孤児院では目隠し鬼がちょっとしたブームになってしまった。聖歌隊での練習が終われば、構ってくれと騒ぎ出す。日果留がお留守番で、二人きりの鬼ごっこで遊んだと聞いて、童女たちにねだられたのが始まりだ。
「わたしたちも目隠し鬼であそびたい。もちろん鬼はお兄さん」
「捕まえるだけなら僕に有利すぎる。だから捕まえて、その場で名前を言い当てる。一人でも間違ったら、その時は僕の負けでいいよ」
「いいわよ。だけどどさくさまぎれに、エッチなことをしないでね」
童女達は想像する。目隠しされたこの俺が、自分だけを追いかけてくれる。当然俺は手探りだ。小さな胸と可愛いお尻、いけない所を掴むかもしれない。でもお兄さんは目隠している。女神さまに誓ってやましくなんかないんだから。捕まって抱き締められる。頬っぺたが重なって、唇が触れるともっといい。
そんな思春の心理に応えてやるのも兄の務めだ。堂々とさわってあげよう。
目隠しされた俺を囲んで、童女達が即興の輪舞を始めた。聖歌隊でリズム感は鍛えられている。声に出して唄わなくても、手拍子、足拍子、変拍子で幻惑するのだ。お互いに順番を入れ替えて踊る。気配で捕えてもなり替わっている訳だ。『透視』と『魔力視』を使えば楽勝だが、そんな野暮はしない。
「さあ、遥を捕まえた。このフカフカしている抱き心地、きっと沙也加に違いない」
5年生で一番背の低い遥を撫でた。これはみんな納得だろう。そして俺は沙也加の躰も知り尽している、耳元でスリーサイズを囁いた。次に燐花と唯花の姉妹を捉える。躰も顔も、声も匂いも区別のつかない一卵性の双生児だ。俺はこっそりくすぐってみた。二人とも声を揃えてハミングする。
「これは難しい、双子ちゃんだよね。直感だけど、右がリンで左がユイ?」
「すごい、どうして分かったの。わたしたちでも間違うのに」
本人たちより周りが驚いている。二人はそっくりすぎるので、服だけは色違いを着ている。だけどよく悪戯で交換しているという。俺は姉妹にだけに告げた。
「僕は二人の隅々まで知っている。間違うなんてありえないよ」
愛 撫すると、姉の燐花は一瞬だけ硬直する。だけど妹の唯花はためらわずに甘えて来る。俺しか知らない姉妹の癖で見分けることができるのだ。
身も心も俺に捧げている涼風は、捕まっても声を上げずに抵抗しない。
「このすべすべとし感触、男の子にさわられてちょっとだけ緊張している。こんな可愛い女の子は涼風しかいない」
「お兄ちゃん、どこさわってるの。ヤらしいわよ.遥ちゃんみたいに頭を撫でればいいんじゃない?」
非難轟々だ。どさくさに紛れて、お尻や胸もさわっていたらしい。
「それだと難易度下がりすぎ。三つ編みだったら燕子、ボブカットならゆゆ、ストレートで腰まであったら菜羽ちゃん、長い巻き毛がちいかだし、短い方ならココアだよ」
逃げる童女を二人同時に捕まえた。掌に伝わる感触、大きいほうが菜羽ちゃんで小さいのがココア。もちろん声を上げたら誰だか分かるから負けになる。童女たちは俺に捕まっても、声を殺して耐えていた。これをいい事に他の子にも身体検査を行った。ゆゆのお尻とちいかの太腿を撫でつける。次々と陥落して残るは燕子一人となった。もうさわらなくても判るのだけど、それではあまりにも不公平。
「燕子からは甘酸っぱい匂いがする。僕の大好きなヨーグルトの匂い」
俺は牛乳が嫌いなのに、チーズやヨーグルトは大好きだった。首筋にキスをするよう、美味しい匂いを嗅いでみた。キャアキャアと黄色い声の歓声が上がる。こうやって目隠し鬼で楽しく遊んだ。
日が傾いた頃、こちらへと長い影が届いた。
「あっ! 泉澄お姉ちゃんが帰って来たよ」
「お帰りなさい。お姉ちゃん」
ひと月近い研修を終えて、シスター見習いの泉澄が戻って来たのだ。ばしゃばしゃと餌をもらう鯉のように、童女たちが群がっていく。血は繋がらなくても、実の姉妹にも劣らない尊い絆、心に染みるものがあった。
「想夜君、ありがとう。留守の間、妹たちの面倒を見てくれたのね」
「違うわ、みんなでお兄ちゃんを構ってあげていたのよ」
「想夜兄ちゃん、感謝しなさい。わたしたち美少女組から遊んでもらって」
「想夜さんって幼稚よね。鬼ごっこで一番はしゃいでいたのはお兄さんなんだから」
童女たちがメスガキみたいに囃し立てる。告げ口されるようだけど、実際にあちこち触って愉しんでいたのだ。否定は出来ない。
「お疲れ、泉澄。ちょっと雰囲気変ったね。凛として気楽に肩も組めないや」
「当たり前でしょ。お姉ちゃんはシスターになるんだから。触っちゃ駄目よ! わたしたちで護ってあげる。お兄ちゃんのイケナイおててを捕まえた」
俺にも童女たちが群がってきた。泉澄はまもなく女神に嫁ぐ。姉を送る妹は祝福しながら一抹の寂しさを覚えるという。俺も感傷的になってしまった。仲のいい女友達がお嫁に行けば、きっとこんな気持ちになるのだろう。
夜になって、女子棟のリビングへと招待された。京都で仕入れてきた怪談を披露するためだ。現人神の夢子様から、実話だとお墨付きを受けている。血が滴って首が舞うスプラッターか、無明の闇に引き摺り込まれる救いのないホラー、どちらが小学生に相応しいのか、迷いに迷った。
「お兄ちゃんのせいで恐くて一人で眠れない。責任取っていっしょに寝て」
男子棟に夜這いしてくれると嬉しい。だけど寮長として泉澄も同席している。釘を差されてしまった。
「眠れなくなるようなお話は駄目っ! 残酷なのもやめて。妹たちの情操によくないわ」
「え──ー、怖いほうが面白いのに」
どさくさ紛れに抱きつく積もりだったのだろう、童女からは不満たらたらだ。怪談は説話ではない。善良な人が怖い目に合う不条理が面白いのに。だけどここで一番偉いのは泉澄だから仕方がない。サスペンスホラーを披露してあげる。
部屋の明りを消した。風魔法でヒヤリとさせる。『美声』と『話術』の語り口で雰囲気を盛り上げた。童女たちはキャア、キャアとはしゃいでいる。俺も暗がりで、隣りの泉澄がしがみつくのを期待する。夢子様直伝の怪談はこうだ。
庭園の樹々が杜へと変わる古式ゆかしい病院で、うすほそ少女が黄昏ていた。神経だって糸くずよりも細いのだ。コツコツと忍ぶ足音を聴き取ってしまう。耳を澄ませばすり泣く声。物悲しく、それでいて心を鷲掴みにされる魂の声だ、居ても立っても居られない。彼女には思い当たるものがあった。西洋には泣き女(バンジー)という妖怪が棲まうという。
きっとわたしを迎えに来たんだ。バンジーは死期の迫った人の側で、夜な夜な嘆いてくれるという。これまで生きているだけで迷惑かけた。お父さん、お母さん、ごめんなさい。周りの人も善くしてくれてありがとう。「メメントモリ」、死を想え。最期だけは自分の死と向き合って逝きたい。なけなしの気力と体力を振り絞った。
フラフラと幽鬼のように彷徨い歩く。何て甘美に鳴くんだろう、誘われるままに脚が向った。声のする病室のドアノブを回す。心臓が破裂しそうだ。扉を開けて息が止まった。バンジーどころか人っ子一人居なかったのだ。もちろん部屋は密室だった。誰もいないはずの病室から女の人の泣き声が漏れていた。
やっぱりバンジーはいる。
そう思った瞬間、躰から力が抜けた。慣れない運動と激しい動悸に、虚弱な肉体が耐えられなかったのだ。だけど床に倒れる前に抱き留められた。うっすらと眼を開ければ紅顔の美少年、いや天使がいるではないか。天国からお迎えが来たのかもしれない。
話をすると彼は探索者で、警護のボランティアだという。周辺の魔素濃度が高まっていて、ワイルドバンドが発生する可能性があるらしい。小鬼や魔物、それにバンジーだって徘徊するするかもしれない。不測の事態に備えて病院は、優秀なハンターを手配したらしい。彼はわたしと正反対だ。全身から活力が溢れている。怖いくらいに綺麗だった。
バンジーもいたかもしれないね
彼はわたしの話を妄想だと笑わなかった。夜の瞳で見詰められると、死にそうになる。
バンジーはダンジョンにも出現するよ。探索者の最後の時に、嘆きの声で歌うらしい。誰も視た人はいないけれど、儚げで可憐な少女の姿をしている。
お馬鹿ね、視た人はいないのに、儚げとか可愛いとかどうして分かるの。虚弱少女は言葉の綾を捉えるのに長けていた。「頑張って」、「きっとよくなる」、善意の嘘にいつも塗れていたからだ。どんなに頑張っても、よくならないのは自分が一番よく分かっている。15歳になっても生理もこないのだ。もちろん彼女にはそれを面に出さないだけの配慮もある。
それにだ、入院生活の長い彼女は男性に免疫がない。生まれて初めて姫様抱っこされた。
もう死んでもいい
虚弱少女は最期の勇気を振りしぼった。深夜デートの申し込みだ。
わたし、バンジーを探してみたい。あの、一緒にお散歩しませんか
また明日のこの時間に迎えに来るよ。その代り声を聴いても、決して一人で出歩かないで
真夜中に男の人が訪ねてくれる。想うだけで躰が熱い。お注射された気分になった。
昨夜の出会いは夢か現か、寝坊してナースさんから起こされてしまう。でもいつものお姉さんとは違う。
ごめんなさいね。斎藤さんは急に具合が悪くなったみたい。
嘘だ、昨夜は殊更元気だった。嬉しい事があったみたいで、あんなに華やいでいたのに。バンジーはきっとわたしと間違えたんだ。申し訳ない、何としても正体を暴かなくては。
次の日も、その次の日もバンジーの泣き声が聞こえる。だけど少女たちが見回れば、不思議な事に泣き止んでしまう。そして若い看護婦が毎日のように体調を崩した。やがて少年の任期が終わる。結局最後の冒険でもバンジーは見つけられなかった。彼は少女を病室までエスコートすると、爽やかに去っていった。まだ生きていられるという安堵と、少年との逢瀬が終わった寂しさ、病弱な少女はシーツにくるまって泣き濡れた。
だけどあろうことか、ここで泣き女の声が聴こえてしまう。今宵の声は殊更激しい。無慈悲な死が哀れな女性をいたぶっているよう。決して一人で探してはいけない、「鶴の恩返し」がそうであるように、少女は少年との約束を忘れてしまった。胸が締め付けられる、少女は聲のする方を夢中で目指した。そこは美人で優しいと評判の女医さんの当直室のはずだ。彼女は震える手でドアを開けようとするが……
美少年はほんとうに天使なのか。虚弱少女はバンジーの正体を突き止めたのか。謎を残したまま物語は終了する。童女たちは色々推理してる。中には顔を赤らめている子もいた。
孤児たちを寝かしつけてから、俺と泉澄は互いに言葉を贈り合った。気の置けない友達として話すのは、今宵が最後になるだろう。闇色の髪と灯のような赤い瞳、以前はきつい感じの女子高生だったが、険が取れて、清廉な修道女に変わりつつある。惚れてしまいそうだ。
「僕の中の弱い心が囁くよ。本当は泉澄にシスターになって欲しくない、今のアンニュイな関係がずっと続けばいいと思う。泉澄はもうすぐ俗世を離れる。そうなったら僕のこの手は届かない。置いてきぼりの気分にされて、寂しくて泣き喚きたくなる」
「甘ったれた事、言わないの。想夜君ってホント子供ね。すぐに癇癪おこしそう。いいわ、寂しくなったらいつでも来なさい。辛いなら悩みを聞いてあげる。誠心誠意あなたを救うわ。そのためにもわたし、女神さまにお仕えするのよ」
俺たちの出会いは最悪だった。和解した後、迷える俺を救って欲しいと泉澄に願った。その時の誓いを彼女は忘れていない。
「頼りにするよ。これからも隣人として泉澄を支える。世の悪意から護ってみせる。辛いときは僕の手を取って。心の支えになりたいから。泣きたいときは僕も一緒に泣いてあげる。そして神様にお願いする。その人生に幸あれと」
「もう仕様がないわね。わたしがシスターになるのは、皆が幸福であれと願うから。自分の幸せを求めるのは煩悩よ。でも嬉しい、特別な友人からこんなに大切に思われて。あなたの気持ち、一生の宝物にするわ。想夜君、わたしからの最後のお願い、しばらくじっとしてちょうだい」
泉澄は体を寄せて、俺の肩に頭を乗せる。そして優しく手を取った。これまでは手を繋ぐのも嫌がっていたのに。やはり聖職者としての重圧があるのだろう。小刻みに震えている。どうか彼女にダンジョンの女神さまの祝福があらん事を。
作中の怪談は、尺の都合で没にした「泣き女の怪」というエピソードを基にしています。O.ヘンリーの「最後の一葉」を思わせる、ハートフルな物語に仕上げる予定でした。
こちらは魔法少女編で再度取り上げる予定です。