心身とも充分な休養を取った俺達は帰路についている。現在の布陣は俺が先頭、詩央がアタッカー、朱美が遊撃だ。俺が『魔力視』でカエルモンスターを発見し、詩央が短槍と『炎弾』で狩る。朱美がサポートに回る。『身体強化』がダブルになった詩央の動きは見違えていた。至近距離でカエルの伸びる舌をかわすと、口が閉じる前に『炎弾』を叩きこむ。大抵はこれで片付く。あるいは短槍を心臓に、鼓膜から脳へと突き刺していく。もう雑魚魔物より圧倒的に早く、パワーも増している。全く危なげがない。詩央は短槍が軽すぎるので、戻ったら新しいものを探してみるという。
俺と朱美も『身体強化』の威力が増しているように思える。ボス級を始めあれだけのカエルを倒したのだ。経験値も増えている。そして『魔力視』が明らかに強力になっている。『魔力強化』がダブルになった恩恵だろう。ただ『魔力強化』は、魔力総量は変わらず、威力が増すだけだ。ガス欠には注意しなければ。魔力と時間に余裕があれば『アースファング』を見てもらいたい。
カエル池もそろそろ抜けようかという頃、二人組の探索者がこちらに近づいてきた。ただ様子がおかしい。身なりから見て斥侯職と思われるが、両名とも相当消耗している。朱美と詩央は俺を下がらせ、二人組にあえて武器を向けた。人狩りを警戒したためだ。二人組は慌てて武装を解除する。
「頼む、薬壺を持っているなら、譲ってくれないか。オークの特殊個体が数体出た」
彼らは俺達が最初に向かおうとしたオークの巣で、経験値稼ぎやスキル漁りをやっていた連中だった。ダンジョンに嫌われる、と探索者間で言われる迷信がある。特定の狩場を独占したり、特定の魔物を狩りすぎると、ダンジョンに報復されるというものだ。彼らは三日に渡って、交代でオークを狩っていた。スキルを得るものが続出したので止められなかったらしい。現状は特殊個体に襲撃され、逃げ遅れたパーティー複数が大広間に籠城中、怪我人多数で死亡者もいるという。緩衝地帯の野営組が救助に協力しているが、はかばかしくない。協会へも報せに入っているが、こちらは時間がかかる。俺達の事は野営組のメンバーから聞いたという。俺達は申し出を承諾した。
「すまないが俺達は魔力と体力の限界が近い。オークの巣まで届けてくれないか。できれば救助にも手を貸してくれ」
「巣には何度も行ったことがある。確実に届ける。ただ戦況が分からない以上、救助要請には即答できない」
こうして俺達はオークの巣へ向かった。詩央はこの間俺に一切喋らせなかった。
「大海さんたちが駆けつけても上手くいっていない、それに今日は日曜でプロの探索者は少ない。協会の救援も遅れる。状況はかなり悪い。薬壺は届ける。だけど救助が困難だったらリーダーとして彼らを見捨てる。わたしを軽蔑しても構わない」
「大海さんはここの中堅じゃ一番のアタッカーだよ。それにリーダーも長くやっている。彼女でダメなら厳しいと思う」
詩央に似合わぬ強い口調だ。朱美も簡単に諦める人間ではない。二人は俺に気を使っている。
俺の親父の部隊は、スタンピードから住人の避難の時間を稼ぐために殉職した。親父は我が事より、世のために尽くした人間だった。俺はそんな親父を尊敬していた。二人は俺が無謀な救助に出る事を心配しているのだ。もちろん俺も弁えている。親父は自分の命と引き換えに多くの人を救った。悔しいが今の俺では、無駄死にどころか二次災害を起こしかねない。それに俺にも命の優先順位がある。
「僕も詩央の判断を支持するよ。後は着いてから話し合おう」
朱美を先導に俺達はオークの巣へ急いだ。彼女がこの辺りの土地勘は一番詳しい。全員『身体強化』がダブルの移動速度は、上級パーティーに迫るものがあった。
オークの巣、数キロに渡る大通りは幅20m程、両側の壁面は峡谷のごとくV字状に広がり、天井までは50mはゆうにある。この壁面に大小無数の部屋があり、階段や通路で繋がっている場所がある。要はマンションやアパートが壁面に埋め込まれていると思えばいい。ここにオークが棲みついている。オークの上位種、ハイオークやメイジ等の出現も多い。効率よく狩りが出来る事や適度な難易度のため、アタッカーを中心に人気の高いエリアである。斥侯職から伝えられた地点で、探索者とオークの攻防が繰り広げられていた。明らかに攻めあぐんでいる。俺達は指揮をとっている大海さんと合流した。
薬壺を渡たすと早速怪我人に使われる。いくら原液を使っても、「みよう本」のポーションみたいに瞬時に直るものではない。大怪我で数日かかる。それでも半日でここからは動かせるようになる。俺たちは大海さんに呼ばれて説明を受けた。
狩りの最中、上位種のハイオークを率いた特殊個体二匹に背後から奇襲された。その数、百匹ほど。
逃げ遅れた20人位が、この先の大空間に籠城している。メンバーは後方職が中心。
唯一の出入り口はオークに封鎖されている。
一度、合同パーティーが突入したが失敗。更に死亡者を増やす。
現状戦えるのは、野営組を中心に15名ほど。
「特殊個体のジェネラルが頭のいい奴でね。最初の奇襲で魔法職が狙われた。籠城組はまだ生かされている。餌にして私達を狩る気だ。回廊を曲がった先にはハイオークのランサーが槍衾で待ち構えているよ」
狭い回廊で槍の突き合いになれば、力とリーチに勝るハイオークの方が圧倒的に有利だ。これが階段や角ごとに配置されている。それでも突入組は籠城者のいる大空間前までは辿り着いたらしい。そこにはジェネラルとその守備隊、もう一体の特殊個体のタンクがいた。このタンクが恐ろしく固く、アタッカー3人がかりでも崩せず、大損害を出して撤退したという。大海さんは、見取り図を示しながら丁寧に説明してくれた。籠城組のいる大空間から、周辺の回廊や階段、小部屋まで記された地図には、オークの配置から救助の軌跡まで細かい書き込みがある。
今、背後で膏薬を塗られているのは、攻略組のメンバーだろう。包帯まみれで目を閉じて動かない人も多い。胸が上下して生きている事が分かる。傍らには手や足を無くしている人もいる。軽傷者が重傷者を手当てしている。むせかえる血の臭いで息が詰まる。片隅に死者が集められていた。8体安置されている。俺たちがカエル池で聞かされた話より、状況ははるかに悪い。
「薬壺、ありがとうね、ちゃんと分かるようにしておくから。君たちはすぐに協会に戻って知らせて欲しい。半端な戦力じゃ返り討ちに遇う」
ちょっと驚いた。大海さんは俺たちを逃がそうとしている。他の人達も何も言わない。全員の総意という事だろう。俺たちが救援に加われば、頭数では2割り増しになるにもだ。俺はとんでもなく失礼な事を口走った。
「どうして逃げないんですか」
全員から爆笑された。覚悟の決まった人には、俺の侮辱など稚児の意味なき問いに過ぎない。大海さんは、笑いすぎて泪が出ている。
「そうだねえ、プライドかな。ここで引くともう進めなくなる気がする」
「私達は強くなくてね。ここで踏ん張っておくと、他から信用されるのさ」
「何となく付き合っていたら帰りにくくなった」
助っ人の野営組が救援に加わっている理由も様々だ。合同パーティーの人達も、
「義理の弟が中にいる。見捨てたら離縁される」
「一応俺がリーダーだからな。格好つけさせろ」
「延長してオークを狩ろうって言ったのは俺だし」
居残る理由も、高尚なものから俗物的なものまで様々だ。いずれも強制されたものではなく、誰もが自分の意志で決めている。悲壮感は感じられなかった。死ぬも生きるもその有様は心のうちに、彼らの内に大人の探索者の生き様を見た。
俺は親父がどんな気持ちで殉職したか、ずっと疑問に思ってきた。今でも何を思って死んだのかは分からない。でもこの人たちを見ていると、悔いを残して死んだのではないと思える様になった。不謹慎だが笑みがこぼれる。この時の俺の微笑を、朱美と詩央が後日こう語った。見惚れるくらいに美しく、震えるほどに怖かった。皆で死のうといざなってくる。私たちは笑顔で応えたと。
大海さんの見取り図には、籠城組が立て籠もっている大空間の真下に、別の空間が確認できる。上下の空間を隔てる壁は意外に薄く、籠城組が床を叩くと音が下に伝わる。当初は長柄武器や『石弾』や『炎弾』で天井を破壊する事によって、籠城組の救出を試みたらしい。だが天井の壁は硬く傷つける事が出来なかった。俺は最後のあがきで、この天井に土魔法を撃ち込む事を提案し、10分だけ時間を貰った。
通信手段の乏しいダンジョンでは、音や光をモールス信号のように使って、情報を伝達する場合がある。『石弾』の使える魔法職に伝達を依頼すると、下部空間で『アースファング』の発動を待った。外への出口側を詩央、地中への回廊の入り口側を朱美が警戒している。『アースファング』は最初の実戦では3m、2回目は4mの高さだった。両方とも発動までの時間が優先だったが、今回は時間がかかっても威力を最優先にする。俺の『魔力強化』はダブルになった。この空間の天井は約4mだ。
10分後、大音響とともに天井が崩れて大穴が開く。見上げれば牙の高さは6mはある。上から探索者たちが降ってくる。最初は健常者が、彼らが重傷者を受け止め、次に軽症者、最後に殿が脱出した。実に手際がいい。
だが、彼らを追撃してオークどもも降ってきた。最初に特殊個体のオークのタンクが墜ちてくる。他より頭一つ大きく、首も腕も丸太のように太い、筋肉質のオークだ。いきなり『咆哮』を使ってきた。『咆哮』とは恐怖を呼び覚まし、金縛りをかけるスキルである。音の籠る小部屋では、その効果が何倍にも増幅される。硬直する詩央にオークの大剣が迫る。奮い立つ俺の心が鎖を断ち切り、ハルバードが一閃する。一瞬、硬質の筋肉に戦斧が弾かれそうになった。だがここで振り切らないと詩央を失う。俺の心が無我となると、タンクの首が事もなげに落ちた。硬直から立ち直った朱美が、残りのオークを一掃した。
俺たちは競うように天井から大空間に侵入する。言葉は交わさなくとも思いは一つだ。こちらからジェネラルオークに奇襲をかける。俺の『魔力視』と詩央の『空間把握』がジェネラルらしき影を捉えた。俺の観測のもと、詩央の『炎弾』の曲射が見えない敵を打ち抜いた。指揮所に駆け込むと、片腕を失ったジェネラルが憎々し気に吠えてくる。護衛らしきハイオークも五匹控える。
「想夜行って!」
朱美の叫びで俺は回廊に突入した。密集したランサーのオークではUターンが難しい。俺は背後から撫で切りにしていき、二組を突破した所で、正面から突入していた大海さん達と合流した。彼女らは俺たちの奇襲を擁護するため強襲してくれた。朱美たちの所へ引き返すと、こちらもオークどもは全部倒されていた。
「少年、とんでもない切り札をもっていたんだね、今日は君の運に助けられたよ」
「発動までに時間がかかり過ぎて、使えない魔法と思っていたんですけど。役に立たないスキルなんてないんですね」
やり切った顔の大海さんに話しかけられた。彼女は俺が招待者だと知っているようだ。今回の救出劇で一番の功労者は彼女だと思う。無理攻めをせず、ジェネラルの悪知恵を逆手に取った。時間稼ぎをしても、強襲しても、籠城組は助からなかったと思う。自分たちを囮にして、適度に攻めてジェネラルに一網打尽の欲を出させて機会を待っていた。しかも合同パーティーとはほとんど面識がないのに命を張った。俺たちは特殊個体の魔石とタンクの大剣については、権利を放棄する旨伝えた。大海さんを始め、野営組の人達で分配してほしい。
「遠慮なく貰っておくよ。みんなでツキのお裾分けだ」
「僕たちはスキルを得ましたからもう充分ですよ」
ここで、俺たちはオークの巣から先に帰還した。協会への報告を兼ねての事だが、明日の学校の事も気を使ってくれたのだろう。
「みんなはどんなスキルをもらったのかな? わたしは知力強化だよ。想夜にはこれから勉強を教えてあげる」
朱美が嬉しそうに話す。今までは俺か詩央から教えてもらっていたのだ。ジェネラルオークからはスキルが二つ出た。
「わたしは水魔法の水弾、少し試したい事がある」
『水弾』と『炎弾』を交互に撃つ。いきなり爆音がして水蒸気が立ち上った。
「水弾と炎弾を同時に撃って、水蒸気爆発を起こしてみた」
そう言えば、詩央は『器用』も持っていた。朱美は、
「詩央姉、今度から水弾をわたしと想夜にどんどん撃ってよ、対魔法戦の練習になる」
威力のない水弾は『給水』に比べて人気がないが、2~3人分の飲料水位は確保できる。それに練習用としては最適だ。朱美は回避の、詩央は攻撃の精度が上がる。
「想夜さんのスキルは何?」
「僕のスキルは記憶、聞かないスキルなんだけど」
詩央によれば、英単語や年号の暗記に役立ち、知力を補助するスキルだそうだ。見稽古でも有効という。俺は『魔力強化』ダブルと『アイテムボックス』を公開スキルに、『記憶』は様子見とした。朱美と詩央は『アイテムボックス』と『身体強化』ダブルを公開し、後は時期を見てからになった。
中層にまで行った。ダンジョンの神秘にふれ、甘い夜を過ごした。一方で過酷な現実も見た。スキルを求めた俺と彼ら、どこで違いが出たのだろうか。スキル『運命操作』、普段使いは止めよう。本当に必要な時にだけ使うのだ。身の丈に合わぬスキルやアイテムを求めても、今回の救難者のように破綻する。彼らも個人的には良い人だった。僅かな欲が運命を狂わせた。
こうして初めてのダンジョンデートは忘れえぬ想い出となった。俺の記憶に永遠に残る事だろう。