道場の位置情報は何故だかスマホアプリに標示されない。きっと無三総帥もスマホが大嫌いだったのだろう。親近感を覚えながら、強い人の多い方へと歩を進めた。道場なら免許皆伝が沢山居ると思ったからだ。それに今の俺は許可を取ってハルバートを持ち歩いている。袋に入れているとはいえ、2メートル級の長柄武器だ。それを軽々と扱えば、悪目立ちしてしまう。ここが剣の聖地でなかったら通報されていたかもしれない。
はたして門弟たちに取り囲まれた。腕前は、目録はあるだろう。これくらいになると、俺がいくら女々しく見えても、侮る事は決してない。
「誰だ、名を名乗れ。道場破りにでも来たのか。それにここからは神瞑家の敷地になる。中の武器改めさせてもらおう」
「徳島眉山高等学園一年、上級探索者御上想夜。本日は弥生先輩のお招きにあがり、参上しました」
誰何をされた。剣風姫も上級探索者であるので、俺は二重の意味で後輩になる。でも一同は信じられないという顔をしている。剣風姫がここに男を招いた事は今まで一度もなかったらしい。それに弥生先輩と馴れ馴れしく呼んだのもムカつかれた。姉弟子がポツリと漏らす。
「そう言えば、弥生様は嘆いておられたわ。学校の後輩に、片端から女性に関係を強いる痴れ者がいると。きっとあなたがそうなのね。優しそうで綺麗な顔、それで女の子を油断させて喰い散らかしているのでしょう。あなたみたいな卑劣奸は、次期総帥に完膚なきまで懲らしめられて」
この言葉を聞いて兄弟子たちも色めき立った。神瞑流は剣の修行に禁欲を強いている。欲望に忠実な俺は、彼らからはうらやまけしからん獣だ。ぎらついた野獣のような眼で睨まれた。そんな中、俺の戦斧を検めていた人がつぶやいた。余りの重さと扱い辛さに驚愕している。
「君はこのハルバード、本当に振るえるのか?」
「宜しければ型を披露しましょう」
ダンジョンの外では絶えてしまった戦斧術。まして獲物は騎士の象徴、剣術バカの興味を引かないはずがない。空地へと案内される。俺が剣風姫と決闘した事実は、その勝敗に関わりなく門弟達には知られる事になるだろう。そうなったら軋轢は避けられない。不本意だけどここで武威を示しておけば、無用な諍いは避けられるかもしれない。
ゴブリンを幻視した。紫電一閃、居合の構えでハルバートを抜き払う。見学者も達人だ。一薙ぎで三匹両断したのが視えたはず。
左手、右手、そして両手に持ちかえて、長柄の戦斧を自在に操る。刃先には風の魔力が載っている。たとえ選抜者でなくても、彼らの眼にはオーラとして映る。周囲には真空波も発生した。武道家の業か、何人かは突破しようと間合いを探った。だけど驚愕する事になる。両手利きのトリッキーな刃筋とスキル『柔軟』のせいで悉く失敗したのだ。名人である故の落とし罠、実戦であれば、真っ二つになっているはず。
『風衣』で補助して大きく飛ぶ。重量武器を手にしても垂直に5メートルの大跳躍、眼下の大岩を叩き割る。全員が砕け散る石礫に備えて身構えた。しかしなら予想に反して割れるどころか音もない。失敗ではない、これは異様だ。固唾を呑んで見守っている。ピシピシと大岩にひびがいる。絹豆腐を奴に切るよう、簡単に崩れてしまった。
鏡のような切り口を手に取った高弟の一人は震えていた。
「まさか今のは風の奥義、叢雲なのか」
神瞑流、風の秘太刀「叢雲」は斬りつけた刃先から『鎌鼬』を発生させ、相手を内側から切り裂く技だ。故無三総帥でも一度しか成功しなかったとされ、現在後継者は絶えている。
「弥生先輩からも訪ねられましたが、僕にはよく分かりません」
「頼む、教えてくれ。どうやってこれを会得した!」
「無数の魔物と僕より強い大きな魔物。精も根も尽き果てて、命を削った最後の一撃、無心の斧に風が宿る。教えられるものではありませんよ」
神瞑流の奥義はいずれも絶体絶命において開眼するとされる。無三総帥は当然だが、俺も、そして水の秘太刀、「村雨」を振るう剣風姫もまた、死地から生還している事になる。
俺は門弟たちに囲まれるように奥へと案内された。一番後ろの姉弟子は恍惚として、内股で続く。
道衣に着替えて待つこと数分、剣風姫は白装束の道着で現れた。純白の道衣と白袴が眩しい。神瞑流の総帥と次期後継者だけに許された衣装だという。その姿は一振りの名刀。しなやかで優雅に反って、少女の香気が漂よった。それでいて肉体は剣を振るために最適化されている。機能美の極致でもあった。壇紙(だんし)で束ねた濡れ羽色の垂髪、凛とした細面のかんばせには死に化粧が施されている。
研ぎ澄まされた一筋の白刃に、魂を奪われる。このまま彼女に斬られたい。神瞑弥生は獰猛に笑う。
「よくもわたしの前に顔を出せたな、と言いたいところだが、逃げずに来た事だけは褒めてやろう。人払いをしてきた。これで余人交えず、心ゆくまで戦う事ができる。最期にもう一度、申し合わせを確認する。魔法は禁止、死しても異を唱えずだ」
魔法禁止であれば剣士である剣風姫が圧倒的に有利に思えるが、彼女も必殺奥義「村雨」が使えない。水魔法の『給水』と『洗浄』を暴走させて万物を滅却する狂気の技だ。ここに俺の勝ち筋がある。
「委細承知! 今日の日は千載一遇。弥生先輩は剣の姫神、見惚れる程に美しい。花嫁さんに欲しいくらい。死に装束は僕の為のウエディングドレス」
合図はなくても前哨戦は始まっている。俺は間合いを図りながら、言葉責めして動揺を誘った。
「どこまでも女子を愚弄するか。そうやって菫を騙したか、油断させて摘華を組み伏せたのだな。その軽口、二度と叩けぬようにしてやる。友の涙をここに晴らす」
「誤解です。菫と摘華を泣かしているの先輩のほう。今朝だって僕に縋って行かないでと泣くのです。その姿が可愛すぎて何度も逝かせてあげました。もちろん生徒会室で」
さあ、我を忘れろ。いつもなら激昂して突っかかってくるはず。小次郎破れたり、武蔵宜しく見得を切りたい。だけど剣風姫は怒るどころか明鏡止水、氷の刃先を俺に向けた。
「今、我が心の迷いを斬った。思えば貴様の才を惜しんでいたのかもしれぬ。正道に立ち戻るなら、共に武の道を究めようかとも思った。だがお前はその力、女性を弑するためだけに使う。悪の化身を介錯する。覚悟!」
剣風姫は菩薩の笑みで穏やかに微笑む。この境地に達するまでにどれだけ死地を潜った事か。強い彼女が俺のためにここまでしてくれたのだ。俺も獰猛に笑った。
「神瞑流次期総帥、神瞑弥生。この世に蔓延る悪を斬る」
「上級探索者、御上想夜。押して参る」
俺は戦斧を居合の型に置く。剣風姫は晴眼に構えた。虚飾を廃した白無垢の衣装、凛とした姿勢、迷いなき太刀筋は、清涼なる彼女の有り様そのものだ。刹那の時間に永遠があった。時間よ止まれと切に願う。だけど刀は煌いた。名刀「小狐丸」、平安時代、公家の鍛冶が狐と打った雅な刀だ。永らく行方不明であったが、近年、彼女によってダンジョンから発見された。
道場の床が軋む。『縮地』と『瞬足』、弥生先輩は闘気を、俺は剣気を切り裂いた。剣風姫は嚆矢となって放たれる。居合の構えで受けて立つ。
「天誅ぅぅぅ──────」
空振りするようハルバートを横薙ぎにする。だがその瞬間、もう間合いに入られていた。子狐丸の刀紋が煌めく。小狐丸とハルバード、刃筋が合わさり雷鳴が響いた。スキル『見切り』、先の武者修行で鎮西八郎為朝の亡霊から習得した。彼は飛んでくる矢を口で咥えて防いだとされる。なんとか初撃を凌ぐ事が出来た。
今はまだ俺の間合いだ。このまま一気にラッシュをかけた。剣風姫のスキルは驚異の『剣術』トリプル。これに幼少からの英才教育が加算される。じっくり組まれてしまえば圧倒的に不利になる。
息を継がずの猛攻で、俺の周囲に旋風が起こる。彼女に及ばないとはいえ、こちらも『戦斧術』がダブルなのだ。左右、両手で握り変え、踏み込みの呼吸を乱す。だが誤魔化しがいつまでも通用するはずもない。彼女が半歩踏み出した。
このタイミングで伏せていたスキル『柔軟』が発動する。俺は門弟たちに酔狂で戦斧術の型を披露していたのではない。神瞑流の達人が俺の技を見切ろうとしていたように、俺も神瞑流の呼吸を計っていたのだ。戦斧の先が数センチ伸びて、胸の当りを斬り裂いた。剣風姫は斬れなかったが、道衣が切れて、胸元がザックリ覗いている。
俺は以前女装して、彼女の生着替を見たことがある。道着の下には何も身につけないと言っていた。実際剣風姫はマッパだった。彼女の性格からして、乳房を見られて平然としていられるとは思えない。取り乱して胸を隠す。刀も落とすかもしれない。戦わずして勝つ、何てチョロいんだろう。だけど見通しが甘かったのは俺の方だ。
「やはり狙ってきたか。忌まわしき父上も、女剣士の胸元だけを切り刻む変態であった。ちょうどお前と同じだな。わたしが何の対策もしていないと思ったか」
待ち焦がれていた貧乳が見えない。何と矜持を曲げて、胸に晒(さらし)を巻いていたのだ。それも木綿ではなく伸縮自在、鋼の強度のダンジョン製だ。「切り裂きジル」をもってしても引き裂くことは出来ないだろう。俺は露骨に失望する。
「二度と悪さが出来ないよう、去勢してやる」
剣風姫が蛟に構えた。三段突きの連撃が来る。以前型を見せてもらったが、天啓により授けられたという神業だ。通常、突きは相手の顔や喉、あるいは心臓を狙う。だけど剣風姫は俺の金的に狙いを定めた。あからさまだが、それは絶対の自信がある裏返しだ。通常の剣技では回避不能。
このままではTSではなく物理的に不能にされる。ならば俺もダンジョンで鍛えた妙技を披露してやる。
「覚悟──―」
初撃、為朝の『見切り』をもっても、躱しきれない神速の刃。かすっただけでも陰茎は斬り落とされ玉は落ちる。その威力に睾丸が縮み上がった。キリ香の回復魔法でも修復は困難だろう。
二撃目が来る。腰を引いて辛うじて避けるが、死に体になってしまった。それでも俺は前に出る。体を預けて、額と額がふれあった。何故か彼女のおでこが熱い。この距離はリーチの長い俺の不利。でも彼女も急所突きは来ないはず。
あり得ない事に必殺の三撃目が放たれた。ゼロ距離からの刺突だった。剣風姫が弓を絞るよう、躰をよじる。腰の後ろに刀を引いた。俺の両手はハルバードに添えられて、万歳するよう宙にある。互いの躰は密着している。躱す術はない。このままでは陰茎と睾丸が破壊されてしまう。
だけど俺の切り札が光る。甲高くソプラノで宣言した。
「小手──────」
硬い鉄芯で、したたかに剣風姫の利き腕を打ち据えたのだ。彼女は信じられないといった顔で俺を見た。一矢報いた。得意満面、手の内を公開する。
「男と女の躰の違い。僕に勝てる女はいない」
「おのれ、御上。われを侮辱するか。武道を冒涜するな。神聖な果し合いを穢しおって」
丈夫な道着を突き破らんばかりに、俺の逸物はイキリ立っていた。もう立派な凶器だ。剣風姫と密着すると堪らずに勃起して、彼女の引き手を打ったのだ。
「貴様、わたしに欲情しながら戦っていたのか。よくも不浄なものを押しつけよって。その罪、万死に値する」
剣風姫がキレた。怒りで我を忘れている。刀身の剣気が変わった。万物を切り裂く神瞑流水の型、奥義「村雨」これは明らかに反則だった。魔法禁止と剣風姫が自ら定めたのに。だけど俺は嬉しかった。彼女を本気にさせたのだ。これこそ、俺の大好きな剣風姫だ。
荒れ狂う全力の剣、剣筋は見えない。これまでは綺麗すぎて合わせられたが、今は勘に頼って躱すだけだ。今度は俺の道着がずたずたにされる。苦し紛れにハルバードで受けるが、案の定バターを切るよう斧頭を割られた。返す刀で柄の根元を落とされる。不味いと思う間もなく、剣風姫は小狐丸を上段から振り下ろしていた。もはや絶体絶命。
スキル『予見』、剣風姫は一秒先の未来を見た。探索者は一秒あれば二撃、三撃打ち込める。一秒先が見えるのは、二手、三手先読みできるのと変わらない。その未来では子狐丸が想夜を唐竹に割ろうとしている。彼女は勝ちを確信した。
この男はダンジョンの獣。全女性の共通の敵。武の女神はこの男を糺すために小狐丸を授けられた。
だけど『予見』でも1,1秒先は見えない。そして俺の命は死に近づくほど燃え盛る。コンマ1秒が体感一秒となった。
真剣白刃取り
迫り来る白刃を拝み取りにした。古戦場では柳生石舟斎と思しき亡霊から、無刀取りの手ほどきを受けた。真剣白刃取りは、これを発展させた究極の奥義だ。為朝の『見切り』でもって初めて可能となった。一般にこの技はフクションとされているが、それは違う。かつて未熟者が試みて、何人もが命を落とした。それを憂慮した先人は、存在しない架空の技との風評を広めたのだ。
「馬鹿な!!!」
剣風姫が二重の意味で驚愕する。俺が白刃取りを成功させたばかりではない。今の小狐丸には水の奥義「村雨」が付与されている。分厚い戦斧の刃を斬り裂いたように、俺の掌など消滅してしかるべきだ。しかし現実には小狐丸を捕えて微動だにしない。最悪の予想が駆け巡った。
風の奥義「叢雲」に続いて水の奥義にも手を掛けている? どれだけ加護をもらったの。女神様と寝たのかしら。
俺は禍津日神(まがつひのかみ)を元の姿に戻すため、身を棄ててまで穢れを払おうとした。ヒトの子の不遜な願いが天に届いて、瀬炉利津姫(せろりつひめ)は美しい姿を取り戻された。この時の俺の両手は清浄な霊気で包まれていた。
スキル「村雨」は水魔法の『給水』と『洗浄』を暴走させて、万物を不浄とみなして滅却する。ならば清涼な俺の手を斬る事はできない。全ての命を斬る事に無上の悦びを見いだした狂人と、貴き女性を堕とす事に悦びを感じる下衆な俺が、神の奇跡に近づいたのは実に皮肉だ。
ともあれ、奥義「村雨」は剣風姫のアイデンティティそのものだ。よりにもよって憎い男がそれに並ぼうとした事で、一瞬だけ隙を晒す。親に縋る子をひっぺがすように、小狐丸を放り投げた。高い天井に深々と刺さる。我に返った剣風姫がすかさず宙を駆けた。
つばめ返しが来る。空中で身を翻して頭を刎ねる、神瞑流の対モンスター用の剣技だ。燕の餌を獲る様子から編みだされた。主に異形や大型種相手に振るわれる。剣風紀は俺を悍ましい怪物と思っているのか。
俺も剣風姫を追って跳んだ。もう彼女は柄を掴もうとしている。そうなれば、蜻蛉を打って、宙でこの頸落とすだろう。間一髪、俺は彼女にしがみつく。天井の梁を蹴って、雪崩落としで叩きつけた。柔道なら反則負けだがこれは死合い、この程度は誤差である。
さあ、ここからが本番勝負だ。