選抜者になったからといって、すぐにダンジョンに潜れるわけではない。別に協会の資格免許、通称ギルドカードが必要になる。実力はあっても、関連する法律やダンジョン内のルールを理解していない者は、他の探索者にとって有害なだけである。
資格を得るには、座学と実習を受講する必要があるが、幸いにしてうちの高校では授業でこれを代替え出来る。座学については、一回目は俺が入院中に終わっていたので補講でクリア。二回目もねじ込んでもらって先日終了。先生方の配慮に感謝だ。ユニフォームについては、ダンジョン協会の協力もあり、初心者から中級用のやつを何とか手配してもらえた。
今、俺達は徳島ダンジョンのエントランスに集合している。初級の受講生は20名、一部免許を所有している生徒もいるが、話を聞くと、受験勉強等でブランクがあり、再受講を希望したらしい。教官は男女一名ずつ、他に指導役として、中級から9名、上級から1名参加している。中級は初級の受講生を指導するのも、カリキュラムの一環となる。上級の人は生徒会メンバーで、何か思惑があっての事であろう。
ちなみに俺はこの集団で浮きまくっていた。小柄で貧弱な俺がマイナー武器の戦斧、それも2m越えの長柄武器を担いでいる、それに先日選抜者二人を相手にしての大立ち回りは、学校中に知れ渡っている。こいつ大丈夫か、危ないやつでは? 否応もなく奇異の目で見られてしまう。出入りする探索者も初心者集団で浮いている俺を、生暖かい視線で見ている。シャイな俺はもう帰りたくなった。
徳島ダンジョンは四国最大のダンジョンで、A級に認定されている。本日探索する地下1層の南東区画は、スライムとゴブリンが主なモンスターになる。ただゴブリンの上位種や兎や蝙蝠が出現する事があり気が抜けない。これはいい意味で研修に最適な場所ともいえる。二列縦隊で移動する俺達に叩き込まれるのは、すれ違う探索者に武器を向けない事。一番分かりやすい武器を持っている俺は常に実験台にされる。それから俺の定位置は最後尾だ。ハルバードの突起が危険と言われた。たまに見かけるスライムは初級生が度胸試しで相手にしていく。
今日の俺達の授業内容だが、原則3人一組でゴブリンを狩る事、一部は拠点防衛、これを中級生が監督する。いくら初心者といえども、実力的には単独のゴブリンを撃破するのは容易い、だがメンタル面で躊躇する生徒は多い。合わせて今回は個々の立ち回りやチームの連携が指導される。俺は斥侯希望だが、事前に教官に呼ばれて、後衛やアタッカーもこなす様言われている。他のメンバーとは実力が隔絶しているらしい。
拠点予定地まで間近の所で、先行していた中級生の斥侯ペアが戻って来た。近場にゴブリンが5匹いる旨報告がある。実習の妨げになるので釣りだして狩る事になった。
「御上、任せた」
男性教官の畠中先生が手短に指示を出す。畠中教官は30代の胸板の厚い厳ついおっさんだ。親父の若い時に似ているようで、ちょっと好感が持てる。畠中教官と上級生が後ろに控えて俺の補助、女性教官と中級生が見学する初級生の護衛に当たる。戦い方を指示しないのは、それも含めて俺を計る積りだろう。
斥侯ペアがゴブリンを引き連れ、俺の前で左右に散る。『魔力視』で確認すると、ホブとメイジが一匹ずつ混じっている。俺は自分の最適解を判断する。踊り出るや、全力の『身体強化』ダブルで戦斧を円の軌道で一閃させる。雑魚ゴブリン三匹の胴体が泣き別れる。遠心力を利用して、勢いのまま突進し、指揮官のホブゴブリンを刺突する。魔法を行使しようとしたメイジにこれを放り投げ、『俊足』で詰め、唐竹割にする。この間、約5秒。俺は軽く一礼をして、『洗浄』で血糊を消した。あれが初心者かよ、次元が違うとか、一緒に戦うのは無理とか、初級生からはドン引きされ始めた。
「御上、よくやった。気付いた者もいると思うが、ホブとメイジが一匹ずつ混じっていた。最後に仕留めたのがメイジだ。ホブゴブリンが守護していて、魔法を使う寸前だった。御上、質問を受け付けてやれ。他の皆も気後れするな、初めての実習で招待者と一緒になるとか幸運と思え。実を言うと俺も招待者の指導をするのは初めてでな」
畠中教官が場を和ませる。こんな時は間違った疑問でも口にした方がいい。周りが矯正してくれる。恐る恐る上がった質問に答えていく。
「御上想夜です、宜しくね。まずホブゴブリンを見分けられたのは魔力視の魔眼のおかげ。魔力の色から石弾を出す気だったと思う。それから洗浄を使ったのは疑似ダンジョンのトラウマのせいかな。ゴブリンの群れに臭いを覚えられて、何時間も追い回された。ゴブリンが鼻が利くとか聞かないんで、知ってる人がいたら教えてほしい」
教官が補足してくれる。
「魔法の発動なんかは、場数を踏むと分かるようになるから心配するな。人の臭いを嗅ぎ分けるゴブリンはここでは聞いた事がないが、他では特殊な群れの出現とかの例がある。常識に捉われない教訓としろ。それと神瞑、総評を頼む」
」
紹介された生徒会役員の上級生が前に出てくる。俺と同じ黒髪を後ろで縛った、楚々とした女生徒だ。俺はこの人の噂を友人達から聞かされていた。神瞑弥生、風紀委員長にして学内最強の一角 剣風姫の異名を持つ怖いお姉さんだ。
「御上、戦斧術は初めて見る。君は拙いが、死線を越えた者が持つ強さがある。それ故に言わしてもらおう。初級実習ではそれを封印しろ。他の生徒がついて来れずに巻き込まれる。そして君にはそれを配慮できるだけの強さはまだない。他の実習生は彼を羨むな、あの強さは一回死んでみる位で身に付くものではない。巻き込まれなかった自分を幸運と思う事」
俺がフレンドリーファイアをやらかす。ごもっともである。俺のボッチが確定しそうだ。
「そう言うわけで、御上君、それ預かるわね。アイテムボックスに入れておくから。予備の短槍があるから貸してあげるわ」
こちらは双島教官、40代のぽっちゃり系の先生で、保健室のおばちゃんでもある。手際よく短槍を出してくる。ああ、これは仕込みだろう。俺の為に特別カリキュラムを組んでくれたのだ。ゴブリンの群れも、遠くから苦労して誘導されたものだろう。俺は斥侯ペアにも一礼した。二人は気にするなと手を振って答える。
3人交代でパーティーを組んでも、後衛、アタッカー、斥侯ときっちり等分されるわけでもない。俺は不足するポジションの補完に回る事になる。常に相手に合わせる。斥侯ならゴブリンをアタッカーの仕留めやすいよう誘導、アタッカー担当ならあしらってから、後衛に止めを譲る。警戒がおろそかになった斥侯にはさりげなくアドバイス、緊急時には実力の違う初対面の相手ともパーティーを組むこともあるのだ。自分なりの課題としてこなしていく。経験値を全てメンバーに譲っていると、後衛の女子が突如として悲鳴を上げた。警笛が吹かれ、全体が警戒モードに切り替わる。畠中教官が駆けつけると、
「お騒がせして御免なさい、あのぅ、これ」
スキルオーブを差し出した。雑魚ゴブリンでも稀ではあるが、オーブを落とす。今回は俺が譲ったゴブリンに止めを差した女生徒が会得した。
「よくやった、早く使ってみろ」
拍手の中、スキルが習得される。結果は『知力強化』、学生人気ナンバーワンのスキルである。彼女の顔がほころぶ。後衛はスキルを得る機会が他に比べて少ないだけに、喜びもひとしおだろう。
「御上君、ありがとう」
お礼を言われた。
拠点防衛とは休憩時間の言い換えでもある。交代で歩哨の真似事をするし、装備の点検や水分補給もする。今回は『給水』無しの前提なので、全員ペットボトルを持参している。そして上級生の風紀委員長も待機メンバーの一人だ。
風紀委員長、剣風姫、神瞑弥生。彼女には様々な肩書がある。神瞑流次期後継者、前年度ティーン探索者選手権優勝チームの前衛。何と昨年はうちの学校のメンバー四人で全国制覇していたのだ。
そんな彼女を前に俺は正直ビビッていた。俺にはやましい所がありすぎる。『透視』スキルが見破られたら破滅である。先日朱美と詩央と同時に楽しんだが、綱紀粛正を謳う風紀委員会では、これを不純異性交遊と捉えるかもしれない。同意があるといっても、二人は途中までイヤ、イヤ言っていたのだ。
彼女はここに難癖をつけるかも。潔癖で高潔で、恋愛とは無縁の人物と噂されている。無駄を排した身だしなみを見ても、それが事実だと分かる。化粧も美しく見せるためではなく、無様を晒さない礼儀として施しているのだ。死に化粧と言う言葉が頭に浮かぶ。「みよう本」に登場するヒロインの武士は、死を恐れない。それどころかいつも「死ぬ、死ぬ」と言って主人公に殺してとお願いしている。神瞑弥生はこうした絶滅危惧種の系譜を引いた、武士の末裔だ。
案の定、話しかけてきた。
「御上、ちょっと相談がある。もちろん教官の許可は貰ってある」
俺が緊張しながら頷くと、
「自治会に興味はないか。この前の事件では助けられた。君の助けがなかったら、大事になっていたかもしれない」
「神瞑先輩、涸沢達の事ならお礼はいいですよ。むしろ同じクラスの一員として恥ずかしいくらいです」
勧誘の話だった。やましい事を追求されないと分かると、気が大きくなった。飾り気のないまっすぐなお姉さんと話すのは嬉しい。
「急に元気になったな。先ほどまでは避けられていた気がしたが」
「ごめんなさい、友人達から先輩は怖い方だと聞いていたので。無駄に女子と話すと連行されると。これは友人と言うより1年男子の常識と思ってください。僕も連行されて説教されると冷や冷やしてました」
「今年の1年男子のレベルが低いのはよく分かった。だが君は違うだろう。女子達とも話したが、涸沢達には相当怒っていたと聞いたぞ。その正義感があれば大丈夫だ」
「正義感とは違いますよ。選ばれる前、僕はスキルが欲しくてたまらなかった。あんな使い方は認められなかった。僕にも弱い心や悪い心はあります。そんな自分に怒っていました」
「補習で大変なのは理解している、返事は急がない。席だけ置いてくれても緊急時には役に立つ。それと御上はうちの道場へ来るといい。その迷い、断ち切ってやる」
俺は神瞑先輩と連絡先を交換した。こんなに身持ちが固くて美人の先輩から誘われるなんて、なんてラッキーなんだろう。
研修で得た魔石はメイジの分も入れて5個、普通のスライムやゴブリンはあまり魔石を落とさないので、まずまずだろう。スキルは別として、実習の戦利品は原則学校のものだ。備品購入の補助費に充てられると聞く。これで買取は額面で1万円前後、手取りで6千円位と聞く。税金と協会の運営費で4割持っていかれる。このシステムでは、協会からの仕事の斡旋も、諸経費を差し引かれた分が支払われる。装備や資材は自腹となるが、税処理が楽なので、個人ではこの方式を選ぶ人が多い。サラリーマンの確定申告みたいなものだ。もちろんダンジョン外の収入は別だが。
本日の実習で全員初級免許を会得した事になる。なお俺だけは特例で、条件つきの中級免許が発行される予定だ。
帰路、地下1層も出口間近という所で、俺は教官に具申した。
「天井付近におかしな魔力が発生している箇所があります。宝箱から発生する魔力と似ているような。5分いただければ確認できます」
実は進言するかは迷った。後日個人で確認した方が後腐れはない。しかし明日もあるとは限らない。何よりツキを逃すのが嫌だった。実習生が騒ぎだす。上層の出口間近で宝箱とか聞いた事もないから当然だ。ただならぬ気配を感じて他の探索者も遠巻きにしている。この辺りは人通りも多い。教官も許可を出すしかないだろう。
戦斧を受け取り、二段跳びの要領で岩壁を蹴り、石突で天井の岩を剥がす。着地した俺の元へ宝箱が落ちてきた。実習生も観客も騒然とする。
「教官、魔力視で確認しましたが、罠やミミックの気配はありません、開けて宜しいでしょうか」
実は『透視』でも確認したのだが、それは言わない。
「お前たちは宝箱を見るのは初めてだろう、今日は良い実習になった。全員5歩後退」
多くの人が見守る前で宝箱を開けた。スキルについては、事前に協会へ通す様通達が来ていると、その場では公表しなかった。他の生徒から不平を言われたが、これは事実である。
神瞑弥生は自分に問う。
羨むな、それは己への戒めの言葉でもあった。御上が日頃から鍛えているのは動作で分かる。だがそれは一般的な範疇でしかない。我々武道家から見ればラジオ体操みたいなものだ。御上の戦闘は拙く、スキル任せの素人に近い、だが魅せられてしまう。大嫌いなはずの男の動きに見惚れてしまった。戦闘に入る命と魔力が爆発して、弱さと強さが混じり合った。ハルバードを強引に振り回すと、それに誘われてゴブリンが自分から軌道に飛び込んだ様にも見えた。御上は相手を死に誘っているのか? 技も力も関係なく、不思議に強い。その理由が分からない。これがわたしの足りないものか?
ああ、彼は何度死にかけたのか、どうして今も生きているの? 格上の上位者と死闘を繰り広げて生き残り続ける。実力も運も、生への執着も諦念も全部必要だ。しかしそれだけでは全く足りない。死線を越えたその先にこそ、求道者の求めて止まないものがある。
神の御加護、彼と死合えば奪えるのか、神瞑弥生に暗い欲望が根を張っていく。
剣術少女+風紀委員長+学校の姫=剣風姫