理生院典子は呼び出しを受けて、嵯峨野の奥の院に赴いていた。ここは現人神、皇(すめらぎ)夢子の御座所でもある。ここに通されるのは絶対の信頼を受けている証でもあった。白無垢装束の夢子は、未来を見通す妖しげな金眼を輝かせ。
「無理を言ってごめんなさい。典子さん、よく来てくれました。わたくし先日殿方と夜遅くまで話し込んだんですのよ。ときめいてしまいました」
やはり御上はやらかしていた。夢子様のお点前を辞退したらしい。無礼千万、これは千利休の御招きを拒むのと一緒だ。更に庶民のくせに、恐れ多くも現人神をエスコートしたという。こちらは夢子様の寛大なご処置で不問になった。ここまでは養家から聞かされていた。それに留まらず、深夜までご一緒していたとは。何て非常識な。
お言葉が終わるのを待って謝罪する。ふつふつと怒りがこみあげて来た。
「クラスメイトの無礼をお許しください。きつく叱っておきますから。彼は是非を知らない子供なんです。それでいて気配りも出来る良い子でもあります。友人として責任を持って導きますから」
「友人というより恋人を弁護しているように聞こえましてよ。典子さんにも春が来たのかしら」
お姉さんが妹にするよう、揶揄われてしまった。純真な理生院は耳まで赤くなってしまう。
御上君のせいで恥ずかしい思いをさせられた
実際、想夜への好感度は爆上がりしていたのだ。天真爛漫、義のために、惜しげもなく命を賭ける男の子。教会の司祭様とシスターを援け、孤児からも慕われている善き隣人。たとえ名乗りは上げられなくても、女神教孤児院は彼女の故郷だ。そこの童女をテロリストから救った事は感謝してもし切れない。後は女好きを去勢ならぬ矯正するだけ。
でも夢子様は自分を揶揄うために招いたのではあるまい。
「典子さん、お手柄ですね。よく常世への手掛かり見つけました。まさかあなたの隣の席の男の子がそうだなんて。青い鳥は側に居ても気づかないとはよく言ったものです」
「それは御上君が道を知っているという事でしょうか。確かに平安ダンジョンの禍津日神(まがつひのかみ)を封印して、最奥にまで進んだと報告はありましたが」
「それではありませんよ。彼からヒトならざる匂いがしました。わたくしに眠る太母様の血が狂おしい程に騒ぐのです。故郷の匂い、魂だけでも早く還りたいと。車中では堪らずに、彼にしな垂れてしまいました。御上さんは常世の高位存在と関係があります。恐らくは銀髪紅眼のあの日の幻影かと」
夢子様は御上想夜を想いながらうっとりとしている。それは妹にのろけ話をする姉のようであり、あるいは木天蓼(マタタビ)に陶酔する猫、犬万に惹きつけられた犬であった。皇家は白狐の獣人をその祖にもつ。狐憑きの彼女には抗いがたい匂いなのだろう。
「それから彼からはあなたと同じ匂い、神気もしましたよ。恐らくは加護持ちです。ですがとっても悪い臭いも混じっています。側にいると身の危険を感じましたわ」
思い出しただけで全身の毛が逆立ってきますの、お道化た仕草で躰を震わせると、夢子様は紙の資料を渡してきた。御上想夜の周辺で、最近選抜者となった者のリストだ。全員が妙齢の女性ばかり。簡潔に日付と関係が記載されている。
特に目を惹くのは、理生院が一時期籍を置いた女神教孤児院の司祭とシスターであった。同じ日に選ばれている。これについて理生院は何の疑いも抱いていなかった。彼女は女神に邂逅している。聖母と聖女のお二人が恩寵を賜るのに何の不思議があろう。
だけど名簿に目を通すにつれ、次第に眉をひそめる。クラスの先生と委員長が選ばれたのは、確率の収束で済ませられる。でも委員長の実家のメイドさん三人も相次いで選ばれているのはどういう事? そう言えば御上君はメイド愛を熱烈に語っていた。
彼がストーカーから護衛していた女子中学生とその母親の名前もある。マンションの同棟で、以前から家族ぐるみの付き合いがあったらしい。中学に上がったばかりの娘の方は、学校一の美少女と、クラスメイトが噂していた。彼女は御上君に全幅の信頼を置いていた。でも同時期に母親も選ばれている。胸騒ぎがする。
悪名高い春凪沙織の妹、春凪のどかの名前もある。彼女は呪いのせいで余命幾ばくもなかったが、それを御上君が解呪した。その後姉がらみで狙われた彼女を自宅に匿っていた節がある。つまり肌を許し寝食を共にしたという事だ。
伊那ダンジョンの管理者であった楠田幹之輔老の孫娘、愛望(のぞみ)と浄見(きよみ)姉妹も、リストに上がっている。御上君は女装して女子更衣室に潜入した罰として、ここで奉仕活動を行っていたはず。彼女たちの家を宿泊施設として利用していたという。
いずれもが彼が孤児院でボランティアを始めてひと月半以降の出来事だ。短期間でこれほどの知人が選ばれているのは確率的にあり得ない。
「この次に選ばれるのは、連獄家の養女のギルド職員でしょう。彼女は想夜さんの世話を甲斐甲斐しくやいていたそうですから」
夢子様が苦笑いしながら、資料を追加される。御上想夜の公開、非公開、また保留スキルの一覧量だ。よくも短期間でこれだけのスキルを習得したものだと思う。理生院はその中の非公開スキルを見て吐き気を催した。
『美声』 『容姿』 『性技』 『性豪』 『避妊』……
彼女は選抜者となる前の御上想夜を知っている。その時から彼の容姿は頭一つどころか、二つも三つも抜きん出ていた。庇護欲を誘う女性的な容姿と澄んだソプラノの持ち主で、クラスの女子はみんな近づく機会を伺っていた。隣席の自分はずいぶん羨ましがられたものだ。それがスキルで補正がかかってしまった。
何、これ? 女性を喰らう魔人じゃないの。
元々の高スペックな肉体に房中スキルが乗算されて、さらにダンジョンでの経験値も加算されている。一晩で何人もの女性を抱き潰す精力と、どんな淑女でも言う事をきかす魔技、おまけに彼には不屈の精神もある。女性達の哀願には心を動かさないだろう。さらに『避妊』があるので、責任など取っていない。
理生院は知らない事だが、想夜にはこの他にも女性を言い含める『話術』や、強引に悦ばせるR18スキル『わからせ』、があった。また、妖精の【魔導】で性愛の魔力を送り込んだり、花の精より受け継いだ淫蕩の香りを発散したりと、人外の御業を行使する事も出来る。もう処女神からは全女性の敵と認定されている。
敬愛する司祭様とシスターは凌辱されて、彼の毒牙にかかったのでは? それとも女神さまの権能を餌にされて、彼の言いなりになっているの? 彼女たちなら孤児たちのためなら身を捧げるでしょう。もしそうならお二人をお救いせねば。
はらわたが煮えくり返る。想夜に関しての厚意も感謝も、吹っ飛んでいた。あんな奴を、友人と思った事さえ恥ずかしい。
この罰当たりめ!!!
「典子さん、お願いが二つ。一つは彼と常世との関係の調査。もう一つは、彼の権能の秘密。人が人を選抜者にするなど、誰もなしえなかった奇跡ですから。過去五十年、人類は自らの手で選抜者を生み出さんとあらゆる手段を講じてきました。ですが一度たりとも成功していません。御不満でしょうが、御上想夜と親しくしてください。その眼で彼を監視してください」
彼と馴れ馴れしくするなんて虫頭が走る。男子の私生活を覗き見するなんて恥ずかしくて死にそうになる。一流の探索者なら気配にも敏感だ。視ている事に気づくかもしれない。彼には『梟の目』を明かしている。もし室内で気取られたら容易にわたしだと推察される。だがしかし、証拠も無しに神罰を降すのは、女神の使徒として許されない。
だけど現人神の御言葉は絶対だ。わたしが親しく装う事で、核心に迫ると予見された。彼女は想夜のあるスキルについて注意を促される。
「御神想夜は戦闘特化の探索者と思われていますが、保留しているスキルに結界があります。これは周囲を別空間に置換して物理と魔法、双方の干渉を防ぐというものです。ただこのスキルは他者の視線を受けている間は発動できません。彼が結界を展開できないのなら、それは誰かが見ていると言う事ですから。今回はこれが裏目に出そうですね」
御上想夜が『結界』を展開すれば、『梟の目』でも監視できない。その逆なら想夜は『結界』を展開できない。互いに手の内を晒すようなものだ。
それに理生院には彼の強さの秘密に思い至った。『結界』は隠れ家としてでなく奇襲や撤退にも応用できる。継戦能力の大幅な向上により、ソロでダンジョン深く浸透できる。負傷しても『結界』に籠る事で時を稼げる。想夜は格上と全力の戦闘を続ける事で経験値を独り占めしていた。道理で彼が急激に強くなったはずだ。そしてこれは女性を監禁するのにはうってつけのスキルでもあった。
常世の秘密と、想夜の権能を暴いてからと前置きしながら、真偽判定官、理性院典子は己に、女神さまに誓うのだった。ダンジョンの力を悪用する者を許してはおけない。
「女神の使徒として、彼に正義の裁きを降します」
「それは上々」
こうして御上想夜を鎖で縛る密談がなされた。害獣を始末せずに飼い殺そうというのは温情である。
関西から戻った俺は半月ぶりに孤児院へと顔を出した。夏休みに俺と遊び倒すつもりだった童女たちはお冠だ。みんなをハグしてご機嫌を取る。庭にはビニールプールとホースが用意されている。燐花と唯花に両手を取られて連れてこられた。スク水の上からTシャツを着ている涼風に誘われる。
「お兄さん水遊びしよ!」
「想夜さん、恥ずかしいです」
童女たちは俺を誘惑しようと、一番発育のいい沙也加を差し出してきた。中学生を追い越して、女子高生並みの発育をしている。いけない小学6年生だ。びしょ濡れになったら、シャツが透けてエロい格好になるだろう。
「僕は水魔法が使えるからね。霧を作ってみんなをしっとり濡らしてあげる。悪い子には、頭の上から水を落としてビショビショにするよ。風魔法も使えるから、濡れた髪は乾かしてあげる」
日果留たちペタンコ組が逃げて行く。キャァ、キャァと、女子棟へと駆けこんでいった。彼女たちはシャツの下には何も身に着けていない。ずぶ濡れになったら服が透けて俺に裸を見られてしまう。
「ところで泉澄はどうしてる? 水遊びはしないのかな」
司祭様とシスターは人前で肌を晒す事をよしとしない。だから俺と同級生の泉澄が監督をすると思ったのだ。彼女はまだシスターになっていない。彼女は肩と腰は細いのだが、胸とお尻だけはムッチリしていた。ちょっと楽しみだったのに。
「お兄ちゃんのエッチ。泉澄お姉ちゃんの躰が目当てだったんだ。でも残念、シスターになるための研修で合宿中だよ。わたしたちがお相手するから」
「言ったな、みんなビショビショのスケスケにしてやる。京都に行って恐い話を仕入れてきたよ。百物語で寝かせないから」
だけど水遊びはもう少し後だ。これから司祭様とシスターと内緒話をするのだから。
司祭室にいるや、照子司祭とシスターミシアを抱きしめた。恍惚としているシスターの唇を奪う。プラチナブロンドと星の瞳のシスターは、女神様と同じ金髪金眼である。今宵は聖なる満月だ、礼拝堂で俺に辱められながら、神聖魔法で特別な「聖水」を精製することが、聖女の彼女には定められている。
聖母たる司祭様は大女だ。俺の唇は届かない。修道服の上から、巨大な胸に顔を埋めた。彼女は女神様と同じサイズの乳房を持つ。万物の母たるダンジョンの女神さまに甘えている気分だ。
彼女の回復魔法は怪我を治すヒールではなく、病気を治すキュアだった。ただでさえ貴重な回復魔法の中でも希少なヒール、病院との連携で、難病や重篤な患者を中心に受け持っているという。もちろん、ヒールだけで解決する訳ではない。病気の進行を食い止めたり、症状が改善した処を、最新の医療技術で完治にまで持っていくのだという。
また、本人の希望で、末期医療の患者さんのケアにも当たっていた。キュアで苦痛を和らげる。家族と最後の時間をもたせる事で、安らかに天国へと送り出しているそうだ。彼女の献身的な振る舞いのおかげで、女神教は信者や支援者を着実に増やしているという。
「まもなく泉澄さんが、正式なシスターとなる誓願式を迎えます。彼女にとっては結婚に匹敵する生涯の大事です。想夜さん、お願いがあります。請願式に協力してください」
「弟君、私からもお願い。聖歌隊に入って。子供達と一緒に彼女の未来を祝福して欲しいの。泉美ちゃんは外の人では、あなたにだけ心を許しているの」
「僕の方こそお願いしたい。ミシアの宣誓式の写真、見せてもらったけれど、神々しいまでに美しかった。泉澄は僕の親友だから、心から祝福したい。花嫁衣裳の晴れ姿、決して忘れないよう記憶しておく」
ミシアが正式にシスターとなったのは数年前という。涼風たち、前からの孤児からその時の写真を見せてもらった。修道服に花嫁のベールを被った立ち姿は神秘的で、まさに処女の中の処女だった。泉澄の無垢な花嫁姿は、何としても生で見たい。
そう言う彼女は行儀見習いで研修中だ。教義の微細は異なっていても、どの宗教も救世の道を目指している。そこで同系統の宗派が集って、修道士や修道女の研修を受け持っていた。聖職者としての立ち振る舞い、説法のテクニック、ボランティアの実践、関係する法律面を教え込まれる。きっと泉澄は立派なシスターになって帰ってくるはずだ。
俺はみなしご達と合唱する幾つかの聖歌の説明を受けた。