足を運んでの謝意だ。彼女の出奔も捉えようによっては、皇家の意を汲んでいるように思える。結果としてここ平安ダンジョンと星堂さん、そして俺と縁を結んだのだから。
連極家当主夫妻を前に押し出すさり気ない配慮、厳つい当主からは鬼の眼にも涙。そして葵は感極まって泣き崩れた。
「お父様、ごめんなさい」
「葵、すまんかった。平安ダンジョンを預かっている連極家は、京都の治安を護らねばならん。その長として公私混同は許されなかった」
「お婆ちゃん、お婆ちゃん」
「陽葵ちゃん、やっとあなたの祖母になれたわ。これからはうんと甘やかすわよ」
緊張の糸の切れた陽葵が、初めて会長夫人を祖母と呼んだ。祖母も抱きしめてそれに応える。
葵の両親もその責任と代わりの利かない立場故に、親として娘に援助ができなかった。夫妻も娘と同じように葛藤していたのだ。先程まで当たり散らしていた自分を恥じた。俺と同じ思いをした人も多いのだろう。葵の不実をなじり、心の中では親融通の利かない親を非難していた。そのせいもあって全員が親子の和解を心から祝福している。俺も嬉し涙を流していた。
親子の感動の対面に心洗われている時だ。夢子様が近寄られる。足首を覗いていたのを咎められるかもしれない。俺も覚悟を決めた。
「お友達になりませんか」
現人神にナンパされた。
いや、これは宗家当主自らが、俺に逆恨みするなと星堂さんのシンパに知らしめているのか。でもやりすぎかもしれない。エントランスは呆然とする。これが「みよう本」だったら、
「下郎、身の程を弁えよ」
取り巻きから圧がかかる。だけどテンプレとは逆にお断りしても、不遜であると非難される。下々の意向などお構いなく、夢子様は更なる爆弾発言を投下した。
「ダンジョンでの冒険が聞きたいわ。お茶を立てて差し上げます。苦手でしたら、紅茶でも珈琲でも宜しくてよ」
俺を御所へ招待してしまったのだ。後で聞いたら、夢子様からお点前を頂戴するのは大変な名誉であるらしい。しかも直接迎えにきた。困惑と嫉妬の輪が広がっていく。妬みと羨望の呟きを拾った。
お告げがあったのかしら
御上想夜を側近として迎えるのか
お年が近い。まさか王配?
だけど事情など知らない俺は正直に応えた。
「アイスコーヒーが飲みたい」
さすがにここでコーラを所望しない配慮はある。
「御手を拝借」
夢子様の手を取った。箸より重いものを持った事がないと実感できる、華奢で生活感のない上品な指先が掌をくすぐる。全員が、庶民な俺が粗相を仕出かし大惨事になると目をつぶった。護衛も警戒している。だけど次には大きく眼が見開かれた。
「夢子様の指は金糸雀のように心地いいね。温かくて儚げで、手を離せば消えてしまいそう。だから絶対離さない」
「まあ、年下なのに大胆ですのね。お友達から始めたいのにいきなり口説かれてしまいました」
異世界物では、貴公子は初対面のヒロインを礼儀として口説いていた。夢子様を優雅に導く。身長や歩幅、そして巫女装束の衣擦れも配慮して、流れるようなエスコート。本場の紳士も真っ青な作法に、本人も周囲も驚愕した。
一時期、俺は「みよう本」の中でも、執事ものに嵌っていた。お嬢様役が必要だ、幼馴染達にお相手を頼んだ。普段は「みよう本」が嫌いな朱美と詩央も、この時ばかりは何故か協力してくれる。もちろん詩央が深窓のご令嬢で、朱美はわがままお嬢様だ。
お茶会で給仕をしたり、ダンスの練習相手を務めたりする。命じられる前に相手を慮るのが執事の極意、至れり尽くせりお世話した。最大の楽しみは、美しく着飾ったお嬢様のエスコートだ。彼女達を輝かせるため、何冊もの執事本を頭に叩き込んだ。
何の役にも立たないと定評のある「みよう本」の知識がここ一番で初めて役に立った。
粛々と白塗りの送迎車へとエスコートする。巫女姫様と貴公子の完璧な行進の演出だ。それだけではない。俺はいつでも臨戦態勢だった。彼女を護って絶対の安心感を与える。これには夢子様もにっこりする。隣の席をポンポンと叩かれ、拉致されるように連れていかれた。
「殿方の隣に座るのは初めてですの。ときめいてしまいます」
「僕のほうこそ緊張で今にも天にも昇りそう。現人神様を夢の中でも愛しそうです」
初めてかどうかは知らないけど、車中では俺にしな垂れかかってきた。心音、体温、呼吸も正常、庶民を揶揄ってあそんでいるのだろう。そして俺の嘘にも気づいている。猥談を挟んだが、肘をツンツン牽制してくる。年上なのに可愛らしい。だが、俺が驚愕したのはここからだった。躰を擦りつけてきた。手の甲を抓る。首筋をなめるようにして匂いを嗅ぐ。色っぽいというより、舌なめずりする獣だ。喰われる恐怖に襲われた。
「貴方からはかすかな神気が漏れています。それに人ならざるものの匂いも。鍛え抜かれた肉体、溢れる霊力、雌を惹き寄せる格別の魂、ダンジョンでは良き出会いを重ねたのでしょうね」
俺が神格と遭遇した事も、妖精や花の精と情を交わした事も読み取られた。それに触れ合って理解した。この方は嫋やかな見た目からは想像も出来ない程強い。五感も異様に発達している。鍛えたというより天性のものだ。ライカンスロープに近い。でも現人神が選抜者である情報はない。
「驚かれましたか。皇家は元々狐憑きの家系ですの」
種明かしをした夢子様は悪戯っぽく微笑まれた。この方は生まれながらに人ならざるものの血を引いている。
「離れに寝具を用意しております。歓談が終わりましたらご案内します」
余計な事をしてと、次女の眼が怖い。俺はアイスコ―ヒーを所望したのだが、インスタントか強冷式を予想していた。手間がかからず、ストローで飲むだけなので作法を知らなくても大丈夫のはず。だけど夢子様は水出しドリップのアイスコーヒーを想像した。こちらは入れ終わるのに半日から24時間かかる。俺が泊まりたいのだと解釈してまう。
それまでのつなぎとして瓶のコーラとチップスが用意されていた。さすが霊能顕かな現人神様、俺の好物を予知したのだ。ありがたく馳走になれば、夢子様までジャンクフードに手をつける。
「わたくし庶民のおやつを初めて口にしましたわ。おいしゅうございます」
夜の更けるのも忘れてお喋りをした。皇家にはエルフやドワーフらしき亜人の記録が残っているという。俺の知識と照らし合わせても、薄い胸の森エルフにロリロリしいドワーフ娘と、驚くほど一致した。夢子様に「みよう本」を勧めたら、愛好家が一人増えるかもしれない。
夏の夜といえば怪談だ。皇家は歴史ある陰陽家だけあって、怖い話には事欠かない。水出しアイスコーヒーを愉しみながら、幾つもの怪談を仕入れた。全部実話を基にしている。俺もお化けや鬼の悲しい話を教えてあげる。今度孤児院で、童女達に百物語をしてあげよう。独り寝が怖くなった彼女達を慰めてやりたい。
彼女は協会から俺の資料を取り寄せられる立場にある。スキルはもちろん、伏せられている戦闘記録や回収物についても報告を受けているはずだ。俺を手駒にしたいのは分かる。でも俺の性格や好みまでは知らないはず。ありがたいけど友達になりたい発想はどこから出たのか。別れ際、質問をしてみた。
「どうして夢子様は僕と友誼を結びたいと思ったのですか」
「貴方の事は典子さんから聞いて興味がありましたの。彼女には一時わたくしの付き人をお願いして、それは良くしてもらいました」
典子さんってまさか理生院典子か? 理生院も皇家の分家に当たる。隣の席の慎ましい少女を思い起した。現人神の付き人をしていたなんて大物じゃないか。将来の側近候補だ。大好きなコーラやお菓子が用意されていた理由も判った。ただ理生院には普段から軽薄な言葉を掛けたり、イヤらしい眼で視ていた。告げ口されていないか心配になる。
御上想夜を送り出した後、皇夢子は侍女に理生院を呼び出すよう命じた。もちろん余人を交えずの直談判となる。
「御上想夜ですか。常世への鍵を見つけました。いいえ、見つけていたのは典子さんね。よく導いてくれました」