半月ぶりに故郷徳島に戻ってきた。放蕩息子の帰還だ。神戸と京都でも、懐かしい再会と新たな出会いがあった。余りにも濃厚すぎて、ずいぶん時が経った気がする。開けていた部屋の方は大丈夫だろうか。こちらは合鍵を持っている瀬里奈ちゃん達が管理してくれているはずだが。後でたっぷりとお礼をしよう。
「わーん、想夜君帰って来た」
尋さんが涙ぐみ、小梢ちゃんが受付を飛び出す。常連の探索者も俺を見て内緒話をしている。R18にならないと加入できないが、探索者はいくつかのディスコードで繋がっており、その中には情報交換のためのコミュニティもある。そこを通じて、昨日俺が夢子様から御声がかかった事が拡散された。移籍の噂が広がっている。
「ちゃんと月代主任に謝罪するのよ。監督不行き届きを追及されて大変だったんだから。あなたを京都に持っていかれたって、お偉いさんたち激怒してるの」
「私達も叱られちゃった。想夜君を子供扱いしているから愛想尽かされたんじゃないかって。ひどいよ、いつもこんなに尽くしているのに。もう責任取ってよ」
尋さんがお姉さんぶって忠告してくれた。小梢ちゃんは甘えてからだを寄せて来る。なんかこちらでは大事になっていた。二人に躰を挟まれて奥へと連行されて行く。月代主任はもちろん、次長や役員も同席して事情聴収が始まるらしい。
もちろん探索者の移籍は特別な契約でもしていない限り自由だ。ただ上級はダンジョン運営や都市防衛の基幹に関わってくるので、現実には拗れる事も多い。それに断りもなく移籍するのはあまりにも不義理だ。俺が15歳なこともあって、京都支部が俺を誑かしたと首脳部は怒り心頭だそうだ。
そして怒りの矛先は月代主任にも向かった。彼女は前任だった義母の後輩で徳島支部では俺を監督している。ギルド内では俺の保護者とみなされていた。手綱をしっかり握っていろと責められているらしい。月代主任は忙しすぎて新婚生活に支障が出ている。その原因にはほとんど俺が関わっている。そして今回、とびっきりの面倒ごとを持ち込んでしまった。申し訳ない。
連れていかれたのは会議室でなく応接室だった。月代主任と鹿島次長だけでなく、年配の役員も同席している。まるで圧迫面接みたいだ。まず鹿島次長が口火を切った。
「神戸のイレギュラーと京都での聖水の試験運用、鮮やかな対応だったと聞いている。双方の支部からも謝意が届いる。うちのエースの活躍にこちらも鼻が高いよ。神戸の件は君の母上から報告を受けている。こちらは概ね問題ないと言えよう。問題は京都だ。失礼ながら君と星堂氏の遺族とは因縁があると聞いている。それに皇家の現人神が何故君に声をかけた」
探索の流れについては報告が行っているはず。俺は記載されていない事を正直に話す。刺激が強すぎるのでオブラートに包んでだが。
「禍津日神(まがつひのかみ)を封印した後、迷子になったんで止むを得ず七人ミサキの禁測地を抜けました。そこで星堂さんの奥さんと娘さんと偶然出会い、一触即発となりましたよ。だけど護符に込められたアステラスフォティアを撃ち破って、正々堂々の立会いだったのを納得してもらえました。泣き崩れる二人には心を尽くしました。星堂さんを討った僕の言葉だからこそ、恩讐を越えて彼女達に届いたのだと思います」
彼女達は俺が星堂さんを騙し討ちしたのだと逆恨みしていた。その誤解を解いたら共感を覚えたとの説明をした。鹿島次長はそんな訳あるかと睨んでいる。そもそも上級が道に迷って禁測地に辿り着くなどありえない。
月代主任は俺が女装してアステラスフォティアを『衝撃波』と相殺した現場にいたので今更だ。その彼女も厳しい顔をしている。人の目の届かぬダンジョンで男女が仲良くなれる方法はある。でも俺が『性豪』と『性技』で未亡人と遺児を篭絡したのではという疑念を、役員達の前で尋ねる訳にもいかない。
「ダンジョンは人を成長させるのだね。大人でも君の対応には頭が下がる。だからこそ解せない。君と皇家とはどんな関係がある。聡い君なら御所に泊まれば噂が立つのは分かるはず」
一方、役員の人達は俺の説明を真に受けた。彼らは選抜者ではない。身内だけで固まるとギルドが閉じた世界になってしまうとの懸念から、ダンジョンに理解のある部外者から構成されてている。
「僕は知らなかったのですが、彼女の元付き人が僕のクラスメイトにいました。次長や主任も会っていますよ。ほら内閣調査室のアドバイザーの子です。その子から俺の事を聞いて興味を持たれたみたいです。それで仲裁のついでにお声がかかりました」
「偶然か予定調和か、現人神の眼と耳はかくも遠くへ届くものか。恐ろしいものだ」
引退した元政治家の役員がしみじみと漏らした。彼らは皇家の力が身に染みている。
「招待を断れなかったのは分かる。だが宿泊する必要はなかったはずだ。何があった? それに夢子様とはどんな話をした? 差支えないなら教えてくれないか」
皇家が探索者を初め、優秀な男性に直系傍系の養女を宛がって、婚姻関係を結んでいるのは有名だ。俺も御目麗しい女性を紹介されて、一夜を共にしたと羨ましがっているのではないか。その見返りに夢子様に忠誠を誓ったのではと疑われている。
「好みの飲み物を聞かれたのでアイスコーヒーと答えました。これなら準備に時間もかからないし、ストローでチュウチュウするだけなので、小うるさい礼儀作法もないと思ったんですよ。ところが先方にとって、アイスコーヒーは一日かけて抽出する水出し式を意味していました。僕はそれを知らずにずるずる待たされ、帰りづらくなりました。それから移籍の話とか一切出ていません。夢子様とは夜遅くまでお化けや鬼の話で盛り上がりました。僕が孤児院でボランティアをしているのを知っていて、子供達のお土産に怖い怪談を幾つか教えてもらいました。全部実話だそうですよ」
何もなかったと強調したのに、役員の人達は苦虫を嚙み潰したようになる。
「さすがは皇家、一筋縄ではいかぬか。深夜まで現人神と話し込むなど、破格の中の破格であろう。事の是非は抜きにして、人は君を夢子様の側近と捉える。それに孤児院にまで手を伸ばしてきたか。徳島もそうだが、アンデットの出現するダンジョンを管轄する支部や自治体にとって、「聖水」は奇跡の水なのだ。その事は今回の君の試験運用で実証された。君が後見人を務めるシスターは日本で一番価値のある女性だろう。狙っている団体も多い。君を釣れば彼女も釣れる。その逆も然り。失礼な言い方になってしまったが、経済界では君たちはそれほどまでに評価されている」
夢子様には他意はなかったように見えたのだが、現人神ともなると周りが後付けしてくれるのか。俺にも他意がないことをはっきりさせなくてはならない。
「徳島ダンジョンは僕を育ててくれたダンジョンです。愛着があります。今後ともここを拠点に活動していくつもりですよ」
「ありがたい、今後は他の支部から依頼があっても、うちが了解するもののみ受けてくれ。その分の高待遇を約束しよう」
役員の人達が破顔した。俺の模範解答に満足したようだけれど、真意はそこにはない。
「それはちょっと違います。もし、この手で命が掬えるのなら、神戸や京都に関わらず、協会が止めても行きますよ。僕はダンジョンから過分な力を授かりました。大人から見れば車どころか、子供が戦車を乗り回しているように見えるのでしょう。危なっかしく文句を言われるのも当然です。だからこそ大人の何倍も自分を律しなければなりません。大きな力を正しく使ってこそ、社会は僕を人として受け入れるでしょう」
更に言葉を続ける。ダンジョンの力でもって、女性達に意に添わぬ性交を強いた。そんな彼女達は許すどころか俺を欲した。今回の星堂母娘がその典型だろう。ダンジョンの力を正しく使って、啼いている女性を幸福にしている。
「そう自分に言い聞かせていますが、実際はいつも迷惑かけてばかり。それでも周りの人達は献身的に支えてくれます。ならばこそ、僕の力はダンジョンで啼く人を笑顔にするために振るいたい」
モンスターを屠る俺たち選抜者の一部は怪物と変わらない。ダンジョンから与えられた力を私利私欲のために使えば、いつかヒトの世から弾き出される。役員の女性が涙ぐんだ。彼女は児童の情操教育に人生を賭けている。
「立派だわ。子供達の教育に身を捧げてきた努力が報われた気がします。どのようにして今の考えに至ったのか興味があるわ。やっぱりお父様の影響が大きいのかしら」
自衛官だった親父は、スタンピードの盾となって散った。マスコミでは英雄と持ち上げられたが、撤退命令を無視しての殉職だった。賛否両論が今も付き纏っている。
「もちろん父の影響もあります。だけど今の考えに至ったのは、やっぱり妹の存在が大きいですね。キリ香の回復魔法は代わりが利かないので、小学生の時から凄惨な事故現場に駆り出されていました。治療を終えて帰宅するすると、嘔吐したり震えたりで、僕はいつも背中を擦って介抱していました。でも妹は弱音を吐きません。挫けてしまうと、自分のように泣く人が出るって。御存じでしょうが彼女は実の父と義父を共にダンジョン災害で無くしています」
俺はここで言葉を区切った。『話術』など使わなくても、言葉には真心が込められて、まるで命が籠ったよう。
「妹は僕の誇りです。彼女のような心優しき人がダンジョンで報われるように、僕の力を振るいたい。泣いている人がいるならば手を差し伸べて救いたい。これが僕の責務だと思います」
沈黙、そして嗚咽、教育者がハンカチで目を押さえる。
「ああ、あなたのような子が育つなんて、私の教育は間違ってなかった。報われた気がしますよ」
「それで君は孤児院でボランティアをしているのか。君の誠意を疑ってすまなかった」
「汚れてしまった自分が恥かしい。久しぶりにいい話を聞いた。君に神の祝福があらん事を」
ダンジョンの力を正しく使おうとしたら強姦魔になっていた。ままならない。そんな俺を讃えるなんて、貴方の教育方針は間違っているのではないか? 女神教孤児院はダンジョンで親を亡くした子供を養っている。彼女らと関係を深めたいと願った。だけど親密になり過ぎて俺の私設娼館になりつつある。日本一価値のあるシスターも俺専用の肉奴隷だ。それに俺はもうダンジョンの女神さまに祟られている。
それでも二心無しと判断されて、晴れて無罪放免となった。
次長からフォローをしろと言われたのだろう、月代主任が退室した俺を追ってきた。こんな時は是非に関わらすひたすら謝れば許してもらえる。
「皆の喜ぶ顔が目に浮かべば、死にそうになっても怖くなかった。もっと悦ばしてあげる。むしろ自分から死地を求めた。強ければ大切な人を護れる。ダンジョンの力を求めた。力があれば、主任の期待にも応えられる。遮二無二なって突き進んだ。でも僕の後ろでは、そのせいで大切な人が泣いていた。僕は周りが見えていなかった」
新婚生活が上手くいっていないのなら、慰めてもいい。俺は深々と頭を下げた。
「ご免なさい。迷惑かけました。この償いは何でもします」
そんな俺を月代主任は抱きしめてくれる。人妻の深々とした胸の谷間に額が埋もれて役得だ。神妙な顔が思わず緩む。だけど今は反省しているのだ、見えないでよかった。
「あなた、頼もしいわ。小さい頃のあなたは女の子みたいに綺麗で儚げだったのに。今はもっと綺麗に」なったけれど、中身は男らしくて逞しい。お願い何処にもいかないで。貴女を失うのは嫌、恐いの。薫子さんから頼まれているのに、私の方が依存しちゃった。御免なさいね、こんなおばさんに頼られれちゃって。でも少しだけ肩を貸して」
緊張の糸が切れたのか、主任のほうから肩に顔を乗せて泣き出してしまう。深紅の髪が頬にかかる。禁断の吐息が襟元から吹き込んで、俺の胸を焦がした。こんな時は優しく頭を撫でるのだ。返す指先が首筋をそよぎ、濡れた頬を拭う。
髪を梳いてあげる。女性と見まがう細指がサラサラ流れて髪を梳かす。アクセントで、時には指に巻いてみる。カールを作って遊ぶのだ。耳たぶを擽れば熱を持っていた。顔を真っ赤にしているのかな。
「主任は年増じゃなくて憧れのお姉さんです。お姉ちゃんに頼られるとやる気が出る。赴任をもっと悦ばしたい。だから思い切り頼ってよ」
「あんっ、いいわぁ~。男の子って単純ね。そんなに甘っちょろいと悪い女に騙されるわよ。はぁ~ん、誘惑しちゃうぞ」
今の主任は人妻だった。憂うような午後の溜息、愚図っていたのが喜悦の喘ぎに変わっている。唇を俺の首筋に押し付けるようにして囁いている。きっと幾つのキスマーク擬きがついているはだず。襟元や肩につけなかったのは、小梢ちゃん達に揶揄われないようにする大人の配慮だろう。
「もう肩の荷が降りちゃった。今夜は強いお酒で思いっきり騒ぎたい気分だわ。どうせ主人も帰って来ないし」
「残念、僕がお相手したかったのに」
探索者なら未成年でも早々酔わない。だけどそれで酒場に出入りできるかは別問題だ。お相手したかったのはお酒ではなく、ベッドの中なのだけど、何故か主任は勘違いしてしまう。
「それは大人になってから。お姉さんがお酒の飲み方、教えてあげる」
顔からは険が取れて若妻の凄絶な香気が滲み出ていた。
「今の主任はとても綺麗。これでこそ僕の月代雪音、最愛のお姉さんです」
もし誰かが近づく気配がなかったら、俺たちは熱い口づけを交わしていかもしれない。